• [動画] MAD 本田未央「ラブリー」 を投稿致しました。

    2017-02-26 02:45
    こんにちは、ヘルシアです。

     現在、午前01:15。動画投稿完了と同時に記事を作成開始。


     本田未央とはどういうアイドルでしょう?

     その答えを探すために、この動画を作成しました。

     

     元気で明るく、お調子者なんだけど、ちょっと本番に弱かったり。

     アニメでは「私、アイドル辞める!」と言い出すなど、驚かれた方もいらっしゃるでしょう。

     スターライトステージのイベント「情熱ファンファンファーレ」では、友情番長などと言ったりもしてました。


     どれも、個別の出来事としては理解出来るのだけれど、では「本田未央って何なの?」と問われると、答えに窮する。

     可愛いければ良いじゃない!という考え方もあろうが、面倒くさいオタクなのでその意見は通らない。

     しかし考えても答えが出ないので、その姿をなぞってみたのです。



     Miracle Night の様なノリで作った訳ではなく、言わば本田未央が外部へと見せる保守的なところを意識して作りました。

     冒頭と最後に友人男なる人物が登場します。未央と同学校の男子生徒という設定で登場させたのですが、分かり辛かったかもしれません。

     ある日、友人の未央がアイドルに成ってしまった彼なら、あんな感じの事を考えるのではと思い、つぶやかせました。これも、外側から見た未央です。



     ユニットを、ポジティブパッションとサンセットノスタルジーで固めたのも、未央のパッションとしての立場を意識するためです。

     ニュージェネレーションズで語ることも考えたのですが、アニメの文脈が強すぎて難しいかなと思いました。

     そんなわけで、ポジティブパッション+サンセットノスタルジー=ポジノスとしてユニットにしたのですが、大変なことに気づきました。

     「未央以外、ポニーテールだ。」

     厳密にはそれぞれ違うのですが、統一感として由々しき事態です。いやむしろ、ショートヘアの覚醒美希の様に、ロングヘアの覚醒未央が登場してポニーテルになるのでは?という想像の余地すら生まれました。

     結果的には、コレと言って未央としての収穫は無かったのですが、ポジノスはメンバーにメリハリが効いていて、作っていて面白かったという収穫はありました。

     ただ、久美子さんには少し低めの年齢の動画になってしまったので、次やるとしたら少し高めのシーンを意識してやりたいなと思うところです。



     結局、「本田未央とは何なのか?」の結論は、動画自体に描くことはできなかったのですが、今回改めてコミュを追って、同時に「情熱ファンファンファーレ」のイベントで何となくつかめたような気がします。

     次は、その答えを動画にしたいと思いますが、その前にミリオンライブで最高の曲がきたので、そちらで作ります。


    以上
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  • [感想] TV版リトルウィッチアカデミア 7話 オレンジサブマリナー

    2017-02-20 13:35
    こんにちは、ヘルシアです。

     7話、いいお話でした。

     内容的にも良かったのですが、序盤から積みあえげていった話の種を、終盤で一気に回収していくお話だったので、それは例えば、ぷよぷよで十数連鎖を見ているような気持ちよさがあります。


    ■アーシュラ先生のお話
     アッコの成長に目が向けられるお話でしたが、アーシュラ先生の先生の成長としても、注目したいと思います。

     時間が空いてしまいましたが、2話でアーシュラ先生はどこか頼りない大人として描かれていました。フィネラン先生から、もっと教師としての自覚を持ちなさいと、叱責されたものです。

     フィネラン先生としては、教師としての威厳を見せなさいということでしょう。しかし、アーシュラ先生にはピンと来ておらず、アッコへの先生としての対応もはっきりしないものでした。

     それが最後には、アッコ(生徒)への評価はこうあるべきだ!と、フィネラン先生に言い返せる程度に、自信ある言葉を選べるようになりました。もしかしたら、その場の感情に後押しされたのかもしれませんが、アーシュラ先生の先生としての自覚が芽生えた瞬間だと思います。

     アーシュラという名前は Ursula と書くらしく、ドイツ語でウルスラと呼びます。語源を調べると、伝説上の女子教育の守護聖人の呼び名だそうで、アーシュラ先生は文字通りの先生のための名前でした。

     シャリオが偽名としてアーシュラという名前を選んだとして、それが洒落ではなく本気で先生になると意気込んで付けたのなら、彼女が先生に転向した時の覚悟が見えて良いなと思います。


    ■魔法哲学の試験
     試験範囲は、利他的行動における魔女存在論と、その他生物に対する互恵的利他主義について、でした。

     最初、試験範囲を聞いた時は、アッコと同じ様に何を言っているのか分からなかったですが、文字にしてみれば少し分かります。

     ざっくりですが、魔女の存在が他人にとって有益なものであり、また他人の存在が魔女にとって有益なものであることを証明しなさい、ということだと思います。

     ちょうど、6話で話題にあがっていた魔女の必要性の話を思い出しますね。

     学生たちがどのような回答を書いたのか気になるところですが、分かったこととして魔女が自分たちの置かれている状況を、ちゃんと考えているという点です。

     魔法を使って、世の中で職を見つけ活躍している卒業生を紹介するシーンも、視聴者にとって魔女の世界感が広がる話でした。

     同時に、魔法反対派はそういった自分たちにはできない魔女の魔法への劣等感から、ロビー活動をしているのか、なんてことも考えられます。

     魔法で道具を修理する国家資格まで有ることが判明したので、魔女だけじゃなくて一般人が魔法をどう考えるか、国がどう考えるかといった、学校だけにとどまらない広い話題に、今後発展するのではなかと、期待しております。


