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■八千代雄吾/8月17日/21時15分
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■八千代雄吾/8月17日/21時15分

2014-08-17 21:15
    八千代視点
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     そのミュージックプレイヤーは、たった一度しか再生ボタンを押したことのないものだった。入っていた音楽は、下手な歌声がひとつきり。あとはただ、雑談のような内容だ。
     オレはそのミュージックプレイヤーが苦手だった。手に取るのも嫌で、ずっと引き出しの奥に閉まっていた。反面で、なによりも大切なものでもあった。
     同じように、苦手だが大切なものが、オレにはもうひとつある。
     キャンディ。甘ったるいだけでなんの面白味もない、手軽な作り笑いみたいな食べ物。
     オレはあの味が嫌いだ。
     でも、キャンディは愛おしい。
     これはミュージックプレイヤーと、キャンディに関する話だ。

           ※

     嘘みたいな話だが、オレにも少年だったころがある。大抵のクラスにはひとりくらい模範的な優等生がいるものだが、それがオレだった。生徒会長をしていて、バスケットボール部で、幼馴染みの女の子がいた。もちろん今は、みんな失くしてしまった。
     アイというのが、彼女の名前だ。アイは人形のように小さかった。脇に抱えて、どこへでも持っていけそうだった。クラスメイトに混じると、3つも4つも年下にみえた。キャンディが好きでよく舐めていたから、それで余計に子供っぽくみえた。
     家が近所だったというのもある。それに両親同士が親しくしていた影響で、オレたちはよく顔を合わせていた。ガキのころは決まって、夏になると2組の家族で海に行った。オレはそれが嫌だった。仲良くすることを強制されているようで、あまり気分がよくなかった。
     いや、本当は違う。
     オレはアイに嫉妬していた。
     背が低くて、子供じみていて、運動神経も悪く、頭だって良いとは言い難い少女に。模範的な優等生のオレが。
     当時はその感情に気づきもしなかったし、誰かに指摘されたところで決して認めなかっただろう。でも今思えば彼女は、オレにないものをいくらでも持っていた。
     例えばあれは、中学生のころだったと思う。2年か3年か、どちらかだ。はっきりとは覚えちゃいない。
     帰り道で、たまたまアイと一緒になったオレは、無理に避けるのもおかしいような気がして、彼女と並んで歩いていた。きっとオレは、普段通りのペースで歩いたのだろう。彼女が小走り気味についてきたのを覚えている。
     商店街を通り抜けようとしたとき、すれ違った子供が転んだ。べたん、と小気味よく。確か女の子だった。その子は何テンポか遅れて、全力で泣き出した。防犯ブザーみたいに。泣き声というよりは叫び声といった方が印象には合う。
     ほんの小さな子供だったが、近くに親はいないようだ。仕方なくオレはその子を助け起こした。別に善意じゃない。テストに慣れると、日常生活までテストじみてしまうだけだ。たぶん誰かに、花マルをつけて欲しかったんだろう。
     大丈夫かい? どこが痛いんだい? ――適当に、ありきたりな言葉をかけたように思う。
     でもその子は泣き止まなかった。さて、どうしたものだろう?
     悩んでいると、隣にアイがしゃがみ込んだ。
     彼女はポケットからキャンディを取り出す。
    「美味しいよ?」
     とアイは言った。にこにこと笑って。
     それでも女の子は泣き止まなかった。キャンディに手を伸ばそうともしなかった。
     アイは首を傾げて、それからキャンディを、オレに差し出した。
    「食べる?」
     食べない。当時から、オレはキャンディが苦手だった。
    「オレが食っても仕方ないだろ」
     首を振ってそう言ったが、アイは譲らない。
    「食べなよ」
    「嫌だよ」
    「どうして」
    「嫌いなんだ。甘ったるくて」
    「でも、食べた方がいいよ」
     どうして、とオレは尋ねた。
     嫌いなものを食う必要はない。――好き嫌いはない方が生きやすいが、キャンディなんて特に身体にいいわけでもないものまで無理をする必要はないだろう。
     でも、アイは答えた。
    「今食べないと、一生キャンディの良さがわからないよ」
     どういうことだ。意味がわからない。
    「キャンディのぶんだけ、ユウくんはずっと幸せになれないんだよ」
     オレをユウくんなんて呼ぶのは、彼女くらいだった。――もともとは母親がそう呼んでいたことが原因だが、母は小学校の高学年くらいから、オレを雄吾と呼ぶようになった。
     キャンディのぶんだけ幸せになれない、という言葉は、妙にオレを不安にさせた。もともと小心者だった。なにか少しでも欠けていると不安で、だからあのころは優等生を演じていたのだと思う。
     オレはキャンディを受け取って、それを口の中に放り込んだ。甘ったるい。少しだけ酸っぱい。ストロベリー味だ。美味くはない。
     アイは自分の口の中にもキャンディを放り込んで、満面の笑みを浮かべた。春の昼下がりの花畑みたいな、なんの闇もない笑顔だった。
    「ね、美味しいね」
     と彼女は言った。
     反論しようとして、それから、オレは少女が泣き止んでいることに気づいた。彼女はじっとオレたちをみていた。
     アイは再び、少女にキャンディを差し出す。
    「食べる?」
     少女は頷いて、キャンディを受け取って。
     それを口に入れて、当たり前みたいに笑った。
     たぶんアイと少女はキャンディひとつぶんの幸せを知っていて、オレだけがそれを知らなかったのだろう。

           ※

     アイが死んだのは、オレが高校を卒業した春だ。
    読者の反応

    雑食人間@3D小説大阪現地愛媛遠征組 @zassyokuman 2014-08-17 21:20:41
    これ、八千代が欲しいプレゼントって、いやまさかな。 


    QED @qed223 2014-08-17 21:21:11
    あの40コマのぬいぐるみがアイかな? となると、その2枚とキャンディ、ミュージックプレイガイドがドイルの4コマか?  


    アジュ麻呂@太陽戦士ソル @ajumaro7956 2014-08-17 21:31:40
    @yamino_inkyo @qed223 こうですかね?
      pic.twitter.com/Z00ATO3Jqc
    86e59fc6c6da6b8187db0b83028f5c481b5ef79c





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