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  • Vol.294 結城浩/機械学習への第一歩/数学ガールの執筆メモ/平和なSNS/

    2017-11-14 07:00
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    Vol.294 結城浩/機械学習への第一歩/数学ガールの執筆メモ/平和なSNS/

    結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年11月14日 Vol.294

    はじめに

    おはようございます。結城浩です。

    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

     * * *

    新刊の話。

    『プログラマの数学 第2版』が2018年1月に刊行になります。

    ここしばらく『数学ガール6』と並行して作業を進めていましたが、 先日ようやくアマゾンにも商品ページが公開されました。 ただし、書影はまだダミーになっています(2018年11月14日現在)。

     ◆『プログラマの数学 第2版』(アマゾン)
     https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797395451/hyuki-22/

     ◆書影(まだダミーです)

    2017-11-13_math2.jpg

    『プログラマの数学』の第1版が刊行されたのは2005年のこと。 結城が生まれて初めて「数学」という言葉を書名に入れた本となりました。 たいへんな人気となり、ネット書店やリアル書店で、 何週にもわたってランキング入りしたのを覚えています。

    現場で働いているプログラマは、 必ずしも理数系の専門的な学びをしてきたとは限りません。 「文系プログラマ」と自称する方もときどきいらっしゃいます。 『プログラマの数学』は、そんな方向けに、 基本的な離散数学とコンピュータ科学の話題を書いた本です。

    「数学」の本ではありますが、 数式はほとんど出てきません。 クイズと図と説明文を使って、 プログラミングにもよく出てくる「数学の考え方」 に親しんでもらおうという本です。

    ところで『プログラマの数学』と銘打ちましたが、 実際の読者さんはプログラマばかりではありませんでした。 理数的な読み物を純粋に楽しむ一般の方や、 中高生、大学生などにもたいへん人気となったのです。

    さて、今回の第2版でのもっとも大きな変更は、

     「機械学習への第一歩」

    と題した付録を巻末に付けたことです。

    最近は、機械学習、ニューラルネットワーク、 ディープラーニング(深層学習)、強化学習、 人工知能(AI)といった用語がニュースなどでもよく登場します。

    『プログラマの数学 第2版』では、 「機械学習」を学び始めるための第一歩として、

     ・機械学習とは
     ・予測問題と分類問題
     ・パーセプトロン
     ・機械学習における「学習」
     ・ニューラルネットワーク
     ・人間は不要になるのか

    といった項目についてお話ししています。 数式も少し登場しますが、ごくごく基本的なものだけで、 登場する数式はすべてていねいに解説しています。

    機械学習は、現在たいへんホットな分野ですし、 そのカバーする範囲は広大、話題もいっぱいあります。 当然ながら、 本書ですべてがわかるわけではありません。

    機械学習を学び始める「とっかかり」として、 本書を読んでいただければいいなあと思っています。

    刊行は2018年1月になります。 応援よろしくお願いいたします。

     ◆『プログラマの数学 第2版』
     http://www.hyuki.com/math/

     * * *

    Web連載の話。

    毎週金曜日に、 cakes(ケイクス)で「数学ガールの秘密ノート」というWeb連載を書いています。

    先週から、10週にわたる新シーズンが始まりました。 今回のテーマは、

     「無限を探そう」

    です。数学では「無限」という概念があちこちに登場しますし、 しかも非常に重要な意味を持っています。

    その一方で「無限」はなかなかとらえどころのない面を持っています。 数学以外でも「無限」という単語はしょっちゅう出てきますね。 新シーズンでは、 数学ガールたちにいろんな無限を探してもらいたいな、 と思っています。

    そこであなたにお願いがあります。

     ・「無限」のイメージ
     ・「無限」のここがわからない
     ・「無限」ってこういうものだ!

