我々が『歌い手』に向けて投げている石はきっと『一般人』が我々に投げている石と同じ形をしている
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我々が『歌い手』に向けて投げている石はきっと『一般人』が我々に投げている石と同じ形をしている

2013-04-20 01:09
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「歌い手」から「インターネットカラオケマンへ」 - Togetter

ニコニコ動画の「気持ち悪い」とされる部分について考察していく / CYBER LIFE 2CH

#歌い手厨の名言の検索結果

朝日新聞デジタル:ファンの少女とみだらな行為 音楽家の男を逮捕 - 社会

ヤバイと思ったが、性欲を抑えきれなかった ‐ ニコニコ動画:Q


 『歌い手』が17歳の少女と淫行して捕まったってことでそれはまあ裏山けしからんわけだけれども、それはそれとして司法が捌き然るべき補償が成されればいい話であってそこはもう警察と検察と裁判所と本人同士の問題だ。ただ、気になっているのはこの件において他山の石を投げつけて遊んでいる人たちなんだけど、つまりこれ、犯人が『歌い手』だって点がみんなの『ヒャッハーしたい欲』を煽ってしまったわけだ。 「ミュージシャンがファンの子を食った」「インターネットユウメイジンがオフ会でファンの子をお持ち帰りした」なんて話は昔からよく聞く話で、それで捕まった人も何人もいるわけで、さして珍しくもない事件のような気もするけど、『ニコニコ動画』『歌い手』というキーワードがみんなの心を熱くしている。

 『歌い手』でも『インターネットカラオケマン』でもなんでもいいんだけどさ、ニコ厨が歌い手厨を嗤い、vipperがニコ厨を嗤い、としあきと「」が壺民を嗤い、リア充が非リアを嗤い、一般人がオタクを嗤うという多重ハニカム構造が出来上がっている。つまりはこれ、『何で自意識、自尊心を保つか』を嗤うことの気持ちよさ、という問題じゃないかな。よく「嫉妬」だとか「嫌儲」だとかいうキーワードが出てくるジャンルではあるけれども、それよりも深いところに「他人の自意識が依って立つモノ」「ソレに依って立っている事自体」を嗤うことの快感があるんじゃないか。

 歌い手として自意識を保つ人、就活の成功者として自意識を保つ人、TOEICの高点数者として自意識を保つ人、ジャンルの古参として自意識を保つ人、ファッション変態として自意識を保つ人、特定の国家に属しているという点で自意識を保つ人……男として、女として、若者として、老人として、正社員として、クリエイターとして、ノマドとして、起業家として……アイマスP、ニコマスP、ブロガーとして……自意識を保つ人。そういう人々が互いに嗤い合っている。別に何で自意識を保とうが好きにすりゃあ/好きにさせてやりゃあいいじゃねえかと思うけど、意見は置いておいて、そういう世の中だ。

 ニコニコ動画に歌ってみたを投稿することで自意識を保つ人を嗤う。それは「人気者/非人気者」という非対称性とか、「ニコニコで歌ってみたを上げている人を音楽家と呼ぶのは、「好きなBEMANI曲は」と聞かれて「deep clear eyesのLong Mixです」と答えるような感じ」という"ずるさ"とかはあるけれども、「他人の心の拠り所を嗤う楽しさ」を享受しているという根っこの部分で我々は繋がっている。

 そうやって投げ合っている石の形を、『10万人の宮崎勤の中の一人』であるところの我々はよく知っているはずだ。「10万人の宮崎勤」発言は都市伝説の線が濃厚らしいけど、いわゆる『一般人』がオタクを嗤うのもまた、お茶の間の皆様が我々に石を投げて遊ぶというエンターテイメントのコンテンツの一つだった。忘れてはいないだろう、投げられた石の形を。忘れてはいないけれども自分が石を投げている姿は見えないだろう、人間、好きなものに熱中している時は自分の姿が見えないものだから。


 石を投げるなとは言わない。どうせそういう世の中だ。ただ、投げる前にその石の形と、手触りと、書いてある言葉を確かめてから投げても遅くはないと思う。その方が投げている実感が湧いて楽しいだろう?

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一般人はオタクを笑ってなんかいませんよ。彼らは、インターネットではなく、育児や仕事や趣味や娯楽に時間を使っているから、オタクなるものに興味を持つ暇がないのです。近所の公園で「オタクについてどう思いますか」とたずねたら、きっと「おたくってなんですか」と返ってきます。

あと、17歳のなんて子どもじゃないですか。子どもと付き合って何が楽しいのか理解できないけれど、31歳にもなって性欲が抑えられないってのは、ちょっとだらしないですね。

それにしても、田中辰典さんは、音楽CDを作ってコミックマーケットで売って、それなりの収益を得ていたはずなのに、なんでこんなアホな状況に陥ってしまったのでしょうか。
37ヶ月前
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田中辰典さんは、なんでアホな状況に陥ってしまったのか。少し整理して考えてみます。

(1)田中さんがアホな状況に陥ってしまったのは、性欲を発散する相手が子どもだったからである。
(2)田中さんは子ども相手に性欲を発散させた。
(3)田中さんが性欲を発散する相手は、何故子どもでなければならなかったのか。

