• [感想] TV版リトルウィッチアカデミア 2話 パピリオディア

    2017-01-19 00:20
    こんにちは、ヘルシアです。

     名古屋ではこの土日に大量の雪が降り、暖かい正月とは一体なんだったのかと、寒さに凍える日を過ごしておりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

     リトルウィッチアカデミアの2話は、ダイアナ・キャベンリッシュの登場回でしたが、どのような印象を持たれましたか?

     主人公アッコの希望を真っ向から砕きにかかってくる姿は、敵対する人物のようにも見えましたが、私は好意的に見ています。


    ■3人目の主人公
     彼女もまた、シャリオとの繋がりを持っているキャラクターの一人です。おそらく、アーシュラ先生と並ぶぐらいに、今作で脚光を浴びると期待しています。

     1話の魔法ショーで、カメラが幼少時のアッコを映す前、その後方のダイアナを映していました。隣に座る男性がお父さんでしょうか。

     最初に公開されたWeb版では、ここまで明確にシャリオとダイアナをつなげる描写は、無かったです。

     つまり、TV版ではダイアナのシャリオに対する想いも、掘り下げる方向なのでしょう。今回で言えば、120年に1度しか唱えないような呪文を言えるあたり、彼女も実はカードを持っていて、練習していた口があるのかもしれません。そういうところが、彼女の可愛いところです。


     彼女は、伝統ある名門の魔女家系の娘という立場があるため、周囲からの期待が異様に高いです。学校の教育方針を見ても分かるように、伝統を重んじる傾向にある魔女社会において、彼女はまさに社会の象徴であり、彼女の成功こそ希望になります。

     しかし、ダイアナはその立場を利用しているわけでも、甘んじている様子も見受けれないところが、好印象でした。

     確かに、アッコに放った言葉は彼女を傷つけてしまいました。しかし、スーシィにかけられた魔法を解いたり、記念樹を救ったのは自分ではないと素直に申し出ていたところが、ダイアナの良いところです。

     おそらく、アッコを馬鹿にしているわけではなく、未熟な者への接し方を少し厳しくした、ぐらいの感覚が彼女に合っていると思います。

     また、先生の間違いを正したり、話の流れとはいえ記念樹を救おうとしたところなど、総合すると、彼女なりに出来る範囲で正しいことを行いたい、という行動原理があるようです。

     先生や周りの生徒から、彼女への期待は異様に高いです。おそらく親もそうでしょう。そして、彼女もその期待にに応えるように、今の人格が形勢されたはずです。

     しかし、見た者に希望を抱かせるパピリオディアを見上げたダイアナからは、何とも言えない哀愁を感じました。勝手に期待する周囲に、応えようとする自分、目の前にはシャリオになりたいと素直な心を持つアッコ。ダイアナの複雑な心境を感じるお話でした。


    ■アーシュラ先生とシャイニィロッド
     Web版や映画版では、ショーの運営が得意な教師役だったアーシュラ先生が、TV版では教師としての威厳が出せない頼りない先生として描かれました。

     フィネラン先生に「早く威厳のある教師にならなのかしら」と愚痴を言われる様子も、新人教師感が漂います。

     TV版では、それぞれの成長を描きたいように見え、であればキャラクターの未熟さが大切だと思います。

     シャリオのショービジネスのような不安定な職を離れ、教師という固い職についたのであれば、その落差について行けないところが、アーシュラ先生の未熟さでしょう。


     アーシュラ先生が、個人的にアッコの指導を行うといった展開は熱いなと思いました。

     アッコにとっては、アーシュラ先生が(シャリオであれば)本来の憧れの人です。

     正体がバレるときに、アッコがどんな反応をするのか、アーシュラ先生がアッコにどんな言葉をかけるのか。夢を目指した人間と、夢から逃げた人間の会話など、作品の価値が問われるシーンを心より楽しみにしております。


     ところで、アーシュラ先生はなぜシャリオを引退したのでしょうか。

     今回で、シャイニィロッドが使える時、使えない時というのが判明しました。朝起きて、何となく杖をふったり、魔法を使いたいと思っても駄目な様子です。

     シャリオの言葉「信じる心があなあたの魔法」というキーワードを元にするなら、術者が何かを信じたときに、発動するように見えます。

     1話の森で杖が登場した時と、パピリオディアの孵化の時の状況から類推すると、未来に希望があると信じたときに、発動するのでしょうか。

     あと数回ほど、魔法を使っていただいて考えたいところですが、もしその「信じる心」がキーになるとするなら、杖を持たないアーシュラ先生は信じる心を失ったということになります。

