• 金輪際酒を飲むのをやめようと思う【本文長め】

    2017-04-23 20:1014時間前
    本当にどうでも良いことだけど、酒を飲むのをやめようと思う。



    先日、友人と飯を食いに行った際に一杯の酒を飲んだ。元々酒は得意ではなくて飲んでも何が良いのかあまり理解出来ないのだけど、飲まないと「付き合えよ」的な事を言われるので普段から一杯だけは飲むようにしていたので、その日も付き合いとして酒を飲んだ。……前に調子に乗って飲みすぎた際に盛大にゲロを吐いた過去があり、「俺は酒飲めないんだなぁ」という認識があったので、チビチビと飲みながらお冷とお茶をローテで飲むという対策をしていたのだけど、飯を食い終わる頃には凄まじい眠気と頭痛を感じていた。



    その後カラオケに行ってしばらく騒いだ後、帰宅して風呂に入って寝ようとした時、先程の頭痛がどんどんと増していき、数十分の間俺は布団の中でもがき苦しんだ。この時の痛みは並の頭痛のレベルを遥かに超えていて、今まで体感したことの無いタイプのものだった。例えるならば、厚めの鉄板を直に頭の中に突っ込まれるような感覚だった。もうこれがとてつもなく辛くて、たった一杯ではあったが飲酒した数時間前の自分を激しく呪った。「何故あの時飲んだのだろうか」「飲まなければよかった」こんな事を考えながら頭痛に耐えた。



    気付いたら寝ていたみたいだったが、早朝に目が覚めた。途端に先程までの数倍の痛みが襲ってきた。もう耐えられないと感じ、ネットで調べた対処法として痛い部分に保冷剤を当て、水を数杯飲んだのだけどそんなすぐに効能が現れるはずもなく、もう本当にどうしようもなくなったのでフラフラになりながら家にあったよくわからない頭痛薬を飲んだ。数十分は痛みがあって眠れなかったのだけど、気付いたらまた寝ていて朝起きたら頭痛はなくなっていた。




    ダラダラ書きましたが
    たった一杯の酒を飲んだだけでこんなに辛い思いをするとは正直思っていなかったし、酒に弱いとはいえ、お冷とお茶を挟んでいたのにも関わらずこんなになったということは、思っている以上に酒を飲めない体質なのだと改めて実感した。



    そして何より、俺は何のためにこんな思いをしたのか今考えたら全く意味不明だ。そもそも酒を飲んで得られる利益ってなんなんだ、と。なんでそんなに美味くも無い飲み物を飲まなければならないのかと。頭痛や吐き気を我慢して得られるものってそんなに大きなモノなのだろうか?……だいぶ前にネットで「飲み続ければ慣れるとかいうけどそんなことしなくても最初から美味いものを飲みたい」的な投稿を見た記憶があるのだけどまさにそれで、クソマズいものを我慢して飲んで、吐いて、それで飲めるようになったとして、それってなんのメリットがあるのかと。そんなんなら最初から美味しいコーラとかジンジャーエールでええやんけ。



    後悔しています
    俺は今まである程度、”付き合いとはいえ自分の嫌なものはNOと言う”というポリシーを持っていたつもりだったんだけど、なんとなく酒に関しては「飲まなきゃいけないのかな」みたいなのがあって、それを今激しく後悔している。これじゃあノリでタバコ吸っちゃうアホと変わらないじゃないかと。結局俺、流されてるじゃん…ってのを実感して自己嫌悪感が半端ない。なんていうか、「大人になったら酒くらい飲めなきゃね」みたいな世間の風潮にまんまと乗せられてしまった自分が情けなくてしょうがない。



    今回を機に、俺はどんだけバカにされようが嫌な顔されようが絶対に酒を飲まないと決めた。薬に頼らないと眠れない程の頭痛と引き換えに得られる物がなさすぎる。こんな無駄な事はない。お前は酒を飲んで気持ちよくなれる人間で、俺はそうじゃない。ただそれだけの話なのだ。




