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  • 田中良紹:金正恩にすがるしかないトランプとアベの国内事情

    2018-06-19 12:18
    史上初の米朝首脳会談に世界の目が釘付けになった2日後、トランプ大統領は72歳の誕生日を迎えたが、その日にニューヨーク州司法長官はトランプ大統領と3人の子供、そしてトランプ財団をニューヨーク州高等裁判所に提訴した。

    提訴の内容は、慈善団体であるトランプ財団に寄付された資金をトランプ一族が2016年の大統領選挙や自己目的の取引に利用する「広範で継続的な違法行為」があったとするもので、司法長官は財団の解散と280万ドル(約3億円)の罰金を求めた。

    翌15日にはトランプ大統領のロシア疑惑を捜査するモラー特別検察官が、ポール・マナフォート元選挙対策本部長を追起訴したことで、マナフォート氏は逮捕され収監されることになった。

    マナフォート氏はフォード大統領以来複数の共和党大統領候補の選挙に関わってきた人物だが、同時に2004年以来ウクライナで親ロシア派のヤヌコビッチ元大統領の選挙運動を10年にわたり支えた人物でもある。

    2016年春にトランプ陣営に参加し選挙対策本部長になったが、ウクライナ時代の不正疑惑が発覚して8月に辞任した。しかしその後もトランプ大統領との関係は続いていると見られてきた。

    モラー特別検察官にとってマナフォート氏はロシア政府やロシアの新興財閥が2016年の米大統領選挙に介入した疑惑を解明するキーマンの一人である。もう一人のキーマンであるマイケル・フリン元国家安全保障担当大統領補佐官は既に罪を認め捜査に協力する姿勢を示している。

    マナフォート氏の収監は疑惑解明のため捜査に協力させようとするモラー特別検察官の執念を感じさせる。こうした動きに対しトランプ大統領は今月に入り3000人の恩赦を考慮していると発表し、さらに自分には自身に恩赦を与える絶対的権利があるとツイッターに書き込んだ。

    これにはロシア疑惑で訴追されても特別検察官の捜査には協力するなと露骨に牽制する意味が込められており、それほどトランプ大統領は追い詰められているのである。であるが故にトランプには北朝鮮の非核化に国民の目を集中させたい思惑がある。

    それがないと中間選挙に勝てる見込みは薄く、下院で過半数を失えば政権運営は片肺飛行となり、2020年の大統領再選など夢のまた夢になる。トランプが北朝鮮の金正恩委員長に最大限の誉め言葉を羅列し、非核化を中間選挙と次の大統領選挙のスケジュールに合わせて段階的に行おうとするのはそのためである。

    そうした事情を金正恩は冷徹に見ている。トランプが金正恩を「交渉者」として褒めちぎるのは金正恩に「敵ながら天晴れ」と思わせる戦略性があるからだ。金正恩は2018年が平昌オリンピックと北朝鮮建国70周年に当たることから、そこに合わせて米国本土を射程に入れる核開発を急がせた。米国と対等の立場で平和交渉に臨むためである。

    世界中からどんな非難を受けようとも2017年は核とミサイル実験を頻繁に繰り返し、11月に米国全土を射程に入れるミサイル実験を成功させたところで実験を中止した。技術的にはあと一歩で本当に米国本土を核攻撃できる。しかしそこまではやらない。私が感心したのはこの「寸止め」である。

    そして2018年の年頭の辞で金正恩は一転して平和攻勢をかけてきた。戦略的に物事を考える米国にはその意思が通じた。水面下で諜報機関同士の交渉が始められたのはその頃だと思う。表で互いに批判しながら裏では本音を探り合う。金正恩が理性的で戦略的思考を持つリーダーであることを確信できたことから、トランプはニクソンの真似を始めた。

    泥沼のベトナム戦争から撤退するためにニクソンがやったことは自分が北ベトナムを核攻撃する「マッドマン(狂人)」だと周囲に思わせたことである。その一方で秘密裏にキッシンジャーが北ベトナムの後ろ盾である中国と手を結び、米国はベトナム戦争から撤退することが出来た。

