• 東方海恵堂、番外編"宴の従者"纏

    2017-06-19 21:20

    「結局、ただ忘れてほしくなかっただけ…と?」


     私は今、海恵堂の中にいる。周りには今まで出会ったたくさんの従者たちがついていて、時には絡み付き、時にはお酌をしようと寄り添ってくる。

    「姉様も人が悪うおますなぁ。妹らに隠して事を進めるやなんて」

    「本当は巻き込むつもりはなかったのだがな…さすがに上客の楽しみを無下にも出来まい」


     そう言って尾張さんが客座の乙姫様を見る。

    「ここは人外のテリトリーだからね。そこに来られた人間がどんな風にここで遊ぶのか興味が湧いたのよ」


    「乙姫様は楽しみをご所望でしたか、すみません、こちらの配慮が足りず…」


    「お母様のせいではありません!気配りを怠ったのは私の方です!」

     海神様とその娘が乙姫様に謝辞を告げる。乙姫様はと言うと、そんな二人を楽しげな目で見ている。相変わらず、いたずらっぽさが抜けないのは、どういう意味があるんだろうか…?

    「さてお客さんも少し飲みなはれ。ここまで明かしたのならもう敵とはちゃいますし、ここは一蓮托生の祝いと言うことで、いかがどすか?」

    「は、はぁ…」

     花錦さんのしなやかで隙のないお酌が私にあてがわれる。こう言う絶妙な間や真摯な所が海恵堂のおもてなしなんだろう。

    「…所で、どうして私は百数十と言うここに来た記憶を忘れてたんだろう?」


    「それは私から話そうかな」


     疑問を投げ掛けるや否や、乙姫様がない胸を反らせて自信ありげに答える。

    「最初は"海恵道に来たら、因果的に私の所に来る"だけだったんだけど、それじゃあ面白くないし、ただの人間に色々委ねるなら少しくらい難題がある方がいいかなー…って思ったのよ」


     にやにやする乙姫様。自分から聞いておいてなんだが、この話あまり先を聞きたくない。

    「だから、一つ因果を加えたのよ。"人間が終わりと出会わずに帰って行ったら、時間と記憶は巻き戻される"ってね」


    「記憶は巻き戻されるって…じゃあこの皆さんも…?」


    「んや、巻き戻してない妹もいるよ。巻き戻しを受けてないのは、尾張、海琴と恵、花錦に金流、あとはつしまかな?」


    「私たちは巻き戻すまでもなく人間とは会いませんからね。あの部屋以外では」


    「予てから思ってたのですが、乙姫様はどうして姉妹の選別がそんなに不規則なんですか?」

    「けど、どうしてそんな…自分達を覚えてもらうために記憶を巻き戻すなんて本末転倒なんじゃ…」


    「まあ"ここにいるあなたには"意味のわからない事でしょうね」


    「ここにいる…?」





















































    ―――あなた…そう。今スクロールでこの文章を見ているそこの”あなた”よ。


    ―――けど残念ね。この記事は隠し扉に辿り着けなかった人用だから、ちょっと内容は変わってるのよ。


    ―――まぁそれは置いといて。


    ―――”あなた”は紙の上の架空の人物じゃない。”あなた”今こうしてこの記事を見ている画面の向こうの”あなた”よ。


    ―――そう、海の姉妹や海琴や私…乙姫があなたと呼んでいるのは、今この記事を読んでいる"あなた"の事よ?


    「…だから、物語の中のあなたは名を名乗れない。だって読む人で名前は変わるんだから」


    「そして"あなた"は私達を見つけた。今、誰かがこれを読んでいる事こそが、乙姫様の狙いです」


    「私達海の姉妹は、”お前”にここまで来てもらうようにと思って迎えたのだ」


    「この娘…"海 尾張"やその妹たちは、海神と人魚の間の子…その中でも尾張は海神としての力を強く受け継いでいます」


    「この娘たちは、お母様の血と私の鱗から生まれた神造人魚…特に尾張はお母様よりの力を携えてたから、彼女を長女とした」

    「そして私がその力で”お前”を呼び込んだのだ。幾度となく因果を繰り返したかのようにな」



    ―――そう、この話は"あなた"の物語。


    ―――因果の繰り返しは"あなた"がここに至るまでに他の記事を読んだ回数。


    ―――そして、本当に忘れないでほしいのも"あなた"


    「あぁ、因果を繰り返すときの水色の文字は私よ。毎度毎度言わされるから疲れたわ」



    ―――さて、いろいろなところで見ている”あなた”も、ようやく事の顛末がわかったわね。


    ―――今度は、何に翻弄されることもなく、私達の真実にたどり着けるといいわね。


    ―――それじゃあ、今度こそお疲れ様。次は頑張ってね?