    というあなたの考えを、 ぜひ結城あてに送っていただけませんか。 数学の話である必要はありません。 「無限」という単語を聞いたときの、 あなたの心に浮かんだことを教えてください。

    TwitterのDMで @hyuki あてにお送りいただければ感謝です。 もちろん、 この結城メルマガへの返信という形でもかまいません。

     ◆結城浩
     https://twitter.com/hyuki/

    なお、個別に返信するのは難しいので、 その点はご了承ください。「無限はこれでいいんですか?」 という質問にもお答えはできかねます。ごめんなさい。

    また、お送りいただいたDMの内容は、 無断で使用させていただく場合がありますので、 その点もご了承ください(ご本人の名前やユーザ名は出ません)。

    先日Twitterで同様のお願いをしたところ、 たくさんのDMをいただきました。 ぜひ、あなたもお送りください。

    先週は「無限ポテチ」の前編を公開しました。 今週はその後編になります。 一週間は無料で読めますので、ぜひどうぞ。

     ◆Web連載「数学ガールの秘密ノート」
     https://bit.ly/girlnote

    また後ほど「数学ガールの執筆メモ」のコーナーで、 「無限ポテチ」(前編)での「発見」のお話をしましょう。

     * * *

    アイキャッチ画像の話。

    「無限を探そう」シーズンのアイキャッチ画像は結城が作りました。

     ◆「無限を探そう」のアイキャッチ画像

    2017-11-13_211-220banner.jpg

    結城はいつも、MacのPixelmatorというアプリを使います。 適当に選んだイフェクトを試しに掛けてみて、 何となくそれっぽいものが作れたら完成!という雑な作り方なので、 同じ画像は二度と作れません。それはそれとして、 自分が書く文章のアイキャッチ画像を自分で作るのは、 とても楽しい作業ですね。

    今回は「無限」がテーマなので「無限大」の記号をあしらい、 ふわふわっとした背景に半分とけこんだものを作りたい! と思って作り始めました。うまくいったでしょうか。

    妻にこの画像を見せて「これどう思う?」と聞いたら、 「まあいいんじゃない」という塩対応。 「私がゼロから作ったんだけど」と言ったら 態度ががらっと変わって、 「え、えええっ!絶対どこかからダウンロードしたと思った!」 とほめられました。

    先日、妻とお出かけしたときに見たミナペルホネンのお店や、 渋谷Bunkamuraのオットー・ネーベル展を妻に誘われて見た経験が、 この画像のどこかに影響しているような気もします。

     ◆オットー・ネーベル展(渋谷Bunkamura)
     http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_nebel/

     * * *

    イヴァンカ氏の話。

    トランプ大統領の娘、イヴァンカ氏の話。

    とある場所で「イヴァンカ氏の服装」についてからかって笑い合い、 それに絡めてイヴァンカ氏の能力を批判している人たちを見かけました。

    ふだんは「女性の活躍」について述べたり、 「見た目で人を批判するな」と言ってる人たちだったので、 私は、とてもがっかりしました。

    私自身は、イヴァンカ氏の服装や能力を判断できません。 またそもそも、 彼女の服装や能力について議論したいわけでもありません。

    私ががっかりしたのは二点。 その人たちが、ふだんの自分の主張と矛盾している行動をとっている点。 そして、その矛盾に気づいていない点。

    誰かを批判しようとするとき、 自分の倫理基準が甘くなるものかもしれません。 これが高じるといわゆるダブルスタンダード(Aに対する基準と、 Bに対する基準を恣意的に切り換えること) につながりそうです。

    特に「この相手ならいくら批判しても、 自分の仲間から賛同されるから大丈夫」 というときがあぶない。 安全圏にいて誰かを批判するときには注意が必要でしょう。

    他山の石とします。

     * * *

    『数学ガール6』の話。

    『数学ガール6』第7章を書いています。

    「なかなか進まないなあ」と思っていて、あるとき、 ふと「盛り込み過ぎかも」ということに気づきました。 ものは試しで、読み返して大手術をしてみました。 後半部分をばっさりと別の章に移動します。

    『数学ガール6』はぜんぶで10章になるのですが、 どこかの章の題材がどっとあふれたときのために、 第8章は「空き」にしていたのでした。 これでおそらく第1章から第10章までがうまくフィットすることになる(はず)です。

    大手術の後全体を読み返して、 30〜40ページに収まるはずという目算が立ちました。 おそらく大手術して正解。 そして、第7章もいい感じに収まりそうです。すばらしい!