    米国民に北朝鮮による核戦争の恐怖を味合わせなければ北朝鮮と妥協することは出来ない。しかもトランプには女性スキャンダルやロシア疑惑から国民の目をそらす必要があり、軍事的緊張を高めることは理に適っていた。

    しかし軍事的緊張は高めても現実に軍事行動をとる判断は最初からなかった。米朝首脳会談後の記者会見で、トランプは米国が軍事攻撃すれば2000万人が死ぬと発言したが、それは北朝鮮が韓国のソウルだけでなく在日米軍の中枢がある東京をミサイル攻撃することを意味している。

    金正恩は水面下の交渉で軍事攻撃された場合の北朝鮮の対抗戦術の一端を米国に明かしたのかもしれない。GDP世界15位の韓国と世界3位の日本の経済が壊滅することを知らされれば米国に北朝鮮攻撃のメリットはない。そしてトランプには理性的で戦略的な金正恩の存在が自らの今後の政権運営に欠かせない存在だと思わせた。

    一方、トランプの存在がなければ金正恩の考える北朝鮮の未来もない。他の政権であれば人権問題が優先され、また米国による一極支配の幻想に取りつかれた政権なら民主主義の価値観を押し付けてくる可能性があり、話がスムーズに進まない。金正恩にとってもトランプ政権は都合が良い。トランプ政権の延命を助けることが北朝鮮のメリットになる。

    お互い都合の良い関係に見えるが、しかし私の見るところ金正恩が有利である。トランプ政権を倒そうとする勢力は米朝合意を批判は出来ても破棄させることは出来ない。そんなことをすれば核戦争の恐怖が再び現実的になり国民の支持は得られない。

    トランプ政権を攻撃するポイントはやはりロシア疑惑、女性スキャンダル、そして一族を巻き込んだ金銭スキャンダルになる。そうなればトランプが支持率を上げるのは北朝鮮の非核化に絞られ金正恩の協力が不可欠になる。金正恩はトランプの足元を見ながら協力する。トランプは金正恩にすがることになる。

    トランプ政権が北朝鮮に融和的になると、これまで強硬姿勢を貫いてきた安倍政権が得意の「すり寄り外交」を発揮して一夜にして態度を変えた。米国を見習って金正恩との信頼醸成を図るという。しかしどうやって信頼を醸成するのか。その戦略が見えない。

    そしてトランプ政権と同様に安倍政権にも「負」の国内事情がある。「働き方改革国会」と大見えを切った手前、何が何でも働き方改革法案を強行採決するしかない。また米国に金儲けのチャンスを与えるカジノ法案も強行に成立させる必要がある。

    「森友・加計疑惑」で国民の信頼を失っている中での強行採決の連続は安倍政権の体力を奪う。また少し前まで北朝鮮危機を煽って「米国と日本は一体である」と宣伝していたのが、「一体でなかった」ことが白日の下にさらされた。しかも米国の融和姿勢に同調せざるを得ないのだからみっともない。

    しかし国内の問題に目を向けさせないようにするにはトランプと同じように金正恩にすがるしかない。安倍総理は拉致問題を解決するため日朝首脳会談を行う決意を固めたというが、それを自力で行う能力が日本にあるかと言えば相当に疑わしい。米国だけでなくロシアや中国、韓国などあちらこちらに「お願い」をしないと難しいのではないか。

    それもこれも北朝鮮には断固とした態度を見せると、様々な日朝ルートを断ち切って来た愚かな政策によるのだから自業自得というしかない。そして致命的なのは頼りにしたトランプが拉致問題を「人権」ではなく「経済」の取引として語ったことだ。

    トランプは米朝首脳会談を実現させるために「人権問題」を脇に置くことにした。金正恩に安倍総理から頼まれた拉致問題に言及した際も「日本から経済支援を受けるためには安倍総理と拉致問題を話し合う必要がある」と言い、金正恩が「安倍総理と会ってもよい。オープンだ」と応じたという。

    これを「前向き」と捉えたのだろう。安倍総理は「金正恩委員長の大きな決断が必要だ。期待している」と16日のテレビ番組で発言した。しかし期待するのは勝手だが何をどのようにして実現するのか全く分からない。

