• かりふらP、傾向と対策

    2016-07-02 21:1512

    ケイト・ブッシュの「嵐が丘」は何気なく聴いても充分に素敵な曲だけど、原典であるエミリー・ブロンテの小説を知っているとまた印象が変わるし、あの世界観をヒロインの視点から一つの歌に落とし込んでみせたケイト・ブッシュの凄さに驚くよね。みたいな方向で、シンプルにまとめた方が良かったかなぁ昨日のチヒロPのセラガ記事、と思う今日この頃。

    さて、この記事は元々、第四の壁や文脈の話からセラガ記事への動線にしようとしたけど上手くいかなかった物です。
    かりふらPは何をしていたのか。同じ轍を踏まないために何をしたらいいのか。傾向と対策をぼんやり考えました。かりふらPはMAD作ってる時、その場の思い付きに任せて編集しているので、これはあくまで今の僕が振り返って思った事です。メモをそのままコピペしているので乱雑です。昨日の記事はいろんな人に読んでもらえると嬉しいけど、この記事はあまり多くの人に読まれたい物ではないからワザワザtwitterとかに流さなくていいよ!


    プリズム、オーバーレイ(ハードライト)乗せ
    初出動画:あげられる花束はこれしかないんだ sm11151438 (2010年06月23日)

    映像をギラギラ、もしくはキラキラさせる時に使う。(かりふらPの動画編集ソフトはFinal Cut Pro 7。プリズムはFinal Cutシリーズ固有だと思うので、他のソフトなら色収差+各種ブラーとか)


    傾向
    ・猿真似ばかりのかりふらPには珍しく、元ネタが存在しない技(動画編集ソフト弄り回してただけ)。個性的な色が出せたので、かりふらP的には「ののワさんフリー」と並ぶブレイクスルーな発見だった。
    ・にも関わらず、初出以降は「特に仕掛けが思いつかないMADの見栄えを良くする為に一応使う」程度のネタに。
    ・カット切り換え時、トランジション的に重ねる事もある。(基本的に、かりふらPはカット間にトランジション入れないので、フェードさえ上手く扱えない。)

    対策
    ・最近の流行りは薄味な色調なので、そのままでは使えない。
    ・なので『ryo-gadou‾sozai03 sm26831507 (2015年08月01日)』ではスクリーン合成で使用。安直だなぁ。


    ブランクフレーム
    初出動画:About Her sm10345618 (2010年04月10日)
    その他使用動画:いっぱい



    傾向
    ・誰もが普通に使う、真っ黒な画面(ブランクフレーム)。かりふらPは過剰に使う。
    ・ついキッチリ埋めたくなる動画編集ソフトのタイムライン。ダンス速度の微調整や無駄カットの挿入でスキマを埋めていたら、動画のリズムがぐだぐだに。。。じゃあもうブランクフレームのままでいいや!と思い使用開始。
    ・6年も過剰に使い続けているのに、今もあんまり上手く扱えていない。
    ・トリミングを多用する場合、必然的にブランクフレームも多用する。
    ・文字を読ませたい時も、画は完全に消してブランクフレームに文字を入れたがる。

    対策
    ・過剰に使わない方が良い。普通に使うと良い。
    ・映画『たまこラブストーリー』のクライマックスでも効果的に使われていたように、「音」を立たせたい時や、映像のテンポを変えたりメリハリをつけたい時に、シンプルながら極めて有用。
    ・光沢ディスプレイだと、見てる人の顔や部屋が映り込む。


    トリミング(クロップ)
    主な使用動画:5/24 sm10846318 (2010年05月26日)、Baby I'm Yours sm12946171 (2010年12月05日)、Things I Forget sm17162233 (2012年03月05日)

    傾向
    ・sabishiroPの『千早 恋するニワトリ 【60min】 sm9782550 (2010年02月21日)』を見て「黒帯部分も視覚情報として受け取っているはずなのに、脳は"無い"モノとして認識してるじゃん!」と、ごく当たり前の事をエウレカし、使い始める(キッカケとなった部分は60分m@sterゆえの編集ミスだと思うのですが、でもラストの構図が見事なので意図的にも思えて、面白い)。

