• サンサーンスのクリスマスオラトリオを通じて

    2017-12-24 00:1061
     
     
     
     
     
    まだ一曲予約が残っていますが、
    このクリスマスオラトリオの演奏は、メッサPさまに献呈したいと思います。
    第一曲が一昨年のクリスマス祭の告知動画ですが、
    タイトルとしては「バッハの様式による前奏曲」という曲です。
    8曲目だけ悪い意味で音がちっちゃいw

    ~~~~~~

    私が育った日本で受けてきた音楽教育というものは、
    すべからく西洋の概念に基づいているように思う。
    それも、リーマンのような極めて19世紀ドイチュ的な考えをベースに、
    20世紀初頭のアメリカはボストン的な考えが根付いているように私は今感じている。
    これは音楽取調掛の仕事だし、私はそれを高く高く評価したい。
    だが彼らの理念は随分と薄らいでしまい、
    少なくとも私は義務教育で「教育理念」を感じたことは一度もなかった。
    自らの信念を教えてくれる教師は数あれど、
    音楽教育の歴史であったり、教育理念を教えてくれる教師はいなかったように思う。
    勿論、音楽史や憲法は少なからず学んだ筈で、
    不出来な私には感じ取ることができなかったのでしょう。

    不肖ながら勉強していく中で、
    ようやくそういったことがわかるようになってきて、
    教育の成す音楽の、下地というか本分が少し見えてきたように感じている。
    すなわち、西洋音楽が私にとって矢張りおもしろい、ということだ。
    勿論、東アジアの音楽も、南米の音楽も、同様に愛しているが、
    自らの音楽のルーツが西欧にあることを
    肉的に感じられるようになったということでもある。
    今年、邦楽(純邦楽)の勉強を改めてした、ということにも由来しているだろう。

    この西洋音楽の入口にぽつねんと、或いは強大に立ち塞がっているのが、
    私にとっての宗教だった。
    無宗教の私には、宗教が…ここでは具体的にキリスト教が理解しがたく、
    キリスト教音楽がほど遠くに存在していた。
    言葉尻はわかるのだけれど、それは理解とはほど遠かった。
    私は今、上記の理念と符合すべく宗教が立ち塞がっていることに気づいて、
    その導入に音楽があるということに思い至った。
    クリスマスオラトリオに取り組む理由が、改めて顕現した瞬間でもあった。
    これはきっと教育の賜だろう。
    五線を習い、歌を知らなければ、きっとまだ遙か遠くにあった筈だ。
    言葉を習い、文字を知って、私は聖書を読むことができる。
    それらの生んだ修辞を、真に理解する準備が整ったのだ。
    真なる理解なんて、全く見えてこない道のりの険しさですが。

    キリスト教徒でない私(或いは日本人)がクリスマスを祝う姿には、
    世界理解があるべきなのだと思う。
    日本人が戦争を忌避する民族であるなら、世界理解と協調が不可欠だ。
    私は日本人として、非教徒として西洋音楽…例えばクリスマスオラトリオに取り組む理由を、
    ようやくもって発見したのだ。
    既に知っていたことで、当たり前のことだけれども、
    言葉に出来るかどうかというのは大きな違いで。私にとっては大きな一歩で。
    世界平和のためなどという大それたことではないのだけれど、
    腰撓めはあったにせよ、私が私の世界理解に音楽を用いる理由が
    定まった安堵感で心穏やかだ。
    ここまで佳いクリスマスを迎えたのは、初めてではなかろうか。

    ~~~~~~

    個人的な語りはここまでにして、作品の方に目を向けてみます。
    クリスマスオラトリオというと、バッハかシュッツしか目にしないという印象がありますが、
    サンサーンスも素晴らしい作品だと思います。
    オネゲルのクリスマスカンタータも傑作ですが、
    オネゲルより実演機会に恵まれている筈なのに、
    サンサーンスの作品12は何故だか知名度がありません。
    (今年、近所で実演機会があったのですが、
     仕事と重なってどうしても聴きに行けませんでした)

    サンサーンスのクリスマスオラトリオは
    1858年に書かれていて、同年のクリスマスに初演されています。
    来年だと160周年とキリが良さそうですね。
    1858年、この前年にマドレーヌ教会のオルガニストに選ばれていますよね。
    オルガニストの誰もが座を狙っていたことは、
    パリの教会の中で最も報酬が高かったことからもわかります。
    ちなみにこの(マドレーヌ教会のオルガニスト)前任者が
    2015年に私の投稿したルフェビュルヴェリです。

