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  • 「未成年はオトナの裏をかいて上手くエロに手を染めろ」というメタメッセージ

    2012-10-15 10:273

    これなー。ホントおかしいと思うんだけど、「空気読んで上手くやれよ」って大人社会からの隠れたサインなんかな。RT @ai_ytk: 18歳未満はセックスする画像や映像を見ちゃいけないのに、18歳までに生身の異性とセックスしてないとおかしいという風潮

    ― 有村悠%ふたけっと:F04aさん (@y_arim) 10月 14, 2012

    @y_arim 杓子定規の奴は社会で苦労するから今のうちに慣れとけという

    ― 紅井郵D(ディズニー)さん (@aka1you) 10月 14, 2012
     青少年向けの、いわゆる「18禁」レーティングと、彼らの性生活の乖離についてはずっと不思議に思っていた。最近は未成年のセックス経験率が下がっていると以前どこかで読んだ覚えがあるが、それにしても少なからぬ人々が中高時代にセックスを経験しているのである。では、「18禁」は何のために存在するのか?   うすうす気づいていたことではあるが、どうやらこれは「空気読んで上手いことやれよ」というオトナ社会からの隠れたメッセージなのではないかと思えてきた。決められたルールを杓子定規に守るだけでなく、適度に悪いことも覚えて上手く世渡りをする術を、オトナ社会に参入する前から身につけておけというわけだ。そこでオトナの裏をかけないような「いい子」は、早晩、社会に不適応を起こして脱落する(そういうタイプとある種の発達障害の相関関係をもぼくは疑っているのだが、如何?)。  
     ぼくがかつて俺妹エロゲ問題と名づけた、中高生向けライトノベルやアニメで、エロマンガを読んだりエロゲをプレイする中高生が描かれる問題(?)も、結局「どうせ現実の中高生も隠れてやってることだから」という意識が作り手の側にあるのではないかと思われる。中高時代からエロマンガを読んだりエロゲをプレイしたりしているオタクというのは、本当に、びっくりするほどたくさんいる。ぼくが大学時代知り合ったオタク女子高生は堂々とエロゲの話をして、ファミレスでエロ同人誌を広げていたし、別の知人は高校時代「18歳になったら18禁アニメは見ない」と口にしていたらしい。そんな実態は作り手の側も先刻承知のうえで(というか、そういう人々こそが作り手に回るのではないか? 後者の知人はのちにマンガ家になった)、それでも建前としては18禁を謳うほかなく、せめて公言はするな、裏をかいてこっそりやれというのが本音なのではないだろうか。
     興味深いのは、未成年の飲酒・喫煙描写となると、メディアによって規制がかかることだ。『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズの「孤島症候群」において、ハルヒが大酒飲みであることが述べられるが、アニメ版でその描写は削除されている。『魁!クロマティ高校』に登場する不良たちは飲酒も喫煙もやりたい放題だが、「タバコ買ってこい」という台詞がアニメ版では一文字付け足されて「下駄箱買ってこい」となっている。まあ、こちらは明確に法律で禁止されているので、あくまで作り手側の自主規制であるエロ系メディアとは扱いが異なるのだろうが、何故アニメになるとNGなのか。おそらく、受け手が能動的に接しなければならないメディアと、不特定多数が受動的に接するものの違いなのだろう。
     そして、殺人描写との違い。俺妹エロゲ問題において「未成年の殺人描写が規制されたことがあったか?(無い。故に、未成年のエロゲプレイ描写など規制する必要は無い)」という反論がしばしば見られたが、これは微妙に筋が悪い。あるフォロワーとのやり取りを引用しよう。

    フィクションで子供がエロゲやってるときに感じる居心地の悪さって何なんだろう? 子供が人を殺すこととの違いは何だ?

