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【編集長:東浩紀】ゲンロンβ28【『新復興論』「はじめに」無料公開中】

2018-08-17 18:30
    【編集長:東浩紀】ゲンロンβ28【相対主義を超えて】
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     ゲンロンβ28【相対主義を超えて】
     2018年8月17日号(テキスト版)
     編集長=東浩紀 発行=ゲンロン

    ◆――◇――◆――◇――◆――◇――◆――◇――◆――◇――◆――◇――◆――◇
    ◆◆『ゲンロンβ28』試読版
    こちらから今号を試し読みいただけます。

    ◆◆◇◇ 目 次 ━━━━━━━━━━━━━━━━━


    1.【刊行記念特別先行掲載】『新復興論』「はじめに」全文公開 小松理虔
    2. 実在論化する相対主義――マルクス・ガブリエルと思弁的実在論をめぐって(前)千葉雅也+東浩紀
    3. つながりβ 第5回 ユルい鉛筆 松山洋平
    4. スマホの写真論 第16回 家族写真のゆくえ 大山顕
    5. トゥルーエンドを探して 第12回 弱いつながり 西島大介
    6. ゲンロンカフェイベント紹介
    7. メディア掲載情報
    8. 編集部からのお知らせ
    9. 編集後記
    10. 読者アンケート&プレゼント
    11. 次号予告


    表紙:今年3月25日に、千葉雅也と東浩紀による対談イベント「モノに魂は宿るか――実在論の最前線」が行われたVOLVO STUDIO AOYAMA。日本の思想界を牽引するふたりによる、現代哲学の新しい潮流としての「実在論」をめぐる議論の前半を、今号に収録する。


    ━━━━━━━━◆◇◆━━━━━━━━

    【刊行記念特別先行掲載】
    『新復興論』
    「はじめに」全文公開
     小松理虔 @riken_komatsu

    ━━━━━━━━◆◇◆━━━━━━━━


     (編集部より)
     二〇一八年九月一日、『新復興論』がゲンロンより刊行される。本書はゲンロンが刊行する単行本レーベル「ゲンロン叢書」の最初の一冊であるとともに、著者である小松理虔氏のはじめての単著でもある。その刊行を記念して、『新復興論』の序文となる「はじめに」の全文を、一足先にお届けする。
     震災以降、被災地は、そして日本は、「賛成/反対」「敵/味方」という単純な対立構図に飲み込まれてしまったように見える。本書で書かれるのは、著者が「課題先進地区」浜通りで見てきたその対立と、それを乗り越えるための「現場の人たち」の試みの記録である。四〇〇ページ数に迫る大著の内容を、ここで全て紹介することはできない。だが「はじめに」には、本書のエッセンスが詰まっている。
     境界を乗り越えること。『ゲンロンβ』の読者ならば、「観光」という言葉を連想するだろう。事実「はじめに」を読めば、著者がいかにその言葉を大切にしているかが分かるはずだ。観光は当事者と非当事者、被災地とそれ以外というボーダーを無効化する。だから本書は、被災地を出発点にした本ではあるが、被災地についての本ではない。本書は、あなたの暮らす地域と被災地を地続きにするための、観光の実践なのだ。ぜひ、以下の文章を読み、『新復興論』を手にとってみてほしい。新しい復興のはじまりが、そこに見出されるはずだ。


