ニコマスじさくがたり
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ニコマスじさくがたり

2014-01-05 19:42
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 アニメにヒートアップした年末の火照りを冷ますために、以前から書きたいなと思っていた自作動画についての記事をupしようと思いました。言語化するってのは基本いい事なんですよ。たぶん。

『アンソロに応募するかどうか20秒だけ迷った』
 刺激的な内容なので一応、リンクは貼りません。
 手書きシリーズとしては最初の1歩であり、恐らく一番出来がいいです。私の動画はストーリー進行にキャラクターがなすすべも無く押し流されるみたいな展開になりがちなんですが、これに関してはキャラが動いて話が進んでる気がして、珍しくキャラが立ってる。短い時間の中で二転三転してるので見ていて飽きないしBGMもまぁまぁそれなりにハマっています。島村さんも凄く生き生きしている。死ぬけど。
 「働きたくない!」って言ってるのに結局働いてる杏ちゃん。「働きたくないなら、手も足も要らないよね」は、それに対する(本来するべきではない)ツッコミですね。キャラクターにアプローチする際に、そのアイデンティティとも言える部分にツッコミを入れる、またはアイデンティティを奪った時にどうなるのかを観察するというのが私の作劇の常套手段(っていうかそれしか知らない)です。それはつまり、本当はフワフワと年も取らず成長もしないようなキャラに不可逆な変化を与えることと等しい。元のキャラ設定から引き剥がされてしまった娘たちは与えられた重力に従ってすっ飛んでいく気がします。
 ところで「グロ注意」みたいなタグがついたのはやっぱりちょっと悲しかったんですよ。そりゃ抵抗のある人がいるっていうのはわかってたけど、身体欠損に対して「グロい」と言い放つのも良くないでしょう。

『落ち込むことは許されない』

 「姫川友紀」タグはこの動画が投稿された時点ではまだ2本しか無かったのです。このあとでサンキューユッキという名作が生まれユッキの名声は一気にウナギライジングしましたがCD化はいつなんでしょうね。
 今回のツッコミ対象は「応援」です。セリフ集とか観ててそれしか拾えなかった。いや待て、そもそもなんでユッキを選んだんだっけ?駄目だ思い出せねぇ!まぁいいとして、「応援」というテーゼに囚われた彼女はファンの鎮静や内乱が許せないし、それが自分のせいだったりしたらもっと認められないから、それを軌道に戻そうと無茶するみたいなコンセプトだったんですよ。
 私の作劇のテーマとして「エゴイズム」が有るんですけど、基本的に私は鑑賞するならエゴイストが好きです。善人は見飽きました。エゴイストは自分の理想に向かって邁進する過程で、周囲から白眼視され批判され妨害されることと戦わなければいけない。だからエゴイストというのは大抵幸せにはなれないんですよ。よってこのユッキもエゴイストとして描いた以上は幸福を導けません。この後で投獄されるしたぶん塀の中から出られないです。悲しい!でも一時のテンションに身を任せて行動しちゃうのってロマンなんだよなぁ…
 いま見返したらこの動画けっこう面白いですね。頭わるそうな感じがいい。なんか忍殺語とか意味なく使っちゃってるのも雑でいい。あれね、作るなら自分を頭良くみせようみたいなスケベ心は極力捨てたいものです。

『魂の置き去り』

 ラストの展開が色々いきなり過ぎて呑み込めないし、なげーよ。でも長さをあんまり感じさせないのは良いところだ。upする前にひゅんPに観てもらって相談したんですけど、指摘されたとこ全然直さずに上げたので相談した意味ゼロ。
 確かこの頃はキムタクもとい大作さんもだりなつの漫画をPIXIVに連投してて、じゃあ自分は違うだりなつをやらなきゃなって意識して作ったものです。ロンドォォォォンみたいな擬音は大作さんの影響ですね。■http://www.pixiv.net/member.php?id=4213608 ←キムタク
 自分のイメージではまず「だりーなは頭が悪い」っていうのが大元にあって、色々と勘違いしたり、浮ついた気持ちで何かに飛びついたりするような愚かさみたいなのを隠さず出してみたかったんです。「にわか」という特徴に少しくらい捻りを入れたかったわけで。
 バカっぽさは表現しつつも、それだけじゃなくて友達の存在を大事にする健気さもちゃんと入れたくて、そこはまぁなんとかなった?かな。彼女にとっての不可逆性とは友達の死なんですが、友達の死が不可逆な変化になってしまうくらいには友達思いだということになると思います。私は基本的に悲劇を書いてるつもりなんですが、ガチで悲劇をやる根性というか自信が無いのでギャグのオブラートでぐるぐる巻きにしてる感じです。と同時に、物語が悲劇か喜劇か、あるいはそれ以外かという判断は自由に開かれてある方が面白いと思っているので、受け取り方の選択肢を増やしてるつもり。
 イギリスが崩壊する展開は、この頃いった展覧会で国会議事堂が壊れているジオラマを観て感動したからです。ストーリーに悩んでいた所でそれに出会い、ああ、壊せばいいのかとその場で得心しました。外に出てみるものです。