    大手術の成果か、登場人物の声が聞き取りやすくなりました。 とても楽しいですね。私が勝手に話を進めると、 引っかかりが生じてあまり気持ちがよくありません。 でも、登場人物にとって自然な流れにすると、 節のつながりもスムーズになり、 たいへん気持ちがいいのです。

    第7章もがんばって仕上げなくてはなりません。 第8章と第9章の分担がまだ決まっていませんが、 「未来の私」がきっとがんばって考えることでしょう。 よろしくね!未来の私! ……なんてことを言ってると「未来の私」 から反発をくらうのですけれどね。 「そういうのはやめてくれないかなあ」って! いや、反発するのも考えるのも「現在の私」なのか?

    ともかく、現在は第7章に集中、集中。

     * * *

    ほめて、ほめて、ほめ続ける話。

    先日公園を通りかかったときのことです。

    公園には木がたくさんあり、 落ち葉が一面に広がっていました。

    そんな中に、足元がおぼつかない小さな子と、 そのママさんらしき人がいました。

    小さな子は、両手でいっぱいに落ち葉をつかんでは、 よたよたと歩いて、ぱあああっと散らしています。 何度も何度も繰り返して、散らしています。 あたりまえですが、どこかに落ち葉を集めるわけでもなく、 落ち葉を選んできれいに並べるわけでもありません。 ただ単に、ぱあああっと散らしているだけです。

    でもそのあいだ、ママさんは子供の隣でずっと、

     じょうず、じょうず! じょうずだね!

    と言い続けています。

    子供はうれしそうに、落ち葉散らしを繰り返し、 ママさんもうれしそうに、ほめ続けます。 ほめて、ほめて、ほめ続けているのです。

    通りかかった私は、そのようすを見て、 とても幸せな気持ちになりました。

    私も、文章を書きながら、自分自身に対して、

     じょうず、じょうず! じょうずだね!

    とほめ続けましょう。

    それはきっと、 うまずたゆまず繰り返すための、 大きな力となるはずだから。

     じょうず、じょうず! じょうずだね!

    きっと、あなたにとっても。

     * * *

    それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。

    どうぞ、ごゆっくりお読みください!

    目次

    • はじめに
    • 平和なSNS
    • 再発見の発想法 - 過学習
    • 無限ポテチの「発見」 - 数学ガールの執筆メモ
    • おわりに
     
  • Vol.293 結城浩/ハンロンのかみそり/不得意なことのメリット/自分という大きな本を書く - 仕事の心がけ/

    2017-11-07 07:00
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    Vol.293 結城浩/ハンロンのかみそり/不得意なことのメリット/自分という大きな本を書く - 仕事の心がけ/

    結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年11月7日 Vol.293

    はじめに

    おはようございます。結城浩です。

    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

     * * *

    『数学ガール6』の話。

    最近はずっと『数学ガール6』を書いています。

    ようやく先週、第6章をまとめてレビューアさんに送りました。 現在は第7章に突入しました。

    予定では第6章は2017年10月中にまとめるつもりだったのですが、 11月まで入り込んでしまいました。 10月の終わりには、以下のイラストのような気分でした!

     ◆わーん、もうすぐ月末!

    2017-10-25_last.jpg

    結局、2017年10月34日……じゃなくて、11月3日にまとめました。

    『数学ガール6』は第10章までなので、 残りは第7章、第8章、第9章、第10章ですね。

    何とか今年中に脱稿したいのです……!

     * * *

    トイレットペーパーの話。

    生物学者のHiroshi Sasakiさん(@popeetheclown)が、 こんなツイートをしていました。

     トイレの紙切れ問題に対する、とてもアメリカらしいソリューション。

     https://twitter.com/popeetheclown/status/922975337746706433

    投稿された写真は、 トイレの中にトイレットペーパーホルダーを 約20個(!)設置して、 トイレットペーパー切れを防ごうというものです。

    日本のトイレだと、ロールが二個収納できるホルダーはよくありますが、 それを(力まかせに)増やしたものといえるでしょうか。

    この写真を見て「なるほどね」と思いつつ、 「これってうまくいくのかな」とも思いました。

    「ペーパーが切れたらいや」だから、 「たくさんのペーパーをストックすればいい」 というのは確かに良い考えのようです。

    でも、いくらたくさんのペーパーをストックしても、 使い続けていたら、いつかは切れることになります。 そのときにペーパーが適切に補充されなければ、 結局はペーパー切れが発生してしまいます。

    たくさんのペーパーをストックすることは、 補充回数を減らす役には立ちますが、 補充回数をゼロにはできません。 ちゃんと補充するという「運用」は残るのです。

    結城は、先ほどのツイートに対して、 「すべての紙が切れてたら

     『運用の大切さ』

    と見出しがつきそうですね」 とリプライしました。すると、 「実際、ほとんどが切れかかっていたこともありました」 とのお返事をいただきました。なんと!

