• <多機能人格>に導く【神の愛=主イエス】!

    2017-05-27 12:5521時間前

    【2014年6月10日に作成した<第631回>に加筆】
    ◇◇<多機能人格>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

    ★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
    http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
    世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

    精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
    <対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
    【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

    「与える喜び」を体感できるSNSのおかげで、従来の「生活のために働く」仕事観が
    「楽しい事をして生活する」価値観に変革し始めています。9時~5時の勤労では
    不完全燃焼でもSNSを通じて自己の【タレント:個性・才能・可能性】を活かせば、
    自ら起業しなくても【ビジョン:理想・夢念・大志】を具現化する時代到来です!
    まさに<多機能人格>で活躍しやすい社会基盤が生まれていると実感できます。

    家庭や学校や職場などの公的社会的側面と【隣人・社会】に見せない私的側面との
    人格・人柄が一致しないと「多重人格」として異常に扱われるかもしれませんが、
    SNSのおかげでオタク文化も社会的認知され、それどころか偏向大手メディアが
    エログロナンセンスと軽視してきたニコ生放送が国会の衆参各委員会完全生中継や
    記者会見完全生中継や討論やデモ集会や台湾学生国会占拠事件などの可視化報道や
    宇宙や天体や精神文化論や世界的アカデミックな会合・研究会の完全生中継などで
    大活躍しています。

    私のような個人もまた、世間的に落ちこぼれ・無能無力の無一物扱いされていても
    SNSのおかげで、私の【ビジョン:理想・夢念・大志】も世界中に瞬時に発信できて
    世界中と簡単に交流することも可能です。

    皆さんご存知のように【聖書】に此の世を生きる有名な処世術が示されています。

    ●蛇のごとく慧(さと)く、鳩のごとく素直なれ(マタイ伝11-16)

    この<生き様・死に様>は単に「世渡り上手で生き抜け」ではないと思います。
    <蛇>は<我欲:自己愛・自己本位>で<鳩>は【神の愛=主イエス&聖霊】の
    【聖欲】<他人本位>【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】であると実感できます。

    私たちは<我欲:自己本位・自己愛>を最善発揮し<聖欲:他人本位・隣人愛>を
    具現化する「多機能人格」であることを【神の愛=主イエス】がお望みなのだと
    実感するようになりました。

    ●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、
     最も多く他を利して最も多く己を利する道を我に教えたり(内村鑑三)
    ●「エゴ」を生かして、人に尽くせ(曽野綾子)

    恐らく教会的信者や教会権威からは批判されて完全否定する解釈かもしれません。
    私も自己愛を捨てて隣人愛に生きる事が敬虔なクリスチャンだと思ってきました。
    しかし、SNSの誕生も、コンピュータも飛行機も自動車も、有史以来現代に至る
    価値ある産物は、身内や世間の無理解や批判攻撃にも降伏したり断念妥協せず、
    ただ内なる<自己本位・自己愛>に従って「こんなものが欲しい!価値ある」と
    【ビジョン:理想・夢望・大志】を抱いたからこそ具現化されたものばかりです。

    ●神よ!私がいつも、創造できる以上のことを望むことを、許したまえ!
     (ミケランジェロ) 
    ●いま正しい事も、数年後間違ってることもある。
     逆にいま間違ってることも、数年後正しいこともある(ライト兄弟)

    私たちの<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>は、他人本位からではなくて、
    オタク文化に代表されるように、初めは<蛇><我欲:自己本位・自己愛>から
    生まれ育つことを体感できます。

    たとえ世間体や社会常識に反しても<蛇><我欲:自己本位・自己愛>の衝動を
    封じ込めず、出し惜しみせず、強制や義務感でなく自発的に進んで自らの本心の
    欲望<エゴ>に従うことを【神の愛=主イエス】もまた喜ばれる事を感謝します!

    ●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
     恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
    ●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
     自ら心で決めたとおりにすべきである。
     神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
    ●こんな小さな人間でも、やろうという意志さえあれば、
     どんなことでもやれるという事を信じるのだ(ゴーリキー)

    ニコ生もそうですが、初めは<蛇><我欲:自己本位・自己愛>中心に見えても、
    何でも知りたい!という一般視聴者の<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>が
    政治も文化も可視化欲求に目覚めて【悪:無知・無関心・無責任】から解放されて
    今では日本を代表する視聴者参加の本格的ジャーナリズム放送にまで達しています。

    正に社会的専門家・プロ集団でもなく世間的にニートや閉じこもり状態であっても、
    世間的に自由な心があるので<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>に満ち溢れて
    <レイマン・スピリット・素人根性><レイマン・エキスパート>の個人視聴者が
    <蛇><我欲:自己本位・自己愛>から<鳩><聖欲:他人本位・隣人愛>に転じ
    善循環された成功事例だと実感できます。

    ●軍隊と巡査と法律とをもって維持されている平和は実は平和ではない。
     聖書は人をして、その利欲の念を絶たしめて、
     これに代わるに他を救わんと欲するの
    【聖欲】をもってせしめて社会をその根底より改める (内村鑑三)
    ●歴史の中のすべての変化、進歩は、
     社会の規範にしたがわなかったことから生まれた。
     もし、もめごとを起こしたり、異議を唱えたりする人たちがいなかったら、
     私たちはまだ洞窟の中に住んでいたはずだ(A・S・P・テイラー)
    ●誰かに向かって「それは不可能だ」などと言ってはいけない。
     神はその不可能なことをやってしまうほど無知な者を
     ずっと待ち続けているのかもしれないのだから(ジョン・ホームズ)
    ●すべての物事は願望から生まれ、心からの願いはすべてかなえられる
    (エルバート・ハバード)
    ●すべての基本は熱中である。そして熱中は純真な心から生まれる(エマーソン) 
    ●元始の精力をもって、さまたげられることなく、天真のままに語れよ
     (ホイットマン)
    ●われわれの願望と言うものは、
     われわれのうちにひそかにひそむ能力の予感であり、
     われわれがなしとげうるであろうことの先触れである(ゲーテ)
    ●汝の運命の星は汝の胸中にあり(シラー)
    ●汝の道を進め、人々をしてその言うにまかせよ(ダンテ)
    ●君自身であれ!そうすれば世界は豊かで美しい!(ヘッセ)

    私たち個人も【青春:幼な心・青年の心】の<蛇><我欲:自己本位・自己愛>の
    衝動を単なる<個人的趣味>に終わらせず【神の愛=主イエス&聖霊】に託された
    【タレント:個性・才能・可能性】を最善発揮する<最愛の我が子・我が分身>の
    【ビジョン:理想・夢念・大志】を熱愛する<鳩><聖欲:他人本位・隣人愛>に
    高める<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を目指しましょう!

