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山田玲司のヤングサンデー 【第145号】「意識高い系」が嫌われる理由
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山田玲司のヤングサンデー 【第145号】「意識高い系」が嫌われる理由

2017-07-24 07:00
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    山田玲司のヤングサンデー 第145号 2017/7/24

    「意識高い系」が嫌われる理由

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    テレビのコメンテーターの発言がつまらないのは、彼らが「まっとうな意見」を言っているからでしょう。


    大抵の「まっとうな意見」は、綺麗事です。


    政党のポスターなんかに描かれている「子供も老人も若者もみんな笑顔」みたいな「イメージ」も「それ」でしょう。


    そんな世界は虚像です。

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    今でこそ「報道の虚構」にはみんなが気づいていますけど、30年くらい前の日本では、まだ「偽善」とは言い切れない「善意」みたいなものがありました。

    「金八先生」や「熱中時代」や「スクールウォーズ」みたいなドラマには、前の世代が信じていた「正義」や「人情」があったのです。(帰ってきたウルトラマンとかね)


    それらのドラマでは「貧しいものの味方であれ」や「弱っている人には手を差し伸べよう」などの「正義」が語られます。


    ところが、現実の世界はそんなに甘くはなく、強い者達は容赦なく弱者を踏みつけて平気な顔をしていたりします。


    同時期のドラマには、そういう社会の相克を描いた「ふぞろいの林檎たち」みたいなものもあるし、そういう偽善的な都会を捨てて生きる事を選択した「北の国から」みたいなドラマもあるのですが、当時の社会(テレビや学校)では「世の中は正しいことで回っている」みたいな、虚構を教えるのが支配的でした。


    なので、そんな「自称、正しい社会」から逸脱した犯罪者や、結婚生活を続けられなかったタレントなんかを「異常者」として叩くのがマスコミの仕事みたいになっていたのです。


    どうにもこうにも「人間」というものの理解が「浅い」世界です。


    そもそも人生はコントロール出来ないもので、この世には善も悪もなく、全ては不条理で多層構造である、なんて事は何千年前から分かっていたことですからね。(そこは文学の仕事ではあるんですけどね)



    そんな状況にイラついていた時に出会ったのが、「ツイン・ピークス」でした。


    その世界では、一見「まともな人達」が、その実「信じられないほどイカれている」という事を、スタイリッシュに観せてくれるのです。


    「そうだ!これだよリンチ!社会なんて虚構の皮に覆われた獣たちのカオスなんだよ!」


    なんて。若き日の僕は熱狂したものです。



    まだあの当時は「偽善」を暴くのが新鮮だった時代なのです。


    ところがその後、95年の阪神大震災とオウムがあり、バブル崩壊でつかの間の宴は終わりました。

    そして多くの人が「現実の不条理」に耐えられず「わかりやすい物語」に向かって行ったのです。



    ツイン・ピークスの中で「異界につながるターミナル」として出て来るのが「ブラックロッジ」です。

    そこから主人公は「人間の深層部分」に引き込まれて行きます。

    その世界は残酷で無慈悲なカオスに満ちています。

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    僕はこの「ブラックロッジ」は、今で言う「ネット空間」ではないかと思うのです。

     
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