• 海恵堂異聞:M.c.s. 九頭竜抄"纏"

    2017-08-18 22:00


    (本当に人間がここまで来たなら、その時は考えるよ)



     人竜一対の神様である九頭 宿祢さんとの一戦が終わって、私達は宿祢さん達の神社にある無人の社務所でお茶を頂いています。私と天平ちゃんと宿祢さんは手に持って、そして九頭竜の皆さんは口の広い湯呑みに頭を突っ込んで飲んでいます。湯呑みの数は私達人間の3つと九頭竜の皆さんの9つ…なんというか、多いです。

    「お茶、おいしいし」

    (それで、どうして人間を嫌っているか?だったな)

     湯呑みから顔を出した蛇の一体が私達に話しかけてきた。

     宿祢さん達曰く、今回は私達の勝ちだそうですが、そう言っている宿祢さんも九頭竜の皆さんも、この戦闘中とても余裕そうでした。竜たちは煽ってばかりでしたが、何よりも宿祢さんが、時々我が子を見るような優しい微笑みを下さっていたのは、なんとも言えませんでした。まぁ、私は綿津見様を借りた身、宿祢さんは神様そのものですから、差があって当たり前ですが…むぅ

    「この神社があるのは深海より更に深い場所…私と九頭は"冥海"と呼んでいます。この冥海は、現世の人間が到達しなかった深さに存在してまして、この神社も含めて、冥海は常に人間の到達しない場所に存在します」

    「人間が到達しない…それで、私が来ることを嫌っていたのですね。でも私、来ちゃいましたけど…?」

    (そりゃあ問題ねぇよ。今のお前は人間じゃなく現人神だからな)

    へぇ…

    ………

    「………待ってください、それじゃあ私が嫌われる理由は無かったのでは?」

    (ほう、今更気づいたか?)

    「あ、あはは…」

     次があったら、九頭竜はきっと私の手で調伏させましょう。そうしましょう。

    「でも、九頭は現世より幻想の楽園に行きたいんですよ。現世にいては堂々と暴れられませんし」

    「暴れるつもりなんですか?」

    (オレは厄災の方の具現だからな。人間相手に暴れるのはオレの仕事さ)

     幻想の楽園…以前、ほんの少しだけ聞いたことがあります。この世界とは別に、世の中で忘れられた存在が流れ着く場所があり…海琴様や乙姫様は、今はその世界の住人であるらしいです。

    「探してそこに行くことはしないのですか?」

    「そうできれば良いのですが…残念ながら私も九頭も幻想の楽園には行くことが出来ません」

     宿祢さんは、困り顔でそう断言した。

    「幻想の楽園は、忘れられた者が辿り着く場所です。私達のように、人間の間に脈々と伝わる伝承はどんなに頑張っても忘れられることはありません」

    (ましてや九頭竜のオレたちは河川の名前にもなっているんだ。少なくとも河川が消失しない限りオレたちは向こうには行けないだろうな。しかも、九頭竜伝承はオレたちだけじゃない。原初の伝承から根こそぎ忘れられた時、初めて足を踏み入れる権利が手に入る)

     口惜しそうに九頭竜は呟いた。そして、諦めたようにため息をついて続けて口にする。

    (つまり、オレ達は"知られ過ぎた者達"って訳だ)

    「知られ過ぎた…者達………」

    「んー、よくわかんないけど蛇も大変だし」

     神社の境内を見回す九頭竜。閑散とした神社を見る九頭竜の目は、この場所の静けさを喜ぶようにも、この場所にいることを悲しむようにも見えました。やはり、幻想の楽園は人ならざる者達にとってそれだけあこがれの場所なのでしょうか。

    「それで、つくしさんと天平ちゃんはこれからどうするんですか?」

     郷愁に浸っていると、宿祢さんから優しい声がかかった。

    「えっ?あぁ………うーん、そうですね。とりあえず、あの手合わせで私はお二人を調伏したことになる………んでしょうか?」

     尤も、調伏と言うにはあまりにお粗末で、宿祢さんたちにとっては本当にゲームでしか無かったのでしょうが………

    (ま、いいんじゃねえのか?お遊びとは言え、ゲームに勝ったのは事実だろう?)

