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  • 篠塚恭一:東京五輪2020 残された3年ですべきこと

    2017-08-08 10:19
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    東京オリンピック・パラリンピックの開催まで、あと三年となった。インバウンド観光は相変わらず好調で、海外から車いすやシニアカーを持ってくる客も増えている。さらにこれから五輪が近づくにつれて、こうした状況に拍車がかかっていくのだろうと思う。

    開催期間中の来場者予測は1000万人とも1500万人ともいわれ、1日100万人近い人が普段にも増して移動することになる。その間、東京の人口も1割増しになるので、今以上に過密都市になることは必至だ。

    そうした中で、生真面目な日本人の特性が顕著に現れた騒動が起きた。

    先日、奄美空港で車いすを利用している客にタラップを這い上がらせたことから、バニラ・エアが謝罪、ネットは炎上した。イラストだったが、その人が両腕でタラップを昇っていく映像を見せられたときには、驚きをこえて腹立たしささえ覚えたし、その場に居合わせた人は、より長く時間を感じたに違いない。規定どおりにしか動くことができなかった空港職員には同情する。

    ところが、その客がバリアフリー研究の専門家と知らされ、何やら後味の悪いものでも食べさせられたような思いになった。そういうイメージを流し、一定の感情へ仕向けるような報道のあり方には違和感を覚える。

    私はいま日本旅行業協会の障害者差別解消法特別委員会に参加しているので、こうした観光サービスの中で互いに嫌な思いだけを残すような事故をどうしたら未然に防げるのかを考えるようになった。自身も2020年には、全国から車いすを必要とする人が上京して、生で応援できる環境をつくろうという目標を持ち、その経験を次代に残したいと願う気持ちもある。だから、この騒動も他に回避する道はなかったのか、一部のメディアは目に見えない社会的対立を煽っているだけのように思えてならない。

    近い将来、予約から搭乗まで一連の手続きは人に代わってAIやロボットがやってくれるようになるだろう。そうなれば、今回のような騒ぎはなかったのかも知れない。ロボットはそれこそ忖度などなく、決められた通りのプログラム以外は交渉の余地もない。想定外の人は乗れないという結論だけで処理されてしまう。合理的で道から外れることもないが、居合わせた人のバツの悪さや嫌な空気を読んで対応を変えてくれるようなことも起きないだろう。なんとも寂しい関係になると思う。

    先の車いす客が外国人だったら、どうだったのだろう。米国など法律の中で障害者差別に対する厳しい罰則のある国から来た人には、日本の法律は甘く非常識に写るのかも知れない。その時に「訴えてやる」というのか、それともそれが日本のルールなら仕方ないと這って昇ろうというのか、いずれにしても、いい思い出にはならない。そんな様子をSNSにでも投稿されたら、今度は世界中から批判を浴びることになる。

    この話は、その後すぐに環境を整えると表明した航空会社だけが悪いとは思えない。一方で、障がいを持つ人の声に対して真剣に耳を傾け、理解を深めてほしいという本人の言い分もわからなくはない。

    これまでは、私たちはこうしたどちらも正しい、あるいは間違いとは言えないことをなんとなく曖昧にしてやり過ごすことをよしとしてきた。それは正しいか否かより、そうした人たちとの関係性をより大事にしてきたからで、それが許容できる社会を受け継いできた。ところが最近、グローバル化の影響もあってか、どちらか白黒をはっきりとさせなければならないような雰囲気に社会全体が変わってきたように思う。

    それが戦後の高度成長をささえた合理主義や社会システムの限界というのはわかる。ただ働き方改革や一億総活躍社会のスローガンにも素直に頷けないのは、働く時間が短くなることが嬉しいのではなく、徹夜をしてもやりたいと思うような仕事がなくなってしまったことに問題があると思う。今や働く人の40%を占める非正規社員を長時間労働に追いやるならそれは拷問だろうが、旅行業界の中にも、実はもっと仕事をさせてほしいと感じている人もいる。そうしたやる気のある人を後押しできる道を五輪景気に湧くこの機会に思う存分経験を積ませてみるというのはありだと思う。

    2020年の次の東京オリンピック・パラリンピックを経験できる人は、私はもとより読者の中にもいないだろう。とするなら、次の東京大会は、旅行業界で働く者としては最初で最後のチャンスになる。だから社命であれボランタリーであれ、この大会に何かの関わりもとう、希望を持ってオリパラを引き寄せてみるのはどうだろうか。

