劇場版アイドルマスターネタバレ感想補足
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劇場版アイドルマスターネタバレ感想補足

2014-01-29 00:09
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先ほど、turn-Kさんの放送におじゃましたのですが、そこで語ったことについて、少しまとめ&補足を纏めておこうと思います。




①劇場版アイドルマスターは100%の人間が70点を出す映画だった

放送では、アイマスは経済である、という突飛な話をしました。
どういうことか、と言えば121分という限られた時間リソースを13人+7人で分けなければいけない。つまり、一人頭の時間は単純に考えればおよそ6分程度、ということになってしまいます。
ただ、一人ひとりを6分で描いても誰も得しない映画になるのは明白、どう割り振るか、というのが問題になってきます。
これはまさに、経済学の前提である「限られた資源を効率的に分配し、全体の効用(満足度)を高める」ということに一致します。

アイドルが200人近くに増えたアイマスで、どのアイドルにどれぐらいのリソースを投下するのか、というのは今回の劇場版だけでなく、今後アイマス全体に問われていく問題だと思います。

今回の映画も、765プロの活躍を見たい人にとってはミリオンライブの娘達は無駄に時間を食う邪魔な存在でしょうし、ミリオンライブ!の娘達を見たい人にとってはグダグダ悩む春香さんはじれったい存在になるわけですね。

ここで、挙げたのがゲーム理論の話です。
「囚人のジレンマ」の話は結構有名なのですが、囚人のジレンマについては興味があったらぐぐってみてください。
さて、下の表を御覧ください。



これは、AとBが相手に対して「協力」か「非協力」のどちらの行動をした場合、AとBそれぞれがどのような効用が得られるかを表したものです。

例えば、AとBが協力し合えば、お互いに7ずつ効用を得られますが、二人共非協力的なら、3ずつしか効用が得られません。Aが協力し、Bが非協力ならBのみ10の効用を得られ、Aは効用を得られません。

ここで、Aの立場に立ってみましょう。
Bが協力だった場合、協力すれば7、非協力なら10得られます。
Bが非協力だった場合、協力すれば0、非協力的なら3得られます。
つまり、Bの行動が協力か非協力かに関わらず、非協力の立場をとったほうが、高い効用が得られることがわかります。

Bも同じで、結局、非協力同士、二人の効用の合計が最低な値に均衡してしまう、これを「非パレート効率的ナッシュ均衡」と言います。

これを今回の劇場版アイドルマスターに置き換えた場合、Aが765プロファン、Bがミリオンライブファンで、「協力」をミリオンライブの描写も許容する、「非協力」をミリオンライブの描写をゆるさないだとすれば、最も高い効用が得られる場合お互いに協力、つまり765プロファンはミリオンライブの娘を、ミリオンライブファンは765プロの娘達の描写を許容することで、お互いに、10の効用ではないけれど、7の効用は得られ、全体の満足度は高くなる。これを「パレート効率的ナッシュ均衡」といいます。

つまり、今回の劇場版アイドルマスターは、特定の人が10の効用を得られるのではなく、全員が7の効用を得られる、つまり70%の人から100点をもらうのではなく、100%の人に70点をもらう映画だったと思うんですね。

765プロファンも、ミリオンライブファンも、あるいはシンデレラガールズ、ジュピター、876プロのファンも、全員がある程度納得できる内容だったなと思います。

例えば、876プロの娘達を実際に出演させれば876ファンはより満足するでしょうが、当然出番が削られる娘が出てくる。そう考えた時に、本当に876の娘達を出演させるのが正しかったのか、と言われれば違うのではないかな、と思います。そういうことです。

このバランスが絶妙だったと思います。少しでもバランスが崩れれば、全員から0点しかもらえない結果にもなり得た。
そういう意味で、錦織監督のバランス感覚にはスタンディング・オベーションです。




②涼の見切れについて

TLでも何度か話題に登っている、劇中に出てくる876プロのポスターに於ける涼の見切れについてもまとめなおしておきます。

劇中に何回か出てくる876プロのポスターにおいて、涼だけ見切れてる件に関しては、意図的なものではないかと私は考えています。

さて、何故そう考えたか。
可奈の部屋に春香のポスターと並んで、876プロのポスターが貼ってある、つまり、アイドル候補生たちに尊敬され、特にあれだけ熱く尊敬している、と言い切った春香の隣に並べられる程にあの三人は成長しているということです。