    ●少壮時代に心の田地に卸された種子は容易に根を断つ事の出来ないものである
     (森鴎外)
    ●心というものは、ときとして知識を超えた高みに上がることがありますが、
     どうしてそこに達したのかを証明することはできません。
     すべての偉大なる発見は、そのような飛躍を経たものです(アインシュタイン)
    ●心の田畑さえ開墾ができれば、世間の荒地を開くこと難しからず(二宮尊徳)
    ●心は、それ自身が密かに抱いているものを引き寄せる。
     環境は心がそれ自身と同種のものを受け取るための媒体である
     (ジェームズ・アレン)

    終戦詔勅を完成した大思想家の安岡正篤氏が説いた「有名無力・無名有力」の如く
    混迷大波乱の国難の大危機にある現代日本では、失うものが何も無い私のような
    世間的無名ほどに有力で、その原動力は<蛇><我欲:自己本位・自己愛>です!

    ●プロの作家とは、書く事をやめなかったアマチュアの事である
    (リチャード・バック)
    ●自分の心に描く夢の実現に向かって努力する時、
     普段なら思いもよらぬ成功が得られる。
     空中に楼閣を建てても無駄骨には終わらない。楼閣は空中に建てるものだ。
     さあ、その下に土台を建てよ(ソロー)
    ●人の一生は、どう生まれついたかではなく、どう生きるかで決まる(ベル)
    ●自分の仕事を知り、それをなせ。
     我々に大事な務めは遠くの方におぼろげにあるものを眺めているのではなくて
     手元にあって、はっきりしていることを行うことである(カーライル)
    ●決して自分の夢を人に奪われてはならない。
     心に描いたものが何であれ自分の心に素直に従って生きてほしい
     (ジャック・キャンフィールド)
    ●誠実、心の真のありのまま、これ常にいかに貴いかな。
     実際に自己の心の中に存することを語る者は、
     その方法のいかに拙劣なるも、必ず彼に聴かんと欲する人あるべし
    (カーライル)
    ●あなたができる事、あるいはできると夢見ている事があれば、
     何でも始めてみる事だ。
     大胆さには本来、天賦の才、力、そして魔力が備わっている。
     今こそ、それを発揮させよう(ゲーテ)

    皆さんが世間的常識や世間体に反しようと<蛇><我欲:自己本位・自己愛>の
    衝動による【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】を大切にして
    【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】にお任せすることで
    <鳩><聖欲:他人本位・隣人愛>に至る【ビジョン:理想・夢念・大志】を
    <最愛の我が子・我が分身>として<人生の旗印>に掲げる<多機能人格>で
    【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
    活躍されることを心より応援しています!

    ●一番大事なことは. 環境が必要かということではなく、
     どんな考えで毎日生活しているか、
     どんな 理想を追い求めているかということなのです。
     一言でいえば、その人の人柄の問題なのです(ヘレン・ケラー)
    ●<修養と祈祷>(内村鑑三)
     修養は、神によらずして自ら高くのぼらんとするの法なり。
     祈祷は、神によって直ちに潔められんとするの途なり。 
     修養は人の法にして、祈祷は神の途なり。
     われらはプラトン、シセロ、孔子、王陽明にならって
     聖人君子と成らんと欲せずして、
     パウロ、アウグスティヌス、ルーテル、クロンウェルにならって
     クリスチャンたらんことを願うべきなり。
    ●あなたらしく生きる、そのための道は、後にも先にも二つだけです。
     一つは、奇跡などありえないとする道。
     もう一つは、全てが奇跡であるとする道(アインシュタイン)
    ●何をなすべきかを知るだけでは足りない。
     さらにそれを遂行する勇気をもたねばならない(ディミトロフ)
    ●決断・・・なすべきことをなそうと決心せよ。
     いったん決心したことはかならず実行に移せ(フランクリン)
    ●天才の秘密は子供の時の精神を大人になっても持ち続けられるということだ。
     つまり、それは自分の情熱を失わないということである
     (アルダス・ハックスリー)
    ●人生をもっとも偉大に使う使い方というのは、人生が終わってもまだ続くような
     何ものかのために使うことである(ウィリアム・ジェームズ)
    ●幾たびか辛酸を経て、志ははじめて固まるものだ。その志を貫くためには、
     玉となって砕けることを本懐とすべきであって、志をまげて瓦となってまで、
     生きながらえるのは恥とする(西郷隆盛)
     ★<玉>=価値あるもの[正義・名誉]⇔<瓦>=がらくた[生き甲斐の無いもの]
    ●人生の価値は、その長さとは関係がない。
     人生の価値とは、どのようにその時間を利用したかで決まるものなのだ。
     あなたが十分に生きたかどうかは、あなたが生きた年数ではなく、
     あなたがどのような意志をもって生きたのかで決まる(モンテーニュ)
    ●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
     あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である(ジェームズ・アレン)
    ●われわれが内に向かって、われわれのなすべきことをしたら、
     外に向かってなすべきことは、おのずとなされるでしょう(ゲーテ)
    ●自分の今行っていることを・・・心から楽しめる者は幸福である(ゲーテ)
    ●喜んで行い、そして行ったことを喜べる人は幸福である(ゲーテ)
    ●夢を追求している時は、心は決して傷つかない(パウロ・コエーリョ)
    ●一日中考えていることが即ちその人である(エマーソン)
    ●改革すべきはたんに世界だけでなく、人間である。
     その新しい人間は、どこから現れるのか?
     それは外部からではけっしてない。
     友よ。それを君自身のうちに見いだすことを知れ。
     しかも鉱石から純粋な金属をとるように、
     この待望の新しい人間に君自らなろうとせよ。
     各人は、驚くべき可能性を内蔵している。
     君の力と若さを信ぜよ。
     たえず言い続ける事を忘れるな。
     「ぼく次第でどうにもなるものだ」と。(ジイド)

    ハレルヤ!栄光を主に帰します。
    主の恵みに感謝します!アーメン

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    May grace and peace be with your spirit.
    Good luck & God bless you!
     
