• いまさらスター・ウォーズ

    2017-09-08 22:00


     今更ながら、「スター・ウォーズシリーズ」を見ました(エピソード1から7まで順に、『クローン・ウォーズ』など外伝はまた別の機会に)。


     Wikipedia巡りをしていたらいつの間にかスター・ウォーズシリーズのページに辿り着いてしまい、その圧倒的な歴史物語に取り込まれてしまいました。
     スター・ウォーズはエピソード1と2しか見ていなくて、それとアナキン・スカイウォーカーがダース・ベイダーに転身することしか知らなかったのですが、ネタバレをガッツリ読んだので、パルパティーン議員がシスの黒幕であることを分かった上でストーリーを追っていました。


     印象に残ったのは、各映画の始まり方です。
    「遠い昔、はるかかなたの銀河系で…」のダサいフォントからはじまって、「STAR WARS」のロゴがパッと出てメインテーマがはじまり、そして一点透視法で奥へと設定説明の文章が流れていく……というオープニングは、

    素人目にみても映画で絶対にやってはいけない構成だと思います。しかもスター・ウォーズのバックグラウンドが大きすぎて説明が十分になされていないですし、これだけの情報量でもって各登場人物の行動心理を理解するだとか、展開に整合性を持たせるとか、そういったことは困難だと思います。でもその文字スライドを平然とやってのけて、しかもそれが大多数に受け入れられているわけですから、何が普通で他がそうでないのかわからなくなって、もう笑うしかありませんでした。


     それとやっぱり、エピソード1のポッドレースのシーンはすごいなと思いました。
     ほとんどCGで作られたポッドレースには、ごく少ないセリフしかありません。そもそもポッドがどうやって動いているのか、レースはツアーなのか、他のレーサーとはどういう力関係なのか、といった説明もなにもありません。ただスタートランプが灯って、同じコースを3周して、予定調和的にアナキンが勝利するだけです。ですがポッドの圧倒的なスピード感と音響で、ルールがわからなくても引き寄せられ、アナキンが勝ったときは本当にうれしくなってしまいました。
     ですが一歩引いて考えてみると、フィクションの世界であるポッドレースでなぜこれほどまで熱中するのだろう、本当は作り物ではないのだろうか? とリアルとバーチャルを履き違えるほど考え込んでしまうシーンでした。

     一方で、中心人物たちの人間ドラマは、繰り広げられる戦火と比べて内容が安すぎますし、劇中での心情の移り変わりが描写しきれておらず、正直いっていらないと思いました。Wikipedeiaを読んで展開を想像しているときは楽しかったですが、実際の非戦闘場面でのストーリーはひどかったです(小説やWikipediaなどで情報補完すれば十二分に理解できます)。

     シリーズを見てゆく中で語るに外せないのが旧三部作(エピソード4~6)と新三部作(エピソード1~3)の製作・公開順です。周知のとおり、旧三部作から製作・公開されて、劇中に登場するダース・ベイダーの幼年・青年期を描くために新三部作が作られました。その理由は製作予算が少なかったからとか、当時の映像技術が不足していたとか、様々な理由があります。このエピソード4から製作されたところと、旧と新三部作の絶妙な公開年の隔たりが結果的に最高のムーブメントを引き起こしたと思います。
     旧三部作の公開年は1977~1983年で、新三部作は1999~2005年です。予想するに、旧三部作を観て熱中した10~30代が家庭を持ち子供が生まれ、その子供と一緒にファミリーで新三部作を観に行って、またその子供がスター・ウォーズの世界観の虜になってしまったのではないでしょうか? アメリカの一般家庭の経済事情は分かりませんが、エピソード1/ファントム・メナス作中での奴隷の身であるアナキンがポッドレースで優勝して自由の身となり、ジェダイを目指してゆくシンデレラボーイの流れは、当時の中流以下の子供たちには憧れに映ったと思います。
     それとは別に、フォースの覚醒(エピソード7)をはじめとする続三部作は公開年が2015年からではあるものの、時代設定としては旧・新三部作の後というほとんどオールドファン向けなので、新規層はあまり開拓できなかったのではないでしょうか。

