知識ってなんだろう、という話(かもしれない)
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知識ってなんだろう、という話(かもしれない)

2016-12-22 22:29
  • 6
この記事は、伝道師になろう!Advent Calendar 2016 の16日目の記事です。


私達の周りにある空気は、その8割が窒素で、残りの大部分が酸素でできています。

太陽が空を移動するのは、地球が自転しているためです。

どんなに小さな生物でも、親がいなくては生まれません。

手を洗うことは病気の予防になり、重い星はブラックホールになり、気圧が下がると雨が降ります。

私達は、これらのことを知っています。
では、なぜ知っているのでしょう。
学校で習ったから? 本で読んだから? 親に教わったから?

私達は色々なことを知っていますが、その大半は自分で調べた物ではありません。誰かに教わって、初めて知った物ばかりのはずです。
では、あなたにそれを教えた人は、どこで知ったのでしょう?
やはりその人も、誰かに教わったはずです。ではその人に教えた人は? さらにその前は?

…………そうやって遡っていくと、「最初に発見した誰か」にたどり着きます。
その人はどうやってそれを見つけたのでしょう。
その人はどうやってそれを証明したのでしょう。
その人がそれを見つけるまで人々はどう考えていて、その発見はどうやって広まっていったのでしょう。

そもそも、いったい、どこの誰が発見したのでしょう。

それを教えてくれるのが、科学史という学問です。


今でこそ科学史大好きな私ですが、高校生くらいまでは特に興味ありませんでした。科学史的な話は、科学の本についてくるオマケのような物だと見なしていたのです。

たいていの科学の本には、必ずと言ってよいほど科学史のエピソードがコラム的に書かれています。
リンゴが落ちるのを見て万有引力を閃いた人がいたことも、凧を飛ばして雷の正体を調べた人がいたことも、私はそうしたコラムで知りました。

しかしそれらは私にとってただのオマケであり、私の興味は依然として、現代の科学そのものにありました。


そんな私の考えが大きく変わったのは、大学生のときです。大学近くの図書館で何気なく手に取ったこの本で、私は科学史の魅力に取りつかれました。



科学史のヒーローたち 第3巻 ウィリアム・ハーベイ『やはり心臓はただのポンプだ』
平見修二・著

ガリレオ・ガリレイ、ライト兄弟、ルイ・パスツール、ティコ・ブラーエなど、科学史の偉人たちを紹介した子供向けの絵本の第3巻です。
なぜいきなり3巻を読んだのか、今となっては全く覚えていませんが、タイトルに惹かれたとか、たまたまそれしか置いていなかったとか、そんな理由でしょう。

この本は著者の想像で書かれている部分も多いのですが(そもそも小説風に書かれているので)、重要な部分は史料に基づいて書かれていると思われます。


ここで、科学史の魅力を語る代わりに、ハーベイについて語りましょう。

ハーベイは、1578年に生まれ、1657年に79歳で亡くなったイギリスの医者です。彼の最大の功績は、「血液は体内を循環している」ということを証明したことです。

人類は食料となる動物を解体するうちに、胸に大きな筋肉の袋があり、その中に大量の血液が入っていることを知りました。その袋は、緊張したときや興奮したときに、激しく動きます。
このことから人類は、この袋が「心を司る臓器である」と考えるようになりました。

そしてかの哲学者アリストテレスは、心臓にさらに2つの役割を持たせました。
「栄養分から血液を作ること」と、「動脈と静脈に血液を送り出すこと」です。

体の中には、赤くさらさらした血液が流れる動脈と、黒くドロドロした血液が流れる静脈の、2種類があることは、アリストテレスの時代に既に知られていました。
では、何のために2種類もあるのでしょう?
アリストテレスは、「静脈は体の前面に栄養分を送り、動脈は体の背面に栄養分を送る」と考えていました。
また、アリストテレスと同じくらい偉大だった医者ガレノスは、「静脈と動脈には、それぞれ別の栄養を含んだ血液が流れている」と考えていました。