『位相幾何学的自由意志』

 初期案はドナキチさんが外出中に家が火事になる
→「危険です離れて下さい!」「まだ中にドーナツがあるんです!」燃え盛る家に法子突入
→「ドーナツは建物をまるごと焼いて火を通したほうが旨い」というピュアドーナツ的な妙味を感じ夢中で食べつつ焼死する法子
→ドーナツの天使が現れ法子に力を与える
→ドーナツと化した法子は巨大化して街を破壊し始める…
これでいいオチが思いつかなかったから仕方なくスケールダウンしたんですよ。っていうかなんで巨大化?『外天楼』って指摘がありますが、書いてる途中で私も「あれ?これ外天楼じゃね?まぁいいか。」と思いました。
 私が思うにドナキチさんは、自分がドーナツを好きであることにプライドを持ってると思うんですよね。自分より好きな人はいないでしょ、くらいの。だから、その好きな気持ちが内発的なものじゃなくて宿命的なものだと判った時、彼女の自信は崩れて傷ついてしまうんじゃないか。自分は遺伝子に踊らされただけで自由な存在ではなかった!自分とは何だったのか(アイデンティティの喪失)。という悲しみを描きたかったんですがそれについては上手くいかなかったと思います。抵抗も無しに死んでしまう法子ちゃんは私の想像力の限界でもある。おはなしそれ自体としては気に入ってるんですけど。
 ちょっと寓意みたいなアレもあって、つまり、お菓子が好きなアイドルって他にもいっぱい居るんだからドーナツドーナツ言ってるだけじゃ、かな子とかに「くわれちゃうよ」っていう。でも、別にそんなことはないのかもしれないですね。とんだおせっかいです。

『孤独、けれど正気』

 題名はRule of Roseというゲームの主題歌『A Love Suicide』の一節の和訳です。この話とは特に関係無いのですが、そういえば飼い犬とノライヌが出てメチャクチャにされる点で共通なのか。
 この辺になると記憶も鮮明!確か2年前くらいに、オーディション会場に狼が現れてアイドル達をめちゃくちゃ食い散らかすって話を思いついて、そこからネタを継ぎ足し継ぎ足ししてようやっと完成をみたけっこう長丁場の作品です。
 話を考える上で「暴力」っていうのはどうしても私の中で頭をもたげています。覚えている方もいると思いますが、死にはせずとも私の動画ではアイドルが怪我をするような場面が非常に多かったです。加蓮が犬に噛まれて死ぬという凄惨さには自分自身で嫌な感じがしたし、なぜそんなシーンを描いてしまうのか…とは思いつつもやってしまった(個別の理由としては唐突な死であることに加え、加蓮が病気以外で死ぬというギャグなんですが)。やってはいけないことをやるって意味ではエロ同人描くのと似たようなものなのかもしれないですねぇ。性交も女性にとってひとつの不可逆的事件だと思います。
 私は渋谷凛というキャラクターにちょっと掴みどころを見いだせなかったんですが、代わりに奈緒や加蓮のような交友関係が目についたのでそれを喪失させて話のきっかけを作ることにしました。あと飼い犬のハナコが最近では設定だけの存在になってるような気がしたので、初期設定(ハナコ)が現在の設定(トライアドプリムス)に嫉妬し復讐、凛を元の姿に引き戻そうとするが彼女は拒否し、結局どちらも失ってしまう…という終わり方を導いています。ふたつの足場を失ったしぶりんのその後を全く描けないのはやはり私の想像力の敗北。
 あと私はこの動画で超展開超展開って言われてショックだったんですよ。論理の飛躍はあったとしても論理破綻はしてねぇ!強いて言えば奈緒の崖落ちはおかしいかもしれないけど、それすら物理法則も破ってない。私の作劇は常にミルキィホームズ2期と同程度には理性的です(もちろん反語じゃない)。

