• 烈火拷問耽溺譚千尋 第三回「一日乗車券と尾行(ストーク)とメトロ・グール」(11/15更新)

    2013-06-05 21:47
    《前回までのあらすじ:五月下旬、やや擦れた感性の高校一年生・嘉代子(かよこ)のクラスへやって来た転校生・千尋(ちひろ)。隣の席に座った彼女を〈ボブカットで男勝りで自分を『僕』と呼ぶ〉程度のパーソナリティの持ち主だと冷たい目で見ようとした標準程度に暗い心の持ち主の嘉代子だったが、実際悪戯好きでどこか意地悪な少年の如き瞳の千尋に不思議な好感を持ち始めていた》
    《そこへ超常的事件が起きる! 生徒に人気の科学教師『笑顔先生』こと英賀(えいが)はオカルト宇宙生命体『星の送りし下僕』と身心を融合させた畜生の心を持つ吸血鬼だったのだ。彼の造った不可視の結界に囚われてしまった嘉代子を救い出したのは……千尋! 笑顔で怪物化した英賀の身体能力を圧倒的に凌駕し、たった一つの弱点を除いて不死身の筈の彼を、異様に錆びていながら異常に丈夫なノコギリで四肢を切断し拷問することで自害させた千尋だった》
    《嘉代子は常識外の現象とサディスティックな戦闘とに魅せられて頬を上気させた。千尋は嘉代子に語る……「お気づきの通り、僕もあの先生と同じ類の存在さ」。彼女は同類の体内にある何らかを生命源とするため、ほぼ無償で同類を殺し続けているらしい。自分でも殆どのことは解らないと言い一度に多くは語るまいとする千尋。――嘉代子は千尋のことを、まだ何も知らない》

    ∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

    (心臓が満ち足りていることを、他の奴らはどう言い表してるんだろう)
     千尋は、学生服姿でごった返す地下鉄駅のホームでボンヤリと考えた。右肩に黒の通学用ショルダーバッグを提げている。白く細い首が唐突な疑問のため左に揺れ、赤みの茶(地毛であるが)の短髪もそれにふわりとつられた。あどけない美少年めいた顔の、白と紺のセーラー服の、まぁ普通の女子高生という風に周囲には見える。
    (空腹、満腹、そういう類だと思うんだよね。お腹減って胃が痛くなるのと同じように、心臓が痛んで、脳が縮むような頭痛がする……エネルギーが足りなくなってふらつく……『空心』『満心』とか言うのかね)
     同類(フリークス)との付き合いが少なく、且つ自身についてあまり顧みない千尋にとっては、これは素朴ながら気になる疑問であった。
     彼女ら――異界の眷属、とここで仮に呼称しよう。呼称の由来は読者視聴者諸賢等にも後々語られるはずだが――の殆どは、己らの体構造や存在自体について、人類が人体についてそうである以上に無知である。何らかの隠秘学的過程により産まれたこと……自然界の生命体の持つ霊的エネルギーを定期接種しなければならないこと……大体は一般人類との違いをこの二つくらいしか挙げられないだろう。
     例えば、出生過程等について知っているものがどれだけいるだろうか? 少なくとも千尋はそれらを知る者に出会ったことはない。加えてどうも、千尋の体構造は他の者等ともまた違うようなのである。彼女は(自身の寿命も想像が付かないが、一先ず人並みと仮定して)恐らく死ぬまでそれらの疑問が解消される事は無いだろうとほぼ諦めている。千尋は愚か者ではないが、どちらかというと刹那的、ましな言い方をすれば世捨て人的な精神を持っていた。
     まぁ、それはそれとして。
     彼女の珍しくも無邪気で素朴な疑問に応えてくれる当ては当分無い。電車がやって来た事で思考は中断されて、一番後ろに並んでいた彼女はざわめく学生服姿たちの中に消え、車内に収まっていった。

