『アオイホノオ』に見るMADテープの時代
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『アオイホノオ』に見るMADテープの時代

2014-07-11 11:31
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大変多くのご閲覧、ご紹介、ご意見、どうもありがとうございました。矢野健太郎先生をはじめ、お寄せ頂いたご指摘を元に一部修正しています。(7/30追記)

音MADのルーツをMADテープに求めてから、一年あまりが経ちました。
今回は、全ての元凶たるMADテープを創り出した男達の正体に迫ってみました。
舞台は、時に、1980年。所は、大阪南河内、大阪芸術大学。
そう、来る7月18日よりドラマ放映される、島本和彦先生の名作『アオイホノオ』の舞台そのものです。
(※アオイホノオは、「あくまでもこの物語はフィクションである」という立場で描かれており、ブライガーと帝国の逆襲が同時期に描かれているなど、微妙に時系列やエピソードが現実からずらされています。)

・MADテープを生み出した男

『NEW MAD TAPE』の成立については、流通に関わった舞映(MY DREAM PRODUCT)のサイトを参照することができます。
『MADテープ』という【名前としての起源は、1978年ごろ】
大作家芸大(笑)グループCAS(カス)の創設メンバーの中のネトホヘル矢野氏と元祖家元のMAD島川氏がアニソン・特ソンを歌ったり、ギターでメドレー弾きしていた時、どうも他の歌と混ざってしまうものが有り、実際にソレを音源でつないでみよう、という試みから始まったという。
それがいつのまにやらギャグ的なつなぎとなり、パロディの要素を帯びてきた。

この創設時のグループCASが、『アオイホノオ』の同時代として描かれているのです。
グループCASは、1976年創設。主人公焔 燃(のモデルである島本和彦先生ご本人)が18歳で大作家芸大(アオイホノオの文字りと同じ表記が舞映の解説にも!)に入学になる1980年は最初のメンバーの時代です。
さて、アオイホノオ作中では、CAS創立者の矢野健太郎先生が焔 燃の強力なライバルとして立ちはだかるのですが・・・。


アオイホノオに登場する矢野健太郎先生(1巻p.124、p128)

じゃあ、MADテープの起源を作った「CAS創設メンバー、ネトホヘル矢野」って・・・!?

と言うわけで調べてみると、間違いなく矢野健太郎先生本人でした!!

MAD-TAPE  別名「奇知害低符」 元祖である「MAD島川」と共にこれを創始した大幹部「ネトホヘル矢野」とは私のことだ

と、しっかりご本人のサイトに書かれていました!

MADテープの製作者の一人がプロ漫画家になっていて、若き日の島本和彦先生が嫉妬するほどの才能の持ち主だったとは・・・
恐るべし!!

(5巻p.17)

とはいうものの、この時の制作メンバーには、未だ正体が謎につつまれている「元祖MAD」たるMAD島川氏もいたことを、我々は忘れてはなりません。
MADの家元であるMAD島川先生のお言葉も、きちんと押さえておくべきでしょう。


・MADテープはいつ生まれたのか

じゃあ、今、広く知られているNEW MAD TAPEを作ったのが矢野健太郎先生か、ということになるのですが、ここで、MADテープの成立時期を考えないといけません。

・NEW MAD TAPEには、Part1から宇宙刑事ギャバンの音源が使われており、少なくとも現在の形になったのは1982年以降。(ニコニコ大百科より)
・矢野健太郎先生は1957年生まれ、1980年の時点で、「4回生にして1年生(!?)」。(Wikipediaによれば、「4年次に退学」)
・「名前としての起源は1978年頃」の記述とも合わない。

そこで、舞映のサイトの記述を細かく見ると、

元々はO阪芸大に伝わるパロディカセットテープ(現在でいう音MAD)のタイトルで、舞映(MY DREAM PRODUCT)によって様々な交流の場所に持ち込まれたために広まっていった物である。