    以上
  • [感想] TV版リトルウィッチアカデミア 6話 ポラリスの泉

    2017-02-15 23:27
    こんにちは、ヘルシアです。

     世に言う1話切りのように、アニメが面白いか判断するタイミングは幾つかあり、個人的には序盤の最後となる6話前後が、重要だと思っています。

     そして今回の話は、派手さは無いけれども、綺麗な形で序盤を締めくくれたように、感じました。


    ■ダイアナの視点
     今までアッコの視点で魔法界や、魔法学校を見ていたのですが、ダイアナから見るとこうも絶望的なのかと、思い知らされました。

     アッコから見た魔法学校は、シャリオの出身校で、ここで学べばシャリオのような素敵な魔法使いになれる、様に見えます。

     しかし、ダイアナから見た現実の魔法学校は厳しい状況です。酷く言うなら、過疎化の進む田舎にある、昔有名だったが今は低ランクの大学、といった所です。

     前回、学校関係者が誰も読めなかった古代ドラゴン語を、12歳でマスターしたという笑い話が有りました。

     この話は、冗談に聞こえるようですが事実で、借金が無くなって喜んでいる大人たちの方が、実は笑うポイントでした。ダイアナにとっても、そのように見えたのでは、ないのでしょうか。

     2話、見た者を幸せにする蝶の話で、ダイアナが何処か哀愁の漂う姿が映されました。

     これはダイアナが名門の家柄にあるという以上に、魔法学校や魔法界を既に憂いていた姿であったように、今なら見えます。


    ■ダイアナの目的
     明かされている訳ではないですが、魔法学校の立て直しや、シャリオの様な有用な人材を見つける事を、目的にしているかもしれません。

     5話の感想でダイアナの親の考えが読めないと書きました。

     しかし、以下の3点を考慮すると、娘を学術の為に学校に行かせているわけではないと、察します。

     1、厳格を重んじる魔法界において、ダイアナはシャリオの魔法ショーを観ている
     2、古代ドラゴン語の解読知識が学校になく、ダイアナの家にあった
     3、魔法反対派のアンドリューとダイアナは、魔法の有用性について口論したことがある


    1、シャリオの魔法ショー
     幼女のダイアナが一人で見に行けるわけもなく、親の関与が必要になります。

     ということはダイアナの親は、シャリオの魔法ショーが、娘に見せるに値するものだと、考えたということでしょう。

     ダイアナの親は、国務大臣とも繋がりが有るほど、一般世界においても、それなりの地位にいる人間です。

     そのような人が、シャリオの魔法ショーを見るということは、魔法界の評価はいざしらず、世間にとっては有用であると考えたのでは無いのでしょうか。


    2、古代ドラゴン語の解読
     ダイアナの家についての言及はありませんが、知識の権威たる魔法学校にその知識がなく、12歳の少女が会得できるような環境が他にあったかとすれば、それは名門たるキャベンディッシュ家が妥当でしょう。

     学ぶとなれば、それなりの資料や人材が必要になります。

     そういった物の維持が、ダイアナの家でされていたということは、国務大臣のように魔法を無用の長物と観ているわけでは、なさそうです。

     そして、娘に教える程、ダイアナの家は教育も独自で行う方針ということも伺えます。


    3、アンドリューとの口論
     ここまでこれば言うまでもなく、キャベンディッシュ家は魔法を諦めていません。

     そして、自分たちで教育を施した娘を、学校に送り込むということは、学術的な目的とは別に何かしらの目的が存在するのだと、察します。

     そういった中で、アンドリュー達が考える「魔法は無用の長物」への対抗として、魔法の有用性、或いはこの一般世界で魔女としてどのように生きるのかの答えを、ダイアナは必要とするのではと思います。

     その答えの一つが、幼少期に見たシャリオではないでしょうか。


    ■夢見る少女じゃいられない
     ダイアナの話が長くなってしまいましたが、アッコの話も衝撃でした。

     てっきり、勢いとノリで押し切っていくのかと思っていたのですが、こんな序盤にリアルをぶつけてきました。

     いくらシャリオの杖を持とうとも、アルクトゥルスの森で大冒険をしようとも、強い憧れを抱こうとも、弱い自分は変わらない。

     魔法ショーの夢ではなく、地道な努力こそ、成果に繋がるという現実をアッコに叩きつける物語。

     Web版や劇場版の華やかさとは一線を画する、ギャグだけではなく重みのあるお話になるのではと、期待致します。


    以上