    メイル歓迎します。
    cforum@tanaka.name
    田中 聡(さとし)


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  • <我意・人間技>を<神意・神技>に導く【神の愛=主イエス】!

    2017-05-26 13:12

    【2014年7月2日に作成した<第632回>に加筆】
    ◇◇<我意・人間技>を<神意・神技>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

    ★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
    http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
    世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

    精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
    <対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
    【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

    ワールドカップ・サッカーでは人間技を超えた<神技>が勝負の鍵と実感できます。
    日本代表選手の多くが「自分たちのサッカー」にこだわり敗戦後のインタビューで、
    「自分たちのサッカーができなかった」と発言していました。

    「自分たちのサッカー」とは、言い換えれば「<理想>とするサッカー」であり、
    【チーム・ワーク&チーム・スピリット】で【ビジョン:理想・夢望・大志】を
    具現化するには<人間技>だけでは困難であることを証明していると思います。

    一方で強豪チームのスター・プレイヤーの多くが素晴らしいゴールを決めた時は、
    十字を切り天を仰ぐ【礼拝:★讃美★祈求★感謝】ポーズを示す光景が観られます。
    つまり、自分が日々鍛錬して体得した個人の実力<人間技>がどれだけ完璧でも
    <我意>に反する最悪の試合状況で、自分の【ビジョン:理想・夢望・大志】を
    瞬時の判断と決行で自由自在に具現化させるには自己実力<人間技>だけでは
    成功はあり得ず、<神技・神意>が働いた事を<信仰告白>している証明です!

    ●主によりて歓喜をなせ、主は汝の心の願いを汝に与え給わん(詩篇37-4)
    ●神の無限の力に頼りて、我等は我等の信じるがごとくに
     すべての事をなすをうるなり(ピリピ書4‐13)
     ⇔私を強くして下さる方によって何事もすることができる
    ●汝等の信じるごとく汝に成るべし(マタイ伝9-29)

    そうです!サッカー競技場と同様に私たち各自が主役の人生劇場<競技場>でも、
    自分のオリジナリティを示す【ビジョン:理想・夢望・大志】を具現化するには
    自助努力や自己実力や【この世の勢力:富・権威・名声】<人間技>に頼る以上に
    【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】<神技>に一切お任せが
    <邪魔勢力:つまずきの石・妨げの岩・仕掛け罠>への圧倒的大勝利の秘訣です!

    ●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ栄光は得られない
     (テモテ後書2-5)
    ●あなた方は知らないのか、競技場で走る者は、みな走りはするが、
     賞を得る者はひとりである。あなた方も賞を得るように走りなさい
     (コリント前書9‐24)
    ●すべて神から生れた者は、世に打ち勝つ。そして、私たちの信仰こそ、
     世に打ち勝つ勝利の力である(ヨハネ第1書5-4)
    ●キリスト教は理想ではない、事実である。
     理想が事実となって顕れたるものである。
     すなわち真個の理想である。「なすべき」はキリスト教ではない、
     「なしうる」がキリスト教である(内村鑑三)
    ●理想を語るは夢を語るにあらず、未来の事実を語るなり(内村鑑三)
    ●真の祈りは、ただの祈りではない、一種の預言である。
     即ち必ず成就すべきことを前もって語に表することである(内村鑑三)
    ●あなた方には この世で患難辛苦がある。しかし、勇気を出しなさい。
     私は既に世に勝っている(ヨハネ伝16-33)
    ●だれが、キリストの愛から私たちを引き離すことができるというのか。
     患難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危難か。剣か。
     私たちは、これら全ての事において、
     私たちを愛して下さる方によって輝かしい圧倒的勝利者となる
     (ロマ書8-35~37)

    【神の愛=主イエス】を受け入れるまでの私の信仰解釈では、<我意・我欲>と
    <神意・【御心:聖意・聖旨】>とは一致せず、自己実現は否定的価値観でした。
    しかし、本来の【神の愛=主イエス】とは<十戒>に代表されるような戒律遵守や
    独裁的専制・強制的命令への抑制的・禁欲的・道義的従順だけを期待しておらず、
    私たちの自発的・積極的で【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の態度を求めます。

    ●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
     恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい
     (ペテロ第1書5-2)
    ●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
     自ら心で決めたとおりにすべきである。
     神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
    ●<神意と人意>(内村鑑三)
     人は止まらんとし、神は動かんとし給う
     人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
     人は制定せんとし、神は産出せんとし給う
    ●【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】
     いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。
     これがキリスト・イエスにあって神があなた方に求めておられることである
     (テサロニケ前書5‐16~18)

    <神技・【御心:聖意・聖旨】>というのは<人間技・此の世の法則>と異なり、
    <【神の愛の力=隣人愛】実現>と<我意・自己都合><自己実現>とを同時に
    最善発揮できる【神の愛の奇蹟】であることを私は体感するようになりました!

