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かつてファミコンソフトを自作した集団がいた――ゲームフリーク・増田順一氏が語ったゲーム制作の魅力
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かつてファミコンソフトを自作した集団がいた――ゲームフリーク・増田順一氏が語ったゲーム制作の魅力

2014-08-22 18:00
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80年代末に発売された『クインティ』というファミコンソフトをご存知だろうか?



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このゲームの開発には、一つの伝説がある。それは、当時日本中のゲーマーの間で話題だった、超マニアックなゲーム攻略情報のミニコミ誌を作っていたアマチュア連中が、あまりにゲーム熱が嵩じたあげくに自ら勝手にファミコンソフトを、それもパーツから「自作」してしまったというのである。

ゲーム業界が驚異的な勢いで伸びはじめたこの時代、ゲームの周りには続々と才能も熱意もあふれる若者が集結してきていた。しかしさすがに、そんな話はこの『クインティ』以外には後にも先にもなかった。このゲームを売り込まれたナムコの担当者も、版権を獲得する際に、あわよくばこれに続く若者がいれば……と思ったというが、当然ながらそんな連中が現れることは二度となかったのだ。


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その後、この『クインティ』の制作者たちは会社を立ち上げて、本格的にゲーム制作に乗り出していく。その名は「ゲームフリーク」――そう、誰もが知るあの『ポケットモンスター』シリーズの開発元である。 

今回のインタビューでは、そんな株式会社ゲームフリークに初期から関わってきて、現在は同社取締役開発本部長を務めながら、『ポケットモンスター』シリーズのディレクターを務める増田順一氏にお話をうかがった。当時の思い出とともに、サウンドエンジニアでもある同氏には、ゲームの中における音楽の役割についても聞いている。『ポケットモンスター 赤・緑』のポケモン151体のすべての鳴き声を考案し、あのいまも語り草となるシオンタウンなどの印象深いBGMを生み出してきた増田氏の語る、少々珍しい「ゲームミュージック論」にも注目してほしい。



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増田順一(ますだ じゅんいち)


株式会社ゲームフリーク 取締役 兼 開発本部長
1968年生まれ。神奈川県横浜市出身。株式会社ゲームフリークの創立メンバー。
ディレクター、プランナー、プログラマ、音楽、効果音などを担当。
代表作は『ポケットモンスター』シリーズ、『クインティ』『ヨッシーのたまご』『パルスマン』等。


 
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「ゲーム制作で食べられるなんて発想そのものがない時代」(増田)


――ゲームフリークの成り立ちを教えていただけますか。

増田:30年近く前に代表の田尻智が始めた、ゲーム攻略情報のミニコミ誌が「ゲームフリーク」という名前だったんです。まだゲーム雑誌も攻略本もない時代だったので、たちまちゲーム好きの間で有名になりました。僕自身も、『マイコンBASICマガジン』などの雑誌でゲームフリークの名前は見かけていて、田尻の名前をライターとして知っていました。



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それを会社名にしたのは、『クインティ』を作り終えた後のことです。僕はその制作中に入ったので、ミニコミ誌時代のことは体験していないのですが、そういう経緯だと聞いています。

――誘われた理由は、やはりゲーム音楽を作る人は珍しかったからですか?

増田:ほとんどいなかったと思いますよ。田尻たちもゲーム音楽は好きで、マッピーのようなゲームをプレイ中に録音したものを普段から聴いていたそうですが、作ってはいません。  

誘われたキッカケは、田尻が当時制作中の『クインティ』にBGMをつけられる人間を探していて、専門学校の友人経由で声をかけられたことです。そこで曲を渡してみたら、「ぜひ来てくれ」という話になったんです。

僕は高校生の頃までは、作曲家に憧れていて、YMOのコピーを中学の文化祭で演奏したり、半田でエフェクターを自作したりもしていました。ただ、雑誌などではミュージシャンはしんどい仕事のように書かれていることが多く、当時は若かったので、やっぱりこういうのは嫌だな、と思って諦めたのですが(笑)。

