• 短所から、才能を見つける。

    2017-02-17 18:00
    私は、実にめんどくさがり屋な性格です。


    何をやるにしても、腰が重い。
    初動が、遅い。
    たまに言われます。
    「君は、めんどくさいのが先に来るからね。」


    これまた私は、昔からこの言葉を真に受けていました。
    もう、短所も短所。地獄の欠点。
    そう思って生きておりました。


    今はちと、違います。


    これは、私の才能なのです。


    私は、工夫上手なのです。


    如何でしょうか。実に都合のいい解釈でしょう(笑)。






    欧米は、褒めて個性を伸ばす文化です。
    「君は、運動が得意なんだね。」


    みんなと違うのは、個性です。



    日本は、短所を指摘する文化です。
    「運動はできるから、勉強しなさい。」


    「運動はできるから、勉強しなさい。」と言われたら、
    『ぼくは勉強できない子なんだ。』と思ってしまうでしょう。


    自信を失って、劣等感が生まれます。


    みんなと違うから、短所のです。


    それは、ずっと先代から続く負の連鎖であり、
    周りの大人の常識で、そう思ったのです。


    ……


    「勉強できなきゃダメ。」と直接言っているわけではないから、
    ダメ出ししているのではない?
    いやいや、ダメだって言っているのと同じですよ。
    わざわざ短所だって、言わなくていいのになぁ。


    日本はこのような文化でありますから、それを変えようとはしなくていい。


    真に受けないだけで、いいと思います。
    顔はあたかも受け入れているような顔をしておいて(o^―^o)ニコ
    受け入れつつ、流す。


    勉強ができないということは、身体を動かしている方が性に合っているということでしょう。
    身体を動かす才能のほうが、高いのです。
    勉強ができなくても進級できるということは、世渡り上手ということでしょう。
    人との付き合いに、才能があるのです。


    ………


    で、個性個性というと、またなじられたりするんよなぁ。
    もう、めんどくさいなぁ(泣)。


    日本の文化に歯向かうことはありません。
    無駄に血を流す必要はありません。
    ですのでね、「個性」とか「才能」とかいう言葉は、いざというときの切り札です。
    切り札は、最後まで取っておく。
    無理に言わなくていいです。こういうときは黙っておけばいいんですよ。
    今言ってるけどね。


    減点させやすいような答えを、わざと用意しておくわけです。
    そうすると、「こいつはわかってる。」「かわいいやつ。」とか思われます(笑)。
    妙に評価されます。
    そのくらいのズルさは、アリですよ。
    …私は今でもちょっと、苦手なのですが(汗)。


    本音は、ココロの中でこっそり持っておく。
    言われた言葉は、勝手に書き換えちゃう。


    私は、「めんどくさがり屋」と言われたときは、
    『工夫上手なのです、てへっ。』とココロの中で思うようにしています。
    『お褒めの言葉をありがとうございます。』と、皮肉たっぷりにココロの中で喜びます。
    …腹黒い!



    ………


    ちと話が変わりますが。


    ITプログラミングは、ものぐさの技術と言われています。


    同じような処理を何万回も手作業で繰り返すのは、めんどうだ。
    数値の入力だけすれば、あとは機械でやってくんねーかな。


    この願望を実現したのが、プログラミング技術です。
    良く言えば、効率化している。


    私は、工夫上手です。
    じゃないと、週に1本動画を作るなんてできませんよ(最近は2週で1本だけれど)。
    できるだけ時間がかからないように、最初にきっちりかっちりフォーマットを決めました。
    じゃないと、量産できないですからね。
    …面白さはともかくとして(笑)。


    ……
    ………


    どうして日本は、欠点を指摘する文化なのか。


    日本って、島国なんすよ。
    自然資源がほぼない国なんですよ。
    自活するのは、はてしなく難しい。


    ゆえに、先進国を維持するためには、他国に依存せざるを得ない。
    劣等感が生まれるのも、頷けます。
    某国の大統領が脅威に感じるのも、頷けます。


    つらいですなぁ。


    …ただ。
    日本の文化とは、言っていられなくなるかもしれませんね。
    アメリカで、経営気質の人が大統領になりました。
    イギリスは、EUから離脱することになりました。
    …国民の意思は「どうせ残留」だったそうですが。
    世界情勢は、個人主義が強まりつつあります。