    この曲もまた、1858年の作品です。

    マドレーヌ教会というと、面構えがギリシャ様式な訳ですが、
    カトリックの教会です。
    これは、歴史的にローマカトリックが(当時のフランスで)認められたことと、
    新古典主義(←音楽ではなく、建築様式の話)に由来しているのだと言われます。
    ここのオルガニストとして、ラテン語のオラトリオをフランス人が書いた…というのが、
    乙な部分だと私は思うのですが、ハープが入っているというところに
    サンサーンスの遊び心が感じられるように思います。
    サンサーンスのハープ作品というと、ソロやデュオのファンタジーを思い浮かべ、
    造詣の深かった楽器という先入観が私にはあるわけですが、
    このころのサンサーンスはハープに思い入れがあったようにも、
    名手がそばに居たようにも思えません。
    私の知るところだと、フランスのハープ作品というと、
    サンジョルジュ辺りからサンサーンス辺りまで断絶があります。
    ちなみに、私が演奏に使っているガーリタンは、ハーピストの作った会社ですね。

    クリスマスオラトリオにハープを入れた理由を、
    私は明確に知っているわけではありませんが、
    ハープ=ギリシャの記号であったというのは想像に難くありません。
    とはいえ、クリプトグラフは一瞥に付しているわけで、
    レトリック的なことにどれだけ興味があったのか、というのは想像の域を出ません。
    そういえば、ジョリヴェのクリスマスパストラールもピアノでなくハープですね。


    サンサーンスのクリスマスオラトリオは
    ハープが全面的に活躍する曲…というわけでもありません。
    第七曲以外は、ハープがなくても演奏が成り立ってしまいそうです。
    評論家のジョルジュセルビエ(1858-1937 生まれた年がクリスマスオラトリオの年だ!)
    に言わせれば、
    第七曲は「耐え難いほどの甘美」と評されている曲で、
    「歌詞をわかりやすくすることやラテン語の韻律論の規則よりも優美な旋律の流れに
     より関心を払っている」とするグノーらの流れを汲んでいると述べています。
    私個人としてはドイツ的なものを感じるんです。
    例えばサンサーンスがバッハ、ベートーヴェン、
    メンデルスゾーン、ヴァーグナーの庇護者だったこと、これは今では当たり前だけれども
    当時のフランスでは中々理解されないことだったと思います。
    この並びにシューマンが居たことは、特に批判の的であったと言います。
    その点で、普仏戦争前のサンサーンス作品というのは、慎重にみる必要があります。
    少なくとも、普仏戦争時ですら、
    交響曲に取り組んでいる同世代フランスの作曲家は珍しいように思います。
    そんな彼がピアノソナタを書かなかったという事実には、唸らされます。
    ピアニストであったから…でしょうか。
    オルガニストだったのに、オルガン作品はそう多くなかったりもしますね。

    ただし、サンサーンス本人は、寄稿集において、
    「"旋律"擁護」と「"差"擁護」の二つに音楽を大別しており、
    私はそのどちらにも与さない、と1879年に明言しています。
    そこでは、差について明言している作曲家に、
    ハイドンとモーツァルト、ベートーヴェンの名があがっています。
    確かにサンサーンスの曲は、対位法的に見えてそうでなかったり、
    一見つかみ所のない音の羅列がみられることがあるように思います。
    でも、書かれていることはいつでも明確で、澱みがありません。


    サンサーンスがマドレーヌ教会の専属オルガニストになる前、
    サンメリ教会でのオルガンの弾き初めに使われた曲目がジャンボネロの著書でわかります。
    バッハのBWV580、メンデルスゾーンのソナタ(何番かは私は知りません)、
    自作の変ホ長調のファンタジー(俗に言う1番でしょうか)です。
    メンデルスゾーンのオルガンソナタというと、
    バッハのトリオソナタと並んでオルガニストが学ぶべき作品と言われますね。
    クリスマスオラトリオの第七曲などは、
    メンデルスゾーンの信奉者であったことを強く感じます。
    それを思うと、メンデルスゾーンの詩篇唱の幾つかも、
    サンサーンスに通ずるものを感じますね。
    それはそうと、クリスマスオラトリオの初演も、
    オルガンはサンサーンスが弾いたのでしょうか。
    クリスマスというと、3回ミサが行われる特別な日ですから、
    マドレーヌ教会以外の場所で演奏されたとも思いませんし、
    サンサーンス以外の人物であったことも考えにくいですね。
    仮にそうだとすると、フォレのレクイエムと並んで語られて欲しい
    マドレーヌ教会での初演作品のように思います。

