• 敗戦国のアイデンティティ その1

    2018-08-08 21:16

    マッカーサーは「エゴ」と名指しされるほどの傲慢さを持っていて、その山より高く岩より硬い自意識がしばしば本国大統領府との衝突を引き起こした。そして、GHQの最高意思決定者として莫大な軍事力と日本国民に対する圧倒的政治影響力を持ち、日本史上唯一の「外国人皇帝」として君臨した。

    この男の「エゴ」は、本国ワシントンの政敵達だけでなく、日本国に対しても等しく向けられることとなる。ただ、その「エゴ」は単にこの「碧眼の日本皇帝」の個人的所有物というわけでなく、対日戦勝国アメリカの・・・もっと言えば欧米文明世界全体で育まれる「共有物」であったと思う。

    ミズーリ艦上における「相違するイデオロギーの問題はもはや戦場で解決された」というマッカーサーの物言いは、それが民主主義と全体主義の相克に本質を置こうとする意図があったとしても、日本国民にとっては明らかに西欧文明世界の勝利宣言だった。日本はこの時、自らの文明が西欧文明に完全に屈服したことを認めさせられた。世界が一つの文明世界に染まったことを、50年の苦闘の末かつて抗おうとした西欧の奔流に遂に呑み込まれてしまったことを、はっきりと認めさせられた。

    もっとも、この西欧世界の高らかなエゴの勝利宣言はそのおよそ8年後、中国の手によって完全に覆されることとなるがそれはまぁ今回は置いておく。

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    ポツダム宣言において米英は「日本国民における民主主義的傾向」の復活の強化に言及しているが、それが本質的にはエゴから来る西欧民主主義の単なる「外科的な移植」であって、日本世界在来の歴史的な繋がりのある「民主主義傾向の育成」でないことははっきりとしていた。連合国は敗戦国家日本に対し「平和と民主主義(と、民主主義の健全な発展に資する自由主義)」の両輪を据えることとしたが、平和はともかくとしてその「民主主義」が西欧文明の移植である以上、これは形を変えた異なる文明の征服に過ぎず、断じて解放ではなかった。

    戦前戦中と軍国主義者の桎梏に囚われていた日本の政党人らは、これら欧米人の言う「日本国民における民主主義的傾向の復活」を鵜呑みにして「敗戦必ずしも悪しからず」と無邪気な希望を持っていたものの、欧米人の本質が「征服者」であり、無意識的にも(それが罪悪かどうかはこの際別にして)この世界に欧米以外の文明世界が存在すると認識していないこと(※)がすっかり頭から抜け落ちていた。

    ※・・・文明人というのは基本的にそうなのかもしれない。中華文明人にとって海内と海外はあっても国境線という概念はなかったように。

    その事実を日本人がはっきりと明確な形で征服者たちから突き付けられたのは1946年2月13日のことである。それは、日本政府の松本憲法改正担当大臣と吉田外務大臣がGHQから米国人謹製の憲法改正草案を明示された日だった。

    この時、法律の大家である松本大臣(本名は松本烝治で、ジョージ・ワシントンを敬愛する父から名づけられた)は、GHQのアメリカ人から手渡された憲法草案(英文)の余りにも「出来の悪い条文」に愕然としたと言われる。「不磨の大典」意識が強い日本人の専門家にとって、「餅を餅屋にだけ任せると餅屋に都合の良い餅しか作られない」という意識から専門外の素人が法律を作ることに違和感を持たないアメリカ式の条文は生理的に受け付けなかったのだろう。ただ、それは専門家としての松本大臣の矜持の問題であって、それよりもっと、遍く日本国にとって重大な難題がこの憲法草案にはあった。

    曰く憲法草案第一条、「天皇の地位は人民の主権意思より承ける」という条文である。

    これは間接的にだが、日本国が「天皇主権」から「国民主権」へと移行することを示していた。さらに続く14条にはこれを強化するように「人民」は政府のみならず皇位についてさえ最終的な意思決定者である旨が明記されている。時の幣原総理大臣は連合国との講和の為にも前代未聞の「戦争放棄条項」を受け入れたと言われているが、こと、この「国民主権」的条項については顔面蒼白であったと言われている。

    あまりの重大さからこの憲法草案は即座に閣議にかけられることはなく暫く秘密に付された。一読されればすさまじい議論の紛糾は避け得なかったからだろう。

    この憲法草案は政府内で議論と一部修正が加えられたのち「日本政府案」という体で公表され、1946年6月からの第90回帝国議会に政府提出の憲法改正案として本会議にかけられた。

    与野党の議員らが一様に議論の焦点としたのはやはり先の国民主権的条項にあり、本会議における憲法改正論議の多くがこの部分に費やされることとなる。

    そもそも当時の日本人に「国民主権」という言葉には馴染みがなかった。もっと言えば「国家」というものでさえ本当は曖昧なままで、色々と学問上の小難しい方便や解釈はあっても、本質的にはこれは無数の人間と諸機関の寄合でしかなかった。