    ―――


    ――



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  • 東方海恵堂、番外編"宴の従者"舞の二

    2017-06-19 20:51
    ニコニ・コモンズ連動
    (アルバス・カメリア)


    ―――

    ――



     壁のように見えた”それ”を、私は全く恐怖せず進んだ。その壁は壁ではなく、全くの幻影だった。強いていうなら蜃気楼か何かであったような感覚だ。

    「………待たせ過ぎだ、愚か者が」


     そして、壁を抜けた先で第一声に罵倒が聞こえてきた。さっきまでの穏やかな空気はもう忘れて、手厳しい一言に緊張が高まる。

    「…とは言うものの、人間でありながらここまで来れたことについては見事だと誉めておこう。やはり私が見込んだだけのことはある」


     虚無の壁の向こう、小箱のような部屋、そこには一人の女性が居座っていた。黒と飾り金の着物、こちらを見る鋭くも妖艶な瞳、そして、圧倒的な雰囲気…さっきの二人とは全く違う空気を感じる。

    「やっと来てくれたな。ここに来るまで”何回”私の妹たちと闘った?一度や二度ではないだろう?」


     彼女の言葉に、自分の記憶が音を立てて身体の中に染み渡るのを感じた。そう、ここに至るまでに私は何度もこの海恵堂を訪れている。もう数えるのも面倒な程に私はここに来ているのだ。


    「さて、お前が記憶を取り戻した所で、自己紹介をさせてもらおう。お前がさんざん相手にしていた妹たちの長姉…名は尾張という」



    "海"のエルダーシスター
    海 尾張/Kai Owari


    「…どうも」


     言葉が出てこない。なだれ込んできた記憶と、何よりこの尾張さんの雰囲気が口を封じている。恐怖とも畏敬とも何もかもが違う。この動きづらさは何だろう?

    「何はともあれ、ここまで来てくれた事、海(かい)の長姉としてお礼を言わせてもらう。これが一発での到来であれば、私が酌をするところだが…」


     そう、ここに来るまでに、私はこの海恵堂を少なくとも100回以上訪れている。しかし、この部屋にたどり着いたのは今回が初めてだ。なぜ私は何度も来たのか…そして、なぜ私が来たのか…?

    「さて、訳を知りたいと顔に出ている客人に全てを明かそうか」


     尾張さんはそう言って手を二度叩く。すると、今までに出会った尾張さんの妹たちが続々と集まり始めた。

    「やはり、姉様どしたか」


    「お客様が亀の話をしたときから気にはなってましたが」


    「尾張姉様が…この人つれてきてたんだ…へぇ………」


    「あっ、この人知ってる!今日私たちの前にやって来た人!」


    「あんた、素で忘れてるわね」


    「何人かの妹は事情を知っている。ただし、思ったことが口に出る子達は乙姫様の因果に巻き込ませてもらった」

    「一体、何をさせたかったんだ?」

     私が尾張さんに質問すると、尾張さんは一呼吸置いてゆっくりと話し始めた。


    ―――この海恵堂が生まれて幾年が経つが、海恵堂は僅かに人に知られるだけで、その力を確たるものとはしなかった。海神様も我々人魚なる妖かしも、その力の根源は”人間の認知”だ。知る人間がいなくなれば自ずと消え去る。


    「海恵堂は、それを知覚する人間を減らしている。このままでは我ら姉妹はともかくお母様にも迷惑がかかる」



    「だから、この娘たちは私に具申してきたのです。"御母様のために私たちで出来ることをさせてください"と…」



     私の後ろから、先程見かけたばかりの青い女性が現れた。その瞬間、立ち並んでいた妹たちが一斉に跪いてその青い女性に向かった。

    「ご紹介が遅れました。この海恵堂の海神"八百比 海琴"です」


     そう言ってにっこりと微笑む。待った、海神と言うことは神様じゃないか。そんなお方がなんでこんな人間に…?

    「お前を寄越したのはお母様ではなく私だ。お母様は私の具申を聞き入れただけに過ぎない」


    「そ、それでも待って!どうして私に?だって私はっ………!」






    「そうだな、"入水自殺をしようとしてた自分を"どうして…と、思っているのだろう?」






     尾張さんの言葉にはっとして、自分があの浜辺で何をしていたかを思い出す。

    「そんな人間なら、自分の生の終わり間際に見た光景を忘れないだろう?だから私はお前に賭けたんだ。その記憶を持っていつまでも忘れないような…海恵堂を忘れない一人の人間を欲したのだよ」


     自分が何をしようとして浜辺にいたのか、そしてなぜ自分がここにいて、この人ならざる者達と相対しているのか…それが、少しずつ組み上がっていくのを感じた。そして、完成したパズルを頭で眺めながら、吐き出すように問うた。

    「…私はもう、この世界に独りだけなんだ。そんな人間に覚えててもらって…嬉しいのか?」


    「あなたの事は海の底から見ていました。確かにあなたはもう独りでしょう。けれどあなたのような人は一人ではありませんし、何より私たちもあなた一人に頼る事になります。我々も孤独の当事者になりかけています」