――ゲーム音楽を仕事にするというのは全く考えていなかったんですね。

増田:そもそも、ゲーム制作で食べられるなんて発想そのものがない時代ですよ。ましてや、ゲーム音楽で食べるなんて、です。

だから、その頃に目指していたのは、当時まだ新しい職業だったCGクリエイターでした。当時、日本電子専門学校には当時世界的に有名だった河口洋一郎さん(現・東京大学教授)がいて、そのことを雑誌で読んで入学しました。

――当時の田尻さんたちって、どんな雰囲気でしたか?

増田:とにかく、ゲームに詳しかったですね。僕も当時『ノヴァ2001』のようなゲームが好きで、そういうジャンルについては詳しかったのですが、田尻たちは本当に誰も知らないようなマニアックなゲームまで押さえているんです。

 その知識量に単純に驚きました。僕もゲームはプレイするのも作るのも好きでしたから、単純に彼らに会えるのが嬉しくて、しょっちゅう顔を出していました。プログラマも、本当にスーパープログラマみたいな凄い連中がいましたし。

――出すアテのないままファミコンソフトを作っていた彼らの姿は、当時の増田さんにはどう見えましたか。

増田:僕もそうでしたが、もう単に「作ること」それ自体が楽しくて仕方なかったんです。だって、自分で作った曲を入れたら本当にファミコンソフトが鳴るわけでしょう? 「おお、すげえ!」ですよ。とにかく、そういう素朴な楽しさで作っていて、お金なんてどうでも良かった。うん、本当にどうでも良かったですよ。

ただ、『クインティ』を完成させても、特に反響はなかったですね。せいぜい発売元から売上の報告を聞いて、「そんなに売れてるのか」と喜んでいたくらいです。当時はインターネットもなくて、ユーザーの声なんて簡単に聞くことはできなかった。その辺は、今とは少し感覚が違うところですね。

―― 一度、就職されているんですよね。

増田:目指していたCG会社に勤めた知人が、あまりの激務に10日で辞めたんです。それを見て「これもヤバイぞ」と思って、結局普通のサラリーマンになりました(笑)。でも、なんだかんだで入社後も、土日は田尻たちと一緒にゲームフリークをやっていて、一年後にはゲームフリークに就職してしまいました。

――安定したサラリーマンの仕事をやめた理由は何だったのですか?

増田:うーん……ノリかな(笑)。転職を親に報告したら、メチャクチャ怒られましたけどね。「相談もなしにそんなところへ行くなんて、私たちは悲しい」とか言われたものですよ。

ただね、そうだなあ……入社前に「田尻には俺が必要だな」と思った瞬間が一度だけありました。なんかね、当時、田尻が社員の誰かと喧嘩したんです。そのときに、二人っきりで田尻と話していて、そう思いました。  会社を作ってやっていくのは色々と大変なんだなって……まあ、若い頃の話です。

でも、田尻に誘われたから行ったのではなくて、むしろ「行かせてくれ」というノリで入ったんですよ。入社後は、プログラマに教わりながらテトリスを作って練習するところから始めました。で、そうこうしている内に、ポケモンの制作が始まったんです。

どこからポケモンを思いついたのか?

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――有名な話ですが、制作に6年かかっているんですよね。

増田:最初に始めたのが90年で、リリースが96年です。会社を回さなければいけないので、別のゲームを作りながらポケモンにリソースを割いて制作を続ける毎日でした。

――ポケモンはどういう着想で生まれたのでしょうか。

増田:ポケモンの着想は、田尻がドラクエをプレイしていたときに、彼が「まほうのぼうし」を0個しか持っていないのに友人が2個持っているのを見て、「だったら、自分の持っているアイテムと交換できないだろうか」と考えたことだったと聞いています。  自分も当時、「モンスターを交換できたらどうか」という話を社内で最初に聞かされて、「面白いと思います」と答えた記憶がありますね。