     TRIGGERの作るお話なので、重たくはならないと思いますが、アーシュラ先生の背景に潜む闇は、少し深そうに見えました。


    以上
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  • [感想] SHY 週刊少年チャンピオン 2017年07号

    2017-01-14 17:42
    こんにちは、ヘルシアです。

     実に7年ぶりぐらいに、週刊マンガというものを買いました。

     最後に買ったのは、確か週刊少年ジャンプで、ワンピースの魚人島編が終わった頃だったと思います。

     そんな私が買った、1/12(木) 発売の週刊少年チャンピオンに掲載されている読み切り漫画、実樹ぶきみ先生作「SHY」の感想を書きたいと思います。

     注意1:ネタバレは有るので、ご理解ください。ただ、この作品は、ネタバレしても害は少ないと思います。

     電子書籍版も有るので、未読の方はぜひ御覧ください。

     Kindle版:https://www.amazon.co.jp/dp/B01N5MH6BJ

     ニコニコ静画:http://seiga.nicovideo.jp/watch/bk390654
     ※143頁あたりに掲載されています

     注意2:長文です。


    ■実樹ぶきみ先生とは
     そもそも、実樹ぶきみ先生とは誰ぞや。

     雑誌としては、第二回チャンピオン三誌合同新人まんが賞で、大賞を取った方です。

     不気味遺産さん、という名前を聞けば、アイマス二次創作界隈ではご存知の方もいらっしゃるでしょう。

     Pixiv:不気味遺産さん
     http://www.pixiv.net/member.php?id=231628

     Twitterにも、Pixiv未公開の絵を上げていらっしゃいます
     Twitter: https://twitter.com/bukimi397/media

       不気味遺産さん「風邪」
     どのような絵を描く方かというと、Twitterから1枚紹介致します。

     アイドルマスターにおける、アイドルの輝きを描くよりも、彼女らをモチーフにしてメッセージを伝える絵が得意な絵師さんと、見ております。

     重いメッセージですが、左記の絵「風邪」も、好きな絵の一つです。

     アイドルとして輝こうと、心を奮い立たせる力は沢山ある。でもそれらは、時として貴方を苦しませる。辛い時、貴方にとってそれらが病原体であるかの様に見えるだろう。あるいは、ただ風邪で心が弱っているのか。
     そんな時、静かに休むことをおすすめする。


    ■恥ずかしがり屋のヒーロー「SHY」
     物語を作る時、ヒーローには弱点を作れと漫画家小池一夫先生は、言いました。

     紅葉山テル、中学二年生。趣味は映画鑑賞。ちょっとした手違いから、怪獣退治のためのヒーローをやらされることになる。

     ヒーローは、テルの他にも何人か居る。ヒーロー達が、人智を超えた怪獣をなぎ倒していく姿に、人々は恐怖よりエンターテイメントを見出していた。メディアは、ヒーローをアイドルとして扱うようになる。

     当然テルも、注目の的となるのだが、致命的な弱点があった。人目が怖いのだ。故に、人々から「SHY(シャイ)」と呼ばれた。

     ただ、その恐怖というのは、彼女の心に自信が無いところによる部分が大きい。トラウマが有るわけではなく、漠然とした自己嫌悪、自己否定が心を支配しているように見える。

     もしかしたら、テルの家庭環境が悪かった可能性がある。趣味に映画鑑賞とあるので、親が面倒を見たくないために、テレビや映画を見せていたのだろうか。

     少し前、育児放棄の問題として話題になったこともあり、現実の世界においても、彼女のような人を見かけることがある。そのままというわけではないが、人の心の弱い部分というところに、共感が持てる主人公だ。逆に、自己否定、自己嫌悪を理解できない方には、この漫画は難しいだろう。


     漠然とした恐怖を持ちながらヒーローを続けている彼女は、ついに怪獣の被害から救えなかった者の憎しみの目を知ってしまう。

     自己嫌悪という妄想に近い「人目」ではなく、本当の「人目」に出会ってしまった彼女は、今まで以上に弱い心から逃げていくのだった。


    ■怪獣と恐怖
     この漫画、ヒーローが主人公であるにも関わらず、ヒーロー漫画ではない。

     作中にも言われているが、不屈の精神、強靭な肉体、そして正義の心なんて描かれない。

     主人公は、とにかく逃げる。逃げの一手。いや、怪獣は倒すんだけれども。

     怪獣への恐怖や、倒した達成感など無く、ましてや悪の組織なんて存在しない。

     シャイの敵は、常に自己否定してくる「自分」だった。
     「ただの凡人が何をしている」
     「お前のせいで沢山の人が死ぬ」
     「お前のどこがヒーローなんだ?」