    しかしその「日本国家」という抽象的な「仮説」に唯一はっきりとした輪郭を加えることができたのが「天皇制」だったのである。

    日本帝国憲法の第一条、いの一番に天皇条項が掲げられたのはまさにそのことを表している。大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す・・・日本国家という無形の存在は、天皇に統治されることによってこそ実体化し存在できると考えられた。日本は領土でも国民でも主権でもない、ただ天皇によって構成されている・・・これは幕末期の限界にまで達した諸矛盾を乗り越えて統一日本の新時代を開拓するために文字通り流血の末にたどり着いた答えで、まさに日本を再定義するアイデンティティだった。

    もちろん、ただ言葉としての「国民主権」という単語が存在しなかったわけではない。しかしそれは決して天皇主権にとって代わる革新的な価値観としてではなかった。そのまま文字通りに「国民主権」という言葉が使われたり、あるいは「主権在民」という別の表現で用いられた理していたが、いずれにしてもそれらは大前提として「天皇による統治」の内側に抱擁されているものとされていて、天皇と主権という価値観と矛盾するものという意識はどこにもなかったのである。

    ポツダム宣言の受諾について政府側が「国体(天皇制)は護持される」と明言したのはこのためであり、軍国主義を排し政党政治の復活を目指す政党人らがこの点を再三にわたり確認したのもそのためである。彼らは別に天皇個人に奉仕するつもりもなかったし、いわんや全体主義者であったわけでもない。ただ日本が形を保っていられるかどうかを気にしていたわけで、国民が依るべき国家を失わないかどうかの問題だったのである。無形の抽象的な存在である日本国家が存続していくために、輪郭としての天皇は絶対的に必要なものだった。

    しかしGHQの憲法草案はこのアイデンティティ・・・つまり至高の「国体」を一気に否定した。そしてそれは敗戦国にとり避けて通れない義務であると暗に示された。日本は天皇の統治する国から「国民主権」などという「得体のしれない何か」に変わることを強要された。

    しかし天皇の統治が存在しない国民主権とは一体何なのか日本人には想像もできない。国民一人一人に主権があるなどという奇天烈なお題目をこの憲法は掲げるか、しかしてどうやってそれを具現化するのか?日本国土を7,000万個に細断して分配するのか?一戸一戸の家に領土を認め、なおかつその世帯内でさえ主権とやらを分配し家族的な共有を終わらせるのか?国民主権は地域の結びつきを解消し家庭を解体し、日本を人間の数だけバラバラにしてしまうのではないか?豊かなアメリカではそれが上手くいっても、戦争に負けて食うものも着るものもない極貧の日本人には天皇制的な家族意識と相互扶助がなければこの国難を乗り越えられないじゃないか・・・

    第90回帝国議会における憲法改正案についての議論は、再三にわたって天皇の地位と「国民主権」とは如何なるものかという点について微に入り細を穿つこととなる。似たような議論が何度となく繰り返され、この得体のしれない概念を何とか呑み込めそうだというまで咀嚼し続けることとなるのである。

    一方で憲法9条の戦争放棄条項についてはあまり熱心な議論となることはなかった。そもそも当時の日本は国家破綻の極みにあり、国土は荒廃し国民は食うものも着るものも住むところも無い貧窮のどん底に落とされていた。前代未聞の住宅不足と飢餓のなかでは軍備にまわすカネなどこれっぽっちもなく、また軍靴に蹂躙された記憶が生々しい政党人らは軍隊の不保持をむしろ進んで歓迎するありさまで、今更軍隊が持てなくなったところで大した不都合はないという認識だったのだろう。というか、戦争に負けて外国軍に全土を占領された状況下において「外国に武力侵略されたらどうするんだ!」という呑気な議論がそもそも成り立つはずがないのである。

    また吉田茂は憲法改正を「ディプロマティック・センス」の問題だとしたが、実際の本会議でも憲法9条について外国ないし国際社会との安全保障面での結びつきや条約に絡めて論じられることがもっぱらで、多くの議員が外交上の努力で対応できると考えていたことがわかる。言い換えれば軍隊の有無は外交問題の範囲内であり主権問題ではなかった。前述の通り、日本においては国家の主権を構成するのは天皇であって軍隊ではなかったからである。日本は軍隊主権国家ではないのだ。

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    日本に西欧型民主主義を移植するなどという並はずれにバカげた計画は、今となっては笑ってしまうような真剣さと杜撰さで実行に移された。GHQ製作の憲法草案は、押しつけ憲法とバレてしまえば日本人が将来これを放棄してしまうことを懸念して、できる限り日本政府の自主的な草案であるよう「演出」する必要があると、愚かなヤンキー達も分かってはいたらしい。もちろん、理屈の内では理解できていても言うは易く行うは難しである。そうそう上手くいくはずがないし、日本人も馬鹿ではない。