ポケモンにとって、「交換」は本当に大事な概念です。モンスターの数や進化の導入、さらには2バージョン作ったことなど、ポケモンの基本的な要素はいかに「交換」を面白くするかで出来ています。もちろん、各々の個体にもたせる価値や成長率につける差、さらには図鑑を作ったことまで含めて、細かいところでも「交換」を中心にして組み立てた部分があります。やはり、あの田尻の「交換」という"発明"は、とても重要でした。

――インタビューの準備で読ませていただいた本の中で、ポケモン制作中に「交換」の機能をブラッシュアップしていく過程で、生物学者の池田清彦さんの『分類という思想』やレヴィ=ストロースの著作をゲームフリーク内で参照していたのに驚きました。……ああいう難解な本を内部で読んでいたのですか?

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文化人類学者レヴィ=ストロースの著作。様々な民族の婚姻規則に潜む数理構造などを解明、「構造主義」の端緒となった。


増田:もちろん、レヴィ=ストロースなんかは僕も制作中に読みました。でも、マネジメントの本や「どう人を魅了するか」について書かれたビジネス書なんかも意外と同じ方向で役立ったりするので、そういうのも参考にしています。

まあ、田尻について言えば、やはりライターとして糸井重里さんの下で働いていたりしたので、新しい言葉や概念のような哲学的なことにも非常に熱心でした。実際、ゲームの製作者には、そういうのが好きな人は少なからずいますよ。


ポケモンの音楽はどのように生み出されたか

――今回は、サウンドクリエイターとしての増田さんにお話を聞きたいです。『ポケットモンスター 赤・緑』に登場するポケモン151体の声を、増田さんは全て制作されていますよね。どうやって作られたのですか?

増田:元になる音は40程度なのですが、進化系ならば低くするなどの調整をかけて、151体に当てました。例えば、フシギダネからフシギバナまでは、音の高低を変えました。一方でお気づきの人もいると思いますが、ミュウとミュウツーのように、両者の関係性を示すためにあえて全く同じにしたものもあります。
制作中に苦労したのは、存在しない生物の鳴き声だったことです。リアルなライオンの声みたいなのを当てても、やっぱりどこか違うんです。しかも、ゲームボーイで出せる音でなければいけない。

――存在しない生物の鳴き声を作るって、なかなか高度な作業だと思うのですが……(笑)。

増田:いや、もうバタフリーとか難しかったですね! だってモチーフが蝶ですから! 「そもそも鳴かねえだろ!!」と(笑)。
まだ毛虫ならモゾモゾ的な音は出せるんですけど、蝶だとパタパタと羽音を立てるくらいしか……でも、設定では30cmくらいある巨大なモンスターですからね。あれこれ考えた挙句に動作の効果音には頼らずに、あえて鳴き声を想像して入れることにしました。
そんなふうに、特にむしタイプのポケモンは、鳴かない生物が元ネタのものが多くて大変でした。ただ、基本的には絵を見ながら、骨格や身体の大きさや形状などを考えていくと、ピッタリ来る音がわかってくるんです。そうやってひと通り作った上で、最後に全体を見ながら各々の鳴き声を調整していくんです。

――そもそも151体に全部違う音を入れようと言い出したのは誰なんですか(笑)?

増田:モンスターに声を出せさたいと相談してきたのは田尻だったと思いますが、151体全てに違う音を入れるべきだと考えたのは、自分でしたね。全部違う生き物なんだから、当然のことです。

――でも、容量的に大変だったのでは……。

増田:もちろんです。なにせゲームボーイって3音しか出なくて、容量も小さいんです。そもそも、見たこともないモンスターに「ピカ!」とかリアルなボイスで言われても、単に気持ち悪いだけですしね。

そこで、僕は自分でプログラムを組んで、低レイヤーから音をいじったんです。具体的には、1/30秒単位でゲームボーイは回っているので、そのタイミングに合わせて毎回波形のテンポとタイミングを変えていくんです。それでも多くのことが出来るわけではないのですが、なんとかそうやって違いをつけました。

――結構、血の滲むような工夫をしていたんですね。BGMで工夫したことはありますか?

