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礼讃・第86回「死の連鎖」
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礼讃・第86回「死の連鎖」

2015-03-06 13:00

    チャット三昧ではいけないと、私はインターネットで仕事を探し始めた。愛人稼業でもギャンブルでもない。正業に就こうかと二十六歳にして初めて思った。

    求人サイトで、リサイクルショップを東京と千葉で十店舗以上経営している男性が、秘書を探していた。仕事内容は、私的な雑務も含まれており、委細面談と募集をしていたので、早速、求人フォームから連絡した。その日に社長の福本さんから電話がきた。翌日に面接することになった。

    福本さんは洋梨みたいな体型で、不機嫌な隠居のようにむっつりとしていた。渡した履歴書を読み、私を見た。柳家小さんの「睨み返し」の視線だった。三段階に睨んでくる気がした。

    福本さんは、店のこと、家庭のこと、任せたい仕事のことを一気に話した。小さんのように、中手がこないようにお客を没入させ、後でどわっと来るような話を計算しているわけではないようだ。

    福本さんの物腰には、素人離れした凄みがあった。板尾さんのような任侠のそれとは違う裸一貫から辛酸を嘗め、財を成した人特有の異端児の匂いがした。大金を稼ぐ人が必ず持っている孤独の匂いも強かった。 

    福本さんはぶっきらぼうに話した。自分は中卒で、一代で今の店を築いたという。娘が経理を担当し、息子には二店舗分の経営を任せている。常磐線の北小金に本店があって、そこの二階を事務所にしている。自宅は柏にあるが、寝食は事務所でしている。

    だいぶ前から家族とは別居している。自宅には精神病の妻が、娘と二人で住んでいる。

    息子は自分で家を買って一戸建てで一人暮らしをしている。息子は、女性恐怖症の癇癪持ちで、体型は俺にそっくりだが、性格は妻に似ている。子供は二人とも独身だ。もう二人娘がいたが、一人は自殺し、もう一人は北朝鮮に拉致された。

    私は席を立とうか迷ったが、

    「岸愛堂という書店のような店名の由来は何ですか?」

    と、気になっていたことを尋ねてみた。

    「前は本屋をやってたんだ。その前は運送会社と廃品回収をやってた。その時から働いてくれてる岸田君という社員と恋人の愛子から一文字ずつとって社名にしたんだ」

    「愛子さんという方は岸田君の恋人ですか?」

    「いや、俺の恋人だ。日本交通に勤めてるOLだ」

    「愛人ですか」

    「恋人だ。妻は頭がおかしくて体も弱いから、離婚できない」

    「頭がおかしいと言いますと・・・」

    「先週、用があって自宅に戻ったら、俺の車の前に寝転がって手足をばたつかせていた」

    「奥様が地べたに寝転がって道を塞がれたと?」

    「そうだ。昂奮して訳のわからんことを叫んで、ばたばたやってた。毎度のことだ。一緒にいるとこっちがやられちまうから、別居することにしたんだ。そういや先週は、洗濯機に粉洗剤を一箱入れて、洗濯機から泡が吹き出してたな」

    私は言葉が出なかった。

    岸愛堂は有限会社で、福本さんは典型的なワンマン社長だった。地元の商店会にも入らず、孤軍奮闘している人だった。福本さんは、協調性というものを持たない人だった。彼は自身の経営理念を信じていた。

    「BLとPLを見せてください」

    と、言っても伝わらなかった。

    「バランスシートと損益計算書を読みたいのですが」

    岸愛堂は、どこの店舗も駅近くの良い立地ながら、センスの悪い店だった。PLを見なくては会社の儲けがわからない。BSを見ないと財政状況がわからない。

    彼は、決算書と税務申告書類を見せてくれた。BSと呼ぶ貸借対照表を見て驚いた。無借金経営だった。

    「俺の人格は、税理士が一番良く知っている」

    と、彼は胸を張った。しかし、営業利益率の低い会社だった。それなのに彼は現金を持っていた。株取引と競売物件の転売を副業にし、利益を上げていた。

    家族に内緒のサイドビジネスの手伝いと家事をしてくれる人を探していたことがわかった。

    私は、板尾さんの会社で見た、税理士が作ったキャッシュフロー計算書を思い出した。21世紀になってから企業に開示が義務づけられた財務諸表である。

    キャッシュフロー計算書があれば、現金の流れが一目瞭然になると思い、福本さんの事務所で書類をコピーし、持ち帰り、知り合いの税理士に計算書を作ってもらうことにした。税務上と会計上で帳簿は別で、サイドビジネスは帳簿がなかった。一年通った大学の経営学部では、簿記が必修科目だったから、帳簿の見方は大体知っていた。

    私は福本さんと月給二十万で雇用契約を結んだ。

    彼は、いきなり自分の手で自分の頬を平手打ちした。大きな音を立て、往復びんたし始めた。やっぱりこの人、相当おかしいと怖くなった。

    彼は腹膜炎の手術をして以来、ナルコレプシーという持病があるという。日中も激しい眠気に襲われるらしく、その眠気は突然やってくる。私と話をしている間に、その眠気がやって来たらしかった。目を覚ますために、自分にパンチ十連発。

    それでも眠る時は眠る。いつでもどこでも寝てしまう。角刈り頭の首を折り、大きなお腹を突き出して眠る。しかもSAS。睡眠時無呼吸症候群だから、イビキが凄い。しばらく息が止まったと思ったら、ウゴッガァーッグォーッと窓が割れそうな轟音を立てるのだからたまらない。

    CPAPや口腔内装置を使うと楽になるはずですよと言っても、強情だから耳を貸さない。そういう人だった。

    面接した翌日、福本さんから携帯に電話がきた。

     
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