    ・強制的に視線誘導が出来るスグレ技。
    ・『5/24』37秒で見られる律子の「忘れてた」顔が可愛い。ココが見せたくてこのMAD作ってる、ってのがよく分かる。

    対策
    ・かりふらPは多用してたけど、こんな技に頼ってると編集が下手になりそう。ここぞ、という場面にピンポイントで使うくらいが健全で良いのかも。
    ・でもMADが健全である必要があるだろうか。


    重ね
    初出動画:Ludovico Technique sm14680219 (2011年06月07日)
    主な使用動画:C♡L♡W sm19002558 (2012年09月29日)、FΔDE sm21044729 (2013年06月05日)、ryo-gadou‾sozai03 sm26831507 (2015年08月01日)

    傾向
    ・複数の映像を重ねる。いっぱい重ねる。手軽に出来て、多様な効果を生む。
    ・映像を重ね過ぎると何が何やら分からなくなるけど、3つ程度なら全く異なる情景を判別し、その関連性から情感や物語を生み出せるだろう、と試したのが『C♡L♡W』1分45秒からの、無印春香さん+アニマス春香さん+2亜美真美パート。改めて見ると、カット割りが多くて情感を読むヒマが無い。そもそもアニマス映像が饒舌だからソッチに持っていかれちゃう。
    ・『ryo-gadou‾sozai03』は、ダンスと曲のBPMをキッチリ合わせてた時は良シンクロだったけど、ダンス映像の尺があまりに足りないので泣く泣く前半のダンス速度を落としてシンクロを殺し、弱まった画を貴音ソロPVを重ねて補強しようとしている。(このMAD、かりふらPの小技総動員してて、自分で見る分には楽しい)

    対策
    ・複数の情景を同時に提示するのは、文字や音情報では難しい。視覚媒体の強み。
    ・トリミングと正反対の手法に見えて、視線誘導がやりやすい。
    ・各種合成モードの特性を理解していると格段に自由度が上がる。経験則で覚えるのも良いけど、しっかり理屈から分かっていると、やっぱり便利。ここの説明は分かりやすい。
    http://handywebdesign.net/2012/07/photoshop-blend-mode-part1/
    ・映画館のスクリーンで見たら辛そう(映画で複数の映像を見せるなら画面分割するわね)。一つのフレームに全てを収めるのは、ニコニコやYouTubeの画面サイズだからこそ活きる手法かも。


    第四の壁
    露骨に傾向が出ている動画:part1 sm11086025 (2010年06月16日)、2010年9月14日、早朝 sm12109776 (2010年09月15日)、『あげられる花束はこれしか無いんだ』動画説明文の「届かなくても、届けます。」、『美しい夜は、この手が届かない人にこそ相応しい』の動画タイトル

    傾向
    ・アイドルはモニタの向こう側の存在である、アイドルと我々の間には越えられない壁がある、と意識させる演出/描写。いろんな人が使う。かりふらPは、壁の前で一人あがき続ける自分の姿を見せる、という形で壁を意識させているように思う。
    ・壁を乗り越えたいのではなく、壁があることを嘆くのでもない。壁があるから届かないと分かっていながら、届けようとする。その不毛な行為をいつまでも続けていたい。届いたら夢の時間が終わってしまうので、「いつか届く」なんて思いもしない。
    ・2010年06月以降のMADは基本的に、この思考(というより諦観)が根底にある。アイドルマスタータグを付けなくなったのもこの時期だった気がするので、何かあったのだろう(もう覚えてない)。

    対策
    ・モニタの向こうからアイドル出てきて欲しい派、もう俺がモニタの中に入る派とは相性が悪い。
    ・「かりふらPのMADが嫌い/苦手」という人(多分、結構いる)を生む要因の一つか。壁の前であがく姿は、みっともない。
    ・壁の前で悶える姿を敢えて見せるリンPの『E3 - intEr mEdia artists and spEcialists sm5388784』は広く受けているので、かりふらPのMADが辛気臭いだけ、という気もする(リンPは壁で遊ぶ余裕がある、かりふらPは壁を諦めて相手にしてない、という違いはあるかもしれない)。
    ・そもそもアイドルマスターはタッチパネル+メールプリーズで始まっているのに、アイドルに触れるなんて以ての外!と聖域化しているかりふらPの教条主義はよくない。もっと気楽にやった方がいい。


