• 間違いだらけのクトゥルフ神話TRPG 2nd season Part56.5

    2017-04-19 20:201013
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    【前回のあらすじ】
     ようやく一日を終えて就寝の準備を進める避難所の面々は、それぞれの部屋で団らんしていた。
     プレイヤーたちは夜の見張り番を割り振って決めた。



    就寝前の処理
    霧「眠る前に、こないだの探索でケガをしたところを回復しておきたいんですけど、大丈夫ですか」

    れ「おっけー、他にケガしてる人は?」

    天「あー、何せさかのぼると数年前になるからいつのやつかは定かではにいのだが、少しわずかに2ダメージ受けてるとキャラシにはあるわね」

    魔「私も探索初日のケガで減った分の残りが2ポイントあるぜ」

    ル「俺は回復済みだな」

    霧「じゃあ俺と天子さんと魔理沙さんを応急手当で治療しますよ。道具補正とかってつきますか?」

    れ「5ポイントあげよう」

    霧「じゃあ、振りますね」

    ミストさんの応急手当:(70+5)%
     ①対象:ミストさん 55 成功 回復値:1D3→1 ミストさんの耐久力:12→13

     ②対象:天子 25 成功 回復値:1D3→1 天子の耐久力:12→13

     ③対象:魔理沙 37 成功 回復値:1D3→1 魔理沙の耐久力:8→9


    天「悔しいがこいつが一番役に立つと言わざるを得ない」

    霧「アトリームにもナイトはいましたよ。メイン盾でヒール持ちのヴァナとは比較にならないほど謙虚なナイトがね…」

    魔「全員成功でよかったぜ」

    れ「ということで、次は睡眠と見張りの処理をやっていこうか。睡眠については以下の要領で判定してもらうよ」


    睡眠時の特殊ロール

    発動条件:2時間以上睡眠したとき
    KPは発動時に対象PLに1D4を判定させ、
    出た番号ごとにSANチェックの数値を振り分けることもできる。
    このSANチェックで生じた正気度喪失の元々の値と同じ数値だけMPも減少する。

    振り分けロール(1D4)の結果
    1:1ラウンド行動不能、1/1D3のSANチェック
    2:2ラウンド行動不能、1/1D6のSANチェック、POW×5に失敗で???状態
    3:1/1D4のSANチェック
    4:1/1D3のSANチェック、???状態


    霧「時々来るやつですね。???はほとんど同化で間違いないと思うけど…」

    天「MPを回復させる料理が明日葉夫妻の騒ぎでダメになっちゃったのがもったいないわね…」

    れ「でもって、今回はPLのみんなが交代で見張りを進めながら幸運ロールでイベントが起こるか起こらないか、起こるとしたら誰の順番で起きるのかを判定することになる」

    ル「夢のロールと並行ってことか?」

    れ「そうなんだけど、動画にまとめる都合だと現実の見張りと睡眠や夢の判定、どっちも一緒にやっちゃったほうがすっきりするよね。てことで、夢の判定は現実でのイベントが起きたときにやっちゃうことにしたよ」

    魔「つまり、どういうことだぜ?」

    霧「睡眠ロールの判定を取る瞬間に睡眠していない人が一人いるということですね」

    れ「その通り。その人は現実のイベントに出席中ってことになるかな。まあちょっとしたラッキーってことで」

    ル「もしイベントが何も起きなかったときは?」

    れ「従来通り目覚めるときにまとめてやっちゃうよ」

    蟹「今回のブロマガパートで行う判定のルールを簡単にまとめるとこうなるぞ」

    見張りと睡眠のロール
    ①幸運ロール
    見張りの時間割に沿って、1時間ごとにイベントが起きるか起きないかを判定
    成功なら何も起こらない/失敗ならイベントが起きる
     →一度もイベントが起きなければ朝になる。起床する前に全員の睡眠ロールを処理

    →イベントが起こった時
    ② その時点で見張り番になっていたPL及びPCがイベントシーンに参加

    ②’その時点で眠っているPCのPLによる睡眠ロール
      1D4で夢の種類を判定し、それぞれ表に従ってSANチェックやMP減少などの処理を行う

    ③動画パートでイベントシーンと眠っているPCの夢をやる


    蟹「ということだな」

    れ「早速始めていこうか。時刻は夜の10時から。旅館は各部屋が消灯され、廊下だけ灯りがついている状態。魔理沙はこれから同じ部屋の同僚二人と1時間、旅館内の見張りをすることになる」

    魔「了解だぜ。何か行動する必要はあるのぜ?」

    れ「ひとまず何もないよ。私のほうの判定でイベントありと出た場合に初めて旅館内を探索できるようになる。それ以外はすっ飛ばしちゃう感じで」

    魔「なるほど、じゃあ振っちゃってくれ」

    れ「おっけー」


     魔理沙の幸運:60%→28 成功 結果:イベントなし

    れ「魔理沙が担当した最初の見張り時間、この時は何も起こらなかった。魔理沙たちは異常がないのを確認して、次の担当に見張りを引き継ぐと部屋に戻って次の時間まで眠って待機することにした」

    魔「こんな感じで誰かがイベント引くまで続けるってことか」

    霧「試行回数は全部で9回ですね。そんなに振ったらさすがに失敗だってするはずだし、どこかで確実に起こるイベントと考えたほうがよさそうですね」

    天「敵襲とかじゃないといいけど…」


    れ「次はルークの順番。夜の11時、魔理沙から懐中電灯を受け取ったルークはこれから1時間見張り番をするよ。一緒に行動するのは…寝る前の茶番で親父たちはゆっくり休んでくれって言ってたし、同部屋からは咲夜だけかな。それだと人数的に心もとないし、ここは他の部屋からロイドさんも参加してくれるよ」

    ル「了解だぜ」


    ルークの幸運:70%→64 成功 結果:イベントなし

    れ「ルークたちも1時間、無事に見張りを終えた。ルークは明日葉夫妻の部屋の前の通路で見張り番もかねてソファに寝ているミストさんに懐中電灯を手渡し、部屋に戻って次の順番まで眠る」

    霧「次は俺ですね」

    れ「時刻は深夜0時、ルークから懐中電灯を受け取ったミストさんは1時間の見張り番をする。一緒に見張りをするのは、総士とE・SPWだね」


    ミストさんの幸運:60%→47 成功 結果:イベントなし

    れ「ミストさんも特に何もなく終えたようだね。次は天子、時刻は深夜1時。ミストさんから懐中電灯を受け取った天子は1時間の見張り番。一緒に回るのは斑鳩、シン、衣久恵かな」

    天「おっけー、振るわよ」


    天子の幸運:75%→13 成功 結果:イベント無し

    れ「これで一巡だね。天子たちも無事に見張り番を終え、魔理沙たちと交代するよ。時刻は深夜2時。メンバーはさっきと同じ。ダイスロールどうぞ」

    魔「了解だぜ」


    魔理沙の幸運:60%→85 失敗 結果:イベント発生


    れ「お、決まったみたいだね」

    魔「ということは?」

    れ「次の動画では、魔理沙が見張り番の探索を行い、残りの3人は睡眠のロールを受けることになる」

    魔「SANチェックとMP減少しなくて済んだと考えればいいのか、何かアクシデントが起こると考えればいいのか…うーん」

    霧「見せ場があるという意味ではラッキーだけどな」


    れ「と、いうことで次は動画パートね。今回はここまでだよ」

    ル「あれ、文学はねーのか?」

    魔「なくちゃいけないって決まりはないだろ…」

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  • 間違いだらけのクトゥルフ神話TRPG 2nd season Part55.5

    2017-04-04 21:371714

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    【前回のあらすじ】

     ルークとミストさんは斑鳩、シン、ユウナと協力して危なげなく夜の林を進み、遭難者のもとにたどり着いた。
     遭難者の正体は、心配のあまり自前の飛行機で島に乗り込んできたルークの両親だった。墜落した飛行機から脱出してきた二人を保護したルークたちはこれまた何事もなく旅館に戻ることができた。
     木村万丈・麗華夫妻を迎え入れた一同は状況を説明したりされたりしながら顔合わせを終えたのだった。


    【会議パート】

    れ「ということで、新たな仲間が加わったよ」

    ル「なんか強キャラ感しかねーな」

    霧「だけど、これでフォッグフィールド家の血を引く人が4人になったんですよね」

    魔「ルークが双眼鏡で光を探した時の精神力ロール、あれってお母さんとクロッシングしてたんじゃないのぜ?」

    天「レーダーがきかないのにルークがいる方向がわかったって言ってたものね」

    魔「となると、不思議な力に引き寄せられている可能性がいよいよ現実味を帯びてきたな」

    霧「大穴で木村夫妻黒幕説もあり得るけど、謎の力説のほうが妥当な線ですよね。ネクロさんも引き寄せられるような感じがしたって言ってたし、食屍鬼も何かに呼ばれたように泳いで海を渡ったんですよね」

    ル「てことはフォッグフィールド家は神話生物なのか…?」

    魔「フォッグフィールド家の人間と食屍鬼を呼び寄せているものがこの島にあって、それがル=コボルと関係しているってことだよな」

    霧「ネクロさんがいた食屍鬼のコロニーはアトリーム市辺里村で、夜霧野譲治となったル=コボルが移り住んだのも辺里村だった。そこの食屍鬼が今この島に来ているってことは、明らかに関係ありですよね」

    魔「よし、ちょっと情報を整理するか」


    【これまでにわかった情報】

    300年くらい前のイギリス
     エイボンの書を盗んだ魔術師ル=コボルが姿をくらます。ジョナサン・フォッグフィールドが国王の密命を受けて追跡の旅に出る。

    300年くらい前の日本
     ジョナサンが潜伏していたル=コボルを殺害。エイボンの書は取り戻せなかった。
     (新情報)ル=コボルは精神を入れ替えてほかの生き物に乗り移る魔術を使える? この能力を使ってジョナサンの次男ジョージに乗り移った可能性がある

     ジョナサンと家族は竜宮島に移住したが、ジョナサンの次男、ジョージが豪商松岡家の娘、乙姫と駆け落ちして島を出てしまう。これがきっかけでジョージは家系図から抹消された。

     夜霧野譲治と名を変えたジョージ(ル=コボル)は現在の埼玉県アトリーム市辺里村にあたる土地に移住した。



    つい先日の日本

     辺里村周辺の山奥には食屍鬼のコロニーがある。ここにいた食屍鬼たちは何かに引き寄せられるように移動をはじめ、海を泳いで竜宮島に来た。(ネクロの情報)

     ジョナサンの遺産が入った金庫を開けるための鍵を手に入れるため、アンジェリカが来日。親戚のルークを案内役として竜宮島に。木村グループ系列の警備会社で働くミストさん(ジョナサンの子孫)が偶然警護役になる

     木村グループでは竜宮島にリゾート施設を作る計画がひそかに持ち上がっており、その実態を知るために社長・木村万丈が息子のルークを視察に送る(アンジェリカの案内をするついで)

     木村グループの子会社であるオーブ社の明日葉社長夫妻は本社の混乱に乗じて竜宮島での利権を奪い独立する計画を立て、裏工作を進めていた

     竜宮島では夏祭りの準備のためにほとんどの大人が島を出払い、青年会が島での準備を仕切っていた(しきたり)


    霧が出てからの竜宮島
     食屍鬼と金色の落とし子が出現した

     ニンジャスレイヤー飛影を名乗る超人的存在が出現。怪物に襲われる探索者たちを救った

     食屍鬼の体を手に入れて生き伸びていた根玄正雄が食屍鬼のレベナントとともに島に到達。船で来た。視界もレーダーもきかない状況だが、なぜか島の場所がわかったらしい

     フォッグフィールド家にまつわる過去の記述が見つかる

     木村夫妻が小型飛行機で島に到達。飛行機は落とし子に襲われて墜落してしまうが脱出には成功。木村麗華(レイカ・フォッグフィールド)にはルークの居場所(島の位置)がわかったらしい

     総士とミストさんが視点の入れ替わりと、同じ夢を見るという不思議な現象を相次いで体験。夢にはジョナサンが出てきた。過去の事実?