そして、ハーベイの時代まで、これが医学界の常識でした。

注意して解剖すれば、少なくともアリストテレスの間違いくらいは、すぐにわかりそうなものです。
しかしそれがわからなかったのは、当時の医者たちは誰も、解剖なんてしなかったからです。解剖のような汚れ仕事は理髪師や死刑執行人などの職人が行い、医者はアリストテレスやガレノスの書物を読むだけだったのです。

また、話をさらにややこしくする事がありました。
それが、肺の存在です。

心臓から伸びる血管には、全身へ向かうものと、肺へ向かうものの2種類があります。しかし、なぜ肺だけが特別扱いされているのでしょうか。また、肺に伸びる血管は、肺に栄養を送るにしては太すぎます。明らかに、栄養を送る以外の役割がありそうです。
アリストテレスはこれを、「血液を冷やすためだ」と考えました。心臓はとても熱いので、肺の空気に触れさせて冷やしてから全身へ送るのだと、主張したのです。

しかしハーベイは、疑問に思いました。例えばアフリカ大陸などでは、空気の温度が体温より明らかに高いことがあります。そのような空気を吸っていたら、血液が冷えないのではないでしょうか。それに、魚には肺が無い代わりにエラがありますが、魚の体のどこを触っても、熱くなどありません。わざわざ冷やす必要があるのでしょうか。

やがてハーベイは、当時の一流の医学者ファブリチオに師事します。ファブリチオはそれまでの医者とは異なり、自ら解剖を行う人物でした。
彼は、静脈に「小さな扉」があることを、人類で初めて発見した人物でした。この扉は心臓の方を向いており、血液が心臓の方には流れるが、逆向きには流れないように、堰き止める役割があります。
しかし彼も、なぜそんなものがついているのか、その理由は解明できませんでした。


なぜ血管には、動脈と静脈があるのか。なぜこの2つには、見た目の異なる血液が流れているのか。なぜ全身へ向かう血管と、肺へ向かう血管があるのか。なぜ静脈には扉があり、動脈にはないのか。


月日は流れ、ハーベイ50歳の時。彼は、当時のイギリス国王チャールズ1世のおかかえ医師になっていました。

このときハーベイの頭の中には、ひとつの仮説が浮かんでいました。そして、それを証明するためには、ほんの少し実験をすればいいだけであることにも、気付いていました。

ある日、ついにそのチャンスがやってきました。チャールズ1世が射抜いた鹿を手に入れ、慎重に解剖したのです。
そして、心臓から肺につながる血管に穴を開け、そこからお湯を注ぎました。お湯を注がれた血管はぷっくりと膨らみ、お湯が肺の方へと流れていきます。
そのまましばらく注ぎ続けると……やがて静脈から、お湯が出てきました!

ハーベイはこの瞬間、動脈と静脈が繋がっていることを、人類で初めて知ったのです!

さらにハーベイは続けて、静脈からもお湯を注ぎました。しかし、こちらはすぐに、お湯が止まってしまいました。そう、「小さな扉」にお湯が阻まれて、その先へ進まなかったのです。

全身をめぐる動脈と静脈も、同じようにつながっているはずです。もしそうなら、ほとんどすべての謎を説明することができます。

動脈と静脈があるのは、それぞれ「行き」と「帰り」の血管であるため。血液の見た目が異なるのは、動脈は栄養が多く静脈は少ないため。静脈に扉があるのは、栄養の少ない血液が逆流するのを防ぐため。

しかし、ハーベイにも解けない謎がありました。
それは、肺の役割です。

でもこれは、当然のことでした。なにしろ当時はまだ、酸素が発見されていなかったからです。従って、「なぜ呼吸を行うのか」ということも、当時の人々は知りませんでした。酸素が発見されるのは、これからさらに百年も先のことです。

ハーベイの発見は、すぐには人々に受け入れられませんでした。というのも、当時は「神が作った人間の体を調べるなど、反宗教的・反道徳的である」という考え方が支配していたからです。実際、当時の医学者の中には、宗教裁判にかけられ殺されてしまった人もいました。
ハーベイが裁判にかけられなかった理由は、彼が国王のおかかえ医師だったからです。もし彼がそうでなかったら、血液の謎はまだ解かれなかったかもしれません。