    アイマスの歴史文脈の導入
    主な使用動画:【アイドルマスター】プロデューサー!元気でやってる?【PBoyP@rk09】 sm9069529 (2009年12月12日)、  少女 sm9815433 (2010年02月23日)、アイドルマスターDS 1/2 sm12997945 (2010年12月11日)、「はろー」 sm21204881 (2013年06月25日)

    傾向
    ・誰もがよくやるアイマスシリーズ走馬灯演出など。かりふらPもよくやる。
    ・かりふらPは三池崇史、三上枝織、そして何より三瓶由布子が大好き。だからアイマスDSも大好き。なので隙あらばアイマスDSを入れたい。SPも割と入れたい。
    ・アイマスMADの歴史文脈や、自分の好きなアイマスMADを入れる/使うのも好き。僕はかんたんに忘れてしまうから『アイドルマスターDS 1/2』にブラブラPやひととせPの痕跡を残しておかないときっと忘れてしまう。
    ・愛ちゃんのMADでは執拗にRSX30さんの動画を使う(もっとも、愛ちゃんMADはペンタPに任せてたから、かりふらPはあまり作ってないけど)。他にも「このアイドルにはこのPのノーマルPVを使う!」といった借り物特有の自己文脈があったりする。

    対策
    ・アイマス2以降、ゲーム情報を追っていないのでもう使うのは難しい。
    ・2011年以降、アイマスMADを追っていないのでもうついていけない。
    ・三池崇史は劇場作よりVシネが好き。「喧嘩」という褒められたモノではない暴力行為を、祝祭として、生命を謳歌するダンスとしてあっけらかんと許容してしまう『喧嘩の花道』が一番好き(ヒロインの名前がリツコなんだよねー)。


    黒背景進行、白背景エンド
    主な使用動画:【アイドルマスター】あずささんの手、奇麗ですね sm6691225 (2009年04月08日)、【アイドルマスター】ちーちゃんのふうせん sm6806704 (2009年04月20日)、美しい夜は、この手が届かない人にこそ相応しい sm13106880 (2010年12月23日)、「はろー」 sm21204881 (2013年06月25日)

    傾向
    ・かりふらPのMAD構成は「アイデア一発で最後まで乗り切る」か、「ずっと黒背景でラストだけ白背景」、どちらかのパターンが多い。
    ・実験的、と言われるタイプのMADは大概アイデア一発で押し通す。
    ・それ以外は「ラストだけ白背景」、及びそのバリエーションが多い。辛気臭く進行し、ラストだけちょっと雰囲気を明るくして終えようとする。
    ・かりふらPは、MADを最初から最後までしっかり見てくれる人は再生数の1/10も居ないだろう、と勝手に思っている。ほとんどは5秒で見るの止めたり(「ジェノる」って、昔使われてましたね)、シークバー動かしたりしてるだろう、と。かりふらPのようなアクの強いMADは特に(実際どうなのかは知らない。あくまで、MADを最後まで見てもらうのは難しい事だから工夫しろ、という自分への戒め的思考)。
    ・最後まで見てくれた人を大切にしたいので、イイ感じで終わらせたい。
    ・その結果、黒背景進行、白背景エンドのMADばかりに。
    ・アイドルが笑顔になった瞬間にエンド、も多い。

    対策
    ・ラストの切れ味や余韻はMAD全体の印象を左右するので、気を使うに越した事はない。
    ・かりふらPのMADは1分30秒程度のモノがほとんどで凝りようもないので、シンプルでワンパな構成でいいんじゃない?(もう諦めてる)


    動かさない
    主な使用動画:千早とコーヒーもう一杯 sm8540088 (2009年10月17日)、En Melody sm17049254 (2012年02月22日)、free waltz sm20712346 (2013年04月27日)