増田:関東平野をモデルにしていたので、基本はアジアをモチーフにしたBGMにしつつも、アジアっぽくしすぎないようにしたことです。このバランスが結構、重要なんです。例えば、昨年出た「X・Y」はフランスを舞台にしましたが、これもフランスそのものの音にはしていません。

音楽の面白いところって、特別な空間を生み出せることなんです。もし例えば、沖縄県そのままの場所を描きたいなら、そういう音楽をかければ沖縄にいる気分になれるでしょう。でも、ポケモンが描くのは、たとえモチーフが日本やフランスのような具体的な場所であったとしても、見たことのない場所なんです。だから、そのまんまの音楽を使ってはいけないと思っています。

――さっきの架空の生物の鳴き声もそうですが、見たことのない場所をイメージさせる音楽を作るのって、大変じゃないですか。

増田:そうなんです。だから、僕は自分の担当する作品に関しては、先に世界観や雰囲気を文章化しておきます。こうすると、作っていく中でブレません。それに、ゲームの良いところは、そもそも存在しないものを作れることなんですよ。僕にとっては、ゲーム作りの醍醐味の一つです。

ゲームの中における音楽の意味

――音楽について、もう少し詳しく聞かせていただけますか。自作ゲームではフリー素材を使うことが多くて、まだ工夫の余地がある気がします。増田さんはゲーム音楽をどういう点で重要だと思っていますか。

増田:ゲーム音楽本来の面白さは、プレイヤーの操作に合わせて音楽が変化していくところだと思います。例えば、ダンジョンで地下に下がるごとにどんどん音が低くなっていくと、プレイヤーが不安をかき立てられると思いませんか。あと、効果音も大事です。例えば、敵がしている動作なんかは、効果音を上手く使うだけで直感的にわかったりします。

もちろん、実際にBGMの方向性を決めていくのは、大変ですけどね。一つオススメなのは、自分の持っているCDから、中国風だとかガムラン風だとかの音楽をとりあえず当ててみることです。きっと、驚くくらいゲームの見え方が変わるはずです。そうやって具体的に音楽を流してみると、どういうBGMを入れればいいかが見えてきます。

ドワンゴの自作ゲーム担当者:シオンタウンの音楽が、子供の頃に本当に怖かったんですよ(笑)。実は自作ゲームではホラーゲームが流行っているんです。どうすれば、ああいう怖い音楽を作れるのかに興味がある制作者も多い気がします。

増田:あれは怖かったと、今でも色んな人から言われますね(笑)。
あの音楽は、日本人を意識して作ったんです。「さくらさくら」みたいな、ああいうアジア的な音階は日本人の恐怖をどこかでかき立てるだろうと思ったんです。まあ、結果的には外国人からも「怖い」と言われましたけど(笑)。

そうですね……怖がらせるときには、他の場面とはガラリと変えて、そこだけ際だたせるのも手ですよ。例えば、洞窟の中に入ったら急に音楽がなくなって水滴の音だけになったら、一気に緊張が走るでしょう。
その辺は、リアルさを追求しないで、ぜひ遊んでみてほしいですね。だって、宇宙空間をリアルに表現したら無音になりますが、そこは『宇宙戦艦ヤマト』みたいなBGMが掛かった方が宇宙っぽいこともあるわけじゃないですか。リアルな怖さの追求が必ずしも怖さを生むわけじゃないので、自由に発想を広げて作ってほしいですね。

――効果音なんかもフリー素材が多いのですが、自作した方がよいのでしょうか。

増田:そうかもしれないですね。僕も毎回時間をかけて、こだわっています。ずっとアセンブラレベルで数字をいじることになるので、もう一日に何個かしか作れないですけどね。