(1)は、田中さんが性欲を発散する相手の女性が17歳ではなく27歳だったら何の問題もなかった、という話です。(2)は、起こったとされることそのままですね。そんで、(3)は(2)の原因を探るための問いになります。
37ヶ月前
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田中さんが性欲を発散する相手は、何故子どもでなければならなかったのか。

これに答える仮説を作るのは結構難しいけど、10個くらい作れば、1個は当たるかもしれないし、そうすれば、子ども相手に性欲を発散させて逮捕されるという不幸というか災難みたいなものから他の男性を救えるかもしれないので、考えてみます。

仮説A
田中さんは20未満の女性にしか性的興奮を覚えることができない病気や障害を持っていたため、やむをえず、性欲を子ども相手に発散させてしまった。

この場合、田中さんが病院で病気や障害に対する適切な治療を受けていれば、20歳以上の女性にも性的興奮を得ることができるようになり、事件は起きずにすんだことになります。また、田中さんの病気や障害が現代の医療では治せないものだったときは、田中さんに、20歳未満の人間に性欲を発散させてもよい国を探したり、現実の20歳未満の女性を諦めてイラストや漫画に描かれた架空の子どもを相手に性欲を発散したりする工夫が求められます。
37ヶ月前
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>>さねゆきさん
>一般人はオタクを笑ってなんかいませんよ。彼らは、(中略)
>近所の公園で「オタクについてどう思いますか」とたずねたら、きっと「おたくってなんですか」と返ってきます。

逆ですよ。そこまで関心を持つ余裕が無いからこそ、マスメディアが喧伝する実情とはかけ離れたイメージを
鵜呑みにして物事に触れようとする。今でこそだいぶマシになりましたけど、オタクを「嗤っていい存在」とみなす傾向は
一部に根強く残ってますし、ネット普及前はそれこそ「10万人の宮崎勤」ってな認識だったんです。
あの当時を生き抜いた一人のオッサンオタとして、「そんな事無いよ」とは絶対に言わせません。ホントひどかったんだ。

>淫行事件起こした田中さんの件
なんで「田中さんは病的な児童性愛者」という前提で話してるんですか。失礼が過ぎますよ。
新聞記事によると手を出した女性は17歳。肉体的には成人女性とそんなに変わらないです。
「近寄ってきた女性がたまたま18歳未満だった」以上の意味は無いんじゃないですかね。

37ヶ月前
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ぼくは、一般人を暇がないひと、オタクを暇があるひと、と定義して考えています。1話30分で12話とか24話とかあるテレビアニメは暇人にしかみることができないからです。

たとえば、育児をしているひとは、時間もお金も子どもに取られてしまいます。だから、ぼくは子育てをする人生を選択したひとにアニメを推薦することはしません。でも、相手のほうからアニメの話を振ってきたら、ぼくは『ミュウツーの逆襲』について浪々と語ります。ピカチュウを叩きながら泣き崩れるピカチュウ。オリジナルのピカチュウではないけれど、確かにピカチュウなピカチュウ。あのピカチュウを演じきった林原めぐみは、本当に素晴らしい仕事をしたと思います。

しかし、そんな機会はなかなか訪れません。だから、これを読んでいるひとには、『ミュウツーの逆襲』をみてほしいと切に願うのです。

閑話休題、IWANORI-8さんへの返事と仮説Bを書きますね。
37ヶ月前
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IWANORI-8さんへの返事 その1

たしかに、『夢のなか』が出版された時代をおたく(昔はカタカナのオタクではなかった)として生きることは相当たいへんだったと思います。でも、それでもコミックマーケットは開催されたじゃないですか。これはすごいことです。

また、岡田斗司夫や宮台真司や大塚英志や斎藤環や香山リカのような、知識を持った変人たちが、メディアで活躍したりものを書いたりできたのは、ひどかった時代が彼らを要請したからだと思います。そして、ぼくは彼らを通じてひどかった時代を知ることができました。

ひどかった時代があったことを知らない世代が生まれたことは、ひどかった時代を生き抜いたひとたちのおかげです。少なくとも、ぼくはそれを忘れるつもりはありません。

あと、もしもオタクを笑うひとが根強く残っているとしたら、勝手に笑わせておけばいいじゃないですか。笑いたいひとは笑えばいいです。
37ヶ月前
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IWANORI-8さんへの返事 その2

ぼくは「田中さんは病的な児童性愛者」という前提で話しをしていません。そもそも、児童性愛、という熟語は日本語に存在しないです。

それから、日本は罪刑法定主義をとっているので、田中辰典さんが有罪なのか無罪なのかは、まだわかりません。もしかしたら、冤罪かもしれないです。しかし、ぼくは、田中さんについてあれこれ議論することが失礼だとは全く思いません。なぜなら、ぼくは田中さんが公人になったと考えているからです。

大切なのは、今回の事件から学びを得ることです。

また、17歳の子どもが肉体的に成人女性とそんなに変わらないから成人女性と同じ扱いをしてもかまわない、という主張には賛成できません。
37ヶ月前
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「歌い手」というのはオタクのふりをしたDQNであってオタクではないだろう
37ヶ月前
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アドレスと長文だけではてな村民特定余裕でした。
37ヶ月前
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つかこの文章。全体的に読めば「頭冷やよ」で済む話だろこれ。長文匿名ダイアリ増田みてーな文章止めろw
37ヶ月前
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