• 【雑記】死にたがりの道化達へ

    2017-05-04 12:004410


    ひょんな事がきっかけで、私は、本気で自殺がしたいと思いついめた人達に"生きること"を選択させてしまいました。それが一人や二人ならいいのだけれど、この数年間で両手で数えられる人数ともなれば、やはりその選択させたことの”罪の重さ”を感じてしまうのです。

    何故、そんな”重さ”を私が抱いてしまうのかと言うと、それだけ、この世の中で”生きること”は”死ぬこと”以上に辛くて難しいものだと思うんですよね。
    だから、私に「ああ、私のことを理解してくれる人がやっと見つかった。この地獄から救ってくれてありがとう」だなんて感謝はしないほうがいいし、私はあなたのことなんて、これっぽっちも分からない。

    彼ら、彼女らにもっとも辛い選択を、、、私は、させてしまったのかもしれないのだから。
    これは、そんな無力な私の懺悔の時間です。


    ●46歳貧困男性が自己責任論を受け入れるワケ(ヤフーニュース)
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170420-00168102-toyo-soci


    ◆本気で、死にたい人は救えない
    私が過去から言ってきているのは、本気で自殺したいと狂気の果てまで至ってしまった人は、どんなことをして尽くしても救えないんですよ。

    自殺をすることはダメだなんて、言うのは簡単だけれど、それ以上に”生きること”が苦痛な人達もいて、そういった境地まで思い詰めてしまった人達に対して外側から干渉できることだなんて、たかが知れているんですよね。

    それらを聞いて、何かしてやれることはないのか?と思う人達はいると思うんですけれど、彼らがその境地に至るまで「いや、そんなことはないんじゃないか?」と自問自答を、何度も、何十回も、何百回も繰り返してきたと思うのです。

    それでも、なお、その境地に至ってしまった。
    それは、とても外部の人間が解決できるようなものではなく、根深いものだ。
    もう、どうしようもない、、、手遅れなんです。

    だから、そういった”可哀想”と言う安直な感情と言葉で着飾り「自殺は良くないことだよ」と言い切るのは、単なる偽善なんですよね。その偽善の矛先を向けられるほうが、よっぽど辛い。それは、まったくと言って、その人とちゃんと向き合おうとしない一番最低な行為だ。

    そういった”無自覚な善意”で築き上げられた言葉で彩られた”社会”が当人にとっては、一番息苦しいことで、もうだったら首をくくってしまおうと、そう思わせてしまうんです。


    ●【雑記】本気で自殺する人は、なかなか救えない
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar638769



    ◆ぼくたちは"ニンゲンの真似をするロボット"だった

    そういった境地に至った人達は、ただ、”ふつうのにんげん”になりたかった。
    純粋に思っているのはそんなことだけだと思うんです。

    社会という場に塗れて、ペルソナを被ることのできる、ただふつうのにんげんになりたかったと。ただ、当人が持ち合わせた感受性の豊かさがそうさせてくれなかっただけなんです。

    ただ、ふつうのにんげんになりたい、、、ぼくもにんげんになれるんじゃないか。でも、そうやって頑張っていたのに、社会によって痛感させられてしまうのです。
    ぼくは、ロボットだと、道化だと、、、、ぼくは違うのだと。

    そして、気づいてしまう。至ってしまう。
    ぼくはにんげんじゃなくて、生きる才能がないのだと。

    だから、そういった人達にしてあげれることは私はない。
    私もその境地に至りこの首に縄をかけたことも一度や二度じゃない。けど、失敗してしまった。悲しいことに、私は生きる才能も死ぬ才能もなかった。

    ……彼ら、彼女らに私ができることは、肯定ペンギンになるしかないのです。


    ●【雑記】「生きていればいいことあるよ!」と言う言葉について
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar525494



    ◆”自殺”を肯定する
    私が、本当に死にたいと自殺がしたいと言う人達に巡り合った時、大体言うことは、自殺を肯定してあげることです。別にそんなに、たいしたことはしていない。

    「私はあなたを救ってあげることは出来ない。そして、どうしてもそんなに"生きること"が辛いのであれば、自殺だってなんだってして、死ねばいい」
    「自殺が悪い事とか言うのはタダのバカだよ。生きることだって十分に苦しいから、悪いとは言わない。死にたければ死ねばいいんじゃない?」
    「死んだら親に迷惑かける?いやいやいや、それ自意識過剰だよ。皆、周りに迷惑かけながら生きてるの。今息してるよね?それ植物に迷惑かけてるから。日常でも、”あ、こいつうざいわ”って時あるでしょ。だから、死んだって一緒だよ」
    「首を吊る時はロープちゃんと選んで蝋を塗るんだよ。これ自殺失敗した先人の知恵だから」

    と、言い続けたらなぜか皆は、晴れやかな気持ちで「ゼルダたのしー!!生きててよかったー!!やっべ、スプラ2wwwあー!!!任天堂!!!神ィwwwwwww」ってswitchやってたり「小説家に、、俺はなる!」となんかすごい頑張りはじめたり、「付き合ってほしい///」とか未成年は勘弁してくれ。それ、メンヘラからヤンデレにレベルアップしただけだから。。。その気力、少しでもわけてほしいですね。