    「そうですね、勝敗の付けられる範囲でつくしさんは私達に勝利したと言うことでいいと…思います」

     そう言って宿祢さんは、たどたどしくも優しい笑みを見せてくれました。

    (オレも、ちょいと物足りないが暴れることが出来たしな。ちょいと物足りないが、な)

    「悪かったですね、ちょいと物足りない現人神で」

    「んー、とりあえず蛇は暴れたいんだし?」

    (あぁ、大雑把にまとめればそうだな?どうしたチビ助?)

    「じっとしてるのが嫌なのはアタシも分かるし。じっと座ってお説教聞いてるのは大嫌いだし」

    (あいにくオレに説教をくれる奴はいねえが、なんだお前、もう一つ勝負やるか?)

    「いひひー、面白そうだし!蛇なんかには負けないんだし!」




    「九頭?」
    「天平ちゃん?」



    (ぐ………)
    「う………」

     私と宿祢さんの一言が同時に二つの暴れん坊に突き刺さり、空気が凍りつく。九頭竜の皆さ
    ん、ちゃんと説教してくれる人はいるじゃないですか。


    ………


    「あの、そろそろ戻られた方がいいのではないでしょうか?」

     どれくらいこの神社にいたのか、宿祢さんが私達に帰ることを促した。

    「そうですか、ついつい長居してしまいましたね」

    「それじゃあ海恵堂に戻るし」

     そして、長らくお邪魔していた社務所から立ち去ろうとする。



    「あっ、あのっ!」



     すると、急に宿祢さんが振り絞るような声で私達を呼び止めた。振り返ると、少し思い詰めたような表情で何かを言おうとしている宿祢さんがいた。

    「はい………?」

    「………檍原さん。その…気を付けてお帰りくださいね」

    「それはもちろん、そのつもりですが…?」

     宿祢さんの表情から、それが額面通りの意味ではないことはなんとなくわかった。そして暫しの沈黙の後、宿祢さんが言葉を続ける。

    「その………私達が人間に負けたことは、遠くない内に現世の者達に知れ渡ります。そうなれば…檍原さんも平穏とは行かないかもしれません、それは…その………あなたの家族の時のような…」

     不安げな宿祢さんの言葉。そして、私の家族の話をするということは、宿祢さんも私の家系の事は知っているようですね。神様はお見通しということでしょうか。

    (そう長くない内に、お前らは現世の奴らの事を知るだろうよ。人間が立ち入ることのない場所、人間が観測出来ない瞬間、人間の勝手な想像…そんな、人間に関わる僅かな隙間にそれは居て、そいつらはルール無用で人間を脅かす。そう、お前が見た"モノ"達のようにな…あぁ、あの"モノ"は人間の成れの果てか)

    「こ、こら九頭!」

     私の家の事情に踏み込むような九頭竜の言葉を宿祢さんが慌てて遮る。しかし、経験した私からすれば、九頭竜の言っている事はそれほど間違っていないとも思ってしまう。

    (現世は広く、人間の世の中同様ルールが曖昧だ。オレたちはお前と龍宮城の事を知ってたからこうして相手をしたが、全てがそうだとは思わねぇことだ)

    「今後は現世にいるお二人のような現世の存在が私を狙う可能性があるということですか?」

     宿祢さんは黙って頷いた。

     九頭竜は、ふいと視線を反らして反応して見せた。

     そして私は二人を見ながらクスリと笑う。

    「お気遣いありがとうございます。ですが、私はそれでも構いません。人間という檻の中で、手も伸ばせずに閉じ込められていたあの頃に比べれば、綿津見様と一緒に手を伸ばせる分だけ圧倒的に楽ですよ」

     だから、そんな暮らしを護る為にも、不安にとらわれている暇はありません。

    「つくし…なんかカッコイイし!」

    「檍原さんは、強いのですね」

    (そう言う肝の据わり方を、こいつにも教えてやってくれよ?)