    もちろん商品やサービス企画を練って、それを販売できればそれに越したことはないが、例え個人的なボランティアでもいいから、この大会を遠巻きにせず我がことにして、近づいてみるのはどうだろう。何かで役立ちたいと声をかけてみることが、うまくいくかいかないかより前に意味を持つことだと思う。生涯一度のこの機会に旅行業界で働くひとりとして、東京五輪に関わったという事実は自慢だけでなく、その人の将来の自信になるはずで、必ず人生の価値を高めてくれると思う。

    50年前の大会では、世界に追いつけをスローガンに新幹線や高速道路など鉄やコンクリートでつくられたインフラや技術を残し、その後の高度成長を支えてくれた。アジア初の東京オリンピックの成功は多くの日本人の自信となり、誇りになった。しかし、今ではその多くは老朽化が指摘され、競技場などすでに跡形もなくなったものも多い。コンクリートには限界があるということだ。

    2020年の東京五輪が次代に残すレガシーとは何か、サスティナブルなものとは何かを考えてみる。もし日本人来場者を1000万人とみるなら、それを人口動態に置き換えると300万人は高齢者で、介護や障がいを持つ人だけでも100万人が来場できなければおかしいことになる。仮にその1%の人の来場を旅行業界でアシストできるなら、1万通りの不都合と1万通りの不具合と1万通りの移動の軌跡を残すことができるだろう。

    高齢者施設に行くと、うつろな目をした老人がたくさんいる。安心、安全はあっても希望や生きる喜びがない。一方で同じ世代の三浦雄一郎さんはエベレストの再登頂を目指して、今日も目を輝かしている。旅行業界にあって、今どれだけの人が目を輝かせるような仕事をしているのだろうか。希望や目標を持ち、それをいつか手にしようと挑んだ経験を持つ人は年をとってからも強いと思う。

    研ぎ澄まされ完成された者の技は無駄なく美しい。オリンピックは、そうした世界最高の選手が集まる。しかし、リオ五輪ではオリンピックよりパラリンピックに感動したという人が増えた。技の完璧さより、失敗してもその人の懸命な姿に共感する人が増えているのが今の社会だと思った。

    パラリンピックの感動は、人は誰もが不完全で間違ったり失敗したりするけれど、ハラハラしながらも一所懸命なアスリートを応援したいという同じ人としての心情が原点にある。例え理由はよくわからなくても、この大会は他者への思いを幸せと感じる人がさらに増える機会なればいいと思う。

    (寄稿トラベルジャーナル)


    【篠塚恭一しのづか・きょういち プロフィール】
    1961年、千葉市生れ。91年株SPI設立代表取締役観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。95年に超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。06年、内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー外出支援専門員協会設立理事長。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。



  • 田中良紹:辞めた二人よりやらせた側の資質に深刻な問題がある

    2017-07-30 14:41
    民進党の蓮舫代表と稲田防衛大臣が相次いで辞任した。二人の辞任は「遅きに失した」と評価されその資質が問題視されているが、そもそも二人とも政党の代表や防衛大臣になる器ではない。問題は器でない人間にやらせた側の資質にある。それが極めて深刻なのだ。

    稲田防衛大臣が誕生したのは1年前の8月3日、第3次安倍内閣の第2次改造による。直前の参議院選挙で自公維3党の議席数が3分の2を超え、安倍政権は衆議院と併せ憲法改正の発議に必要な議席数を確保した。

    安倍総理は「未来チャレンジ内閣」と命名し、長期政権と憲法改正を目的とする改造を行った。しかし私は翌4日に「安定を最優先して不安定の種を播いた安倍人事」と題するブログを書き、稲田氏の防衛大臣起用を「不安定の種」だと指摘した。

    なぜなら防衛大臣は外務大臣と並び国際関係の渦中に置かれ、稲田氏が自らの思想信条として優先にしてきた歴史認識や靖国参拝は封印を余儀なくされる。右派勢力の期待を担う稲田氏がそれをやり切れるか疑問に思ったからである。

    また安倍総理は稲田氏を自分の後継者として将来の総理候補にすることを考え、その布石を打つため日米同盟の一翼を担う防衛大臣にしたが、安全保障や外交問題を勉強したことのない人間をいきなり防衛大臣にするのはあまりにもリスクがある。