    「運用」が大事という話では、

     「薬を飲んで病気を治す方法」

    というものがあります。 どういうことかというと、 薬を飲んで病気を治すためには:

     ・良い薬を手に入れること
     ・その薬を忘れずに飲み続ける仕組みを作ること

    という二つが必要だというのです。 もちろん「その薬を忘れずに飲み続ける仕組み」が、 「運用」に相当します。

    似た話は、いくらでも考えられますね。

     「問題集を使って学力を上げる方法」

    というのは:

     ・良い問題集を手に入れること
     ・その問題集を使って継続的に勉強すること

    という二つが必要ですね。

    「運用」を考えるのは、とても大事なのです。

     * * *

    新聞の公正さの話。

    あるとき、結城は、

     「新聞というメディアは公正さが必要ではないだろうか」

    という主旨の話をネットに書いていました。 すると、

     「新聞に公正さを求めるなんて誤りだ」

    という主旨の意見がやってきました。

    確かに現実問題として、 新聞に公正さはないのかもしれません。

    だったら、新聞社自身はどう考えているんだろう、 と結城は思いました。

    現実問題がどうか、というよりも新聞の理想の姿として、 公正さは必要だと思っているのか、どうか。

    そこで、日本新聞協会の新聞倫理綱領を見てみると、 以下のようにありました。

     ----
     
     新聞は歴史の記録者であり、
     記者の任務は真実の追究である。
     報道は正確かつ公正でなければならず、
     記者個人の立場や信条に左右されてはならない。
     論評は世におもねらず、所信を貫くべきである。
     日本新聞協会 新聞倫理綱領
     
     http://www.pressnet.or.jp/outline/ethics/
     
     ----

    これはたいへんいい主張である、と結城は感じました。 特に「報道」と「論評」を分けているところがすばらしいと思います。 「報道」するときと「論評」するときの基準を明確に分けており、 「公正」は「報道」の方に登場していますね。 これはもっともです。 「論評」の方は新聞としての主張を行うことになりますから、 「公正」を押し出すわけにはいきません。

    上に書いたのは「日本新聞協会」のものですが、 おそらく各新聞社にも同様の綱領があり、 その中には「公正な報道」という趣旨のことが書かれているはずです。 少なくとも朝日新聞と読売新聞にはありました。

    ですから結城は、 新聞に対して、少なくとも新聞の「報道」に対して公正さを求めることは、 まちがっていないと思っています。 なぜなら、新聞自身が「公正な報道」を掲げているからです。

     * * *

    京都の話。

    「日本に、京都があってよかった。」というコピーを見かけました。

     ◆日本に、京都があってよかった。
     http://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/page/0000035115.html

    これは、京都市が、全国に京都をアピールするポスターだそうです。 上のリンクでは京都の美しい情景を使ったポスターを多数見ることができます。

    ところで結城は「日本に、京都があってよかった。」は、 どうして京都弁じゃないんだろうか、と一瞬思いました。

    地域をPRするポスターは全国にありますが、 少なからぬ数が地元の「方言」をフィーチャーしていますから。

    でもすぐに、 「日本に、京都があってよかった。」というコピーならば、 京都弁にしないのが正しいし、 またそこが「うまい」ところだと気づきました。

    地元の「方言」を使ったコピーは、 その地元の人が「自分の町においでよ」とアピールするものです。 それに対して「日本に、京都があってよかった。」というのは、 「京都以外の人が思わず口にした京都評価」 という姿をしているからです。