    「もぅ…」

     再び九頭竜が宿祢さんの頭をその首でぺしぺしと叩く。そんな二人を眺めつつ、私と天平ちゃんは神社を出て冥くない海へと戻っていった。

    「それじゃあ、檍原さん・天平ちゃん。さようなら」

    (じゃあな)

     簡素な挨拶に送り出されて、私と天平ちゃんは神社の領域を出て、綿津見様の泡に包まれて、海を昇っていきました。




    「ねぇつくし」

     神社と幾本もの鳥居を抜けて龍宮城のある海へと登る途中、天平ちゃんが声をかけてきました。

    「どうしました?」

    「あの蛇達と、また会うことは出来るし?もう一度暴れる…は無理でも、あの二人とは時々会えるし?」

     天平ちゃんの純粋な質問に、私は少し考えます。

    「…どうでしょうね、私にはわかりません」

    「会えないし?」

    「今はまだ会うことは出来るでしょう。ですが、常に人間の居ない場所にあるという事は、いつまでもあそこにあるとは限りませんから」

    「?」


    ………


     私達が、次にあの場所を訪れる時までに、人間があの深さに行かない保証はない。ロマンを求める人間があの神社の深さまで至ったのなら、きっと二人はそこには居なくなるだろう。もしかしたらもっと深くに…或いはもっと別の場所に…



    "本当に人間がここまで来たなら、その時は考えるよ"



    いつか、誰かが成し遂げるだろう深海探査。九頭竜はそれを思ってあんなことを言った。

    私が次に"そこ/底"を訪れるか、
    他の人間が"底/そこ"に辿り着くか、

    この現世で、果たして早いのはどちらでしょうか?















    2017年現在の、人間の最高到達深度
    バチスカーフ・トリエステ号、10,911メートル…











    海恵堂異聞:Migration to the conceptual sea.
    EXTRA STAGE"九頭竜抄" CLEAR...

    And continue to "ANOTHER STAGE"...

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  • 海恵堂異聞:M.c.s. 九頭竜抄之二

    2017-08-18 21:00


    「………」

    「…つくし、ねぇつくしっ!これって!?」

     何十本の鳥居をくぐり抜けたか、もうほとんど覚えてない頃。

     海にいるのに、わざわざ足で石畳の参道を歩いて渡ることになってしばらく経った頃。

     鳥居と参道の終端までやって来て、私は改めて言葉を失いました。


     神社


     それは、その建物を見た人が十中八九そう呼ぶ建物。

     地上でよく見る典型的な神社が、周囲に立つ外灯に照らされて、私達の前に姿を現した。

     そして、真新しい参道と同じ様に、この神社もまた朽ちた様子も老いた様子もない、立て直されたばかり…あるいは常に整備が行き届いていると言わんばかりに、黒く荘厳なシンメトリーの屋根を携えた建物が、美しく佇んでいる。

    「すごい…鳥居や参道は百歩譲って形を保てるとしても、まさか社殿までこんなに完全な形で存在しているなんて………」

     普通に考えたら、海は深く潜るほどに水圧が高くなっていく。何百・何千メートルかも定かではないこの場所なら、地上にあるような作りの建物なんて水圧に押しつぶされて原型をとどめていないはず。それなのに…

    「つくし………これって」

    「神社、ですね。そして多分、ここが目的地なんだと思います」

     天平ちゃんの言葉で自分の目的を思い出して、緊張しながらも私はその神社に足を踏み入れる。すると、

    「…あっ」

    「つくし、どうしたし?」

     参道から神社の敷地に入るや否や、私は強い違和感を感じた。

     水の感覚がしません。

     空気です、神社の中は空気で満たされています。その様子を察した綿津見様が加護の泡を解いて、私は境内に流れる冷たく澄んだ空気で呼吸をしました。

    「天平ちゃん、この神社の敷地の中、水がありません」

    「だし?………わわっ、ホントだし!海じゃないし!」

     私に続いて境内に足を踏み入れた天平ちゃんも、中に流れる冷たい空気に驚きを隠せませんでした。

     そして、ただ呼吸ができるだけではありません。本来かかるべき水圧なども、この境内では無効になっているようです。

    「これは、結界でしょうか」

     そう言いつつ、神社の境内を見回してみる。すると四隅にある背の高い外灯を境目に、水が遮られていることに気が付きました。

     四隅に灯る白熱色の明かりは、ビルの3階~4階程度の高さに支柱一本で設置されていて、神社の周囲の海は、そんな明かりを灯す支柱4本を柱にした直方体の空間を避けるようにして周りに流れていて…例えるなら、この境内全域が透明なガラスケースの中に入っているかのように水が流動しています。


    「結界…それって誰が張って………あっ」

     天平ちゃんが、自分のした質問の意味に気づいてハッとする。そう、こういう不自然な環境を作る結界が張られているという事は、それを張った張本人がいるという事に他なりません。