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     嘉代子は満員電車内
    、人間10人分程離れた場所に新しい友人を見つけた。矮躯は学生服共の背の奥に見えては隠れるが、目立つ(はずだが、他の誰も気に留めない赤茶の髪色を目で追うことは出来る。
     千尋が同じ路線の地下鉄を利用しているとは知らなかった。放課するといつも何処へなりと消える彼女を、学外で見るのは初めてだった。声をかけようにも少し遠く、移動すると他の学生らに迷惑もかかるだろう位置である。口惜しいが今は精悍な顔を視認するのみに留め、彼女が降りると共に降りて駅で話しかける事にした。

     友人の名前は千尋。嘉代子のクラスに先週編入してきた女子生徒である。嘉代子にとって彼女は命(と恐らくは貞操)の恩人であり、ミステリアスで魅力的な新しい友人であるが、彼女から自分がどう思われているのか嘉代子は知る由が無い。友好的で親しげに話すものの、彼女は基本的に誰に対してもそのように振る舞うようでもある。よしんば特別なものを見出すにしても、それも自分が秘密を共有する故に、用心して愛想良くしているのやもしれない。
     英賀教諭の一件から幾度か友人らしく会話もしたが、千尋の人との態度は何処か……他人との距離を自然と大きく置いているというか、猫が道端で寝ては歩く如くに達観している風である。――何より、出会いから十日近く経っても未だ二人の間には、現代の学生に有るまじきことにメールのやり取り一つ、SNSでの繋がり一つ無かった。
     そんなわけで、学外にて彼女の姿を放課後に見つけたのは嘉代子にしてみれば、言わばお気に入りの野良猫めいた千尋との触れ合いのチャンスなのであった。


    ∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

     二人が乗車して五駅目を過ぎた。学生はまばらには降りたが、嘉代子はまだ座れないままである。もう二駅先に着くとかなりの人数が乗り換えなどのために降りるのだが(またそもそもは嘉代子もそこで降りなければならないのだが)、目下の千尋は近くの座席に運良く座れたようで、深く座席に腰掛けスマートホンを取り出して、無表情に見つめつつ何らかを入力している。降りる様子はない。位置が動くことはほぼ無くなったため、嘉代子にとっても彼女が腰を下ろせたことは行幸であった。
    (誰と話してるんだろう)ちらちら友人を見つつ嘉代子は考えていた。答えの無い問いである。所謂ドツボに嵌まる思考であることにはっきりと気付いていたが、それを気にする気もなかった(ツイッター?)(LINE?)(メールかな?)(誰とアドレスとかIDとか交換したの?)(もうクラスの誰かとは交換したの?)。頭がぐらぐらして来る(それは誰と?)(どんな会話をするの?)(あんた絵文字使う? 使わない?)(どんな文章書くんだろう)(前の学校の友達かな)(彼氏?)(千尋今彼氏いる?)(いないよね)(いなさそうだよね)(いないよね?)(いないよ)(そのうち死のう)。目がちかちかする(どうにかしてあのスマホ盗み見られないかな)(やめなよそういうのは)(やめよう)(嫌われちゃいけないしね)(道徳の問題だよ)。もう視界には何も映らない。思考というより妄想の域へ突入してしまった(あたしどうにかしてあんたのIDとアドレス知りたいんだけどどうしたらいいかな)(どんな会話を切り出したらアドレスって交換できるんだったか忘れちゃったよ、だって親しい友達なんてここ何年か新しく作ってないんだもの)(いや、つくってなかったんだものって言うべきか)(あたし今ストーカー紛いのことしてるんじゃないの。気付かれたらどう思われるのかしらん)(気持ち悪いかな)(気持ち悪いかも)(あたしは気持ち悪いと思います)(嫌われるかな?)(友達作りたいんだけどな)(なんであの子とこんなに仲良くなりたいんだろうな)、そう思っていつの間にか俯けていた顔を上げ、千尋のいた方向を見た。