    日本政府提出案という体で第90回帝国議会に提出されたこの憲法草案について、社会党の鈴木義男議員はこれを「外国語臭い」と一刀両断し、しかもそのうえ日本人の憲法としていつか日本の言葉に「改作」するつもりはあるのか、と極めて踏み込んだ発言をしている。

    この憲法草案がGHQの謹製であること、マッカーサーの肝いりであり且つ「最後通告」であること、そしてあの「碧眼の日本皇帝」が握る権力の強大無比なことを考えれば、もはや日本側に選択の余地はまったくなく、だからこそ鈴木議員の発言は、まさしく果断であり、日本人としての意地があったのだと言うほかない。

    ただ、こういった命知らずな意地というのは例外的というか、言っても詮無いことをどうしても言ってしまう、時局大転換の折の儚い愚痴のようなものに過ぎなかった。

    大多数の人々は、当の鈴木議員でさえ、吉田茂の言ったような「ディプロマティック・センス」で世の流れを受け止めており、この憲法草案を「歓迎」した。確かにその条文はアメリカ英語からの翻訳特有のいけ好かなさはあるものの、そこに書き上げられている自由だとか民主主義だとかあるいは戦争放棄といった文言は、敗戦によって貧窮のどん底にある日本を掬い上げるにおいては特段足枷となるものではなさそうだったからである。戦争に負けちまった以上は、それくらいのことは仕様がないだろう。

    しかし問題は国民主権である。これだけはどうにかしないことには話にならない。アメリカ人のエゴ丸出しなこの憲法からはアメリカ的価値観を日本に移植しようとする下心が(GHQの計らいも空しく)ものの見事に丸出しで、だからこそ日本人の側からすれば、対応策を十分に議論する余地が生まれたのだった。

    当時の国会議事録を読めば、議場にいた議員たちが堂々とこの憲法に込められたアメリカ的民主主義の価値観を骨抜きにしようと明け透けに議論している様が見て取れる。よくもまぁこれほどまでにアメリカ的価値観を公然と否定してしまったものだと感心してしまうほどである。もちろんGHQの英才たちがその事実に気付けなかったはずがないのだが、まぁ日本を西欧文明に改造するなどという土台無理な大風呂敷を広げてしまうような人々なのだから、どこかで割り切っていたのかもしれなし、あるいは、自由党の北浦圭太郎が「実のない山吹」と指摘したように、天皇制を有名無実化させることによって深く静かにその切り崩しを図ったのかもしれない。

    とにもかくにも結局、当時の日本の人々は、国民主権を掲げるこの新しい憲法もまた、天皇制の中に取り込むことが可能だと結論づけて、いわば解釈して呑み込むこととした。一君万民を引き合いに出し、天皇と国民は不可分であるから国民主権は天皇主権と一体であると解釈し、これを対立的に捕えようとした西欧的価値観を覆してしまった。だからこそ、憲法改正案採決の折、改正小委員会委員長だった芦田均は委員長報告の上で「これにより国体に変革が及ぶことはない」と堂々と断言したのである。

    事実は小説よりも奇なりというが、現在を生きる私の視点から振り返ってみれば、なんとも驚くべきというか、当時の人々は戦争には負けたけれども「国家が滅亡した」という認識はまったくなかったことがありありと見て取れる。もちろんこれは国会議事堂の中にある人々の認識であり、焼け野原になった国土の真ん中で途方に暮れて絶望している市井の人々からすれば確かに国は「滅亡」した実感はあったかもしれないが、しかし、日本という国としての認識の中枢にいる人々の解釈としては、日本国家と日本世界は今なお断絶せず確かに連続して存在していることとなっていたのだろう。

    ***********

    以前、紹運兄貴が無神論と越えてはならないラインで次のようなコメントをしてくれた。


    近世から近代を経て現代に至るまでの「文明的侵略」の「最初の被害者」は、欧州の隣のイスラム世界ではなく、欧州そのものなのです。
    最初に破壊されたのは、イスラム世界ではなくキリスト世界です。
    当然の帰結として、「文明の破壊」が最も進行しているのも欧州であり、その中でも特に「先進的」なスウェーデンやデンマークにおける無神論者の多さは言うに及びません。
    (もちろん、保守的なヤハウェの信仰者にとって、北欧は最悪の世界の一つに他なりません。)

