• 錬金の調べ

    2017-08-24 20:291
    今更ですが、ルカを使ってクラシカに挑む…
    作曲家200人をショパンを以て達成しました。

    150より上の一覧はこちら
    http://ch.nicovideo.jp/hachibip/blomaga/ar935555

    ついでに、記録してあるその他のボカクラ。





    チリツモということで、シート落とし込みにより折角ソートできるので
    「何か調べてみるか」と200人の調性の内訳を数えてみました。

    • ハ長調 11
    • ハ短調 11
    • 変ニ長調 1
    • 嬰ハ短調 7
    • ニ長調 15
    • ニ短調 17
    • 変ホ長調 6
    • 変ホ短調 3
    • ホ長調 4
    • ホ短調 16
    • ヘ長調 10
    • ヘ短調 5
    • 嬰ヘ長調 2
    • 変ト長調 3
    • 嬰ヘ短調 6
    • ト長調 12
    • ト短調 11
    • 変イ長調 3
    • 嬰ト短調 1
    • 変イ短調 1
    • イ長調 6
    • イ短調 12
    • 変ロ長調 7
    • 変ロ短調 2
    • ロ長調 3
    • ロ短調 5

    嬰ハ長調、嬰ニ短調、変ハ長調
    は無く、
    残りは音列か無調。

    多かったのは、ニ短調に次いでホ短調。
    結構意外。

    嬰ハ長調と言えば、私が思いつくのは(バッハの)平均律でしょうか。
    嬰ニ短調はやはり平均律か、スクリャービンの悲愴。
    変ハ長調…うーん、チクルスのように調体系を網羅する曲集以外で、
    主調ではみたことがないかも…。
    ああ、セヴラックと思ったけど「空は屋根の向こうに」はas-mollですよね。
    平均律はいけるけど、スクリャービンの8-12はボカロでは厳しいなぁ。
    ただ歌わせるというのなら簡単な話なのですが。



    さてさて、これだけの多様な作品を「調性」ただそれだけでぶったぎる、というのは
    なかなかに強引というか、大雑把というか。
    それは勿論、百も承知…いや二百は承知か。
    調判定など無益だ、という考えも同意できます。
    ですが、例えばバルトークが
    自身のピアノ協奏曲1番を「ホ短調だ」と明言しているかどうか、というのは、
    やはりとても重要なことだと思うんですよ。
    日本でクラシックと呼ばれる音楽においては、殊に。当然ながら。
    モンテヴェルディとアルトゥージ、ラモーとルソーが
    後世の音楽の姿をどのように変えたか…ということを顧みましょう。

    私は今年ようやくAnleitung zur Singkunstを読了する程度の不勉強ぶりなので
    扱う楽曲に偏りがあると強く自覚していますが、
    場所や時代を超えて培われてきた様々な在り方を、
    楽譜を通して取り組んだと言って良いのかな、と少しばかり思います。
    その上で、
    調性という概念に立脚した時代というのは、それなりに長く、
    今なお浸透していると感じています。
    どこかに基準を持たないと、判断などできませんからね。
    自らの基準を持つには、人生なんて短すぎる。
    それに、基準は外部に持つ方がいい。
    歴史を扱う学問なら殊更に。
    100年を超える知見累積を、歴史に頼らず得るのは至難です。

    とまぁこのような考えで、
    調性別のカウントをしてみた訳です。


    「曲が調性を選ぶ」ということはあっても、
    「調性が曲を選ぶ」ということは私には皆無です。
    ですから、この200曲が選ばれたということは、
    即ち調性の分布でもあるのかな?とも思う訳です。
    統計学的には更なる桁が必要でしょうけれどw

    あと、調律についても考える必要がありますよね。
    同じ楽曲について、
    A=440HzのA-durと、A=466.16HzのAs-durの2者で、
    同じ12平均律で演奏した場合に、
    楽曲(の調性)を知らない前提で、
    両者の違いを人間は認知できるのか、と言う問題です。
    私が言いたいのは、
    「認知できなければ意味がない」ということではなかろう、と言うことです。


    そんなことで、最近ピュリスム(コルビジェ)に惹かれていまして、
    バルトークに似た匂いを感じるのです。
    モジュロールを使った楽曲ってあるんだろうか?
    なければ作ってみたいけど…クセナキスとかやってそうだなぁ(詳しくなくて知らない)
    …何も知らないものは何も愛せないのかも。

    黄金といえば
     

    指輪とランスへの旅はまだないのか…

     
     
     
     