     シリーズが長編なので敬遠してB級映画を漁っていたのが残念に思えるほど今更ハマってしまったスター・ウォーズでした。今からでも遅くはありません。ジョージ・ルーカス監督をはじめとするオーディオ・コメンタリーとWikipedeliaをはじめとする各種解説サイトを利用すれば簡単にスター・ウォーズのファンになれます。見ましょう!




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  • 俺自身がゆかりさんになった未来

    2017-09-05 22:001



     最近になってWebカメラによる表情モーションキャプチャ「FaceRig」にはまっています。そして生放送にてテストしてみました。

     動画内(生放送内)にて使用した主要ソフトは以下の通りです。

    • FaceRig

    http://store.steampowered.com/app/274920/FaceRig/?l=japanese

    • Live2D

    http://www.live2d.com/ja/

    • Yuzuki Yukari [Live2D content]

    http://steamcommunity.com/sharedfiles/filedetails/?id=630129247

    • ゆかりねっと

    http://www.okayulu.moe/

    • VOICEROID2 結月ゆかり

    http://www.ah-soft.com/voiceroid/yukari/

    その他配信ツール:OBS studio・棒読みちゃん・アンコちゃん

     仕組みとしては、FaceRigによって自分の表情が認識され、それがLive2DとYuzuki Yukari [Live2D content]モデルによって結月ゆかりとなり、画面に映し出されているというわけです。
     通常、VOICEROIDは読み上げたいテキストを入力する必要がありますが、ゆかりねっとを使うとgoogle音声認識によって喋った言葉が随時文字変換され、それをVOICEROIDが読み上げる、という構成になっています。ゆかりねっとには音声入力を字幕化する機能もあるので、それも活用しています。FaceRigでは表情認識以外の情報は捨てられるので、撮影背景が整っていなくても問題ありません。ゆかりねっとではマイクに音声認識フィルターを通すためにノイズは発生せず、棒読みが好ましいために声を出すのが苦手でも大丈夫です。

     つまり、FaceRigとゆかりねっとを組み合わせれば誰でも、ゆかりさんをはじめとしたVOICEROIDになれるというわけです。
     ただ欠点もありまして、FaceRigについては表情認識が難しく、少しでもカメラに対して横を向くと認識してくれません(そのタイミングだけ真顔になります)。モデルによっては腕が振れなかったりするなど、その他のボディランゲージをすべて表現するのは到底不可能です。ゆかりねっとについても、正しく音声認識してくれないことあり、また笑い声や悲鳴は拾ってくれません。
     ただ、この欠点も訓練次第で改善してゆくことは可能です。FaceRig作動時は首の動きを抑え、高度なトラッキング設定で自身の表情の変化具合に合わせたチューニングを行えば、だいぶよくなるかと思います。ゆかりねっとも、音声入力を意識した単語区切りの発音を心がければいいですし、「はっはっはっ」「きゃー」と棒読みすればVOICEROIDとして喋ってくれます。固有名詞についても単語登録してゆけば誤読は防げます。

     FaceRig×ゆかりねっとの可能性は2種類あると考えています。1つは、いわゆるVOICEROIDによる実況や劇場が簡単になる、ということです。
     VOICEROID実況・劇場は、ゲームなり子芝居なりを収録・編集・投稿するものですが、その作業量は膨大(らしい)です。映像としてのゲームや物語構成を撮るだけでも大変なのに、そこにVOICEROIDの表情を付け、音声を1つ1つ加えてゆく苦労は想像しやすいです。そこで、FaceRigとゆかりねっとを導入すれば、主たるゲームや物語だけではなくVOICEROIDの表情や音声、さらには字幕まで簡単に加えることができます。確かに、表情認識や字幕音声の精度は従来の編集後付けと比べたら劣るでしょうが、そのデメリットを打ち消すほどの編集の手軽さ、さらにはそのスピードを活かした投稿頻度の高さへつなげることができます。