     ルーク、天子も奇妙な夢を見る。

     ルークに不思議な直感が働き、助けを求める人(両親)の場所がなんとなくわかった



    魔「ざっとこんな感じだな」

    霧「こうしてみると、霧で隔離された空間に怪物とフォッグフィールド家の人間が呼び寄せられているってことが核のようですね」

    天「夜霧野譲治となったル=コボルが辺里村にいたことと、食屍鬼が辺里村にいて竜宮島に来たことも関係あるとしか燃えないんだが?」

    ル「ル=コボルのしもべ見たいな存在なんじゃね」

    魔「どっちかっていうと、操られているって感じじゃないのぜ?狂暴化してるって根玄が言ってたし」

    天「敵で出てくるアンデット族からはレベナントみたいな知性が感じられないわよね」

    霧「頭が人間のネクロと人間の特徴を強く残すレベナントはほかの食屍鬼と違って操られなかったってことですかね」


    魔「あとはクロッシング関連か。ルークは完全に発症したっぽいが…」

    ル「やっぱフェストゥムに触れることが発症する条件なんだよな?」

    霧「ソースは出てないけどたぶんそうだと思いますよ」

    天「症状が進行するとやっぱり結晶になっていなくなるのかしら」

    ル「このシナリオ死人出るかなぁ」

    霧「下手をうったらどんなシナリオだって死人は出ますよ、ルークさん」



    今後の方針について

    魔「明日からはル=コボル関係の情報を漁る必要があるかもな」

    ル「もしくは今回の外出みたいに、イベントのほうから自然に発生してくるって感じか?」

    天「あー、これまでの情報から解決策を割り出す的な?」

    霧「探り探りという感じですかね」

    れ「そうだなぁ、その辺に関しては今以上には神経質にならなくても大丈夫かな。散々わかってると思うけど、茶番用シナリオってことで証拠をそろえてきっちり謎を解くことよりも、NPCと力を合わせて乗り越えていくこと重点だから」

    魔「それがどう出るかおっかないから心配してるんだぜ…」

    天「どこまでが悪乗りなのかわかんないけど、ニンジャとか緋想鉄についても確認しとく?」

    霧「あー、そうですね」



    ニンジャと緋想鉄

    竜宮島のニンジャ伝説
     戦国時代、傷を負った一人のニンジャが竜宮島に流れ着いた。島の者たちは災いを持ち込まれることを覚悟の上でニンジャを手厚く介抱した。時がたち傷が癒えると、ニンジャは島の人々に感謝し、島を守ることを誓った。ニンジャは不可思議なジツとカラテの力で島を横暴な本土の領主から幾度となく救った。
     やがて寿命を悟ったニンジャは自らの体を鉄に変えるジツを使って黄金の鉄の塊に変化し、島の守り神となることを選んだ。これが竜宮神社の御神体、緋想鉄の由来であると言い伝えらえている。

    その後
     第二次大戦中、日本軍は超自然的なパワーを宿す道具を集めていた。竜宮神社のニンジャ伝説をかぎつけた軍は、島民にこれを明け渡すよう告げた。島の長老たちは苦肉の策として、ご神体を加工し、日用品に変えて島中の生活の中に隠すことを決めた。このとき加工にあたったのが島の道具商であり鍛冶師でもあった初代安堂霖之助である。
     安堂霖之助の手によってご神体は腕輪、指輪などの装飾品、包丁や鍋、刀などの武具に姿を変えて島中に散らばった。これらはそれぞれの家が守る家宝として、今でも大切に使われている。


    魔「よし、じゃあ時間があるうちに4人でこの話をしておくぜ」

    れ「おっけー。それじゃあ、続きは次の動画でやっていこう」

    蟹「スクロールバーの位置で察している人も多いかと思うが超絶長いフィール文学もあるぞ」





    今回のフィール文学

    とある呪術の禁止認定(ファンデッカス)前日譚

     本編が始まる前の瑠璃こと決闘巫女正邪と、こないだのゆうさく編で登場した決闘巫女丹陽の過去のお話をねつ造してみました。


    ◆1

    「わ、私はダークロウでダイレクトアタック…」

    「う、うわーっ!!」

     薄暗く黴臭い地下室、秘術によって実体を得た黒い鎧の戦士族モンスターが鋭い爪で空間を引き裂き、衝撃波がぼろきれを身にまとった薄汚れた少女に襲い掛かる。少女はなすすべもなく衝撃を受け、弾き飛ばされて石の壁に叩きつけられた。腕の簡易型デュエルディスクがライフ切れをブザーで知らせる。

     ここがどこなのか、その少女にはわからなかった。突然連れてこられ、同じような年ごろの女の子たちとカードが実体化する危険なデュエルで戦わされている。

    「これで25連敗、目も当てられないな。巫女(シスター)吹雪はデッキタイプ3に変更してから4勝目か、いい調子だ。フィールハーモニクスも安定している」

     広い部屋の中央で場違いな革製のソファにどっしりと腰を下ろして勝負の行方を見守っていたプロフェッサー・ディヴァインはすっと立ち上がった。タブレット型デュエルディスクが示すデュエルログと各ディスクから送信されてくる巫女のバイタルデータを確認しつつ、勝負を制した巫女に歩み寄る。

    「どうだ、回してみた感覚はフィールに合ったか?」

    「はい…。前の時よりも、思ったように引けてる感覚がありました」

    「融合寄りとエクシーズ寄りではどっちが回しやすい」

    「エクシーズ寄りのほうが…」

    「なるほど、じゃあ融合は抜いてもいいな。となると、ブレイズマンはどうする」

    「1枚でいいと思います…。今回もサーチする前に引いてしまったので」

    「なるほどな。じゃあ構築はこんなものか。次も期待してるぞ。おい、巫女吹雪を風呂に入らせて食事をとらせてやれ」

     プロフェッサー・ディヴァインは巫女に話しかけながら端末を手際よく操作してその場で調整版のデッキレシピを組み上げると、巫女の頭を二、三度軽くたたくように撫でてから付き従う上級巫女に指示を出した。白いローブで顔を隠した二人の上級巫女は、勝利した少女に優しくローブをかけ、肩を支えながら静かに退室した。部屋にはプロフェッサーと研究員、床に倒れ込んだ正邪だけ。

     プロフェッサーは上級巫女たちが退室したのを確認し、正邪の目の前に進み出た。

    「見せてみろ」

     冷酷な目をしたその男はデュエルの衝撃で負ったケガの痛みに悶えながらうずくまっている正邪から乱暴に手札をかすめ取ると、手の内で開いてシャカパチした。

    「なんだこの事故ハンは…。これですべてのデッキタイプでの適性検査は終わりだぞ?まともに同調するデッキがひとつもないときたか…とんだ出来損いだ」

     プロフェッサーが握っていた4枚のカードはすべてリリースコストがなければ召喚できない帝モンスター。当然リリースコストを確保するギミックも十分に搭載されているデッキのはずだ。このような酷い手札事故が、正邪のデュエルでは必ず起こっていた。

     プロフェッサーたち『教団』は世界中から集めた具現法の素質を持つ子どもにデュエルを教え込んでいる。連れてこられた子どもはこうして無数のデッキタイプの中からフィールとよく馴染むタイプを見つけ出す検査を受け、大まかなコンセプトやテーマから入って少しずつ実戦をこなしながら個々のフィールに合った構築を見出される。

     カードの効果やモンスターを具現化させるフィール具現法の素養と、フィールそのものの素養は別物だ。フィールが弱ければ正邪のように引きたいカードをうまく引くことができず、結果としてデュエルで実力を発揮できない。

     この施設に来てからずっと、正邪はプロフェッサーたち教団の研究者によって遊戯王のルールを叩き込まれていた。しかし、どんなにやっても、誰が相手でも、ろくに回せず一方的にやられっぱなし。

    「まあ、だからと言って捨てたり殺したりはしないさ。仕事がないわけじゃないからな」

     プロフェッサーは邪悪な薄笑いを浮かべながらそう吐き捨てると、正邪からディスクを取り上げて何食わぬ顔で部屋を出ていった。彼にとって連れてきた子どもは道具でしかない。



    ◆2

    「おらよ、次の実験まで待機だ。プロフェッサーに感謝しないとなぁ。前までならとっくに廃棄処分だ」

     研究員はそうつぶやきながら、抱えてきた正邪を地下室の固い床の上に放り投げた。まるでごみを捨てるような、乱暴で無感情なしぐさだった。彼らはトレーに乗せた皿とバケツをいくつか部屋の中央に置くと、慣れた手つきで鉄格子の扉を閉めて立ち去った。ここは地下室の一角にある狭い牢だ。薄汚れた皿の上には形の悪いパンが積み重なっている。バケツの中には冷たい水。これがこの牢に入れられた子どもたちの食事なのだ。

     地下牢に入れられるのは、フィールや具現法の素質が開かなかった、いわば落ちこぼれ。教団は巫女を人間としては扱わない。プロフェッサーの意向によって優秀な巫女と戦わせる当て馬、つまり実験材料として活かされているに過ぎない存在だ。