    「だからこそ、同じ孤独の当事者同士で、それぞれの存在を賭けたんだ」

    「………それで、私に何をしろと?海神を崇拝すればいいのか?」


     私の言葉に、海神様と尾張さんが首を横に振った。

    「何をする必要もない。あなたが私達を気に入ったのならここに来るのもいいだろう」


    「あなたが自ら海を潜って、この海恵堂に来たのなら、私たちはあなたを歓迎しましょう」


    「ここに来なくてもいい、これから地上に帰るのならあとの事は気にしなくていい。もし入水の続きをしたとしても、私たちはお前を責めはしない」


    「元は私たちが勝手に起こした騒ぎです。それで、我々の存在が消滅するのならそれもまた因果と言うものです」



    「ただ」

    「一つだけ」


    ―――願わくは、私達を忘れないでほしい。どうか、その命の終わりの時まで


    「お母様」

    「えぇ」


     二人が目配せをして、尾張さんが前に出る。










    「さぁ………あなたの記憶に、私たちの存在を刻もう。もうあなたの記憶を書き換える必要はない。これから起きる事を…すべてあなたの記憶にっ………!」








     そう言って、尾張さんが床を蹴りあげて飛び上がる。その瞬間、辺りの光景が一面水に満たされ、壁も扉も、全てが泡となって消えた。慌てて息を止めたが、少ししてから呼吸ができることに気付いた。


    ―――我、八尾比の眷属として、白椿に賭けてこの人間と踊る。


    ―――妹たちよ…海の長姉の生きざまを、その目に焼き付けよ。


    ―――そして人間よ…海恵堂の真なる踊りの一端を、その身に刻み込め!


     空を飛ぶような感覚の中で、私は最後の踊りに混じった。
  • 東方海恵堂、番外編"宴の従者"舞ノ一

    2017-06-19 20:42

    ニコニ・コモンズ連動(海神の従者

    「これは………!?」


     乙姫の部屋の隅…複雑な模様に紛れて小さな扉がそこにあった。私は弾幕の隙間をぬってその扉に手をかけた。

    「なっ!?」


     いち早く反応したのは風花さんだった。そしてその様子を興味深げに見る乙姫と、弾幕の狭間から殺意に近い視線を向ける花錦さんの二人を背に、私は扉の奥に潜り込んだ。


    ………


     扉の奥は何もない廊下だった。いや、何も存在しない廊下だった。今までに見てきた妖精も、装飾も調度品もここにはない。有り体に言えば殺風景な場所だ。

    「ははーん、どうやらあなたを連れてきたのはあの子みたいね」

     後ろの扉から乙姫様の声がした。後ろを振り返ると、扉から企み顔を覗かせる乙姫様と、二人の姉妹の姿があった。

    「そうね、あの子なら色々できるかも。神様と人魚の合の子だしね」

    「はぁ…あんさんを呼んだのは姉様どしたか、そりゃあ通さんわけにはいきまへんな」

    「あっ、あのっ………姉様には気をつけてくださいね」

     三者三様の激励をもらって、私は廊下をまっすぐに歩いていった。


    ………


     かれこれなん十分歩いただろうか。この廊下、感覚的に言って屋敷の大きさに反して長すぎる。もしかして、あの悪巧み乙姫様に騙されたのか…?と、そんなことを考えていると、

    「…あら、こんな場所にお客様ですか?ここは秘匿の場所、何人も立ち入ることはできませんが」

     未だ長く続いている様に見えた廊下から声がした。その声は人の気配のなさに反して近く、間近で言葉を交わされているような錯覚を受ける。

    「…あぁ、あの娘の意思ですか。また随分と普遍な者を選んだのですね」

     そんな言葉と共に、長い廊下に明かりが点り、見えないと思っていた終端が視界に入ってきた。そこには、青を着た優しげな者と、青を着ない仏頂面な者が立っていた。


    海を創るディバイン
    八尾比 海琴/Yaobi Mikoto


    海に造られるリヴァイアサン
    八尾比 恵/Yaobi Megumi


    「海琴様、そろそろ覚えておいてもらわないと、この方にも私たちにもご迷惑がかかります」

     青を着ない少女が粛々と話しかける。会話に混ざらない方がいいか、それとも…

    「…ま、ここに来たと言うことは、これでようやくあの娘の目的も果たされると言うことね。しかし、なんでただの人間にそれを任せたのかしら?あの娘の嗜好は知れないわ…」

     青くない少女がため息混じりにぼやいた。そんな彼女を青い女性がなだめる。

    「あの娘はあの娘なりに頑張っているのです。それに、こうして結果を残してくれたのですから、そこは認めてあげましょう」

     そういって、青い女性は青くない少女ではなく、私に向かって微笑みを向ける。穏やかなその笑みは、さっきまでの殺伐とした記憶を一気に吹き飛ばすような安らぎに満ちた表情だった。

    「さて、幾度となくいらしたお客様、あなたの目的はこの先です。あの娘に出会ったのなら、どうぞあの娘のお話を聞いてあげてください」

    「あの娘が真剣になって私たちに話を通したんだから、それにふさわしい人間でありなさい」

     よくわからないが、激励をもらったようだ。そしてこの先に、私を連れてきた真犯人がいて、私がここに来た理由を教えてくれる者がいるようだ。私は二人の姿を後ろに、まっすぐと先へ進んでいった。壁があるとわかっていても、それが壁でないことを直感で理解しながら…