    トランプが米朝首脳会談で金正恩に語ったことはカネを払って取り戻す話だ。その翌日の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は大々的に米朝首脳会談の模様を伝えたが、拉致問題は全く触れられず、代わりになぜか「森友・加計疑惑」の記事が掲載された。安倍総理がスキャンダルまみれであることが報道されたことは、既に北朝鮮から足元を見られていることを示している。

    一方でトランプは非核化にかかる費用を米国は出さず、韓国と日本に出させるというのだから筋が通らない。米国と韓国が出すなら日本も協力するというのが本来の話だと思う。しかもそれは拉致問題の解決とは関係がない。

    小泉政権時の日朝交渉は日本が植民地支配した過去の清算として経済支援を行い、平和条約を結ぶ約束の中で拉致問題の解決が期待された。しかし現在の安倍政権は北朝鮮の非核化が終わらないうちは制裁を解除すべきではないとの立場である。そうなるとそれまでは拉致問題をカネで解決することが出来ない。

    完全な非核化はいつ達成するのか。技術的には10年かかるという見方もあるが、金正恩がトランプの大統領再選に協力するなら2020年の大統領選挙の前になる。つまり日本がカネを出せるのはおそらく2020年の直前あたりが最も早いタイミングで、それまでに日本に何ができるのかと言えば残念ながら私には見当がつかない。

    「森友・加計疑惑」を抱える安倍総理がそれでも自民党総裁選挙で3選を果たし、2021年までの任期を確実にすれば自らの手で拉致問題を解決することは可能である。ただそれまで安倍総理は金正恩にすがる以外に方法があるとは思えない。


    ■《戊戌田中塾》のお知らせ(7月24日 19時〜)

    田中良紹塾長が主宰する《戊戌田中塾》が7月24日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!

    【日時】
    2018年7月24日(火) 19時〜 (開場18時30分)

    【会場】
    第1部会場:神保町駅前会議室 会議室
    東京都千代田区神田神保町2-7 芳賀書店ビル5階
    都営地下鉄・東京メトロ神保町A1出口から徒歩1分
    ※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。

    【参加費】
    第1部:1500円
    ※セミナー形式。19時〜21時まで。
    懇親会:4000円程度
    ※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

    【アクセス】
    JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
    東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分

    【申し込み方法】
    下記URLから必要事項にご記入の上、お申し込み下さい。
    (記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)

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    ■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧


    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。

  • 田中良紹:目の前にある「日本は三度目の敗戦を迎える」という憂鬱

    2018-05-29 19:49
    日本時間の23日未明に行われた米国のトランプ大統領と韓国の文在寅大統領の共同会見でトランプ大統領は6月12日にシンガポールで行われる予定の米朝首脳会談を延期するかもしれないと発言した。

    メディアはトランプが硬化したとみて文在寅大統領の「仲介外交のもろさ」を強調したが、私が会見の生中継を見た限りでは、北朝鮮が「会談の中止もありうる」と揺さぶりをかけてきたことに対応し、「中止」ではなく「延期」を言っただけだから、史上初の米朝首脳会談を実現させたがっているのは変わらない。

    前日にホワイトハウスはトランプと金正恩の横顔が向き合うデザインの記念硬貨を発表した。金正恩の肩書は「最高指導者」であり、二人の顔の上部には「平和会談」、下部には「2018年」の文字が記されている。会談は間違いなく行われる。

    それは朝鮮戦争の敵国同士のトップ会談の実現となり、戦争終結に向けた歴史的な意義が否応なく前面に出てくる。ところが日本国内の議論は「非核化」と「拉致問題」だけに比重が置かれ、アジアの冷戦体制の象徴である「朝鮮戦争」が終結する歴史的転換点という意識が希薄である。

    この会談は、第二次世界大戦の終結、ソ連崩壊による東西冷戦の終結と並んで世界の構造変化が現れるエポックと私は捉えており、日本自身も否応なくその変化に対応しなければならなくなる。

    先週14日の衆議院予算委員会で国民民主党の玉木代表が「米朝首脳会談でICBMの廃棄は実現しても中短距離ミサイルの廃棄に至らなかった場合どうするか」と質問したのに麻生財務大臣がヤジを飛ばし、安倍総理の答弁は行われないままになった。玉木氏の問いは極めてありうる話で考えなければならない課題である。