     この地下牢には、正邪の他にも10人以上の女の子が閉じ込められている。湿った石造りの地下室には、いつも彼女たちのすすり泣く声が響いている。

     正邪はさっきまでの決闘で負った傷と職員たちに投げ捨てられた際の痛みに歯を食いしばりながら身を起こし、数えもせずに鷲掴みしたパンをバケツに突っ込んで水に浸し、がつがつと食らいついた。

     その眼には光などなく、身を寄せ合ってすすり泣くほかの少女たちのような痛みや恐怖を感じる心すらも残ってはいなかった。

     正邪にとっては、どうでもよいことだった。自分より前からいる子だとか、後に入ってきた子だとか、ある日を境に見かけなくなった子がいるとか、そんなことは生きることと関係ない。彼女はただ痛みに耐えて貪り食らうだけの、傷ついたネズミだ。


     それから何日が過ぎただろうか。正邪は来る日も来る日も、実験に駆り出され、生傷を作っては地下牢に投げ戻された。どんなデッキを使っても勝てはしなかった。いつものように固いパンを水でほぐし、ぐちゃぐちゃにして口に詰め込んでいた正邪は、自分のほうをじっと見つめる視線に気が付いた。地下牢に閉じ込められている女の子たちはみな絶望に打ちひしがれ、身を寄せ合ってすすり泣くだけの動物。それにすらなれない正邪のほうを向くものなんて、いつもは誰一人としていやしない。

     部屋の隅でひとり膝を抱えて座っている茶髪の女の子が、べそをかきながら正邪を見つめていた。

     着せられたズタ袋のようなかぶるだけのぼろきれが、正邪やほかの子のものほど汚れていない。なんだ、新入りか。正邪が抱いた感情はそれだけだった。何もわからないままこんな場所に連れてこられて、理不尽に戦わされたときの気持ち。勝てなくて、ゴミのように扱われて着ていた服すら取り上げられて薄汚い地下牢に投げ込まれたときの気持ち。与えられた「エサ」を動物のように貪り食らう同じ年頃くらいの子どもを初めて見たときの気持ち。彼女の怯え切った表情の奥にある感情はすべて、正邪にも理解できた。すべて通ってきた道だから。しかし同時に、捨ててきた道でもあった。それ故に、同情の念など起こりはしなかったのだ。

     自分は逃げることも逆らうこともできず、ただ教団とプロフェッサーの意のままに生かされて死ぬだけ。そう思ってパンに食らいついていた。

    「あの…」

     すすり泣く声が延々響くだけの地下牢で、正邪が子どもの子どもらしい声を聴いたのは久しぶりだった。

     茶髪の女の子が這って正邪の傍によって来る。

    「その怪我…」

     正邪にはその女の子がどの傷を差して言っているのかわからなかった。生傷や痣はいつだってある。痛みを痛みと思う心を失った正邪にとっては、傷の大きさや血の出方なんて問題ではなかった。

    「日本語、話すんだ」

     正邪が気になったのは、自分のことや怪我のことより、その子が話しかけてきた言語だった。ここに連れてこられた子どもはデュエルと具現法のほかに、言語も教え込まれる。その言語がひとつではないことを正邪は知っていた。教団はいずれ送り込んで活動させたい国や地域を分けて、子どもたちに言語を教えている。だから、捕まった子ども同士で意思の疎通を図ることは難しい。

     正邪は中国の内陸部にある、とても貧しい山村の生まれだった。ろくな教育も受けられないまま、この教団に売り渡された。母国語の読み書きができれば違ったのだろうが、教団は正邪に日本語の読み書きを教えた。ほかにも地理や文化、歴史など、その国に溶け込むために必要な知識を毎日叩き込まれていた。

    「あなたも日本人…?」

    「違う、ここにきて教わった」

     正邪は話す気などなかったのに、自然と返事が出てしまった。この新入りはまだ「人間」だ。コミュニケーションを取ろうとする。自分が失ってしまった温もりを求める心に少しだけ惹かれてしまったのだろう。

    「そうなんだ…。私も、日本で生まれたんだけど、ここでは中国語を習ってるの」

    「生まれた国に連れて行ったら逃げ出すからだ」

    「でも、話せる人がいてよかった」

     自分が連れてこられるまでにこの子がしていたことを正邪は悟った。自分はそうしなかったが、そうした子は何人かいた。ほかの子どもたちは、もうとっくに壊れている。すすり泣くだけで、話しかけたって反応なんかない。


    「私、丹陽(タンヤン)です。本当の名前じゃないけど…。あなたの名前は?」

     なるほど、巫女としての名前は送られる国の言葉でつけられるのか。そんなことを思いながら正邪は無感情に吐き捨てた。

    「正邪。本当の名前なんかない、私は正邪だ」

     すべての子どもが望まれて、祝福されて、名を与えられて生を受けるわけではない。そんな憎しみが乾いた返事の奥底から滲んだ。だから正邪は教団に名を与えられたとき、何も思わなかった。本当の名前がある子は、何か思うんだろうか。それだけだった。

    「正邪ちゃん、酷い怪我だよ…ちゃんと手当てしなきゃ」

    「別にいいよ、そのうち死ぬ。お前もこうなる」

    「待って」

     丹陽はそういうと、自分がまとっているぼろきれを脱いで手で引きちぎり、それを水に浸して土と血で汚れた正邪の体を優しく拭いた。

    「お前、何してんだ…?こんなの、無駄だろ。つまんねえことに体力使うなよ」

    「つまんなくなんかないよ、こうやってお話しできる人が見つかった。私と同じ、まだ心を持ってる人がいたんだもん。そんなラッキー、二度とないかもしれない。友達を大事にするのは、当たり前だよ」

    「そうか」

     正邪には丹陽のいうことがまるで理解できなかった。しかし、連れてこられて日が浅い彼女がそんな風に希望を持つのは勝手だと思い、否定も肯定もしなかった。どうせそのうち、同じになる。



     丹陽が地下牢に入れられてから、3日が過ぎ、一週間が過ぎ、10日も過ぎた。しかし、丹陽は変わらなかった。自分自身も、デュエル実験で傷を負い、体中に生傷や痣を作ってボロボロで帰ってきて、それでも毎日、毎日、正邪の傷を拭き、優しく言葉をかけ続けた。パンを両手で握って、ちょっとずつ味を噛みしめるように食べていた。

     その日、二人はたまたま同じ時間にプロフェッサーから呼び出され、デュエルをさせられた。もはや当て馬としてしか使い道のない者同士、戦わせても仕方がない。相手は別々だった。

     正邪はいつものように、まったく動けない初手を無感情のままに見送り、ターンを回し、適当にモンスターを伏せてしのぎながら負けた。それが全力だった。隣で戦う丹陽のデュエルもひどいものだった。噛み合わない、回らない。フィールが弱い。理由なんてそれだけだ。自分だって、理想の手札があれば簡単に勝てる。回すのは誰だって同じなんだから。持たざる者として生まれたことと、中途半端に具現化などというつまらない素養を持ち合わせてしまったこと、それが弱さの原因だ。

     対戦相手の女の子は、いつだって申し訳なさそうにとどめを刺す。具現化したモンスターで、正邪を殴る。そうしなければプロフェッサーにどんな罰を与えられるか。あまりの臆病さに戦うことができず、フィールの素養があったにもかかわらず地下牢送りにされた子も何人かいた。だから正邪は対戦相手を憎いとは思わなかった。自分がその立場なら同じことをした。呪うべきは自分の不幸だと割り切っていた。

    「ほら、出来損ないコンビのお帰りだ。仲良く眠ってな」

     研究員が心無い言葉を吐き捨てて、満身創痍の正邪と丹陽を牢の中に放り投げた。彼らが「エサ」を置いて立ち去った後、二人は冷たい石の床に仰向けに寝そべって、汚れた天井を見上げていた。

    「正邪ちゃん、大丈夫?」

    「別に」

    「そっか…。私も、ちょっと疲れちゃったけど、大丈夫」

    「ついてないよな、私たちは。この世界のどん底だ」

    「そうだね…」

     丹陽の声は、笑っていた。まだ希望を隠し持っている声だった。

    「こんな狂ったやつらに捕まって、その上才能もなくて、ただ痛めつけられながら死ぬのを待つだけ。それなのに、どうして丹陽は、いつまでたっても諦めないんだ?」

    「だって、ラッキーはすべての人に平等なんだよ、正邪ちゃん。なろうと思って幸運になった人も、不運になった人もいない。明日何が起きるかなんて、誰にもわからないんだよ。だから、今はついてないかもしれないけど、これからついてるかどうかはわからない。だったら私はラッキーが訪れることを考えて生きる」

    「ラッキーが、訪れること…」

    「そう。たとえばヒーローが駆けつけて、教団の人たちをやっつけて私たちを助けてくれるの。それでね、ここから逃げ出せたら私は日本に帰りたい。はぐれちゃったパパとママのところに。正邪ちゃんは、どんなラッキーが起きてほしい?」

    「私は…、もしラッキーが起きるとしたら…。最強の決闘者になって、プロフェッサーやこの教団をぶっ潰してやる。最強のカードを使って、ここを跡形もなくぶっ壊して…!やめようぜ、こんな話。ばかばかしい、そんな奇跡なんて起こりっこない」

    「奇跡が起こるか起こらないかなんて、誰にも分らないし変えられない。プロフェッサーたちだって、私たちの心や命を奪うことができても、ラッキーまでは奪えない。だから、どんなラッキーを想像したっていいんだよ。そのほうがつらくないよ。いいと思う、正邪ちゃんのラッキーが叶ったら、私のヒーローは正邪ちゃんってことになるんだよ?すごいよ、私もそうなったら嬉しい!」

     隣に寝転ぶ丹陽の顔は笑っていた。瞳には希望が宿っていた。正邪はその無垢な希望が、自分にも流れ込んでくるのを感じていた。

    「まあ、考えるだけならただだし。付き合ってやるよ。私は教団をぶっ潰したら、デュエルでのし上がる。私が最強であることを世界中に認めさせて、私を売った家族を見返してやるんだ。いや、それだけじゃ足りない。この世界の全てを見返してやる。もしも神様がいるなら、私をこんな風に生んだ神様だってぶっ潰してやる。だって、こんな風になってるってこと自体、世界が私を馬鹿にしてるってことだ」