    ― 有村悠%ふたけっと:F04aさん (@y_arim) 10月 11, 2012

    @y_arim 殺人は成人にとっても非日常だけど、エロは日常だから

    ― 匿名希・望さん (@Ntokunaki) 10月 11, 2012

    それと居心地の悪さはどう結びつく? RT @ntokunaki: @y_arim 殺人は成人にとっても非日常だけど、エロは日常だから

    ― 有村悠%ふたけっと:F04aさん (@y_arim) 10月 11, 2012

    @y_arim どうせ誰がやっても非日常なら子供だからといって特に違和感は感じないけど、リアルに経験した境界線の越境はリアルな違和感をもたらす

    ― 匿名希・望さん (@Ntokunaki) 10月 11, 2012
     おそらくこれは正鵠を射ている。今のところ、殺人は未成年・成年を問わず誰がやっても悪いことであり、非日常である(故に、フィクションでは逆説的に扱いやすい)。ところがエロは日常であり、18禁なるレーティングが存在はするものの、少なからぬ人々がオトナの裏をかいて手を染めているのが実情。おそらく、「俺妹エロゲ問題」においてエロゲプレイ描写が問題視された、その感覚の正体は、後者の生々しさがもたらす「居心地の悪さ」だったのではないか。オトナの裏をかいて、隠れてやってきたことを作り手側に見せつけられてしまったことへの後ろめたさとでも言おうか。
     逆に言えば、ちょっと後ろめたい思いを(気になる人は)すれば済む程度のことであって、表現規制の呼び水になるだの、こんなもんにケチつけるんなら殺人描写も規制しろよだの、そんなレベルの話ではない。その点では、「俺妹エロゲ問題」なんて命名してヘンに論議を煽ったぼくにも責任がある。その点に関して、ここにお詫び申し上げる。
     いや、それにしても、杓子定規にルールを守り、18歳になるまでエロマンガもエロ雑誌もエロゲーも購入しなかったぼくは実に「いい子」だった(『Alice Club』の立ち読み常習犯ではあったが)。そして、見事にオトナ社会に適応できず、ごらんの有様である。未成年のうちに、もっと「適度に悪いこと」に手を染めておくべきだった。「俺妹エロゲ問題」などと呼んだ裏には、そのことで逆恨みしている部分もあったのかもしれない。「俺妹」=『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』のヒロインであり、エロゲをプレイする女子中学生・高坂桐乃に対するぼくの激しい嫌悪感も、きっとそうなのだ。

    俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11) (電撃文庫) 51V28xFjqTL._SL240_.jpg
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    by カエレバ
  • She said, I said. #8

    2012-10-12 21:00
    108pt

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    前回、突発的に『魔法少女まどか☆マギカ』の話を挟んで(元々はドワンゴの中の人に頼まれて書いたものなのですが)このブロマガも多少注目を集めたと思うので、アップしたあとこれまでの全章を1時間限定で無料公開にしてみます。ちなみに次の章で最終回。

     自動販売機に暴行を働かなかった代償なのだろうか。春香は僕の部屋にいる。

     僕と由紀の前を早足で歩く彼女、有原家と草薙家への分岐点となる十字路をまっすぐウチへ向かって突き進んでいったので、事後承諾的に家へ上げてしまったのだ。それも、マンションのオートロックの自動ドアを前に無言でたたずんでいるところへ鍵を開けて通してやり、エレベータのボタンを押してやり、さらに自宅のドアまで率先して開けてやったのだから情けない。そうでもしなければ、それこそ蹴破られていた気がする。

     共働きの両親はまだ帰っていないので、明らかにビビッている由紀を自室へ非難させ、向かいの僕の部屋へ春香を入れてキッチンから麦茶とコップを取ってくると、世にも恐ろしい光景が待っていた。ベッドの上で枕を抱え、無表情でどついている。ぼす、ぼす、ぼす、と時報のような一定間隔で。さほど強くないのが逆に怖い。僕はとりあえず机にコップを置き、麦茶を注いだ。

     ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、ぼす、

    「あ、あのな春香、ムロさんはだな」

    「わかってる」

     手を止め、かすれ声で呟く。いいやわかっているはずがない。

    「兄貴は電波女のゲロチューが好きな天井知らずの変態で、アンタはあたしに隠れてアイツの黒パンツで抜いてるエロ薙エロ助」

    「ほら全然わかってねえッ」

     たまらずわめいたのがかえって刺激したらしく、

    「アンタたちのことなんて全部お見通しよ! 兄貴はゲロ女かばってゲロ舐めた! アンタもベタベタされてるんでしょ、アイツ言ってた! 電波研の部室かどっかに愛の巣があってそこでアレやコレややらかしてるんだわ、昼休みとか、探しても見つからないときはどうせそうなのよ! 電波スカートめくって電波パンツためつすがめつ眺めまわして、それで、ッ……」

     もはや日本語の体をなしていない。血管が切れそうなくらい紅潮した顔。

    「電波スカート電波パンツって何だよ! クスリでラリってる人の話を真に受けるなバカ! 落ちッぐッ、着いて俺の話を聞け!」

     顔面を枕で砲撃されながらも説得を続ける。あさま山荘を包囲する機動隊の気分だ。

     
  • 劇場版まどか☆マギカ前編について一言言っとくか

    2012-10-10 01:4076

    「『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』を見て泣いた子供がいた」というツイートにまつわる話 - Togetter