    ●あなた方の内に働きかけて、御心のままに志望(願い)を起こさせ、
     かつ実現に至らせるのは神であって、
     それは神が善しとされるところだからである。
     何事も、つぶやかず疑わないで(不平や理屈を言わずに)行いなさい
    (ピリピ書2-13~14)
    ●主に自らをゆだね、おのれの喜びとなせ。
     主はあなたの心の願いをかなえられる(詩篇37-4)
    ●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、
     最も多く他を利して最も多く己を利する道を我に教えたり(内村鑑三)
    ●「エゴ」を生かして、人に尽くせ(曽野綾子)

    私がスーパースターのサッカー選手に見習う事は自己の<本分・本領>である
    ピッチ<競技場>に入る時に、【礼拝:★讃美★祈求★感謝】の態度を示して
    【ビジョン:理想・夢望・大志】具現化と【ミッション:大義・使命・天職】に
    成功・勝利を得れば、手柄を【神の愛=主イエス】に捧げ、失敗しても天を仰ぎ
    <いつも一緒!>の【神の愛=主イエス&聖霊】と共に戦っている姿勢です。

    ●見よ、私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる 
     <Always,with you> (マタイ伝28‐20)
    ●インヌマエル:神われらと共にいます (マタイ伝1‐23、イザヤ7‐14、8‐8)
    ●強く、雄々しくあれ。あなたは、私が先祖たちに与えると誓った土地を、
     この民に継がせる者である。
     ただ、強く、大いに雄々しくあって、
     わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、
     右にも左にもそれてはならない。
     そうすれば、あなたはどこに行っても勝利し成功する。
     この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、
     そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。
     そうすれば、あなたの道は、その行く先々で栄繁し(栄え)、勝利し成功する。
     私は、強く雄々しくあれと命じたではないか。
     雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。
     あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、
     あなたと共にあるからである(ヨシュア記1-9)
    ●たとい軍勢が私に対して陣を敷いても、私の心は恐れない。
     たとい私に向かって戦いを挑んで来ても、私には動じない確信がある。
     一つの事を主に願い、それだけを求めよう。
     命のある限り、主の家に宿り、
     主の麗しさを仰ぎ望んで喜びを得、その宮で思いにふけり、朝を迎える事を
    (詩篇27-3~4)
    ●エリシャは言った「恐れてはならない。私たちと共にいる者の方が、
     彼らと共にいる者より多いのだから」(列王紀略下6-16)
    ●私はあなた方に言った。「うろたえてはならない。彼らを恐れてはならない。
     あなた方に先立って進まれる神、主御自身がエジプトで、あなた方の目の前で
     なさったと同じように、あなた方のために戦われる(申命記1-29~30)
    ●主があなた方のために戦われる。あなた方は静かに黙していればよい
    (出エジプト記14-14)

    たかがスポーツとか、こんな私の<我意・自己都合>など相手にされないなどと
    決めつけないで、日本選手のように自助努力で下を向かずに、先ずは天を仰いで
    自分の【ビジョン:理想・夢望・大志】にも<神意・【御心:聖意・聖旨】>を
    体感して、私の【ミッション:大義・使命・天職】は<聖戦>であると確信して
    <最強の敵対勢力>【罪意識:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に打ち勝つ為に
    【神助精神:神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】でお任せしましょう!

    ●よく聞け。主はあなた方にこう言われる。
     『この大軍を前にしても恐れるな。
      おじけるな。これはあなた方の戦いではなく、神の戦いである』
    (歴代志略下20-15)
    ●万軍の主は我らと共におられる。ヤコブの神は我らの避けどころ、砦の塔。
     来て、主の成し遂げられる御業を仰ぎ見よ。主は驚くべきことを行い、
     この地を圧倒される(詩篇46-7~8)
    ●私が神に呼ばわると、主は私を救ってくださる。
     夕べも朝も、そして昼も、私は悩み嘆きうめく。
     すると主は私の声を聞いてくださる。
     たとい私を攻める者が多くとも、
     主は、私の魂を、敵の挑戦から平和のうちに
     救い出してくださる(詩篇55-16~18)
    ●もし神が我らの味方であるならば、誰が我らに敵対できようか
    (ロマ書8-31)
    ●モーセは民に答えた。
    「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために
     行われる主の救いを見なさい。あなた達は今日、エジプト人を見ているが、
     もう二度と、永久に彼らを見ることはない(出エジプト記14-13)
    ●いかに多くの民に包囲されても決して恐れません(詩篇6-7)
    ●彼らは幾重にも包囲するが、主の御名によって私は必ず彼らを断ち切り滅ぼそう
    (詩篇118-11)
    ●強く雄々しくあれ。アッシリアの王とその全軍団を見ても、恐れてはならない。
     おじけてはならない。我々と共においでになる方は、敵と共にいる者より力強い。
     敵には肉の腕である人の力しかないが、我々には我々の神、主がいて助けとなり、
     我々のために戦ってくださる(歴代志略下32-7~8)

    超一流サッカー選手が<我意・自己都合>の【ビジョン:理想・夢望・大志】を
    <神技>で<自己実現>して【ミッション:大義・使命・天職】を完遂する為に
    <神意・【御心:聖意・聖旨】>に一致させる【礼拝:★讃美★祈求★感謝】を
    堂々と喜び捧げるように、皆さん各自が主役の人生劇場<競技場>においても
    どんな<我意・自己都合>も遠慮せず【礼拝:★讃美★祈求★感謝】することで
    【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】で【ビジョン:理想・夢望・大志】に
    挑戦し続ける為に私のように特定の宗派教会に帰属もせず、洗礼も受けていない
    <無一物>でも、<最高!最善!最美!>の<勝利の秘訣>を体得できました!
    それは一日中いつどこでも最悪のどん底状態であろうとも自分好みの【讃美歌】を
    口ずさみ歌うことです!

    ●あなた方は、食べるにも、飲むにも、何をするにも、
     ただ神の栄光を現わすためにしなさい(コリント前書10-31)
    ●どのようなときも、わたしは主をたたえ
     わたしの口は絶えることなく賛美を歌う(詩篇34ー2)
    ●私は生まれる時から、あなたに依り頼み、あなたにいだかれています。
    あなたは私を母の胎から取り上げた方。
     私はいつもあなたを賛美しています(詩篇71-6)
    ●ひたすら神のみむねに従い。 
     いかなる時にも神に望みをかくる者、
     もろもろのなやみと悲しみにとざさるるとも
     神はその人を不思議にも守り給わん。
     いと高きものなる神に依り頼む人は
     砂の上にその家を建てしにあらず(同胞教会讃美歌第172番)
    ●この世における人間の主な目的は神の栄光をたたえ、
     永遠にわたって神をよろこぶことである(クロムウエル時代の簡略教理問答書)

    【讃美歌】は【罪責感:自己不信・自己否定・自己嫌悪】や不安・恐れを吹飛ばし
    <いつも一緒!>【神の愛=主イエス&聖霊】は、私にでも即座に応答してくれて
    <不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
    <無制限・無償>の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
    <一日一生!日々新た>の【バイタリティ:生活力=生命力+活力】によって
    【霊性:魂[勇気]・善意・良心】を<パワー・アップ&アップ・グレード>に
    導いてくれます!

