「韓国人と亀甲船」「お笑い朝日・毎日新聞」
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「韓国人と亀甲船」「お笑い朝日・毎日新聞」

2018-01-06 23:15
  • 12
  • 3

本日は動画を2本投稿します。
一つは「韓国人と亀甲船」もう一つは「お笑い朝日・毎日新聞」となります。


元となった記事
【笑韓】韓国人と亀甲船
「メンズウェアのおしゃれから右翼へ」2006年朝日新聞のトンデモ記事
2004年、毎日新聞フシアナトラップ逆切れ事件








youtube版
https://youtu.be/Zwx0X3t6QEw
https://youtu.be/G6-Tw5479aM



以下は動画のテキスト版、まずは「韓国人と亀甲船」から。


大口
みなさま


レイム マリサ 大口
あけましておめでとうございます


大口
本年もよろしくおねがいします


レイム
ねえ、なんで今回ってタイトルに【】とかがないの?


大口
新年早々重いネタや国際問題とかやりたい?


マリサ
まあ、できればごめんこうむるぜ。


大口
でしょ?
だから軽めにいわゆる「笑韓」ネタでもやろうかと考えたんだ。

まあ、このネタは色々と賛否あるだろうけど、なぜやるのかは最後のオマケで説明するけどね。


レイム
あ、そうそう。
今回も懲りずに二部構成なのよね。


マリサ
そうだぜ、次の動画は朝日と毎日のお笑い記事の
動画だぜ。


大口
そんなわけで本編をどうぞ。


これは韓国人達が
   過ぎ去った歴史という現実に
        果敢に立ち向かった物語り  


こうだったらいいな


マリサ
なあ、まずそもそも亀甲船ってなんだ?


レイム
中世の朝鮮に「存在したとされる」軍船の事ね。


マリサ
なんか含みのある言い方だな、存在しなかった可能性もあるのか?


レイム
そうね、どういう事かというとね、一応朝鮮の記録では豊臣秀吉のいわゆる「唐入り」つまり文禄・慶長の役の頃に存在したとされているのだけど、なぜか戦った日本側の記録どころか援軍としてやってきた明にすら記録が無いのよ。


マリサ
それって、単に一応船種としては存在したけど、特に他の船と違いがないから日本も明も注目しなかったってだけじゃないのか?


レイム
それが違うのよ。
「現在の」韓国の義務教育で教えられている歴史だと、1597年9月16日の鳴梁海戦(めいりょうかいせん)において、朝鮮の将軍である李舜臣が秀吉軍330隻の艦隊を12隻で迎え撃ち、秀吉軍に31隻沈没、92隻が大破、日本軍8000人が戦死という損害を与えて大勝利を収めたことになっているの。


マリサ
大戦果じゃないか。
そこにこの亀甲船が関わっているのか?


レイム
そうなのよ。
それまでの朝鮮の主力船である板屋船に混じる形で参戦し、韓国の通信社である聨合ニュース系の放送局、YTNの報道によると、


조선 수군의 핵심 무기, 거북선의 위력 / YTN 사이언스
https://www.youtube.com/watch?v=oD71GEME7Gc


レイム
同時掲載のブロマガ記事にYTNの動画のリンクを貼っておくから、興味のある方は見てみてね。



レイム
元々当時の日本軍は弓矢を撃った後で敵船に近付き横付けし、乗り込んで戦うという戦法であったが、両脇に多数の砲門があり鉄の装甲を持つ亀甲船が、近付いて包囲してくる日本船を砲撃で破壊したと報じているわね。


マリサ
つまり、時代遅れな戦い方をする秀吉軍に、李舜臣率いる朝鮮軍が大砲を使った装甲船で対抗して大戦果をあげたってことか?
なら尚更、かなり衝撃的な出来事のはずだから、日本の記録にも明の記録にも無いのは不自然じゃないか?


現実


レイム
まずね、そもそも戦国時代後期には日本は西洋との取引を開始していたから、いわゆる艦載砲を持っていたのよ。
1574年の長島一向一揆討伐では織田軍が艦砲射撃を行っているし、秀吉も有名な1590年の小田原攻めで艦砲射撃をしているわね。


レイム
その中でも西洋の艦載砲を改良して作り上げたいわゆる「大筒」という大砲は、固定して使う大型のものから1人で携行できる小型のものまであったから、YTNの報道みたいな事をやってたら十字砲火でボッコボコにされるわよ。


マリサ
おいちょっとまて、じゃあ韓国側が主張する戦い方そのものが成り立っていないじゃないか。


レイム
そうね。
そもそも現実の鳴梁海戦って、秀吉軍が偵察のために鳴梁海峡に先行させた数十隻の小・中型船を、李舜臣が海流を利用して撃退し、その後秀吉軍の本隊が来る前に戦略拠点である鳴梁を放棄して逃走したって戦いなのよ。
つまり、李舜臣が戦術的勝利のために戦略拠点の鳴梁を失った戦いってことね。