    歴史的文脈において、西洋人は加害者として扱われることがほとんどですが、私はこれをフェアではないと感じています。
    西洋人は何らかの偶然、または必然によって、世俗化の起点に立たされたばかりか、今もなお最前線での戦いを強いられています。
    個別の歴史的事件において、結果として西洋人が加害者となった例が多いことは間違いありませんが、
    全世界的な世俗化の拡散という俯瞰的な視点に立つときに、西洋を一方的に断ずるような形で表現することについては、逐次に疑義を挟まざるにはいられないのです。


    あるいは私自身、別の記事で次のように書いている。



    そしてもう一つ、これは身も蓋もないことだが、国家経済にとっての良い個人が私たち一人一人の人間にとって良いことだとは限らないという厄介な事実は避けて通れない。

    近くは隣国の「サムスン栄えて国滅ぶ」の例があるが、西洋諸国に比類なき栄光をもたらした産業革命にしても、ラッダイト運動やロンドンの労働者の劣悪な生活環境、あるいは極端に低下した平均寿命をみれば、西洋列強諸国産業の飛躍は非西洋世界だけでなく西洋の労働者自身をも餌食としていた。



    ただここで一つはっきりと明言しておくが、西洋人がどれだけ苦難の近代史を歩んできたとしても、私は西洋の歴史や西洋文明の近代の世界征服にかかる歩みについて、なんら一切同情すべき事情も義理も持ち合わせていない。

    なぜなら私は日本人であり、その前にアジア文明人だからである。以前何かの記事のコメント欄で「アジア主義者なの?」と聞かれたことがあったが、それはもう野暮というもんで、アジアでアジア人の両親からアジア人として生まれアジアの中の日本で育った以上アジア主義者以外の一体何者になり得るのか?幼いころに西欧に移住したのでもなければ、日本の中で日々を完結している限り、アジア人以外にはなりようがない。

    私は西欧人でもなければ名誉白人でもない。純然たる日本人であり列記としたアジア人である。アジア人ならアジア人としてのルーツと歴史以外に持ちようがない。西欧人の文明征服活動に晒されたアジア人が、どうして西欧人の征服の歴史に(たとえ確かに悲劇があったとしても)同情を寄せ得るのか、私には理解できない。それは完全に彼らの都合であり彼らの自業自得でありまったくの他人事であって、アジア人には想像もつかないものである。被征服圏にあったアジアの人間が近代の歴史を振り返るとき、西欧が常に一方的な征服者であり続けるのは至極当然のことで、ここに戸惑いを感じてしまうことは、私にはどうにも奇怪であるように思えてならない。

    本来、歴史を見ると、日本は国策として外地への征服活動を推進したことはなかった。対外関係においてこういった「力の理論」をこの日本に持ち込んだのは西欧人たちである。アヘン戦争で清朝を屈服させ、その後ペリーの黒船が浦賀にやってきたのを皮切りに、西欧人たちはこの外来思想を日本に植え付けることに成功した。日本の近代化が西欧文明を受け入れること、そしてその刺々しい価値観の宇宙を生き残るためにすべてを集中させたことはもはや議論の余地がないほど明らかである。「文明開化」などいうものは決して西欧文明のなかに日本のルーツを見たからではない。西欧文明が世界を征服してしまうのを見て、やむを得ずこの凍りつくほど恐ろしい価値世界に踏み込もうと決死の覚悟を決め、苦難の歩みを始めただけである。

    だから「大東亜戦争」そのものや、戦場で行われた細々とした捕虜虐待・虐殺は別にして、総体としての「太平洋戦争」そのものは「西欧に対して負う日本の罪」などには絶対になり得ない。それは西欧由来の業が西欧自身に報われただけであって、そういう意味で真珠湾攻撃は、アメリカが日本に持ち込んだ病原菌が、発祥の地へと里帰りしてきたに過ぎないからである。西欧がイスラム世界や新大陸やインド亜大陸や中華文明圏に対し「世界の道理」として押し付けたものが西欧そのものを呑み込んだだけであり、謂わば西欧の伝統的な日常の風景が何の代わり映え無く現出したに過ぎない。

    もちろん、日本にとってあの戦争は飽くまで「アジア的な」戦争であって西欧のパワーゲームとは別物ではあっただろうが、しかし結局のところ世界は弱肉強食であり軍事的解決以外に生存の方途がないという大本の思考そのものは、もともと西欧人が世界中で証明してきたところである。

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    やれ文明開化だの西洋化だの、甚だしくは脱亜入欧だのとアジアの日本人がどれだけ嘯いても、結局、日本人は日本人にしか(あるいはアジア人にしか)なれないという現実はどうしても動かしようがない。それは戦前の歩みを見ればよく分かる。

