• 廃頽と消滅

    2017-06-17 12:251
    素人の営むアニメファンサイドの運営や音楽文化等に業者や新興宗教が入り込むと一気に其の文化の腐敗と醜態が広がり、とめることが不可能となる。

    そしてそれらを内包し、何食わぬ顔で誤魔化してると、
    人知れず廃頽と人の被害は水面下で広がりやがては大問題となる、。

    とある動画投稿サイトの素人の投稿するCG系動画投稿の一カテゴリーでも例外ではない。
    そうした一面のものたちを刺激し、大炎上と化し、刺激したものは居場所まで特定されるどころか後を追われ、後に残ったものは其の被害の拡大の渦中に振り回され被害を受け続ける。

    一度そうなると、其のカテゴリーは業者と裏業界の餌場となりそれを知りつつもそこで運営をやり続けるものは被害者を増やし、罪人となる。

    それは、プロ、素人問わず結果は同じ事になる。
    プロは代わりの業者などが参入し姿を濁すことは出来るが素人にはそれが無い
    更に素人の場合駆逐、免疫など出来るわけもなく
    被害を受けたものへの責任を取ることも果たせる事もできるわけが無い、

    被害を受けたものは其の身の存在も消されるか、慰み者にされ売られていくか
    中には命を落とさなければならなくなるものもいる。

    素人の場合其のカテゴリーにそういうものが進入した場合抵抗出来ず、消滅の一途をたどるしかないのである。

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  • 中傷コメントが情けなさ過ぎる件w

    2017-06-11 09:181
  • 思いでliveにめぐるね

    2017-04-28 02:4822
    最近友人知人の訃報を聞くことが今年に入って二件あった

    ここ数日数ヶ月で色々記憶に久しい人が居なくなっていく、
    これもこの世界のおいてのメッセージなのだろうと思い私はこの日記を書いておこう

    一人は私と同じMmderであり写真家の方だった。
    もう一人は先日スカイプから連絡を受けて
    其の知人の母親の訃報だった

    今回は其の写真家の友人の話を日記にしよう

    彼と出会ったのは一昨年2014年冬から2015年春にかけて、
    ちょうど自前のモデルのアップデートを行っていたころに
    フレンド申請したフォロワーの方のつながりで知り合った

    たまたまフォロワーの方の宣伝していたコミュニティに興味を持ち参加したことがきっかけだった。

    彼の作る作品には常に愛があり、テトに対する思い入れがすごく強い
    テトとは重音テト(読みはカサネテトという)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E9%9F%B3%E3%83%86%E3%83%88

    作品も自分のカメラアングルで動画を作りお気に入りのテトをヒロインに80年代ポップのカバーから様々な歌を音源として動画を製作していた。
    2015年夏ごろに江ノ島電鉄の撮影動画とMMDの合成を施したコラージュ的なPVを発表、

    MMDでの腕はまだまだな面を持つがストーリー構成と演出やカメラ構成に独特なセンスを持ち

    ほかのテト動画とは何か違ったオリジナル持っていた
    いつもコミュニティでは生放送を行い其の放送の組み合わせも彼独自の細かい演出で彩られていた。


    私と彼の共通するところは常に自分の独自の方向性と他の指導者ぶった連中の御託は聞かない、
    すべて自分の腕で作る、だった。
    さすが写真家だった彼の活動にはほかの一点しか見ないユーザーの作る動画とはちがい演出にも必ず情景にも見ているものに説得力を持つ

    彼とリアルであったのは2015年5月に参加していたMMD初音ミク関連のコミュニティのoff会イベントで
    「コミュニティでoff会をやるから参加する方は連絡を」
    というメッセージに開催当日まで黙っていながら、
    突然と私が行くという話しになって、
    みんなを驚いている姿を見てみたいといたずら心で思い浮かんだことがきっかけだ



    コミュニティの主に迎えに来てもらい現地に到着後
    私をみて「コアラさん僕の作ったスペアリブ食べてね!」
    これが私がリアルであったときに始めて交わしたときの声だった

    とても気さくでとても明るくはっきりした人で
    料理からキャンプ場の舞台設営までほぼ自分でやるような人だった

    現地のキャンプ場ではほかの技術系mmderの方が作った巨大な
    寒冷紗スクリーンとプロジェクターがあり次に何をやるのかは察しがついていた。

    私が到着したときにみんなが驚いたのは私が実物の
    ”ほよちゃん”を持ってきたことだろう。

    ”ほよちゃん”とは私が作った初音ミクのモデルの愛称である
    http://seiga.nicovideo.jp/seiga/im4857315
    実物とはいっても人間そのものがあるわけではなくパソコンに収まっているデータそのものが彼女であると同時に世界でひとつしかない正真正銘のオリジナルがそこにあるからである。