昔は、自分のマンションの隣で工事していた音を録音して、BGMや効果音に使ったりもしましたよ。世の中にはたくさん音があるから、探してみるといいです。雪の音だって、こう、片栗粉をすりこぎで擦れば出せますし、こういうふうな音でも(テーブルを指でトントンと叩きながら)、録音して音程を下げていけば「ドーン、ドーン」みたいな衝撃音になります。


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個人的にオススメなのは、「声」ですね。人間の声って色んな音が出せるので、録音してサンプラーにかけるとかなり色々なことができます。何なら、みんなで歌ったっていいと思いますしね。


テレビゲームは「遊び」の一種にすぎない


――増田さんから見て、昔に比べて現在のゲームの姿ってどうですか?

増田:無料になっちゃった(笑)……というのは冗談だけれども、あまりにゲームの数が多すぎると感じています。昔はゲームそのものが少なかったのでクソゲーでも最後までやり切ったし、ゲームセンターなんかで「あのゲームはなぜつまらないんだろう」なんて話しあったりしました。でも、もう今はつまらなかったら途中でやめて、次のゲームへ行くだけでしょう。徹底して分析する機会がないというのは、少し寂しいところです。


増田:そうでしょうね。例えば、ロジェ・カイヨワが『遊びと人間』で、遊戯を「競争」「偶然」「模倣」「目眩」の4つに分類しているでしょう。これで、実際に「遊び」はほぼ説明できますし、個人的にはゲームではこの4つのどれが欠けても面白くなくなると思っています。


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フランスの作家カイヨワによる「遊び」論の古典。人類の歴史で生まれた遊戯を4つに分類して分析、「遊び」が文明の中で果たす意義を論じた。


ポケモンでも、草むらにポケモンが入っていて、いつ出てくるかわからないでしょう。あれは「偶然」の遊びです。で、登場してきたら驚いて、今度は戦闘という「競争」の遊びになる。
そうやって分析をしていると、いま何の要素が足りないのかが見えてくるし、何より間違えなくなります。それこそ、「そこら辺にポケモンが沢山いて、ぶつかったら戦闘にすればいいじゃん」なんて考えてしまうと、「偶然」という遊びの重要な要素をひとつ切り落とすことになる。こういう分析ができるのは大事なことです。

――カイヨワの『遊びと人間』は、準備のために読んだゲームフリーク関連の取材の色んな文章に出てきました。

増田:「遊び」って、とても面白い言葉なんですよ。例えば、戦争ゲームが成立してしまうのも、現実の戦争行為そのものに「遊び」の要素が全て含まれているせいで、世界観を少し変えるだけでゲームに移せるからなんです。意外と深い話なんですよ。僕は、テレビゲームだって、人間がテレビ画面との関係に「遊び」を持ち込んだにすぎないと思っています。

そういう意味では、ゲーム業界で働きたい人なら、ロジェ・カイヨワの『遊びと人間』とホイジンガの『ホモ・ルーデンス』は読んでおいたほうがいいと思います。共通言語を持てるので、「ここ、"偶然"の遊びを足したいから、ルーレット入れようよ」みたいに議論のときに使えますしね。

――書いておきます(笑)。でも、そういうゲーム作りが上手になる方法やコツを知りたい人は多い気がします。

増田:まあ、そこは常に良いアイディアを考え続けるしかないですけどね。ただ、「一番難しくすると、どうなるか」を考えてみるなんてのも、一つコツですよ。

例えば、シューティングゲームなんかは、弾がたくさん降ってくれば、そりゃ難しくなるでしょう。でも、他にどうすればいいか。自分が遅くなる? 敵が速くなる? 色んな手があるなら楽しさは広がるけど、「この速度で移動するしかない」みたいな話しかないなら……少し考え直したほうがいいかもしれないです。基本的には、最終的なゴールに近くなっても調整できる要素が多いほど、バランスは良くなっていくはずなんです。