    あれだけ西洋人に認められようと血の滲むような努力を続けてきた日本が、日露戦争に勝利してようやく認められたと思った矢先、アメリカによる日米紳士協定の一方的な蹂躙、パリ講和会議上での人種差別撤廃提案の不採択、ワシントン体制に掛かる容赦なく冷徹な現実外交の所業を目撃し、結局、西欧は日本を同列に扱うつもりなどないのだと悟ってアジアに依拠しつつ西洋と対峙していく決意を固めたことが、すべてを物語っている。当時の代表的な国際協調主義者であり親米派だった内田康哉が強硬なアジア主義者に転身した様は、日本人の西欧文明世界に対する失望と怒りを端的に表した好例であるように思える。

    「外交的な失敗」という方便で単なる戦術上の過誤が引き起こした失策として、太平洋戦争を文明間の衝突から「外交上の失策」程度に矮小化する輩は今もいるが、その「外交」とやらは結局は西欧人が生み出した「西欧人向けの社交クラブ」であって、アジア人は対等な権利を持つメンバーとしてそもそも数に入れられていない。よしんば「外交努力」で1941年の危機を乗り越えられたとて、「西欧至上主義」の西欧文明の価値観が変わらない限り、例えばワシントン体制の顛末のように、いつかは西欧人の都合が変わってまた日本が同じような「外交上の」危機に直面するであろうことは明白である。

    アジア人のアジア人に対する戦争である大東亜戦争は別として、異なる文明同士の衝突である「太平洋戦争」は結局のところ避けえなかったのではないか。そしてそれは、西洋人に西洋人として認めてもらえないという外的な要因よりもむしろ、西洋に征服された世界の中で(一時はその中に飛び込もうと決意したけれども)やはり自分たちはそのままの日本人であり続けたいと願った日本人自身の内的要因によるものの方が大きかったのではなかろうか。そう思えてならない、というよりは、日本人としてそう思いたい、と言った方がいいのかもしれない。

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    日本人が本来、他文明に対する侵略者であったことはまずない。

    日本人が明白に侵略の集団的意図をもって列島外への攻撃を実行したことは、有史以来1600年の間でたった一例、豊臣秀吉による朝鮮出兵があるのみである。それにしても秀吉の個人的な野望であり、出兵に参加した諸将の動機の第一も秀吉個人に対する奉公のためだった。日本民族、あるいは日本国がその社会的な意思により侵略を欲したわけではない。

    また、明治時代に実行された日清日露の戦争も、朝鮮の併合も、もっと広く言えば明治期のあらゆる拡大行為は、山賊が略奪に見出すような欲求からではなく、日本国家の防衛のために行われた「自存自衛」ための挙であったことは確かである。

    今、日本の「罪」とされる過去のことが全て西洋文明から(間接的に)強要されたものなのだとすれば、天皇制を維持し、決して戦争に手を染めることのなかった戦後70年の歩みは、日本本来の姿を取り戻したのだと言えるかもしれない。

    で、果たして、そうなのだろうか?

    今の私たちは・・・勝手に一緒くたにされたくないのであれば一人称に読み替えてもらって結構だが、今に生きる私は、第90回帝国議会で必死に「国体」を解釈防衛しようとした人々の精神世界を、読み解くことができない。彼らにとっての天皇制がなんだったのか、どういう、どれほどのものだったのかを、心を震わせて、共感して理解することができない。

    そしてもし、天皇制を実質的に維持し得たことによって、日本人が日本人であることを守り通せたとするならば、戦後平和の歩みは、決して諸手を上げて称賛はできないのではないか?むしろ、全層全部に渡ってではないにしろ、しかし決して少なくない部分について否定的に言及しなければならない気がする。

    戦後も続いた西欧文明による世界支配について、生き残った日本は立ち向かおうとしなかった。朝鮮戦争にしてもベトナム戦争にしても、米軍に作戦根拠地を提供し、アジアを焼きに行く米軍爆撃機を眺め、阻止できなかった。そしてそれ以上に、周辺世界の生き血を啜って肥え太る欧米金融体制を破壊しようと企図するどころか、その一員となる取引さえ結んだ。いま、中国が西欧世界に対して取っているような対峙の姿勢を、中国の代わりを務め得る時代に日本は取ろうとしなかった。そして今になって、そのことを情けないとも過失だったとも思おうとさえしない。

    果たして、日本人はマッカーサーの企てを本当の意味で阻止できたのだろうか?日本人として戦後を生きてこれたのだろうか?天皇制を理解できず、アジアというものも顧みず、果たして日本国は今も存在しているのか?

    日本とは、日本国とはなんであるか?という試験問題が出たとき、答案用紙に「すなわち万世一系の天皇が統治召される国家である」と書ききれる人がどれほどいるのだろう?

