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タツクさん のコメント

反抗期の息子をもつ親は大変だな。
九鬼が立派な大人になりますように・・。
No.2
127ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
     9  そいつは、見たことのある顔をしていた。  森の中から、ふたりで、ずっとおれに話しかけてきた、あの声を発していたやつらのかたわれだ。  説教師(マニパ)ツオギェル――  そう名のっていたっけ。  そいつが、話しかけてくるのである。  もう、やめろ――と。  もう、いいではないかと。  なんだか、うるさい。  なんだか、わずらわしい。  大きなお世話ではないか。  こんなに、自分は今、満ち足りていて、しかも気持ちがいいのに。  どうして、これをやめねばならないのか。  そうだ。  こんなに、幸せなのに……  だが、妙に不安になる。  おまえは、どうして、そんな哀しそうな顔をするのだ。  さっきの、二本足の大きな漢(おとこ)も、そうだ。  哀しそうな顔で、おれを見ていた。  そんな眼で、見られたくない。  そんなに哀しい眼で、おれを見るんじゃない。  哀れに思われたり、可哀そうに思われたりするなら、怖がられた方が、まだマシではないか。  恐れられた方がいい。  独りでもいい。  独りというのは、もともと、よく研がれた薄い刃物の上に、素足で立つようなものだ。  いつ、バランスが崩れて、自分の足を傷つけてしまうかわからない。  それでもいいのだ。  哀れな人間でいるより、怖れられる獣でいることの方が、おれはいいのだ。  あんまり、そこをうるさく言われると、  ほら――  また、背骨が曲がる。  ぎしっ、  みしっ、  そういう音が、耳に響く。  自分の骨が、曲がる音だ。  変形(へんぎよう)してゆく音だ。  ふふん、  あんまり、うるさいことを言うのなら、もう一度、また、あの獣になって、おまえらみんな、喰ってやろうか。  その時、もうひとりのやつが出てきて、服を脱ぎはじめたのだ。  何だろう。  何をする気だろう。  額から、二本の角まで伸ばしている。  ふわっ、  と、そいつが、月の光の中に浮きあがった。 「麗……」  と、そいつの声が聴こえた。  麗?  何のことだ。  人の名前か。  その麗というのは、このおれの名か。  宙に浮いたそいつは、ゆっくりと、おれの眼の前に舞いおりてきた。  半分、獣の顔をしている。  しかし、なんとも痛ましい眼で、おれを見るのだ、そいつは。  気にいらない。  さざ波のように、怒りが広がりかけたが、それがおさまったのは、そいつの顔が妙になつかしかったからだ。  こんな面をしているのに、どこか、遠い昔、自分はこの顔の人間を知っていたのではなかったか。  そのことを考えると、じんわりとした温かみが、身体の中に満ちてくるようだった。 「息子よ……」  と、そいつは言った。  息子!?  何だ、息子というのは。  おれが、おまえの子供だというのか。  その時、ふいに、おれの身体は、そいつに抱きつかれていた。  きえええ……  ぎいいい……  おれの身体から生えているものたちが反応し、そいつに噛みついた。  肉を噛みちぎり、啖(くら)う。 「かまわん、麗……」  と、そいつは言った。 「息子よ、おれを啖え」  と。 初出 「一冊の本 2013年10月号」朝日新聞出版発行 ■電子書籍を配信中 ・ ニコニコ静画(書籍)/「キマイラ」 ・ Amazon ・ Kobo ・ iTunes Store ■キマイラ1~9巻(ソノラマノベルス版)も好評発売中   http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/
キマイラ鬼骨変
待望の新章「鬼骨変」がニコニコで連載開始!



⼰の内に「獣」を秘めた⼆⼈の⻘年を描いた、作家・夢枕獏の“⽣涯⼩説”。

1982 年に朝日ソノラマから第1巻「幻獣少年キマイラ」が刊⾏されてから 31 年、これまでに別巻を含めて 18 巻(ソノラマノベルス版〈朝日新聞出版刊〉は本編 9 巻、別巻1 巻)が発売されている。