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■八千代雄吾/8月17日/22時
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■八千代雄吾/8月17日/22時

2014-08-17 22:00
    八千代視点
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     翌日、病室に行って驚いた。
     広くもない個室にいくつも、7つか8つの大きな段ボールが積まれていた。段ボールに囲まれて、彼女は笑っていた。
    「これは?」
    「キャンディ」
    「キャンディ?」
     オレは改めて、病室を見渡す。
    「いくつあるんだよ」
    「だいたい、3万個かな」
     お年玉貯金を使い果たしました、とアイは笑う。
     なんだそれ。馬鹿なのか。いったいどれだけキャンディを舐めるつもりなんだ。
    「溶けるぞ」
    「大丈夫たよ、すぐに配るから」
     配る?
    「誰に?」
     アイは人差し指を立てて、妙に偉そうに、「順番に説明しましょう」と言う。
    「薄幸の美少女であるところの可哀想なアイちゃんは、新学期が不安だったのです。友達はみんな卒業しちゃってるわけだし」
     オレはようやく、パイプ椅子に腰を下ろす。
    「ま、それはわかるよ」
    「そこで慈悲深い聖人のようなアイちゃんは考えたのです。同じように新学期が不安な子って、意外とたくさんいるんじゃない? と。新入生はみんな新しい環境になるわけだし、クラス替えはどこでもあるし、新社会人もいるし」
    「だろうな」
     オレも大学生活が不安でないとは言えない。
    「そこで私は考えたのです。うちの学校の入学式は4月8日です。だから4月8日を、キャンディ記念日にしてしまいましょう」
     意味不明だ。
    「キャンディ記念日ってなんだよ」
    「キャンディを配る日だよ。それはもう大量に配るよ。無差別テロくらいの勢いだよ」
    「テロはよくない」
    「そうだね。テロはよくない」
    「で、キャンディを配ってどうなるんだよ?」
     アイは「え?」と首を傾げた。
    「ユウくん、わからないの?」
    「まったく」
    「幸せになるでしょうが。キャンディがあったら。みんなでキャンディを贈り合ったら、新学期の不安も吹き飛ぶでしょうが」
    「そう上手くはいかないだろ」
    「そんなことないよ。考えてごらんなさい。あなたは緊張して、新しいクラスの、新しい席に座っています」
     仕方なく想像する。
     ま、新学期は多少なりとも緊張するものだ。
    「そうしたら、隣の席のまったく知らない人が、手を差し出してこういうのです。――キャンディ、食べる?」
     オレは笑った。その発想が、あまりにアイらしかったから。
     アイは得意げに頷く。
    「ほら、笑った。誰だってキャンディがあれば笑うんだよ。いいですか、ユウくん。これは世界の新学期から緊張を取り除き、キャンディひとつぶん幸せを上乗せする、偉大な革命的計画なのだよ」
     考え方は、嫌いじゃない。
     本気で実行しようとしているところが、馬鹿でいい。
     だがオレは肩をすくめた。
    「3万個のキャンディを、いったいどうやって配るつもりなんだ?」
     アイは病室から動けない。
     オレひとりじゃ、たかが知れている。
    「学校のみんなに手伝って貰おうと思って。ユウくん、生徒会長でしょ」
    「もう違う」
     在校生ですらない。
    「あ、そうか。でもなんにせよ、300人いればひとり100個だよ」
    「300人も集められない」
     10人だって、集まるか怪しいところだ。
     でもアイは自信ありげに笑っている。
    「それは大丈夫。秘策があるから」
     まったく期待できなかったが、「なんだよ?」と尋ねる。
    「手伝ってくれた人には、キャンディをあげます」
     おい、と思わず呟く。
    「さすがにそれは無理だろ。キャンディにそこまでの力はないよ」
    「おや、ユウくんはキャンディの潜在能力に気づいていないようだね。――ああ」
     彼女は芝居がかった動作で、ぽんと手を打つ。
    「そういえば、ユウくんにはまだ、キャンディを美味しく食べる方法を教えていなかったね」
     そんなものがあるとは思えなかった。
     キャンディなんて口の中に放り込んで、あとは噛み砕くか、なめているかの2択しかない。
     でも、彼女は自信満々に言った。
    「大丈夫だよ。手伝ってくれる人にはみんな、キャンディの美味しい食べ方を教えてあげるから。私はビラを描くから、ユウくんはそれを学校で配ってくれる?」
     オレは頷く。
     なるようになれ、という心境だった。
     それにいつになく元気なアイが嬉しかった。
     これでも3年間、優等生で通したのだ。教師に多少の無理を言うくらいはできるだろう。
    「ありがとう」
     と、アイは華やかに笑った。