    しかも総理候補を促成栽培するための訓練場として国民の命を守る防衛大臣ポストが利用されるなら、安倍総理は国家の安全保障をまるで軽視していることになる。そこで私は安倍総理が稲田氏に徹底した「調教」を施すしかないと思った。

    その「調教」がうまくいくのか、そこに「不安」があった。稲田氏本人は経済産業大臣を希望していたようで最初から防衛大臣ポストには不満を抱いていた。しかも改造直後には稲田氏が例年靖国参拝する8月15日がやってくる。どうするのかと思っていると海外出張することになり稲田防衛大臣は靖国参拝を見送った。

    海外出張は官邸の意向であり、いよいよ「調教」が始まったと思っていると、その後の臨時国会で民進党の辻本清美議員から質問され、稲田大臣は8月15日の靖国参拝見送りと全国戦没者慰霊式典欠席に悔し涙を見せた。「調教」を素直に受け入れてはいなかったのだ。

    そして12月、ハワイ真珠湾で行われた慰霊式に安倍総理と共に出席した稲田大臣は帰国後一人で靖国参拝を行った。私は「調教」を受け入れない意思表示と見た。安倍総理の防衛大臣人事はこの時点で失敗し安倍総理の「調教」もそこで終わったと私は思った。

    それ以降に起きた「日報問題」の主役はもはや稲田大臣ではなく、官邸と防衛省の背広組と制服組との間で調整が行われ、稲田大臣は脇役を務めたに過ぎないと私は思っている。今年に入ってから防衛大臣は事実上不在であったというのが私の見方である。

    稲田防衛大臣に対する制服組の「クーデター」と言われ、私もそのような表現をしたこともあるが、正確に言えば「命がけ」で任務を果たしている制服組と隠蔽を押し付けてくる官邸や背広組との軋轢の中で稲田大臣は右往左往したということではないか。そしてその背後には一昨年の安保法制で自衛隊の任務がより危険になったという事情がある。

    安倍総理は今年の8月15日がくる前に内閣改造を行い稲田大臣を交代させるつもりでいたと思う。そのため、その前に一人だけ代えて注目されるのを避けようとしたが、それがだらだら延命させたと見られ、結果的に稲田氏本人にも安倍総理にもマイナスになった。

    つまり稲田問題は本人の資質より安倍総理自身の資質の問題なのである。それが深刻なのは安倍総理自身が全く大臣をやったことがないのに総理になった経験から、我が国の統治構造の中で促成栽培が可能であると思い込み、さらに選挙はポピュリズムで勝ちさえすれば何でもできると考えていることである。

    政治家も政治も劣化するのは「小選挙区制のせいだ。中選挙区制にしろ」と世界の政治を知らないバカ者が叫ぶのを耳にするが、世界の政治に中選挙区制はない。問題はポピュリズムで選挙に勝ちさえすれば経験がなくとも国家を統治できると思い込む権力者がいることだ。

    それが稲田人事で躓いた。我々は稲田氏の資質を問題にするより、それを任命した安倍総理の資質にこそ目を向けるべきなのである。

    蓮舫氏が民進党の代表に就任したのは稲田防衛大臣就任から1か月遅れの去年9月だった。岡田克也代表が率いる民進党が参議院選挙に敗れ、続く東京都知事選挙でも与党分裂にもかかわらず大惨敗した後を受けての代表選挙で選ばれた。しかしこの代表選挙に注目する国民はほとんどいなかったというのが私の実感である。

    誰も期待していない中での代表就任では長続きするはずがない。権力の側なら最初に期待が薄くとも政策の実績を積み重ねることで支持を高めることは出来る。しかし野党の政策は「絵に描いた餅」で国民に実感させることは出来ない。従って実績になるのは選挙結果でしかない。ところが民進党は選挙に勝とうとしない不思議な政党である。

    小沢一郎氏が率いた旧民主党が07年の参議院選挙で安倍自民党を破り、09年に鳩山由紀夫代表が政権交代を実現させたところまでは日本にも権力を奪取しようとする野党が存在した。

    ところが10年に菅直人代表が参議院選挙に敗れ、12年に野田佳彦代表が衆議院選挙に敗れて自民党政権を復活させた後は、13年参議院選挙、14年衆議院選挙、16年参議院選挙と国政選挙で負け続けている。もはや「万年野党」状態だ。