ここで思い出して欲しいんです、成長した涼に待ち受けている「課題」はなにか。
そう、男性であるというカミングアウトです。

アニマス、ひいては劇場版で涼がカミングアウトしたかどうかは描かれていません。
そこがポイントで、要はあの時点で涼が男性のカミングアウトをしたか否か、つまり「男性アイドルとして自分の夢を追うことを選んだか」「女性アイドルとして周りの期待に応えることを選んだか」、その選択は視聴者に委ねよう、ということであえて涼がどういう状況かは描かれていないのではないでしょうか。




③ミリオンライブのメンバーについて

ミリオンライブのメンバーの選出は、あえて「問題を自力で解決出来ないメンツ」をえらんだのだと思います。
春日未来を筆頭とした、ミリオン信号機トリオを出演させてしまうと、春日未来が可奈の家に突撃して、ピンポンを連打して引っ張りだして解決してしまう、そうならないメンツを選んだのでしょうね。

後もう一つ、765イズムを継承できる、個性の弱いメンツを選んだというのはあると思います。キャラが強いと、765プロが渡すバトンを受け取れず、今回の大きなテーマの一つである、「新世代を導く」という話が成立しないですから。

この辺りの話は、また後日機会があればお話したいと思います。





とにかく、劇場版アイドルマスターは絶妙なバランス、そして愛で成り立ってるものだと改めて思いました。
少し時間を寝かして、2回目を見に行きたいと思います!今から楽しみです♪



追記。劇場版のビフォーストーリーのノベマス上げました。


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ようやくみれました。本編みた後に、劇場版のほかの人の感想を見れるのは面白いですね。「②涼の見切れについて」については疑問に思っていたのですっとしました。パッと気づくのはさすがの真のDSファンですね。
42ヶ月前
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>>2
ありがとうございます。内科部長も指摘していたとおりモブで隠すってことは「俺たちはわざと隠したんだよ」っていう意思表示にほかならないわけで、それ以前のポスターでは普通に涼が描かれていたこと、それに劇中内での時間経過を考えた結果、結びついた私なりの解答ですね。
おそらく涼ファンの方は気づいた方多いのではないかと。
42ヶ月前
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7割の人間に対して訴求するならばミリオンガールズの女の子だけではなくシンデレラガールズも入れるべきだったと思います
42ヶ月前
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>>4
まず一つ誤解されているようなので訂正しておきますが、本文でも書かれています通り、この映画は「7割の人間に対して訴求する」ものではなく、「10割の人間に対して7割の評価を得る」類の映画である、ということです。この点を念頭に於いて以下を読んでいただければ幸いです。

エンディングに渋谷凛が出てきたことで、「シンデレラガールズ」の物語も始まっている事を予感させる描写がありましたよね。これはよく考えられてるなぁ、と思って、CMとかでいち早く声がついたのがしぶりんだったわけじゃないですか。
しぶりんってシンデレラガールズの先頭に立って切り開いていく存在なわけで、彼女をぽん、と出すことでシンデレラガールズ世界の広がりってのを予感させますよね。

勿論、本編でしっかり出せよ、って意見があるかもしれませんが、シンデレラガールズは「765イズム」を継承するキャラクターとして相応しいのか?という問題があります。つまり、「皆で、一緒に仲良く」ということであったりだとか、という話ですね。
そう言った765イズムの継承は却ってシンデレラガールズの魅力を崩すことに繋がる。
シンデレラガールズはシンデレラガールズで、個性あふれる沢山のキャラクターが時に重なりあいながら、競い合いながら高めていくっていう独自の路線を開拓していくほうが作品のためでもありますし、キャラのためでもあります。
つまりは役割分担の問題なわけです。

スープさんが勿論そういったシンデレラガールズの魅力を殺してでも、映画への出演を望むなら、それはそれで一つの意見としてありだと私は思います。
ただ、僕はあくまで彼女たちにはシンデレラとして自力で765プロと同じステージに登っていく、その過程を見て行きたいな、と思うわけです。
勿論、僕はシンデレラガールズの熱心なファンではないので、この映画をシンデレラガールズの方がどう受け取ったのか、というのは分かりません。もっと言えばDSファンにも「もっと出番が欲しかった」という人はいます。そこは10人いれば10通りの見解があるでしょう。
でもその上で、この映画がアイマスとして「失格」だ、という烙印を押す人は少ないのでは?それがこの映画の凄い所なのではないでしょうか、という意味でこのエントリーを書かせて頂きました。
42ヶ月前
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