     ……千尋のいた方向、である。そこにはもう彼女はいなかった。座席は空いたばかりなのか、嘉代子が視線を戻してからしばらく空席のままだったが、数秒して大学生風情の青年がそこに腰を落とした。
    「――は、」
     当然、嘉代子は一瞬しまった、と思った。
     見失ったのだ、自分が考え事をしている内に下車したのだと、まず嘉代子は考えた。しかして車内の液晶を見ると、存外、妄想のドツボに嵌まってからまだどの駅にも停車していない。下車予定駅の二つ前と三つ前の間の区間を走っていると表示されている。普通、人間は走行中の地下鉄車内から下車はしないし、そもそも当然出来ない。
     次に考えたのは前か後ろの車両に移動した線だ。やはり自分が迂闊にも俯き友人を尾行(つけ)る眼を休めた間に、彼女は何かの都合で移動したのでは? ……こちらは先の推論と比べるとまだ幾らか可能性があるが、しかし依然込み合っている車内で幸運にも座席まで確保できたのに、わざわざ移動するようなことがあるだろうか。余程の都合があったにしても(例えば自分をしつこく付け狙うクラスメイトを車内に見つけてどうにか距離を置こうとしたとかそういうことよ)、人を無理に掻き分けたにしては、彼女のいた辺りの空間の景色が変わらなさすぎるのだ。この人口密度の中でここまで人を動かすことなく移動することは常人では出来ない。物体をすり抜けられでもしない限りは
     と、いうことは。嘉代子はもう一つ可能性を考える。彼女は何らかの理由で、普通人間がしない、常人では出来ない方法を使って、途中下車したのではないか。無論……物体をすり抜けて
    「……超常現象だ……」嘉代子は白い頬を紅潮させ、上ずった声でひとりごちた。近くに立っていた中年女性が嘉代子の顔を見て、すぐに目を逸らした。

    ∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

     膿汁まみれの胎児染みた姿に成り果てた蟇の神は驚愕と共にわなわな震えた。人間の娘の姿をした何者かは突如彼の眼前に現れ、無言のままに不可解に錆びた鋸で彼のこの地での分身体を瞬く間にズタズタに切り裂いてしまった。
    「――どうだいジジイ、でっぷりヒキガエル様よ、あんたここ何万年かこンだけ痛手食ったことないだろよ」
     娘の姿の鬼は鋸を右手でガリガリ引きずりつつ、神を見下ろして粗暴な口調でそう言い放ってニタと笑った。人間どもの作った電灯の光が後光のように鬼の背を照らしていた。

     彼は地球の何処かにある暗黒の地……読者視聴者諸賢は決して詳細には知ってはならぬ、遠くも近くもある場所……で崇拝される邪神の一柱である。少し前に気まぐれたヴァカンスとして日本のこの地へ分身を飛ばし、人に気狂いの幻覚を見せ、または投身自殺を唆し、または自動人形とすり替えて拉致し肉体を千切っては繋げ融かしては戻し飽きて他の神のところへ無理矢理押し付けるなどしてここ数週間野放図に戯れていた。
     それを日本の神的存在や秘教自治組織に苦く思われていたのも、当然彼の知るところではあった。知りつつ放っておいた。彼の属する神群は他存在の活動を一切意に介さぬほどに……人類活動はおろか、地球の土着神の振る舞いですら児戯そのものであるかの如くに強大な力を持つ者らなのだ。
     この蟇神は本来比較的重鈍な性質の神であり、また此処、日本のメトロの奥まりにある洞などは無論彼の本拠地ではない。彼の住まう暗黒の地における普段の力の、その数百分の一の力も、現在の身体では出すことは出来ない。また出す必要もないのだ――お分かりだろう、例えば読者視聴者諸賢が虫や高価な切手など扱う時、最大の筋力で鷲掴みにすることはなかろう。ピンセットで優しく摘み上げるよう細心に気を遣うはずだ。同じように、普段の気力で彼が存在すれば、その「圧」と言うべきような存在感があるだけで数千の人間や、そればかりか同数ほどの精霊に当たる存在をもが死ぬことになるだろう。
     しかし……無論それでも、虫はピンセットを破壊するようなことは有り得ない! 彼の驚愕感が理解いただけたろうか? 言ってみればこの人の娘の凶行は、摘まんでいた可憐な蝶が標本用具を見る見る内に粉砕したようなものなのだ!