    「万年野党」とは55年体制下の旧社会党のことをいうが、権力を奪取しない旧社会党を私は野党とは認めていない。野党に必要なことは何が何でも権力を奪取して自分たちの政策を実現することである。それがなければ政治に緊張感は生まれず、政府与党に慢心が生まれ、政治の私物化が始まり、政治全体が劣化する。

    ところがこの政党は選挙敗北の総括も分析もおざなりで、代表に責任を取らせることもしない。私は昨年の参議院選挙で敗北し、続く都知事選挙で惨敗した岡田克也代表の敗因分析と国民に対する謝罪を聞いた記憶がない。

    参議院選挙では「敗北を一定程度食い止めた」という都合の良い総括だった。都知事選挙では誰も責任を取らなかった。そのうえで「これから生まれ変わる」と言って代表選挙を行っても誰も期待しないのは当たり前である。

    舛添要一前東京都知事が辞任に追い込まれた時、真っ先に候補に名前が挙がったのは蓮舫氏である。参議院東京選挙区で毎回トップ当選を果たしていたからだ。立候補すれば東京都知事になることは確実だった。小池百合子氏も立候補は断念していたはずである。

    ところが蓮舫氏は野田佳彦氏と相談して立候補を断った。国政でやりたいことがあると言い、ヒラリー・クリントンに自らを重ね合わせて「ガラスの天井を破る」と発言した。要するに「総理を目指す」というのである。

    私は「騙されたな」と思った。総理になる器ではないのに「将来の総理」と言われて都知事選立候補を断念し、民進党の代表選に立候補することにしたが、それは野田氏が党内で自分の地歩を復活させる狙いに利用されるだけだと思ったからである。

    案の定、自民党復活を許した張本人である野田氏は民進党幹事長となって大復活を遂げた。そして野田幹事長は性懲りもなく12年に無謀な解散総選挙を行って政権を自民党に譲り渡した時のボンクラぶりを再び全開にするのである。

    就任直後の10月に行われた3つの選挙で負け犬となった。10月16日に行われた新潟県知事選挙で自公が推す候補を連合新潟も推薦すると民進党は自主投票にし、共産、自由、社民などが推す反原発候補の応援を行わなかった。しかし反原発派が優勢となり、最終局面で蓮舫代表がかろうじて応援を行うという醜態をさらす。

    23日に行われた衆議院東京10区と福岡6区の補欠選挙では2つとも民進党候補は惨敗した。その裏側では自民党の二階幹事長が東京10区では小池都知事と手を握り、また福岡6区の分裂選挙でも勝った候補を公認する形にして、とにかく勝ちにこだわったのに対し、野田幹事長も蓮舫代表も勝つ気がまるで見えなかった。

    これでは何のための新体制か分からない。代表選挙で「生まれ変わる」と言ったことがまるで果たされていない。そして新潟では共産党と自由党と社民党が市民を巻き込んで知事選に勝利する新しい流れを作ったのに民進党は見ているだけだった。この時私は「民進党がある限り政権交代は二度と起きない」と題するブログを書いた。

    従ってその後の民進党には関心が向かわない。なぜいつまでも蓮舫―野田体制が続いているのか不思議なだけだった。それには民進党の国会議員や地方議員だけでなく党員・サポーターの責任もあると思う。なにせ代表選挙で選ばれる代表が菅直人氏以来選挙に負け続けているからだ。

    とりわけ驚いたのは10年に参議院選挙に敗れて「ねじれ」を作った菅直人氏を代表選挙で再選させた時である。私の知る限り参議院選挙に敗れた総理が辞めなかったのは歴史上第一次政権の安倍晋三氏と菅直人氏の二人しかいない。あとはみな即日辞任を表明した。

    続投を表明した安倍晋三氏の場合、辞めなかったために代表選挙は行われず、しかし1か月半後にはぶざまな退陣に追い込まれた。世間では体調を崩したと思われているが私は見方が違う。当時の二階国対委員長が8月に国会を開会させなかったことが安倍総理を退陣に追い込んだ。

    自民党には一言も「辞めろ」とは言わずに総理を「辞めさせる」政治のテクニックがある。それに引き換え、参議院で敗れた菅総理に対し旧民主党は代表選挙を行い、菅氏が小沢一郎氏を破って代表に再選され、総理の続投を正式に認めた。私には旧民主党員が政治の責任を知らず、また「ねじれ」で早晩辞めざるを得ない総理を続投させる不思議な集団に思えた。