マリサ
でもさ、日本側にそういう記録があったからって朝鮮側の記録が正しい可能性だってあるだろ?
300隻以上の大艦隊を12隻に撃退されたなんて恥ずかしいだろうし、秀吉軍が隠した可能性だってあるよな。


レイム
それがね、そもそも当時の日本の記録どころか、朝鮮の記録にも明の記録にも鳴梁海戦の翌日に秀吉軍主力が上陸したって記録があるのよ。
要するに、李舜臣が秀吉の大艦隊を撃退したって記録自体が「存在しない」わけ。


マリサ
え?
じゃあ鳴梁海戦大勝利功労者の亀甲船って何なんだ?


レイム
そもそもね、朝鮮の史書である『李舜臣行録』によると、亀甲船は大きさが板屋船と同じくらいで、屋根に鉄製のトゲトゲがいっぱいついていて、正面に一つ、両側にそれぞれ六つの銃口があったとしか書かれていないのよ。
つまり鉄で装甲されていたって記録自体が無いの。


マリサ
トゲトゲはなんのためなんだ?


レイム
なんか、かや草のむしろを上に敷いてトゲトゲを隠していたと書かれているから、恐らく乗り込んでくる敵に対する白兵戦対策でしょうね。


マリサ
じゃあ「装甲艦」だったって話は?


レイム
現代の韓国人が、史書の『李忠武公全書』と1795年に書かれた「想像図」に、現代の船舶や軍事技術、後の時代の艦隊船の戦術などを組み合わせて、「かくあるべき姿」を具現化したものよ。


マリサ
…一応聞いておくが、ほんとに実践投入されたのか?


レイム
まずね、朝鮮側の記録にしても亀甲船って『李舜臣行録』と『李忠武公全書』と『乱中日記』という朝鮮側の史書にしか言及が無い上に、記録通りなら朝鮮軍全体で5隻しか建造されていないのよ。


レイム
仮に百歩譲って韓国側の主張するスペック通りの※オーパーツな代物が実戦投入されていたとしても、「某連邦の白い悪魔」じゃないんだから、少数過ぎて戦果なんて挙げられないわよ。


※その時代の常識や技術にはそぐわないとされている遺物


マリサ
でもさ、戦国時代に日本にやってきたポルトガル人宣教師のルイス・フロイスの記録だと、日本にも鉄甲船があったって記録があるし、一応可能性はあるんじゃないか?



レイム
それなんだけどね、そもそも安宅船に鉄の装甲をつけた船があったって記録はあるにはあるんだけど、そのほとんどが本当に装甲艦であったか未だ結論が出ていない上に、同じくポルトガル人宣教師のジョアン・ロドリゲスの記録によると、作ったけど欠陥があって実戦投入前に沈没してしまったと書かれているわね。


レイム
そもそも、鉄って潮風で「錆びる」でしょ?
近代以降みたいに錆びないようにするコーティング技術もまだ世界的に発明されていない時代だったんだから、当時の技術じゃ鉄の装甲船自体無理があったと見るのが妥当よ。


マリサ
なるほどなぁ


オチ


レイム
それでね、現代の韓国では「かくあるべき姿」が暴走していって、今じゃ亀甲船は「海上の戦車」とか、「高機動力の装甲艦」とかどんどん凄い事になっていってるのね。


マリサ
もういっそ赤く塗っておけば良いんじゃないか?
3倍早くなりそうだし。


レイム
でね、韓国は2002年のワールドカップ以降、民族主義がどんどん強くなって行ってるって前に説明したわよね。


マリサ
ああ、そういやそうだったな。


レイム
そして韓国人達は、とうとう民族主義高揚のためにこの「こうだったらいいな」を税金で建造し始めたのよ。


3階構造の亀甲船を復元して観光商品に 
2009年12月11日08時37分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
http://japanese.joins.com/article/822/123822.html

壬辰倭乱(文禄・慶長の役)当時、倭寇を撃退した亀甲船が復元され、観光商品として活用される。

慶尚南道(キョンサンナムド)は10日、鉄甲を覆った亀甲船3隻と朝鮮水軍の主力艦隊である板屋船1隻の計4隻を来年から2011年末にかけて復元し、観光商品化する、と明らかにした。

道はまず来年末までに亀甲船1隻を復元し、巨済(コジェ)玉浦(オクポ)沖に浮かべる。玉浦沖は、忠武公・李舜臣(イ・スンシン)が1592年5月7日、亀甲船なく板屋船だけで日本水軍に初めて勝利したところ。

