• 愛されていいんでしょうか?

    2017-05-26 18:00
    メモに書いてあることを、ここで書きます。


    「私は、愛されていないんでしょうか?」と問うと、「愛されていない」と返される。
    「私は、愛されていいんでしょうか?」と問うと、「愛されていいよ」と返される。


    だそうです。
    自分で気付いたのか、どこかで拾ってきた言葉なのか、いつ書き留めたのかわかりませんが。
    そういうことだそうです(笑)。





    想像してみると。


    「愛されていないのでしょうか?」と聞かれると、
    『どうしてそう思うのですか?』と、答えそうですね。


    質問した側は『そんなことないよー。』と、答えてほしそうですね。


    ……


    大切なのは、
    「愛されていないのでしょうか?」も「愛されていいんでしょうか?」も、
    質問の動機は同じだということです。


    「愛されたい」のです。


    じゃあさ、
    「私は、愛されていいんでしょうか?」って言った方が自己肯定感があるやん。
    マイナスのセルフイメージから、プラスに転じるために、
    あえてそう言っちゃう。


    ………


    …ちらっとナルシシストという言葉が浮かびました。


    自己愛は必要です。
    ただ、自分の考えだけを愛しているのが、ナルシシスト傾向が強すぎる人です。
    他者に指摘されると、ひどく反論します。
    「絶対に受け入れない」姿勢をしょっちゅう見せます。ひー。


    ナルシシズムは、幼い愛情と言われます。
    客観性が欠如しているのです。


    ナルシシズムはあっていいんです。
    人はちょっとナルシシストなところがあるもんです。


    ありすぎると困ります。
    ちょっとくらいでいいんです。



    ………


    なんだか余裕のない人に、「私は、愛されていいんでしょうか?」と質問すると、
    『愛されるための努力は必要だね。』とか言われそうですね。


    「愛されるためには、努力が必要」と言うのならば、
    「努力しなければ、愛されない」ということになりますね。


    努力しなければ、愛されない。


    出ました、否定命令。


    これがね、「私は、ここにいなければよかった」というメッセージになり得るわけです。
    ココロに破壊的なメッセージが刻み込まれるのです。


    愛されるための努力という言葉は、今の私ならきっと「中立」に受け流すな(笑)。
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  • 負い目と口喧嘩のおはなし

    2017-05-19 18:002
    ドアを開けても、誰もいない。
    寂しくっても、いてほしい人はいつもいない。
    頼りたくても、誰も聞いてくれない。


    子どもの頃、ずっとそのような環境にいた人の気持ちは、私もよくわかります。


    私も同じでしたからね。


    家庭の空虚な部分を、一身に引き受けたのが、そのような人たちです。
    あなたが一身に引き受けることで、家庭の関係性が成立していたのです。


    その空虚な部分は、あなたの家族にいた人たちでは、埋めることはできなかったのです。


    よく我慢したもんですよ(`・∀・´)エッヘン!!


    これから先、ココロの空虚は、自分だけが埋めることができるのです。
    その戦いを、いまでも、続けているのです。


    私は知っていますよ。





    こういった話は、同じ境遇にいた人でないと、なかなか分かち合えないものですよ(笑)。
    そういうもんです。


    私もわかってもらうために、家族にこういった話をしたことがありました。
    言い合いになりました。思いっきりケンカしました。
    しかし、理解は得られなかったです。
    私の家族にあったのは、ただただ。


    負い目、です。


    私に対する、負い目。
    私に対し、罪悪感を感じているということです。
    (私が言うまで気づかなかったらしい。
    そんなことだろうと思って、だから話さなかったのだけれど(笑))


    ガチでケンカしてわかったのです。
    わかってすっきりしたって思ったもんです。


    ここで悲観することはありません。
    罪悪感を感じているのは、お互いさまっこだからです。


    お互いさまっこです。


    あー、何も感じない相手が、たまに現れますね。
    うん、それはね。
    あなたのこれからの人生において、真に受ける必要のない相手なのです。
    その相手がたとえ、血の繋がった人であったとしても。


    私は、そう思います。


    ……


    家族に負い目を感じさせたくないと思うのなら、我々にできることはひとつです。


    好きなことをやる。
    好きなことを言う。
    好きなように生きる。


    ガチンコで相手と勝負する、ってなもんです。
    『あ?ナメてんなよ?オレはこう思うんだよ。』


    このくらいの気概は、持っていいのです。
    わざわざこの言葉通りに言わなくていいです(笑)。
    気概を持つ、ということです。


    持っていいのです。
    相手がどう言おうと、それは自分の大切な感情です。
    持っていていいのです。


    ………


    ケンカをするなら、どうやってケンカするのか。


    何を言えばいいのか、わからなくなってしまう。
    いざとなると、言葉が詰まる。


    普段から、言葉を紡ぎ出してください。
    文字に起こしたり、独り言でも結構。


    日常から得られるさまざまな人との会話、その中から言葉を選び採ってください。
    それを自分のものにしていく。
    ざっくり言うと、「パクる」のです。
    パクっていいんです。で、自分で使ってみる。