『ポケットモンスター 赤・緑』はたったの9人で作られた

――自作ゲームのクリエイターに、何か言葉をいただけますか。

増田:頑張って欲しいですね。だって、新しいじゃないですか。実況しながらプレイするのが前提になっていたりするわけでしょ。そこには新しい「遊び」の発見がたくさんあると思います。

それに、個人や少人数で作ることがデメリットになるとは思わないんです。オリジナリティがあって、アイディアがしっかりしていれば、世界中に広がる可能性があります。現在は僕らの頃と違って、ネットがありますからね。やっぱり羨ましいですよ。だから、ぜひ海外の人まで含めて、多くの人に楽しんでもらうのを考えてほしいと思いますね。

――少規模開発から大規模開発まで経験してきた増田さんから見て、少人数だった時代ならではの良さってどういうところですか?

増田:やっぱり、自分のサイズ感を超えて頑張れたことです。ポケモンも世界中で何百人が関わる規模になり、分業をしながら作っていく体制になりました。でも、少人数のときには、分業はしなくていいと思いますよ。その人数であれば全員が全部の担当だという勢いでやっていた方が、絶対に面白くなります。  
実際、僕らも最初の頃は、「自分は◯◯担当だから」みたいな認識なんてなかったし、音楽もプログラムもゲームデザインも、全てお互いに口を出し合ってました。そうやって意見して、向こうが「いや、そうじゃない」と返してきたら、一緒に考えればいいんです。そういうやり取りの過程こそが、僕は本当の意味でクリエイティブだと思ってます。

僕なんて、プログラマの特権を活かして「こっちの方がいいじゃん」と思ったら仕様書にない内容を勝手に付け加えて、あとから「どう?」なんて見せたりしていましたからね(笑)。

――大規模の開発でやったら大変なことになりますね(笑)。

増田:結局、ゲームって色んな人の技術やアイディアの掛け合わせで進化していくので、そうやってみんなで作った方が深みが増すんです。
もちろん、昔みたいに絵と音楽とプログラムが作れる人がいれば、ゲームは一人でも作れてしまうでしょう。でも、僕はゲームって、プレイヤーが実際にプレイして楽しまないといけなくて、作り手が「俺はこうしたい」と表現する「作品」よりは、「エンターテイメント」の要素が強くなると思います。その点で、チームで意見を出し合って作る良さはやはりあると思います。

――ちなみに、『ポケットモンスター 赤・緑』は何人で作ったんですか?

増田:基本的な部分は9人です。『クインティ』もそのくらいですね。まあ、昔はドット絵だったので、それが可能だったのもありますけどね……。

――だけど、ゲームボーイって既に当時だいぶロースペックだったわけで、まさに少人数がアイディアとオリジナリティから世界を変えた最高の見本がポケモンだとも言えませんか。

増田:あの時点でゲームボーイは衰退機で、「何でこんなので出すんだ」と言われてましたからね(笑)。実際、ハイスペックであることとゲームの面白さは関係ないです。いや、それどころか見せ方にも実は関係ない。

それよりも大事なのは、何度も言いますが、アイディアの重ね合わせですよ。開発でもよく最初に「難しいよね」と却下されたアイディアが、他の仲間が出した別のアイディアと結びついた途端に「いいじゃん!」となります。だから、一つのアイディアで諦めずに、どんどんアイディアを重ねていってみてほしいですね。

――やはり仲間は大事、と(笑)。

増田:そうそう。でもね、そうやって議論するときも生真面目にやらなくてよくて、テキトーでいいんですよ(笑)。僕たちは、ゲームという「遊び」を作っているんですから。
(了)

【聞き手・構成:稲葉ほたて

来週8/29(金)は、小説化が決定した「クロエのレクイエム」作者、ブリキの時計のお二人のインタビューをリリース予定です。


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これらの記事は、2014年10月12日締切「自作ゲームフェス4」に合わせた、自作ゲームクリエイター応援企画として制作されています。この記事で奮い立った皆様のご応募をお待ちしております。募集要項は、コチラよりどうぞ。(自作ゲーム担当者より)