    このオルガニストという仕事によって、
    サンサーンスは始めて国外旅行に行っていることもわかっています。
    客死するほどの旅行好きで今では知られるのに、
    きっかけはオルガンだったらしいというのが意外です。
    オルガンという楽器のことを、サンサーンスは
    「無数の変奏を伴う一つの主題」と言っていて、
    この楽器を深く知るためには、即興演奏しかない、と後に語っています。
    マドレーヌ教会での即興演奏はパリ中の人々が集まったと言います。
    音楽家もその例に漏れず、クララヴィーク、リスト、
    サラサーテやアントンルビシテインが集まる社交場でもあったらしいです。
    マドレーヌ教会での音楽家の席は2階だったらしい。
    後の(サンサーンスの)新宅で「レランディ(月曜会)」と呼んだ社交会と並んで、
    ボカロクラシカの動画や生放送も機能していると良いですね。
    ロシア好きとしては、ルビシテイン兄弟の息を引き継いで、
    タネーエフが火曜日に音楽会を自宅でやっていた(タネーエフの火曜日と言います)ことも
    書かないわけにはいきません。

    サンサーンスのクリスマスオラトリオは、
    ソリスト(←歌の)には中々高度な技術を要求する曲のように思いますが、
    合唱はさほど難しくありません。(こんなん無理じゃね?という部分もありますが)
    これはオルフェオンが広まっていたことが下地にありそうです。
    グリーやリーダーターフェルと、オルフェオンの決定的な違いは、
    エリート層ではない民衆が集った点にあります。
    流石、革命が貴族を倒した国です。
    これにヴィレムが画期的な指導法を用いたために、
    1855年には300だったオルフェオンが、1870年には7000を数えるまでになっています。
    田舎の村々にも出来た、ということです。
    オルフェオンはグノーが指導していたことでも有名ですね。
    ちなみにヴィレムシステムというのは、リズムと音高を切り離した指導法で、
    これがあたったようです。
    (生前にあたったかどうかは別として)ラモーを思わせますね。

    あと、マリレーゼという女性に献呈されていると何かで読んだ気がするのですが、
    IMSLPの楽譜だとグランヴァルに献呈されていると書いてあります。
    これはグランヴァル女史のペンネームだった(マリーのファーストネームを使った)そうで、
    この頃の作品番号のない歌曲のほとんどが彼女に献呈されています。
    「芸術至上主義的なサンサーンスがロマンスを女性に献呈していたなんて!」
    と思ったことで覚えていたエピソードですが、
    まさかグランヴァルのことだとは思ってもいませんでした。
    若かりし頃のない人間なんていませんしね。
    ピアノが出てこないクリスマスオラトリオを献呈しているのも、
    想像力を中々にくすぐります。
    それはさておき、グランヴァル女史はかなりハイセンスな作曲家・ピアニストです。
    近々作品をとりあげてみますね。
    私はてっきりバッハと同世代のフランスの作曲家グランヴァルのことだと思ったので、
    IMSLPの楽譜には色々と驚かされました。

    実際に取り組まないと、気付かずに終わったことが沢山あります。
    例えば調設定。
    どの曲も関係調で繋がっていきト長調に戻ってくるのですが、
    サンサーンス作品の中でも、転調が自然というか特徴的な曲だと思います。
    サンサーンスの転調って、必然的に流麗か、極めていびつのどちらかだと思うんですよ。
    そのどちらをもあまり感じない作品ですよね。
    やはり不思議な魅力があります。

    レチタティーヴォが最初にあるだけ…これも
    オラトリオとしては珍しい例のように思います。

    このように新進気鋭と言われたサンサーンスが、
    リストの庇護の元「サムソンとデリラ」の初演に向けて動いていたときに
    直面したのが普仏戦争で、
    その後の彼の発言や思想は、よく知られたものだと思われます。
    音楽は鷹から鳩へ、思想は鳩から鷹へ、ただし誰にも何処にもくみさない…
    保守派といわれる革命家…その下地は、以外にも波瀾万丈だったようです。

    沢山書きたいことはあるのですが、時間がないのでこの辺りで。
    記事サムネは、アルブカークの「クリスマス」(PD)です。

    お祭り後も、動画は年内に投稿しますが、
    ブロマガは良いお年を、になります。
    今年もお付き合いをありがとうございました!
    いつも動画やブロマガをご覧いただいている方々のお陰で活動が続いています。
    ありがとうございます。では。
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  • 24の前奏曲とフーガ(原博)

