• このエントリーをはてなブックマークに追加

記事 5件
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 9 (1)

    2013-10-30 00:00  
         9 そいつは、見たことのある顔をしていた。 森の中から、ふたりで、ずっとおれに話しかけてきた、あの声を発していたやつらのかたわれだ。 説教師(マニパ)ツオギェル―― そう名のっていたっけ。 そいつが、話しかけてくるのである。 もう、やめろ――と。 もう、いいではないかと。 なんだか、うるさい。 なんだか、わずらわしい。 大きなお世話ではないか。 こんなに、自分は今、満ち足りていて、しかも気持ちがいいのに。 どうして、これをやめねばならないのか。 そうだ。 こんなに、幸せなのに…… だが、妙に不安になる。 おまえは、どうして、そんな哀しそうな顔をするのだ。 さっきの、二本足の大きな漢(おとこ)も、そうだ。 哀しそうな顔で、おれを見ていた。 そんな眼で、見られたくない。 そんなに哀しい眼で、おれを見るんじゃない。 哀れに思われたり、可哀そうに思われたりするなら、怖がられた方が、まだマ
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (6)

    2013-10-23 00:00  
     巫炎にとっては、あるいは、九十九や吐月は、敵側の人間と見られてもしかたのない関係にあった。 久鬼玄造(くきげんぞう)が、巫炎を保冷車の中に閉じ込め、九十九も吐月も、その久鬼玄造と一緒にこの現場に駆けつけているのである。 それにしても、どうして、巫炎はあの保冷車の中から抜け出すことができたのか。 それが、九十九には不思議であった。 おそらく、今、キマイラ化した久鬼の前に立っている僧衣の男が、巫炎を助けたのではないかと、九十九は思う。 しかし、それを訊ねている時間は、むろん、ない。 ツオギェルは、久鬼の前に立って、しきりと身振り手振りで、何やら話しかけているようであった。 ツオギェルの口が開く。 声は聴こえない。 久鬼の口が開く。 声は聴こえない。 久鬼は、もどかしそうに、身をよじる。 そして、久鬼は、時おり、九十九にも聴こえる高い声で叫ぶ。 それに対して、ツオギェルは、たびたび、自分の両手
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (5)

    2013-10-16 00:00  
     しかし、久鬼は、そこに立ったが、すぐには動かなかった。 久鬼の本体――人間の久鬼の顔が、半分、もとにもどっていた。 吊りあがっていた眼尻の角度がわずかに緩やかになっている。 久鬼は、不思議そうな顔をしていた。 今、自分に何が起こったのか、それがわからないという顔だ。 九十九も、久鬼を見つめながら、立ちあがった。 気という力は、もとより物理力ではない。 物理力ではないが、今のような放ち方をすれば、体力は消耗する。 ゆるやかに、全身の細胞に、力がもどってくる。「大丈夫です……」 九十九は、吐月の横に並んだ。 雲斎に救われた。 その思いがある。 石との対話がなかったら、自分は死んでいたところだ。 しかし、そのいったんは永らえた生命(いのち)も、すぐにまたキマイラ化した久鬼の前にさらされることになる。 そう思った時、久鬼の表情に、変化が起こった。 久鬼の眸(め)が、遠くを見つめたのだ。 天上に輝
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (4)

    2013-10-09 00:00  
    「九十九くん……」 吐月(とげつ)が、何ごとかを察したように、一歩、退がる。 吐月に声をかけてはいられない。 今やろうとしていることに、全神経、全細胞、それこそ髪の毛一本ずつまで、使って集中しなければならない。 肉体が、別のものに化してゆくようだ。 大地になる。 地球になる。 重力になる。“石”をやっていてよかった。 雲斎(うんさい)に言われて、円空山で、石を割ろうとした。 巨大な石だ。 とても割れそうになかった。 かわりに、九十九は、石を見つめた。 石を見つめながら、大地と対話し、己れ自身と対話をした。 あの体験が、今、自分がやっているこのことを可能にしているのだ。 全身を、熱い、高温の気の塊(かたま)りと化すこと。 しかも、わずかな時間――ふた呼吸で。 寸指波(すんしは)を全身で打つ――その感覚だ。 両足を開く。 腰を落とす。 両手を拳に握って、腕を両脇にたたむ。 これが、どの程度、今
  • キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (3)

    2013-10-02 00:00  
     それに、久鬼(くき)が反応した。 いや、反応したのは、久鬼ではなく、久鬼の内部にいる獣であったのかもしれない。 跳んだ。 久鬼の身体が、宙へ跳んだのだ。 幾つもある脚の筋力が使用されたのか、異形の翼が利用されたのか、その両方であったのか。 翼はただ一度、 ばさり、 と、打ち振られた。 そして、久鬼は、走り去ろうとする鹿の背に、後ろから飛び乗っていたのである。 幾つもの足の鉤爪が、鹿の背の肉を、背骨ごと掴んでいた。 その時には、もう、幾つもの頭部が、顎が、首や、頭や、背の肉に牙を立てていたのである。 ぴいいいいいっ! 鹿が、悲鳴をあげた。 だが、すぐにその声は止んでいた。 喉を噛まれ、気管が締められ、塞がって、声を発することができなくなっていたのである。 ぞぶり、 ごつん、 ぬちゃ、 ごぶり、 獣の牙が、肉を噛み、骨を噛み折って、血を啜りあげるおぞましい音が響く。 びりっ、 と、音をたてて