     ● はじめに


     本書は、ゲンロンが発行する『ゲンロン観光地化メルマガ』『ゲンロン観光通信』『ゲンロンβ』に、足かけ三年、五〇回にわたって連載されたエッセイ「浜通り通信」を抜粋し、単行本として再構成したものである。連載では、福島県いわき市の港町、小名浜で東日本大震災に被災し、東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故を経験した私個人の、日々の暮らしのなかで得られた問題意識や、福島の食に関わる人間としての考え、地域活動に関わることで感じた復興政策への疑問などを書き綴った。その集大成でもある本書もまた、学術書でもなければ、最新のデータや情報を網羅した専門書でもない。小名浜という町に暮らす一人の人間の経験を書き連ねたまでだ。
     では、本書はいったい何の本で、いったい誰に向けて書かれた本なのだろう。書籍化を構想するにあたって連載を読み返してみると、これは「地域と関わること」について書かれたものなのだと改めて気づかされた。各々の記事は、刻一刻と変わる被災の状況や、その時々の時事問題などに大きく左右されていて、主張が揺れ動いているときもあれば、現在ではまったく状況が変わってしまったものもある。しかし、いわき市小名浜で地域づくりに関わる一人の市民としての立場で書かれているということだけは一貫している。ライターやジャーナリストが対象と距離を置いて書いたものではない。ゼロ距離で地域に関わり、そこで暮らしたいと願う人間の視点で、すべての記事は書かれている。だから本書は、平たくいえば「地域づくり」の本だと言えるかもしれない。
     復興とは、傷ついた町を再生し、賑わいを取り戻し、人と人をつなぎ直して、その地域での暮らしを、よりよいものにしていくこと、つまり「地域づくり」だ。復興というと、被災地特有の取り組みに聞こえるかもしれない。しかし、日本各地を見渡せば、地域づくりに邁進しない地域はない。地域をよりよいものにし、魅力を発見しながら、その魅力を次の世代に引き継いでいく。規模の大小の差はあれど、多くの地域が、よりよい地域を目指して何かしらに取り組んでいるはずだ。
     本書では、震災後に浜通りで始まった興味深い取り組み、刺激的なスペース、地域アートのプロジェクトなども紹介する。そこには、福島だからこそ、原子力災害を経験したからこそのアイデアや理念が詰め込まれている。福島は「課題先進地区」ともいわれる。他の地区よりも先に進んで課題に直面している、という意味である。もしそうならば、福島から生まれたアイデアや理念は、これから課題と向き合うことになるであろう皆さんに、何かしらの示唆を与えてくれるはずだ。
     また、本書では、地方ならではの労働問題や、産業の構造的な課題について考えたエッセイも数多く収録している。そこでは、希望と絶望の両方が含まれた「地方暮らしのリアル」を思うがままに書き綴った。私が書いたエッセイや論考が、これから地域を目指す若い人たち、地方に移住したい、地域で何か始めたいと思う人たちへのエールや叱咤、ヒントになれば幸いである。
     しかし、なぜそのような「地域づくり」の本が、思想書や批評誌を世に届けてきたゲンロンから発行されるのだろうか。そこに言及しなければなるまい。地域づくりと思想、批評が、なぜ私のなかで結びついたか。今少し、私とゲンロンの関わりについて振り返る。


     ● 福島第一原発を観光地化する?


     もともと、私とゲンロンの間には、私が『思想地図β』という雑誌の熱心な読者だったということ以外なんの関わりもなかった。きっかけは、その一冊として二〇一三年に出版された『福島第一原発観光地化計画』だ。
     そこでは、福島第一原発事故を後世に伝えるため、原発と周辺地域を「観光地化」しようという大胆な提言がなされた。その提言はあまりにも大胆で、各領域で様々な議論を巻き起こした。当時からSNSをやっている人は、あの時の炎上を記憶しているかもしれない。
     炎上、といっても、本に書かれた中身に関するものというより、まだ復興途中だった被災地での「観光」という概念そのものに向けられた疑義であったり、突如として現れた「ダークツーリズム」という言葉に対する違和感、あるいは、批評やアートの暴力性に対する反発が主だった。また、当時は福島に対するデマや差別的な言説がまだまだ残存しており、「福島を題材にする」というだけで厳しい目線が注がれる時期でもあった。同書は、結果的に大失敗に終わる。
     しかし、様々な議論が二極化する福島において、「観光」という概念は、より重要性を増しているように思う。観光は、より遠くにいる人たちを切り捨てない。ふまじめな人、物見遊山の人、勘違いしている人や、もしかしたら偏見を持っている人すらも切り捨てることはない。賛成/反対、食べる/食べない、帰る/帰らない、県内/県外、支持/不支持、様々に二極化される福島だからこそ、外部を切り捨てない観光という概念は、今、もう一度再起動されるべきだと私は感じている。
     以前は遠くから不安の声ばかりを吐き出していたけれど、『福島第一原発観光地化計画』を読み、一念発起して福島を旅し、福島に関する情報をアップデートしていくなかで食に対する不安を解消した。そんな方が実際にいるのを知っている。福島を観光することで福島の良さを知った人、不安が解消された人、友人ができた人、学びを得た人が、いったいどれほどいるだろうか。物見遊山で訪れた人を開眼させる何かが福島にはきっとある。それを信じたい。
     福島第一原発を抱える福島県双葉郡にも、すでにショッピングセンターやスーパーマーケットが開店している。富岡町にはホテルも開業し、JR富岡駅も復活した。町内の再開発も進み、双葉郡内のツアーなども盛んになってきている。それらの動向をもってして「観光地化」と言うつもりはないし、今ごろになって「福島第一原発観光地化計画は正しかったのだ」と言いたいわけでもない。言えることは、この地を訪れる人たちを誰にも止めることができないということだ。今や多くの人たちが「福島を観光することが何よりの支援だ」と考えるようにもなっている。福島は、観光(客)を受けいれるほかないのだ。