    その後、3・11が起きたため菅政権は予想より長続きすることになるが、それが果たして日本にとって良かったのか、民主党員・サポーターは自身の胸に手を当てる考えるべきである。

    民主政治は自分が正しいと思うことを実現するためだけにあるのではない。様々な考えの人間がいる中でなるべく中心から外れぬよう政治を運営していくことである。そのためには権力を時々交代させてバランスを取ることがどうしても必要だ。

    現在の安倍政権が一方に寄り過ぎていると思えば、それを変える政策の中身がどうであるかより、変える動きをどう起こすのかが野党の仕事である。それがないと日本の政治は深刻なことになる。

    稲田氏も蓮舫氏も舌鋒鋭く相手を批判することだけで人気を得てきたが、それだけで政治が出来る訳ではないし、いわんや総理になれるわけでもない。この二人の辞任で国民がそのことに気づき、同時に二人にやらせた側の問題に目が向けばまだ救いがあると思う。


    ■《丁酉田中塾》のお知らせ(9月26日 19時〜)

    田中良紹塾長が主宰する《丁酉田中塾》が9月26日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!

    【日時】
    2017年9月26日(火) 19時〜 (開場18時30分)

    【会場】
    第1部:スター貸会議室 四谷第1(19時〜21時)
    東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 302号室
    http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml
    ※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。

    【参加費】
    第1部:1500円
    ※セミナー形式。19時〜21時まで。

    懇親会:4000円程度
    ※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

    【アクセス】
    JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
    東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分

    【申し込み方法】
    下記URLから必要事項にご記入の上、お申し込み下さい。
    http://bit.ly/129Kwbp
    (記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)


    【関連記事】
    ■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
    http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article

    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。

  • 篠塚恭一:交通機関や宿泊施設の対応状況について

    2017-07-14 14:34
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    交通機関や宿泊施設の対応状況について 私の専門はトラベルヘルパー(外出支援専門員)®という高齢で介護の必要な人の旅をアシストする人材の育成である。トラベルヘルパーは、単にその人の旅に同行し必要に応じた介助、介護サービスを提供するだけでなく、旅行相談から予約手配、アルバム整理などのアフターフォローまでを行っている。

    また、旅行中は安全な介護環境の確保や本人の体調を見定め、ときにはエスコート役として適宜旅程内容を調整し、また必要に応じて変更を加え、交通機関や宿泊施設など、サービスを提供する専門事業者との交渉や指示を行うなど多岐にわたる。

    一方、こうした旅のあり方を世間に知ってもらうための啓発活動や介護旅行の普及促進にも努めてきた。

    ちょうどこのテーマに取り組み始めた頃、ある航空会社の経営者に「そういうの迷惑なんだよね」と言われたことがある。今から20年ほど前のことだ。一瞬、何を言われたのかわからず戸惑ったのを覚えている。

    現実、世の中にはどこへ行ってもこうした人の存在はある。世間の沈黙の中にもそうしたムードはある。原因は様々だと思うが本人や家族の中には、そうした冷たい空気を嫌いどこにも行かず閉じこもる人は少なくない。

    寝たきりと言われる人は、まずその人の気持ちを起こし、はじめて身体も起こすことができる。それが旅のはじめの一歩となる。

    さて、旅には「移動」を助けてくれる交通機関の存在が欠かせない。

    公的介護保険のスタートと同じ平成12年に施行された交通バリアフリー法は、航空、鉄道、バスなどのターミナルや車両などハード環境と接客を担当する人的サービスを格段に良くしてくれた。

    これは長距離移動を考える人の利便性を高め、しかも個別に移動するよりはるかに安くすむので助かる。最近は「格安」を売りにしている公共交通も増えたので、上手く組み合わせればお得な旅も実現できるようになった。

    しかし、安全で快適な旅のためには、まず自身にとって最適な交通手段を選ぶことが大事だろう。

    たとえば、障害のある人や健康に不安を抱えた人が、都市から片道200キロを越えるような地方へ行こうとするときに考えられる交通手段は、車ならば高速道を行くか、特急列車を使うか、それとも飛行機に乗るかなどの選択肢である。長旅には、本人の体力もさることながら、その間の介助者の健康への配慮も必要になる。安さというのは必ずしも最優先ではないのだ。身体の負担を軽くするというなら、ワゴンタイプのタクシーを貸切り、自宅まで迎えにきてくれるようにすれば楽に行ける。本人が座席シートへ移乗できるなら、背もたれをリクライニングしたり、フラットにしたりして寝ていくことも可能だ。

