• 性について、男性と女性の違いについて。生物学的に考えてみる。①

    2017-10-11 23:35
    別に何かの本を読んでそう思ったとか、何かに影響されたとかではないのだが、
    ちょっと気づいたことがあるので、忘れないために書く。

    なぜ男性と女性があるのだろうか。
    昔クワガタを飼っているとき。そのクワガタの形質を引き継ぐのに有効なことは何か調べた経験がある。体が大きいとかアゴの形が良い、太い。とか。
    ある程度、栽培・・・幼虫の飼育で体型を太くしたり体を大きくすることは出来るのだが、「小さい個体からは、小さいものしか生まれない。」
    わかりやすく言うと両親が小さい、オオクワガタ風に言うとオスの牙・歯・アゴは主に3段階に分かれる。大歯型、中歯型。小歯型。にわかれる。アルキメデスオオヒラタクワガタのように長歯型・短歯型にわかれるような場合もあるが、オオクワガタの場合、個体の体のサイズ、幼虫の大きさで歯の形状が変化する。
    アルキメデスは大型の個体、重い個体でも、短歯型になるものもいれば、軽い個体でも長歯型になるものもいる。

    ある植物の場合、雄と雌があってメスは普段、花粉を付けない。しかし強いストレスを受けると雌株なのに雄花を付ける。その雄花で受粉した種子は、必ず雌株になる。

    要するにYXではなくXXになる。・・・というやつだ。女性だけいれば人類は存続できる説のモデルになっている話である。

    ではなぜ、多くの。現在、地球上で生き残っている生物は雌ではないのか。
    ある意味、そうならないためにオスは力を持って~とか他のメスより生存競争で勝つように~とか性差で語ろうとするかもしれないが。
    実は動物では、その性質上、メスがオスより強いという事は十分あり得る。
    例えばチョウチンアンコウ。雌がめちゃめちゃデカく、雄がとても小さい。
    寄生虫や、昆虫でもそんなやつがいる。
    ある種の高等な動物では、「ハイエナ」が挙げられる。ハイエナの雌のリーダーはオスより大きくそして強くなる。さらに偽陰嚢なんてものまで持ち合わせている・・・。

    しかしそうするとますます迷宮入りである。雄が存在する理由ってなんだ。
    人間はよく、ハーレムを作るために男性は強いんだ。とかの解釈に頼ろうとするが、実際は、ヒトの男女間であっても恐らく女性の因子の方が強く働く。
    女性の形質を引き継ぐ割合が多いのだ。
    これは先のオオクワガタの話に戻るのだが、オオクワガタのオスはどれだけ小さくても、メスとの交尾に問題が無い限りにおいて。子供の大きさにはあまり影響がない。
    反対にメスは大きければ大きいほど、子供も大きくなりやすい。

    これは植物にも言える事象で、花が咲いて花粉が付いて種子が出来た場合、雄花の花粉の情報より雌花の情報の方が種子に多く伝わる。
    ハオルチアやサボテンなどの多肉植物や観葉植物を育てている人ならわかると思うのだが、例えばサボテンの「綴化銀冠玉錦の種子(濃黄斑の)」というものがヤフーオークションで売っていたとする。
    それでもしも綴化銀冠玉錦雄花で、雌花が普通の銀冠玉であったら値段はガクッと下がるだろう。反対に綴化銀冠玉錦が雌花で、雄花が普通の銀冠玉であれば、そこそこの値段にはなる。
    まぁ一番高いのは綴化銀冠玉錦同士を掛け合わせたものだろうが。

    ほかに面白い話では、源平つつじの話なんかがある。なぜこうも同じ花同士で、一部分赤くなり、一部分白い花が咲くのか不思議に思った人が遺伝子を解読したそうだ、すると遺伝子には、遺伝子の情報(色彩を司る部分)を変化させる遺伝子が存在することが分かった。遺伝子自身が遺伝子の情報をわざと変異させるのだ。遺伝子の擾乱(じょうらん)と言ったかな・・・。

    詰まる所、人間にしろ他の生物にしろ同一の性質を持つ遺伝子同士だった場合、その生物に特効の病原体に害された場合、一気に絶滅してしまう。そのため男女に性差や変化をあえて持たせることによって種としての生き残りを賭けたと言っても過言ではなく、そうした方が種として生き残る確率が高くなる・・・ことを私たち自身が、生きていることによって説明している。

    ・・・まぁダーウィンの進化論に通づるものがあるね。

    さらにここで面白い例を挙げる。だったらみーんな男女差つけたり、なんなら男女ではない別の性を付けたりしたらどうだ。とかありそうだが、
    ・・・今回はそれには触れず。私がつながりがあると考えた金融、経済について話そうと思う。