    「多分、この結界を用意した者こそが、私達が探している"厄介な妖怪"なのでしょう」

     天平ちゃんと目を合わせて、二人で息を呑む。何気なく足を踏み入れていますが、もしもここがその妖怪の住処であるなら、私達はその妖怪のテリトリーに無防備で侵入している事になります。

     そして、迂闊なことは出来ないとその場に立ち尽くしていると、私でも天平ちゃんでもない、何かの声が拝殿の方から聞こえてきた。









    "そのとおりだ、深海の住人達"











    「っ!?」
    「っ!?」

     聞きなれない野太い声が私の耳に入ってきて、すぐさま拝殿に注目する。そして、向こうからカツカツと言う靴音が聞こえてきて、見覚えのない何者かのシルエットが浮かび上がってきた。

    「な、何者ですか!?」

     天平ちゃんと一緒に、警戒しながら向こうのシルエットに呼びかけてみる。すると、聞こえていた靴音が止んで、動いていたシルエットも静止する。

    「っ………」

     ほんの少し息を呑むような音がしたと思ったら、すぐに私達の間を沈黙が覆った。私達も、向こうのシルエットも動く気配はない。そして、十秒以上して、あの野太い声がもう一度耳を打った。

    (おい宿祢、さっさと進まねえか)

    「はっ、はひっ…!?」

     それと同時に、やたらと可愛らしい声が漏れて、シルエットが再び私達に近づいてきた。そして。どこからともなく湧いてきた温かい光で、その人影の正体が露わになった。

     艶やかな中長の黒髪、ハの字になった眉間から覗く灰色の瞳。自信なさげに私達の前に現れたのは、海琴様に近い雰囲気の、少しだけ背の高い女性でした。

    「ど、どうも………初めまして。来て…しまいましたね」

     おどおどと、言葉を選ぶように会話をする女性。視点もこちらに定まっておらず、かなりよそよそしい。見た目には気弱な女の人に見えるんですが………

     私達が身体に感じている"何か"は、そんな生易しいものではありません。

    「つくし…この人っ………!」

    「は、はい…私もさっきから…」

     両足が、そして全身が私達の意思を無視してこの場を離れようとしている。海琴様にも、京雅さんにも感じたことのない強烈なプレッシャーが、私と天平ちゃんを追い返そうとしている。恐怖と言うには余りにも直接的すぎて、この感覚が何なのかさえわかりません。

    「あなたは、一体………?」

    「あ、そのっ…ご紹介が遅れました。私はその…こんな小心者ですけど九頭竜神です、あの…"九頭 宿祢"と言います………」


    眥裂髪指九頭竜
    九頭 宿祢/Kutou Sukune



    「九頭竜って…九頭竜川の九頭竜ですか!?」

    「えっと…まあ、そうなりますね、はい」

     おそるおそると言った感じで受け答えする宿祢さん。九頭竜と言えば、私の居る地上の町では知らない人のいないほど有名な伝承です。そんな存在が、どうしてこんな華奢な女の子になって………あぁいえ、どうしてこんな深海深くに居るのでしょう…それに、今ここにいる宿祢さんは、さっきから聞こえてきていた野太い男性の声とは明らかに別人です。となると、その声の主は一体どこに………


    (言っとくが、こいつは宿祢であって九頭じゃぁねぇぞ?)


    「えっ!?」

     宿祢さんの諸々に気をとられていると、いきなり件の男性のような声が響いてきた。そして、身体を突き抜ける気配に抵抗しながら宿祢さんの様子を窺っていると


    ぬるり

    ぬるり


     宿祢さんの背後から、私の太腿を超える太さを持った、巨大な蛇…しかもその群れが姿を現した。光を反射しない真黒で無機質な瞳、光を飲み込むような黒々とした身体、人間すら一呑みにできるほどの巨躯に、ゾクリと背筋を寒気が走る。

    (どうだ?人を丸呑みにできるほどの生物は怖いか?あ?)