    傾向
    ・映像の本質って、写真や画像が動くこと以上に、動いているように見えるには「時間」が不可欠な媒体である、という事だと思う。ならば、一枚の静止画も、時間を必要とする表現/描写に用いられるのであれば、映像になる必然性があるのでは。
    ・そんなMAD作れたら面白い、と一昨年の涼画動で考えていたけど『千早とコーヒーもう一杯』がそんな感じのMADでアレ以上のアイデアは出ないので止めた。
    ・ダンス映像は動いてないと不自然だから不自由だなぁと思っている。アニマスは動かなくても持つ画がたくさんあって便利。
    ・フィックス(カメラ固定撮影)の画が好きなので、常にカメラがフラフラしてるダンス映像は困るなぁと思っている。アニマスはフィックスの画が多くて便利。

    対策
    ・映像は、製作者が視聴者の時間を支配できる。だから『千早とコーヒーもう一杯』の「千早がいる/いない」という差異を、製作者の狙い通りにじっくり見せやすい。
    ・でもニコニコにはシークバーがあるので、この支配からの卒業される可能性も高い。
    ・ツァイ・ミンリャン監督の映画『楽日』には、全てが静止しているけど映像である必然を持った素晴らしいショットがある。ああいうのやりたい。
    ・フィックスの画も、差異を分かりやすく表現できる。小津安二郎監督『父ありき』の父と息子の釣りシーンや、『東京物語』冒頭と最後で同じ部屋を同じ構図で捉え東山千栄子の不在を示すシーンなど。


    データモッシング(グリッチ)
    主な使用動画:hArukAs dAtAmosh sm8008713 (2009年08月22日)、LSD Nikon【涼画動告知】 sm21409257 (2013年07月21日)

    傾向
    ・もちろん、qbさんの『シチュー』に影響されて使用。
    ・これといった活用法を思いつけなかったので、かりふらPは2009年にしか使っていない。
    ・2010年以降は、AEのグリッチ系プラグインでそれっぽいノイズつけてる(面倒なので動画編集ソフト上で全部済ませたい派)。
    ・涼画動用のMADは、久しぶりにちゃんとデータ破損させてグリッチしてる。『LSD Nikon』は動画をtiff形式の連番画像に書き出してから一枚一枚壊して、再連結してからAEでフレームブレンド(ピクセルモーションで)掛けてフワッとさせてる。おそらく。

    対策
    ・よほど楽しい使用法が見つからない限りかりふらPは使わない。他の方にお任せ。
    ・(特にキーフレーム破損による)データモッシングは、差異が面白い効果を生むので、qbさん『シチュー』や、まちぼんP『Magic Lantern sm27058053』のような、背景に動きがない映像だと、細かい変化をじっくり楽しめる。モッシングだけでMADを作るのなら、フィックスの扱いは肝になるかも。
    ・逆に、動画のワンポイントとしてサプライズ的に使うのなら当然、『hArukAs dAtAmosh』や、レオス・カラックス監督『ホーリー・モーターズ』のように画面全体でモッシングするタイプの方が、おおっ!ってなる。
    ・でも映像効率を考えながら壊すなんて、あんまり楽しくないかも。MADなんだから好き勝手して遊びたい。


    Processing
    主な使用動画:予知花 sm21087786 (2013年06月11日)、infected trash sm21775134 (2013年09月07日)

    傾向
    ・Processingは、電子アートとビジュアルデザインのためのプログラミング言語(wikipe丸写し)。変な映像を作れないかと苦し紛れに導入。
    ・『予知花』は特定のピクセルが花火の様に円状に広がる(はずなのに上半分しか広がってない)。
    ・『infected trash』は、1フレームごとに隣接するピクセルの明度を比較して明るい色が右に、暗い色が左に移動する。マウスをグリグリした部分は元の画像が再描画される。という仕組み。