また道は亀甲船2隻と板屋船1隻を2011年末までに復元し、300年の統制営(トンジェヨン、軍営)歴史を持つ統営市(ドンヨンシ)「文化広場」に展示する計画だ。

復元亀甲船は歴史学者の考証に基づいて初めて3階構造で造られる。これまで亀甲船は十分な考証なく2階構造で造られてきたと、慶尚南道側は説明した。2階構造の亀甲船は1700年代以後に製作されて使用されたということだ。

3階構造の亀甲船は1階が武器・食物倉庫で、、2階は弓、3階は砲を放つところだった。この亀甲船は全長25.6メートル、幅8.6メートル、帆を除いた高さが6.06メートルで、中央に12.8メートルと11.3メートルの帆が設置される。

道は来年初めから統営または巨済で製作が始まれば、復元の全過程を観光客に公開し、観光客を誘致する。亀甲船には慶尚北道(キョンサンブクド)蔚珍(ウルチン)・奉化(ボンファ)に生息する松が使用される。すでにこの地域の所有者から寄贈(20人から約1000本)を受けている。


レイム
記事では、複数の地方自治体が歴史学者の考証を元に亀甲船を寄贈された国産松を使用して「当時の技術で復元」し、観光商品化すると書かれているわね。


マリサ
いやちょっとまて。
そもそも技術的に無理があるうえに、現存する亀甲船の形って200年近くも後の想像図しかないわけだろ?どうすんだよ。


レイム
マリサ、前に説明したわよね。
彼らの「正しさ」には根拠が必要ないって。


マリサ
いやいやいやいや、だからって無理なものは無理だろ。


レイム
でも彼らは彼らの「かくあるべき姿」通りに実行したのよ。
結果どうなったかというとね。


レイム
沈没したわ


巨済からきた「亀甲」麗水沖で浸水
ニュース慶南(韓国語) 2013/01/15
http://www.newsgn.com/sub_read.html?uid=35247

巨済市が展示・教育用に作成し巨済で曳航していた122t級無動力「亀甲」が麗水沖で浸水した。

麗水海上警察は去る14日0時40分ほど麗水市南面の東側3マイル海上で巨済市海上展示用‘壬辰倭乱亀甲船’が浸水したが船にいた船員2人は救助したと明らかにした。

 この船は忠南舒川港で7億ウォン余りを入れて作って木浦を経て巨済に行くために動力船が曵いた中だった。 海上警察は高い波で船首出入口に浸水中という連絡を受けて現場に出動して船員を救助した。

 浸水した海上展示用亀甲船は麗水の声も西側安全海域に移動させて船に満ちている水を取り出している。


レイム
記事にもあるように、曳航されて展示場へ向かう途中に、どうも2メートルの波で浸水してこうなったそうよ。


マリサ
いわんこっちゃない…


レイム
しかもねこの船、上部構造が重すぎて「自力航行」が元々できなかったそうなのよ。


マリサ
あー、きっと「赤くしなかった」からだな。


レイム
ちなみに、4隻建造された亀甲船はどれも問題だらけだそうで、現状ちゃんと観光商品として機能しているものは皆無よ。


マリサ
きっと設計した人達は、赤くすると3倍早くなる事をわかっていなかったんだろうぜ。


レイム
マリサ、なんか投げやりじゃない?もうちょっと真剣にやってよ。
そしてこの沈没した亀甲船は引き上げられたそうだけど、なんか元々左右に揺れが酷くて危険だったらしく、その後陸上展示になり、最後は展示した場所に放置され埃を被っていたそうよ。


44億ウォンで水が漏れる亀甲船?…地方自治体でたらめ復元
KBS NEWS 2015.04.28
http://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=3065767

<アンカーコメント>
今日、忠武公の誕生日です。

南海岸の自治団体が李舜臣将軍を主題にした観光商品を開発するとしながら先を争って亀甲船復元に出ました。ところが、水の上に浮かすこともできないといいます。キム・ソヨン記者が取材しました。

<リポート>
壬辰倭乱(文禄の役)初の勝利地の玉浦近海に浮いている亀甲船です。巨済市が7億4千万ウォンをかけて復元しました。
入口は堅く閉じられており、内部はホコリだけ積もっています。
建造直後から安全性に問題が提起されました。

<インタビュー>
ジョン・ギプン(巨済市議員):「左右に揺れがひどく、小学生や幼児が観覧をする時に片側に押し流され、そうした危険性のために..」
輸入木材を使用して“偽物論議”に包まれた慶尚南道が建造した亀甲船は海水が船体の中に入り込んで最初から陸上に移しました。
44億ウォンをかけましたが最近には竜の頭の部分が腐って交換しなければなりませんでした。