     今朝未明に作った上記まとめが、予想通り大繁盛でぼくのtwitterのmentionがすごいことになっている。こんな話より昨日ブログにアップしたTMリリックは中二なのか? ~TM NETWORKにおける小室みつ子と小室哲哉の詞世界のほうをよっぽど読んでもらいたいのだけど、世の中侭ならんものである。だったらあんなまとめ作るなって? はい、おっしゃるとおりデス。
     まあ、一応まとめ主として、何か言っておこうか。というか、まとめを作った約12時間後、今日の17時50分からの上映回を川崎チネチッタで観てきたので、その報告と感想も兼ねて。
     平日の夕方ということもあってか、第8スクリーン内は閑散としていて、観客数はせいぜい15%といったところだった。年齢層はおおよそ大学生が中心。中高生っぽい少女もチラホラいた。あと、10歳前後かそれ以下とおぼしき男児と女児、それに彼らの父親らしき若い男性(たぶんぼくより若い……)がいたので、上映終了後の言動を観察すべくチェック。
     さて、映画本編の話。こうしてまとめられた形で再見すると、実に緻密に、登場人物たち全員がお互いを追いつめあっていくようにシナリオが練られていて、ホント虚淵氏(とキュゥべえ)の悪意パないと思った。劇中でほむらが指摘するように、気軽にまどかとさやかを魔女退治に誘った時点で、マミは相当にギルティだと改めて気づかされたし。まどかの優しさが、さやかやほむらのメンタルを悪意なく削っている点も見逃せない。
     あと、まどかの妙な自己肯定感の低さと過度の責任感、そして「こんな自分でも誰かの役に立てるなら」という思考が、カルトにハマりやすい人(あるいは、こう言ってよければブラック企業の社畜)そのもの。ネタバレになるが、この思考形態は魔法少女になるその瞬間まで変わらないままである。まったく、キュゥべえ(と虚淵氏)は上手くやったものだ。かたちはどうあれ、結果的に宇宙のエントロピー問題を解決したという点では、この話、キュゥべえの勝ち逃げに等しい。なんだか『勇者特急マイトガイン』の最終回を思い出す。アレになぞらえるなら、まどかたちは二次元人で、キュゥべえ=虚淵玄は三次元人=握乃手沙貴。なればこそ、劇場版まどか☆マギカの美しい結末は、虚淵氏が魔法少女のコスプレをした声優たちにフルボッコにされる実写パートだと、ぼくはかねてより主張しているのである。
     話を戻す。この作品、あらゆる人物が感情移入を阻んでいるのだが、中でもどうにも共感できなかったのがさやかの「もう死んでいる、ゾンビの体では恭介に会わせる顔がない」という思考。キュゥべえと同じく、いやソウルジェムにかたちを変えて生きてるだろ、魂の在り処に何故そんなにこだわるんだとしか思えないのである。アイデンティティが確立しきっていない思春期ゆえの考え方や、潔癖さなのか。ただそのあと、まどかと抱き合って泣いて「ありがとう」と言った数時間後に手のひら返して罵るあたりは実に人間くさくて、ゲスい(虚淵氏が)。なんだかファーストガンダムの、ピンチを助けにきたカムランに「あたしが一番つらかったときに知らん顔で今さら……!」とキレるミライ・ヤシマを思い出した。
     杏子は、なんだか野中藍が妙に気負いこんで演技していたためか、いい子が頑張って悪ぶっている感がTV版以上に前面に出ていて、結果として可愛さが4割増くらいになっていた。まあ、悪ぶったあげく未必の故意を含む本物の悪事をいくつも働いている(と推定される)わけで、後編がTV版から改変されなければ、彼女は(富野由悠季的な意味で)因果応報的に死ぬのだけど。
     そしてほむら。いくつかのカットが、TV版10話を知っていると実に意味深である(特に、まどかに名前をカッコいいと評されて、思わず歯噛みするとき。あそこは描き直されていたと思うが、実にシビれた)。ただ、これは劇場版で省かれたシーンだが、ソウルジェムの濁りまくったさやかに対して「まどかを悲しませるくらいならこの手で殺す」と言ったあたりの狂気は、ファンのほむら評で意外と見落とされている気がする。はっきり言って暁美ほむらも、十分頭おかしい。
     あとはまどかの母親か。朝出かけるとき、まどかの弟と父親にはキスをしてまどかとはハイタッチを交わすというのは、なかなか興味深い描写だった。おそらく、この二人は心理的同志なのである。夜中にまどかの相談に乗るあたりも。彼女に関して言えば最も重要な台詞は「誰かの嘘に踊らされてねえな?」という、ワルプルギスの夜のさなかにまどかをほむらのもとへ送り出すときに流れることになるだろうそれ。嘘には踊らされてないけど、結局キュゥべえ=虚淵氏の手のひらの上で転がされた末に辿りついた答えがアレだったわけで、まどかは。ちなみにかつて「誰かの嘘に踊らされて」「この命、使うね」と散っていった人々は、いま東京は九段下の大きな神社に祀られている。畢竟、まどか☆マギカとは「君は何のためなら命をかけられるか?」という話なわけで、「大切な友達」およびすべての魔法少女のために命を捧げたまどかは実に『俺は、君のためにこそ死ににいく』(略称:俺死に)状態。石原慎太郎都知事がこの映画を絶賛するという悪夢の未来を幻想したのだけれども、それはさておきさんざ取り沙汰されている残虐描写の話だ。