    もし使えると思うのなら、私のブログに綴っている言葉もパクッてください。
    どんどんパクッてください。
    もし「使えた」と思ったらぜひお便りください。私は歓喜に満ち溢れます(笑)。


    どうか、愛のある、ケンカを。



    ………


    口喧嘩をするコツをひとつ。


    相手を変えようとはしないことです。


    他人は変えられません。それはどうやっても無理なのです。
    自分を成長させるために、ケンカするのです。
    経験値を高めるのです。自分のために。


    それがもっとも大切だと、私は考えます。
  • イライラするのは、うらやましいのです。

    2017-05-05 18:002
    とある人の態度や言動を見て、イライラする。


    それは、その人が「うらやましい」から、イラつくのです。


    そういうこともあるのです。


    どういうことかと申しますと。





    「あいつより出世して、態度のワルいあいつを見返してやる!」


    よくある感情です。


    あいつ(Aとします)を見ていると、なんかイライラする。
    何をされたわけでもないが、相手も意図してやったようでもないのだが。
    対応がなんかムカつく。
    あいつの態度がワルいからなんだ。一発かましたろか。


    Aのことが、なんだか気になるわけです。
    相手Aは、自分(Bとします)のことをおそらくなんとも思っていないでしょう。
    Bだけが、なんだか気になっているのです。


    『あいつよりも偉くなって、あいつに同じような態度を取ってやるんだ!』


    もう少し突っ込んで言うと。
    偉くなれば、Aのような態度を取ってもいいと。
    そう思っているわけです。


    Bはおそらく、いつも丁寧な態度を心がけているのではないでしょうか。
    それに、疲れてしまっているのかもしれません。
    本当は、Aのような態度を取りたいのかもしれません。


    感情を自然に露わにするAのことがね、ちょっとうらやましいのです。


    ……


    イライラすんなって言っているのではないです。
    次の日になってもその次の日になっても、ずっと気になっている。
    『どうして気になっているのだろう?』と考えた時、
    自分はそれをいつも我慢しているから、実はうらやましく思っている。


    そういうことが、たびたびありましてね。


    これを客観的に見ると。


    1、自分は出世したい
    2、いつも丁寧な態度を心がけている
    3、でも本当は、もっと自然にワルい感情を出したい


    だもんで。
    Aがすんなり上記3つをやっているのを見て、
    『ちくしょう!』と自分にイライラしているのです。


    このようなことを自分は思っているんだという事に、ふと気が付く。
    ということが大切です。


    ………


    「相手は、自分の鏡」とは、よく言ったもんです。
    イライラする相手というのは、見方を変えると。
    今まで気づけなかった自分の感情に気付かせてくれた、そのきっかけをくれた人です。


    無理にその人と仲良くならなくていいんです。
    『あ、ムカつく相手ではあるけれど、こいつのおかげで気付けたこともあるしなぁ。』


    「こいつ」とか思っておいたりね。なんだよ、感謝しているのかどっちなんだよ(笑)。


    でも、そのくらいに思っておいていいんじゃないかと、私は思います。



    ………


    1の「出世したい」という感情は、自分ひとりではどうにもできません。
    2と3なら、自分で何とかできそうです。


    2の丁寧な態度を心がけている、は、そりゃ丁寧であるほどいいでしょう。
    でも、自分はそれに疲れてしまっているわけです。
    じゃ、丁寧、やめてみましょうか。


    そっけない態度、取ってみましょう。
    一度だけ、一度だけでいいから、丁寧をやめてみる。
    勇気がいります。
    一度だけ、やってみる。


    やってみて、気づくことがあるかもしれません。


    私は、態度が丁寧なんです。
    私はそれに、疲れていた。
    いまでも丁寧な態度は抜けません。


    でね、一度そっけない態度をやってみたことがあるんです。
    何が起こったかというと。


    戸惑ったのは周りで、私は何も困らなかった(笑)。


    「らいぞうがいつもと違う。何かあったんじゃあるまいか?」


    そう心配してくれたのです。
    そして、戸惑って困ったのは、周りだったわけです。
    私は、気を遣わなくていいから楽で、何も困らなかったと、そういうわけです(笑)。


    自己は「丁寧な私」です。
    自我は「ズボラな私」です。


    ギャップがあるから、疲れたわけです。


    ということで、最近の私は、ズボラを心がけています。
    丁寧になりすぎて、疲れないように。
    そのような素の私とでも付き合ってくれる人とだけ、付き合っています。


    ……
    ………


    イライラするというのは、感情が揺れ動いている証拠です。
    何かのサインです。自分は何かを感じたのです。
    『なんだかわからないけれど、なんだろう?自分は何をイライラしているのだろう?』


    うらやましいと、もしそう思っているとしたら?