海の上に浮かんでいる亀甲船を観覧客が直接体験することができるようにするという目的で復元されたが、今はこのように乗船さえできないのが実情です。
李舜臣ブームが始まった去る2005年から自治団体が復元した亀甲船と亀甲船の形の遊覧船は計11隻。300億ウォン以上投入されました。

<インタビュー>
チェ・ジャンミョン(海軍士官学校忠武公研究部教授):「基礎研究をすることなく、風聞だけで聞いた内容を持って、それぞれ競争的に建造をしたから、このような結果を招いたのではないか。」

徹底した考証と妥当性の分析なしに拙速に行われた亀甲船復元事業。観光客の誘致はおろか悩みの種に転落しました。KBSニュースキム・ソヨンでした。


マリサ
きっと赤く(ry


レイム
はいはい。
それでうp主の追跡した範囲だと、建造された亀甲船のうち2隻は陸上展示、2隻は不明、ほかにどうも海軍士官学校で在学中に航海を体験し伝統を学ぶ目的で利用されているものがあるそうだけど詳細不明、一応2016年の韓国人のブログで「鎮海の海軍基地で水に浮いている」ところだけは確認したそうよ。


レイム
まあ、一応「現代の技術」で問題点を改修すれば動かせるんじゃないかしらね。


マリサ
レイム、もういいぜ。
韓国人が「現実に果敢に立ち向かっていること」だけはよーくわかったぜ。


レイム
ちなみに、韓国人達によると亀甲船の後継機、亀甲船Mk-Ⅱ的なものもあるそうよ。
それがこれね。


マリサ
え????


レイム
朝鮮日報によると、亀甲船を改良した後継機の「海鶻船(かいこつせん)」だそうよ。
記事にもあるけど、海鶻って海のハヤブサやハトって意味だそうね。


朝鮮水軍の戦艦「海鶻船」描いた図画が初公開
朝鮮日報 2007/12/09
https://web.archive.org/web/20071211050338/http://www.chosunonline.com/article/20071209000018

 豊臣秀吉の朝鮮侵攻で李舜臣(イ・スンシン)将軍の亀甲船が活躍してから150年後に建造された朝鮮水軍の戦艦は、ハトのような形をしていた!?

 朝鮮王朝後期の戦艦として、「朝鮮王朝実録」に記録されている「海鶻船」の姿を描いた図画が初めて公開された。「海鶻」とは、「海のハト」や「ハヤブサ」を意味する。韓国古書協会のコ・チャンソク元会長は、最近出版した『朝鮮水軍と海の遺物の図録』(チャンボゴ刊)で、自ら所蔵している「海鶻船図」を公開した。

 18世紀に描かれたと推定されているこの図画では、「海鶻船」というタイトルの下に描かれた船の前の部分が鳥の頭のような形、また上の部分は鳥の羽に覆い隠されたような形になっている。その下には「本板(床)の長さは7把(1把=10尺)5尺、後部の長さは9把3尺、幅は2把5尺、高さは2把1尺。丁卯年(1747年と推定される)3月○日に建造に着手し、費用はコメ80石6斗5合」と記されており、全羅右道の公印が押されている。

 「朝鮮王朝実録」の英祖16年(1740年)6月18日の項目には、「全羅道左水使の田雲祥(チョン・ウンサン)が海鶻船を建造した。船体は小さいが、軽くて速く、風に対する心配がない」「(王は)統営と複数の道の水営に海鶻船を建造するよう命じた」と記録されている。また、22代国王・正祖の代(1776‐1800)に編さんされた『全羅道右水営誌』によれば、海鶻船には56人が乗ることができたという。学界では、秀吉の朝鮮侵攻当時の板屋船に比べ船体は小さいものの、運用しやすいため、中・小型の軍艦として活躍した、との見解を示している。

 だが、これまで海鶻船の姿を描いた当時の資料は発見されていなかった。100年後の1855年に編さんされた『武備要覧』で、中国の『武備志』を参考に描かれたとみられる海鶻船の図が掲載されているが、それは今回公開された資料に描かれた海鶻船とはまったく違うものだった。海軍士官学校博物館のチョン・ジンスル企画室長は「文書の出典や時期は確実なものではないが、朝鮮王朝後期の主要な軍艦だった海鶻船の姿を想像できる唯一の資料だ」と話している。なお、『朝鮮水軍と海の遺物の図録』には、このほかにもコ・チャンソク氏が所蔵する「忠武公(李舜臣将軍)の状啓」「朝鮮司空名簿」「海東諸国記」などの資料が収録されている。

兪碩在(ユ・ソクジェ)記者







マリサ
あの…


レイム
なに?