    2017-11-10 00:204



    この動画(演奏)とこのブロマガは、故原博氏ならびにフーガPさまに献呈したい。

    ニコ動においても、私は2011年から抜粋では何度か投稿してきたが、
    改めて全曲を取り組んだ契機としては、
    ニコ動の仕様が長時間の動画が投稿できるようになった点が大きいが、
    私にも全曲を演奏できる(音楽観や技術を前にする)日が来たのだという
    "直観"が支配的となった為だ。
    (60分ほどを境に低音質になると知ったのは半分ほど作り終えた後・・・でした)
    何故わざわざ契機を述べたのかという理由に、原博氏の言葉を借りる。
    「30歳代の終わりにフーガの作曲を試みたが、全く手の付けようがなく、つくづくとフーガを学習することやフーガを応用することと、フーガを本当に書くということとは全然異なるのだと思い知ることとなった。1980年になって再びフーガの作曲を試みた時、その時期がようやく訪れたこと、この時期を逃してはならぬことを知った」(第一版のライナーノートより)

    抜粋で演奏される機会は、今後も(全曲よりは)あるだろうと思うので、
    全曲を通した“間”であったり、繋がりの中でのテンポを大切にした。
    途中で返して聴いたり、抜粋で聴くと
    おかしい表現がままある理由はここにある。
    投稿の仕様問題にて三分割したが、連続で聴いて貰うことを意識してあり、
    単一ファイルでの演奏に砕心した。

    (北川暁子氏のCDもそうだが)
    CDに収録するとなると、f-mollで終わり、Ges-durで始まる2枚組になる。
    この区切りは非常に良いのだが、今回の3つに分ける区切りも中々悪くない。
    E-durとAs-durで始まるというのは清々しい。
    ただ、es-mollとg-mollで終わるのは果たしてどうだろうか。

    単曲で私が最も好きなフーガは嬰ハ短調。
    続くニ長調の前奏曲が最も好きな前奏曲。
    (当初はご多分に漏れずト長調や変ロ長調の前奏曲が好きだったがニ長調に落ち着いた)
    巧いなと思うのはニ短調フーガ、ホ長調前奏曲、イ短調フーガ。
    深いと思うのは変ト長調フーガと変ロ長調と変ロ短調のフーガ。
    主題が好きなのはロ長調フーガ、対唱が好きなのはヘ短調フーガ。
    最も良い演奏が出来た気でいるのは、ヘ長調前奏曲~ヘ短調フーガの部分。
    “楽譜での音符以外のすべての記入は一応の目安のためであり、 変更は全く任意である。それは速度標語、表現記号、スラー指使いなどである。 各自の自然で個性的な感覚にしたがって例えばLargoをLarghettoに、 フォルテをピアノに、legatoをstaccatoに変えてさしつかえない。”
    と作曲者が(楽譜の注記で)明言しているため、
    私の演奏も今後この曲集をとりあげる者のしるべの一つとなることを希求する。

    この曲集の全体を通して言える特徴として、
    多くの曲で段階的なストレッタ(切迫、追迫)が
    ふんだんに扱われている点がある。
    比較作品として、バッハの平均律クラヴィーア曲集を見たとき、
    (チェルニーやシュトルツェ、カプースチンはここまで技巧的ではなく、
     ザデラツキやショスタコーヴィチやヒンデミット、シチェドリンは比較にならない)
    バッハはストレッタに不向きなテーマを扱うか、
    追迫にない展開で聴かせる曲が多い。
    ここがバッハの凄さ(形式の為に楽句や楽想が犠牲にならない)だ。
    原博はこのストレッタにおいて、モーツァルトやベートーヴェンのような向きがあるが、
    (原博はこの作品において、モーツァルトとベートーヴェンを意識していると明言している)
    ストレッタが作品の中核にならない点で原博は流麗だと思う。
    まるでチャイコフスキーやサンサーンス。
    ただし、ストレットマエストラーレ(全声部が主題からなる追迫)という技法が
    ロ短調フーガで使われており、これは
    ホ短調フーガのリガータ(単一主題から全動機を展開するザルリーノの理論)に基づく
    ペルムテイチオンフーガ(順列フーガ)
    と並んで高度な技法である。
    少なくとも、2手で破綻なく弾けるよう手配するには、相当な予備作業を要すると推察する。
    だがその高度な技巧は、恐らくこの作品の髄とは相反しているように思う。
    原博の射程は、もっと遠くにある。

    ちなみに現在のWikipediaの記述は大誤りで、この作品は全て2手で届き、
    その必要を問うている作品です。
    原博の言葉における反語を理解していないか、単なるネガキャンのように思う。
    若しくはピアノが弾けない者の旨意だ。