    「正邪ちゃん、かっこいい!私ももっとすごいラッキーを想像しなくちゃ。えーっと、えーっと…」

     正邪が言ったとおりのこの世界のどん底に、微かな光が灯った。何もなくたって今にも消えてしまいそうな、小さな小さな、弱弱しい光だ。




    ◆3

     またある日、正邪と丹陽はいつものように当て馬として連れ出され、プロフェッサーの前でデュエルをさせられていた。

    「巫女吹雪、その今回はこのデッキを使ってみろ。少々特別なものだが、お前の素質は十分だ。お前を神より授かりし四暴竜を司る巫女の候補に選出することにした」

     プロフェッサーはそう言って相手の巫女にデッキを渡す。正邪が以前に対戦したことのある子だ。前は正邪と同じボロを着て、地下牢よりは幾分かましな程度の豚小屋のような場所に押し込められていた子が、今は刺繡入りのシルクのローブを羽織っている。きれいに手入れされたつやのある髪の毛、上級巫女が着る装束。プロフェッサーが見出した素養を着実に伸ばしていったのだろう。

    「四暴竜の巫女はまだ決まっていない。お前がこのデュエルをものにすれば一番乗りだ。お前がこの教団の新たな秩序となる。チカラを持つ者こそが上に立つべきなんだ」

    「はい…!必ずものにして見せます、プロフェッサー・ディヴァイン」

    「ああ、期待しているよ」

     プロフェッサーは淡々と返事をしながら薄手の手袋をはめた手で決闘巫女の頭をそっと撫でた。その決闘巫女のプロフェッサーを見つめる眼差しは熱を帯びていた。

     プロフェッサー・ディヴァインは教団に飼われる巫女たちにとって、二つの顔を持つ存在だった。年端も行かない子どもを実験に使う冷酷な科学者であると同時に、救世主でもあった。
     彼が来る前の教団では、決闘巫女は儀式のための人柱、呪力を蓄える電池のような存在でしかなかった。素養のないものは処分される一方で、強力な力を宿す巫女は一人で歩くことのできないよう手足を傷付けたり、薬で理性を破壊したりというような卑劣極まりない扱いが当たり前のように行われていた。この教団を取り仕切るカルティストたちは、神との交信のために巫女を必要とする一方で、その力をもつ巫女を恐れていたからだ。

    「プロフェッサー…私、頑張ります。絶対にあなたの力になります。貴方がいなかったら私は今頃…」

    「忘れろ、それは過去だ。間違った過去だ。決闘巫女は教団の道具ではない、決闘巫女こそがこの教団の中心にあるべき存在なのだよ。私と君たちでこの教団を変えるんだ。強いものが上に立つ、ごく自然な世界にね」

    「は、はい…!」

     プロフェッサーを見つめる決闘巫女の瞳には様々な感情が宿っていた。希望、安堵、慕情、信頼…光を帯びるあらゆる感情の総体と言ってよいだろう。
     しかし、プロフェッサー・ディヴァインが注視していたのはタブレット端末に表示されたその巫女のバイタル・フィールデータの数値上昇を示すグラフだった。



     正邪は研究員によってディスクを持たされ、足枷を付けられてまたデュエルをさせられた。隣では別のエリート巫女と丹陽がデュエルしている。どんなデッキを使ってもフィールが高まらない正邪と丹陽は、もはや使用するデッキのタイプなど誰にも確認されていなかった。適当に渡された中身も知らないデッキを持って、適当に引いて適当に伏せるだけ。それはもはやデュエルですらなかった。

     当然のように正邪は負けた。また生傷と痣を作り、疲労困憊して床に倒れ込む。目をかけているエリート巫女が勝利したにも関わらず、プロフェッサーの表情は硬かった。しばらく黙って考え込んだ後、こうつぶやいたところまで正邪の意識は残っていた。

    「フィール同調が荒い、四暴竜の制御にはまだ遠いな。別の実験台を使ってもう少し回してみろ。さて、そっちのほうはどうだ」


     気が付けばまた、いつもの固く冷たい石の床の上、丹陽と二人で転がっていた。いつもと違ったのは、自分たちの周りに散らばったカード。実験の時に預けられたデッキを、そのまま投げ捨てたのだろう。大したカードはない。具現法を使ってもフィールの弱さから貧弱なエフェクトしか具現化できないこの地下牢の「出来損ない」たちにどんなカードを預けようとも怖くはないということだろう。

    「いててて…」

    「疲れたね、正邪ちゃん」

     丹陽の声にはいつもの元気がなかった。幸運を信じ、希望を持ち続ける強い心の持ち主であっても、過酷な実験と劣悪な環境での生活が体に与える負担まで防げるはずはない。正邪は自分と丹陽が日に日に痩せていくのを知っていて黙っていた。

    「ああ、疲れたな。どんなラッキーが起きたら助かるかなぁ、私たち」

    「魔法でごちそうがたくさん出てきて、おなか一杯食べるのはどうかな」

    「ごちそうってなんだ?おいしいのか?」

    「うん、とってもおいしいんだ。シチューとかハンバーグとか、いろいろ…。それで、ミートドリアが一番おいしいんだよ。一緒に食べたいね」

    「ミートドリア?聞いたこともねえや。でも、そうだな。何か食わないと、力が出ないもんな…」

     限界が近付いている。正邪にはおぼろげながらその感覚があった。あと何回、あの実験に耐えられるか。あと何回、目を覚ませるか。なんとなくだがその刻限が迫りつつあるのがわかる。そして、丹陽もまた同じ状態なのだろうということが自然とわかった。呼吸の仕方や顔色など、少しずつ変わってきている。自分と同じように。

    「ねえ正邪ちゃん、こんなラッキーはどうかな」

    「なんだよ」

    「生まれ変わって、好きなものになるの。好きなところに行って、好きなことをする」

    「私はもう生まれたくなんかないな。二度とこんな世界には来ない。それが今思いつく一番のラッキーかもな」

     いつもとは少し違う口ぶりから、丹陽もまた自分たちの限界を悟っているのだということが正邪に伝わった。お互い直接言わなくとも、察することができていた。

    「そんな寂しいこと言わないでよ、生まれ変わっても一緒にいようよ」

    「まあ、お前が一緒なら生まれ変わってもいいかも」

    「本当?」

    「ああ、思い返してみれば、お前が私の一番のラッキーだったな。お前だけが」

     正邪は静かに瞼を閉じた。まだ次くらいは目覚められるだろう。そのくらいの体力は残ってる。いつものように、冷たくなった手足の先を暖めあうために、真っ暗な世界で丹陽の手を探した。二人は身を寄せ合い、熱を分け合ってこの嘆きの地下牢で生きてきた。すすり泣く声だけが響く残酷な暗い宇宙で、お互いを目印に何とか手を取り合って耐えてきた。

    「ねえ、正邪ちゃん」

     すぐ耳元で丹陽がささやく。かすれた弱弱しい声で、優しく温かく。

    「私、ほんとうの名前はね、ゆきかぜっていうの。私がここにいたってこと、覚えててほしいな」




     それからどれほどの時間が経っただろうか。正邪は横たわり、深い眠りについていた。夢を見ることすらない安らかな場所から正邪を地獄へ引き戻したのはけたたましい音だった。誰かが勢いよく扉を開けて、地下室に駆け込んでくる。密閉した地下にはその音がよく響く。

    「起きろ!巫女丹陽、起きろ!」

     叫ぶ声はプロフェッサーのものだ。正邪が目を開き体を起こすと、鉄格子の扉を開けて牢の中に入ってくるプロフェッサーの姿があった。

    「う、うーん…」

     名前を呼ばれた丹陽もすぐに目を覚ます。

    「おい丹陽、このカードを使ってみろ。いいな」

     プロフェッサーは焦りと興奮の混じった表情で丹陽の小さな腕をつかみ、ディスクを取り付けてカードを持たせた。

    「さあ発動しろ!フィールを込めるんだ」

    「は、はい…」

     どんなカードを使ったって、まともに具現化させることができなかった。そんな丹陽にいまさら何をさせるのだろうか。正邪はぼーっと眺めていた。

    「もう一度だ」

    「はい…」

    「もう一度やってみろ」

     プロフェッサーは丹陽に同じカードを何回も発動させた。何度やっても結果は変わらない。


    「プロフェッサー!なぜこのようなところに!そいつらは出来損ないです、何度やらせたって変わりませんよ」

     音を聞きつけた牢番の研究員が駆け寄る。

    「そうだ、変わらないのだ。変わらないのだよ!」

     プロフェッサーは狂気じみた笑みを浮かべながら、丹陽から使っていたカードを取り上げて研究員に見せた。通常魔法「カップ・オブ・エース」、コイントスを行い、表が出たら自分、裏が出たら相手が2枚ドローするというカードだ。

    「さっきの実験の時こいつがこのカードを使った。おかしいと思ったのだよ、貧弱なフィールしか持たない出来損ないがギャンブルカードで自分に有利な効果を引き当てるなど。おい丹陽、次はこれだ。さあ発動しろ!」

    「は、はい」

    「おお…みろ、ダイスもだ!こいつのフィールは特定の状況下でのみ効力を発揮する特殊性フィールの一種だ。わかるか?」

     研究員に詰め寄るプロフェッサー。彼が感情を露にするのを見るのはこの研究員にとっても初めてのことだった。

    「ま、まさか、ランダム要素を含むカードを使う場合に…」

    「そうだ、ギャンブルカードを自在に操る。それがこいつの才能だ。見つけた、ついに見つけたぞ…。丹陽、お前こそ私が求めていたフィールの持ち主だ…。お前、すぐに丹陽を風呂に入らせて、服を着せろ!それが終わったら温かいものを食わせてやれ!今後はくれぐれも粗末に扱うんじゃないぞ、こいつの素質があれば四暴竜を制御できるかもしれん」

    「は、はいっ!!た、丹陽!こっちに来なさい!」

     研究員は衰弱した丹陽を慌てて抱きかかえた。正邪は何が起きたのか理解できないまま、それを唖然としながらただ見つめていた。

    「正邪ちゃん!」

    「丹陽!」

     丹陽の叫び声で我に返った正邪が一瞬のうちにできたことは、名前を呼ぶことだけだった。丹陽は研究員に連れられてたちまち地下室から連れ出され、プロフェッサーも正邪には目もくれずにそのあとを追っていった。



    ◆4


     はじめ、正邪には何が起きたのかわからなかった。だが、一日、二日と経って、だんだん飲み込めてきた。自分と同じ落ちこぼれ、出来損ないだと思われていた丹陽には、実は才能があった。それが偶然わかって、プロフェッサーたちは彼女を連れて行った。

     丹陽は自分とは違う存在だった。フィールという法則に愛された存在だった。泣くことすらできない愚鈍なネズミは正邪一人だけに戻ってしまった。

     ラッキーを信じ続けた丹陽には、本当にラッキーが訪れた。自分も、一緒に夢を語り、幸運が訪れる日を信じていたのに、丹陽にだけ。

     あの日から正邪は実験に呼ばれていなかった。地下牢での生活は相変わらずだったが、苦痛は少なくなった。石の壁にもたれかかりながら、丹陽は今頃どうしているだろうかと考えて過ごした。自分の中に響く、途切れそうな命の鼓動は遠のいていった。


