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篠塚恭一:旅は最高のリハビリテーション──街へ出よう(30)
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篠塚恭一:旅は最高のリハビリテーション──街へ出よう(30)

2016-07-06 22:28
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    「高齢者のQOL向上のための外出支援ガイドブック」という小冊子ができあがりました。医療や介護サービスを行う事業者だけでなく、一般家庭にも福祉車両を普及させたいと思う自動車メーカーの取り組みのひとつで、トラベルヘルパーのページでは外出時におすすめする安心の携行品や、車内にあると便利な福祉用具について紹介しています。冊子は介護相談にやってきた方に配布されるそうですので、興味のある方は自治体窓口で尋ねてみてください。

    要介護となってグループホームで生活するようになって12年という方のシンガポール旅行に同行したことがあります。後見人の方からは、その方がシンガポールにずっと行きたいと思い続けていたことや、前年に母親を看取ったばかりで本当にひとりきりになってしまい寂しい様子だったことを伺っていました。ご本人に旅の理由を伺ってはみたものの、本人もどうもよくわからないとのことで、12年間貯めたお金でどうしても行きたいというのですから他人がとやかく言うのもおかしな話ですが、誰にどんなことを相談しているのか不明な部分もありました。

    旅の途中、何が印象に残ったことかを尋ねると、返ってきた答えは「MRTという地下鉄に乗れたこと」でした。当初この「MRT」を利用するコースを使うのは予定外のことでしたが、シンガポール市民が誇る地域交通の仕組みをひとつでも知ってもらおうと利用を提案したところ、以前旧国鉄で車両設計の仕事をしていたご自身の経験が重なり、その場所に親近感をおぼえたということでした。

    介護旅行を実施するには、公共交通機関など多くの方々の理解と実際的な協力体制が不可欠ですが、この旅も全日空の乗務員の方たちが歓迎してくれたことに対しご本人はとても喜ばれて、我々同行者もとても嬉しい思いをしました。出国からわずか4日ぶりに帰りの送迎をしてくれた介護タクシーのドライバーも、帰りの車内が明るい話題でいっぱいなのは、きっとこの旅が上手くいった証拠だと称賛してくれました。

    先の冊子を総監修した東京都健康長寿医療センターは、毎日外出している人と週1回以下の人とを比べた場合、歩行障害では2.3倍の違いがあり、認知機能障害では3倍以上の差があるとのデータを公表しました。つまり高齢者が外出頻度を上げることは、心身の健康度を表す目安になるということが科学的に裏付けられたといえます。外出したいという意欲はQOL(生活の質)の向上につながるだけでなく、閉じこもりや認知症予防にもなることは改めて言うまでもないことで、厚生労働省も「外出頻度」を総合的移動能力として6段階にレベル評価し、介護判定の参考にしているそうです。“旅は最高のリハビリ”をキーワードに掲げてきた私たちにとって、このようなデータが公表されたことは大変心強く、喜ばしいことです。

    そこで思い出してほしいのが「旅のチカラ」です。たった数時間のお出かけでも、寝たきりに近い高齢者にとっては、日常に上手く変化を起こす可能性を秘めています。ふだん「ありがとう」と「ゴメンナサイ」、そして「すみませんね」を繰り返してきた人が、旅に出ると「ありがとう」を言われる側になる。そのことがどんなに嬉しくて、心に温もりをもたらすことか、生きることに前向きになれるのか、その影響は測りしれないのです。

    外出することや新しいことへのチャレンジ、見知らぬ人と関わったりすることはいいことだからと勧められても、多くの人々はすぐには応えられないものですが、ご本人の少しの勇気と周囲の協力があれば、私たちは外出支援という活動を通してお年寄りが活気を取り戻すお手伝いができます。生きることに前向きになっていくお年寄りの姿は、人生に目標をもつことの大切さを私たちに教えてくれます。

    その姿を実際に目撃したり、介護旅行が終わろうとする時、私は自分の行動や言葉が社会を少しでも動かすきっかけになればと思ってきました。お年寄りが元気になるための一次予防・二次予防は本来行政が主体となって行う事業ですが、私たちの活動を通じてご本人の人生がより良く変わっていくのはもとより、ご家族や介護従事者などの人にとってもまた、介護旅行に関わることが嬉しいと思える、働き甲斐のある仕事だと思ってもらえることを日々願っています。


    【篠塚恭一しのづか・きょういち プロフィール】
    1961年、千葉市生れ。91年株SPI設立代表取締役観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。95年に超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。06年、内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー外出支援専門員協会設立理事長。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。



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