    ●私は切なる思いで耐え忍び主を待ち望んだ
     主は耳を傾け、身を傾けて私の叫びを聞かれた
     主は私を滅びの穴から、泥沼から引き上げてくださった
     そして、私の足を岩の上に置き、私の歩みを確かにされた
     主は私の口に新しい歌、我らの神への讃美を授けられた
     多くの者はこれを見て、そして恐れ、主に信頼するであろう(詩篇40‐1~3)
    ●主の栄光がとこしえに続くようにありますように
     主が御自分の御業を喜び祝われるように
     命ある限り、私は主に向かって歌い
     永らえる限り、私の神にほめ歌を歌おう
     どうか、私の心の思いの歌が御心にかないますように
     私は主によって喜び祝う(詩篇104‐31・33~34)
    ●主に向かって声をあげれば、聖なる山から答えてくださる。
     私は横になって眠ります。私は必ず目をさませるでしょう。
     主が支えていてくださるからです。
     いかに勢ぞろいした幾万の民に包囲されても、決して恐れません
    (詩篇3-5~7
    ●主はあなたの罪・不義をことごとく赦し、病をすべて癒し
     あなたの命を墓穴から贖い出してくださる。
     あなたに慈しみと憐れみの冠を授け
     あなたが生きながらえる限り一生を、善いものに満ち足らせる。
     こうしてあなたは若返って、鷲のように新たになる(詩篇103-3~5)

    皆さんが挑戦する人生劇場<競技場>において<我意・我欲>を抑えるのでなく、
    先ずは【神の愛=主イエス&聖霊】を仰いで【ビジョン:理想・夢望・大志】と
    <神意・【御心:聖意・聖旨】とを一致させる【礼拝:★讃美★祈求★感謝】を
    【讃美歌】で捧げることで、【常時歓喜!不断祈求!万事感謝!】の姿勢で
    <人間技>を超えた<神技>【神の愛の奇蹟】を【隣人・社会】に巻き起こして、
    <不屈の楽天・楽観力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊能活気力】で
    【神の愛=主イエス&聖霊】と共に【ミッション:大義・使命・天職】に勝利して
    【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
    活躍されることを心より応援しています!

    ●<聖 望>(内村鑑三) 
     われは神によりて、われと同時に消えざるの事業をなさん。
     われは今日の人に聞かれざるも後世の人に聞かるるの言を述べん。
     われはわが事業を永遠の上に築いて、
     短きわれのこの一生をして万世を益するものとならしめん。
     キリスト信者たる栄誉の一は、
     荏弱(じんじゃく)取るに足らざるこの身をもってして、
     なお大望をいだいてその一部分を遂行し得るにあり。
    ●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
     一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
     私たちの参加すべき競争を耐え忍んで
     走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、
     また、その完成者であるイエスを
     仰ぎ見つつ、走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
    ●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り
     キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めて
     いる(ピリピ書3-13~14)
    ●恐れるな、私はあなたと共にいる神。
     たじろぐな、私はあなたの神。勢いを与えて、
     あなたを強め、あなたを助け、私の勝利の義の右の手であなたを支える
    (イザヤ書41-10)
    ●ダビデは言った。「主よ、私の力よ、私はあなたを慕い愛します
     主は我が巌(いわお)、砦、逃れ場、我が救い主、我が神、大岩、避けどころ、
     我が盾、救いの角、砦の塔。ほめたたえられる方、この主を呼び求めると、
     私は敵から救われる(詩篇18-1~3)
    ●主がすべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を守る。
     主は、あなたが行くにも帰るにも、今からとこしえに至るまで守られる
    (詩篇121-7~8)
    ●人生でもっとも輝かしい時はいわゆる栄光の時でなく、
     落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来への完遂の展望が
     わき上がるのを感じたときだ(フローベル)
    ●君が何かを全身全霊で欲した時、
     君はその『大いなる魂』と最も近い場所にいる。
     それはいつも、前向きな力として働くのだ(パウロ・コエーリョ)
    ●ビジョンを持つことだ
     理想を描くことだ
     あなたの心をこよなく鼓舞するもの
     あなたの心に美しく響くもの
     あなたが純粋な心で愛することのできるものを
     しっかりと胸に抱くことだ(ジェームズアレン)
    ●<最大の能力>(内村鑑三)
     確信と称する活動力ではない、
     信仰と称する一種の依頼心である。
     これが世界を動かした力である。
     先ず我の無能を覚って、
     しかる後に神の大能に頼る、
     かくて自己は死して
     神、我にありて生きるに及んで、
     我は真個の勇者となる。
     
    ハレルヤ!栄光を主に帰します。
    主の恵みに感謝します!アーメン

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    May grace and peace be with your spirit.
    Good luck & God bless you!
     
    メイル歓迎します。
    cforum@tanaka.name
    田中 聡(さとし)



  • 不死不滅の【ビジョン:理想・夢望・大志】に導く【神の愛=主イエス】!

    2017-05-25 12:41

    【2014年7月25日に作成した<第633回>に加筆】
    ◇◇不死不滅の【ビジョン:理想・夢望・大志】に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

    ★★【ハレルヤ動画】を御鑑賞下さい!★★
    http://www.youtube.com/watch?v=lKdFip1MhO0&feature=share&list=PLGAtWMx6RQJ7WZ4p9LDUBhTC5kbNqx3RM

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
    世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

    精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
    <対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
    【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

    此の世限りなら「生きた証し」を求めますが、<来世>があると確信できるならば、
    此の世で死んでも生きる!「<不死身!不滅!不退転!>の証し」を私は求めます。
    「<不死身!不滅!不退転!>の証し」は【ビジョン:理想・夢望・大志】です!