     つまらない。苦しみはなくなったが、丹陽がいないと夢の話をして過ごすあの時間がない。一人で考えても思い浮かばない。正邪はそんな心境のまま1週間以上過ごした。


     鐘の音が聞こえた。食事の時間だ。近づく足音、開く扉、階段を下り、牢の前に誰かが立つ。

    「正邪ちゃん」

     渇望した優しい声。飛び起きた正邪が見たものは、シルクのローブに身を包んだ丹陽の姿だった。自分と同じで汚らしくぼさぼさになっていた髪はきれいにとかされて柔らかく、青白かった顔色はすっかり良くなって頬は健康的なピンク色だ。

    「丹陽…?」

    「正邪ちゃん!よかった…!」

    「よかった…?」

    「待っててね正邪ちゃん、もうちょっとで正邪ちゃんをここから出してあげられる」

    「…なんだよその恰好、…出してあげられるって、どういうことだよ」

    「今日やっと上級巫女になれて、自由に施設内を歩ける許可がもらえたの。それで、会いに来れた。明日からはアカデミアの生徒になって、もうちょっとで私、四暴竜の巫女になれる。そしたら幹部と同じ権限を持てるの。正邪ちゃんをここから出して、私の部屋で一緒に住んでもいいって、プロフェッサーが言ってた。だから待ってて、私頑張って暴竜を制御できるようになるから!」

    「なんだよ、それ…」

    「私たちにラッキーが訪れたんだよ!」

    「…丹陽、それはお前だけのラッキーだよ。私のじゃない。お前には幸運を味方につける才能があるんだろ?何にもない私には、そんなラッキーいらねえよ。ほっといてくれ」

    「そんなことできないよ、ずっと一緒にいようねって約束したじゃん!私、正邪ちゃんを助けるためならなんだってするよ!」

    「うるせえんだよ!!お前はできるんだろうな、やろうと思えばなんだってよ!私は違う、お前とは違うんだよ!才能も運もない!会いたい家族もいないし食べたいごちそうもない!本当の名前も、何にもないんだよ!!私はただの、出来損ないの正邪だ!!」

    「そんな、正邪ちゃん、私はただ…」

    「出てってくれよ。それに私はそんなのちっともラッキーじゃねえよ。教団の手先になったお前にお情けで生かしてもらったってな!そうか、そうだよな…。この世界は私をどこまでも馬鹿にする、惨めにする。お前もこの世界の一部なんだな…」

    「正邪ちゃん、私、必ず…」

    「私はラッキーなんかもういらない。ここから、私の世界から出ていけ」


     丹陽は瞳に浮かび上がった大粒の涙を巫女装束の袖で拭い取ると正邪に背を向け、それっきり、二度と、正邪の前に現れなかった。正邪は自分とは違うものになってしまった友の遠ざかる足音を聞きながら、自分自身の心の中にも遠ざかる何かを感じていた。涙が流れない。悲しくない。唯一の光を失ったはずなのに、もっと大きな別の何かが正邪の中で膨れ上がって、彼女の狭い宇宙を飲み込んでいった。




    ◆5


     正邪は自分自身が生きているのか死んでいるのかもわからないまま無となって過ごした。同じ地下牢にいるはずの他の子どもたちの息遣いも、すすり泣く声も聞こえない。寒さも眠さも感じない。自分の体が腐るまでそのままでいようと思った。その一方で、心はこれまでにないほどに激しく大きく動き続けた。


     生きる術も名も与えられないまま肉親に売られ、教団に飼われる実験動物になった。しかしほかの子どもが当たり前に使えるフィールの力を持たず、教団が目を付けた具現化能力もろくに使えず、死ぬまで痛みに耐え続けるだけの使い捨ての人形にまでなり下がった。地の底の掃きだめのような地下牢で、ぼろきれ一枚を身にまとい、バケツの水とパンだけを糧に未来も目的もない命を繋ぐ生活の中で出会った希望の光。心を許せる唯一の友達。一緒に幾多の夢を語った思い出。自分も丹陽もこのまま死んでしまうのだと思っていた。心の中の宇宙を満たすような果てのない苦しみと痛みの末に、ほんの一握りの温もりだけを抱いて無に帰ることができるのだと。

     しかし、世界は正邪からたったひとりの友を、ほんの少しの思い出を、そして死すらも奪った。

     世界のすべてが憎い。私を嘲笑うために存在するこの世界から何もかもを奪い、跡形もなく壊してやりたい。すべての人間に、この苦しみを与えてやりたい。

     持たざる自分の存在すら許さない、あらゆる持つものを持たざるものに。光を闇に、喜びを悲しみに。快楽を苦痛に。正を邪に。


    『汝、反逆せよ…』

     正邪の心の中に、地の底深くから響く鬼とも悪魔とも知れぬ邪悪な何者かの声が木霊した。

    『汝、反逆せよ…』

     夢か、幻覚か。死の淵に瀕する正邪の激しい憎しみと怒りが、音を紡ぎだしていた。

    『汝、反逆せよ…』

     そして音は次第にビジョンを伴い、正邪の前に現れる。その黒く巨大な塊は、稲妻を放ちながら正邪に呼びかける。

    『汝、反逆せよ…、愚鈍なる世界に…』



    「私は、反逆する。愚鈍なる世界に」

     光も重力もない無限の地平に浮かんでいた正邪は、呪詛の言葉を発した瞬間地下牢の冷たい床に意識が戻った。何も変わらないやせ細った体。身を起こすと、自分と同じように打ち捨てられた役に立たないカード。正邪の右手は、そのうちの一枚をいつの間にか握りしめていた。

    「トラップ発動、反転世界…」



    ◆6

    「マジック発動、魔法除去…」

     正邪が抱えた紙束の一枚をかざすと、地下牢の格子扉を閉じる巨大な南京錠がひとりでに外れて床に落ちた。正邪はカードを拾い集め、ふらついた足取りで静かに牢を出る。すすり泣く子どもたちはそんなことには気づいてさえいない。

     地下牢を出た正邪には、はっきりの何者かの呼ぶ声が聞こえていた。そしてそれがどこにいるのかも。地上階は正邪たちが閉じ込められていた場所とは別世界の、直線と直角が構成するコンクリート造りの頑丈な建物だ。

    「トラップ発動、システムダウン…」

     何かに操られるように、正邪は次々とカードを具現化する。電力の供給が突然途切れた施設内では、機械が次々と動きを止めたり異常な動作を始めたりした。

    「どうした、何があった!」

    「大変です!フィール具現法が使えません!ほかの巫女たちも、皆同じ症状を…!」

     通路を行きかう研究員や決闘巫女たちは、薄暗い通路、壁に寄りかかってやっとのことでよろよろと歩みを進める正邪の存在など気にも留めずに駆けていった。


     正邪は気が付くと祭壇の前に立っていた。どうやってここに来たのかもわからない。初めて入る部屋だった。目の前に並ぶ4つの石板。その中央には窪みがあり、カードが収められている。その窪みのうちのひとつは空だった。

    「四暴竜の巫女に、なれたんだな…」

    『汝、反逆せよ…!!』

     一瞬浮かび上がった友への感情を、巨大な何かの声がかき消す。その声の主は目の前にある、石板の中の一枚のカードだ。正邪はためらうことなくそれを手に取った。灰色にくすんだカードの表面が、正邪のフィールに反応して色づいていく。


    「ランク4…ダークリベリオン・エクシーズ・ドラゴン」

     漆黒の竜を模したそのカードは、枠も背景も、全てが黒。正邪の心と同じ色だ。

    「こいつで、この世界をぶっ潰す…」

     正邪は残りの石板に収められた二枚のカードも奪い、残された僅かな力を振り絞ってカードを発動した。


    「トラップ発動、強制脱出装置…」

     正邪の体は弾かれたように飛び上がり、ガラス窓を突き破って建物の外に飛び出した。背の高い草が生い茂る坂を転がり落ち、止まった場所は門の外に通じる水路の排水溝の目の前だった。



    ◆7

    「…ってのが、私とあの決闘巫女、丹陽の関係だ」

     閉店後の楼麗来。薄明りのテーブル席で正邪は語り終えるとそっと目を閉じた。遠い過去の記憶に寂しさと悲しさを感じている。そんな表情だ。

    「正邪チャン…!」

     ブラックコーン号はまるで自分の身に起こったことのように大泣きしながら正邪を抱きしめた。どんなカードよりも強い調和のフィールを持つナンバーズであるが故の高い感受性がそうさせるのだろう。正邪は昔のことだと言いたげに、きまりが悪そうにはにかんでいる。

    「あの時の私は、普通にものを考えられる状態じゃなかった。でも、今になって思えば、あいつが私のことを思って必死に頑張ってくれてたんだなってわかる気がする。私のことなんか忘れて、見捨てたって誰も責めはしないような状況だった。それなのにあいつは…丹陽は私を助けようとしてくれた。私が勝手に拒絶してしまったんだ」

     悔しそうに握りしめられた正邪の小さな拳。その拳に優しく手を添えたのは遊星だった。

    「自分を責めるな。悪いのはお前でもあの子でもない。お前たちをそこまで追い込んだのは教団とプロフェッサーだ」

     遊星は、そうとは知らずに出会っていた決闘巫女・丹陽のことを思い返していた。小さな女の子にフェイバリットカードを託し、優しくデュエルを教えてあげるあの朗らかな少女を。

    「でも…あいつは力を手に入れたとき、真っ先に私を助けようとしてくれた。それなのに、私はあいつを置いて、一人で逃げ出した…。いつか復讐してやるって、憎みながら」

    「だが、その心は変わった」

    「だから怖いんだ…。このまま大会に出れば、私はあいつと戦わなくちゃいけない。少なくとも、丹陽はそのつもりだ…」

     正邪が泣いているとき、苦しんでいるとき、そんなときはいつだって一番近くで優しく寄り添ってきたはずの黒咲は、今日に限って一人カウンター席に腰かけ背中を向けている。黒咲は正邪に背中を向けたまま、静かに言葉を発した。

    「お前はどうしたい。戦いたくないのならば、出場を取りやめてもいい。望まぬ戦いは悲劇を生むだけだ。仲間同士が傷つけあうことほど、悲しいことはない」

    「そうだ…。私は丹陽と戦いたくない。丹陽を傷つけたくない」

     正邪にとって、初めて沸き起こる感情だった。世界を呪い、全てに抗ってがむしゃらに反逆の道を歩み続けてきたこれまでの正邪に戦いたくない相手などいなかった。どんな強い相手だろうと、弱い相手だろうと、憎しみと怒りのフィールで踏みつぶしてきた。それは紛れもなく強さだったが、失うものがない人間の悲しい強さだった。それに比べたら友との戦いを恐れる優しい弱さのほうがずっと大切で、守るべき尊い魂だ。遊星もコーン号も、黒咲もそう思っていた。