    ここにきて北朝鮮の金正恩委員長が2度も中国を訪れ習近平国家主席と会談したのを見ると、米朝首脳会談は朝鮮戦争の終結だけでなく米中の軍事的対立にも影響する。会見でトランプは中朝接近に懸念を表明したが、私は米国の「欧州の冷戦は終わらせてもアジアの冷戦は終わらせない」という従来の戦略が変わる可能性があると思っている。

    それは日米同盟に依存してきた戦後日本の生き方を変える話になり、これほど重大な変化が訪れる時には、あらゆる可能性を俎上に載せて根本から議論を行うのが国家の仕事である。ところが現状の日本は重要問題を米国任せにし、ただ流れに身を委ねようとしているようにしか見えない。

    それは私に第二次大戦後の重要な節目を自分の問題と捉えず、米国任せにしてきた過去の姿を思い出させる。旧ソ連が崩壊した時に米国の議会やシンクタンク情報を日本の政党、官庁、企業などに販売していた私は、米国が真剣な議論を行っているのに日本では何の議論も起こらないのが不思議だった。

    第二次大戦の敗戦は「無条件降伏」だから敗戦後の日本が戦勝国の決めたままに生きるしかなかったのは理解できる。しかしソ連崩壊時の日本は自らの生き方を決められる経済大国である。ところが日本は何も自分では考えずに米国の言うままになった。それが私には「二度目の敗戦」に思えた。そして今、再び世界の構造変化が起ころうとする時に「三度目の敗戦」を迎える予感がする。

    一度目の敗戦で戦勝国である米国は天皇制を残す代わりに日本を非武装国家にし、丸腰の日本を防衛するため沖縄を米軍の軍事拠点にした。古関彰一、豊下楢彦著『沖縄 憲法なき戦後』(みすず書房)によれば「象徴天皇制」と「戦争放棄」と「沖縄要塞化」は米国の戦後対日政策の三本柱でそれらは互いに密接に関連している。

    しかし朝鮮戦争が勃発して東西冷戦が本格化すると、米国は一転して日本に再軍備を求め、吉田茂はこれを拒否して代わりに米軍の兵站を担うことにした。追放されていた軍需産業経営者が復活し、工業国家としてスタートした日本はベトナム戦争で飛躍的に成長した。

    成長のカギは日本政治が三本柱の一つである「戦争放棄」をうまく利用したことにある。自社なれ合いの「55年体制」は、表で対立しているように見せながら裏では護憲勢力を一定程度に維持することで米国の再軍備要求と軍事負担の増大を抑え、経済に全力を注いで米国経済を圧倒するまでになった。

    東西冷戦はそのからくりに有利に作用した。社会党政権が誕生しては困ると考える米国を「牽制」するのに護憲運動は効果を発揮した。米国は自民党政権に軍事的要求を飲ませるのに苦労する。ところが冷戦が終わるとこのからくりは続けられない。冷戦の終結は否応なく日本に「55年体制」に代わる政治構図を求めていた。

    ソ連崩壊は米国を「唯一の超大国」にし米国は新たな戦略を策定する。ソ連に代わる敵は米国経済を侵食する日本と断定され、軍事負担を抑えて成長した日本経済の力を削ぐため日本経済を米国と同じ土俵に乗せ、軍事的隷属化を押し進めることが必要と考えられた。

    日本に米国製兵器を買わせ、軍事負担を増大させ、自衛隊を米軍の肩代わりに使う。そのため欧州の冷戦は終わらせてもアジアの冷戦を終わらせてはならない。中国と北朝鮮を日本に脅威と思わせ、米国の軍事力にすがらなければ生きられない状況を作り出す。

    一時期クリントン大統領は朝鮮戦争を終わらせ「最後の冷戦体制を終わらせた伝説」を作ろうとした。『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』の著者エズラ・ボーゲルらが構想を練り、東西ドイツ統一を下敷きに必要費用を日本に出費させる案が検討された。

    しかし「アジアの冷戦を終わらせない」戦略をジョセフ・ナイやリチャード・アーミテージらが進言し、クリントンは朝鮮戦争を終わらせるのをやめ、中東和平に力を入れてイスラエルとパレスティナが共存する「オスロ合意」をまとめ自らのレガシー(遺産)とした。