    過去に「絶対に儲かる方法」を編み出し考えた人が居たが、それをみんながやったらどうなるだろうか。・・・それは必ず。全員が破綻・・・失敗する。
    それはマルチ商法に似ている。アルバニアや経済の恐慌で我々が知るように、どれだけ失敗しない完璧な理論を組み上げてもいつかは破綻をしてしまう。
    現在、実際に高性能のコンピューターの演算能力で以って株式を売買しているところがある。そういうところのように、スーパーコンピューター等で儲かる仕組みを考え、その演算能力で以って儲け続けられたとしよう。そしてそれをみんながやりだしたらどうなるだろうか。

    将来、今の先進国はただの廃墟になってしまっていて。サハラ砂漠しか、生き残る場所がない。なんてことにならないことを祈る。
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  • 働き方改革、労働環境の改善 低賃金長時間労働についての政策案。

    2017-09-16 23:29
    長い間、私は思っていた。
    なぜこんなに必死に学校に行かなきゃいけないんだ。
    なぜこんなに必死に働きゃなきゃいけないんだ。と。
    毎朝、早い時刻に起き、出勤し、夜遅くまで仕事をして帰ってくる。
    休日は少なく、給料も少ない。そしてそういった道から外れてしまうと二度と戻れなかったり大きなペナルティを抱えてしまったり。
    社会的ペナルティを受けたくないがゆえに、身体的なペナルティを負う人間も少なくない。
    若者が学校へ行きたくないと自殺し、若者が会社に行きたくないと自殺する。
    おかしくはないだろうか。そうまでして働いて一体何を得ようとしているのだろうか。


    まぁ実際は何も得ようとなどしていない、本当の答えは消極性。こうはなりたくはないとそう思い続けて、恐怖を持ち続けて、前に歩き続ける。
    なんならこれが運命なんだと、神が与えた罰なんだと、誰かのための贖罪なのだと合理化して受け止める。

    過去の労働環境と今日の労働環境は確実に良くなっているのだが、どうしてか過労自殺や過労で死ぬことはなくならない。それは現代社会が人間の精神を脆弱にしてしまったと、年の取った人は言い、さらに「私の若い頃は、」と、そう口にする。だが私からすればそれは、若者に苦言を呈する上司ではなく、若者に「甘えている」ただの年長者である。
    現代社会は、若者の精神を脆弱にしたのか、私はむしろ極限まで強くした結果なのだと思っている。面倒を嫌い、なるべく他人に干渉されたくない。話の分かる奴と一緒にいた方が精神が楽であるからだ。故に若者は年長者や上司、また家族に甘えることなく、淡々と仕事をこなしていく。そしてたまに話の分かる奴と文字で会話し、現実社会や会社の上司の悪口を言う。
    年長者のいう社会というのは、そうではない。辛かったら。文句があったら言えよ。とか一緒に飲み会に参加し親睦を深めようとか。現代の若者からすればそれは拷問に近い。せっかく話の分かる人が近くに居る(ケータイですぐ連絡を取れる)のにわざわざ、面白くもない奴と面白くもない話をし面白くない時間を過ごす。

    甘えなのだ。所謂日本の古い時代を切り盛りしてきた人間は総じて甘え上手である。そういう人間はほとんど我慢せず、物事を誰かのせいにできる。
    最近の若者は甘えが上手ではない。・・・というと若者が悪い印象を与えてしまいかねないが、ほんとうは年長者が管理すべきものごとを若者に甘えて、丸投げにしてしまう、そうして自分の仕事を軽くしているのだ。
    若いから大丈夫だろ。私が若い頃は・・・。そういう言い訳を、甘えを年長者が使い続けているから、その尻拭いを若者がしなくちゃいけなくなっている。


    労働の時間についてだが、これは支払われる賃金についても言わねばならないだろう。
    海外での休みの日数と日本での休みの日数。日本以外の先進国と比べて、日本の賃金は低いのか。
    それは単純に、それをすることによって、いままで利益を上げてきたから、であるし低賃金長時間労働よりも高賃金短時間労働によって得られる利益が少ないからである。
    よく日本では、資源がないことを言い訳に正当化する人間がいるがそうではない。日本は稀に見る金融国家であるし、日本が製品を作らなければ出来ないものも多い。そういった技術や生産する大企業があって、なぜ長時間で低賃金なのだろうか。
    日本は「職人」がいるように本当は年功序列や短時間で高額な給料が見合う社会である。はずなのに実際は業務に習熟したところで支払われる賃金は少ない。