マリサ
やっぱなんでもないぜ、もうハヤブサでもハトでもなんでもいいぜ。
もう疲れたぜ。


レイム
そう、じゃあここで本編は終わりとするわね。


レイム マリサ
ご視聴ありがとうございました。


こうして、韓国人による強敵(歴史)とのあくなき戦いは
これからも続いていくのであった。


大口
おつかれ~


マリサ
なあ、もうどう反応したらいいのかすらわからないんだが?


レイム
マリサ、こんな事でへこたれてちゃ笑韓ネタは楽しめないわよ?


大口
そうだね。
亀甲船は韓国ワールドの入り口でしかないからね。


マリサ
もうへこたれそうなんだが?


レイム
マリサもまだまだ修行が足りないわね。
ところで、色々賛否ある笑韓をあえてやった理由について説明して。


大口
ああ、そうだったね。答えは単純明快さ。
「おかしいものをおかしいと言えない関係は気色悪い」からだよ。


レイム
まあ、特に韓国関連は「腫れ物を扱う」かのような態度ばっかだしね。
そういうのが嫌ってことかしら。


大口
そういうことだね。
私はおかしなことがあったら笑い飛ばせる関係の方が健全だと考えているからね。
勿論、それが「蔑視」に繋がっちゃいけないから、だからこそ「価値観の違い」を解説したわけだけど。


レイム
そんなわけで今回はこれで終わるわ。
二部構成だから次の動画もよろしくね。


レイム マリサ 大口
またね~



次は「お笑い朝日・毎日新聞」のテキスト版です


レイム マリサ
ゆっくりしていってね


レイム
ねえ、なんで今回も2本同時投稿なの?


マリサ
それはな、うp主いわく「小ネタ過ぎてこのタイミングでやっておかないとやるタイミングが無いから」だそうな。
あとお正月特番みたいな事やりたかったそうだぜ。


レイム
ふーん


マリサ
ま、小ネタ4連発だからさっさとやるぜ。
それでは本編をどうぞ。


毎日新聞フシアナトラップ逆ギレ事件


レイム
とりあえず「フシアナトラップ」について説明しておかないと、知らない人は意味不明よ。


マリサ
これはな、2ちゃんねるってあるだろ?最近5ちゃんねるとやらに名前が変わったところ。
それでな、あそこには特定の板でスレッドを立てるために「キャップ」っていう特殊なハンドルネームが必要なんだが、あるときそのパスワードが流出してしまったんだ。


マリサ
結果いたずら目的の成りすましが横行してしまったので、急場しのぎの対処としてこのパスワードを入力して書き込みをすると、いわゆるリモートホストが表示されるようにしたわけ。


レイム
なるほど、元々はミスから始まった荒らし対策だったわけね。


マリサ
そうだぜ。
んで、荒らしが沈静化した後もこの機能だけは2ちゃんねるに残され、事情を知らない人のリモートホストを公開させる悪戯、パスワード名の「fusianasan」から取ったいわゆる「フシアナトラップ」に利用されていたんだが、2004年6月3日、このトラップに引っかかる人が大量に現れたんだ。


レイム
何かあったの?


マリサ
2004年6月1日に発生した「佐世保小6女児同級生殺害事件」に関連して、2ちゃんねるの該当記事スレッドに、「裏2ちゃんねるへ行けば犯人のHPが見られる」という書き込みがされ、裏2ちゃんねるへのログインパスワードとしてフシアナトラップが書き込まれたんだ。


マリサ
結果、物凄い数の人達がこれに釣り上げられ、確認できるだけでも各有名大学、上場企業、公官庁、自治体、全ての全国放送テレビ局・全国紙のリモートホストが次々と表示されるという物凄いことになったんだ。


マリサ
でな、当然毎日新聞も引っかかってはいたが、あまりにも釣り上げられたとこが多すぎて当初は全く目立っていなかったんだが、引っかかった記者は余程悔しかったんだろうな。


マリサ
4日の朝刊に、「接続者の個人情報をだまして掲示するいたずらが横行している。」とさも自分は悪戯を知った第三者であるかのように装って記事を書いたんだぜ。
まあフシアナトラップに引っかかって逆ギレしているのがバレバレだったがな。


「加害女児のHP閲覧可」
接続を誘い情報掲示
毎日新聞 2004年6月4日 朝刊
佐世保市の小六同級生殺害事件に関連し、インターネットの掲示板『2ちゃんねる』で 加害者の女児が開設したページを回覧できると誘いかけ、接続者の個人情報をだまして掲示するいたずらが横行している。
接続者のIPアドレスなどが大量に表示され、役所名や企業名が羅列されている状態だ。

3日昼ごろ、『裏2ちゃんねるに行けばHPが見られる』と書き込まれ、そのアクセス方法が記載されたその通り実行する、使用しているプロバ名などが表示されてしまう仕掛け役所や企業、大学内で接続し、この仕掛けに騙される利用者が多く、IPアドレスやメアドなど 個人情報が掲載された。悪質な常連者が『仕事中に何やってんの』などと書き込んでいる






レイム
ちょっとまった、そんなことしたら逆に注目されない?


