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【第151回 芥川賞 候補作】 『マダム・キュリーと朝食を』 小林エリカ
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【第151回 芥川賞 候補作】 『マダム・キュリーと朝食を』 小林エリカ

2014-07-14 12:00
    私たちがスフレの中心温度より、
    惑星や太陽の中心温度のほうをよく知っているというのは奇妙なことである。
    ―ニコラ・クルティ

     母たちが街を乗っ取ることに成功したその年に、私はこの世に生まれました。ある日、人間たちは遂に、私たちにキッチンを、寝室を、トイレを、風呂場を、コンビニエンスストアを、レストランを、公園を、学校を、病院を、何もかもを明け渡したのです。それは記念すべき日でした。母たちは勝利の声をあげて高らかに鳴きました。勿論、それまでだって母たちは猫らしく人間たちの家を乗っ取り暮らしておりましたが、いつか街をまるごと全部自分たちの手に入れることを虎視眈々―そうです、実に我らが同胞虎のように!―と狙っていたのですから。
     母たちの乗っ取った街は、それは素晴らしいものでした。小さな幾つもの家々、フルーツの実る畑、牛や馬や豚の牧場、ショッピングプラザなんかもありました。街では、私たちは好きな時に好きなだけ食事をして、好きな場所で眠ることができました。レストランの冷蔵庫の中に眠っていた、たっぷりしたフォアグラや、キャビアをたらふく食べました。私たちは空き家に忍び込んで探検をしたり、散らかったままの洋服やタオルの上で飛び跳ねて遊びました。放たれたダチョウやイノシシ、カラスなんかには気をつけなくてはなりませんでしたが、私たちは自由でした。母たちはそこを、母たちの、私たちの街として〈マタタビの街〉という意味を持つ名で呼び習わしました。そうです。あの街は、それほどまでに夢のような場所だったのです。もう、猫だからといって人間たちから耳を引っ張られたり、怒鳴られたり、嫌という程撫で回されたり、挙げ句の果てには去勢されるだなんてこともないのです。母たちはシロツメクサが一面に咲く野原や瓦礫の中でフリーセックスを謳歌し―ちょうど春がはじまったばかりでしたし―、そうして生まれたのが私というわけです。
     可哀想な犬や牛はつながれたままおんおん鳴いて、みるみる痩せ衰えて死んでゆきました。身体には蛆がわき蠅がたかり哀れで気の毒な気がしましたが、それは人間に隷属していた報いなのだ、と心では囁きました。私たちは私たちの街を手に入れたという喜びに満たされていましたし、そんな惨めったらしいことはすぐにきれいさっぱりと忘れてしまいました。
     私は母のおっぱいからでるミルクを思う存分に飲み、真っ白くてやわらかな体毛と甘い匂いに包まれながらすやすやと眠りました。まだ目の青い兄弟姉妹たちと喧嘩をすることもありましたが、それもじゃれあっているうちのことです。眠りから覚めてゆっくりと目を開けると、アスファルトや土や空はいつも光り輝いて見えました。私の記憶の中にある〈マタタビの街〉はまさに天国そのものみたいなのです。
     皮肉にも、そこに暮らしていた私の母や仲間たちが本物の天国行きになったかもしれないなどということを聞かされたのは、ずっと後になってからのことです。

     今、私は東の都市に暮らし十年が過ぎました。ここには人間が大勢居ますが、それなりにうまくやっているつもりです。そもそも私たちはこの世に生まれるときから、人間が思うよりはるかによく人間のことを学び知っているのです。これは、長年人間と共にある私たちが、よりよい猫生活を手に入れるための常識であり、知恵でもあります。私はとりわけ人間たちの歴史や行動に詳しい方でしたので、人間の心を奪うことは、少しも難しくありませんでした。いまはマンションの幾つかの部屋を行き来し、屋根の上で日光浴する、快適な生活です。かの冒険の途中で片目の視力を失いはしましたが、私は持って生まれた魅力で人間たちの心を摑み、思い通りの暮らしをしています。いわゆる幸福な日々を過ごしているといっても過言ではないでしょう。
     しかし、私は母を、〈マタタビの街〉を、想ってひとりこっそり鳴いてしまうのです。

    ※冒頭部分を抜粋。続きは以下書籍にてご覧ください。


    『マダム・キュリーと朝食を』特設サイト 
    http://renzaburo.jp/madamecurie/

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