その頃、大阪のまったく別の場所でクレイジィ今井は(中略)
同じヤマト好きの友人たちとパロディセリフ遊びをするうちに、実際それを編集してみようと思い立った。そうして『MADヤ○ト』なるものを、やはり1975~76年頃に漫研や集会(今でいうオフ会)で楽しんでいた。(中略)
今井がO阪芸大に入ったことによりふたつのMADの運命が結びつく。(中略)
今井は音楽MADを先輩の作品から受け継ぎ、『NEW MAD SERIES』として発表していく。

と、あるので、(シリーズタイトルに『TAPE』の単語が無いのは表記漏れか?)
・今有名な『NEW MAD TAPE』シリーズを編集し、シリーズにまとめたのは、クレイジィ今井氏(1982年頃?)。シリーズ中の『MAD○マト』のパートは氏の制作による(?)。
矢野健太郎先生とMAD島川氏は、その原型の『きちがいテープ』または『奇知害低符』を製作。(1978年頃)これが、今井氏が「先輩から受け継いだ音楽MAD」。
・・・と解釈できますね。
もともとサークルに伝えられて来たものということなので、恐らく継ぎ足し継ぎ足しで随時更新されていたと予想できます。今、流通してるのは、まとめアルバム的な存在なのかもしれません。『NEW MAD TAPE』シリーズの中にも、矢野先生の作った部分がたくさんあるはずです。
矢野健太郎先生ご本人が当時の制作秘話を語ってくださいました!
……きちがいテープの音声をそのまま収録した部分のほかに、後から別の音源を使ってリメイクした部分もたくさんあったのですね。注ぎ込まれた労力を考えると圧倒されます。

MADテープ界隈と『アオイホノオ』世界に描かれる群像の動きをまとめるとこうなります。(※7/30 訂正しました)
CASとNEW MAD TAPE関連アオイホノオの登場人物たちMADとその周辺の動き
1976クレイジィ今井『MADヤマト』製作開始。
矢野健太郎、大芸大入学、CAS創立(※1)
武田 康廣、近畿大学入学
1977
1978ネトホヘル矢野とMAD島川、初代MADテープ(奇知害低符)を制作岡田斗司夫、大阪電気通信大学入学
1979バオバブシンガーズ『めざせモクスワ』
1980島本和彦、庵野秀明、山賀博之、赤井孝美、大芸大入学タモリANNで『NHKつぎはぎニュース』放送
1981矢野健太郎、商業デビューDAICON 3。DAICON FILM結成。
1982『NEW MAD TAPE』完成(?)(※2)島本和彦、商業デビュー
『愛國戰隊大日本』発表
『テレビまんが20年のたくらみ』制作  最古のAMVが登場
1983DAICON 4
1984GAINAX設立
(※1) 矢野先生ご本人のツィッターでのCAS創立年の発言より。
(※2) 宇宙刑事ギャバン放映年。


彼らが、日本のマンガ、アニメ業界が大きく変動し始める、まさにその同じ時と場所を共有していたことがよく分かります。


・パロディとオリジナルの狭間で

 「パロディ」と「オリジナル」、そして「SFネタ」のテーマは、当時のアニメ、マンガ界で物を作ろうとする若者達には、避けて通れないものだったようです。(ただし、元ネタは記憶に焼き付けた上で、全て自分の画力で描くのです。)『アオイホノオ』にも、主人公をはじめ、マンガアニメの新時代を切り開こうとする若者達が、パロディとオリジナルの狭間で、新しいものを生み出そうと模索する様がありありと描かれています。


(10巻p.160)


(7巻p.166)


(7巻p.80-81)

(7巻p.107)
 ・・・なんと、心にびんびん響いてくる言葉達でしょうか!


