異世界転生禁止法案が可決されました。1
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異世界転生禁止法案が可決されました。1

2017-06-20 03:52

     2016年、春。異世界転生禁止法案が国会で可決された。
     この法案は、記憶を引き継いだ状態での異世界転生、生きたままの異世界転移を禁止し、取り締まる法案である。
     違反をした場合、転生先、転移先で死刑になる。
     この法案により、異世界転生を考えていたものや、老後の異世界転移を検討していたもの、ほか様々な人々が阿鼻叫喚となったのであった。

     結果、人々は絶望に沈み、自ら命を断つ者も後を絶たなかった。

     しかし、この世に於いて希望を捨てない者たちもいた。
    これは、そんな者たちが異世界転移を成し遂げるまでの物語である。

    ――――

     大川ほしのぶは、ただの普通のサラリーマンであった。働いている会社は特に厳しい訳ではないが、忙しい時は忙しく、暇な時は自分から仕事を見つけて働くことを主とする社会人生活を5年ほど送っていた。
     彼には願望と言ってもいい夢があった。
    パッとしない、自分の人生を華やかにすることだ。
    具体的には、異世界に転移し、この世界から持ち込んだ知識や技術を利用してまるで王かのように振舞うことである。
     しかし、具体的な知識、技術の習得をする前に異世界転生禁止法案が可決されてしまい、彼の夢は儚く散った。

     それからは、いや、それからも、これまでどおりのパッとしない生活を過ごしていた。

     今の今まで。

     普段は、昼食を社内食堂で済ませる大川だったが、その日は生憎持ち合わせがなく、コンビニでおにぎり二個とお茶を購入し、公園のベンチで食べることにした。

     一個目のおにぎりを食べ終わり、お茶の口を開け一口飲み、二個目のおにぎりの包装を解こうとしたとき、後ろの茂みから物音がした。
     ふと周囲を見渡すが、誰も気づいた様子がない。いや、ただの雑音として処理をしたのだろう。
     しかし、大川は雑音として処理をしなかった。
    何か妙な胸騒ぎを感じて、大川は二個目のおにぎりの包装を解かずに、飲み物と一緒にコンビニの袋の中に入れ、それを持って後ろの茂みに入った。

     異変というものは、自分が求めていない時に来るものだ、と彼は思った。
    目の前にいるのは、人間のような姿をした人間。
    人間のような出で立ちをしているが、一目で“この世界の”人間じゃないというのが分かる特徴があった。

     それは、耳だ。

     頭の頭頂部にまるで動物のような一対の耳。かつて異世界を描いた本に在った、獣人、というものだろう。

     性別の基準が、自分のいる世界と同じならば、目の前で気絶している獣人は、女性であると言える。
     慎まやかでありながら柔らかなふくらみを感じる胸しか、外見で判断できる女性的特徴は無いが。

     この目の前の女性を見つけるのは一つの運命だったかもしれない。
    この出会いが、大川の今後と、目の前の女性の今後を大きく変えることになるのだから……。

     大川は、困った。
    この女性を起こしたほうがいいのか、それとも、見て見ぬふりをすれば良いのか。
     異世界転生禁止法によれば、この世界への逆転生、逆転移も法律では禁止されているとメディアで取り上げられていた。
     なので、既にこちらの世界に来ていた異世界人は全て期間内に元いた世界か、異世界に退去しなければならないという。
     しかし、その期限は、この世界の一年に相当し、2017年4月末までに退去しなければ法を犯したものと見なし、その後はどうなるかは知らされていない。

     今は……2017年5月18日。

     目の前の女性を見殺しにしていいのだろうか。
    暫く考え込んだ末、大川は、一人で頷くと、おにぎりとお茶を置いてどこかへ走り出した。

    ――――

     アデル・レオーニが目覚めると、そこは見知らぬ世界だった。
    銀色の塔が遠くに何本も見え、見知らぬ灰色の鳥や遥か空の向こう側でものすごい鳴き声の白い鳥が空を飛んでいた。
    そして、自分の近くには、透明な布とその中に黒い三角の物体と、茶色い液体の入った透明な筒があった。

     これは、一体なんだろうか。
    三角の物体からは心なしか、いい匂いがする。
    もしかしたら食べ物かもしれない。

     なんだか、お腹が減ってきた。

     目の前に置いてあるものが食べていいものかは分からないが、下手に動くわけにもいかないし、他にやることもないので食べることにした。

     しかし……この三角の物体にも、よく見れば透明な膜が掛かっている。これは一体なんなのだろうか。
    この世界の住人はものを透明なもので包む習性があるのだろうか。そんなことをする意味がよく分からない。

     どうやってこの膜を破けばいいのだろうか。爪? しかしこの爪はあまり使うなと言われているし、何より、この膜の中身まで傷が入ってしまいそうだ。

     指で、こう、引っ張って……破けない……。

     透明な膜に包まれた黒い三角の物体と格闘していると、近くの茂みから物音がして、何かがこっちにやってきた。

    「ああ、目覚めたんだね」

     何かをこちらに向かって言っているようだが何を言っているのか分からない。
    しかし、最初に驚いた顔をした後に、安心したかのように顔を綻ばせるのを見たところ、私の敵では無いのかもしれない。

    「ンナウ、ニニギヌワ」

     誰だ、お前は。と聞いてみる。

     相手は首をかしげる。どうやらお互いに言葉が通じていないらしい。
    首をかしげる動作がこの世界でも、よく分からないという意味で使われているのなら、の話だが。

     目の前の相手は、この世界の人間なのだろうか。
    私と違って耳が横についており、毛で半分隠れている。こんなので遠くの音が聞こえるのだろうか。
    しかし、この世界は雑音が多いから、私のように聞こえすぎると頭がおかしくなってしまうのかもしれない。今は少し頭が痛い。

     あ、また意識が遠のく……敵か味方かまだ分からないのが目の前にいる……と、いうのに……。

    ――――

     公園の近くにある自分の家に向かい、麦わら帽子を取り出すと。再びあの女性がいる茂みに向かう、すると件の女性は目覚めており、おにぎりを開けようと格闘していた。

    「ああ、目覚めたんだね」と声をかけると、一拍置いて「ンナウ、ニニギヌワ」と返事が返ってきた。

     意味が通じたのだろうか。しかし、こちらには何を言っているのか分からず、思わず首をかしげてしまう。

     相手の女性も考え込むようにどこかを見つめていたが、頭頂部の耳をびくんっとさせると目を閉じ再び意識を失ってしまった。

     ああ、どうしよう。これだとまた振り出しだ。

     他の誰かにこの女性が見つかる前に、どこかでこの女性を保護しなければ。

     大川は、会社に午後は急用で休むと一方的に連絡すると、女性に持ってきた帽子を被せ、背負った。

     背中に何か暖かいものを感じるが、特に気にしないように心がけながら丁寧に家に運んだ。

    ――続く

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