マリサ
されたぜ。
結果、該当スレッドから毎日のリモートホストを探し当てられ、書き込み内容からこの逆ギレ記事を書いた人物が「モイカワ」かそれに類する名前じゃないかってところまで晒されまくったんだぜ。


加害者の人権は守られて、被害者は親族まで晒しアゲ(゚Д゚)ハァ?
https://news12.5ch.net/test/read.cgi/news/1086181805/
853 :gate-i.ped.mainichi.co.jp:04/06/03 17:10 ID:Q+7b4hxC
moikawa


レイム
え…、この人こうなる事が予想出来なかったの?


マリサ
まあ、本人達は「バレないと思った」んだろうな。
なんでそう思ったのかは解らんけどな。


レイム
「雉も鳴かずば撃たれまい」ね。


サイレント魔女☆リティ


マリサ
次いくぜ。


マリサ
次は2006年10月のことなんだが、小説家の石田衣良氏が毎日新聞と「韓国・中国と仲良くすべきかどうか」のネットアンケートをとったところ、「しなくていい」が圧倒的多数派になったそうなんだ。


レイム
まあ、ネット上でやればそりゃそうなるでしょうね。


マリサ
んでな、その件で彼は毎日新聞に記事を掲載したんだが、その内容がこれだぜ。


中国、韓国と仲良くした方がいい?しなくてもいい?
毎日新聞 2006年10月31日
https://web.archive.org/web/20061128161853/http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/women/shirokuro/news/20061031ddm013070105000c.html

◇ふー、びっくりした

 この秋に2度、韓国に取材旅行にいった。日本と韓国を舞台にした恋愛小説を来年書くためだ。訪れたのは、ソウルとプサン。どちらの街も元気で勢いがある。それはたのしい取材旅行だった。ソウルは高層ビルの建築ラッシュで、プサンは国際映画祭の真っ最中。とても華やかだった。たべものはおいしいし、女の子はかわいい。男性は徴兵制のせいか、みなたくましくスーツがよく似あう。ついでにいえば、現地では誰に会っても、おかしな反日感情などなかった。

 うーん、今回は簡単だとぼくは思っていた。だって、中国と韓国はおとなりの国だものね。これからもずっとつきあっていかなければならないのだ。この質問のこたえなんて考えるまでもない。けれど、最近の東アジア情勢を、みんながどんなふうに感じているのか、それが探りたくてこのテーマにしたのだ。

 するとあらら、不思議。寄せられたのは厳しい反韓国・反中国のメールばかりだった。なぜなのかしらん? というわけで、今回は多数を占める「しなくていい」派からいってみよう。

 「近隣国と友好関係をつくるのは『望ましい』ことであって、『なすべき』ことではない」(住所不明・匿名さん)。「都合のよいときだけ、新時代にむけて新しい関係をといいながら、なにか起きると過去の清算だ、教科書問題だという国となぜつきあわなければならないのか?」(大阪市都島区・嫌人さん)。「隣国とは仲良くしたほうがいいに決まっているが、日本側から頭をさげてまで仲良くする必要はない」(海外在住・匿名さん)。「友情ごっこのような関係ならいらない。中国・韓国とは必要があれば協力し、なければ距離をおくくらいでちょうどいい」(北海道旭川市・優子さん)。

 ふー、びっくりした。でも、反対派の意見はほぼ一点に集中している。中国や韓国は反日だから、仲良くする必要はないというもの。それ、ほんとなのかなあ。賛成派のメールを読んでみよう。

 「3年ほど中国東北部で働いています。日本でおおきく報道されている『反日』は、こちらでは報道ほどひどくはありません。一般人のなかには、単なる反日よりも、冷静に日本との上手なつきあいかたを模索している人のほうが多いように感じます」(東京都世田谷区・モモトン)。「実家のまわりには在日韓国人が多く住んでいて、それがあたりまえでした。結婚して住んだ場所には中国人が多く、小学校の運動会では中国語のアナウンスがつくほど。どちらの国の人とも、近くにいることが自然。人間なんだから、仲良くしたほうがいいと考えるのが当然だと思います」(神戸市垂水区・匿名さん)。「当然、仲良くすべきです。隣国の中国や韓国と仲良くしないで、遠くの国とばかりの外交では、成功なんてありえないのでは?」(千葉市花見川区・匿名さん)。

 ぼくはつぎの10年間で、現在の日米関係と同じくらい日中関係・日韓関係は重要になると思う。すでに対中貿易は日本経済のおおきな柱のひとつなのだ。仲良くしなくていい、無視すればいいというのは一見強そうだし簡単だ。でもそうすれば、すぐとなりに住むたくさんの人たちがいなくなるのだろうか。