    「呪い・たたり・怨念」などは死後も不滅である事を簡単に受け入れ易いですが、
    【ビジョン:理想・夢望・大志】も死後に<不死身!不滅!不退転!>であると
    私は確信しています!

    此の世限りの死生観なら、天然世界は過酷な生存競争、しかし、来世があるなら、
    此の世は【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】であり、死後にこそ
    <最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢望・大志】が<自由自在>に
    大活躍できる<新生命>が待っていることを楽しみにしています!

    ●イエスは言われた。「私は復活であり、命である。
     私を信じる者は、死んでも生きる(ヨハネ伝11-25)
    ●「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。
      又、 生きていて私を信じる者はだれも、決して死ぬことはない」
     (ヨハネ伝11-25~26)
    ●あなた方が新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、
    朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、
     神のことばによるのです(ペテロ前書1-23)
    ●私は今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。
     預言者がエルサレム以外の所で死ぬことは、ありえないからだ
     (ルカ伝13-33)
    ●死は人生の終末ではない。生涯の完成である(ルター)
    ●生活の目的は自己完成にあり、そして不死の霊の完成は人生の唯一の目的である
    (トルストイ)
    ●死はむしろ新しい、より偉大な活動のはじまりであろう(ヒルティ)

    此の世での【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】の合格条件とは、
    【神の愛=主イエス&聖霊】を体感できる事と私は理解しますが、具体的には
    単に【聖書・真理の御言葉】を学び、教会信者<クリスチャン>になる事より
    自己の【ビジョン:理想・夢望・大志】に【神の愛の力=隣人愛】を見出して
    【ビジョン:理想・夢望・大志】に人格的<最愛の我が子・我が分身>として
    【神の愛=主イエス&聖霊】を感じられる事だと自分勝手に決めつけています。

    【ビジョン:理想・夢望・大志】は此の世から霊的自由解放に導いてくれます!
    私が死んでも来世に持ち込めるのは【ビジョン:理想・夢望・大志】だけだと
    実感できます。

    ●主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由がある
    (コリント後書3‐17)
    ●自由を得させるために、キリストは私たちを解放して下さったのである。
     だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない
    (ガラテヤ書5-1)
    ●真理(主イエス)はあなた方を自由にさせる(ヨハネ伝8‐32)
    ●我が名を畏れ敬うあなた方には義の太陽が昇る。
     その翼には、癒しの力がある。
     牧場に放たれた牛舎の子牛のように自由にされ、喜びのあまり跳びはねる
    (マラキ書4-2)
    ●貧しい者に福音を宣(ノ)べ伝え
     霊的な囚人を釈放し
     霊的な盲人の目を開かせ
     虐げられ打ちひしがれた者に自由を得させる
    (ルカ伝4-18、イザヤ書61-1)
    ●自由人にふさわしく行動しなさい。
     ただし、自由をば悪を行なう口実として用いず
     神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ前書2‐16)
    ●あなた方が召されたのは、実に自由を得るためである。
     ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい
     (ガラテヤ書5‐13)
    ●人はただ信仰によってのみ自由とされるのであって、
     いかなる意味においても
     行為の正しさによって自由を得るのではない(ルター)
     
    それは、まさに進化論の法則そのものです。アメーバが望んで人間になれたとは
    実感できませんが、どんなに現実的に実現不可能で、荒唐無稽に思われようとも
    【隣人・社会】に向け【ビジョン:理想・夢望・大志】の未来実現を願望すれば
    【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【聖書・真理の御言葉】に通じる
    【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】は確実に実現されることを約束していることが
    【旧約聖書・新約聖書】の契約であり、約束実現こそが【真理】そのものです!

    ●求めよ、さらば与えられん。
     捜せよ、さらば見出さん、
     叩け門を、さらば開かれん(マタイ伝7‐7、ルカ伝11‐9)
    ●あなた方が私につながっており、私の言葉があなた方に留まっているならば、
     何でも望むものを求めるがよい。そうすれば与えられるであろう
     (ヨハネ伝15‐6)
    ●何でも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。
     そうすれば、その通りになるであろう(マルコ伝11‐24)
    ●祈りの時、信じて求めるものは、みな与えられるであろう(マタイ伝21‐22)
    ●もし、あなた方のうちの二人が、どんな願い事についても、
     地上で心を合わせるなら、天にいます私の父はそれをかなえて下さるであろう
     (マタイ伝18‐19)
     
    アメーバや魚や猿でも、かもめのジョナサンでも、見果てぬ夢として崇高遠大な
    【ビジョン:理想・夢望・大志】を抱きながら死を迎えても、「見果てぬ夢」の
    【ビジョン:理想・夢望・大志】を後世へと語り伝え、受け継ぐ者が次々現れて
    現実的実現不可能な【ビジョン:理想・夢望・大志】が具現化したとするならば
    私たちも【先人・偉人の教え:名言・格言】【ビジョン:理想・夢望・大志】を
    <最愛の我が子・我が分身>として受け継いで、たとえ未完で死を迎えようとも
    <不死身!不滅!不退転!>の【ビジョン:理想・夢望・大志】を後世に伝えて
    最後の最後まで前向きに倒れる覚悟で【ビジョン:理想・夢望・大志】を抱いて
    <御国:永遠の命・来世・天国>へ向かいましょう!