    そういえば、有名な「そうだ 京都、行こう。」というコピーも、 当然ながら京都弁じゃないですね。

     ◆そうだ 京都、行こう。
     http://souda-kyoto.jp

     * * *

    引用リツイートの話。

    Twitterには、 誰かのツイートをそのままリツイートするだけじゃなく、 コメントを付けてリツイートする機能があります。 Twitter公式では「引用ツイート」と呼んでいますが、 一般には「引用リツイート」と呼ぶこともよくあります。

     ◆既存のツイートのリツイート - Twitter
     https://support.twitter.com/articles/20170062

    自分へのリプライならばすぐにわかるのですが、 引用リツイートでコメントされると、 見逃してしまうことがあります。

    そこで、自分のユーザ名を入れると「引用リツイート」 を検索してくれるサイトを作りました。 自分のツイートがどんなふうに誰から「引用リツイート」 されているかを見たい人向けです。

    場合によっては、 自分が批判されているのを目にするかもしれませんので、 そういうのが苦手な方は使わない方がいいと思いますが……

     ◆引用リツイート検索
     https://depot.hyuki.net/retweet-search/

     * * *

    アイコンの話。

    結城はTwitterのアカウントを二つ持っています。 一つは普段使っている @hyuki で、もうひとつは @hyukibot です。 @hyukibot はTwitterのbotを作る練習として作ったもので、 一日一回、自動的にツイートしています。

     ◆結城浩(自動投稿)
     https://twitter.com/hyukibot

    このhyukibotは、普段放置していて読んでもいないのですが、 あるとき見てびっくり。なんということでしょう。 アイコンがたいへん汚くなっていたのです。 そこで、きれいなアイコンに変更してみました。 Before/Afterは以下の画像の通りです。 だいぶきれいになりました!

     ◆アイコンのBefore/After

    2017-10-31_hyukibot12.png

    汚くなったといっても、 電子ファイルですから経年劣化したわけではありません。 コンピュータやスマートフォンの画面の解像度が大きくなり、 ピクセル数が多いアイコンが主流になったため、 むかし作った小さなアイコンが拡大表示され、 そのためにギザギザ(ジャギー)が目立つようになったのですね。

    結城がアイコンにしている「スレッドお化け坊や」は、 2012年にアウトライン化をすませていますので、 任意の解像度での画像ファイルを作ることができます。

    「スレッドお化け坊や」は2001年頃にビットマップで作りました。 2012年ごろに「これからずっとディスプレイの解像度は高くなるから、 これじゃらちがあかないな」と思いアウトライン化を行ったのです。

    画像のアウトライン化(ベクタ化)というのは、 画像をビットマップとして作るのではなく、 ベジエ曲線などのカーブの集まりとして作るということです。

    ビットマップをアウトラインにするツールもあるようですが、 結城は原始的な方法で作りました。 つまり、手動です!

    ドローツールとして結城はVisioを使いました。 もとのビットマップを一つのレイヤーで表示しておき、 そこに重ねた別のレイヤーでカーブを描いていきます。

    環境をMacに移すときに、 VisioのファイルをOmniGraffleに移し、 現在はOmniGraffleでメンテナンスをしています。 もとのファイルはアウトラインのままにしておき、 アイコンを作りたくなったときに、 必要な大きさのビットマップにしています。

     ◆OmniGraffleで「スレッドお化け坊や」を編集

    2017-11-06_icon.png

    ネットで活動する人にとってアイコンは重要です。 ビットマップで管理していると解像度の問題が生じるので、 アウトライン化しておくといいですよ。

     * * *

    それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。

    どうぞ、ごゆっくりお読みください!

    目次

    • はじめに
    • 冬物のコートを買いに出て
    • ハンロンのかみそり
    • 自分という大きな本を書く - 仕事の心がけ
    • おわりに
     
  • Vol.292 結城浩/仕事の進化と集約 - 仕事の心がけ/SNSでの「さらし」について/

    2017-10-31 07:00
    216pt
    Vol.292 結城浩/仕事の進化と集約 - 仕事の心がけ/SNSでの「さらし」について/

    結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年10月31日 Vol.292

    はじめに

    おはようございます。結城浩です。

    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

     * * *

    メモの話。

    何か「新しいこと」や「おもしろそうなこと」や「やるべきこと」を思いついたら、 とにかくまずメモするようにしています。

    その思いついたことにどんな価値があるかはあまり考えません。 実際に使うかどうかも考えません。 そういうのは、後でゆっくり考えればいいことです。 ちょっと時間をとってメモをすれば、忘れてしまう心配はなくなります。 メモするというのは(私にとっては)知的生活の大切な習慣になっています。