     ● 思想と地域を往復する人たちのために


     観光は常に外部へ扉を開く。同じように、思想もまた外部を切り捨てない。一〇〇年後、二〇〇年後を考え、「今ここ」を離れて思考が膨らんでいくものだ。地域づくりもまた、そうあるべきではないだろうか。ソトモノやワカモノ、未来の子どもたち、つまり外部を切り捨ててはいけない。今ここに暮らしている当事者の声のみで、地域をつくってはならないのだ。
     私がこの浜通りで見てきたものは、現場における思想の不在であった。一〇〇年先の未来を想像することなく、現実のリアリティに縛り付けられ、小さな議論に終始し、当事者以外の声に耳を傾けようとしない。いつの間にか防潮堤ができ、かつての町は、うず高くかさ上げされた土の下に埋められてしまった。復興の名の下に里山が削られ、ふるさとの人たちは「二度目の喪失」に対峙している。被災地復興は、いわば「外部を切り捨てた復興」でもあったのだ。これから地域づくりに関わる人は、こんなことを繰り返してはいけない。歴史を紐解き、批評的な視座を地域に持ち込み、一〇〇年、二〇〇年先を見据えながら、それでもなお地域の人たちと、泥臭く、膝と膝を突き合わせて、楽しく地域の未来を考えて欲しい。
     地域づくりだけではない。福祉、医療といった、人の幸福にまつわる領域にも、この「外部の切り捨て」は共通している。特に障害福祉などの領域では、外部を遮断し、関係者や同業者、つまり「内部」だけで事業を進めてきたことが、利用者への暴力といった形に留まらず、様々な問題を引き起こしている。社会に開かれることはなく、外部を受け入れるのでもなく、縦割りの区分けにとどまり、他の領域と連携することなく、内部の論理だけで問題を処理しようとするがあまり、狭い議論、当事者のリアリティに終始してしまう。つまり「今ここ」の問題に支配されてしまうのだ。
     現場に関わる私たちは、だからこそ一旦小さな利害を離れ、自分たちの現在位置を探るために、先人たちや知識人たちの膨大な知に触れながら、未来に向けて自らの羅針盤を修正していかなければならないのではないだろうか。本書は、まさにそのような、思想と地域、思想と現場を行き来する人たちのためにこそ書かれる。

     そのような視座が得られたのも、「ゲンロン」という思想の場で書き続けてきたからだろう。私は批評家でも思想家でもない。哲学の専門家でもない。どこまでも無知な、現場で体を動かすほか能のない人間だ。しかし、そんな私が、何を間違ったか思想の世界に足を突っ込んでしまった。それはつまり、本来は届くはずのない現場の人間に、何かしらの思想が届いてしまったということだろう。ゲンロンから私のような人間の本が出版される。それはまさに「誤配」の賜物だ。
     日本は、そして地方は、これからさらに速いスピードで縮小していく。少子高齢化は次のステージに入り、団塊の世代が次々に亡くなっていく「多死社会」が迫っている。地方の力が弱まれば、政府による強引な地域開発が推し進められることも考えられる。地方は、今よりももっと混迷を極めることになるだろう。そんな混迷の時代には、絶望と希望を先取りし、被災地での暮らしを、それでも前向きに楽しもうとしてきた私たちの経験が役に立つかもしれない。これから地域で生きることを考えるあなたにとって、この本が何かしらの肥やしになり、福島との新しいつながりができれば本望だ。『新復興論』などという大逸れたタイトルをつけたのも、そう願うがゆえである。極度に政治的な言説に埋め尽くされ、「今ここ」のリアリティに支配されてしまった「フクシマ」を終わらせるため、本書は、敢えてふまじめに、そして遠くを迂回しながら、地域の復興を考えていく。

     現場の人たちよ、さあ、観光をはじめよう。


    小松理虔(こまつ・りけん)
     一九七九年いわき市小名浜生まれ。ローカルアクティビスト。いわき市小名浜でオルタナティブスペース「UDOK.」を主宰しつつ、いわき海洋調べ隊「うみラボ」では、有志とともに定期的に福島第一原発沖の海洋調査を開催。そのほか、フリーランスの立場で地域の食や医療、福祉など、さまざまな分野の企画や情報発信に携わる。『ゲンロンβ』に、『新復興論』の下敷きとなった「浜通り通信」を50回にわたって連載。共著本に『常磐線中心主義 ジョーバンセントリズム』(河出書房新社)、『ローカルメディアの仕事術』(学芸出版社)ほか。

    * * *

     ● 小松理虔著『新復興論』
     震災から7年、復興は地域の衰退を加速しただけだった――。
     希望を奪い、コミュニティを分断する公共投資。原発をめぐる空回りする議論。賛成と反対、敵と味方に引き裂かれた日本で、異なる価値観が交わる「潮目」をいかにして作り出すのか。福島県いわき市在住のアクティビストが辿り着いたのは、食、芸術、観光によって人と人をつなぐ、足下からの「地域づくり」だった。「課題先進地区・浜通り」から全国に問う、新たな復興のビジョン。図版も多数収録した、著者渾身の大著!

     ● 目次

    はじめに

    第1部 食と復興
    第1章 いわきの現場から
    第2章 うみラボの実践
    第3章 バックヤードとしてのいわき

    第2部 原発と復興
    第4章 復興とバブル
    第5章 ロッコクと原発
    第6章 原発をどうするのか

    第3部 文化と復興
    第7章 いわきの力
    第8章 被災地と地域アート
    第9章 誤配なき復興

    おわりに

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