    対策
    ・動画編集ソフトの枠を超えた表現が出来るし、そもそも映像以外の事も色々出来る。
    ・プログラミングの学習にも適した言語なので、かりふらPでもゼロからそれなりに出来た。でも付け焼刃だったのでもう全て忘れた。
    ・Processingは貧弱なので映像処理して保存する動作に耐えられない。連番画像を一枚ずつ処理する事になるのでとても時間がかかる。効率良いコード書けたら多少変わるだろうけど。『infected trash』は定期的にマウスを弄る必要があったので4時間以上PCの前から離れられなかったような。
    ・本気でやるならopenFrameworksがいいんじゃないですかね(よく知らない)。
    ・Macユーザーならan3Pの『アイドルマスター っぽいビジュアライザ「M@STER ViSUALIZE」』で使われてたQuartz Composerも、まだイケるかも。かりふらPはパーティクル作るのに使ってたくらいだけど、Automatorに組み込めたり、Syphon対応できたり、融通が効きそう。


    まとめ
    ・ウチの千早はとても優秀で、かりふらPがぼんやり作り始めたMADを特別な物に仕上げてくれる事が、多々ありました。別のMADを作るつもりが千早の誕生日に間に合わないので苦し紛れに用意した『  少女』、蜂矢さんにしっかりした物を撮ってもらう為の習作のつもりで撮った『千早とコーヒーもう一杯』、そして空耳キッカケで作り始めただけの『ちーちゃんのふうせん』。全て千早の力で、僕にとって特別なMADになりました。
    ・今思えばかりふらPは、全アイドルで『ちーちゃんのふうせん』を作りたかったMAD編集者だったのだと思います。愛ちゃんと、16歳の雪歩に対しては、それを実現できたかもしれません。

    ・かりふらPのところの千早は、がぶ呑みさんの『私とワルツを』から多大な影響を受けています。

    いやきっと『私とワルツを』の千早がウチに来て、僕と一緒に踊ってくれたのでしょう。割と本気で、そう思っています。そのくらい、『私とワルツを』は大切なMADです。
    他にも、『あずささんちかちか』などのチマチマ作業系MADを躊躇なく作れたのは、『陰陽師M@STER 劇場版 その11 sm691127』『アイドルマスター 天海 春香 「有罪」 sm1786894』などの先例があったからだし、〇〇チルドレン、という言い方を借りるなら、かりふらPは間違いなく、がぶ呑みチルドレンです。がぶ呑みさんがずっと先に居て、僕はそこに辿り着けないからこそ、好き勝手できました。

    ・もう一人の憧れの存在。ずっと先、というよりは全く違う場所に居て、僕はそれを羨望するしかなかったのが、wyrdPです。

    僕はめっきりニコニコを見なくなりましたが、それでも『glass forest』は時折見返して、見終わる時には感嘆のため息と落涙をしてしまいます。
    昨日のゴダールに絡めるなら、wyrdPの『Hallogallo sm7241517』は、ひたすらの反復が音や動作を解体しそうなのに分離しない批評的視線があるけど、そんな事よりチャーミングで楽しくて最高!という点で、ゴダールの『はなればなれに』のダンスシーンと並び得る映像だと僕は思います。が、そんな感慨はwyrdPにとって迷惑かもしれません。単純に「大好き」と言った方が良い気がします。
    (余談ですが、批評やコンテクストって、その字面だけで煙たがられる感があるし、実際扱いが面倒ですね。昨日の記事はかなり気を使って書いたつもりですが、なかなか難しいです。aaaさんのリツコショップ記事も「芸術」みたいな煙たがられネタ扱ってるのに全く嫌味が無くて、スマートで凄いなぁと思いました)

    ・もう一つ、たまにアイマスMADを作る機会があるとこんなMAD作りたいなぁと見返すけど、やっぱり無理だなーと思い知らされるMAD。

    回Pの三作目。激しいカット割りとノイズと楽曲の相性の良さ、それでいて衣装チェンジはアップからミドルのカメラチェンジで丁寧に導入していく巧さ、そしてアイマスMADで最高のブルーバック使用法。本当、こんなMAD作りたかった(二回目)。見返すたび、自分の思った事がコメントで流れてきて驚くけど、自分がつけたコメントじゃねーか、と思い出す自分のアホっぷりも思い知らされます。
    回Pは昔から凄かったし、今も凄いですね。最近またMAD編集する機会が出来たので、今のアイマスMADどんな感じかな、と検索して『わたしにとって』見たら、やよいの辺りからずっと泣かされて、息が詰まって大変でした。僕は『わたしにとって』でアイマス新作の映像を初めて見たのですが、新作映像と幸せな出会いが出来たと感謝しています。