    ●死を考えても、私は泰然自若としていられる。
     なぜなら、われわれの精神は、絶対に滅びることのない存在であり、
     永遠から永遠に向かって絶えず活動していくものだと確信しているからだ
     (ゲーテ)
    ●神を敬う心は、人間の死とともに減びず。
     人間の生死にかかわりなく、それは不減なり(ソフォクレス)
    ●彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている(ヘブル書11‐4)
    ●不死不減はキリスト教の栄光ある発見である(チャニング)
    ●偉人の生涯は我々に教える
     我々もまた高貴に生き得ることを
     そして彼亡きあとには 時の砂上に足跡を残すことを。
     別の弱い、よるべなき兄弟は人生の荒海を渡りつつ
     おそらく、それを目に留めて新たに勇気と奮い起こすであろう足跡を
    (ヒルティ)
    ●死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。
     生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし(吉田松陰)
    ●いったん志を抱けば、この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、
     いやしくも弱気を発してはいけない。
     たとえその目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ
     (坂本竜馬)
    ●ときには、死について考えてみないわけにいかない。
     死を考えても、私は泰然自若としていられる。
     なぜなら、われわれの精神は、
     絶対に滅びることのない存在であり、
     永遠から永遠にむかって
     たえず活動していくものだとかたく確信しているからだ。
     それは、太陽と似ており、
     太陽も、地上にいるわれわれの目には、
     沈んでいくように見えても、
     実は、けっして沈むことなく、
     いつも輝きつづけているのだからね(ゲーテ)
    ●明日死ぬつもりで生きなさい。永遠に生きるつもりで学びなさい(ガンジー)

    【ビジョン:理想・夢望・大志】は押し付けられたり、義務感や世間体に任せると
    現代日本国の憲法のように、結局身につかずに挙句の果てに破綻してしまいます。
    【神の愛=主イエス】は【神の愛の特訓:オーディション!リハーサル!】として
    私たちの<自分らしさ・オリジナリティ>【タレント:個性・才能・可能性】を
    最善発揮できる<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】に導く
    【聖書・真理の御言葉】【御心:聖意・聖旨】【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】に
    通じる<願望>【ビジョン:理想・夢望・大志】を【青春:幼な心・青年の心】に
    熱き<LOVE度:愛好精神・好奇心・探究心>と共に自発的に抱けるようになります。
    だから、「青年の夢」は大切だと誰もが実感できるのだと思います。

    ●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
     恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい(ペテロ第1書5-2)
    ●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
     自ら心で決めたとおりにすべきである。
     神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
    ●野心からも、単なる義務感からも、本当に価値あるものは生まれてきません。
     本当に価値あるものは、むしろ人や事物を深く愛する心から生まれてくるのです
     (アインシュタイン)
    ●若者よ、お前の若さを喜ぶがよい。青年時代を楽しく過ごせ。
     心にかなう道を、目に映るところに従って行け(伝道の書11-9)
    ●青年の夢を軽んじてはならない。それは大抵、その人のまだ自覚しない素質に
     応じたものであり、したがって、またその人の使命とも一致することが多い。
     つまり、人の使命も最初はただ空想的な未来像として現われてくるものである
     (ヒルティ)
    ●少年の頃の理想主義の中に、人間にとっての真理が潜んでいる。
     そして少年の頃の理想主義は何ものにも変える事が出来ない人間の財産である
    (シュバイツァー)
    ●青春の夢に忠実であれ(シラー)
    ●あなたの若い日にあなたの創造主を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、
     また、『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に(伝道の書12‐1)
    ●神を知って万事ことごとく可なり、知らずしてことごとく非なり。
     主を知るは智恵の初めである。神を知る知識なくして道徳も政治も殖産も無し
     (内村鑑三:ホセア書4‐3)
    ●あなたにゆだねられている尊いものを
     私たちの内に宿っている聖霊によって守りなさい(テモテ後書1-14)
    ●どのようにして若者は自分の道を歩む道を清く保つことができるでしょうか。
     御言葉に従って道を保つことです(詩篇119-9)
    ●若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば年老いても、
     そこから離れることがない(箴言22-6)
    ●私はすべての人にわが霊を注ぐ。あなた方の息子や娘は預言し、
     年寄りは夢を見、若者は幻を見る(ヨエル書2-28~29)
    ●神は言われる。終わりの時に、私の霊をすべての人に注ぐ。
     すると、あなた方の息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る
    (使徒行伝2-17)

    長い歴史の中で生き残り続けてきた【先人・偉人の教え:名言・格言】と同様に
    切れば血が流れる、霊的人格を感じさせる【ビジョン:理想・夢望・大志】こそが
    個人でも民族でも喜怒哀楽を共にする<伴侶><最愛の我が子・我が分身>となり
    【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】や【聖書・真理の御言葉】にかなう
    【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】の具現化が約束されています!

    ●<事業と信仰>(内村鑑三)
     事業ではない。信仰である。
     事業をなすための信仰ではない。信仰の自然の結果として成る事業である。
     しかり、信者の事業は信仰である。
     人々、イエスに言いけるは、
     われら、神の事業をなさんがために何をなすべきやと。
     イエス答えて彼らに言いけるは、
     神のつかわしたまえる者を信ずる事、これ神の事業なりと(ヨハネ伝6ー28~29)
     イエスを信ずる事、その事が信者の唯一の事業である。
     そうしてもし、彼によって大事業が成るならば、
     なさんと欲して成るにあらずして、
     信仰の結ぶおのずからなる結果として成るのである。
     信仰の生涯はイエスを目的(めあて)に生くるのであって、
     事業はこれを眼中におかないのである。
    ●<遠大の事業>(内村鑑三)
     余輩は今の人のみ救わんと欲せず、また後の人をも救わんと欲す。
     余輩は日本人のみを救わんと欲せず、全人類を救わんと欲す。
     余輩の事業は小なりといえども永久的にしてまた宇宙的なり。
     余輩は今時をのみ目的として働くものにあらず。

    皆さんの【青春:幼な心・青年の心】に抱く【ビジョン:理想・夢望・大志】に
    【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】【聖書・真理の御言葉】を見出し
    霊的人格の<最愛の我が子・我が分身><人生伴侶>【同労者・同志】として
    守り育てて、「<不死身!不滅!不退転!>の証し」<人生の旗印>に掲げて
    【神の愛の事業=隣人愛&奇蹟】実現を<大確信:必勝・必決・必現>しながら
    此の世の<生き様・死に様>【ミッション:大義・使命・天職】を突っ走って
    <御国:永遠の命・来世・天国>で再会できることを楽しみに応援しています!