【自作ゲームフェス4 クリエイター応援インタビュー】

・第一回
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【インタビュー記事一覧】

七月隆文「ゲーム製作で一番大事にしてほしいのは『自分で何かを作る』ことの“ワクワク感”」(代表作:『天使郷 -ヘブン-』『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」として拉致られた件』)

管理人「こんなにおもしろいゲームなのになんで有名じゃないんだろう」(ゲーム紹介サイト『フリーゲーム夢現』)
上原「携帯ゲームの世界に入ってこいよ!と伝えたい」(代表作:『上原の冒険』『上原パズル』)
【ならむら「英語圏で出したいというアクションを起こせば機会は増える」(代表作:『GR3』『LA-MULANA』『薔薇と椿』) 

なりた「商業に応用できるアイデアや可能性を同人ゲームで探っていた」(代表作:『MELTY BLOOD』) 
cutlass「これからのノベルゲーム文化を自分が背負わないで誰が背負うんだ!」(代表作:『NOeSIS~嘘を吐いた記憶の物語~』) 
海原海豚(黄昏フロンティア)「自作ゲーム制作にはブッ飛んだ愛が必要」(代表作:『東方萃夢想』『ひぐらしデイブレイク』) 
奥井晶久「ニコニコはゲームとユーザーの接点を作ってくれる」(代表作:『ワンナイト人狼』) 
支倉凍砂「目標はハリウッドで映画化でした」(代表作:『狼と香辛料』『ワールドエンドエコノミカ』) 
竜騎士07「ニコニコ自作ゲームフェスはいい“試練の場”になる!」 (代表作:『ひぐらしのなく頃に』) 
オガワコウサク「それはもう、祁答院が作るゲームが面白いからですよね」(代表作:『コープスパーティー』) 
ZUN「『東方Project』は自分のライフワークみたいなものになっている」(代表作:『東方』シリーズ) 
SmokingWOLF「2Dゲームでできることはほぼなんでもできてしまうんですよ」(代表作:『シルフェイド見聞録』) 
【後編】泉和良「自作ゲームは一生自分の体から離れないものになった」(代表作:『自給自足』『エレGY』)
【前編】泉和良「自作ゲームしかなくなっちゃったんですよ」(代表作:『自給自足』『エレGY』) 
八百谷真「ゲーム作りは欲求不満放出の場」(代表作:『囚人へのペル・エム・フル』) 
飯田和敏「自分が面白いと思うゲームを作るのが一番!」(代表作:『アクアノートの休日』)

他37件のコメントを表示
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すごくいい記事
24ヶ月前
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初代からシャワーズ大好きですありがとうございます!
24ヶ月前
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ポケモンがただの対人ゲーになってることについてはどう思っているんだろう
24ヶ月前
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>>42
多田野は対人ゲーだった・・・?
24ヶ月前
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『アイテムが友人と交換できると良い』この発想すらなかったらポケモンは生まれてなかったのか…。
着眼点と発想ってとても大事なのね。
24ヶ月前
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いい話を聞かせてもらったぜ!ありがとう増田ァ!
24ヶ月前
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>>42
今でもポケモンを対人ツール以外の楽しみ方で楽しんでる人はごまんといるよ。
さすがにその発言は視野が狭すぎると言わざるを得ないですなwwwwwwww
24ヶ月前
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そういえば鳴き声に違和感を抱いたことなかったけど0から作ってたんだよな・・・
24ヶ月前
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ここからポケモンを真似たバージョン商法がでたんだよなー。
デビルチルドレン、メダロット、ドラクエモンスターズetc.....。
ポケモンのちからってすげー!
23ヶ月前
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音楽だけ作ってりゃ良かったのにストーリーに口出しやがって
21ヶ月前
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