 『
アオイホノオ』のもう一つの主人公とも言えるのが若き日の庵野秀明監督をはじめとしたDAICON FILM(後のGAINAXのメンバーたちと、彼らの動画作品群です。日本のアニメ史を語る上で欠かせない本当の伝説と言える作品です。
 それは、アマチュア特撮や自主制作アニメーションを代表する映像で、今のMAD界隈と比べることなど土台から考えられない、完全な手作りのそれも最高水準の物なのですが、商業作品の「キャラクター(もちろん完全手描きですが)」や「音声」を上手く抜き出して自分達の作品の中に生かしているのがポイントです。その新しい手法で、最先端の映像表現を模索する学生達に衝撃を与えた様子が、まさに『アオイホノオ』には鮮明に描き出されています。

 まず、最初に登場するのが、『庵野ウルトラ』です。

 






(1巻p.115-117)


 現在、ニコニコでは、後にSF大会で公開された、ミニチュアやCGを駆使した圧倒的な迫力の映像の完成版を見ることが出来ますが、その最初の姿(アオイホノオドラマ版でも再現映像が放映されました!)は、顔出し、ジャージにジーンズのチープな衣装での撮影を、TV放送の録音をそのまま使うことで重々しい迫力を持った動画に仕上げてみせたものだった、というのだから驚きです。後に、その凄さから円谷の公認を得たこの動画ですが、当時は完全なアマチュア作品。自分を素材にして自ら主演を張り、かつ商業作品の音声を堂々と使う、当時のアマチュアでできることの限界ギリギリのラインで達成してのけたと言えるでしょう。
 今でこそ、異なる映像に異なる作品の効果音を載せる『効果音MAD』は当たり前ですが、最初にその発想の源を見出したのは庵野監督だったのかもしれません!


 そして、パロディ、二次創作の決定版とも言うべき存在が、DAICONⅢ、Ⅳ(※Ⅳは『アオイホノオ』未登場)のオープニングアニメーションです。この制作時から30年以上が過ぎていますが、後にも先にも、規模、技術、センスの全てにおいて、これを超える非公式作品はありえないと言っていいでしょう。
 そのものすごさは、改めてここでどうこう言っても無意味です。未見の方は、ぜひ、実際の動画で確めてみて頂きたいと思います。当時の業界全体に与えた衝撃の大きさも、『アオイホノオ』で何話にもわたって描きこまれていますので、興味の湧いた方はコミックスで確認されることをオススメします。



 当時のSF、アニメ、映画のキャラクターが一同に会しているというそれだけでも、前代未聞のレベルの動画だった訳ですが、それにしても、なんという一体感と躍動感にあふれたアニメーションでしょうか。

 こうしてみると、今、ニコニコでMADやオールスターで盛り上がっているのは、『誰かが使ってしまった』もう使えないはずのパロディーネタを真似に真似を積み重ねて出来上がってしまったものなのかなあとも思えるのです。今の二次創作では、気軽に、むしろ積極的に真似をすることで流行が成り立っているような面がありますが、DAICON FILMの時代の偉大なクリエイター達が、パロディーから新しいオリジナルの表現を生み出そうとしたその熱意と努力は、二次創作に関わる全ての人が知っておくべきものだと私は思います。
 過去の作品に緻密な分析を重ね、それまでに無いオリジナリティーを産もうとする創意が『アオイホノオ』には盛りだくさんに描きこまれています。今回のドラマ化を機に、『アオイホノオ』を通じて、当時のクリエイターの心が、少しでも今の二次創作界に伝わることを願っています。


※このブロマガで使用したカットは、『アオイホノオ』(少年サンデーコミックススペシャル 1~12巻)の一部を引用させていただきました。

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なつかしいですね。←何者だよ
28ヶ月前
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>>1 
そんな年齢の方だったなんて思いませんでした・・・・!
28ヶ月前
×
引用だったら何巻の何ページ目か書きましょう
28ヶ月前
×
>>3
 ご指摘ありがとうございます。追記しました。
28ヶ月前
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