    自民党の改憲案では天皇を国家元首とするとある。結構なことだと思う。国民の安寧と平和を日々祈る天皇こそ国家元首にふさわしい存在であることは、異論の挟まる余地が微塵もない。少なくとも、どこの馬の骨ともわからん政党総裁を元首と見なければならない惨めさとは比較にならない崇高さが元首としての天皇にはある。

    だがそれでも、日本とは即ち天皇である、と言える人は、もうこの国に存在しない。この社会にない。

    政権が何かしらの不正を働いたとき、それを天皇に対する不忠であると非難する声が起こることもない。一拍、戸惑いのような空白の後に「それは国民に対する裏切りでないか」と問う声がポツポツと上がり、そのたびに周囲が冷笑的な虚無の表情を顔に浮かべるだけである。

    「国民って何?だから?」

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    万世一系の天皇をフィクションという人がいる。だから国体もまたフィクションなのだと。7000万の日本人をだましていたのだと言う。

    しかし、信じるという行為は必ずしも客観的な真実を必要としない。

    確かに戦前の人々は明治政府が創作した国家神道的天皇というデマカセを信じていたのかもしれないが、それは特段に愚かなこととは言えない。考古学的に証明不可能ないし合理的な思考上で否定的であるものを信じる人々は世界中にいる。あるいはキリスト教徒にしろイスラム教徒にしろ、そして仏教徒にしろそういった面は大いにある。しかし、だからといって彼らは愚かではないし、フィクションを信じる人々がより高次の道徳観念や善悪の信念、現実問題の処理能力を獲得できていることは決して否定できない。

    明治政府の作り上げた「復古日本」は大いにデッチアゲを含むものである。天皇そのものがデマカセの塊だったかもしれない。では、天皇に代わるものを「客観的真実」とやらでくみ上げてみろ、「客観的真実」で日本を説明してみせろ、と言われたとき、「日本」という国は途端にバラバラに崩れ去ってしまう。

    ***********

    確かに「天皇制」に騙される「日本人」はもう存在しないだろう。

    無くなったのは「天皇制」か、それとも「日本人」なのか、どちらかは分からないが。

    しかしまぁ、現実問題としていつまでもそうフラフラしていられないわけである。どこかで日本国家をもう一度つくらなきゃいけない。

    なのに話題になるのは憲法9条々々々々・・・・正直、軍事力だとか自衛手段だとかはどうでもいい。そんなものは二の次三の次、国にとってはおまけのおまけである。石破茂は(まったく異なる文脈でだが)守るべき国民がいなくなっては軍事大国になっても仕方がないと言っていたが、まさにその通りだと思う。軍隊は手段であって目的ではない。再武装に主権の面影を重ねることは、根本の国体が崩れ去ったなかで窮余の小細工に逃避しているだけである。

    で、日本って?それはなに?

    そりゃまぁ、アジアの中の日本ってことしかなんないんじゃないの?それを東と西にはき違えてたってことなんじゃないの?今もはき違えてるのかもしんないけどさ。

    とりあえず収拾がつかなくなってきたから一旦休んで、どうぞ。

    (不尽)
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  • 人生の23%

    2018-07-16 16:532

    私たちに与えられた人生の時間とはどれくらいあるのか。何でもかんでも数値化するのは嫌いだが、仮に計算してみると、

    一日が24時間でそれが一年365日あり、男性の平均寿命(日本)はおおよそ87歳なのでこれが87セットあることとなる。24h×365d×87yとなるが、仮に2018年生まれとして天命を全うする2105年までに閏年が21回あるのでこれに21d分の時間を足さねばらない。

    とすると、前式に24h×21dを加えて、人生の総時間はおよそ762,624時間となる(HL:Hours of Lifeとする)

    といってもこの76万時間をすべて自分のために自由勝手に消費できるわけではない。いくらか分の時間を生きる上でのコストとして割かねばならないからである。そのコストというのは生存のための必要経費であり、まず第一が睡眠で、第二が衣食住の為の生産活動である。生産活動とは古代であれば狩猟採集であり、中世であれば農作業であり、現代ではあれば幅広く賃金労働を意味する。人によっては交際活動費も生存コストに含まれるだろうが、話を単純化するためにここでは省く。

    睡眠時間をおよそ一日6時間、つまり一日の1/4とみると、総稼働時間はHLの約75%で約571,968時間しかない(AHL:Actual Hours of Lifeとでもすればいいか?)

    で、そのうち労働時間はどれくらいかというと、現行の法定労働時間で8時間、これに休憩1時間をいれて平日は9時間労働現場に拘束されることとなる。新卒で就職したとして65歳定年制とみるとこれを43年間続けることになる。一年のうち平日数がおよそ243日として、9h×243d×43yで94,041時間。日本の平均有給取得日数が8.5日で、9h×8.5d×43yつまり3,289.5時間をこれから引くと、人生の総労働時間は約90,751時間である。(WHL:Working Hours of Life)

    だからAHLに占めるWHLの割合・・・仮に余命労働総拘束率(Working Rate of Life)とするが、このWRLは約15%になる。ただ、この場合の余命というのは揺り籠から墓場までの総寿命時間なので、新卒社会人からの起算点とすると、WRLは約23%にまで跳ね上がってしまう。