    私が皆に言いたいのは、私はあなた達を救った覚えもないし、恩を感じる必要はない。
    生きると決めたら生きていていい。死ぬと決めたら、ふらっと死んでいい。ただ、言えるのは「もし死ぬのなら、お前のswitchを俺の家に届けてから死んでくれ」と言うことだ。


    ●【雑記】”生きる”ことの意味など無い。
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar634548



    ◆”メメント・モリ”から”カルペ・ディエム”へ
    そもそも、そうやって”生きること”と”死ぬこと”と言うことをしっかりと意識できることは、何事にも代えがたい素晴らしい事だと私は思うのです。

    ”生きること”は、それは言うなれば”どう死ぬか?”と言うことだと思うんですよね。
    ”死ぬこと”が意識できる人は、”生きること”に対してそれだけまっすぐに向き合える人だ。
    それは、並大抵の覚悟でできるようなことじゃない。

    ”死”をタブー化する今の時代の流れこそ、異常だ。”死ぬこと”を意識することが精神疾患だなんて間違っている。それこそ、”生きること”にたいする冒涜だ。

    何が自殺はダメだ。生命保険だ、長生きが素晴らしい!だなんだバカバカしい。
    今この一瞬の刹那を愛せない人間は、いつまでたっても生きることを愛せない。
    物語の主人公は自分だ。その幕引きすら他人に決められるなんて、そんなのはっきり言ってクソクソクソ~って感じ。(なお語彙力)

    ”死”を意識したあなたは誇っていい。その抱いた想いこそが、”生きている証”であると。









    よければ以下記事もどうぞ
    ●【雑記】たった一つの冴えた生き方
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar908795
    ●"生きる"レベルを下げる
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar735262
    ●【雑記】ボトムアップ型の生き方
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar616653
    ●【雑記】相模原事件から考えたこと
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar1102878
    ●【雑記】瀬戸内寂聴さんの発言に思ったこと
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar1117745

    そんなかんじで。
    おしまい。



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  • 【雑記】"事実"と"解釈"は違うと言う話

    2017-04-30 12:00

    いや、まぁ、タイトルの通りで当たり前の話なんですけれど、仕事上とかでもそうなんですけれど、意外とこれ(”事実”と”解釈”が違うと言う事)が出来ていない人が多いんですね。
    過去に書いてきた事と”それ”が繋がっているよなぁと感じていまして、過去に同じようなことを述べてきたものもピックアップしつつ、自分に対する啓発の意味も込めて、ここにまとめておこうと思います。

    ●「◯◯じゃないからやり直し!」と言う、言葉の流行りを考える
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar458342


    ◆”事実”と”解釈”をごっちゃにして効率を下げるのはやめてクレメンス

    「あ、それ、オルタナティブファクトだ!!!とか云々奴~www」って一時期話題になったかと思いますが、その根幹にあるのって、この違いだよねーって思ったんですよね。

    この問題で何よりも事実と解釈をごっちゃにすることで一番ぐんにょりすることは何かと言うと、事実と解釈を一緒にすることで、生産性が下がっちゃうのが本当に辛いんです。
    統計や事実を元にした出発点ではなく、個人的な視点から見える解釈を入り口に会話をすすめると、どこを目指したらいいんだっけ?って混乱することがあるんですよね。


    例えば、会社の売上をあげよう!となったとき、、、
    「●●君の売上が低いから売上が上がらないのだ!」「●●君にはもっと頑張ってほしい!」
    みたいな抽象的な会話をすることをやめて、目的に沿った話をしてほしいんですね。

    「ノルマに対して、●●君の売上が低い。売上が高い××君の実績を見たら、単価が高いものを契約してきていた!なら、それを見習って●●君も真似をしよう!」
    みたいなちゃんとした、目標(売上を上げる)に対する、問題(●●君の売上が低い)、解決策(売上が高い××君を真似する!)と言うのをしっかりと明示的にしていく必要があると思うのです。

    このあたりは、過去に書いたこと(PDCAサイクルを回そうぜ!)と言うこととそう違っていないのかなと思っています。
    ●【雑記】私が考える「生産性のある会話」と「責任」について
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar564473


    ◆端的に言ってしまうと以下にまとめられます

    事実とは……実際の出来事、そのモノ
        (誰が見ても同じ捉え方をするもの)

    解釈とは……自分の意見が入ったモノ
        (人によって違う捉え方をするもの)


    しゃちくなので、”仕事”と言う一例を持ち出してしまいましたが、そのあたりの文脈で言えば、「ハイコンテキストからローコンテキストに落とし込む必要があると言う言葉でもまとめられるのかもしれません。
    ●【雑記】日本語の性質「ハイコンテキスト」がもたらしたモノ
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar604790


    ◆"話題の記事"ではなく"話題のエントリ"であると言うこと
    過去にも私が述べていますが、このニコニコのブロマガで"記事"と言う言葉が独り歩きしていて、どうしてもそれが私は納得出来ないんですよね。