     いろいろな圧力で立ちすくんでいた私たちに、あの男のような声が聞こえてきた。

    「その声の正体は、あなただったんですね。大蛇さん…この場合は大蛇の皆さんと言うべきでしょうか?」

    (どっちでも構わねぇよ。改めて自己紹介だ。この女の方は神としての"九頭 宿祢"、そしてオレは厄災の竜としての"九頭 宿祢"だ)


    眥裂髪指九頭竜
    九頭 宿祢/Kutou Sukune(Serpent)



    「あの、そんなぞんざいに…叩かないで…」

     宿祢さんの後ろに並ぶ9つの大蛇、その一つが自己紹介と共に手前に居る宿祢さんの頭を蛇の口先でぺしぺしと叩く。

    「つまり、九頭 宿祢と言うのは九頭の大蛇と、それを携える宿祢さんのペア…と言うことですか?」

    (そういう理解で構わねぇよ。オレとしては甚だ不服だがな)

    「うぅ…」

     蛇の口先で頭をぺしぺしされながら苦い顔をしている宿祢さん。宿祢さんだけを見ていては、とても力ある存在とは思えませんが、後ろの巨大な黒大蛇の存在や、今なお私と天平ちゃんが感じている激しいプレッシャーを考えると、その強さを認めざるを得ません。

    (さて、人間よ。オレたちはお前に言っておかなきゃならないことがあるんだ)

    「は、はい?」

     話が一段落して、喋っていた大蛇が改めて私を見てそう言った。静かで不穏な語り口に、私も、呼ばれてないはずの天平ちゃんも緊張が高まる。

    (オレたちは人間を嫌ってここに居る。人間がここに来るのを一番危惧してた。その上で人間であるお前がここに居るという事は………)


















    (………お前は、タダでは帰せないこと、分かるよな?)















     明確な敵意が蛇たちから向けられる。そして宿祢さんも少し困り気な顔のまま一歩前に踏み出す。その一挙手一投足が激しい気迫を纏って私と天平ちゃんを押し返そうとする。

    「うっ………!」

    「ぐ…つ、つくしっ!?」

     九頭 宿祢という二人一体の存在から発せられる明らかな戦闘態勢、宿祢さんも困り顔をしているけれど、強い力を以て私達を追い出そうとしている。

    「ど、どうして人間を嫌っているのです………か?」

     呼吸を邪魔する強風のような圧力に苦しみながらも、九頭さんに問う。

    「知りたきゃ、オレたちを何とかしてみろよ?ここまで来られたって事は、お前も何らかの能力はあるんだろ?」

    「つくしをバカにするなし!お前なんかつくしがすぐに倒してやるしっ!」

     蛇の一頭に人差し指を突き出して鼻息を荒くしてそう言う天平ちゃん、そんな無駄にハードルを上げないでください。そりゃ闘いますけど。

    「う~ん…仕方ありませんね。乙姫様からも調伏させよと指示を頂きましたし。それではっ………!」

     そう言って、神社を背中に立つ九頭竜と宿祢さんに対して、私は大幣を呼び出して戦闘態勢を取った。大幣を呼び出すと、さっきまで宿祢さん達のプレッシャーにすくんでいた足が軽くなりました。そして、私の身体を綿津見様の加護のオーラが包んでいって、この空間を自由に動き回れる

    「あっ…大綿津見の………」

    「へっ、おもしれぇ!神と神の対決ってか?そりゃ最高だな!」

     私の加護の正体をすぐに見抜いた九頭竜と宿祢さん。そして、戦闘に血をたぎらせた九頭竜が宿祢さんの背中で怪しく蠢く。


    "海恵堂の巫女、檍原 つくし………推して参ります!!"

    (いいぜえ?災いの九頭竜"九頭 宿祢"…やってやろうじゃねぇかぁ!)

    「えと、黒龍神の化身"九頭 宿祢"…参ります!」


    「………あっ、海 天平やってやるしっ!!」

  • 海恵堂異聞:M.c.s. 九頭竜抄之一

    2017-08-18 19:00



    人が観測した深い海は深海と呼ばれる。
    人が観測していない海は、果たして深海か?それとも………


    ニコニコ動画連動
    ♪(冥界社殿は誰のもの?)