    現在、トランプ大統領が「最後の冷戦体制を終わらせた大統領」になろうとし、一方でエルサレムをイスラエルの首都と認めたことでクリントンがまとめた「オスロ合意」は反故にされた。歴史の無常と言うべきか。

    クリントン外交は冷戦に勝利した米国の価値観を世界に広めることを第一義としたがトランプはそうではない。米国の目の前の利益を最優先に誰とでも取引をするのがトランプ流で、直近の外交はすべて秋の中間選挙と2年後の大統領選挙を睨んだ選挙目的が優先される。冷戦後の米国の戦略は無視である。

    ソ連崩壊時の米国は新時代への対応を真剣に議論した。それは冷戦体制を一から見直す根源的な議論だった。例えば対ソ諜報を担ったCIAはソ連が崩壊したのだから「廃止」が前提となり、冷戦に対応するため海外に展開された軍は全面的な見直しが求められた。また核拡散を巡る議論も集中的に行われ、それらの議論に米国は2~3年の時間をかけた。

    その結果、世界的な米軍再編が実行され、核拡散の危険がある中東や北朝鮮に目が向けられ、また「廃止」が前提のCIAはソ連崩壊で世界の先行きが不透明になることから逆に権限が強化された。

    当時は米国だけでなく世界各国も冷戦後の世界がどうなるかを探り自国の生き方を模索したと思うが、日本には冷戦後の世界を構想し、冷戦後の世界に備えようとする議論が全くなかった。

    宮沢総理は「日本も平和の配当を受けられる」とまるで楽観的な見通しを語り、ソ連を仮想敵として作られた日米安保条約を見直すことも、ソ連軍の侵攻を想定した自衛隊の配備も、ソ連と中国に対抗する戦略上の「要石」とされた沖縄についても何も議論されなかった。

    それだけでなく米国議会が日本経済を分析し弱点を探ろうとした上下両院合同経済委員会の議事録を外務省や通産省に見せても、米国を抜いて世界一の債権国となった慢心のためか、危機感を持って議論する様子はなかった。日本にとって冷戦の崩壊は「対岸の火事」に過ぎないことを痛切に思い知らされた。

    当時はリクルート事件による「政治とカネ」の問題が国民の関心事で、「政治改革」が熱っぽく語られていたが、日本が米国からソ連に代わる敵と見られ、軍事的に隷属化されようとしている現実はほとんど無視されていた。

    私は冷戦構造を利用した日本政治のからくりが有効でなくなった以上「政治改革」には賛成だったが、それが米国の冷戦後の戦略と関連付けて認識されないことに不満だった。そして日本経済は米国主導のプラザ合意とルーブル合意でバブルとなり、それが破裂すると「失われた時代」が到来して、日本は米国の要求に次々に屈するようになる。

    「二度目の敗戦」は世界の構造変化に無自覚だったために生まれた。そして米国の「アジアの冷戦を終わらせない」戦略に乗せられた日本は、ひたすら中国と北朝鮮に対する敵視政策を強め、それが安倍政権の集団的自衛権の行使容認として実を結ぶ。

    ところがトランプ大統領の登場は米国の戦略を一変させた。トランプは「民主主義や基本的人権、法の支配」という「価値観外交」に全く関心がない。外交は米国の利益になるかどうかで判断し誰とでも交渉する。米国の忠実な僕として安倍総理が唱えた「価値観外交」はトランプによって吹き飛ばされた。

    北朝鮮が米国本土を射程に入れた核ミサイルを手にしたことがトランプに北朝鮮との交渉を決断させた。「国際社会の圧力の結果」と言うのは外交上のレトリックに過ぎない。トランプの北朝鮮外交は米国の安全が第一、次にそこからどれだけ経済的利益を引き出せるかに重点が置かれている。

    北朝鮮の豊富な地下資源と勤勉な労働力は投資の対象として魅力的だが、同時にトランプは兵器ビジネスに異常に肩入れする大統領である。北朝鮮の脅威を一定程度は残す方が米国に利益だと考える可能性がある。

    米国民には「完全な非核化」と説明でき、一方で日本と韓国に対する兵器ビジネスに支障にならない程度の脅威は残す。トランプの米国がその方向を向いた時に日本はどうするか。それに備える議論をしておかなければならない。