    おまけ

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  • 宇宙人のチューニング

    2017-07-22 13:3441
    私たち人類は、環境を自己本位のもとに改変して生きている。
    豚は猪だったろうし、野菜なども収穫量や食べられる部分が少なかった筈。
    これを自然破壊だとか環境汚染と混同してしまうこともあるけれど、
    私たち人類とて自然の一部なのだから、
    切り離して考えるのはエゴイズムが過ぎるというか、
    私個人は違和感を覚えたりするのです。
    だけれども、その境目がどこなのか、具体的には難しくて、
    『食においしさを求めること』、『温度湿度などのパーソナルな快適性』、
    『生活へ害を及ぼすものの駆逐』、
    というのが果たしてどこまで適当であるか、というのは、
    「分からない・考えない」というカテゴリに仕舞って
    目をあてていないようにも思う。
    そう、ヒアリだのウナギだののニュースをうけて、
    私がこのところずっと考えていることです。
    いずれにせよ、我々…生きとし生けるものは
    必ず
    どこかまで環境をチューニングしている訳だ。

    ~~~~

    いつだったか、まとめサイトか何かで、
    宇宙人(?)とのチャネリングのような面白い話をみた。
    承前から考えるに、我々も宇宙人なのだから、
    宇宙人という呼び方は適当ではないけれど、
    ここでは宇宙人と呼ばせて貰う。

    そのスレッドの宇宙人は違う次元に存在しており、
    一元論的に細分化して、遠くを見渡すレンズを磨いても、
    私たち(宇宙人)は見つけられないよ、といったような話だったと思う。
    それなりのトレッキーである私は、違う次元ならそりゃそうだ、
    スタートレックも見たことないのか?なんて思った訳だけれど、
    この話を思い出したのは他でもない、
    異次元宇宙人のような存在が
    我々の基準でいうところの時間や空間へと
    既に干渉していた(ファーストコンタクトしていた)として、
    彼等が我々をチューニングするとしたらば
    それは一体何なのだろう?ということなのだ。

    「同じ次元で語られる宇宙人」というやつは、
    悉くUFOに乗ってきて、人類を地球を侵略していく。
    我々は戦うわけだけれど、ホーキング博士はやめたほうが良いと言っている。
    マヤやネイティヴアメリカンが駆逐されたように、同じ事が起こるというのだ。
    だが、次元が違うのであれば、
    彼等が我々を食べる必要はなさそうだし、
    暑い寒いは勿論のこと、狭い・ぶつかるということもなさそうで、
    害益の概念もなさそうだし、迫害しそうもないように思うのだけれど、
    私が納得のゆく考えとしては、
    彼等のチューニング先として
    我らのスピリチュアルな面なら
    筋が通るではないかということなのだ。

    はっきり言ってしまえば、
    音楽の精神的充足こそ、彼等のチューニングなんじゃないか、
    コンファームなんじゃないか、と私は思ったのだ。
    彼等は音楽が聴きたいんじゃないかな。
    あるいは彼等の正体が音楽、でもいいかも知れない。
    都合の良い「宇宙人像」すぎるだろうか。

    ~~~~

    そのスレッドでは
    宇宙人が「地球人は音楽が好きだよね」と語るような場面が挙がっていて、
    私は、フェイクというか、肝というか、謎を感じた。
    関係のないはぐらかしというか、
    異質な話題にみえたのだ。
    音楽の話をするのか?音楽が理解できるのか?
    次元が違ってもやはり文化があるのか?
    と感じたのだ。
    だからなのか、
    話が繋がってしまった。

    ~~~~

    だが待って欲しい。
    養豚所の豚さんが
    「我こそは人類においしくいただかれるためにチューニングされ生まれてきた存在だ」と仮に悟ったとする。
    いや、悟っていないという方が不自然な話なのだけれど。
    不自然かどうか、不自然とはなにかはさておき、
    豚さんの、己の存在価値から、生死を取り除いた(次元が異なる)としたら、
    果たして豚さんは、おいしくなろう、とするだろうか?
    我々が我々の音楽を求めるように?
    うーん、しないような気がするなぁ。
    というところでこの話はご破算。
    大いなる勘違いなのだろうか?
    はたまた、異次元の宇宙人に、チューニングの必要性はないのだろうか?
    そもそも私の考える音楽というものが卑しいのだろうか?
    いやはや音楽とは一体何なのだろう。
  • フォレの何だろう?

    2017-06-23 18:59
    これだけの内容でブロマガを1つ書いて良いのか分からないのだけれど、
    フランスものは好きな割りに詳しくなく気になるので…。



    フォレの影響じゃないか、とのコメントを頂戴したのですが、
    具体的にはフォレの何だろう?
    ド忘れしていなければ、思いつく作品はないのだけれども。

    私がエジプト風の二楽章をこの動画で挙げた理由は、
    ケクランが「Traité de l'harmonie」第二巻十章で、
    特殊な扱いとしている(俗に扱われる複調とは扱いがやや異なる)ことに由来していて、
    このダンディも、フロランシュミットの29-6も、
    同じ範疇だろうと私は判断したからです。
    私の中ではラヴェルのボレロもそうなのです。

    オルガンのFournitureからヒントを得ているのだ、
    とする説もあるようです(説得力はある)ね。
    これに類する作例がフォレにもあっただろうか。

    この程度の内容なら
    アカウントを作ってマストドンでやった方が
    良いのかも知れませんね。(当面やるつもりはないですが)