『シンデレラ幻想奇譚 その191 うづパカと智絵里』

 191というのはその時のシンデレラガールズの数。でももう増えちゃったね。
 「うづパカ」が発表された3日後くらいに「あっこれクダンだ」と思い至りそのままスーッとできました。雑に描いた島村さんは気に入っていたので、死んだはずの娘にもう一回出番を与えられて嬉しいです。
 内田百閒という作家の短編小説に「件」があり、夏頃に偶然それを読んでいました。クダンとして生まれてしまった人が、周囲から予言を期待されるが自分ではどうしていいかわからない、というもので印象に残っていました。その妖怪だからといって規則に従った行動をするわけではない…という部分が面白かったんですね。そしてうづパカは周りがクダンだと言ってるだけで、実はその確証は無いし、だから予言に実行力があるかどうかもわからないのです。
 もうひとつ元ネタがあります。昔TVで観たピカソの特集で「ピカソが十代の頃に妹が病に倒れる。ピカソは教会で祈りをささげ、もし妹が回復するなら私は筆を折る、と誓う。そして結局妹の死がピカソを画家にする」という逸話を教わり、そこに智絵里の姿を重ねたわけです。
 この頃はヴァルヴレイヴをみた影響で「心理表現をそのまま言わすんじゃなくて行為や情景に仮託するのってカッコいいよな」と考えてた時期だったので、「少し火傷をしました」「夏休みが終わった」みたいに暗示的な言い回しを試しに使ってみたんですが、ただわかりにくくなっただけかもしんない。難しい!
 まーでも童話みたいにフワッとして解釈も多彩な感じになれたのは気に入っています。やはり善悪も理路も自分で意味を穫っていけるようなストーリーがマイブームなので。さぁ今年はどうしようかな。っていうか作るの?

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頭の中がどうなっているのかを知りたいという好奇心が満たされた気がします。作品という点でしかその人を理解し得ないというのは視聴者の個人的な憤りで、作品にはその作品が作品になる道筋があるわけだ。だから、動画に対して賛美したようにこれも一つの作品として感動できるものではないでしょうか。面白かったです。
39ヶ月前
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四肢欠損は特にグロだと思いませんが、
つぶれたしまむらさんは結構グロだと思います。

当時タグを付けた人が、どう考えていたのかは知る由もないですが。
39ヶ月前
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前々から思っていましたが、どきゆりさんは間違いなく頭の良い馬鹿(褒め言葉です。念の為)に分類される方なのでしょう。様は単なる言い回しの問題で、もっと柔らかく言うなら独創的とか、個人的には好きな表現ではありませんが前衛的とかいった表現になるのでしょうか。でもサクサク人を殺したり実際に確率に起こしたらとんでもない低確率になる現象をあっさり採用するといった作劇は常人には不可能だと思うのでやっぱり馬鹿という一言をお送りしたい所です。あぁ、言いたい事は尽きませんがこの辺にしておきます。最後に一つ、どきゆりさんの様な方はとても貴重な存在だと思います。
39ヶ月前
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自分の意思で四肢切断手術するのがグロテスクなんじゃないでしょうか(真顔)
39ヶ月前
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独自の理論で筋が通っているってところが好きです。
38ヶ月前
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どきゆりさんの作品は独特の理論と論理と倫理の支配下にある世界だなと思います。なんか大事件があるんだけど、その衝撃の真実を普通に受け入れてその後の話が進んでいく。充分オチに値するような事件の後、普通に続いていく、その呼吸が好きですね。
新作期待しております。
36ヶ月前
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>超展開超展開って言われてショックだったんですよ。
>論理の飛躍はあったとしても論理破綻はしてねぇ

その考え方が正しいか誤ってるかは私には判りませんが、
すくなくとも凡百の人々とは色々と違う考え方や発想やセンスの人物なのだな、と改めて感じました。
32ヶ月前
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