     どうしてこうなったんでしょう。

    「どうしてこうなったんでしょう」
    「なんでアタシも行くし~…」

     檍原つくしです。

     心の声が口からだだ漏れつつも、私は海を進んでいます。

     海上異変の解決から少し経って、地上の噂も、私の身辺も落ち着いてきた今日このごろ。私はとある事情で海を探索しています。

    「もー、京雅お姉、つくしに着いていくようにって説明する時すっごいニヤニヤしてたしぃ」

    「あはは…」

     ちなみに、海恵堂の住人である海の姉妹の一人、天平ちゃんも一緒に来ています。私は天平ちゃんの事はよく聞いていないのですが、どうやら天平ちゃんの姉妹の長女である京雅さんから「腕を磨いて来い」だとかそんな感じの事を言われたようです。どうして歯切れの悪い言い回しになっているのかというと、私はこの件について京雅さんではなく、乙姫様から説明を受けたからです。

    ―――


    「はぁ、海恵堂の下…ですか?」

    「そう、そこにちょっと厄介な妖怪が居てね、せっかく巫女になったわけだし、その妖怪をちょっと調伏してきてほしいかなって」

    「調伏って…そんなコンビニに行ってくるような感覚で…」

     天平ちゃんが私に着いてくる少し前、私は海恵堂にいらしていた乙姫様に呼び止められて、そんな話を聞きました。調伏とはすなわち打ち勝つことで、海の姉妹の皆さんに勝ち切るのもやっとの今の私には恐ろしく難題に聞こえて、私は乙姫様に怪訝な顔を向けました。

    「まぁまぁ、せっかく海の姉妹達と戯れながら修行をしているんだし、その成果を発揮できる場所を用意しようって言う私からの好意だよ」

    「それ、好意という名目の使い走りというオチじゃありませんよね?」

     乙姫様は、私の言葉に返答はしませんでした。


    ―――


    「はぁ…本当に、どうしてこうなったんでしょう。NOと言える意思も、私には必要なのかもしれません」

     結局、何も言わずにニッコリと笑っていた乙姫様に渋々従うことにして、今に至ります。

     それで、今私はどこに居るかというと、海の中に居ます。

     ただし、それはただの海ではなく海の底も底、世に深海と呼ばれている暗い海の更に下へと向かっています。

    「海恵堂の下って、まだ潜ることができるんですね」

    「アタシも初めて知ったし。普段は海恵堂の前か、良くて海の上にいるし…」

     海恵堂の場所ももちろん深海なのですが、私たちは海恵堂の裏口から出て、その更に下へと進んでいっています。前に一度、海恵堂の主である海琴様に、海恵堂の深さを問うたことがあるのですが

    (海恵堂は、人間が観測出来た一番深い所に常にあります)

     という煮え切らない答えを戴きました。そのことについて乙姫様にも聞いてみたのですが、帰ってきたのは勉強不足の一言。結局どのくらいの深さにあるのかはわからずじまいでした。

    「人間が観測できた…一番深い所…?」

    「ん?つくしどうしたし?」

     考えあぐねている私に気づいたのか、隣を泳いでいた天平ちゃんが声をかけてくる。

    「その…海恵堂のある深さについてなんですが…」

    「海恵堂の深さ?それならとっても深いところだし!」

     自信満々に、ある胸を張って答える天平ちゃん。時々思うのですが、どうして天平ちゃんだけこう…なんというか……地頭が…いえ、あまり言わないことにしましょう。

    「でも、そのことならお姉に聞いたことがあるし。なんでも鳥?とか言う船がどうとか…んー、よく覚えてないしぃ………」

    「鳥、船………天の鳥船という話は聞いたことがありますが…」

    「そんなんじゃないし。えっと…えーっと………」

     天平ちゃんは、しばらくそのまま左右に頭を捻っては何かを思い出そうと唸っていましたが、結局十数分経っても答えは出ず、有耶無耶のまま深海を進んで行きます。


    ………


     深く進んでどれくらい時間が経ったでしょうか。暗闇の海をあてもなく進んでいると、私たちは白い砂に覆われた地面にたどり着いた。

    「白砂があるということは、ここが一番深い場所でしょうか?」

    「すいめいの居た場所に似てるし」

     足を着けられる場所にたどり着いたのだろうと思い、降り立って周囲を見回す。私を覆っている綿津見様の泡がぼんやりと発光して、周囲を少しだけ照らしてくださいましたが、ぼんやりと明るいだけでは、周りに何があるのかはわかりません。

    「綿津見様、もう少し明るくできますか?…えっ?」

    「どうしたし?わたつみ様なんて言ってるし?」

     私が綿津見様に明るさを問うと、綿津見様は私に「今向いている方向に進むといい」とおっしゃいました。今のところ、何かが見えるわけでは無いのですが、綿津見様はそんな疑問を知ってか「進めば分かる」と促します。