    歴史的なフーガの興りということを考えたとき、その前身はカンツォンだという向きがある。
    これが、器楽合奏に転じたものがソナタ、
    鍵盤楽器に転じたものがファンタジアだということは屡々云われる。
    私としては、これには注記が必要だと思う訳で、
    今年のボカクラ祭のテーマに「幻」があるので触れたいが、
    ファンタジアという楽曲名を最初につけたのは16世紀のリュート奏者だと云われている。
    ビウエラ曲集を初めて出版したL.de.ミランが
    「もっぱら作曲家の想像力と技量から形式と着想を得て創作される器楽曲」と
    銘打っている(1535年)ことでも知られる。
    これは、2手で弾く鍵盤楽曲が、
    ポリフォニックな向きがあった(教会音楽の域を出なかった)のに対して、
    ポリフォニック表現が困難なリュート属が用いだした用語なのだ、と
    諸井三郎も晩年の大仕事「音楽構造の研究」の中巻で述べている。
    (私は諸井三郎の交響曲が3曲とも好きなのだ)
    ファンタジアこれを鍵盤奏者が鍵盤楽器に持ち込んだ為に、
    ファンタジアの始祖が鍵盤楽器にあるとする流れが生まれたのではないだろうか。
    そもそもは、鍵盤楽器の目指す音楽こそがリチェルカータであって、
    その派生的な世俗文化がファンタジアを産み、
    ソナタをも内包していったというのが実のところだろう。
    フーガがフーガたるには、やはり教会音楽の基礎となった「歌詞」の存在が大きい。
    dux(主題)というのは、要するに歌詞を伴ったから、多声部でも同一性を堅持したのだ。
    そういう視点で見たとき、プレリュードというのはファンタジアであって、
    「前奏曲とフーガ」というやつは、カンツォンへと回顧しているのかもしれない。


    迷作だと言う人もあった。
    やる意味があるのかと私に問う者も過去には居た。
    だが私は、この作品を愛している。

    こういった楽曲に「私にも書ける」というような、
    技術的な問題だけで向き合う人が居る。
    「これなら描けそう」と、巨匠の絵に向かって言う人も多い。
    だが例えば、「亡くした肉親の嘗てくれた手紙」に対して、
    同じ手紙を書ける他人に出番は永劫ない。
    あなたの技術的問題は、私にはお呼びでないのだ。
    誰かが書いたシンフォニーをベートーヴェンも書いたように、
    バッハの書いた平均律を原博も書いた。
    ただそれだけのことだ。

    演奏した楽曲がバッハの平均律ならば、私が語るべきことはほとんどないが、
    この作品は、余りに知られていない。
    だが楽曲哲学の明朗性はさておき、楽譜や録音の入手困難さから、
    一種の手引きとして少しばかり言明させて貰う。
    誤りがあれば指摘されたい。

    楽曲構造の分析方法としては、上述の諸井三郎著「音楽構造の研究」より、
    J.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集1,2集のフーガの構造分析に準拠した。
    即ち、Durchführungという概念に基づく。ここでは施工規程という此訳を用いたい。
    この方法での諸井氏の分析はフーガにしか及ばないが、
    ここでは前奏曲についても同じように論じた。その理由は一目瞭然である。
    なお、各曲の特記については、私の独断による附記(諸井氏の方法ではない)である。
    ※全音の楽譜には小節番号は付されていないが、
    繰返記号の中身は小節数として数えない手法をとった

