始まりの先には終わりが有る
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始まりの先には終わりが有る

2018-01-14 10:38

    事実は強い、気はする。

    「アインシュタインの思想が破綻したのは、彼の”妻”が同意しなかったからだ」

    アインシュタインが皇帝になるなど、好ましくない。
    結構、インパクトと共に、「そこに有る混沌」が納得する、帰結。
    一つの重大な混沌か疑問が消えた、そう言うのは思う。

    ただ、それでも収まらない何かはある、のだけど。

    …でもそれも、結論では消える。


    単純に言って、アインシュタインの破綻は、誰でも起こる訳だ。
    ”妻”に相当する人は、その夫の主義主張からくる「九尾の狐」に成りやすい。
    ”それ”は、その思想の極論化を招き、そして自身を介して具現化させる訳だが。
    この時、そのアインシュタインの残した混沌?「なんで破綻したんだ?」は、要するに彼の思想に問題が有った、事にはなる。
    アインシュタイン自身もまた、王の権威、皇帝に成る事など望んでなかった、訳だ。
    真理を追究する必要はある、ただその先には、何かの破綻か自己矛盾があって。

    ともかく妻が同意しなければ、”そこ”に絶対はない訳だが。


    しかし?そこで最大の脅威が「中華思想の皇帝」ではある。

    「私は世の中が全て私の思い通りに成れば、世界は平和になると思う」
    ”これ”が九尾の狐化すると、皇帝なんてもんじゃない威圧を見せる、訳だがしかし。

    まず、「私は世の中が私に従えば」これは、皇帝も言うが、その妻も言うのだ。
    どっちの意向が優先するのか?
    この時、願いと願いは等価に衝突し、その場で戦争になる。

    帰結はどうなるのだろう?
    結論的には夫と共に自滅する、だけだ。
    要するに、”これ”は存在出来ない、訳だ。

    ただ、これがこの帰結になるのは?「自由」その環境有っての話、である。
    全てを等価に同等に扱う、時。最後の脅威、「全てを私の思い通りに!」それは、対消滅を起こし、消えてしまう。

    …今の所、”雅”市場、ストリードの連携、大賀さん?大衆は神様、その上では、”これ”が発生はする、様だ。

    という事は、ここに脅威を感じる必要は無い、訳だが。

    確信に近い断言は有る。

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