    「えっと、今向いている方…どっち向きというのかわかりませんが、綿津見様はあちらへ進めと仰っています」

    「じゃあつくしのわたつみ様に従うし!」

     疑い半分で綿津見様の話を天平ちゃんに告げると、天平ちゃんは疑うことなくその方向へ進み始めた。私はいきなり歩き出した天平ちゃんとはぐれないように、慌てて天平ちゃんの後を追っていった。

    「…へ、あぁはい。すみません、私の勉強不足ですね」

    「つくし、今度はわたつみ様なんて言ってるし?」

     歩きはじめてすぐに、私は綿津見様から一言お叱りを受けてしまいました。私の謝辞を聞いていた天平ちゃんは後ろに居た私を振り返った。

    「いえ、さっき私が天の鳥船の話を口にしたのですが、綿津見様から"そもそも鳥之石楠船神空渡る船とその神であって、潜水艦のように潜るものではない"とご指摘をいただきました」

    「ふーん………」

     綿津見様が、私の頭の中に割り込むようにそんな話をするあたり、結構気になっていたことのようです。



    「………あぁっ!!」



     しかし、そんな綿津見様の話をした天平ちゃんは、何かを思い出したように私に振り返った。

    「思い出したし!潜水艦だし!海を潜れる人間の船だし!」

    「潜水艦…あぁ、さっきのお話ですか?」

    「そうだし!それをお姉が言ってたし。確か…そう、トリエステ!なんとか・トリエステとか言う潜水艦が、こう…海恵堂の何かに関係があるって言ってたし!」

     潜水艦。たしかにそれなら深い海を渡ることができるでしょう。しかし、潜水艦の歴史や情報には全く詳しくないので、トリエステという潜水艦がどのようなものなのかはわかりません。うろ覚えですが、小さい頃に"しんかい"という名前の日本の潜水艦が教科書に載っていたような気はしますが、それも幼い頃の話ですし。

    「とりあえず、今度潜水艦について調べてみましょうか…って」

     そんな独り言めいた呟きを零してすぐ、私と天平ちゃんはおもむろに目を見開いて自分たちの進む先を見つめた。



    ………



    「な………」

    「こ、これ………なんだし………?」



     深海の更に深い所、何かを灯してなければ一寸先も闇という場所で、私と天平ちゃんの目に映ったのは、

     海恵堂の城下町以上に厳かに整えられた石畳と参道

     その参道に連なる、さながら千本鳥居と表現できる、朱塗りの無数の鳥居

     そして、その二つを怪しく灯す石灯籠

    「これは、神社の参道…なのでしょうか」

    「ほえ~………」

     海恵堂とは趣の違う、静かでシンプルで存在感のあるその場所に、私も天平ちゃんも言葉を失った。しかし、どうしてこの深海にほぼ完全な形で地上の建築物に近いものが存在しているのでしょうか。

     恐る恐る近づきつつ、深海の地に建てられている鳥居の一つに触れてみる。つやつやした滑らかな感触が、綿津見様の空気の膜越しに感じられます。そして、石畳に目をやってその一つにも触れて見ると、海恵堂の成形したようなきめ細かい石材ではなく、粗削りで無骨な、ゴツゴツした石材をはめ込んで作られていることがわかります。

     鳥居や石畳がどれだけの間ここに有ったのかはわかりませんが、木のささくれや剥がれた跡が無い真新さすら感じる鳥居、ゴツゴツしながらも、人が歩きやすく整えられた石畳の参道。それはつまり…

    「こんな深海で、誰かがこの場所の手入れをしている………?」

    「そんな!?だってここは海恵堂より深いところだし?こんな場所に、誰が来て…」

     私の呟きに天平ちゃんが驚愕する。しかし、すぐに何かを思い出したようにハッとして口を噤んだ。


    "海恵堂の下に、厄介な妖怪が居る"


     ここに来る前に乙姫様から命じられた内容を思い出す。

     私と天平ちゃんがこの場所までやって来た理由。

     誰かが手入れをしているらしい石畳と鳥居の参道。

     つまり、誰かがここに来て手入れをしているのではなく"誰かがこの神社に暮らしている"事を意味しているのでしょう。

    「つくし………」

    「えぇ…どうやらここが目的地みたいですね」

     何が待ち構えているのかわからない神社のような場所。その入口でしょう鳥居と参道を、私と天平ちゃんは、足をついて歩き進んでいった。