    ●起きよ光を放て、あなたの光が臨み、主の栄光があなたの上に輝いているから
    (イザヤ書60-1)
    ●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
    (伝道の書11-1)
    ●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
    (内村鑑三)
    ●あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望しない(フランクル)
    ●<わが唯一の武器>(内村鑑三)
    「万軍のエホバ宣べ給う、権勢によらず、能力によらず、我が霊によるなり
    (セカリヤ書4-6)」と。
     政権によらず、武力によらず、ただ神の霊による。
     教会によらず、神学によらず、ただ神の聖霊による。
     我が武器はただこれのみ。
     我はこれによりて己に勝ち、世に勝ち、ついに死に勝たんと欲す。
    ●神のなさることは、すべて時にかなって美しい。
     神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた(伝道の書3-11)
    ●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
    ●キリスト教は信を先にして、行いを後にするものなり。
     天の地よりも高きがごとく、神の意は人の意より高し(内村鑑三)
    ●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、
     私の道はあなた方の道と異なる。
     天の地よりも高いように、
     私の道はあなた方の道より高く、
     私の思いはあなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
    ●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
     かえって、試練の時も、いつものように、
     キリストのために、大胆に語る事によってキリストのすばらしさが現わされて,
     生きるにも死ぬにも、私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
     切に願い、希望している。
     私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
     死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する 
    (ピリピ書1-20~21)
    ●自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、
     神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、
     この命すら決して惜しいとは思いません。
     <最も大切なことは、自分の使命、すなわち主イエスが私にお与えになった
      働きを全うすることです>(使徒行伝20-24)
    ●完全なる職業とは他人を喜ばして、我もまた喜ぶの職なり(内村鑑三)
    ●他を進めて、また自身をも進めるの事業、
     神の事業とは実にかくのごときものなり(内村鑑三)
    ●われわれが内に向かって、われわれのなすべきことをしたら、
     外に向かってなすべきことは、おのずとなされるでしょう(ゲーテ)
    ●自分の今行っていることを・・・心から楽しめる者は幸福である(ゲーテ)
    ●喜んで行い、そして行ったことを喜べる人は幸福である(ゲーテ)
    ●夢を追求している時は、心は決して傷つかない(パウロ・コエーリョ)
    ●一日中考えていることが即ちその人である(エマーソン)
    ●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
     あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である
     (ジェームズ・アレン)
    ●決して自分の夢を人に奪われてはならない。
     心に描いたものが何であれ自分の心に素直に従って生きてほしい
    (ジャック・キャンフィールド)
    ●誠実、心の真のありのまま、これ常にいかに貴いかな。
     実際に自己の心の中に存することを語る者は、
     その方法のいかに拙劣なるも、必ず彼に聴かんと欲する人あるべし
    (カーライル)
    ●あなたができること、あるいはできると夢見ていることがあれば、
     何でも始めてみることだ。
     大胆さには本来、天賦の才、力、そして魔力が備わっている。
     今こそ、それを発揮させよう(ゲーテ)
    ●人生は大胆な冒険か、無か、そのどちらかだ(ヘレン・ケラー)
    ●至高の目標を持て、それが、将来の予言になる(ジェームス・アレン)
    ●運命を決定する神は、我々の内側に居る(ジェームス・アレン) 
    ●人生をもっとも偉大に使う使い方というのは、
     人生が終わってもまだ続くような
     何ものかのために使うことである(ウィリアム・ジェームズ)
    ●幾たびか辛酸を経て、志ははじめて固まるものだ。その志を貫くためには、
     玉となって砕けることを本懐とすべきであって、志をまげて瓦となってまで、
     生きながらえるのは恥とする(西郷隆盛)
     ★<玉>=価値あるもの[正義・名誉]⇔<瓦>=がらくた[生き甲斐の無いもの]
    ●人生の価値は、その長さとは関係がない。
     人生の価値とは、どのようにその時間を利用したかで決まるものなのだ。
     あなたが十分に生きたかどうかは、あなたが生きた
     年数ではなく、あなたがどのような意志をもって生きたのかで決まる
     (モンテーニュ)
    ●あなたらしく生きる、そのための道は、後にも先にも二つだけです。
     一つは、奇跡などありえない、とする道。
     もう一つは、すべてが奇跡である、とする道(アインシュタイン)
    ●自分の心に描く夢の実現に向かって努力する時、
     普段なら思いもよらぬ成功が得られる。
     空中に楼閣を建てても無駄骨には終わらない。
     楼閣は空中に建てるものだ。
     さあ、その下に土台を建てよ(ソロー)
    ●人の一生は、どう生まれついたかではなく、どう生きるかで決まる(ベル)
    ●<キリスト信者の生涯>(内村鑑三)
     キリスト信者の生涯は計画の生涯にあらず。
     待命の生涯なり。
     彼に事業の計画あるなし。
     彼はただ神の命に従うのみ。
     されども神命一たび降(クダ)るや、これと共に、これをおこのうの力降り、
     彼は勇者となり知者となりて、難なく大事を遂行す。
     常に無能なる彼は、神命に接して偉人となる。
     キリスト信者の異能、怪力の秘訣は、彼ならずしてこれを知る人なし。 
    ●われらは天職を終了(オワル)までは不滅なるがごとし(リビングストン)
    ●我が事業の成るまでは我が死なざること、そのことは確実である(内村鑑三)
    ●天の定めたる労働を求め、衣食のこれに伴うのを知って感謝する。
     (これキリストによってその霊魂の救われた者のすることであります)
     衣食は天職の遂行に伴う必然の附随物であります(内村鑑三)
    ●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん
    (伝道の書11-1)
    ●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん
    (内村鑑三)
    ●この世における使命をまっとうせんがために、
     我々の仕事を明日に繰り延べることなく、
     あらゆる瞬間において、自己の全力を傾注して生きなければならない
     (トルストイ)

    ハレルヤ!栄光を主に帰します。
    主の恵みに感謝します!アーメン

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    May grace and peace be with your spirit.
    Good luck & God bless you!
     
    メイル歓迎します。
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    田中 聡(さとし)