    当たり前といえば当たり前な部分もある。それはレジ打ちがどれほどうまくなったところで大きな利益を会社は上げることが出来ないわけだから、それに見合う利益も少ない。といっても本当は少し賃金を上げても良いものであることは確かである。
    そして本当は「職人」が存在する会社はそれに見合うだけの対価を職人に支払わなければならないのだが。日本の職人の給料は少ない。海外の職人、エルメスのバッグやハンカチを作る職人は中流階級と言える程度の給料とそして長期間の休暇が存在している。
    エルメスの製品は実は日本の職人が作る製品よりも数が多くそして高額なものがほとんどである。よく日本の高額商品は多く作るから値崩れするという人が居るが、特に日本の伝統のものを作る職人にそれは当たらない。年に数個の商品に関わらず売れたところで低所得者程度の賃金にしかならないものもある。販路や買う人が居ないからだろうとも言われるかもしれない。要するに漆器や陶磁器など買う人が少ない。だったらブランド物のバッグが売れるに決まっているという理屈だろうと思うが・・・。日本の職人が作ったものを、有名な人が購入しないため知名度が低い。これに尽きるように思う。
    まぁ稀有な職人の話だけではなく会社には、「この人が居なくちゃだめだ」という人が必ずいるはずだが、そういう人の給料が低い。安い賃金でこれだけ働くから必要なのか。それともその人が抜ければ仕事が出来ない状態になるから必要なのか。

    日本の労働環境、社会でおかしいところは、「働ける限り働かないといけない。」という社会の空気が蔓延、醸成しているところである。バカンス、長期休暇がある国家では、休暇中に上司が連絡を取っただけでも「犯罪」になったりする。これは確かドイツの場合。
    最近の日本では政府が「働き方改革」を進めているが、それを実行するためには、まずある程度の所得を持つものに長期休暇をとらせることが改善の第一歩になると思う。
    いわゆるそういった優秀な社員に抜けられた会社は、必ずその人物の代わりを育成したり、外から雇い入れなければいけなくなる。すると社員が長期休暇で抜けられても良いようにもう1人雇う。ということが起きる。それはまず会社内でそういった役を誰が行うか決めなくてはならなくなるだろう。そういった役目を受けた人は、当然賃金の上昇を要求できるし、会社からも賃金をあげるから休む人の代わりをお願いするようになると思う。
    要するに部長や課長、資格が必要な人などの人数を増やす。
    こうすると仕事の引継ぎがうまくいかないとか言われてしまうかもしれないが、なに、それは引継ぎが出来る状態を作っていない会社や前任者が悪い。

    長期休暇で人が抜けてしまうことが常態化すると、ある程度のスキル、技能を持った人間が圧倒的に不足する、それを補うのが、女性であり、資格取得をしたばかりの若者であると私は考えている。要するに労働者の売り手市場を作ることが社会健全化の第一歩なのである。
    政府は、インフレーション政策を訴えているが、それがうまくいかないのは、労働者の低賃金長時間労働である。
    日本の労働者は実はかなり頭が良い。これはアメリカと比べてであるが、そういった人材をどんどん雇ったところで、リーマンショックのようなバブルは起きないと考えている。

    他の私が考える法律なのだが、通勤時間基本法。みたいな法案で、長時間の通勤時間の場合その通勤時間の給料も会社が出すという法案である。通勤にかかる時間を短く申告するようにと会社から言われたらその会社に今までの通勤時間分の給料と精神的苦痛などの賠償を行えたり、そういう風にそそのかした人間を罪に問える法である。・・・本当は労働者側が採用されたくて短い通勤時間を申告した場合でも文書を偽造したと言って、賠償が起きるようにすれば、健全な社会競争が産まれると私は考えている。

    日本では、どれほど働いたかで自慢できるが、海外ではどれだけ休んだかで評価される。短期間にこれだけ仕事をしたから長い休暇が取れるんだ。という事であるが、日本ではそれが無い。いじめかっこ悪い、とかの標語をのように「長時間労働かっこ悪い。」とならないものだろうか。


    社会というのは、健全な労働環境で健全な競争が行わなければ、健全な社会は生まれないと思う。
    大多数の企業が、法外な競争で以って利益を上げている場合必ず社会は異常きたす。それが今なのだと私は考えている。

  • 戦争に関する感想、徴兵制について。

    2017-08-31 08:35
    北朝鮮がミサイルを撃った。

    それについて色々議論があったので自分なりの意見を書く。

     北朝鮮がミサイルを撃ったことによってツイッターなどで、戦争が始まる、とか徴兵制になるのか。などの議論があったらしい。以前から左翼界隈で、「戦争になる」、或いは「危機になると政府は徴兵制にするから、自由や生命に関して保証できなくなる。」と北朝鮮のミサイルではないが危機を煽っていた。まぁ北朝鮮がミサイルを撃ち、Jアラートを鳴らすと、政府に対し危機を煽るな!と言っていたらしいが。

