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■八千代雄吾/8月17日/21時45分
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■八千代雄吾/8月17日/21時45分

2014-08-17 21:45
    八千代視点
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     プレゼントはミュージックプレイヤーだった。
     だがオレは、そのミュージックプレイヤーを使う気にはなれなかった。
     あまり好みのデザインではなかったし、より性能の良いものをすでにひとつ持っていた。
     ――いや、本当は、そんなことが問題じゃない。
     なぜだかオレは、頭からそのミュージックプレイヤーが苦手だった。
     みていると妙に不安な気持ちになった。気分が悪く、涙が流れそうだった。ヴァンパイアが十字架を怖れ、犯罪者がサイレンの音を怖れるように、オレはそのミュージックプレイヤーを怖れていた。
     とはいえプレゼントを捨ててしまうわけにもいかず、オレはそのミュージックプレイヤーを、長いあいだ引き出しの奥に放り込んでいた。

           ※

     アイの入院は、いつになく長引いた。
     春がきて、「夏までには退院したいな」とアイが言った。
     夏がきて、「秋までには退院したいな」とアイが言った。
     秋がきたころには、もうとっくに、彼女の留年が決まっていた。
     オレは彼女の死をリアルに感じ始めていた。なにか詐欺の手口みたいに、アイは会うたびに少しずつ痩せ、少しずつ元気を失っていった。以前の写真をみて、こんなにも元気だった彼女がいたのかと驚いた。
    「来年には間に合うかな」
     とアイは言った。
    「留年ってだけでも気まずいんだから、なんとか始業式から、たくさん友達作りたいな」
     そうだな、とオレは答える。
     他にはどうしようもなかった。オレになにができるってんだよ、と何度も内心で愚痴を溢した。
     冬になるころには、病室を訪ねても、彼女は眠っていることが多くなった。クリスマスの夜には申し訳なさそうに笑って、「ごめんね。プレゼント、用意できてないの」と言った。
     オレは大人びたネックレスを選んで買っていた。でも、「オレもだよ」と答えて、それは渡さなかった。
    「退院したら、いつでもいい。一緒にクリスマスパーティをしよう」
     とアイが言って、オレは頷いた。

           ※

     アイが入院しているあいだも、オレは優等生としての平穏な学校生活を送った。
     バスケットボールの大会で賞状を貰い、塾に通って模試を受け、生徒会も円満に引き継いで、推薦でさっさと大学を決めた。
     3月になり、オレは高校を卒業した。

           ※

     その月の終わりに、また家の電話が鳴った。――アイからだ。
     体調がいいから電話してみたんだよ、と彼女は言った。
     確かに彼女の声は、最近では珍しく弾んでいた。ようやく体調が回復に向かい始めたのかもしれない。そう思って、オレはつい微笑んだ。
    「すごくいいことを思いついたんだよ」
    「いいこと?」
    「うん。だから、お願い。明日、お見舞いに来てくれるかな?」
     オレは少し驚いていた。
     アイから、お見舞いにこいといわれたことは、これまで一度もなかった。彼女はいつも無理に笑おうとするけれど、それでも様子を見ていれば、病室にいる自分をみられたくないのだとなんとなくわかった。
    「いくよ」
     とオレは答えた。
    「ありがと。じゃあ」
     アイがそう言って、電話が切れた。
    読者の反応

    悩ましいよしにゃん @gunou4241 2014-08-17 21:48:37
    あかん八千代…それ以上は…それ以上は…  


    だいだい @dais197x 2014-08-17 21:50:20
    やばい泣ける展開  


    しゃる@PSO2 ship3 @shaoshao2805 2014-08-17 21:50:51
    やばい、この展開は泣いてしまう…  


    鯱海星 @syati_hitode 2014-08-17 21:54:27
    そしてこれ、ますます現実とずれてる可能性が出てきた気が...  


    コウリョウ @kouryou0320 2014-08-17 21:53:11
    考察とかではないけれど久瀬くんが本気で心配になってきた。昨日ぶっ倒れてそれっきりだし…  





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