    ・この記事と昨日の記事は先月中旬にはほぼ出来てたのですが、唐突に好きなMAD紹介始めた部分は、むすひらPの100選見て急遽書き足しております。最後に、もう一つ時折見返すMAD。

    編集は、もっと自由でいい。それを見るたびに思い出させてくれます。
    実写部分は"Hollywood Canteen"という映画のフッテージ。不可思議なモンタージュ、バイオリンや観客を拡大していくショット、モノクロ伊織の質感など、どこを見ても面白い。映像を拡大して生まれるノイズ感の利用は、後にDSMADでパクらせてもらいました。他にも、この短いMADの中にアイデアいっぱい詰まってると思います。

    ・セラガ記事を書いておきながらナンですが、4,5年後にまた100選が出来るのなら、かりふらPのMADを誰も選ばないくらい新陳代謝が進むのもまた、コンテンツが生き延びる道として正しいのでしょう。以前の100選では僕のMADが選ばれる余地なんて殆ど無かったし、次があるのなら僕のMADが入った場所に新たな人のMADが選ばれるべきです。でも、全部忘れて進んでしまうのは寂しいから、ちょっとは残しておくために、こういう機会に昔を振り返るのも大切だと思います。
    ・セラガ記事に、消えてもなお語り継がれ生き続けるカプチーノのこと書くの忘れてたなーと思って検索したら、whoPのカプチーノ再公開されてるのに今頃気付いた。


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  • チヒロP『アイドルマスター 「セラミックガール」 半PV』のこと

    2016-07-01 20:473
    まちぼんP(aaa)さんが「かりふらさんのExit Through the Ritsuko Shopと芸術について」というブロマガ記事で「コンテクストいっぱいあるMAD良いね(乱暴な要約)」といった事を書いてました。
    http://ch.nicovideo.jp/aaaaaaaaaa/blomaga/ar149304
    僕自身は、かりふらPのMADはコンテクスト(僕は「文脈」という言葉を使いなれているので、以下「文脈」と書きます)、文脈はそれなりにあっても、文脈を用いる必然性に欠けるなぁと、ぼんやり思っています。(必然性がなくても構わない、とも思っていますが)

    ともかく、まちぼんP(aaa)さんに取り上げてもらったのはとても嬉しかったのですが、同時に、チヒロPの『アイドルマスター 「セラミックガール」 半PV』こそ文脈の重要性を指摘されるべきMADではないか、とも思っていました。何処かでそれを書いておかねばと、頭の片隅に置きつつ幾星霜。随分と時間が経ってしまいました。



    さて、本題です。
    チヒロPの『アイドルマスター 「セラミックガール」 半PV』は、多くの文脈があり、文脈とMADのテーマが密接に関係しており、しかし文脈に気付かずとも楽しめてしまう映像がある、大変な傑作です。ただ、その完成度や行き届いた配慮、そしてチヒロPが奥ゆかしい人で自分から語らなかった故に、とても重要な文脈が見過ごされているMADでもあります。

    このMADは、im@s MAD Survival Championship 3 参加作です。チヒロPは企画の特性を見越した上で、天海春香が踊っている部分ではその個性を隠し、当時の「ニコマスの流行」という観念の具現化に徹しています。(それだけに凡庸に見えかねませんが、「今の流行を映像にしてください」と言われて実践するのは容易ではありません)
    そのためここには「ニコマス」と呼ばれる界隈の当時の文脈が数多く詰め込まれています。そしてアイドルマスターそのもの、そしてそれをプレイする為のXBOX360、天海春香が生きる場所としてのニコニコ/箱/私たちの記憶といった要素を取り入れている事も、動画説明文で丁寧に明示しています。

    チヒロPがこんなにも饒舌だからこそ、私たちは甘えてしまうのかもしれません。「この冒頭とラストは何?」「最後に流れる曲は?」それを考える事を、調べる事を、忘れてしまいます。チヒロPは親切なので、このMADで「じっくり語り語られてみよう」という企画に参加して、考える事を促してくれています。(チヒロPからの注文がまた、親切すぎて逆に難題ですが)
    http://jikkuri.blog19.fc2.com/blog-entry-43.html


