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  • [久田将義]「ゆとり世代批判」を批判する【ニコ生タックルズマガジン】

    2016-05-25 20:00
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    「久田将義責任編集 ニコ生タックルズマガジン」



    《今後の生放送予定》

    
    

    <久田将義・新刊情報>
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    『生身の暴力論』(講談社現代新書)




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     「ゆとり世代批判」を批判する


     昨今、ゆとり世代批判がSNS上などで散見されます。結論を先に言いますと、無意味な議論にほかなりません。どのくらい無意味かと言うと、朝のワイドショーの「今日の血液型占い」や「今日の干支占い」のレベルです。

     これは古今東西、ず――っと繰り返されてきた世代感ギャップから生じる年配者が抱く違和感にすぎません。

    例えば、団塊世代というものがあります。
    居酒屋などで議論をふっかける「熱い世代」だとも言われていますが、当然全員ではありません。
    新宿歌舞伎町・ゴールデン街というバーが密集した地域があります。メディアの人間の情報交換の場としても使われていた手前、僕がよく足しげく通っていた街です。

    そこでは数十年前の全共闘華やかりし頃、夜な夜な議論を交わす当時の若者がいたといいます。
    けれど、そういう熱い時代を過ごしてきた人でも、今ではおだやかに議論をする人を僕はたくさん知っています。
    一慨に世代論では人間という存在は語れません。

    「ゆとり世代」とは、だいたいが悪い意味で使われているようです。今の20代中半から後半の人たちに向けて揶揄する表現な訳です。

     曰く
    ・誘っても酒の席に来ない
    ・仕事の話も全部メール、直接対話がない

    等の特徴があげられています。

    僕はバブル後期世代の雑誌・単行本編集者ですが、上記のような事は僕もします。
    体調が悪いときには上司や仕事仲間や取材先の酒席の誘いは断ります。
    相手側も顔色が悪い人間とは飲みたくないでしょうから。
    またデザイナー、ライターとのやり取りもメールで済ますことも多々あります。
    それでも、雑誌一冊、単行本一冊出来上がります。仕事上、問題はあません。

    世代間の違和感は永遠のテーマです(悪い意味で)。何の意味も成しません。
    かつて、「ゆとり」などという表現よりももっと、ヒドイ、ある意味すさまじいネーミングの世代が存在しました。
    元巨人の江川卓投手の世代です。江川氏が大学卒業後プロ野球入団のときの記者会見。大人の記者たちに向かって20前半の若者(江川氏)がこう言い放ちました。

    「そう、興奮しないでください」

     それが原因かどうかはわかりませんが、この年代は「新人類世代」と呼ばれるようになりました。このネーミングは僕は今でも強烈だと思っています。
    なぜなら「人類」ではないのですから。「新しい人類」が生まれたかのように言われてしまいました。「ガンダム」に例えればニュータイプの誕生です。
    「ゆとり」どころではありません。
    ネーミングした人は江川氏世代に敵意すら抱いていたのではと感じさせます。


     
  • 【ニコ生タックルズ】ニコニコ超会議2016の詳細

    2016-04-27 08:00

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    <久田将義・新刊情報>
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    【ニコ生タックルズ】ニコニコ超会議2016の詳細
     
    こんにちは&こんばんは!
    ニコ生タックルズは今年もニコニコ超会議にでます!
    2日目の4/30(土)です!
     


    <スケジュール>

    12:00 テスト配信を兼ねて放送開始
             ※久田さん吉田さんのご出演はありません。
              アシスタントの石村のみです。
    14:00 久田将義×吉田豪【出張!居酒屋タックルズ】
    16:30 終了


    <場所>

    超トークステージ HALL5
    http://www.chokaigi.jp/2016/booth/cho_talk.html
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    今年もご来場の会員様
    ニコ生タックルズオリジナルステッカー記者名刺
    あと第一回オフ会で配布した缶バッチ(20名様限定)を差し上げます!

    超会議でお会いしましょう!!!!



    夜はこちら!


    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     久田将義責任編集 ニコ生タックルズマガジン 2016/04/27
    ───────────────────────────────────
    企画編集:久田将義
         メディウム

    発  行:久田将義
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    Copyright(C) MasayoshiHisada. All Rights Reserved.
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  • [久田将義]すぐ身近にある暴力の恐怖~『生身の暴力論』~「はじめに」全文掲載

    2015-10-09 18:001
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    《今後の生放送予定》




    <久田将義・新刊情報>
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    『生身の暴力論』(講談社現代新書)

    二年ぶりの書きおろしです。
    僕たちは幼少の頃から先生や親に「暴力はいけない」と習ってきました。しかし、毎日のように大小の暴力事件がニュースになっています。

    ――この世の中、暴力に満ちていないか。なぜ暴力を振るうのか。なぜ悲惨な事件が起きるのか。

    そういう思いが執筆のきっかけです。  

    また、ヘイトスピーチを中心にネットでは「殺す」などという言葉が浮遊しています。
    言論の自由の向こう側には暴力が存在しているという想像力を働かす必要があると思います。
    想像力の無い人間は自身の言葉に復讐されるのではと考えます。
    暴力を論じる事は言論の自由の大切さを論じる事にほかならないと思っています。