 今回のこたえは数字のうえでは「しなくていい」派が圧倒的だったけれど、応募しなかった多数のサイレントマジョリティを考慮にいれて決定させてもらいます。中国・韓国とは仲良くしたほうがいい。

 あたりまえの話だよね。メールをくれた「多数派」はあまり反日報道やネットの情報に踊らされないほうがいいのではないかな。では、最後にシンプルなメールをひとつ。

 「夢みたいなことだとはわかっているけど、中国・韓国というよりは、すべての国と仲良くなってくれたらいいなと思ってます」(東京都練馬区・匿名さん)。別に夢なんかじゃないよ。ぼくだって、ジョン・レノンだって、それにその他大勢の地球人がそう願っているのだから。
(後略)


マリサ
記事では、「今回のこたえは数字のうえでは「しなくていい」派が圧倒的だったけれど、応募しなかった多数のサイレントマジョリティを考慮にいれて決定させてもらいます。中国・韓国とは仲良くしたほうがいい。」と、アンケート結果完全無視の結論に強引にもっていくという力技をやったんだ。


レイム
え?なにこれ。
これじゃアンケートそのものに意味が無いじゃない。


マリサ
そうだぜ。
当然この事はネット上で話題になって、石田衣良氏と毎日新聞のこのどうしようもない茶番は批判されていたんだが、そんななかで2ちゃんねるの該当スレッドに「多数のサイレントマジョリティを考慮にいれて」というフレーズに着想を得て「サイレント魔女リティ」と書き込んだ人がいたんだ。


レイム
場所は2ちゃんねるよね?
何か凄くいやな予感がするんだけど。


マリサ
結果これが大ヒット、サイレント魔女☆リティが萌えキャラ化してイラストが多数投稿されるようになり、専用スレッドまで立てられ次々と「設定」が追加されていき、とうとう専用HPまで出来上がってしまったんだぜ。


サイレント魔女☆リティ
http://musashi.nm.land.to/rity/

STORY
主人公赤井邦道は普通の市民派高校生
しかしある日魔法の社会主義国マジカルソビエトからやってきたリティの登場によって彼の生活はドタバタ劇となるのだった…

聾唖の魔法少女リティが、手話を用いて呪文を唱えるハンディキャップを乗り越え一流の魔女を目指すリティの直向な姿が胸を打つ感動作


レイム
え、ちょ、なにこれ。


マリサ
ちなみに、赤井邦道に関しては尺の関係で解説しないけど、検索してみればそっちはそっちで面白いものが見られるぜ。


マリサ
更にだ、この年の10月から始まった「魔法先生ネギま!」というマンガを原作としたアニメ「ネギま!?」で、数秒にも満たないカットだけどサイレント魔女☆リティが登場したんだぜ。


レイム
え?これもしかしてほんとにアニメに登場しちゃったの?


マリサ
そうだぜ、ほんのちょっとだけ映ったポスターという形でだけどな。


レイム
2ちゃんねらーの悪乗り恐るべし



どんぐりころころ


マリサ
次は朝日新聞編だぜ。


マリサ
麻生政権の頃に朝日新聞の素粒子に掲載された記事なんだが、インパクトが凄まじいから、色々説明するより現物を見て欲しいぜ。


2008年12月9日の朝日新聞夕刊1面
『素粒子』
♪どんぐりころころドンブリコ お池にはまって さあたいへんどじょうが出て来てこんにちは 坊ちゃん一緒に 遊びましょう

♪あそう氏ころころドンブリコ 支持率さがって さあたいへんおざわ氏が出て来てこんにちは は~やく解散 いたしましょう

♪はつげんころころドンブリコ 朝れい暮かいで さあたいへんゴルゴ13が出て来てこんばんは バーでいっぱい やりましょう









マリサ
ドングリころころの替え歌なんだが、2番からがこうなってるぜ。
あそう氏ころころドンブリコ 支持率さがって さあたいへん
おざわ氏が出て来てこんにちは は~やく解散 いたしましょう
はつげんころころドンブリコ 朝れい暮かいで さあたいへん
ゴルゴ13が出て来てこんばんは バーでいっぱい やりましょう



レイム
これなに?
呪いの言葉とかそんなの?
これを見た人は一週間以内に3人に朝日新聞を配らないといけないとか。


マリサ
呪いの言葉かどうかは知らんが、画像にもあるように実際に2008年の朝日新聞夕刊の素粒子に掲載された記事だぜ。
まあ、頭おかしいのは間違いないよな。


レイム
というか怖いんだけど?
これ、ほんとに見ても大丈夫なんでしょうね。
夜中に目が覚めたら枕元にアサピーが立ってるとか無いわよね?