彼の発見から20年後、チャールズ1世は議会によって殺されてしまいます。しかしその頃には、ハーベイの説は大勢の医者たちによって支持されており、ハーベイが殺されることは免れました。
それどころか、ハーベイが1657年6月3日に亡くなると、ロンドンを上げて、と言えるほどの盛大な葬儀が行われました。「血液は体中をめぐり、心臓に戻ってくる」ということを発見した彼は、既に多くの人々に敬意を払われていたのです。


……さて、長々とハーベイについて語りましたが、いかがだったでしょうか。
ハーベイ以前、人々は血液は心臓で生まれ、全身に送り届けられるのだと考えていました。しかし解剖を繰り返すうちに、ハーベイはそのことに疑問を抱き、血液は循環するということを証明しました。

私がこの本を読んで衝撃を受けたのは、これが酸素の発見以前に行われたということです。我々は、血液は肺で酸素を受け取り、それを全身へ届けることを知っています。しかし、その流れを発見した人は、酸素の存在を知らなかったのです。
私達が誰かから教わる知識は、常に体系化されています。しかし科学の知識は、いきなり体系的に作られるとは限りません。行きつ戻りつ、複雑な進路を経て、ようやく私達が知る姿になるのです。私はそれを、このとき初めて知りました。

もう一つ驚いたのは、現在なら小学生でも知っているようなことを、ほんの400年前までは誰も知らなかったということです。そして、それを知るために、非常に長い年月がかかっているということです。
私達は既に、血液が循環していることを知っているので、ハーベイの行った実験はとても簡単なものに見えます。しかし、これを最初に考え付くのは、とても難しいことだったはずです。
そもそも血液が循環しているという仮説が浮かばなければ、決してこんな実験はしなかったでしょう。そしてこの仮説を得るためには、動脈と静脈が繋がっている可能性に気付かなくてはいけません。しかしそれまで、この2つが繋がっているなんて、誰も思っていませんでした。なにしろその2つには、全く異なる血液が流れているのですから!


この本を読んでから私は、自分が知っている知識が、いったいどうやって得られたものなのか考えるようになりました。もともと雑学が好きだったこともあって、色んなことを知っていたのですが、ではそれらをどうやったら証明できるのかと言われると、「はて?」となったのです。

証明の方法もわからなければ、証明したこともない。

大学で科学を学ぶ人間としてこれではいけないと思い、以来私は実験と科学史の沼にずぶずぶとはまっていくことになりました。
(実験の方は、最近面倒くさくて全然やっていないのですが)

もちろん、持っている知識のすべてを実験で確かめることは、現実的に不可能です。お金も時間も足りませんし、おそらく命も足りません。
でも、せめて「どうやったら証明できるか」「どうやって証明されたのか」、その方法だけでも知りたいと思うようになりました。

それを教えてくれるのが、科学史なのです。

皆さんもどうか、自分の持っている知識を、「どうやったら証明できるか」と考えてみてください。そこに、科学史の入り口があります。
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なかなか面白い話だった。
10ヶ月前
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>>1
サンキュー!
10ヶ月前
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はじめまして、記事を時々拝見させて頂いてますが、とてもよいお話でした。
ただ学問をつめこむのではなく、こういう知識本体の前にある興味をかきたてるものを、たくさん若いうちに学んで、世界には煌めきがたくさんあることに気がつくことこそが、学ぶことの原点になるのだと思います。
10ヶ月前
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>>3
コメントありがとうございます!
まさに仰る通りで、この世界に興味を持って、この世界のことを知りたいと思うことが、学問の出発点なんですよね。もっとも、何に興味を掻き立てられるかが人によって全然違うという点が、とても難しいところなのですが。
10ヶ月前
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キグロさん!
アドベントカレンダーに投稿いただき、ありがとうございました!
未だ出会わぬ知識に興味を持ち、知りたいと願うことばかりを考えていましたが、すでに持ち合わせている知識のルーツを探ることも楽しいということに改めて気付かされました。とってもおもしろかったです!
9ヶ月前
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>>5
コメントありがとうございます。本で知識を得ることでさえ大変なのに、それを自分で確かめようとすると倍以上に大変なのですが、一度はまると抜けられません。
文系的な知識の歴史も知りたいですね。美術史とかは有名ですが、歴史学史とかも知りたいです。
9ヶ月前
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