    「…でも私は戦うよ。あいつを倒すためじゃない。奪われた仲間は必ず取り戻す。鉄の意思と、鋼の強さで。あんたがそう教えてくれたんだろ、黒咲」

     正邪の表情に迷いやためらいはなかった。まっすぐな瞳にはこの世界の不条理に対する激しい怒りと、それでも信念を貫こうという気高い信念が宿っている。遊星が彼女の瞳に見たものは、黒咲の気高い魂だった。彼の孤独な戦いの軌跡が、このあどけない少女の心の中で道標として刻まれている。

    「強くなったな、瑠璃」

    「いや、私は弱いってわかったんだ。丹陽ともう一度向き合って、あの時の自分がやったことと決着をつけたい。それにあいつ、遊星とジャンを何のためらいもなく殺そうとした。そんなことできるやつじゃなかったのに。きっと何かあったんだ。放って逃げ出すわけにはいかない」

     遊星もあの時の丹陽の行動や表情には疑問を感じていた。公園であった時には人懐こくて明るい普通の女の子だった。あの表情一つ変えずに巨大モンスターを差し向けてくる姿とは似ても似つかない。

     

    「あくまで決闘巫女正邪として戦うのだな」

     黒咲が静かに、そして厳かに問いかけた。

    「ああ。私は教団の決闘巫女正邪。教団に反逆し、あいつを決闘巫女丹陽から、ただのゆきかぜに戻してやる。その因縁が終わるまでは、私は正邪だ。まあ、あいつと違って私には本当の名前もないからさ、正邪をやめたからって、何に戻れるわけでもない。…別に、なりたいものもないし、その時はなってやってもいい。…黒咲瑠璃に」

     誰に指摘されたわけでもないのに、正邪は顔を赤らめながら、しどろもどろになりながら素直な気持ちを言葉にした。

    「好きにしろ。だが忘れるな、俺はお前が正邪だろうと瑠璃だろうと、何者だったとしてもお前の兄だ。お前を導き、お前を守る」

     黒咲はそうつぶやくと、正邪たちのほうを向き直ることもなく、とうとう一度も表情をみせることなく店を出ていった。古びた引き戸を開ける音にかき消された去り際の小さな声は、誰かに届いたかわからない。

    「…俺を超えるその日までは」


     黒咲が去った店内は、しばらくの間沈黙に包まれた。正邪はコーン号に抱かれながら、彼が出ていった店の出入り口をずっと見つめていた。

    「あいつ、私が瑠璃じゃないってこと…本当は気付いてるのかな」

     長い時間を共に過ごしてきた遊星、海馬、ジャックには彼の気持ちがなんとなくわかるようだった。YPであるというだけで軽蔑される現実から逃げ出し、妄想が作り上げた存在しない妹を追いかけてがむしゃらに生きてきた半生、呪いによって世界が書き換えられ、瑠璃に会えると思い込んで仲間のもとを離れ、暴走しながらも孤独に戦ってきた日々。その末に見つけ出した、瑠璃と同じ姿をした少女が正邪だ。

     黒咲は未熟であどけない正邪を保護し、その幼さに見合わぬ強大すぎる力を制御するためのデュエルの技術と反逆者の信念を教え込んだ。そして黒咲の愛情を受け、幾多の困難を乗り越えながら正邪は成長した。仲間との絆を知り、自分が何者かを自分で見定められるようになった。

    「あいつにもあいつの戦いがある。お前が今、自分の戦いをしようとしているようにな」

     遊星はそんな激しくも真っすぐで、誰よりも強い信念を持つ親友に思いをはせながら、正邪を諭した。黒咲は今、自分の人生と言っても過言ではない「瑠璃」の存在と必死に向き合おうとしている。仲間として、それを尊重してやりたい。それが遊星の思いだ。

    「やっぱ黒咲はすげえや。自分の戦いをしながら、私を導いてくれる。まあ、確かにいろいろとヤバいやつだけど…」

     正邪はこれまでに黒咲と過ごしてきた日々を思い出し、改めて未来への決意を固めた。

    「私はあいつからもっとたくさんのことを学んで、いつかあいつよりも強くなる。それが私からあいつへの反逆だ」

     黒咲の思いは、言葉で伝えずとも正邪に届いていた。本当の家族ではないかもしれないが、それでも唯一の家族と思い込み、兄妹の絆を育み続けたそのがむしゃらな努力は決して無意味ではなかった。

    「だからみんな、私に新しい戦術を教えてほしい。ダークリベリオンだけじゃ丹陽には勝てない。あいつがペンデュラムの竜を使うってことは、私が持ってる残りの2枚はシンクロと融合。こいつらを使いこなせるようになりたいんだ」


     かくして、遊星たちの新たな戦いが始まった。大会まで残り1週間。顔のない神が眠る島、デュエルリゾートアイランドでその復活をもくろむ教団とレイ・ベクター。その野望を打ち砕くための、最後の戦いでもある。




    ◆8

     日本を飛び立ち、遥か彼方にあるポリネシア諸島を目指す小型ジェットの客席には四人だけが並んで座っていた。大人が一人、子どもが三人。この四人のためだけに飛ぶチャーター便だ。

    「正邪ちゃん…」

    「怯えているのか、虹彩の巫女丹陽」

     窓際の席から眼下の雲を眺める丹陽は、沈んだ表情だった。プロフェッサー・ディヴァインはタブレット型デュエルディスクの画面に目を向けながら淡々とした様子で声をかける。

    「わかりません」

    「フィール振動周期がブレている。お前はおびえているのだ、丹陽。無理もない、四暴竜の巫女同士の戦いなど例のない事態だ」

    「本当に、正邪ちゃんが黒牙の巫女なんですか…?」

    「四暴竜は顔のない神が持つ四つの荒ぶる魂を司る竜。すなわち反逆、蹂躙、抑圧、そして嘲笑。教団に反旗を翻し、他の暴竜を盗み去ったこと。それは彼女が反逆を司る黒牙の巫女となる素質を持つ可能性を示している」

     プロフェッサーを挟んで丹陽の反対側には、教団の刺繍が入ったローブで姿を隠した二人の子どもが座っている。二人はプロフェッサーの言葉を聞き、顔を見合わせてくすくすと笑った。

    「ねえプロフェッサー、別にあいつを倒すのは丹陽じゃなくてもいいんでしょ?こんなビビっちゃってる子よりもさぁ、私がやったほうが早いんじゃない?私だって、早く私の暴竜を取り返して使いたーい」

    「それに、ラボの掃きだめから拾われた落ちこぼれなんかが、アカデミア出身の私たちが使うべき暴竜のカードを持ってるなんて気に食わないのよね。実力で選ばれるべき四暴竜の巫女にただのラッキーで選ばれた子がいるってことも、何の素質も持たない出来損ないが暴竜を使ったせいでエクシーズ科主席のあの子がここにいないってことも、私認めないから」

     丹陽を威圧するような棘のある言葉を口々に発する少女たちのそれぞれのローブには、シンクロを司る白い紋様、融合を司る紫の紋様が刺繍されている。彼女たちは元から高い素養を持ち、スカウトされて教団が運営するデュエルスクールに入学したエリート中のエリートだ。プロフェッサーが選び出した四暴竜の巫女にラボの実験台だった落ちこぼれが二人も選ばれ、各学科の主席生徒が二人しか選ばれなかったことが不満でならないのだろう。

    「私が戦います。大丈夫、ちゃんと戦います」

     丹陽は震える声で答えた。

    「巫女正邪とのデュエルは私と丹陽が受け持つ。お前たち二人は、自分の役割に専念しろ」

    「ちぇっ、つまんなーい。わざわざ南の島に行ってまで雑魚狩りなんて」

    「まあ、いいわ。決闘竜やナンバーズと戦えるなら。アカデミアの巫女は暴竜に頼らなくたって強いってこと、証明するだけ」


    「それでいい。さて、空港につくまでもう一度四暴竜と顔のない神の性質をおさらいしておくぞ。タブレットディスクを出せ」

    「うわ、またプロフェッサーの特別授業…?そんなのよりはやく戦いたーい!」

     シンクロの決闘巫女は大っぴらに不満を口に出しながら、尊大な態度でしぶしぶディスクを起動した。生真面目そうな融合の決闘巫女は黙って指示に従っている。

    「四暴竜は顔のない神の性質を分かつ決闘竜だ。シンクロの竜、白翼の竜が持つ性質は」

    「そんなの知ってるってば、『抑圧』でしょ。チカラで相手を圧倒し、抑えつける。誰よりも速い私のシンクロが相手の動きを封じ込める白翼の竜を制御するのに最も適してる、って言ってたの、覚えてるもんね」

    「その通りだ」

    「融合によって顕現する紫毒の竜は『蹂躙』のカード。破壊の限りを尽くし、何もかも奪い去る。一手のうちに敵を焼き払う私の融合デッキならば、その特性を最大限に活かせる」

    「うむ」

    「出来損ないが顕現させた、エクシーズの竜、黒牙の竜は弱きものにチカラを与え、強きものからチカラを奪い、世界に混乱をもたらす『反逆』のカード。つまり、あの出来損ない巫女が使うデッキは、強さや立場を入れ替えることに長けた構築ってことよね」

    「おそらくな。優等生を連れてきて正解だった。私の話す手間が省けるよ」

    「でもプロフェッサー、なぜその子のギャンブルデッキが『嘲笑』を司る虹彩の竜に重なるの?」

    「ちょーしょーって、煽りってことでしょ?」

    「ああ。顔のない神は嘲る神。欺き笑う煽りの神だ。つまりエンターテイナーなのさ」

    「ギャンブルはどっちに転ぶかわからないエンタメだからってこと?」

    「それでは50点だな。丹陽のチカラは運すら左右する。すべては自らの手のひらの上。踊らされる相手を嘲笑う。それが顔のない神だ。考えてもみろ、構築とプレイングと引き、どれで煽られるのが一番頭にくるか」

    「そっか…構築とプレイングは磨けば伸びるけど、結局は引いたものの勝ち。それを嘲笑うのね」

     プロフェッサーと紫毒の巫女の問答は延々と続いた。丹陽は窓の外をぼんやりと眺めながらいずれ再会する友のことを思い、白翼の巫女はろくに話を聞かず、背もたれに身を投げ出して居眠りしていた。


    とある呪術の禁止認定(ファンデッカス) 前日譚 完
  • 間違いだらけの冒涜的フィール神話劇場 MASTER RULE 4 [ep.6]