    これが毎日2時間残業だと約30%に、過労死ラインの残業量だと約34%にまで上昇する。いずれも土日祝完全休日を前提としているので、これが休日数の少ない業種となると、それぞれ26%、31%、36%となる。ちなみにもし、週休一日などという労働環境であれば、定時上がりでも31%、過労死ラインなら42%にまで達する。意味のある人生のうちおよそ半分近くを労働に拘束されることを意味する。

    もちろん、睡眠を有意義な人生の稼働時間と見做すのならば話は大きく変わってくるが・・・今回はそれを考慮しないとなると、私たちの人生の、純粋に自分の為だけの自由な時間というのは、社会人であれば(出来得る限りホワイトな職場と仮定したうえで)多く見積もっても全体の77%だけしかないのである。

    一人につきたった一つしかない人生と考えれば、23%の減耗は決して少なくはない。

    ***********

    「やりたいことを見つけろ」というのは大体は学校の先生が口酸っぱく言うことであって、だから当の教員という職は、大体が「やりたいから就く」職業であると言える。

    ぼんやりと「安定した職業」「公務員だから」という味気ない未来像をモチベーションにして教職課程を取ることぐらいなら、まぁよく考えてない流されるだけの大学生でもできそうなことだが、そこから教育実習を受けて、単位を取得して教員免許を取って、そこからさらに都道府県の教員採用試験を受けて正式に採用されるとなると、ある程度の意欲がないとモチベーションを維持できない。

    少なくとも一般的に言って教員は「嫌々ながら」なる仕事ではないのである。

    だから教員である彼らは往々にして「やりたいことを見つけろ」と他人(生徒)に言えてしまう。自分はやりたい仕事を見つけられたから・・・なろうと思ってなった仕事だから、である。彼らは社会から強制された選択肢を渋柿を食うような顔で受諾した人生ではない。余命の23%に、強制以外の意味を持たせることができた人々である。

    ネットのまとめブログで仕事関係の記事を眺めることほど人生に毒となるものはない。

    大体が残業が少ない方がいいとか、労働時間は短い方がいいとか、雇用契約書にある労働条件以外のことはしなくていいとか、そういう声しか載っておらず、一番重要な「どういう仕事か」「自分の人生にとって自分の仕事がどのような意味を持つか」という点が常にすっぽりと抜け落ちているからである。まーるで、誰も彼も仕事に意味など不要だと思っているかのように。

    そういう毒となる記事ばかり読んでいると、肝心要の、自らの労働の意味というものに考えが及ばなくなってしまう。余命の23%を費やすこととなるものの意義を考えられなくなってしまう。あたかも、その23%は最初から捨てなければいけないものなのだと、盲腸のように不要なものだと言うかのように。自分の人生の23%は捨ててしまっても問題ないのだ、というような、とんでもない錯覚に陥ってしまうからである。

    自分は賢いと勘違いしてる馬鹿の大体はこの手の「23%を捨てた連中」で、義務教育学校で言えば「テストの点数さえ取れればいい」と言って毎日学校には来るくせに不真面目にぐーたらしてる連中である。だったらテストの日以外は学校サボってどっかで遊んで人生経験積んでりゃいいもんを、毎日6時間を何もせず無駄に浪費する、非常に効率の悪い生き方をしてしまう。

    仕事には「意味」がいる。人生の23%を無意味に浪費するなど大多数の人間には耐えられないはずだからである。就職する前に「やりたい仕事」と出会える人間は幸運な人々だけだが、しかし、就職した後からでも仕事に意味を見つけること、あるいは、その意味に気付くこと、もしくは、何かしらの意味を持たせることはできる。

    残業だの定時だのしか書かれていないまとめブログの記事なんぞ、何百個読んだって無駄の無駄。無駄どころか有害の極み。百害あって一利なし、人生の23%をどぶに捨てるよう思考や価値観を誘導されてしまうだけである。

    ***********

    仕事との出会いは人生で非常に大きな意味を持つが、負けず劣らず重要なのは、仕事の意味との出会いかもしれない。

    自分が今の仕事に就いたのはまったくの成り行きからだったが、この仕事の大先輩から、「仕事をつまらないと思って辞めてしまう人も確かに何人もいた。ただ私はそういう時にいつも、貴方が決してこの仕事の全てを知ったわけではない、ということにどうか気付いてほしい、と思うのです」なんて言われたとき、なんとなーく仕事ってのは、そーいうもんなのかと、何かに気付けたような気がした。