    「ヌ、グググ」数分前にはでっぷり太った蟇だった神は、トカゲと魚の合いの子のような歪な姿で低く唸った。そのままこの地の言葉で自らを見下ろす者へ問いを発した。
    「貴様……何処の者だ。神格には見えん、加護も見えん……何故おれの分身体を此処まで刻める? 何故怖れもなくおれを見るのだ……」
    「ンン? 何故? 何処? んなン僕も知らんよ。死ぬまで解る気もしないしね」
     不遜な態度で娘は言った。鋸を引き上げて右肩に乗せる。
    「なんなら知りたくてさっきまで考えていたところさ。なァ神さん、あんたにゃ僕ァ何に見えるね?」
    「増して不可解な者よ。解れば訊いておらぬわ……何処の差し金か知らぬが、名乗りもせずおれの身を害して報復など怖れぬとは怖れを知らん陣営よな!」
    「陣営ってなにさ。何のこっちゃ解ンないけど、滅多にない依頼なんでね……お客のデータは喋っちゃいけないモンじゃないか。アンタ、人間のアニメとかドラマとか見る? 見ないよなぁ」
    「フン、よくよく面の厚い娘よ」
     蟇神は砂利を擦り合わせたような声で嗤い混じりに吐き捨てた。「名だけ教えろ」
    「千尋。覚えなくていいよおっかない」
    「チヒロか。泡立つンカイの奥底で嘲笑混じりに貴様を呪ってやろう」
    「おっかないってば」千尋は舌を出した。苦々しさの表現であることは蟇にも解った。
    「おれの名は知っておろうから名乗らん。貴様のような子鬼がいたのでは鬱陶しい、そろそろ戯れを終え、おれも帰るとしよう」
     言うが早いか、蟇神の分身体は腐った栗のような色に変色し、じくじくと溶け出した。白っぽいガスが身体や、辺りに散らばる肉じみた粘液から吹き出し、洞を充満し始めた。
    「そうしてくれると助かるね。死人が減るし僕にも金が入る」

    「――まぁ貴様はすぐには返さんがな」

    「は?」千尋は、今や遠くなりつつあるジャリついたおどけ声に眉を上げ目を見開いた。「今日は奉仕種族を共に観光旅行させてやろうと待っていたところだったのだ……おお、丁度着いたようだ! おれの代わりに其奴らを手厚く歓待して貰おう、チヒロ。またいずれ会おうぞ!」

     ぶるぶると震えつつ洞の入り口へ振り向く千尋を異空で横目に見、蟇神は根城へと帰還した。

    ∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

     さて、諸賢の視点は少し時間が進む。千尋が書き記せぬ怒声を発した数分後、その近くの駅のホームで嘉代子は線路の奥を覗き込み、千尋の姿を探していた。
     無論、ダメ元である。事情は解らないが、線路内に住んでいるわけでないならばここに留まっているともいまいち思い難い。
    (きっと人に説明できない理由があってここにいるんだろうし、あたしが首を突っ込んじゃいけないよね)
     嘉代子は心中独りごちた。超常現象に踊った心は一先ずある程度冷静化した。それでも好奇心が死ぬことはなく……死ぬわけはなく……曖昧な気分のまま千尋を見失った次の駅で降り、ホームでもう数十分きょろきょろと挙動不審に歩き回っている。時折乗客に不審げな目で見られては人馴れした顔で会釈をした。
    (それでも会えたら、用が終わったら一緒に帰ろうって、何か一緒に食べようって言えないかな)そう考えては(本当に言えるのかな)と思い返し、歩を止め、また引き返して歩き、椅子に座ってはすぐ立った。考え事がまとまらない時は歩き回るのは嘉代子の癖だ。
     たっぷり五分ほどうろちょろしながら自己嫌悪し、ぐったり座ってスマートホンを取り出し時間を確認する。もう六時近い。帰るならば今、まだいるつもりならばもう母親に連絡くらいしておかなければと考え、眉を少し顰め、ふと、顔を上げた。

     
    正面三メートル。黒い影だ。影が、床を蠢いている。

     影は嘉代子の視界の右からやってきて、正面で暫し止まった。嘉代子は立ち上がり、そろそろと暗い蠢きに近寄る。もやもやしている。二メートル、いやにぬるついた動きだ。一メートル。そこまで寄ると、影はゴキブリめいて素早くまた左方向へ奔り出し、スッと床に消えて見えなくなった。
     零メートル。嘉代子は影のいた辺りに立ち、床を見た。
    「……頭が出てた感じよね」と呟いた。頭が床の上に出ていて、その下に身体があって、屈んで走った。その様に、嘉代子には見えた。
     そして確かな根拠もなく思う。千尋はあの影を追ってここへ「くっそあいつどこ行った……? もう流石にあんまりコンクリの中走りたくないぞ……」
     声がする。嘉代子の真下、影がいた処、嘉代子のスカートの中である。ややくぐもって聞こえたが、聞き違えることはない。この声は、