    そうなったとき、日本は、どうしましょうか。
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  • 「人」に「言」うと書いて「信じる」と読むのですなぁ

    2017-02-10 21:45
    「人」に「言」うと書いて「信じる」と読むのですなぁ。


    たしかにそうですね。
    信じている人には、言いたいことも、言わないほうがいいことも、言えますからね。


    ごもっともやなぁ。





    『その態度はどうかと思うなぁ。』とか、なかなか言えないもんです。


    注意をするって、けっこう勇気のいることです。


    夫婦喧嘩している(うちのことじゃないのですが(笑))人を見ると、
    傍から見れば文句を言っているだけのように見えますが、
    もしかしたら、それは愛情のある文句かもしれません。
    文句を言っている人の保身のため、だけかもしれません。
    お互い信じているから喧嘩できる、ということもあるでしょう。


    きっと、全部あるのでしょう。


    そう考えると、注意をされるというのは、あながち悪い事だけでなく、
    ありがたいこともあるわけでして。


    『叱られたけれど、ありがたいこっちゃなぁ。』
    『ガミガミうっせぇなぁ。』とかね(笑)。


    ……


    とある集団があり、その集団は、お互いのことを指摘し合わない関係、だとします。


    それは、このようなココロが働いていることがあります。


    「いつまでもこの集団に居続けようとは思っていない」


    気になることを言い合うというのは、
    自分が気になることをわかってほしいという気持ちです。
    なんか、気になる。正直言って、不快である。
    私はこの集まりを大事にしたい。私はこの集団に居続けたい。


    だから、自分の気持ちを思い切って言ってみる。
    『気に食わないんじゃい!』とかね。


    それは、わがままと取られるかもしれません。
    しかし、何も言わずに我慢し続けるだけの居場所だとしたら。


    居たくなくなってきます。


    つまり、その集団を信じてはいない。


    ………


    キレイな言葉ばかりを並べる人がいます。


    その人は、失うことが怖いのです。


    キレイな言葉をしきりに言う。
    「好きだ」とか「ズッ友」とか「社会常識」とかね。
    汚い(と思われる)言葉は使わない。
    本音を吐いたら、離れていくから。


    もう、失いたくない。
    誰かそばにいてほしい。
    もしかしたら、過去に誰かを失った経験があるのかもしれません。


    そう考えると。


    なにかしらあった違和感は、紐解かれていきます。


    相手を救うことまではしなくていいと思います。
    それは、あなたのすることではありません。
    あなたが背負う必要はありません。


    サポートはできます。それで十分です。


    あとは、相手次第です。





    自分を信じるためには、「言う」ことが必要だと、私は思っています。


    えいやっ、と言ってみる。
    相手がどう思うかは、相手次第です。


    好かれたら嬉しいし、特に反応が無かったらまぁいいし、
    嫌われたっていいじゃないですか。


    またひとつ、自分を信じられる経験を積んだ。
    私は、それが大切だと考えます。
  • 愛想笑いで自分を騙さないで

    2017-02-03 18:00
    愛想笑いというのは、人間社会を生きる上で有効ですが、
    これは、自分のココロを騙していることにも繋がっています。


    あ、ほんとにココロからニコニコしている人もいますよ。


    いつもニコニコ笑っている人のココロとは、如何なるものでしょうか。


    あ、そうそう。
    今回のおはなしは、私のことです。





    愛想笑いをすることで、自分を見てほしいのです。


    笑わないと、私を見てくれない。
    笑うことで、私を受け入れてほしい。
    笑うのは、嫌われたくないからです。
    笑うのは、傷つきたくないからです。


    愛想笑いをすることで、愛情を求めているのです。


    ……


    愛想笑いをしておけば、無難でしょう。
    軋轢も生まれにくいですしね。
    「とにかく明るいらいぞう」ですよ。いやほんと、それですよ。
    安村さんにちょっと会ってみたくなりました。