    というわけで、なんか流されてしまった自分への情けなさが大きくてこんな感じでブログに書きました。もうこれからは遊びだろうが仕事の付き合いだろうが酒は一滴も飲みません。どんだけ言われても断固拒否します。でないと、自分の体が持ちそうにない。これを見ている酒に弱い人は俺みたいにならないように我慢せず”飲めない人間”であることを周りにアピールした方がいいです。本当に、頭痛は辛いぞ。



    というわけでオタクマガジンでした。








    オマケ だらだらと愚痴
    「酒すら飲めないような奴はつまらない」と思っている人達は多いと思う。なんでかは俺には分からないけど、「俺飲んでるしお前も飲めよ」っていう一種の同調圧力的な何かが含まれているような気はしている。その一番分かりやすい例が”とりあえず生で”だと思う。この”とりあえず生で”が発生した時に「僕はウーロン茶で」と言おうものなら「皆一緒のモノ頼んでるのになんでお前は一人で好きなもの頼んでるの?」と思われる場合がある。特に酒飲みが多い場ではこの雰囲気が特にある。……前にこのブログで「とりあえず生は頼んどいて後から好きなもの頼めばいい」的な事を書いた記憶があるのだけど、多分それもダメ…というか負けているような気がしていて、もう最初の注文の時点で”飲めないよ俺”アピールをしておいた方がいいのかもしれない。そもそも皆同じ物を注文する必要性はないし、全員分の個別注文を聞くのは店員の仕事であって、客が店員に対してフォローをする必要性はない。分かりやすいからといって全員同じ物を頼む必要性は最初から1ミリもないのだ。



    だが、今日の日本社会においては”皆と同じ”であることは非常に重要な事で、どんな場であっても出過ぎた真似はしないほうがいいし出来るだけ誰かと同じにしておいた方が上手くいくことは間違いないのだ。それは仕事でいうところの会議中や意見交換の場 もそうだし、”酒の席”という仕事とは関係の無い場であってもやはり重要視されるのは間違いない。



    今までこのブログでは”俺の納得いかねえ事”を取り上げて色々書いてきたのだけど、それをリアルで100%実行してしまったら周りからすると「あいつは協調性の無いやつだ」という判断をされると思うし、ネット上でも皆の反応を見ていると「やっぱりそうなんだなぁ」と思う事が多い。俺は心の底からは100%納得出来ないんだけど、我慢して多くの人間に合わせる事は必要だし、瓶のラベルを上にした方が絶対上手くいくはずだ。それは徐々に感じている。感じではいるのだが、やはり納得出来ない事が多い。


    それに何の意味があるのか分からないとか、皆で足引っ張り合って誰もが得をしないとか、無駄が多い事をあえてしようとしたりとか、そういう事に納得が出来ない。多分それらのクソな事の大半が「皆やってるから」「前からこうだから」とかいう思考停止や前例踏襲の悪しき風習をず〜〜〜〜〜〜〜っと引きずっていることが原因なのだと俺は思う。この思考停止や前例踏襲は絶対に進歩することはないけど一番安全策であることは間違いない。何故なら、前例があれば何かあった時に「前と同じにしたのでしょうがないです」と言えるからだ。何か新しい事をして何かあった時に自分のせいにされたくないから、一番の安全策である思考停止や前例踏襲をするしかないのだ。これは、もう本当にクソの塊を量産する結果となる。多分、何にしたってそうだ。


    かなり話が変わってしまった感があるけど、こういう事に対して俺は断固として自分の意志を曲げないつもりでいたのだけども、今回の酒の件でなんだかんだ流されてしまったという事に対して非常に情けなく感じたので書かせてもらった次第だ。わかりづらいかもしれないけど、自分自身のポリシーに反してしまったことに自覚して悲しくなったということだ。長くなってしまったが、全部読んだ人には感謝する。ありがとう。
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  • 目に見える思いやりとかどうでもいいからウンコを流せ。

    2017-04-18 21:32111
    この時期ネットを見ると「飲み会で抑えておきたいマナー」みたいな感じでクソしょうもない他人への思いやりについて色々書いてあるのを見かけるけど、俺的にはもうホント反吐が出るほどこの手のモノが大嫌いだ。このブログでも散々取り上げてるから今更ギャーギャーいうのもアレなんだけど、最近イライラする事があるからあえて書かせてもらう。