    どういうツールがいいか、どこにメモをすればいいのか、 ということを気にする人がたまにいます。 もちろんそれは大事なんですけれど、 いざメモするときにはそこで迷わないようにしたいですね。 ツールのことも、後でゆっくり考えればいいことです。 とにかく思いついた瞬間に、忘れないうちに、メモするのが大事です。

    紙に手書きでメモして写真を撮っておくこともあります。 iPhoneでSimplenoteを使ってメモすることもあります。 人に知られても困らない内容だったら、 メモをTwitterでツイートすることもよくあります。

    メモする習慣が大事なのは、思いついたことを忘れないためでもありますが、 それだけではありません。「書き留める」という行為自体が、 自分の発想をうながす効果があるのです。 メモすることで、いったん自分の心や頭から「それ」 を取り出すからでしょうね。 思いついたことを取り出し、自分の外で形にする。 知的生活では、その習慣が大切だと思います。

    ツールを気にするのもいいですが、 メモする習慣を付けるのも大事です。 メモする習慣があれば、それを改良していくことができるからです。 また「自分はどういうことをメモしたがるか」という業務分析もできます。

    つまり、実際に自分がメモを取るという行為をする前は、 自分がどういうメモを取るか、 どういうシーンでどういう種類のメモを残したいか、 わからないということ。

    ツールの準備を前もってすべて整えて、 それからメモを取り始めるのではありません。 メモを取り、その経験を元にツールを整え、 さらに整えたツールでメモを取り…… そのようなインクリメンタルなプロセスが大事。 結城はそんなふうに思っています。

    あなたは日々、メモを取っていますか。

     * * *

    夫婦と多数決の話。

    先日、こんなツイートをしました。 たった一言、五七五です。

     多数決。夫婦の間じゃ使えない。

    意思決定をするときに「多数決」はよく使われる手段です。 手を挙げるか投票するかはさておき、 全体のうち半数より多い意見の側を採用する、多数決。

    でも、夫婦は二人しかいません。 二人の意見が異なったときには「多数決」は使えません。 だって、二人しかいないのに「多数派」は存在しませんから。

    先ほどの「多数決。夫婦の間じゃ使えない。」を考えているとき、 結城の心の中にあったのは、C.S.ルイスの"Mere Christianity" という本の第6章に書かれている次の一文でした。

     They cannot decide by a majority vote,
     for in a council of two there can be no majority.
     (夫婦は、多数決で意思決定はできない。
     二人しかいないのに「多数派」は存在しないからだ。)

    "Mere Christianity"は『キリスト教の精髄』という書名で翻訳も出ています。

     ◆『キリスト教の精髄』
     https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4400520544/hyuki-22/

    夫婦で意見が分かれたときにどうするかというのは、 実は深く考える価値のある問題です。 「互いに話し合いで決める」というのは当然としても、 ここでのポイントは、夫婦に関する重大な問題で、 話し合いを続けたにも関わらず意見が分かれたときにどうするか、 というところにあります。

    どちらか片方が決め他方が譲るか、両者がばらばらになるか、 コイン投げで決めるか(乱択アルゴリズムだ!)、 そのいずれかになるでしょうか。

    わが家では、 妻ではなく結城が最終決定権を持つと決めています。 いままでその権利を明確に行使したことはありませんけれど。

    夫婦の間で多数決は使えないというのは、 「夫婦とは何だろう」という大きな問いにも繋がるテーマだと思います。

    あなたはどう思いますか。

     * * *

    名前の話。

    先日、こんな質問をいただきました。

     歴史嫌いの子供に、歴史の魅力を伝えるとしたら、
     どんなことを話しますか?