    ここまでお膳立てをしてくれたチヒロPが、あえて語っていない(ひょっとしたら何処かで公言していて、僕が知らないだけかもしれませんが)大切な要素が、最後に流れる曲であり、ラストカットです。それが、ジャン=リュック・ゴダール監督の長編処女作『勝手にしやがれ』からの引用である、という事です。
    (白状しますが、僕もチヒロP本人に聞くまで気付いていませんでした。あのメロディ、映画の中で何度も流れるというのに。僕も、チヒロPのMADを、ゴダールの映画を、「ちゃんと見ている」とは、とても言えません)


    勝手にしやがれ』の引用、という事を踏まえた上でこのMADをどう解釈するか。それは見る人それぞれが楽しむべきでしょう。(ちなみに『勝手にしやがれ』のラストは、日本語字幕だとニュアンスが伝わりにくいので、過去に見ている人もネットなどで今一度調べてみる事をお勧めします)

    僕はここで、『勝手にしやがれ』を撮るまでのゴダールが何をしていたか、簡単に説明します。それが、このMADと、そこで引用される『勝手にしやがれ』のラストを繋ぐ、文脈の一つになると思うのです。


    ゴダールは監督になる以前に、映画批評家として活躍していました。同じ映画批評誌にはトリュフォー、リヴェット、ロメール、シャブロルといったメンバーがおり、彼らはのちにヌーヴェル・ヴァーグと呼ばれます。

    ヌーヴェル・ヴァーグの面々が映画批評家時代に何をしたか。例えば彼らは、ヒッチコックを語りました。彼ら以前の批評家は、当時(1950年代)ヒッチコックを俗っぽい娯楽映画監督と軽視し、語る事をしませんでした。そんな中、ゴダールやリヴェットと共に交わした議論を叩き台に、ロメールとシャブロルはヒッチコックを論じた初めての本を出版。やがてトリュフォーはヒッチコックへインタビューを申し込み、名著『映画術』を生み出します。彼らがヒッチコックの作家性を知らしめた結果、ヒッチコックはサスペンス映画の巨匠と讃えられるようになり、今なおその映画は見られ、語られ、生き続けています。

    ヌーヴェル・ヴァーグは逆の事もやりました。トリュフォーが書いた「フランス映画のある種の傾向」という当時のフランス映画人たちを冷徹に批評した記事、そしてその後のヌーヴェル・ヴァーグの活動を通して、彼らが否定的な態度を示したフランス映画人の作品群は、古臭いものとみなされ語られる機会を失っていきます。今となっては(批評対象の中では割と肯定的に扱われていた)クロード・オータン=ララの映画すら影が薄くなっているのですから、もはや当時を知らぬ世代は、語られなくなった映画たちのほとんどを見ていないでしょう。見られる事のない映画、それは死んでいるのと同じ事です。

    結果的にヌーヴェル・ヴァーグが殺してしまった映画もありますが、でも彼らは映画を愛し(愛、などという言葉ですら生ぬるいでしょうが)、映画が生き延びる事を望んで行動していました。そして彼らは、自分たちの信じる映画がその歩みを止めぬよう、自ら映画を作っていきます。


    (あなたがヌーヴェル・ヴァーグ界隈に詳しいのであれば、ここまで読んで何かと突っ込みたくなるでしょうが、あまり長文になると要点がボヤけてしまうので、この程度で勘弁してください)


    ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)の名の通り、彼らは若かった。それゆえ、彼らが映画を見る以前に生まれ死んでいった、語られぬ映画たちを知りえなかった。映画を愛する者にとって、それは大きな悲しみです。だからこそ彼らは、今ここで愛している映画について語り、共に生き延びようとした。