    「……あれ? なんでこんなに暗――あ?」
     嘉代子は横にずれ、床から首だけ生やした千尋の、赤っぽい瞳に視線を合わせた。「奇遇ね千尋。何探してるの?」


    (coming soon...)


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  • 烈火拷問耽溺譚千尋 第二回「転校生千尋と笑顔先生と血染め 後編」

    2013-06-01 01:48
    《第一話のあらすじ:五月下旬、やや擦れた感性の高校一年生・嘉代子(かよこ)のクラスへやって来た転校生・千尋(ちひろ)。隣の席に座った彼女を〈ボブカットで男勝りで自分を『僕』と呼ぶ〉程度のパーソナリティの持ち主だと冷たい目で見ようとした標準程度に暗い心の持ち主の嘉代子だったが、実際悪戯好きでどこか意地悪な少年の如き瞳の千尋に不思議な好感を持ち始める》
    《――時を同じくして、とある怪奇事件が発生していた! 生徒に人気の科学教師『笑顔先生』こと英賀(えいが)(なお嘉代子は爽やかっぽい彼がなんかいけ好かなかった)はオカルト宇宙生命体『星の送りし下僕』と身心を融合させた畜生の心を持つ吸血鬼だったのである! 彼は周到に用意した不可視の結界により座標的に重なる亜空間を造り、生徒らを普段使用する実験室に監禁し生かさず殺さず笑顔で虐待していたが、何らかの拍子に嘉代子はその結界の中を垣間見、笑顔先生に笑顔で引きずり込まれた》
    《笑顔で後ろ手に縛られ笑顔で理由なく五度ビンタを食らわされ、更に聖別された銀の針で心臓を突かなければぼくを殺すことは出来ないと獲物を舐め切った笑顔先生自らに丁寧にも笑顔で説明され笑顔なく絶望する嘉代子だったが、そこへ結界をノコギリで斬り破り笑顔で結界に飛び込む埒外者あり――千尋である! 驚愕する嘉代子と相対に千尋は、笑顔先生の『餌』を悠々結界外へ逃がし、異様に血で錆びたノコギリを手に僕に策があると不敵な笑顔を見せるのだった!》