    ゆえにマシンに納められた彼女はスクリーンがあり電力がある場所であればどこでも踊りだすことが可能である。

    スクリーンにプロジェクターの灯がともり参加したユーザーの動画が次々と映し出され、ちょっとした小スペースのミクライブになっていた。

    当然彼の作ったテトの動画も流れる、1曲終わるごとに拍手が飛ぶ、

    そんな中私が連れてきたほよちゃんが動画ではなくMMDから生で踊る光景が実現した。
    周囲はあまり沸きだっていた様子ではないが私一人躍起になっていた
    電力を食うためか、インバーターでは電力供給が間に合わず途中で落ちるというリスクがあったが、みんなの協力の中なんとかほよちゃんをステージで躍らせることに成功した。
    こんな好奇心のみでやってきた私に協力してくださった皆様に感謝


    一通りの催し物が終わりみんな一息ついたころ彼と私の語らいが少しあった。

    彼がMMDに触れそして彼が参加するコミュニティで彼が普段行っている活動や理由、すべてにおいて過去の私と瓜二つなのに驚いたりしていた。

    好みがdivaとテトの違いなのかなと思うほどだが圧倒的に違うのは彼のバイタリティだ
    イベント進行から料理、アウトドア用のセットの設置など
    どれにおいても活発を思わせる、熱狂をうかがわせる、

    イベントが終了し、お互いにMMDの作ってるときのカメラアングルなどの話も少しした、
    そこにニコニコ動画でよく毎週あるMMD講座を思い出して
    カメラアングルについての話をしては

    視野角やカメラの接近距離やアングルはリアルと違うし視野角28度じゃ決して良いアングルが取れない
    もし迫力出すときに視野角が28度のままじゃとりたい演出したアングルも表現できないしいってることに無理、と、お互いの気骨の同調に無理なくつながっていた

    ただ製作中のカメラアングルやカメラの動きに力不足に感じるところ、保管曲線(カメラの移動時の移動中の速度をリアルタイムで変化させる技法)など使ったら?というのだが
    ”カメラの動きはポイントで何とでもなる”という彼の論りで何時もはじかれるのだが、
    実は私も過去はそういう考えで作っていたw

    時がたち、私が参加していたコミュニティの主の行動、常識を見ない振る舞いに嫌気がさしてしまい私はフリーがいいと望み、コミュニティから退会

    一人モデラーMMDアーティストとしての活動に入ることにしていた。

    それから疎遠気味にはなっていたが彼の事は思い出すたびに
    ”どうしているのかなぁ・・”と何時も心に思い出していた

    そんな中今年の1月元旦心が新年の挨拶をスカイプから交わし
    お互いの元気を確認した後たった数時間で事態が急変していたことに気づかずいた。

    私はスカイプで挨拶をした後いつもどおりう少しじゃれてみたのだが、相変わらず返事がないので”いつもの調子でがんばってるんだな”
    と思い、気に留めることないように考えながら日ごろを過ごした。

    仕事先とリアルの中で色々私にもいろんなことが起きていたため彼のことは何時も思い出していたもののその後の活動の様子など確認できることがなかった。

    時が過ぎ1月も終わり元のアパートに戻りマシンの電源を入れてスカイプを立ち上げて、そうえいば彼の友人から連絡が来てたな・・・と思い
    後2月17日の夜其の友人にスカイプからメッセージを送ったとき
    2月14日に彼が他界した、旅先の温泉でくも膜下出血のような倒れ方をして
    病院に運ばれ、植物状態になり2月14日までがんばったが結果・・・・他界されることになったという話だった。

    倒れたのは元旦で、私がスカイプで挨拶を交わした後のことだった・・・・

    たった数時間・・・数時間後・・・あの時感じた生きてる感覚、あの時感じたものって・・・

    其の話を聞いた私もさすがに、どう答えたらいいのか、どう彼に悲しみを持ったらいいのか、唐突に思えて仕方ないこの事態、
    あの時、あの日、たった数時間前は・・・・

    スカイプに残ってる彼のアイコン、ニコニコに残ってる彼のアカウント、SNSに残ってる彼のアイコンと日記、
    どれを見てもまだ彼が生きてアカウントにログインしてるようにしか思えない、

    そう思っていた。

    訃報の知らせを聞いた後、ふと気がつくと”彼が居る”ということに気がついた、会話はしていないが彼が私を見ているように感じるのだ、
    連絡をくれた友人にそれとなくそんな話をしながら悲しみを解そうと色んな話をしていた

    話の途中、彼が見ているであろうと思う心の中で

    「”やあ”久しぶり、残念だったなぁでも、会えてよかったよ・・・いつもはなしを聞いてくれてありがとう、」

    「またいつか来世の世で会えるのかな^^其のときはもう誰だったのか記憶も残ってないのだろうなぁ。そう思うとなぜか切ないよ」、

    と、そういってしばらく自分の思い思いの話を浮かべては彼に話かけるようにずっとしばらく話をしていた。

    彼という才能の一人が居なくなったことがなんかさびしい・・・・
    彼と会ったのはたった一日しかない、でも彼はそこに居たんだ
    私と会話をしたんだ、友人だ

    彼の残した一期一会大切な思い出
    ありがとう