    これに対して、結城はこんなふうに答えました。

     まずは「歴史嫌いの子供」という認識をやめましょう。
     そしてその子供が「好きなこと」を見極めます。
     そうすれば答えが見えてきます。

    質問をはぐらかしている回答のようですが、 結城はそれほど変なことは言ってないと思います。

    名前というのは不思議なものです。 「歴史嫌いの子供」と名前付けをすると、 そのような視点から子供を見てしまいがち。

    固定した視点から見ていると、 新しい発想が浮かびにくくなります。

    別の名前、別の表現で言い直してみるのは、 問題解決のためにはいいことじゃないかな、 と思うのです。

    それから、もう一つ。 「歴史嫌いの子供」というくくり方をしてしまうと、 そういう集団に対する答えを探してしまいます。 問いが一般的だと、答えも一般的にならざるを得ないからです。

    でも「歴史嫌いの子供」というくくり方をやめると、 ひとりひとりの相手を知ろう、 個人としての相手を理解しようとするでしょう。 個別的な問いを自分で立てて、 その個別的な問いに答えようとするのです。

    過度な一般化から逃れるのにも、 名前は有効かもしれないなあ……と思い、 あのような回答になったのです。

    問題解決を行うときに、 その中心にあるものをどう呼ぶか。 名前をどう付けるか。 それは大切なことなのです。

    なぜなら「名前をどう付けるか」は、 「問題をどう定義するか」に直結するからです。

     * * *

    「好きなこと」と「得意なこと」の話。

    勉強であれ趣味であれ「好きなこと」と「得意なこと」は必ずしも一致しません。

     「下手の横好き」

    という言い回しはそのことを端的に表していますね。 上手くできない(得意じゃない)としても嫌いになるとは限らなくて、 むしろ好きな場合だってあります。

    『数学ガール』の読者さんからもらう感想の中には、 「数学は得意じゃないけれど、この本を読んで好きになりました」 というものがあります。こういう感想をいただくのはうれしいですね。

    そして「好き」と「得意」というのはどういう関係があるんだろう? と考えてみました。

     「好きなこと」というのは自分との関係であり、主観的。
     「得意なこと」というのは自分以外の基準が必要であり、客観的。

    ざっくりと区別するとこのようにいえるかな、と思います。 もちろん「得意」も主観的な側面はあります。 他の人はそう思わないけれど、自分では得意だと思ってる、 そんなことはよくありますから。

    とはいえ「好き」は主観的な要素が強く、 「得意」は客観的な要素が強いというのはおかしくはない区別でしょう。

    そう考えると、

     「好き」は主張しやすい。
     「得意」は主張しにくい。

    という状況も理解できます。

    だって、「私は数学が好き」という主観的な気持ちは、 他から文句がつけようがないですから。 好き嫌いは内面的なものであり、 他の人が「いや、あなたは数学が嫌いだ」なんていえませんよね。 だから、安心して「私は数学が好き」といえます。

    それに比べると、「私は数学が得意」 という主張をするのはやや勇気が必要です。 だって他の人から、

     「あなたのその状態で数学が得意なんていえるの?」

    と言われちゃうかもしれないから。 いや、他の人からいわれなくても、 つい自分で、

     「自分は数学が得意なんて言えない……」

    と思いそうです。しょぼんとしてしまいますね。

    このように考えてくると、 他の人の目を気にするというのは、 ずいぶんもったいないことだという感じがします。

    結城は「数学を学びたい」という気持ちはとても大切だと思います。 「私は数学が得意じゃない、だからもっと得意になりたい」 と前向きに考えることができる人もいるでしょうけれど、 必ずしもそういう人ばかりではありません。

    だから、

     「好き」

    という気持ちを育てていくのはいいことじゃないかな、 と思います。誰からも文句は言われない。 安心して「私は数学が好き」といえる。 そこで足場を固めた上で、次の行動を選択する。

    これは数学に限った話ではありません。 身につけたい技術、手に入れたい知識、役立てたい経験。 どんなことにも当てはまりますよね。

    そして、

     「好きこそものの上手なれ」

    という言い回しを思い出します。

    「私は○○が好き」と宣言してみましょう!

     * * *

    それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。

    どうぞ、ごゆっくりお読みください!

    目次

    • はじめに
    • 仕事の進化と集約 - 仕事の心がけ
    • SNSでの「さらし」について - Q&A
    • おわりに