     もう1つの道は、生放送での活用です。FaceRigとゆかりねっとを導入すれば、VOICEROIDの姿と声を用いてリアルタイムで会話できます。その方法をさらに拡大すれば、VOICEROID自身の魅力も相まって多数の注目を集めることができます。ただ前述の通り、表情や音声の認識が完全ではなく、ゆえにVOICEROIDになりきることは難しいです。またリアルタイムであるがゆえに、参照するVOICEROIDのキャラクターイメージから逸脱した発言・行動が現れてしまいがちで、結果としてコンセプトから外れてしまうことでしょう。
     ここまでの流れとして、FaceRigとゆかりねっとの組み合わせには可能性があるものの、その先に少し限界も見えてきました。その原因を強引にまとめると、VOICEROIDには個々のキャラクターが確立されており、FaceRigやゆかりねっとではそのイメージからズレてしまうがゆえに違和感を抱いてしまう、ということです。
     ならば「VOICEROIDを演じなければいい」という手が出てきます。
     FaceRigではオリジナルのアバターを用いる、VOICEROIDはオリジナル(結月ゆかりや琴葉茜など)とは異なる声調を設定する、またはゆかりねっとを使用せずにボイスチェンジャーを用いて発声する、ということをすれば、ソフトの表情・音声はユーザーそのものとして受け取られ、好意的に解釈できます。もちろんこれはオリジナルキャラクターを作って育ててゆくことと同じ意味であるため、簡単ではないことに変わりはありません。
     魅せるためのキャラクター、というところまでいかなくても、FaceRigとゆかりねっとを活用すれば、プライバシーの露出は最小限に、コミュニケーションの効果は最大限にすることができます。ゆくゆくはVR技術とも合わさって、バーチャル空間で、バーチャルなキャラクター同士で、実際に会っているかのように話し合う未来が訪れるかもしれません。実は現在でも、キズナアイをはじめとしたバーチャルキャラクターが登場しています。

     FaceRigとゆかりねっとによって簡単にVOICEROIDになりきろうとすることができます。しかし本当の意味でVOICEROIDを演じ切ることは難しく、むしろキャラクターのイメージを崩してしまってその寿命を縮めてしまうかもしれません。新しい技術で面白そう、といった興味本位で試してみる心意気は大切ですが、その先にある未来を考えたとき、乱用するのは控えた方がいいでしょう。




  • 新書『理系脳で考える』感想

    2017-09-03 22:001


     成毛眞『理系脳で考える AI時代に生き残る人の条件』を読み終えまして、感想を綴ります。

    理系脳で考える AI時代に生き残る人の条件・あらすじ

     AI時代を生き残るには、あなたが「理系脳」であるかどうかにかかっている! 仮説検証を行い、挫折もものともせずに未来を面白がる。これが成毛流・理系脳の定義だ。「文系出身で……」と負い目がある人でも身につく、シンプルな習慣とは。
    (朝日新聞出版より引用)
    http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=19276


    感想

     はじめに、この本を読むまでもなく自分は理系脳の持ち主だと考えていまして、またその通りでした。なぜ手に取ったかといいますと、売れていましたし、(自身はブログを書くのが趣味なのだが)文系理系論争はネタにしやすいですし、なおかつ理系的な立場から理系賞賛の本書の内容を突き詰めてゆくのが面白そうだったからです(つまりは最初から当たり屋気分だったということ)。

