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  • 堀潤 連載第7回 『キーワードは自前主義からの脱却と協業。ホンダとエバーノートの現場主導の成長戦略』

    2013-07-09 12:00  
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    アベノミクス3本目の矢はすでに折れているという指摘
     安倍政権が成長戦略の柱の一つに掲げるクールジャパン政策。先月、国会では官民ファンド「クール・ジャパン推進機構」を設立するための法案が可決成立し、500億円が投入されることが決まった。今後、アニメやゲームなどのコンテンツ、ファッションに加え、日本食、伝統工芸、伝統文化、自動車などを投資対象として、政府が音頭をとって支援していくことになる。
     このコラムではシリーズで、クールジャパン政策の可能性と課題について探ってきた。ソーシャルゲームの世界展開で急成長を遂げるgumi代表の國光宏尚氏は、政府主導の現政策の方向性について、真正面から次のように指摘した。
     「クールジャパンの今の方向性は間違っています。問題は、国が支援をしすぎで過保護であること。現地と一人も繋がれない雑魚企業を支援する必要はありません。企業に関していえば、いいものを作れば売れると未だに思っていますが、これは大きな間違いです。売れるモデルの構築が大切です」
     さらには、選択と集中を促し、個別単位での投資をやめプラットフォームの構築に向けた大規模な投資こそ国家が担うべきだと語った。
     一方、経済産業省でクールジャパン政策を牽引する官僚の1人、小田切未来氏は「現在のクールジャパン戦略に対して寄せられる批判点、それは、点が面になっていないこと。単なるイベントにおわってしまうといった指摘です」と率直に語り、海外現地コミュニティとの連携を強化し華僑のようなネットワークを構築する必要があると持論を述べた。
     先月英国・北アイルランドでおこなわれたG8(主要国首脳会議)では、ドイツのメルケル首相が安倍総理大臣と1時間以上に亘って会談。巨額の借金を抱える中でどのように成長戦略を打ち出し実行していくのかについて具体的な質問が続いたと報じられた。"噂で買って実で売る"という投資家たちの視線は、日本が打ち出す成長戦略の実効性の行方を厳しく見つめている。
     今、日本に求められる実行力とは具体的にどのようなものなのか。筆者が掲げるキーワードは"自前主義からの脱却と協業"だ。今、米国カリフォルニア・シリコンバレーでは、伝統的既存産業である日本の自動車メーカーと新興IT企業の協業により、新産業の開発に向けた模索が始まっている。
     シリーズ最終回は、自動車メーカー「ホンダ」とクラウド型の情報記録サービスで成長を遂げた「エバーノート」の協業による取り組みから、官ではない、現場主導の成長戦略を報告する。
    シリコンバレー発「IT×自動車」 ~仕掛人は異色の経歴
     サンフランシスコ空港から車で南におよそ30分。シリコンバレー北部に位置するレッドウッドシティを訪ねた。カリフォルニアらしいギラリとした強い日差しを反射するガラス張りのビルに、緑地にゾウのマークが描かれたおなじみの看板が掲げられていた。
     エバーノート社。スマートフォンを利用している人なら一度はそのアプリを見かけたことがあるのではないだろうか。インターネットを利用したクラウド上に文書や画像を保管し記録するアプリだ。欧米やアジアを中心に5000万人の会員数を誇り、日本国内でもすでに500万人が利用している。
     エバーノート社がシリコンバレーで立ち上がったのは今から5年前。日本でのサービス開始は3年前。クラウドやスマートフォン市場拡大の波に乗って急成長を遂げ、1億人の利用者獲得に向け、今、勢いに乗る新興IT企業の一つだ。
     吹き抜けのエントランスを通り抜けドアを開くと見通しのよい広いオフィスが広がっていた。6人掛けの四角いテーブルが20個程並び、Tシャツやパーカー姿の若者たちがノートPCを開いて作業に没頭している。天井からは、エバーノートの横断幕に加えて、赤い文字で「HONDA」とプリントされた横長の旗が吊り下げられ、空調の風に揺られていた。

     この日、このオフィスで開かれていたのはエバーノートと自動車メーカーホンダによる「ハッカソン」。一般からの応募で集まったシリコンバレーのIT技術者たちが3日間の日程で、ホンダやエバーノートが公開した自前のプログラムを使って、新たなサービスを考えだすという催しだ。
     ハッカソンとは、高い技術でプログラムを開発する「ハック」と「マラソン」を合わせた造語で、シリコンバレーでは企業や自治体の主催で盛んに行われている。一般のプログラマーがチームを組んで技術を競い合いながら新たなサービスを開発する。賞金が出たり、主催企業に採用されたりするハッカソンもある。この日は、20代~30代の若手IT技術者を中心に100人が参加し、13のチームに分かれてそれぞれが独自サービスの開発に熱中した。

     ホンダは、シリコンバレーに研究所を構えて10年。これまでは基礎研究の拠点として役割を果たしてきたが、数年前から車に搭載するITサービスの開発を行うようになったという。会場の一角では、ホンダの研究チームが参加者向けに、公開しているプログラムの説明を行っていた。プロジェクターに映し出される資料には、複雑なコンピューター言語が並ぶ。
     「彼らのプレゼンを見たら分かると思いますが、車はもはや、スマートフォンと同じようなデバイスです。生活環境の情報のハブになるような機器という概念に変化しています」
     眼鏡をかけ髭を生やした日本人男性に声をかけられた。 ホンダシリコンバレーラボで研究員を率いる杉本直樹所長だ。日本の大手製造業が米国内でハッカソンを開くのはおそらく初めてということだった。
     杉本さんは、ホンダ生え抜きの技術者ではない。7年前にリクルートからホンダに移ったという異色の経歴を持つ。
     「良いモノづくりをしていたら売れるという時代ではないんです。メーカーはテクノロジーの変化とともに進化していかなければダメです」
     ホンダシリコンバレーラボが関わる企業は殆どが地元IT企業。日本のサプライチェーンとの関わりは薄いと話す。
     ホンダのチームと話をしていると、もう1人会場に日本人が現れた。白縁の眼鏡をかけた柔和な物腰の男性。今回のハッカソンの主催者、エバーノート日本法人会長の外村仁氏だ。
     「ホンダさんとのコラボは楽しいですよ。新しい可能性や提案がどんどんでてくればいい。うちのハッカソンはとてもオープン。特にヘッドハンティングの場というわけではなく、とにかく彼らの自由な発想にぼくらも触れてみたい」
     ホンダとエバーノートはベンチャーの育成を目指し、今年4月に共同育成プログラムの実施を発表するなど、あらたな協業体制の構築に力をいれている。