     近眼という設定が、まさに彼女にふさわしかった。本来は恐怖の対象であるはずの怪獣は、彼女の関心ごとでなく、彼女は内なる「自分」への恐怖を、常に見続けているのだった。それは、目も悪くなる。


     そしてある日、その近眼がたたり、怪獣に追い詰められてしまう。

     「自分」からの強烈な恐怖と、怪獣に追い詰められる恐怖で、辛うじて耐えていた心が、限界を迎える。

     思考がグチャグチャになり、テルは自暴自棄を選択する。この、自暴自棄を選ぶまでの思考をトレースするまでが、この漫画最大の山場だ。

     恐怖が大きれば大きいほど、敵が強ければ強い程、殴りがいがある。感情移入に比例して、この漫画のラストは、面白さが増すだろう。

     小さな勇気を借りて、自分の心の中にあった恐怖=怪獣を、シャイが全力で殴っていく姿に、恐怖から立ち上がろうとする勇気と、カタルシスを感じるのだった。


    ■シャイからのメッセージ
     シャイの弱点は近眼であること。

     恥ずかしがり屋な部分も確かに弱点に見えるかもしれない。実際、この感想文を書くまでは、私はそう思っていた。

     しかし、オチを考えると、自分の心に目を向けすぎて、応援してくれる人、勇気をくれる人を見ていなかった為に、自分の弱さから立ち上がれなかった点で、近眼が弱点なのだと思う。


     フォトショップ等の開発元であるAdobe社が2016年、世界5カ国で行ったアンケケート調査で、自らを「クリエイティブでない」と考える人が最も多かった国として、日本を上げた。

     Adobe:「State of Create: 2016」の結果を発表
     http://www.adobe.com/jp/news-room/news/201611/20161110-state-of-create.html

     単純なナショナリズムで語れるわけではないが、あるいはシャイの様な自己否定から生まれた結果なのかもしれない。


     かく言う私も、こうして感想文を書いているのですが、文に自信があるから書いているわけではないです。

     この記事が、ぶきみ先生に対し失礼に成らないのかと、戦々恐々としております。

     しかしシャイの様に、自分自身の恐怖を見続けているわけにはいかず、ブロマガ管理画面に表示される閲覧数と、読んだ作品を応援したいという気持ちで、こうして今も記事を書いております。


     シャイは、恥ずかしがり屋な面を克服することはできなかったけれども、応援してくれる人がみえて、やっと本当のヒーローに成れたのでしょう。願わくば、自分もそう有りたいものです。


    ■ところで、雑誌が電子書籍で読めるって便利ですよね?

     Kindle版:https://www.amazon.co.jp/dp/B01N5MH6BJ
     ニコニコ静画:http://seiga.nicovideo.jp/watch/bk390654

    以上
  • [感想] TV版リトルウィッチアカデミア 1話 新たなるはじまり

    2017-01-09 18:37
    こんにちは、ヘルシアです。

     2017年冬アニメも、ぼちぼちと始まりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

     タイトルの通り今期は、TRIGGERのリトルウィッチアカデミアの感想を書いていきたいと思います。公式HPから、BD/DVD発売予定を見ると全25話なので、2クールですね。

     ちなみに、Netflixで観ています。このTV版以外にも過去のWeb版、劇場版も見れて、しかも最初の1ヶ月は無料なので、放送地域の少ない本作ではおすすめの環境です。

     Netflix リトルウィッチアカデミア
     https://www.netflix.com/title/80156387


    1話として良かったのか
     そりゃもう、1話切りを行うのか、Webアニメ、劇場アニメと経て、TVアニメでどのように変わるのかなど、この1話で語られることは、他のアニメの1話以上に重要な話になります。

     大雑把に1話としてですが、登場人物の紹介、世界観の説明、主人公の動機と、アツコの主人公の資格として、出自、仲間、困難、報酬が描かれたので、教科書のようなきれいな話でした。

     登場人物は、主人公アツコと、そばかすメガネのロッテ、毒物マニアのスーシィ、青髪のアーシュラ先生、魔法ショーのシャイニィシャリオ、あとは始業式でチラリとみえた面々と、アツコがレイラインで見た走馬灯のようなものの中に新キャラが居ました。

     世界観は、DSのようなゲームで遊んでいた子供がいたので、現代だと思います。アツコだけ一般人で、他はほとんど魔法が最初から使える子どもたち。そうして、厳格そうな魔法学校が舞台になります。