    ■ Praeludium ■
    • Nr.01 | C: | 3/8 | C-G 15 | G-e-G 29 | G-a 43 | a-F 64 | F-C-c-es-C 102 | Durchführung^5
    • Nr.2a | c: | 2/4 | c-B 19 | B-g 29| Es-c 42 | reprise, c-Es 65 | Es-c 86| Durchführung^5
    • Nr.2b | c: | 2/4 | c-B 17 | B-f-Es-c 38 | reprise, c-Es 55 | canon, Es-g-B-c 63 | c 80 | Durchführung^5 再現部のカノンに疑似追迫が使われる
    • Nr.03 | Des: | 2/2 | Des-As 9 | As-f-Des 24 | reprise, Des-es 38 | es-Des 42 | Des 50 | Durchführung^5 プラルトゥリラとターンの入れ方に疑問が残るが、17番と同様に、北川氏とは違う先取を採択した
    • Nr.04 | cis: | 3/4 | cis-dis 6 | dis-E 15 | E-A-D-Cis-H 27 | H-cis 33 | reprise, cis-picardische 49 | Durchführung^5
    • Nr.05 | D: | 6/8 | D-A 10 | fis-h 21 | h-G 28 | reprise, G-D 38 | h-D 44 | Durchführung^5
    • Nr.06 | d: | 2/4 | d: 41 (passacaglia, 18var. +coda) | Durchführung^1
    • Nr.07 | Es: | 3/4 | Es-B 20 | B-c 36 | c-Es(reprise) 59 | Es 67 | Durchführung^4
    • Nr.08 | es: | 3/4 | es-Ges 12 | Ges 26 | Ges-des=b 35 | es(reprise)-c-Ges-es 45 | es 60 | es 70 | Durchführung^6
    • Nr.09 | E: | 2/2 | E-fis 12 | A-cis 24 | H 43 | e 53 | e-E 68 | reprise, E-e-picardische 80 | Durchführung^6
    • Nr.10 | e: | 3/4 | e-G 7 | G-h 23 | h-D-e 45 | reprise, e 54 | e-picardische 60 | coda, e 72 | Durchführung^6
    • Nr.11 | F: | 12/8 | F 12 | g-d 20 | piacere, d-es-e-f 27 | reprise, f-picardische 43 | Durchführung^4
    • Nr.12 | f: | 4/4 | f-Es 14 | Es-c-Es 24 | Es-b-f 36 | Des-fis-h-e-f 46 | reprise(orgelpunkt), f-picardische 52 | Durchführung^5
    • Nr.13 | Ges: | 4/8 | Ges 8 | Des-b 15| b-as-ces-ges 27 | reprise, Ges 37 | coda(orgelpunkt), Ges 46 | Durchführung^5
    • Nr.14 | fis: | 4/4 | fis-cis 8 | A-h 16 | reprise, h-fis 25 | coda(orgelpunkt=sopra), fis 8 | Durchführung^4
    • Nr.15 | G: | 4/4 | G-D 8 | D-G-e 16 | e-h 24 | h-G 34 | reprise, G-g-picardische 46 | Durchführung^5
    • Nr.16 | g: | 2/4 | g-B 8 | B-d-g 17 | g-B 28 | Es-c 49 | reprise, c=g 59 | g-picardische 69 | Durchführung^6
    • Nr.17 | As: | 3/4 | As-f 12 | f-c 23 | Des-As 38 | coda, As 44 | Durchführung^4
    • Nr.18 | gis: | 3/4 | gis-Fis 19 | fis-h 26 | h-gis 42 | coda, gis-picardische 51 | Durchführung^4
    • Nr.19 | A: | 6/8 | A-D 5 | D-E 11 | E-A 24 | A-E 37 | E(orgelpunkt)-A 50 | Durchführung^5
    • Nr.20 | a: | 2/4 | a-e 19 | canon, c-a 41 | C-a-picardische 60 | Durchführung^3
    • Nr.21 | B: | 2/2 | B 8 | B-g 17 | g-c 27 | c-B 47 | Durchführung^4
    • Nr.22 | b: | 4/4 | b-f 12 | f-picardische 23 | es-b-picardische 33 | Durchführung^3
    • Nr.23 | H: | 3/8 | H-gis 14 | gis-A 33 | fis-picardische 43 | Fis-dis 51 | dis-H 64 | gis 74 | gis-A 98 | fis-h-picardische 113 | Durchführung^8
    • Nr.24 | h: | 4/4 | h-fis 6 | fis-A 12 | A-e 15 | reprise, e-h 19 | h-(orgelpunkt) 27 | Durchführung^5