    いやいやいや、これ個人のブログ(同じニコニコユーザーがやっている)だから、記事と呼べるような事実を求めるのであれば、ニコニコニュースとかに求めるべきで、この誰得糞ブログはあくまでも、私の主観が入っている以上、"事実"ではなく、"解釈"なのですよね。
    ●【雑記】"ブログ"と"記事"の違いを考える
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar1125951


    ※ここまで書きましたが、これは個人的な感想です。

    おあとがよろしいようで。



    よければ以下記事もどうぞ。
    ●【雑記】プログラミング義務教育化に思うこと
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar1111254
    ●【雑記】"思考"を変えれば少し人生がラクになる
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar1198588
    ●いつから、自分の発信するものに注意書きをしなくてはならなくなったのか
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar860158
    ●【雑記】ネットは低所得者のおもちゃではなくなった?
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar1002729
    ●【雑記】SNSの投稿を引用するメディアに対して思う事
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar962536


    そんなかんじで。
    おしまい。

  • 【一冊で完結】個人的印象に残った単巻ラノベ5選part3

    2017-04-27 12:0021
    ※※※数年前にやったやつを再びまたやります※※※
    個人的に印象に残った単巻で完結するラノベについて勝手に5つ選ばさせていただきました。
    今回は、なるべく最近のものや、個人的に好きな作品をリストアップしました。

    過去のは以下からどうぞ
    ●【一冊で完結】個人的印象に残った単巻ラノベ5選
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar428743
    ●【一冊で完結】個人的印象に残った単巻ラノベ5選part2
    http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar505575





    ■タイトル:恋する寄生虫
    ■ブランド:メディアワークス文庫
    ■著  者:三秋 縋
    【以下・感想とか】
    某掲示板で話題になり、そして「げんふうけい」で知っている人は知っている三秋さんの最新作。社会に馴染むことの出来ない二人の男女を巡る、恋愛小説。
    彼らがポツポツと紡ぎ出す物語は、どこか自分が過ごしているこの社会で覚える違和感と、遠いようで、そう違っていないんじゃないだろうか。と、どこか他人事に思えないリアリティがあります。この物語が告げる結末は、読者の想像力を掻き立てるような、とてもいい後味に仕上がっています。ぜひ、その余韻を味わってほしいです。




    ■タイトル:ベイビー、グッドモーニング
    ■ブランド:角川スニーカー文庫
    ■著  者:河野 裕
    【以下・感想とか】
    サクラダリセットシリーズで有名な河野さんが紡ぐ、4つの短編集で彩られた一作。どの物語も主人公は違い、自分が亡くなってしまう最後の一瞬が描かれています。
    死に方とは何か、生き方とは何か、死後とは何か。死生観に関して読者に問いかけをしてくる一作だったと感じています。そして、最後に綴られる物語、これはもう、、、驚きでした。是非、"河野ワールド"を体感してほしいです。




    ■タイトル:僕らはどこにも開かない
    ■ブランド:電撃文庫
    ■著  者:御影 瑛路
    【以下・感想とか】
    タイトルではっ!となった人いると思うんですけれど、再構築版なんて出ていたんですね。
    全然ライトじゃない重厚で暗くて重い物語。ただ、やっぱり、いつまでも印象に残っている作品というのは、本作のようなガツンと鈍器で頭を殴りかかってくるかのような作品だと、そう感じています。
    中二病と一言で割り切ってしまえば、たしかにそうなのかもしれないし、読者を選ぶダウナー系なのだけれど、この結末に至るまでの過程は物語のまとめ方としては素晴らしい完成度で、目を張るものがあると思っています。




    ■タイトル:とある飛空士への追憶
    ■ブランド:ガガガ文庫
    ■著  者:犬村 小六
    【以下・感想とか】
    そうそう!めっちゃ話題になった奴~wwwww今更薦、既読奴~wwwwwww
    物語としては非常にシンプルな身分の違いを描いた恋愛物語。先の展開が読めると言えばそうなのだけれど、まるで映像が脳裏に浮かび上がってくるかのような巧みな文章力と、ドラマチックなストーリー展開にそれはもう当時メロメロにされました。
    "飛空士シリーズ"と題される最初の物語ですが、本作は一応1冊で物語が完結しています。
    この物語を読んでおくと、後続のシリーズを読んだ時、あっ!と思わせてくれるはずです。
    読了後は非常に爽やかな、清々しい気持ちにさせてくれる一作。




    ■タイトル:電気サーカス
    ■ブランド:アスキー書籍
    ■著  者:唐辺 葉介
    【以下・感想とか】
    ライトノベルじゃないけど、載せたかったから載せた(なお語彙力)
    めっちゃ生々しいダウナー系で僕が崇拝してる作品。インターネット黎明期の空気とか、こじらせちゃった系男子のあるある心理をまさしく捉えた一作。
    確かにこれは、、、"救い"ではないのかもしれない。でもそれは"絶望"ではない。
    "今"だからこそ伝えたい「幸福はガラクタ」で「この、くそったれな世界に、精一杯の愛を込めて」……まだ、まだ死ねない。ほんとうに楽しみにしています。




    そんなかんじで。
    おしまい。