    上司のサラダを取り分けるどうのとか、乾杯の時はグラスを下に…とか、飲み会のマナーに始まり有休取った次の日には申し訳無さそうにした方がいいみたいな風潮…ここでは全部まとめて他人への思いやりという風に表現させてもらう。……こういう思いやりって、実は結構我慢しながら嫌々やっている人もいるわけであって俺もその一人だ。……ただ、こういった思いやりがなんだか暗黙の了解的にやらなきゃいけない事なんだなって事は理解しているし、嫌だなぁと思いながらもやった方が人生上手く生きていける事は百も承知なのである。だがしかし、「そんな事よりもっと大事な事あるだろ」というのがあるので言わせて欲しい。








    「自分のウンコをキレイに流せ」と。




    トイレに入った時、たまにウンコが流れていない時があったりする。丸々残ってたら「あぁ流し忘れたんだな」ってな感じで嫌々水を流すのだけど、微量のウンカスが水中を漂ってたり便器にべっとりウンコが付着しているのを見ると本気でブチ切れたくなる。なんで見ず知らずのヤツの未処理ウンコを俺がキレイにしてあげないといけないのかと。そもそも、他人にウンコの不始末を見られる事になんの恥じらいも感じないのだろうか。俺は嫌だね。だってトイレ出た後すぐに知ってる人が入ったりしたら「あ…あいつウンコむっちゃ残しとるやん…」と一日中考える事になるだろうし、今後そういう目で見られるハメになる。



    あとはうがいをした後口から出た食べかすを流さないヤツ。コレもマジでわけわからん。なんで他人の食べかすを見なきゃいけないのか。そして何故俺がそれを流さなきゃいけないのか。キャベツだかレタスだか青のりだか知らんが緑のカスが洗面台にこびりついとるんじゃ!




    俺は言いたい。飲み会のクソくだらねぇマナーやどうでもいい思いやりを重んじるなら、それと同時にウンコを流す事も受け入れてもらわねば困る。思いやりとウンコは常にフェアであるべきだ。「俺はウンコで不快にならない」だと?それなら言わせて貰うが俺は別にジョッキの上下なんてどうでも良い。俺が重要視しているのはクソきたねえ他人の汚物を見る状況がまさに不快で今すぐどうにかすべき事なのだ。





    言えない悲しさ
    このウンコ流すべき論の悲しいところは、人に直接言えない事だから何言っても仕方ないということなのである。そう、上で書いた人への思いやりってのは例えば飲み会中に「いや〜君マナーがなってないよw」と軽く注意出来るもんだけど、「君、ちゃんとウンコ流さなきゃダメだよ?」なんて肛門が裂けても言えない事だしそもそも言いたくねえ。さらにウンコをちゃんと流しているかどうかなんて誰にも分からないし、「ぼくちゃんと流してますよ!」なんて言われようものならセクハラ案件として社内を駆け巡ってしまうかもしれない。



    じゃあどうしたらいいのかというと、やっぱり一人一人それぞれがウンコをちゃんと流そうという意識を持つべきであって、ワンフォーオールオールフォーワン的な考え方でトイレは清潔にすべきなのである。それこそが真の思いやりではなかろうか。





    というわけで、ゴチャゴチャ言うならウンコ流せ。 というお話でした。
    明日から自分のウンコが流れきるまでしっかり見届けるってのを実践してくださいね。
    (自分のウンコ流れるの見るのちょっと楽しくね?)



    以上!
  • オタクの糞日記 #71 会社とかいう狭い世界を抜け出そう

    2017-04-17 21:23174
    ども、このシリーズは日常のクソな事について適当に語るコーナーです。
    文章も編集もいつも以上に適当です。では。




    仕事のことですが
    最近になって思う事、それは「会社なんてものは小さな世界であってそれが社会全体ではないんだなぁ」ということ。俺が仕事を辞めた事は皆も知っていると思うが、あれから俺は再就職が決定してまた新しい会社へ入った。すると俺の世界は一変した。マジで。