    冷戦期の日本は冷戦構造を巧妙に利用して経済的利益を吸い上げた。ところが冷戦が終わった時に世界の構造変化に無自覚で、米国主導の「アジアの冷戦を終わらせない側」に立って冷戦中に貯め込んだ金を米国に吸い上げられた。

    その構造が激変しようとしている時、日本国内の議論はトランプ出現以前の米国の戦略に引きずられたままである。米国民がトランプを大統領に押し上げたのは、「民主主義や基本的人権、法の支配」を掲げて世界を支配しようとした負担があまりにも大きいことに国民が気づいたからだ。トランプ現象は一過性ではなくこれからも続く可能性がある。

    ドイツのメルケルはトランプが登場したことで「欧州は米国に頼らずに自立すべき」と説いた。しかし日本の政治はトランプが登場しアジアの冷戦が終わろうとしても、トランプ以前とトランプ以降に関わりなく終始米国依存から脱却しようと考えない。奴隷の思想が蔓延しているのである。

    米国、中国、韓国は北朝鮮を国際経済の中に取り込み、そこから利益を得る目的で「非核化」を進め、そこにアジアの未来を構想しているように見える。ロシアも立ち遅れないよう準備を進めているようだ。それに応えるべく金正恩は「経済強国」をスローガンにした。

    しかし日本にはアジアに「尖閣問題」、「竹島問題」、「拉致問題」、「慰安婦問題」など解決しなければならない問題が多く、それらに足を取られてアジアの未来を構想するところまで至っていないように思う。

    それらの問題を独自に解決する知恵と力を持つことが日本政治には求められているが、米国任せの安倍政権にはその知恵と力がない。その現状を見ると日本が「三度目の敗戦」を迎える予感から抜けられない。27年前のソ連崩壊時を思い出して私の憂鬱は晴れないのである。


    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。

  • 篠塚恭一:90歳の姑の温泉旅行 認知症でも家族の支えあれば──【介護旅行】安全で快適な旅のために(3)

    2018-04-29 11:44
    もうすぐ90歳になる姑を温泉旅行に連れ行きたいと嫁から相談があった。

    姑は要介護度4で、認知症がすすんだ今は自宅近くのサービス付高齢者住宅に住んでいる。

    相談なら電話とメールだけでもできると伝えてみたが、身体の不自由な母のこと、介護になって諦めていたはずの家族旅行だからと息子夫妻が遠路はるばる来てくれた。会って話すうちに、もしかするとこれが最後の旅になるかもしれないと、みな覚悟していることを知らされた。

    姑はとても活発で、以前から大の旅行好きという。80歳を越えてからも、友人と海外へでかけていた。元気高齢者の手本のような人生を歩んできた。

    ところが数年前に内臓疾患が見つかり、その手術の為に2週間ほど入院した時から様子がおかしくなった。病院で長時間ベッドに寝かせられていた為に、臀部には大きな褥瘡が二つもできてしまい、身体を動かすことさえままならなくなったという。さらに以前から怪しくなっていた認知症状は一機にすすんでしまった。

    医師の治療を受ける間に短期間で介護度が重くなる話をたびたび聞く。本人の混乱はもちろんだが、突然のことに家族のショックは大きく、その頃から夫婦の生活もかなり変わってしまったらしい。

    自宅介護も考えてみたが、当時は認知症の混乱もあって、嫁の負担を考えると仕方なく近所の施設にお願いすることにした。

    運よく近所に評判のいい施設が見つかり、手厚いケアと毎日通う熱心な嫁の努力もあって、主治医からは今なら旅行に連れて行ってもよいのでは、と許可がでた。

    褥瘡も完治はしておらず、尿カテーテルを使用していることから、この家族の旅には看護資格をもつトラベルヘルパーに担当してもらった。

    介護旅行は金持ちだけしかできないと考える人もいるが、実際は家族など周囲に熱心な方がいるかどうかで決まっている。


    【篠塚恭一しのづか・きょういち プロフィール】
    1961年、千葉市生れ。91年株SPI設立代表取締役観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。95年に超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。06年、内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー外出支援専門員協会設立理事長。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。