    見られ、語られなければ、死んでしまう。死んでしまったら、終わりです。もう伝えられない。ゴダールは、それを知っていた。処女作である『勝手にしやがれ』のラストにもそれが痛烈に表れています。あのラストのジャン=ポール・ベルモンドは、ヒロイックに矜持を貫いた男にも見えますが、結局何も伝えられなかった無様な死体、とも言えます。
    (なお、『勝手にしやがれ』の結末を決めかねていたゴダールに、トリュフォーは「指名手配犯である主人公の写真が新聞の一面に載り、主人公が街を歩くと、周囲の人々がスターを見るかの如く彼に振り向く」というラストを提案しています。語られ、伝わる事により、光を浴びる。完成した物とは正反対ですが、根本にある思考は一致しているのが興味深いです)


    チヒロPのMADに戻りましょう。
    見られ、語られる事を選んだこのMADは、チヒロPから私たちに対する挑戦でもあります。お前は本当に「見て」いるのか、向き合っているのか、と。この挑発的な態度を疎ましく感じてしまう人がいるのも、とてもよく理解できます。その上、チヒロPが尋常じゃなく巧みなMAD製作者なので、私たちが何を語っても、釈迦の手の上で踊らされている感覚に陥るきらいもあります。(実際、上手いですよね。club-jamoraさんも賞賛していますが、カットを割らずにダンスだけ割って違和感を生まない編集は本当に凄い。アイマスMADで最も優れた編集だと思います。感覚だけで編集していた僕では到底辿り着けない、技術と理屈と感性の全てが伴っていないと出来ない編集です)

    しかしながら、見られ、語られるという選択は、刹那的なMADを、天海春香を、少しでも長く生き延びさせるための、チヒロP自身の挑戦でもあったはずです。だからこそ、それを実践し続けているゴダールの処女作を引用したのではないかと、僕は思います。そして、天海春香と共に生き延びる事。それは私たちの挑戦でもあるはずです。



    こんなところでしょうか。あまりにも締めが弱すぎますが、この程度が僕の限界です。(ヌーヴェル・ヴァーグが葬った映画たちも、現在のフランス映画人たちにより再評価され、また見られるようになりつつある、という明るい話題も入れたかったのですが、無理だったのでここに追記しておきます)

    チヒロPがゴダールの『勝手にしやがれ』を引用した理由にはもっとシンプルな答えもありますが、僕の下手な文章でそれを書くと余計な誤解を生んでしまいそうです。ここではただ、『勝手にしやがれ』を引用していると伝えるに止め、『アイドルマスター 「セラミックガール」 半PV』を再び見る契機にしてもらえたら、と思います。


    *この記事を書くにあたり婿固めさん、eiteiさんのお力添えをいただきました。ありがとうございました。

  • 覚え書き

    2016-03-29 19:5821

    タイムラインで、むすひらさんの名前を見かけて「C♡L♡Wとこの前作ったMADは、むすひらさん居なかったら出来なかったんだろうなぁ」ということを思い出したので、覚えてるうちに書いとく。


    5kディスプレイのiMac買ったから動画編集したい
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    ちょっと前に千早の誕生日があったのを思い出してニコニコで「如月千早」検索
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    ダンスMADが全く無くて「ああ今はそういう時代なんすね、悲しいなぁ、ごらく部MADにしようかなぁ」と思ってたら2頁目にむすひらPっぽいサムネがあったので開く
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    案の定むすひらMADで安堵したので、むすひらさんと同じくミカンさんのノーマルPVを使ってMADを作る事にする
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    この前作ったMADが出来る


    ほっちゃんの曲聴いて無性にMADが作りたくなる
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    ひとまずニコニコで「アイドルマスター」検索
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    とりあえず開いたむすひらPのMADで「まちぼんmaster」の存在を知る
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    「フレー、フレー、ほっちゃん」を「フレー、フレー、BNちゃん」と強引に空耳したらMAD作れそう
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    C♡L♡Wが出来る


    なので、僕が動画編集しようと思ったタイミングで、たまたまむすひらさんがMAD作って、かつ、どなたかがコメントして検索上位に来ていなかったら、上記の2本は全く別のMADになっていたでしょうね。
    C♡L♡Wは自分でも割と好きなので、むすひらさんには感謝しています(が、それを伝えた事が無かったので今こうして書いている)。


    あと、まくたPの貴音MADは、「むすひらさんっぽいMAD作れないかなー」と思って作りました。