    これまではずっと無能ポジションにいて右も左も分からず泣きそうな毎日を過ごしていて、上司からは毎度呆れた感じで「こんなのもわかんねーのかよ」みたいな視線を浴びていたわけで、精神的にはもう発狂しそうなもんだったんだけど、今の俺は非常に真面目で頑張っているヤツという評価を受けている。俺自身、ホントに信じられないほどの高評価なのだけど、前の会社にいた頃に比べてそれほど出来るようになった感覚は無いし、何なら少しサボっているくらいである。はて、何が変わったのだろうか。



    そりゃ、多少出来ることは増えているとは思うけど、一番変わったのは環境だろう。前の会社にいたころは、周りの人間は本当に有能な人間ばかりだった。クソ安月給で働いてるのがもったいないくらいにデキる人ばかりだった。そんな中に放り込まれた無能俺は、きっと周りからは「デキて当然の事を出来てないヤツ」と思われていたに違いない。そりゃそうだ、俺以外の人間は皆出来ていたから。……だけど、今の会社は前みたいに有能な人があまりいない。だから比べられる事が無い。皆が出来て当然だからお前も当然出来るよね?っていう雰囲気がまるで無い。多分、これのおかげでストレス無く仕事を出来る一番の要因なのだと感じている。



    これからの事を考えれば、現状に満足せずどうにかスキルアップをするべきであって、俺もそうしなきゃいけないなぁとは思っているのだけど、とりあえず今の事をだけを考えたら俺は幸せだ。ホントに会社を変えて良かった。……今もし「仕事やめてぇ」と思っている新社会人がこれをみていたとしたら、マジでやべえ状況に陥った時は躊躇いなく転職という選択肢を考えてみて欲しい。よくよく考えたら、人間性や努力や知識なんかをメタメタに叩かれたとしても、世の中に存在している無数の会社のたった1社に否定されただけなんだし、もしかしたら他の会社にいけば今より楽に仕事が出来て給料も上がるかもしれない。無能扱いが一変有能扱いに変わるかもしれない。やってみるまで分からんけど、会社を変えるってのはそう悪いことでもないと俺は思う。




    そもそも就活ちゃんとしろって話ではあるんですけどね。
    ホント、馬鹿でしたわ。




    フロッピーオーディオについて

    単体で出すのもアレなんで糞日記で垂れ流します。
    フロッピーディスクから音楽を読み込む全く新しいオーディオプレイヤーを作ろうと思っていて、あれから色々仕組み的なのをボンヤリと考えてたんですけど、やっぱりどう考えても音楽ファイルをフロッピーに入れるのはアホな気がするんですよね。1.44MBの容量じゃどう頑張っても1曲くらいしか入らないし、そもそも本来はMIDIファイルとか所謂楽譜データ的なのを入れて、演奏自体はハードでやるってのが一般的な気がするし、フロッピーに大容量データ入れようとする変態は”フロッピーに入るシリーズ”的な誰得カテゴリ(俺は大好きです)にしかいないと思うし…


    ここで俺が考えたのが、フロッピーをマイリスト的な扱いにする ってやつ。


    曲データ自体はSDカードというか、ラズベリーパイ的なヤツにブチ込んどくわけです。そして専用ソフトでフロッピーを読み込むとSDカード内の曲が再生出来ると。フロッピーの中は暗号化された(未定)テキストファイルみたいなヤツで、それをソフト内部で何らかの変換をして曲データを探し出す。見つかったらそれを再生…みたいな。既存のCDで例えると、CDの中には音楽ファイルは入って無くて、”どの音楽ファイルを再生するか”が記述された目次だけが入っていて、それを再生するとインターネット上のどっかのサーバーに接続して目的の曲をストリーミング再生する・・・みたいな。(例える意味なかったかもしれない)



    こうすればフロッピーの容量問題は解決する。
    がしかし、わざわざフロッピーにする意味(ロマン)が薄れるような気もしている。
    やっぱりどうせならフロッピー自体にファイルを入れたい。



    う〜〜む、
    やっぱり”フロッピーに入る容量で出来るだけ高音質に変換する”ようなソフトを作ったほうがいいのか。いやはや、そんなもの作れるのだろうか。



    もう少し考えたほうがよさそうであります。




    ※アホ追記※
    フロッピーの転送速度の事を全く考えていませんでした。
    調べてないですけど、多分ムリなんじゃないでしょうか。