    少なくとも、人生の23%を棒に振ることの無意味さに気付けたのは、そのおかげだった気がしないでもない。

    (了)
  • 正義亡き社会における不適切って何だよ

    2018-07-05 18:43

    日本社会に道徳的価値観や善悪の基準が存在しないという頭を抱えたくなるような事実はマスメディアの報道を見れば一目瞭然である。この国のマスコミはマスゴミと揶揄されるほど凝り固まり腐敗した側面を持っているが、それが実は側面のみならず全面に渡っていることは残念ながら否定の仕様のない事実であり、そのうえ慙愧に堪えないのは、こういったマスコミがマスゴミである事実はマスコミだけの責任にあらず、日本社会全体の病が根底にある、ということです。

    たとえば自民党の二階幹事長が子供を産まない幸せという価値観を勝手な考えと評したことについて報道する時事通信の記事は、マスゴミの無正義っぷりがはっきりと、かつ端的に示されている。

    曰く

    {(・・・中略)聴衆の質問に答える形で発言した。不適切との指摘を受ける可能性がある。」

    という。

    初めてこの時事通信の記事を読んだ時、私は不愉快すぎて吐き気がした。

    「不適切との指摘を受ける可能性がある」という、まぁ何ともマスゴミらしい汚らしく卑しい一文が、こうも恥ずかしげもなく公益性のあるニュース記事に乗せられているという、今更ながらの光景が、日本社会の無正義さと無恥さを嫌と言うほど見せつけてくるからである。

    こんな汚点のような一文を自分の書いた記事に平然と付け加えられるような人間が、大手の報道関係者の地位に巣食っている現実は、背筋が凍りつくような日本社会の恐ろしい暗黒面であり、そして日常である。もっとも正義や道徳から遠い位置にある連中が、睨みつけるようなギラついた肩書をぶら下げて、正義や道徳について責任を持つべき立場を占有している。今までこの国が悪と不法に沈まなかったことは、まことに奇跡であると思う。もちろんこれは、まだ沈んでいないという仮定に立てばの話だが。

    「指摘を受ける可能性がある」とは何なのか?この記事を書いた人間は何を思ってこんな一文で記事を締めくくったのか?どんな思想がこの言葉を導き出したのか?

    簡単である。思想なんてものは持ち合わせていない。

    それどころか正義も、道徳も、善もなにも持っていない。

    もちろん「個人の生き方を否定したり束縛する価値観は自由社会と相いれない」などという考えも毛ほどもないし、個人の権利にはとことん無関心で、自由主義などどうでもいいと思っている。誰か無辜の市民の人格が踏みにじられたって、そんなことは些細な雑音と聞き流すに決まっている。

    「指摘を受ける可能性がある」とはつまり、世間をキョロキョロ見渡して、世間様の空気がバッシングに傾くようなら自分も公共リンチに参加します、という筆者の卑しさの現れである。

    卑しくも正義などという価値観を持ち合わせている人間であれば、正義に反すると感じる行いや言葉を前にして「可能性がある」などという戯言を弄ぶ余裕などありはしない。即座に非難の声をあげるはずだからだ。

    もしもこの記者が二階氏の発言に対して「指摘を受ける可能性がある」などと(訳の分からない馬鹿々々しい感覚を)感じたのであれば、それは一体なんの為であるからなのか?なぜこの男は不適切と言われるのか?何に対する不適切なのか?何に拠る不適切なのか?そしてその指摘とやらは一体だれが行うものなのか?あまりにも抽象的すぎて分からないことだらけである。こんな意味不明な一文を記事に載せて何がしたいのだろう。

    意味不明なのは正義を持たない故にである。これは記者個人の問題ではなく、日本のマスゴミ一般と世間そのものについても言える社会的な病気である。正義を持たないという病気だ。

    安倍内閣を否定するときに、それが「正義に悖る内閣だからである」という一言が絶対に言えないマスゴミと、言わせようとしない世間と、そもそもそのような発想自体が存在しない社会がある。

    そして「正義」という一言を出すと、それが何の正義か、何処の正義か、誰の正義か、何処から来た、何に対する正義かと一斉に声を荒げ詰問する人々もいる。

    もちろん、そんな正義は存在しない。詰問する人々が明らかにしようとしているものは「正義」などではなく「規則」や「規律」や、もっと俗にいうならルールだからである。正義などというルールは存在しない。それが分からない。だから彼らが正義を名乗るものの中味に納得する時は、永遠に来ない。

    テレビのワイドショーで詰まらないモリカケ論争がいつ果てるとも知れず続くのはそのためである。

    正義が存在しない社会である以上、モリトモ学園がどうだの、カケ学園がどうだの、忖度がどうだの、認識があっただのなかっただのといった、ディテールに拘った狭視眼的な論争を無限に堂々巡りする以外に、この国の今を論ずる大衆的な方法がないから。

    これからも同じ光景がずっとずっと続くに決まってる。これにずっとずっと付き合わなければいけない。

    あ ほ く さ 。

    (了)