     徴兵制について、よく自分の意志に関係なく、無理矢理生かされるという表現で徴兵制が言われることがあるが、それは本当だろうか。
    日本の過去の事例を見ると、学徒出陣などで、未来ある若者が~とか言われているが、そもそも徴兵制があった時代は、明治から昭和まである。そのなかで考えると皆国民徴兵(国民皆兵)というような事例はいよいよ以って無いことだろうなぁと思われる。
    本土決戦が避けられない時点で、ようやくそうなるだろう。

     一般的に日本が徴兵制だったときは、甲乙丙とランクがあり、主に体型により徴兵される国民を選択していた。自分の曽祖父や兄弟は身長が170cm以上のひとがたくさんいたので、おそらく甲種として徴兵されていたようだ。
    まぁそんなわけで、徴兵検査で選ばれて軍隊に入るということは、それだけ恵まれた体型を持っている証明にもなったわけだ。それは、当時一般的だったお見合いで有利であったし、狭い田舎では、自慢になっただろうと思う。
    同時に、マイナスの面としては、体が大きいだけで性格とか学力の面で、ひょっとしたら劣る人間も入っていたのかもしれない。

     現代の日本の自衛隊では、栄養状態が改善されているとはいえ、体が大きいものを選んで入隊させているということはなくなったと思う。自分の先輩で自衛隊に入隊した人が居るが身長は165cm程度だった。昔は165cm程度でも甲種だったと思うし、なにより昔より日本人の体形に合わせた装備があり。身長によって戦闘能力に大きな差がなくなったと言える。
     現代の自衛隊は、これは全くの予想であるが、体型の心配より、性格の心配をしているように映る、要するにストレスを溜めやすい性格か、それを爆発させてしまうような性格ではないかどうかなど。

     徴兵制について、もし徴兵されるとすれば、甲種だけなのではないか。という予想を書いたのだが、恐らく日本の場合、その甲種であっても、入隊するかどうかの自由な選択ができるようになると思う。そうなると入隊する人が居なくて乙種の人まで入隊どうですか。という連絡が来そうではあるが。
      こういうのって、選択型徴兵制っていうのかな。選抜徴兵制?日本ですべての男児、或い は国民が軍事に志願するのは将来的にあり得ないとはおもうんだが・・・。


     よく徴兵制の例として、韓国とかスイスとかあげられるが、よく左翼の人が使う、徴兵制を無くし全部の勢力から中立を維持し・・・。というのはかなり無理がある。多分これは日本の国際的な孤立を狙ったものか、相当なロマンチストであろうなと思う。

     スイスは確かに高福祉の国で、国際的に信頼のある通貨を持ち、ナチスの同盟国にならなかった国家として左翼から人気が高い。しかし実際は徴兵制で男女分け隔てなく徴兵されるし、基本的に戦争の想定として、自国の資産を破壊しながら撤退することを考えているから。
     日本で例えるなら、アメリカがいない沖縄に中国軍が攻めてきました!急な攻撃で防衛できない。じゃけん首里城と古民家すべて破壊しましょうねぇ(^◇^)
     中国軍は占領した沖縄を早速、サンゴ礁を埋め立てて基地化し、住民をすべてチベットあたりに「疎開」させるだろう。
     日本本土でも神社仏閣を破壊しながら後退を考えなくてはいけなくなる。

     過去にアメリカで徴兵されていたが、ベトナム戦争の時に、国民が自身の家族が死んでしまうことに対する危惧から政権に難色をしめし、政治の支持率が危うくなる。という事態になった。そのため政治家は、新兵を前線には送らず、まずベテランの、古参の兵から前線に向かわせるということを約束し、結果、多くの職業軍人が死亡することになった。そして対して徴兵した(された)若者はそれほど死んでいない。

    恐らく日本でも、選抜徴兵制や選択型の徴兵制になっても、戦争に生きたくない若い人は拒否したりして結局、従来の元々の自衛隊隊員から先に死んでいくことになるだろうと予測する。

     最後に私からの意見になるが、今後の国際情勢を見るに、派兵か局地戦に戦争は変わっていくと思われる。ので大兵力同士の戦争は起きないと思う。
    仮に朝鮮半島有事、北朝鮮、韓国の戦争で、日本の兵力を大規模に派遣することになっても徴兵制には以降しないだろうし、我々が一般人が毎日経済活動を行う方が、よっぽど戦争の足しにはなる。要するに我々が幸福を願う限り、少なからず日本の防衛を担っているのではないだろうか。