    2017-03-23 21:33132
    ◆0 アバン

    「いけ、シューティングスター!!スターダスト・ミラージュ…5連打ァ!!!」

     5つの幻影が次々とデコード・トーカー、そして遊作に突撃し、フィールの爆炎を上げる。


    「次やるときは、イカサマには気を付けよう。不動遊星、じゃあな!」

    「ああ!じゃあな!」

     3300の5回攻撃を受けた遊作のライフはゼロ。爆炎の中から飛び出した遊作は、デュエルボードを巧みに操り、爽やかな挨拶とともに大きく手を振りながら青空の彼方へ消えていった。残ったのは遊星の盤面と、歩道を埋め尽くす観衆の大喝采だった。



    ◆1 コンマイ本社 黒咲と正邪

    『―MISSON CLEAR』

     デュエルディスクが映し出す中継で遊星のシューティングスターが5つに分かれて遊作を撃破したその瞬間、コンマイ本社のサーバールームで黒咲が対面していたメインサーバーの画面上の警告ウィンドウも消滅する。デコード・トーカーの戦闘破壊というアンロック条件を満たしたことで、これまでに入力されていた操作が次々と実行されていく。

     マスタールール4の試作データが保管されているデュエルサーバーはあらゆるネットワークを寸断し、バックアップデータは跡形もなく消える。外界から独立したサーバーの中にマザーデータだけを残した状態が完成した。黒咲たちの仕事はここまでだ。


    「よし、ソフト面の準備は完了だ。ハード面は任せるぞ、瑠璃」

    「ああ。デュエルモード起動っと…」

     このサーバーにも当然デュエルディスクとしてデュエルアプリケーションを実行する機能はついている。正邪はタッチパネル式のモニターを操作して、このサーバーでデュエルを開始した。設定はソリティアモード、対戦者待ち。

    「よし、私はこのサーバーにダイグレファーを召喚!」

     正邪は反転世界を通さない素のフィールを通して、召喚したモンスターをマテリアライズした。この場で強力なモンスターを具現化させ、サーバーを破壊することもできる。しかしそれでは足がついてしまう。黒咲と正邪はあくまで下準備をし、痕跡を残さず静かに去る。それが与えられた役割だ。

    「それから、こっちのディスクでサモプリ召喚、コスト切ってゾンマス特殊召喚。2体でオーバーレイ!黒咲、飛ぶぞ!」

    「ああ」

     二人は地上50階の窓から何の躊躇もなく飛び降りた。落下する二人を具現化した正邪の黒竜が拾い上げ、静かにコンマイ本社ビルから飛び去っていく。国道での熱いデュエルに熱狂するこの町は、その存在に気づかなかった。



    ◆2 本当の目的

     遊作とのエキシビジョンマッチを終えたばかりの遊星は、慌ててディスクをホーム画面に戻し、位置情報を表示した。次のポイントはもう1㎞先まで迫っていた。

    「間に合うか…。ターンカウントを進めてドロー、俺はデブリドラゴンを召喚し、ゼロガードナーを釣り上げ、2体でオーバーレイ。口上省略、出てきていいぞ」

    「No.50、ブラックコーン号デース!!」

     フィールが形を紡ぎ、光の中から遊星の相棒が姿を現す。コーン号はフィールホバークラフトで路面から僅かに浮かび、ジェット噴射で遊星のバイクに並走する。遊星はディスクの探知機能を呼び出し、フィールを遠くに飛ばして周辺に存在するデュエル端末を検索した。

    「あった!」

     マップ上に現れるアイコン。起動中のデュエル端末、その位置はコンマイ本社の場所とぴったり重なっている。遊星はアイコンをタップし、対戦モードに移行して相手の盤面を確かめる。相手フィールド上には通常モンスター「戦士ダイ・グレファー」が1体。ついさっき、正邪が起動してモンスターを具現化させた、コンマイ本社のサーバーだ。そう、ここが合流ポイント。黒咲と正邪はマスタールール4をひとつのサーバーに閉じ込めて、そこに示し合わせた下級モンスターを置いて脱出する。ダイ・グレファーを選んだ理由は使っているプレイヤーがおらず、周辺にほかのディスク反応があっても誤認しにくいからだ。そして遊星はそのポイントを通過するときに…

    「やれ、ブラックコーン号!コンマイ本社にいるダイ・グレファーを墓地に送り、1000ポイントのダメージだ!」

    「YES!」

     遊星が対象に取るモンスターをタップすると、コーン号の艤装ユニットから展開する砲身はコンマイ本社のほうを自動で向いて、移動に合わせて射角を微調整し始める。コーン号の効果でフィールの砲弾を打ち出し、サーバーを狙撃するのだ。細かい作業が嫌いで大雑把なコーン号には、高速で移動しながら照準を合わせて射撃するなどという精密な動作は到底不可能。そこで、対象に取ったモンスターの場所へ自動で砲弾を飛ばすこの機能を使うために、コーン号よりも攻撃力が低いモンスターをサーバーの位置に召喚する必要があったのだ。

    「いきますヨー!センチメンタル・アウトロー・ブルース…!!」

    「うわああああっ!!」

    「ワッザ!?オーノー!」

     コーン号が腕を振り上げ意味のないポーズを取り、フィール弾を発射した次の瞬間だった。前方から人間が悲鳴を上げながら転がってきて、コーン号と接触した。展開した艤装ユニットの重量と空気抵抗のせいで、避けようとはしたものの間に合わなかったのだ。コーン号はスピンしながらかろうじてバランスを取っている。

    「遊星!」

    「ジャン!」

     掛け声と同時に2台のバイクがコーン号の両脇に躍り出る。

    『オートパイロット、オン。対象の車両と並走します』

     遊星はディスクを操作し、バイクの制御をジャンのバイクと連動させた。そして右手をアクセルから離し、コーン号のほうへと伸ばす。

    「捕まれ、コーン号!!」

    「遊星サン!アキヤマ!」

     転倒する直前、遊星とジャンはコーン号の手を取り、バイクで牽引しながら体勢を立て直させることに成功した。一瞬の判断と連携が思わぬ事故からコーン号を救った。

     弧を描いてビルの隙間を縫うように飛ぶフィールの光弾は、紅の看板を掲げる巨大ビルに吸い寄せられ…

    『あーっと!先ほどの接触事故による暴発でしょうか!国道沿いでデュエルを繰り広げていた不動遊星の相棒、ブラックコーン号が放った攻撃が、コンマイ本社ビルに命中しました!』

     これでマスタールール4はこの世界から完全に消滅した。立ち上る黒煙を見送ってほっと一息をついた遊星は、ミラー越しに飛ばされていった人の姿を確認した。マントを付けた小太りの男がアスファルトの上でボロ雑巾のように情けない姿になり寝転んでいる。

    「なんてことだ!王国のコマンダーがうちのコーン号にぶつかったせいで効果が暴発してコンマイ本社を爆破してしまったぞー!コマンダー最低!」

     卑劣!転んでもただでは起きない男、不動遊星。コーン号の転倒という思わぬ事態すらも、好機に変えた!全国中継を通して、本社爆破の罪をコマンダーに擦り付ける!

    「遊星!前だ!」

     ジャンの叫び声につられ、顔を上げた遊星。遊星たちの100メートルほど先に、一台の護送車とその上に立つ二人組、そして車と並走する翼のない竜の姿があった。赤い鱗に覆われた竜は大型の護送車よりも高く、長い。尻尾を規則的に振り回してバランスを取りながら、二本の後ろ足で映画に出てくる肉食恐竜のようにアスファルトを踏みしめて走っている。

    「お前たちは、コマンダーと戦っていた…」

    「あんな威勢だけの雑魚など相手にならん。フィール具現法の前ではな」

     車の上に立つ長身の男がコマンダーへのいたってまともな評価を吐き捨てる。ロングコート姿のその男はつばの広い帽子を深くかぶっており、その顔には影がかかって遊星たちからはよく見えない。隣にいる小柄な子どもは頭から足の先まで純白のローブで覆われ、その隙間から覗くデュエルディスクを構えた左手だけが見えている。

    「フィール具現法だと…!?まさか、正邪が言っていた教団の連中か!!」

    「『教団』だと!?遊星、俺が聴いたコマンダーと怪しい男の会話にも出てきた名前だぜ!教団のプロフェッサーと、レイ・ベクター!」

    「ほう、相変わらずコマンダーは人の足を引っ張ることだけは天下一だな。うちのモルモットが世話になっているようだから挨拶くらいはしてやろうか。私は『教団』のプロフェッサー・ディヴァインだ。以後よろしく頼むよ」

     長身の男は皮肉めいて恭しく帽子を外し、会釈をした。帽子の下に隠されていたのは通常ではありえない角度にはねた長髪、強いフィールを持つものに特有の決闘髪だ。鋭い目つきをしたその若い男は、有無を言わさずに言葉をつづけた。

    「まさか秋山ジャンがお前たちと一緒にいるとは予定外だった。貴様は今日、顔のない神のお告げ通り車にはねられて死んでもらうはずだったのだが」

    「何っ!なぜお前がそのことを!」

     黒咲と遊星が見た悪夢、遊星たちに関わったものには顔のない神の呪いによって不幸が降りかかるというそのビジョン。それはまさに、今プロフェッサーが口にしたものと全く同じ、ジャンが車にはねられて死ぬというビジョンだった。

    「なぜかだと?それは私もそのお告げを受け取っているからだ。そして、お告げを現実とするたびに、顔のない神の完全なる復活がひとつ近づく!邪神カウンターが溜まっていくのだ。予定は変わってしまったが、秋山ジャンがここで死ねば問題はない。決闘巫女丹陽、やれ」

     プロフェッサーは隣に立つ子どものほうを向き、右手でジャンを指さした。子どもが小さく頷き、竜に向けて手をかざす。すると、前を向いて走っていた赤い竜は突然体を翻し、ジャンのほうを振り返った。

    「まずい、ジャン!逃げろ!!」

    「ダメだ!間に合わねえ!!遊星、コーン号!離れろ!!」

     竜はアスファルトを亀裂が入るほど強く蹴り、高く飛び上がった。ジャンをバイクごと踏みつぶすつもりだ。大きな黒い影が太陽を遮りジャンを飲み込む。

    「アキヤマー!!」

     遊星の体を流れる時間が鈍り、限りなく静止に近づいていく。隣を走るジャンに、今にも覆いかぶさろうとする巨大な竜。攻撃力2500の最上級モンスターは、コーン号では対処できない。まして具現化したモンスターだ。

     呪いから遠ざけるために一度は距離を置いたかけがえのない仲間。しかしそれは間違いだと気づいた。不幸にすることを恐れて絆を捨てるくらいなら、その絆を仲間ごと呪いから守って見せる。遊星はそう決意した。このままでは、ジャンは呪いが見せたビジョンによって、それを実行しようとするプロフェッサーによって死んでしまう。

    「うおおおおっ!!」

     遊星は決断的にアクセルをひねり、オートパイロットを解除して竜の足元、影の中に飛び込んだ!