     嘉代子は手足を後ろに縛られ、胸を強調する姿勢で床に転がったままである。ノコギリから滴り広がる何者かの血が白と紺のセーラー、黒い長い髪に染み、血だまりに外の病み切った紅い情景が映るのを読者視聴者諸賢の神の目は見る。嘉代子の鼻に届いていた床の組木の甘いような匂いに、鉄錆の臭いがこれでもかというほど混じりこんできた。
    「千尋、えーっとあの、聖別って漫画でよく見るけど何するのか具体的に全然わかんないやつでしょう! 教会とか行って何か祈ったり儀式したりすんじゃないの?! どうするのよ千尋!」
     嘉代子が背向ける千尋に怒鳴ると、千尋は振り向いてにやりとまた笑った。
    「なに、僕も正しい聖別のやりかたなんて知らないさ――それでも、こういう手合いは僕は慣れてるんだよ」
    「慣れてるって……あんた何者、」
    「はっはは、心配するなよ! 実際いつもやってるヤツなのさ、死にたくなるまでこのボロボロのノコギリで切り刻むまでだぜ!」
     千尋は嗤いながら朱く錆びつつぬらぬらと光るノコギリを上段に構え、特攻が如く英賀へと走りこんだ。
    「ウ、ウワーッこの娘気が狂っている!」
     笑顔先生は笑顔のまま怯んだ! 自身の唯一の弱点を真っ向から無視し、狂気的戦法を採り襲い掛かってくる少女! 無闇な抵抗か? それとも当人の言うとおりの手練れなのか? 狡猾ながらも怪物(フリークス)として未だ若い英賀にはまだ判断がつかない。
    「ハァァッ……」千尋はすり寄るように笑顔先生の間合いに入り、右手のみで錆びきったノコ刃を的確に獲物の右肩に当て、
    「――せァアッ!」そのまま刃を引き摺るように右下方向へ身体を回転させる! 笑顔先生の右肩から先が魔法めいて床に転がり、鮮血が噴いた。
    「ち、千尋ーッ」嘉代子が飛び血を服、顔に浴びて反射的に目を閉じ、悲鳴を上げた。
    「ギエーッ! し、しかし何度やっても無駄なこと!」
     笑顔先生は敵対者の異常な戦闘能力への驚愕を隠せなかったが、一瞬のちに口の歪みを深め、右腕を再生させた! 肉と骨が構成されるギチギチ、或いはメリメリという音を嘉代子と読者視聴者諸賢は聞く!
    (物理攻撃恐るるに足らず! 死にたくなるまで刻むだと? 半不死の吸血鬼を? それこそ笑うしかない! 先にこいつも捕え、逆に拷問死させてやろう。これまでの追手共のように!)
     笑顔先生は心中一人ごちた――しかし!
    「ハッハーッ、獲物も無いまま何ができる? 何度やっても無駄なのはアンタさ、先生!」
    千尋は回転の勢いのまま踊るようにステップを踏んで教室を走り、エネルギーを殺さず再回転! ノコギリはヒュンヒュンと病んだ大気を切り裂き、再び今度は両肩を笑顔先生から切り離した!
     よろめく笑顔先生! だが彼は口の歪みを深める!
    「オゴーッ! し、しかしやはり何度やっても無駄なことだ!」
     彼はまたもギチギチメリメリと両腕を再生! 彼の着ていた白衣とYシャツは最早不格好なノースリーブのようである。敵対者に真実単純な物理攻撃しかないと解り、脂汗を垂らしつつも安堵する――しかし!
    「ハッハーッ、もう再生しか能が無い様じゃないか! アンタが打開策を見つけないと僕はアンタを何処までも大根斬りしていっちゃうぜ!」
     嘉代子は千尋のステップが少し大きいのに気付く。矮躯はまた回転し、ノコギリはヒュンヒュンと病んだ大気を切り裂き、再び今度は両肩と左脚を笑顔先生から切り離した!
     当然の帰着として重力に従いドタンと床に転がる笑顔先生! だが彼は口の歪みを更に深め……嘉代子は蚊帳の外で微かに悲鳴をあげた! 今や彼の唇は耳まで裂けんばかりに拡がっているのだ!
    「グギーッ! し、し、シシシシシしかしやはり……何度やっても無駄なことよ!」
     彼はまたもやまたもギチリと両腕、左脚を再生させ、隙を殺すためブレイクダンスめいた動きで身体を回転させつつ立ち上がった! 再生にかかる時間は異形化を進めてごく短くなり、またその腕の先は紫色の不気味な鉤爪状になっており、遂に彼が確かな殺傷能力を得たことを窺わせる――しかし!
    「ふふん、やっと獲物が出てきたかよ! それで僕に触れられたらいいけどな、試してみるか?」
     千尋は少し息を弾ませているがその不敵さを全く崩さない! 少し距離を取るようにバックステップし刹那溜めの動作を見せ、ミサイルさながらに走りこんだ……。
     が、人の肉眼で嘉代子が捉えられたのはここまでだった。