     本書では現代の空気感を捉えるのに暴力というキーワードから入ってみました。
    色々な暴力を、事件を、色々な角度から考察・論考してみました。綾瀬女子高生コンクリ事件や川崎市中一殺人事件からネットでの言葉の暴力、駅構内での暴力、ヤクザの暴力等々を取り上げています。

    「今」をとらえるのに、少しでも参考になればと思います。




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    すぐ身近にある暴力の恐怖~『生身の暴力論』~
    「はじめに」全文掲載

     『生身の暴力論』(講談社新書)が発売されました。なぜ、このような本を出したのか。僕たちは、幼い頃から「暴力はいけない」と教わってきました。けれど、毎日のように大小問わず、暴力沙汰が記事になっています。暴力は人間の負の部分と言えます。また、ここでは暴力とは「強者が弱者へ振るう卑怯な手段」と定義づけて語る事にします。「弱者が強者に振るう」のは反骨であり反抗であると考えます。

    と、ここで色々書くより読者の皆様には『生身の暴力論』の「はじめに」の部分をご覧頂こうと思います。それを読めば本書のコンセプトがお分かりになるかと存じます。宜しくお願い申し上げます。また、初校の段階で削った箇所を会員に向けて掲載しています。(筆者より)


     

     

    はじめに


     

     世の中、暴力に満ちている――。


    最近新聞、テレビ、雑誌、ネットを見てそんな想いに駆られる時がある。読者の皆さんは、暴力をふるわれたことがあるだろうか。あるいはふるった事があるだろうか。ない人が多数だと思うし、当然ふるうべきではない。それが健全な社会生活の送り方だ。出来れば、一生、暴力とは無縁の世界で生活を送るのが理想である。ただし、ニュースで毎日のように、暴力沙汰が報道されているのを見れば分かるが、残念ながら暴力はこの世の中に存り続けている。それも時には、僕らの近くに存在したりする。


     


     それでは僕なりに、暴力を定義してみよう。



     

     まず、暴力とは弱者へ向かうものをここでは指す。


    反対に自分より立場が上の者や、肉体的に強者へ向かうのは、暴力ではない。反抗であり反骨だ。弱者へ向かう暴力はイジメと同義である。暴力の本質とは「ダサい」にある(「ダサい」の論考は本稿で詳しく述べる)


     

    さらに、暴力には大きく分けて二つある。


    肉体的にダメージを与えるやり方。言ってしまえば、殴り合いの喧嘩などである。もう一つは、精神的にダメージを与えるやり方。罵倒・中傷など行き過ぎた言論であるところの言葉や文字の暴力はこのパターンだ。


    言論の自由という言葉がある。近代国家において、まず第一に守られなければならない原則だ。しかしその言論の自由に甘えた、暴力的言葉がネットを中心に増え過ぎてはいないか。言論の自由とは肉体的暴力がない事を前提にした約束事だ。


     

    ヘイトスピーチに代表される、言葉の暴力は「言論の自由」に甘え、寄りかかっている。言論の自由は「言論には言論を」という、人の良識・善意を担保としたものとも言える。しかし、その良識に寄りかかり、行き過ぎた言葉・文字の暴力が存在する。言論の自由をナメているとも言える。「もしかしたら『言論には言論を』の延長に暴力が存在するかも知れない」という想像力の欠如がそこに見える。そして、その暴力が体験した事のない恐怖を覚えるような圧倒的なものだとしたら……。


     

     最近、言葉の力を軽く考え過ぎている人が増えているのではないか。言葉は人の口から出ると言霊となる。そして時にはブーメランのように自分に返ってくる。覚悟がない言葉を吐く人は自分の言葉に復讐される。


     

     言論の自由を軽く考え、人を傷つけたりするような言葉を発したとしよう。それは相手が、こんな事で「手は出してこないだろう」という憶測での言動だ。ところが「それがどうした。罪に問われる事など全然かまわない」という人間もいる、という想像力を働かせて、言葉は吐くべきだ。


    極論を言ってみる。


     

    言論の自由とは何を言っても構わない。


    その代わりに何を言われても構わない。


     

    そして、その延長線上に「何をされるか分からない」が在るかも知れない。そういう危機感を持つべきだ。「何をされるか分からない」の内容とは具体的には暴力を指す。


     

    言論の自由と暴力はコインの裏表のようだ。例えば「殺す」「死ね」等の言葉がネット空間を中心に浮遊している。もちろん、全て真に受けている訳ではないが、本当に殺せるのか。殺せないなら、そういう言葉を吐くべきではないと、僕は考えている。これは個人の信条だが。


    言論の自由を語る事は、暴力を語る事にほかならない。逆説的に言えば、暴力を語る事は言論の自由の大切さを語る事になる。(※以下に初校で削った文章を掲載します)