    一方、予算重視なら鉄道を利用すれば半額程度で済むこともある。障害者手帳を持つ人なら、介助者とも乗車運賃がそれぞれ半額に割引適用される区分もあるのでさらに費用をおさえることができる。旅先では地下鉄、路面電車なども気軽に使えるところが増えた。

    また、長距離バスの利用も検討したい。定期観光バスの中にはバリアフリー仕様のものが増え、路線バスならさらに費用はかなり抑えられる。

    都内で昨年導入の進んだUD(ユニバーサルデザイン)タクシーは、ゆったりとした空間が確保され、乗降時に使い易い手すりが装備されている。スライド式ドアが開閉するとステップが連動して用意されるなど、足元が不安な人にも安心して利用しやすい工夫が施されている。スロープ付きで車いす利用者への対応も可能だ。福祉目的の有償運送に限られる介護タクシーと違うのは、一般ユーザーに対応できるところだ。大きな荷物スペースが確保され、旅行で空港やターミナル駅まで行く家族連れやゴルフ仲間でチャーターする人など、さまざまな利用者に用途が広がっている。UDタクシーの運賃は、一般のタクシーと同じで国が定めた条件を充たせば補助金を活用できる仕組みになっているため、NPOなどで始める動きもある。

    また、ドライバーに対するUD研修も数多く実施されている。

    回転シートつきセダンの利用法や白杖を持つ人の乗降時の注意、高齢者疑似体験等を通してサービスの改善も行われている。さらに安全面での運転技能だけでなく礼儀作法を学ぶなど、乗客の快適さにも重視されているので、幼い子供を預けたいという母親も安心して使えるタクシーとして人気だ。

    新幹線には大人が横になる程の多目的に使える無料の個室があり、車いす利用者の他、子供の授乳や具合が悪くなった人の休息に使うこともできる。東海道新幹線や一部の新幹線では、あらかじめ予約でき、乗車の際に駅員が車両まで案内してくれるので助かる。

    しかし、その予約購入手続きについては問題がある。一般乗客では当たり前となっているネット予約が、車いす席の指定にはまだ対応できていない。その為に家族は何度も窓口を往復しなければならないでいる。

    障害者差別解消法ができたことからか、一部の旅行会社ではこの取扱いを代理するところが出てきたが、周囲の負担はまだ大きい。いずれチケットレスの時代が来るのだろうが、せめてそれまでの繋ぎに電話予約をみとめるなど柔軟に対応してほしいと思う。

    また超高齢者社会の到来により急速に増加している要介護高齢者の多くは、障害者手帳を持つ人と同じような身体状況にある。要介護者にもこうした割引制度を適用してほしいと思う。その為には、より多くの当事者や家族の声を事業者へ届くよう努める必要がある。

    日本航空や全日空など大手の航空会社では、障がいのある人や介助が必要な小さな子供、あるいは配慮が必要な妊婦など、さまざまなサポートを要する乗客に向けたサービスがあり専用デスクが設置されている。ここでは、そうした乗客の搭乗に関する疑問に答えてくれ、車いすの貸し出しや設備の説明も丁寧にしてくれる。

    車いす利用者の搭乗手続きは世界共通で、まずチェックインをした際に航空会社の車いすの貸し出しを受け、搭乗待合室で乗り捨てられるようになっている。希望すれば、自分の車いすを待合室まで使うこともできるので相談してみるといい。

    機内へ乗り込む際は係がついてくれ、優先搭乗や車いすのままで可能な移動ルートを案内してくれる。また、揺れる機内では、狭い通路で使える小さな車いすを用意してもらうこともできる。

    また、空港内のトイレや段差解消など、ここ数年ハードの整備は段階的に進められ、新しい施設はユニバーサルデザイン仕様が標準となった。また、航空会社では視覚、聴覚に障害をもつ乗客への接遇や介助訓練など、体系的なサービスシステムの構築も行なわれている。

    一方、空港整備が進んだことからLCC(ローコストキャリア)と呼ばれる格安運賃の航空会社が地方にも多く就航するようになった。しかし、障害のある人の利用には消極的な姿勢を感じる。LCCはとにかく安いのがウリなので、サービスはかなり削られていることから、自身のニーズに応じて慎重に選択したい。