    ■ Fuge ■
    • Nr.01 | C: | 4/4 | C-G 16 | G(e)-a-d-F 33 | F-C 43 | stretta, C-e-C 57 | Durchführung^4
    • Nr.02 | c: | 3/4 | c-f 16 | f-B 23 | B-Es-Des 30 | Des-umkehrung-c(G) 39 | G(orgelpunkt,erweiterung),umkehrung-(c)picardische 45 | Durchführung^5
    • Nr.03 | Des: | 9/8 | Des-es 13 | (pseudo stretta),es-b-As-f 23 | (pseudo?)stretta, f-Des 30 | stretta, Des-es-Des 40 | Durchführung^4
    • Nr.04 | cis: | 2/4 | cis-E 24 | E-cis 37 | cis-fis-E 56 | cis 67 | Durchführung^4 平行調でトーナルとレアルが逆転、疑似追迫でレアルが続くが真性追迫では呈示部に回帰する手法がとられている
    • Nr.05 | D: | 2/2 | D-h 26 | h(2comes)-e+(Index verticalis=3) 43 | h(2thema)-fis(doppel)-A 57 | A-D 72 | G-D 83 | Durchführung^5
    • Nr.06 | d: | 6/8 | d-F 20 | F-g 34 | pseudo stretta, d-a-B 53 | B(umkehrung)-g(umkehrung)-d 62 | d 72 | Durchführung^5
    • Nr.07 | Es: | 4/4 | Es-B 15 | B-c-Es-f 27 | f(stretta=zwischenspiel)-c 31 | c(stretta=zwischenspiel)-B 38 | Es(umkehrung-orgelpunkt) 45 | Durchführung^5 追迫を嬉遊に充てパウゼで挟むという特殊な構造をとり、その2セット同士でレアルとトナルが逆転する
    • Nr.08 | es: | 2/2 | es-Ges 29 | Ges-es 44 | (pseudo stretta), es 51 | pseudo stretta, es-as 60 | as-Ces 71 |stretta, Ces-es-picardische 82 | Durchführung^6
    • Nr.09 | E: | 3/4 | E-cis 18 | cis-E 28 | (pseudo stretta), E 38 | stretta, E-H 55 | E(orgelpunkt) 60 | Durchführung^5
    • Nr.10 | e: | 6/4 | e(1dux) 13 | D-G-e 26 | e-a(2dux)-e 32 | e(principal) 40 | h-D-G-e 50 | e-coda(orgelpunkt), picardische 59 | Durchführung^6 フーガリガータ、ペルムテイチオンフーガ
    • Nr.11 | F: | 4/4 | F-d 9 | d-C 17 | C-g-G 28 | umkehrung, C-B 40 | B-g-F 50 | Durchführung^5
    • Nr.12 | f: | 6/8 | f-As 21 | As-b 30 | f-c-f 43 | f 52 | Durchführung^4
    • Nr.13 | Ges: | 2/4 | Ges-b 21 | b-es-Ges 33 | (pseudo stretta), Ges-es 42 | stretta, es-Ces(umkehrung) 57 | Ces-Ges 60 | Durchführung^5
    • Nr.14 | fis: | 3/8 | fis 15 | cis-h 32 | h-A 38 | A-fis-E 55 | umkehrung, E-fis 66 | fis 75 | fis-cis-D-fis 91 | erweiterung, fis-picardische 100 | Durchführung^8
    • Nr.15 | G: | 6/8 | G 15 | G-e 35 | e-h-B 45 | umkehrung, B-D 56 | D-a 69 | a-G 86 | coda, G(orgelpunkt) 89 | Durchführung^7
    • Nr.16 | g: | 3/4 | g-d 22 | g-B 29 | B-F 39 | F-c-f 58 | c-g(1comes verticalis=3) 66 | Durchführung^5
    • Nr.17 | As: | 4/4 | As-Des 10 | Ges-c 14 | c-Des 21 | Des-f-b-f 28 | des-as-picardische 42 | Durchführung^5
    • Nr.18 | gis: | 4/4 | gis 12 | gis-H 18 | H-gis 24 | (pseudo stretta), gis-H 30 | stretta, H-gis 35 | erweiterung, gis-orgelpunkt, umkehrung-picardische 48 | Durchführung^6
    • Nr.19 | A: | 5/8 | A-E 19 | E-fis-h 33 | h-D-E 46 | E-A(orgelpunkt, umkehrung) 57 | Durchführung^4
    • Nr.20 | a: | 6/4 | a 66 | a-C 34 | C-umkehrung-a(orgelpunkt) 58 | a-d-a 72 | a-picardische 75 | Durchführung^5
    • Nr.21 | B: | 4/2 | B(1dux)-g 16 | g-B 24 | B(2dux)-doppel-c 35 | c(umkehrung)-B 45 | B-g-F 57 | B 64 | Durchführung^5
    • Nr.22 | b: | 4/4 | b-Des 16 | Des-es 27 | es-Ges-f 38 | b(orgelpunkt) 44 | pseudo stretta, b-Des-es 56 | stretta, es-b-picardische 67 | Durchführung^6
    • Nr.23 | H: | 2/2 | H-cis 16 | cis-E 30 | E-dis 39 | dis-H 48 | H 57 | coda, H 68 | Durchführung^6
    • Nr.24 | h: | 4/4 | h-fis 14 | fis-D-h 23 | h-e 29 | e-G 34 | G-fis-h 45 | stretto maestrale, h-umkehrung-picardische 54 | Durchführung^6 呈示後は常に半拍ずつストレッタとなっており、最終的にストレットマエストラーレとなる

    ・前述の通り、全フーガにわたり、段階的ストレッタを多用している
    ・2節に分類される楽曲が存在せず、3節のものもごく少数である
    ・古典派の凝った作品にみられるような「下属調で再現される楽曲」が多い
    ・バッハ平均律のごとくカンクリザンス(主題逆行)は用いられない
    ・少なからず、他曲の動機引用(関連)が存在する(意図されたと推測される)
     (d:fuge ; a;fuge)(As:prelude ; gis:prelude)(gis:fuge ; B:fuge)(B:fuge ; b:prelude)