    「見――、」英賀の動体視力の発達した紅い視界には千尋のジグザグの軌跡が、そして四度目(よんたびめ)の高速回転が、その音速回転が……超音速の超回転が、その残像が……途中まで……映り込んでいた。
    「、うお」英賀のニューロンは加速し時は鈍化した。痛覚は鈍く、やがて鋭く、四肢それぞれの付け根に響いた。引き伸ばされた時の中で血飛沫が彼の視界に飛び、教室は傾き、ドタリと床に転がった瞬間、正常に流れ行く時間次元と共に己の先ほどまでの両腕を手中で弄ぶ敵対者を見出した。
    「ふぅん、結構鋭く出来てるじゃないの、これ……いいね、こんな丁寧に作るやつ最近見ないよ。流石理系」
     言いつつ千尋はその手を林檎をもぐが如く前腕から千切り離した。
    「お、おい、何を」英賀は四肢を再生させようとしつつ怯えた。自らの切り離された一部分が破壊されていること、何気なくそれを行う少女の狂気、そして己の死に。
    「ま、こんな綺麗だと回復しやすくッて実用的じゃないね。力が弱いやつ向け、人間(ひと)殺し向けってカンジだ……」
     もう一つの手ももぎ取りつつ転がる英賀に歩み寄り(英賀は、来るな、と掠れた声で囁いた)、その両手の四指を英賀の柘榴のような肩にぐちゃぐちゃと突き刺した。「あ、ガ、ェッ」英賀は苦痛に呻いた。最早口端は下向きに、人並みの表情として歪んでいる。千尋は無言のままに両手から親指をまた千切り、こちらは彼の足に、同じように刺した。淡々としていた。鋭い爪はスッと素直に肉に差し込まれて行った。「ギ、ギ、グゲ」千尋は無言のままに床に置かれたノコギリをまた手に取り、英賀の股下に差し入れ、柄を両手で持ち、ギコギコと濃灰のスラックス、そして無論その下の陰嚢ごと身体をミンチ状に切り始めた。「え゙ッ、えぐあッッ」千尋は無言のままに陰茎を二つに割り、臓腑のある辺りまで刃を進めた。骨もまたゴギギギギ等と音を立てて歪み割れてゆく。「ハァーッ、ハーッ、ア゙ーッ!」千尋は無言のままに刃を歪め、より広範囲をミンチにせんとする。彼女の顔を最早誰も見てはいない。彼女の息遣いは段々と深くなって来ている。「……、ッーハ、ぁ」千尋は無言だ。刃は心臓へ達した。激痛に、急所中の急所を異物が通る地獄的な違和感が混じる。

     英賀は――死ねない身を心底呪った。

    「……殺してくれ」千尋は無言だ。刃は英賀の心臓の中ほどで止まっている。
    「殺せ」千尋は無言のままだ。
    「は、早く……殺せッ! 気狂いめッ、は、ハァッ、ゲェッ、ぼくは、ぼくはどうしたら死ねる?!」
     英賀は全く無様に叫んだ。叫びつつ千尋の顔を見た。
    「、ひ、ヒィッ」
     読者視聴者諸賢の第三者視点からは彼女の後頭と無残な逆Y字と成り果てた英賀、窓の影と床へ当たる朱い光が見える。無論、千尋の顔は見えない。
    「死のうとしてみな」千尋は棒杭を投げるように言った。
    「は、は?」
    「死のうとしてみるんだ。絶望したか? 生き延びられる可能性は万に一つもないと思ってるか? ン? 刃が止まったら痛みが収まるか? まだやるなら僕はまだやれるぞ?」
    「あ、アッ、」
    「でもそうだなぁ……拷問は長いほうが楽しいよなァ、先生」
    「ヒ」
    「どうだ」
    「アッ、やめ、えぐ」
    「おい、どうだってんだヨ」
    「へ、へ、へ、へ、へ、へ、」
    「へへへ」
    「あ、ハハハハ」
     ……英賀、笑顔先生は笑った。力なく、また安らかですらある声であった。死の安堵からだった。
     死体、白衣、黒眼鏡、飛び散っていた彼の血液は燃え尽きたように煙となって消えた。教室には彼の物でない血も飛び散っていたが、術者の死亡に伴って消えたらしき結界と共に消えた。……千尋の、そして、嘉代子の眼に健全な夕日が入り込むと、残ったのは現実と、煙のみであった。