    「ジャン、捕まれ!!」

     バイクから身を乗り出し、手を伸ばす遊星。ジャンもまた、バイクの制御を捨てて遊星のほうに手を伸ばす。指先が触れ合う瞬間、バイクのけたたましいエンジン音、竜の咆哮、観衆たちの声援…すべての音が消えた。


     BBMの中継ヘリがとらえた国道でのライディングデュエル騒動の中継映像は、2台のバイクとライダーを踏み抜く巨大な竜の姿を捉えていた。








    ◆3

     遊星、ジャンをバイクごと踏みつぶした赤い竜はそのままアスファルトを踏み抜いて高架下の道路に着地した。土煙を巻き上げながら大きく尻尾を振り回すと、空を割るような咆哮を上げて跳躍し、高架を走る護送車のほうへと戻っていく。その近辺に集まっていた観衆たちは、恐る恐る竜が立っていた場所に集まった。割れて砕けたアスファルトに巻き込まれてぐちゃぐちゃにねじ曲がった赤と黒の2台のバイクが、オイルをまき散らしている。

    『ああ!何ということでしょう!モンスターのソリッドビジョンが実体化して、不動遊星、秋山ジャンのバイクを踏みつぶして…!国道の高架に大穴が空いています!いったい何が起こってしまったのでしょう!』


     護送車の上からそれを見つめていたプロフェッサーは、帽子を深く被りなおす。

    「不動遊星まで死んでしまったか。お告げとは大きく異なるが、秋山ジャンの死という条件さえ満たしていれば問題あるまい」

     高架のアスファルトが崩落する際に巻き上げた大量の粉塵をかき分けて、赤い竜が護送車の上に立つ決闘巫女のもとに戻ってくる。

    「オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン…制御は順調なようだな」

    「はい、プロフェッサー」

    「これで邪魔者が二人も消えた。顔のない神の復活がまた、大きく近づいたのだ」




    「それはどうかな」



     青天の霹靂!自信に満ちたクールな声色、青空に響き渡る乾いた音!『カンコーン!』



    「あえて言わせてもらうデース!ジャンジャジャ~ン!」

    「俺のセリフ…」


    『ぶ、無事です!不動遊星、秋山ジャンを抱えたブラックコーン号が、土煙の中から姿を現しました!二人は無事です!!』


    「生きていたか!」

    「当然だ。呪いが見せた予知夢で死ぬのはジャン一人。俺が死ぬというビジョンはない」

     咄嗟の判断だった。遊星はあえて自分を生命の危機に晒すことにより、ジャンの運命を変えたのだ。踏みつぶされる寸前でバイクを飛び降りた二人はアスファルトに叩きつけられながらもかろうじて竜の攻撃を逃れ、ブラックコーン号によって崩落する足場の中から救い出された。

    「ならばもう一度だ!丹陽、やれ!」

    「はい、プロフェッサー」

     プロフェッサーの指示で巫女が竜を遊星たちに差し向ける。戦闘形態の艤装を展開しながら二人を抱えるコーン号のスピードは、それをかわすにはあまりにも遅すぎる。今度は攻撃力で劣るコーン号ごと踏みつぶすつもりだ。


    「トリーズン・ディスチャージ!!!」


     突如として黒い雷撃のようなエフェクトが発生し、決闘巫女丹陽のオッドアイズを包み込んで動きを阻む。高らかな叫び声と共に、巨大な翼を広げた漆黒の竜が彼方より飛来する!


    「あれは!」

    「正邪チャン!!クロサキ!!」


     遊星の左腕、デュエルディスクが新たな決闘者の乱入とカード効果の発動を通知する。正邪のエース、ダークリベリオンのトリーズンディスチャージは、対象の攻撃力を半減させ、同じ値を自分の攻撃力に加える打点吸収効果。ローブ姿の決闘巫女のモンスター、オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴンの攻撃力が、これを受けて1250に低下している!

     遊星のヘルメットに内蔵されたスピーカーから、はるか上空、ダークリベリオンの背に乗る黒咲の声が響く。

    『遊星、やれ!あれはペンデュラムモンスター、戦闘破壊ではすぐに蘇る!』

    「わかった。コーン号、撃て!!」

    「YES!セーフティー解除!センチメンタル・アウトロー・ブルース…!ファイアー!!!」

     コーン号の艤装ユニットから打ち出された弾丸が、弱体化したことで攻撃力がコーン号を下回ったオッドアイズを貫く。コーン号のフィール弾は命中した相手のフィールを打ち消し、問答無用で墓地送りにする。破壊される場合エクストラデッキに戻っていくペンデュラムモンスターであっても、その例外ではない。

     光の粒子に分解されて消えていく赤い竜。コーン号の攻撃が生み出した衝撃が風を巻き起こす。よろめくコーン号にしがみつきながら、遊星は護送車の上に立つ二人の姿を人殺しのような鋭い目で見つめていた。帽子を抑えながら身を低くし、風圧に耐えるプロフェッサー・ディヴァイン。その横で直立する決闘巫女のローブがはためき、フードの下の素顔があらわになる。


    「あ、あの子は…!!」


     コーン号と二人で街へ買い物に出かけた日曜日、休憩のために立ち寄った公園。カードを無くして泣いていた小さな女の子を慰めているとき、その子がなくしたカードを持って声をかけてきたあの朗らかな茶髪の少女だった。お気に入りのカードと言って、スナイプストーカーを優しく手渡したあの無垢な少女が、静かな瞳で遊星のほうを見つめている。

    「遊星サン!あ、あの子…」

    「ああ、あの時の…」

    「おい、ぼさっとしてんな!黒咲たちがこっちに来るぞ!飛び移るんじゃねーのか!」

     道路すれすれにまで降下して後方から迫る正邪の黒竜は、その腕で遊星、ジャン、コーン号を抱え上げると勢いのまま護送車を抜き去った。すれ違うその一瞬、竜の背に乗る正邪と、護送車の上に立つ茶髪の少女が視線をかわす。

    「た、丹陽…!」

     動揺する正邪を、丹陽という決闘巫女は静かで悲しげな表情で見送った。


     一方、ダークリベリオンの両腕に抱えられた遊星たちは、すれ違いざま、護送車の風圧で割れた窓の向こうに、邪悪な薄笑いを浮かべながらワイングラスを傾ける男の姿を目撃していた。


    「あれは、レイ・ベクター!!」

    「あいつは、コマンダーと話してた…!」


     ダークリベリオンは翼を羽ばたかせて国道を離れ、空へ舞い上がってゆく。男の姿が、茶髪の少女の姿が、護送車が、灰色の大地が遠ざかる。


    「黒咲!!レイ・ベクターだ!!あの車の中にいた!!戻るんだ!!」

    『落ち着け遊星!これ以上の長居は危険だ。今ならまだなんとかコマンダーに罪を擦り付けられる。マスタールール4を葬るという目的は達成された、離脱するぞ』




    ◆4 護送車の中

    「そんな…、先ほどの爆発によって、マスタールール4のデータが完全消失だと!?」

     風圧ですべての窓ガラスが吹き飛び、外界の生温い空気と騒音に晒される護送車の車内。レイ・ベクターが何食わぬ顔でグラスのワインを舐めるように口へ運ぶその横で、コンマイの代表取締役は本社からの連絡を受け怒声を上げていた。

    「バックアップも存在しない…?どういうことだ、いや、どうするのだ!新たなルールをいちから作り直すのにまた3年…もう一度9期をやるつもりか!?嘘だ、こんなのはうそだ…」

     マスタールール4は文字通り世界から消滅した。国会で法案が通ろうがもはや関係ない。存在しないルールに移行できるはずがない。


    「レイ・ベクター!これもすべて、お前が連れてきた遊作とかいう男がふざけたデュエルをして負けたせいだ!お前の責任だぞ!」


     レイ・ベクターは静かに笑った。


    「いやぁ、悪かったな。俺としては、良かれと思って…やったんだけどな」

    「ふ、ふざけるな!何が良かれと思ってだ!!このままでは、我が社の計画は…いや、我が社は…」

    「でも俺は楽しかったぜ?お前らとの黒幕ごっこ」

    「な、なんだと…貴様、初めから我々に味方する気など…」

    「思いあがるなよ、コンマイさん。てめえらは所詮、光る紙切れを刷るだけの印刷屋なんだよ。この世界のゲームマスターにでもなったみてえなツラしやがって。おかしくって、腹痛いわぁ」

     レイ・ベクターの表情が、愉悦と狂気の笑顔に変わる。

    「なんだ、いったい何が目的なんだ、貴様は…」


    「さっき言っただろ、俺の目的は不動遊星たちの破滅。今回のはそれまでの余興、暇つぶしさ。遊戯王が基準となる世界で力を付けすぎたメーカーとカードショップを潰すためのな。悪いな、ゲームマスターは俺だ」


     絶望に打ちひしがれ、しめやかに失禁するコンマイ社代表取締役を見てケタケタと笑うレイ・ベクター。窓の外に、地響きを上げながらアスファルトの道路を走る巨大な竜のモンスターと、その背中に乗る『教団』の二人。

    「ベクター!奴らはどうする!追うのか!」

    呼びかけるプロフェッサー・ディヴァイン。その姿を見たレイ・ベクターは窓についた格子を蹴破ると、一言告げて向こうへ跳び移って消えた。

    「じゃあな、コンマイさん。これからは『教団』に手伝ってもらうとするよ、顔のない神の復活をね」



    ◆5

     後日、コンマイ社よりHP、公式ツイッターで簡素な連絡があった。諸事情によるマスタールール4導入の中止と、現代表取締役の引責辞任の連絡が。

     遊星たちの作戦は無事成功し、彼らのデッキは破滅の未来から守られた。サバイバルデュエル大会も従来通りのマスタールールで開催されることになった。ソリティアを禁じられたショックで倒れてICUに入っていたジョニー・ザ・サティスファクションも当たり前といえば当たり前だが無事に復帰し、遊星たちのチームは大会へ向けて再び万全の態勢を取り戻した。

     しかし、それは新たな戦いの幕開けに過ぎなかった。負けるな、不動遊星。世界を遊戯王から解放するその日まで…。





    間違いだらけの冒涜的フィール神話劇場 MASTER RULE 4 完