• 立ち位置

    2017-11-27 16:20
    自分は自分が見えない
    だから勘違いする
    でも他人は見える
    だから自分の評価が分かる

    自分は自分しか知らないはず

    でもそういう見方はほとんどの人がされない

    そうみられないように迎合する
    努力する
    その努力は大体の人がある程度は成功する

    でも限界はある
    物語はそれを補完する


    子供向けなら、
     自分はこうあるべきなのに
    を具現化する
     実は自分は・・・
    みたいな

    それはほぼ相手の感情(より原始的な)で認証を得る
     黙ってたら心配してくれる人
     怒ったらビビってくれる人
    そのリアリティー
    それが成功するなら 晴らし になる

    でも基本的には”主人公も他人じゃないか”となる
    そうにはならない技術もありそうだ
     記憶のフラッシュバックの描写
     ついしてしまう幼い癖を組み込む
     布団やコタツの中で、例えば閉じ込められて異能で脱出する妄想みたいな
      子供に見せる物語だとすれば、主人公が力を入れるときは重いものを持つときの
      踏ん張る姿ではなくて、直立で、でも顔だけ力が入ってるみたいな
      子供本人の身体感覚と似たものを美化することにする
    そういうものを主人公にさせると
    見えない自分の姿が、主人公という形で目の前に現れるのではないかと思う



    もう少し大人になるなら、他人に対してのべき論か
     主人公(≒他人)に”自分”の癖をさせて共感する
     完全他人は恐らくリアクション(原始的というより、策士策に溺れる系)
     真面目に生きてるものが崩れること(大人になるといい人になりたがったり
        自分がされたら嫌なことは自分がしても自分に当てはめてしまうので
        行為が優しめになってしまうのでできるのはここだけ)
    これをすれば他人の不幸が癒しになる(自分だけじゃないという意味で
      安心のため息のような、「どうせ~~だろ」の成就のような)



    もっと青年になると自分の趣味、職場の些細ないい話、バカ話もいいかもしれない
     もし自分が○○なら、であってもその現実を知った上での妄想
     特定の個人への嫌がらせであっても、球団に指名されても拒否する、程度の妄想
      (もしその状況になったらであって、主人公は”他人”がいい)
    基本的に人のつながり、仕事の重さ、組織の動かなさ、がリアリティーになる
    それ以上に”できる”人間は、ほんとに有能な知識人が全力で描かないと
     幼稚になってしまう

    大人になれば言いたくないことがたくさんできてくる
    子供の”言いたくない”は意固地であり本人にとっての大きなプライドだけだけど
    大人の”言いたくない”は同類での1ミリレベルの分かり切った見栄みたいなもの

    所詮同レベルが集められて同調に染まった人間だからこそ
     どうでもいいと分かっててもしないといられない
    主人公は同類とバカだけで済ませる(よほどのことがない限り
     同類こそ怖いライバルであることが多い、というか上司に楯突くことに
     リアルさを作ることが難しい)
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