    愛想笑いが無難と考えているということは。
    …あまり考えたくないですが。


    相手の気持ちを考えていないということです。
    自分の気持ちを考えていないということです。


    『愛想笑いをしておけば、人間関係は無難だろ。』


    そう安易に考えているということです。


    ………


    いつも気を遣っているということです。
    そんなことをするくらいなら。
    ひとりで、いい。


    そのような帰結になるのも、頷けます。


    やはりというか、どう思い出しても、私は親から愛情を受け取り損なった。
    足りない。愛されたいから頑張りすぎるわけです。
    で、身体を壊す。


    負のスパイラル、ここに現臨す。


    自分の気持ちを考えないと、自分を騙し続けると、このようなスパイラルに陥ります。



    ………


    私は、気を遣わざるを得ない環境で育ちました。
    その癖が、今でも残っているというわけです。


    私の父は、このような志向があります。
    「お上の気分を害してはならない。」


    本人に直接聞いて、本人が言った言葉なので、そう思っているのは間違いないです。


    組織に属していればたしかにそれは頷けます。
    父はそれを、私にも要求したのです。


    本人はそれを否定するのですよ。
    「そんなことを思っているくらいなら、やめろ。」ってね。


    で、やめるじゃないですか。
    思ったことを言ってみるじゃないですか。
    すると、クドクド説教モードになるのです。


    長い、話が長い!30分くらいしゃべりっぱなしです。
    私に「やめろ。」と言いつつ、ほんとはいい気分にさせてほしいのです。


    最初は全部吐き出させればいいなと思っていたのですが。
    父の葛藤は、予想以上に複雑です。


    ここで私はカン違いします。
    父の気分を害したのは、私のせいであると。


    これはまったくもってカン違いです。
    父が気分を害したのは、父の問題なのです。


    ……
    ………


    気分を害されたのは、他人のせい。


    俺の気持ちをわかってくれないから。
    わかろうとしないから。



    私は、これを真に受けたのです。
    だから、「愛想笑い」というスキルが、プロ級に磨かれたのです。
    だって、子供の頃からやってたんだもん。年季入っていますよ。


    常にいい気分を心がけている人は、何が起ころうともポジティブに考えます。
    他人の行動で気分を害されることはありません。
    「私は、こうすれば気分がいいんだ。」というスキルを、身に付けている人です。


    しかし、気分いいぜスキルを、持っていない人がいます。
    その人は、他人の行動如何で、気分が変わります。
    「えっ?」と思うことで気分が変わります。
    自分で気分をコントロールしようとしない、もしくはできない人です。
    他人に気分をコントロールしてほしい人です。


    これは、その人の課題なのです。
    私の課題ではないのです。


    親の課題を背負ってはなりません。
    あえて、「なりません」という言い回しをしておきます。
    他人は変えられません。たとえ血の繋がった家族でも、です。
    それは、相手のためにも、自分のためにもなりません。


    親のために、自分を責めるなど、ナンセンスです。
    それは、自分を大切にしていないことと同義です。


    私のような不器用な人は、全部謝罪しようとします。
    それは、あまりに負担が大きいです。依存心の大きさでもあります。
    「気分を害した」ことだけ謝罪することです。


    あとは、相手の問題です。


    ………
    ………


    今振り返ってみると。


    私とぶつかる人は、気分屋でした。


    総じて、そう言う人でした。
    そして参ったことに。


    総じて、役職の高い人でした。取締役クラスです。


    私は、相手と自分をわかっていなかったのですね。


    それは、私も誰かに愛されたいという気持ちがあったからなのです。
    私の依存心が、その人を引き寄せたのです。


    しっくりくるなぁ。


    愛想笑いをすることで、どうなるのか。
    それを熟知している人は、自分や他人の性質を知った上で、愛想笑いをしています。
    よくわかっている人です。私の愛想笑いとは、別物です。


    そこのところは、お間違えなく。


    今私にできることは、『もっと自分を愛する』ことです。


    自分を深く知る。
    素の自分を受け入れる。ネガティブな自分も受け入れるということです。
    成功体験を繰り返す。
    自分の身体を労わる。
    小さな目標を立て続ける。なんでもいいです。ブログを1本書くとかね。


    インナーチャイルドに考えさせるのではなく、私が考える。
    これで、自分を騙すことはなくなります。


    私は、そうしたいと思います。