    近年、日本には大型観光客船が多数就航するようになった。そのおかげで旅行価格が下がり、クルーズ客も増加している。クルーズは旅行期間が長く、高齢者の利用も多いことから、船内はユニバーサルデザインが多く取り入れられている。

    またスーツケースの他に福祉用具など運ぶ荷物が多くなる人にも、船旅ならいったん荷物を託送し預けてしまえば、客室まで運んでおいてくれるので身体一つで港に行くことができる。移動のたびに必要な荷造りの面倒もないので助かる。

    これから2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでは、さらに新たなターミナルが整備され、地方も客船が寄港すると大きな経済効果を見込めるから誘致も盛んである。

    10万トンを越える超大型客船の就航により、車いす対応の客室数も増えた。また、コースによってはこれまでの5分の1くらいの価格になったこと、短い日数で選べるコースも増えたので、体力に不安のある人には身近で優しい船旅をすすめたい。超大型船は、動くホテルならぬ動く街のようだ。この時期に船旅へトライしてみる価値は大きいと思う。

    注意点として、寄港地の観光はグループ対応なので、団体行動に不安な人は個別の介護タクシー等を手配しておくと気兼ねがない。さらに屋形船や小さな観光船も車いす利用者を受け入れるところが増えたので、あきらめずに相談してほしい。

    海外では地中海クルーズやカリブ海クルーズなどの定番コースがある。歩くことに不安な高齢者の利用も多いことから、寄港地には数えきれないほどの車いすや電動のシニアカーが用意されている。東京五輪を機にそうした光景が日本でも珍しくなくなること期待する。

     宿泊サービスの利用は、今やネット予約が主流となり、「バリアフリー」「宿」などで検索すれば無数の旅館やホテルがリストアップされる。しかし、ここでは情報の質に問題がある。曖昧なワード検索から提供される情報は、ニーズに応じた提供がなされておらず、その信頼性には疑問が残る。

    また、高齢者から希望の多い温泉旅館等での入浴介助について、介助者は着衣でサービスを行うことから、大浴場の利用が条令で禁止されている地域もある。このような要望に対して、現在は風呂付の部屋を用意するか家族風呂を貸し切るなどで対応しているが、旅情を欠くという声もあり、他への配慮をしつつも可能な改善は地域に求めていきたいと思う。

    ホテル・旅館を所管する厚労省や国交省、観光庁では、高齢者・障害者の自立支援やユニバーサルツーリズムの推進としてさまざまな取り組みをしているが、情報提供においては未だに不十分との声がある。先日開かれたユニバーサルデザイン2020関係閣僚会議では、あるべき姿の未来像について詳細に述べているが、その実行性に期待したい。

    旅人を助けてくれるのは、交通、宿泊、食事、観光施設など、各々の分野でサービスを専門的に提供するプロ集団である。それは、さまざまな独立機関の組み合わせで成りたつ分業と連携であり、それらは切れ目なく結ばれていることが重要となる。

    観光サービスにおいて、そうした役割を担うのは旅行会社であり、シームレスなサービスを質よくコーディネートし、旅先できちんと提供されるのを見届ける立場である。

    今や旅行予約の7割以上がインターネット経由の時代となり、窓口相談というスタイルはなくなりつつある中で、ネット情報は売り手の一方的な提供になりがちだ。

    利用する旅行者の求める期待とサービスを提供するものとの違いは、しばしば不幸な諍いを起こしてきた。情報への自由なアクセスは、さまざまな人の夢を叶えるための第一歩となったが、どんなに本人が願い情報が気軽に入手できるようになっても、障害のある旅行者の周囲でより質の高いサービスが実際に提供される環境が整わなければ叶わぬこともある。

    冒頭の航空会社の経営者の言葉は、これまでの公共交通が優先してきたことは何かを示している。しかし国民の四分の一が高齢者となり、障がいのある人を家族にもつ人があたり前となった今、どのような社会を残していくのか、その根源的な問題を合理的に解決すべき時期にきていると思う。

    (月刊ノーマライゼーション 旅に出かけよう~障害者の旅あれこれより)




    【篠塚恭一しのづか・きょういち プロフィール】
    1961年、千葉市生れ。91年株SPI設立代表取締役観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。95年に超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。06年、内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー外出支援専門員協会設立理事長。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。