     忘れている人も多いのかもしれないが、本作品の陰惨なイメージは「マミる」などの直接的な残虐描写ではなく、虚淵氏のストーリーテリングに由来している。そもそも、マミが首を食いちぎられる描写はコミック版以外ではなされておらず、アニメのそれは直接描写でさえない。本作品から、直接的な流血・残虐シーンは注意深く排除され、いくつかは抽象度を高めたアーティスティックな表現に昇華されている(例:身体じゅうに傷を負って魔女と戦い続けるさやかの影絵描写や、コミック版では魔女化したさやかに胸を貫かれている杏子の象徴的な流血シーン)。血も出ない「マミる」程度の描写ならば、およそレーティングなど必要がない。そして、「話がひどい」などというのは、レーティングの理由にはまったくならない。
     「子供が泣いた」というツイート(ぼくは、ついにそれを見つけることができず、似たようなニュアンスのものしか収集できなかった)をもとに仮想の子供を作りあげ、やれ子供が怖がるの、子供は理解できないの、子供にはつまらないのと議論を続けるのも不毛である。おのおのが実際に映画館で目撃したリアル子供をこそ根拠にすべきなのだ。ぼくが見かけたリアル子供であるところの、先述した女児は上映終了後、父親とおぼしき男性に「どうだった?」と訊かれ、こうのたまった。「……終わった感じがしない……」まあ、そりゃそうだ、前編なんだから。そう考えると、ヱヴァのごとくED(作画的な一番の見所は、鈴木博文によるフルレングス版EDアニメーションだったと思う)終了後に「次回予告」を出すべきだったかもしれないとは言える。雰囲気が壊れるかもしれないが。
     子供のものだった「魔法少女」をオタクが越境・簒奪し、深夜にこっそり弄んでいたのが、劇場版によって衆目に晒されてしまった、もっと自重しろという論調も、検索除けや「公式バレ」除けに必死な女性系同人界隈のそれに重なって見えて、受け入れがたい。そもそも、○○は××向けで△△は□□向けという欧米流の分断は、世界をつまらなくする。ジャンルの越境や簒奪、あいまいな区分こそが、この国のコンテンツの多様さと豊穣さをもたらしたのである。魔法少女という看板を掲げた悪趣味ダークファンタジー、大いに結構。子供が見てビビるのもまたよし。
     結論として、冒頭で紹介したTogetterまとめで延々と議論されているようなレーティング・ゾーニングなど、本作品には一切必要ないと断言する。
     ただ一考すべきは、まどか☆マギカの悪趣味芸は深夜アニメだからこそ成立しえたという点だろう。そもそも本作品は、新房昭之・蒼樹うめ・虚淵玄というメインスタッフ陣の名前に釣られたオタク層が主な対象であり、そのうち少なからぬ人々が「虚淵玄」という名前に強く反応し、絶対に何か陰惨な展開をやらかすはずという期待を放映前から抱くという、非常にハイコンテクストな作品だった(その後、ライト層も多く取り込むことに成功したのは、作品そのものの強度ゆえだろうが)。劇場版の上映館が少ないのも、コア層に向けた映画化で収益を上げるという、最近流行りのオタク向けアニメのビジネスモデルであることの証明である。
     ところが、少なくとも絵面は『ひだまりスケッチ』と同じく、蒼樹うめ(と岸田隆宏)の可愛らしいデザインだったわけである。冒頭のTogetterまとめ記事で、自身の子供が「初めてはまった魔法もの」がまどか☆マギカであるという、おそらく女性のユーザは「あれではちょっと予備知識なきゃ普通の親子連れは入っていっちゃいますよ~」と呟いている。まとめには掲載しなかった部分も含め、複数ユーザとmentionでこの話をしていることから、ネタや釣りではない蓋然性が高いと判断する。まあ、そういう理由で観にきた親子連れはいたかもしれないし、いなかったかもしれない。
     フィクション体験とは、本質的にネタバラシのないドッキリであるというのがぼくの持論なので、彼らは(いたとして、だが)ぼくらのようなすれっからしとは違う、理想的な出会いをしたといえる。そういう意味では羨ましくすらある。ただ、受忍限度は人それぞれなので、衝撃や不快さがそれを超えてダメージを受けてしまった場合のケアというのも、考慮の余地はある。この点でかなり参考になるのが、うるるんロギー 【読売】中3女子「好きなマンガキャラが死んで悲しい 立ち直れない」に転載されている、『NARUTO』の好きキャラが死んで嘆き悲しむ女の子と、それに対する精神科医の回答だ。一読をオススメしたい。