     ――そう、嘉代子である。嘉代子は一連の拷問死闘を、眼を皿のように開いて一部始終見ていた。
    「……嘉代子ちゃん、立てる?」千尋は死んだ笑顔先生の煙の中から現れ、まだ何処か興奮で冴えたような声で言った。背後へ回り縄を解いてやる。いつの間にかノコギリは何処にもない。煙の中に置いてきたかのように。
    「――うん」
     嘉代子の声もまた、千尋と同じ類の響きを帯びていた。絶望や嫌悪の感情は感じられなかった。千尋の伸ばした手を掴み、体を起こし、セーラーと顔の埃を払った。血はもう何処にも付いてはいない。
    「ねぇ、千尋……あんたって、何なの」戸惑いながら嘉代子は少しかすれた声で訊いた。頬は上気している。
    「……全部の説明はしないよ」
    「それでもいいけど。ヴァンパイアハンターとか、そういうものなの?」
    「ま、似ている。アーカードとかと変わらない」
     何らかを測るような顔をしていた千尋だったが、その何らかに安心したらしくまた余裕のある素振りに戻った。腰に手の甲を当て、気持ち胸を張る。バストは薄い。

    「彼より多分手広くやってるけどね。と言って大抵はお金を貰ってやってるわけじゃないんだ、生きるためというか……」
    「それはあの……えっと、見たんだけど、あの煙が」
    「そこまで見えたかい? 弱ったな、あんまり食事シーンは見せたくないんだけど」千尋はやや赤面して苦笑した。煙はもう何処にもない。「そう、お気づきの通りというか、僕もあの外道の……そういえば名前知らないけど。あの先生と同じ類の存在さ。あれが僕の糧、僕の力の正体でもある! あれがなければ僕らは生きられないけれど、あれが……この身体が何なのかは僕らもわからない……いつか死ぬ時までどうせわからないだろう」
    「ふぅん」嘉代子は返答に少し困った。「えー、それを、千尋は何処で知ったの? あんたはいつからこんな……こういう事をやってるの? 何でここに転校してきたの? あと……どんな生活してるの? とか……ねぇ、あたしはアンタに実際興味津々なの! あんなの初めて見たのよ」
    「それは――、まぁ、追々話すよ。嘉代子ちゃんがそんなに気に入るとは思わなかったけど、面白い話なら幾つかあるんだ……一気に話しちゃもったいないし、あと……」戦闘の高揚からようやく醒めたらしき千尋は目尻を下げた。
    「実は少し疲れたんだ」
    「そう……今度聞くわ、絶対にね」
    「そうだと助かる」
    「千尋は、私と違う世界に生きているのね」
    「え、何言ってるんだよ」
     声を絞る嘉代子と対称的に、千尋はきょとんとしている。
    「違う世界なんてあるもんか、だって僕らはこうして話してるんだぜ。話が出来るなら、世界は同じじゃないかな」
    「……そうね」嘉代子は明るく微笑む千尋から一瞬顔を背け、笑顔を作ってまた千尋の瞳に視線を合わせた。そして斜陽光の中話題を変えた。「――そろそろ帰りましょう。お腹が空かない? それともあの煙はお腹も膨れるものなの?」
    「お腹は膨れないねぇ、サブウェイとかこの辺にない?」千尋は少年のようにまた笑った。

     嘉代子は笑う千尋を見つめ目を細めた……だが彼女らを残し、視点はぐんぐんと遠ざかり声はフェードアウトし……二人のいる学校、そして有り触れた街を映し、白々しくも未だ美しい地球を諸賢らに見せた。読者視聴者諸賢らはこの地球を、今ある健全な世界を目に焼き付けて頂きたい――二人の愛の物語はまだ始まったばかりなのだから。

    《次回予告:放課後の嘉代子は千尋の家をどうにか調べだしてやろうと未熟な尾行を行うが、駅構内、地下鉄内に溢れる黒い影のような存在を追い千尋は路線を行ったり来たりする! 終電までに事件は片付くのか? 影どもの正体とは? 何故嘉代子は影どもを知覚出来るのか? そして何より……千尋の最寄駅は何処だ?!》
    《次週、第三回「一日乗車券と尾行(ストーク)とメトロ・グール」! 貴方は混沌の荒い息を感じる――。》

    (烈火拷問耽溺譚千尋 第二回「転校生千尋と笑顔先生と血染め 後編」(二〇一五年六月第二週放送分))

    (ほぼ全ての内容はNET放送時の内容に準じていますが、再現性を保証出来るものではありません。今秋発売DVDBOXのご購入をお勧めします。)