     主人公の動機は、憧れのシャイニィシャリオになりたい、と分かりやすいです。しかし、成ったとしてどうするのか?というところが、まだまだ語られていません。魔法への憧れが衰退しているような世界で、アツコがどのような夢を描くのかというのが、この先の話題でしょう。

     主人公の資格については、出自、仲間、困難、報酬が描かれると、視聴側はその人物を無意識に主人公だと認めるそうで、桃太郎が、お手本として挙げられます。

     今回でいうと、1)アツコだけ非魔女家系という特別さ、2)冒険を共に乗り越えたルームメイトを手に入れられた、3)伝説のコカトリスから何とか逃れて、4)憧れのシャイニィロッドの入手と魔法学校への入学を終えられた、となります。

     という風に、なんの取り柄もなく、厄介事を引き起こすだけのアツコが、主人公に成るだけの描写を30分内でしっかり描かれており、安定した1話だと思いました。


    アツコ・カガリ (CV:潘めぐみ)
     過去のシリーズと変わらず、元気で実行力の高い女の子でした。弱音を吐くロッテに対し、魔法使いに成る夢を捨てずに、敵のコカトリスへ立ち向かう姿が、アツコらしさだと思います。

     ただ、箒に乗ってレイラインを移動している時に、「やっぱり降ろして~!」などと、意外にネガティブな一面があったところに驚きました。

     もしかしたら、魔法使いになる前の、現実の学校生活を知る前の、魔法使いを夢見る子供という姿を描きたかったのでしょうか。

     過去の作品では、学生になった後の話しか有りませんでした。

     それは、夢だった人を魅了する魔法ではなく、格式張った伝統を引き継ぐ魔法を学んでいる途中のアッコです。

     子供の頃からの夢を抱いて、そして魔法学校の現実を知って、それでもなお夢を追おうとするアッコが、そのネガティブの面とどうやって向き合うのか、そんな面倒くさいところも、2クールの長い間に描かれるのでは、と期待しました。


    ■アーシュラ先生、シャイニィシャリオ(CV:日高のり子)
     ある意味で裏の主人公だと予想している、アーシュラ先生です。シリーズ中、明確にシャイニィシャリオ本人だと名乗られていないので、まだ未確定ですが、おそらく本人だと思われる方。

     シリーズでは、シャイニィロッドが話の中心でしたが、そもそもシャリオって何だ?という話が有るはずです。

     Web版では、シャイニィロッドは迷宮の奥底のゴミ捨て場に、捨てられていました。

     何故そんなところに有ったのか、理由は描かれなかったのですが、単純にはショービジネスとして憧れる姿を捨てたのが、現在のシャリオだったのだと推測します。

     対して、TV版ではアッコの言葉に導かれて、森から生まれます。余談ですが、生まれたシャイニィロッドを手に取るアッコが、まるで聖剣を抜くように描かれていたところも、主人公らしく映りました。

     もし、冒頭のシャリオのセリフ「信じる心が、貴方の魔法よ」がシャイニィシャリオの力だとしたら、杖を失ったシャリオは信じる心を無くしてしまった魔法使いです。そして、魔法使いになる自分を信じる心をアツコは持っていたため、杖が生まれたのです。


     魔法学校の名前「ルーナノヴァ」という名前は、イタリア語で「新月」です。

     その昔、月の無い夜に旅人が方角を決めるには、北極星が使われました。明るく光る北極星ですが、夜空から1つの星を見つけるのは難しく、そのために北斗七星から位置を割り出します。

     シャイニィシャリオもまた北斗七星から登場し、シャイニィロッドにもその形を刻んでいます。

     シャリオという名前は、グランシャリオという北斗七星を指すフランス語が有るようで、そこからネーミングしたのだと思います。

     生徒数が減少して、アッコのような非魔女家系の人間の入学を許可しなければならない、衰退の一途をたどるルーナノヴァ魔法学校です。

     そんな中、アッコがシャリオを目指すということは、先に述べた北斗七星のように、学校の行く末や、アーシュラ先生の未来をアッコが導く、そういった物語を暗示しているのではと、シャリオ関係の名称や杖の登場を見て、思う次第です。

     余談ですが、森の名前「アルクトゥルス」も星の名前で、北斗七星とアルクトゥルス、乙女座のスピカを結んで、春の大曲線というようです。ちょうど、シャイニィアルクが弓であり、アルク(arc)はフランス語で弓、英語で弧を意味します。そういった繋がりが有るため、アルクトゥルスの森で、シャイニィロッドが登場したのではと、メタ的な意味で解釈できます。

     エンディングで、何か思い出すような、そんなアーシュラ先生の顔をみて、このアニメが唯のギャグアニメ、エンターテインメントで終わらないと予感しました。


    以上