    ブロマガのサムネイルはロバートブルームの「本を眺むる女」(PD)である。
    さて、ボカクラ祭の制作を開始せねば。
  • 錬金の調べ

    2017-08-24 20:291
    今更ですが、ルカを使ってクラシカに挑む…
    作曲家200人をショパンを以て達成しました。

    150より上の一覧はこちら
    http://ch.nicovideo.jp/hachibip/blomaga/ar935555

    ついでに、記録してあるその他のボカクラ。





    チリツモということで、シート落とし込みにより折角ソートできるので
    「何か調べてみるか」と200人の調性の内訳を数えてみました。

    • ハ長調 11
    • ハ短調 11
    • 変ニ長調 1
    • 嬰ハ短調 7
    • ニ長調 15
    • ニ短調 17
    • 変ホ長調 6
    • 変ホ短調 3
    • ホ長調 4
    • ホ短調 16
    • ヘ長調 10
    • ヘ短調 5
    • 嬰ヘ長調 2
    • 変ト長調 3
    • 嬰ヘ短調 6
    • ト長調 12
    • ト短調 11
    • 変イ長調 3
    • 嬰ト短調 1
    • 変イ短調 1
    • イ長調 6
    • イ短調 12
    • 変ロ長調 7
    • 変ロ短調 2
    • ロ長調 3
    • ロ短調 5

    嬰ハ長調、嬰ニ短調、変ハ長調
    は無く、
    残りは音列か無調。

    多かったのは、ニ短調に次いでホ短調。
    結構意外。

    嬰ハ長調と言えば、私が思いつくのは(バッハの)平均律でしょうか。
    嬰ニ短調はやはり平均律か、スクリャービンの悲愴。
    変ハ長調…うーん、チクルスのように調体系を網羅する曲集以外で、
    主調ではみたことがないかも…。
    ああ、セヴラックと思ったけど「空は屋根の向こうに」はas-mollですよね。
    平均律はいけるけど、スクリャービンの8-12はボカロでは厳しいなぁ。
    ただ歌わせるというのなら簡単な話なのですが。



    さてさて、これだけの多様な作品を「調性」ただそれだけでぶったぎる、というのは
    なかなかに強引というか、大雑把というか。
    それは勿論、百も承知…いや二百は承知か。
    調判定など無益だ、という考えも同意できます。
    ですが、例えばバルトークが
    自身のピアノ協奏曲1番を「ホ短調だ」と明言しているかどうか、というのは、
    やはりとても重要なことだと思うんですよ。
    日本でクラシックと呼ばれる音楽においては、殊に。当然ながら。
    モンテヴェルディとアルトゥージ、ラモーとルソーが
    後世の音楽の姿をどのように変えたか…ということを顧みましょう。

    私は今年ようやくAnleitung zur Singkunstを読了する程度の不勉強ぶりなので
    扱う楽曲に偏りがあると強く自覚していますが、
    場所や時代を超えて培われてきた様々な在り方を、
    楽譜を通して取り組んだと言って良いのかな、と少しばかり思います。
    その上で、
    調性という概念に立脚した時代というのは、それなりに長く、
    今なお浸透していると感じています。
    どこかに基準を持たないと、判断などできませんからね。
    自らの基準を持つには、人生なんて短すぎる。
    それに、基準は外部に持つ方がいい。
    歴史を扱う学問なら殊更に。
    100年を超える知見累積を、歴史に頼らず得るのは至難です。

    とまぁこのような考えで、
    調性別のカウントをしてみた訳です。


    「曲が調性を選ぶ」ということはあっても、
    「調性が曲を選ぶ」ということは私には皆無です。
    ですから、この200曲が選ばれたということは、
    即ち調性の分布でもあるのかな?とも思う訳です。
    統計学的には更なる桁が必要でしょうけれどw

    あと、調律についても考える必要がありますよね。
    同じ楽曲について、
    A=440HzのA-durと、A=466.16HzのAs-durの2者で、
    同じ12平均律で演奏した場合に、
    楽曲(の調性)を知らない前提で、
    両者の違いを人間は認知できるのか、と言う問題です。
    私が言いたいのは、
    「認知できなければ意味がない」ということではなかろう、と言うことです。


    そんなことで、最近ピュリスム(コルビジェ)に惹かれていまして、
    バルトークに似た匂いを感じるのです。
    モジュロールを使った楽曲ってあるんだろうか?
    なければ作ってみたいけど…クセナキスとかやってそうだなぁ(詳しくなくて知らない)
    …何も知らないものは何も愛せないのかも。

    黄金といえば
     

    指輪とランスへの旅はまだないのか…

     
     
     
     

    おまけ