           ※

     でも彼女のビラは完成しなかった。
     その夜から急速に体調が悪化して、ベッドから起き上がれなくなって。
     キャンディ記念日の前日に、彼女は死んだ。 

           ※

     彼女が死んでからようやく、オレはあのミュージックプレイヤーに触れてみた。
     中には音声ファイルがひとつだけ入っていた。まだ元気だったころの、彼女の声だ。

           ※

     ユウくんへ。
     メリークリスマス!
     今年のプレゼントはこれです。ミュージックプレイヤー。
     プラス私の歌声です。歌うよ?

     走れそりよ 風のように 雪の中を 軽く早く
     笑い声を 雪にまけば 明るいひかりの 花になるよ
     ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
     鈴のリズムにひかりの輪が舞う
     ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
     今日は楽しいクリスマス へい!

     以上。感動した?
     フルは無理だ。恥ずかしい。

     本当は目の前で歌ってあげてもよかったのですが、どうせユウくんはパーティにこないから録音しました。
     こっちの方がよりプレゼントっぽくってよい。自己完結。

     あ、そうだ。
     もうひとつプレゼントがあったのでした。
     でもみっつは多すぎるから、次に会ったときにしましょう。
     次回のプレゼントは、「キャンディをおいしく食べる方法」!
     それじゃ、まったねー。

           ※

     ――聞いていられなかった。
     なのに停止ボタンを押すこともできなくて、オレは最後まで聞いた。
     もう一度聞き返そうとは思えなかった。
     たぶん泣いたのだと思う。よく覚えていない。
     はっきりとしているのはひとつだけだ。
     オレはあのとき、心の底から真剣に、キャンディをおいしく食べる方法を聞きたいと願った。
     彼女から直接、キャンディひとつぶんの幸せを貰いたかった。

           ※

     オレは――すっかり少年でも、優等生でもなくなったオレは、それなりにグレードが高いホテルのそれなりにグレードが高いベッドに寝転がっていた。
     聖夜協会に手配されたホテルだ。
     昨日、連絡を入れると彼らはすぐにオレのところにやってきて、タイムカプセルを回収していった。
     明日、オレはメリーに会う予定だ。
     ささやかで奇跡的なプレゼントをひとつ手に入れるために、オレはなにもかもを上手く演じる必要がある。

    ――To be continued
    読者の反応

    すくね@触角 @skne03 2014-08-17 22:01:29
    4月8日!?  


    セトミ@レンブラント派アイちゃん派 @setomi_tb 2014-08-17 22:01:53
    4月8日って久瀬氏の誕生日じゃないですか!!  


    まにょ @x_marrrr_x 2014-08-17 22:07:47
    じゃあ序盤であけてたケースの数字、久瀬くんの誕生日じゃなくてキャンディ記念日でだったのかな  


    なかめ @huyusirone 2014-08-17 22:04:50
    @rapiss そういえば少年ロケットは別の世界までひとっ飛びだって言ってましたよね  


    かめ@kameaaa32 @kameaaa32 2014-08-17 22:33:02
    テロは良くないにほっこりする  


    ワカ@尾道ソル @3dKisai 2014-08-17 22:07:24
    続き待っちゃったのにとべこんかよ!  


    かぐら大佐@SOL川越班 @yuzupee 2014-08-17 23:39:56
    現在633個です!ソルすごい!まだまだ集めています! #キャンディ記念日    





    ※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
    お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント(  @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
    なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。
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