     正直いっておすすめできない内容です。「理系脳で考える」という目的には一定のよさがあります。理系脳の条件とは以下の通りです。

    • 理系脳の条件1 新しいものに興味がある・変化が好き
    • 理系脳の条件2 刹那主義で未来志向
    • 理系脳の条件3 コミットの範囲が明確
    • 理系脳の条件4 コミュニケーションが合理的
    (【第1章】理系脳だけが生き残る時代より引用)

     これらの条件を満たすと理系脳になることができ、その波及効果としてAI時代でも生き残ることができる、というのが本書の主張です。厳密にいうと「理系になれ」ではなく「“理系脳”になれ」なので、事務や営業といったクリエイティブでない仕事をやっていても問題ないです。しかしながら、理系・理系脳を推奨しすぎたあまりかサイエンスへの過剰な絶賛が目につき、また文系職種への軽蔑もひどいです。


    『理系脳で考える』の冒頭にも紹介されていますが、「人工知能やロボット等による代替可能性が低い100種の職業」は以下の通りです。



    (野村総合研究所 日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に ~601種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算~より引用)
    https://www.nri.com/jp/news/2015/151202_1.aspx


     この一覧から、クリエイティブな理系脳を持ち上げ、非クリエイティブな文系脳を謗っています。しかしよく見てみると、観光バスガイド・小学校教諭・バーテンダーといった非クリエイティブな文系脳(と考えられる)もAI時代には生き残るようです。その点について『理系脳で考える』は言及していません。この辺りのデータの扱いが粗雑であり、また本書の根幹をなす「正しいコミュニケーションを行う」を自ら破ってしまっています。
     統計結果の考察をすべて書き出すと長くなってしまい、紙幅の都合もあるでしょうからどこかで折り合いをつけなければなりません。本書後半のYouTubeや『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』についての内容は削り、よりデータの説明に文字数を費やすべきだったと思います。他の話における展開の仕方も、ほとんど筆者の思い込み、または曖昧なアンケートによって書き進められており、内容の客観性・正当性が薄いです。

     ちなみに、AI時代が到達しても、観光バスガイドをはじめとする仕事は、対人コミュニケーションが大きなウェイトを占めるためにAIの代替が難しく、生き残ってゆけるそうです。なので意外にも文系脳こそがAI時代に生き残るためのスキルとも受け取れなくはないです。


    (au iPhone スペック・機能比較より引用)
    https://www.au.com/iphone/product/comparison/

    『理系脳で考える』後半では理系脳の手に入れ方が述べられます。戦略的にSNSを使う、最新スマホを使い続ける、スマホには『使えない』アプリを入れる、できた時間は自堕落に過ごす、といったものです。行動により理系脳となってゆくプロセスにはほとんど問題がないと思いますが、例えば実際に最新スマホを使い続ける人は少ないと思います。なぜなら、値段が高いからです。iPhoneやAndroid上位機種は、1世代間では改善したスペックが1.5倍程度なのに本体価格は1.6~1.8倍とコストパフォーマンスが低いです。さらにはいわゆる「2年縛り」によって違約金も上乗せされます。なのでこれほどの料金を易々と支払える人はなかなか居ないのではないでしょうか。ここで『理系脳で考える』のいいたいことは「高いデバイス費用は将来への先行投資だと考えろ」ということだと思うのですが、紹介が、表層的な行動方法とそのちょっとした理由だけに留まっていて、深い戦略まで考察されていないのが残念でした。

     持論ですけど、極端な理系脳はよくないと思います。理系は基本的に自分の好きなことにしか興味を持たないので、行き着く世界がどうしても限定的になってしまいがちです。その壁を打破してくれるのが、人との出会いであり、コミュニケーションなわけです。お世辞なども必要になってきます。ゆえに文系脳も必要になってきます。
    『理系脳で考える』は文系脳の人が手に取ることを想定されており、本書の内容を実行しても完璧な理系脳にはなり得ないほどソフトなものになっています。なので文系脳の必要性を説く必要はないのですが、中立的な意見があってこそ理系脳はより輝きを増すと思います。