マリサ
まあ大丈夫なんじゃないか。


朝日的ファッション記事


マリサ
さあ次がラストだ。
レイム、突然だが問題を出すぜ、次の問題を解いてくれ。


次の文章は、とある新聞記事からの抜粋である。
文章を読んで設問に答えよ。

メンズウェアの胸元 ワンポイントおしゃれに復活

メンズウエアの胸元に、ワンポイントマークが復活している。
かつては中年男性のゴルフ用ポロシャツに、必ずついていた傘や熊などのマーク。それが今、おしゃれな装飾としてさまざまな形に進化している。パリ、ミラノの07年春夏メンズコレクションでも、主要ブランドは軒並みワッペンや刺繍(ししゅう)によるマークを強調していた。
(中略)
それにしても、マークやエンブレムは本来、軍隊や国家、学校や会社など、何かに帰属することを表す。今、若い女性には「愛されOL」系のモデル、エビちゃん(蛯原友里)が人気だが、これからは男性にとっての理想像も 「さわやか正社員」系になるのかもしれない。そういえば( 1 )も、多少気になるところだが。

問1.( 1 )に入る適切な文を以下の選択肢から選べ。
A.秋冬もののトレンド
B.環境に配慮したクールビズ・ウォームビズ
C.女性達からの目
D.自らの国家や民族に固執する右翼系の若者が世界的に増えているという事実


レイム
いきなり何よ。
でもまあ、文章中に「女性」と「男性」って対比する単語があって、「男性にとっての理想像」って文もあるから「C」かな?


マリサ
ほんとにそれでいいか?


レイム
もったいぶってないでさっさと正解を教えてよ。


マリサ
正解はD、「自らの国家や民族に固執する右翼系の若者が世界的に増えているという事実」だぜ!


レイム
あ゛?
ふざけてないでさっさとちゃんとした答えを教えなさいよ。


マリサ
ふざけてないぜ。
ソースは2006年9月の朝日新聞の記事だぜ。


メンズウェアの胸元 ワンポイントおしゃれに復活
朝日新聞 2006年09月11日
http://web.archive.org/web/20061105105145/http://www.asahi.com/culture/fashion/TKY200609110089.html

メンズウエアの胸元に、ワンポイントマークが復活している。かつては中年男性のゴルフ用ポロシャツに、必ずついていた傘や熊などのマーク。それが今、おしゃれな装飾としてさまざまな形に進化している。パリ、ミラノの07年春夏メンズコレクションでも、主要ブランドは軒並ワッペンや刺繍(ししゅう)によるマークを強調していた。
(中略)
それにしても、マークやエンブレムは本来、軍隊や国家、学校や会社など、何かに帰属することを表す。今、若い女性には「愛されOL」系のモデル、エビちゃん(蛯原友里)が人気だが、これからは男性にとっての理想像も「さわやか正社員」系になるのかもしれない。そういえば、自らの国家や民族に固執する右翼系の若者が世界的に増えているという事実も、多少気になるところだが。


レイム
ちょっとまってよ。
この文脈からどうやったら「右傾化」の話に繋がるのよ。


マリサ
まあ、一応この謎記事を書いた本人やチェックしたデスクにとっては「マークやエンブレムは本来、軍隊や国家、学校や会社など、何かに帰属することを表す。」にかかっているから矛盾がないと認識しているんだろうが、そもそも国粋主義や帰属意識に思想の左右は関係ないしな。


レイム
って、そんなのわかるかーーーーー!


マリサ
一応、前回動画で言及されてた「冷戦構造で脳の更新が止まった人達」なら納得できる文章なんじゃないか?


レイム
そんな特殊な嗜好の人達にしかわからない問題出さないでよ。


マリサ
文句は朝日に言ってくれ。
そんなわけで本編はここまでだぜ。


レイム マリサ
ご視聴ありがとうございました。


大口
またまたおつかれー


レイム
もうね、なんというか、なんなの?


マリサ
前から言ってるだろ。
マスコミ業界ってかなり閉鎖的で排他的だから、内部で一般常識とかけ離れた独自のルールや常識が出来上がってるって。


大口
そうそう。
だから世間の一般常識とかけ離れた事を当たり前のようにやってしまって、それが今回のような「お笑い」を生み出すのさ。


レイム
もうほんと、突っ込みどころしかないんだけど。


マリサ
まあ、特に朝日と毎日の「浮世離れっぷり」が凄いんだけどな。
そんなわけでこれにて終わるぜ。


レイム マリサ 大口
またらいしゅ~



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他2件のコメントを表示
×
海峡の突端にある岬の洞窟に設置されたドイツ軍の砲台。空爆は不可で連合軍は窮地におちいる、というのが、アリステア-マクリーン原作、「ナバロンの要塞」の設定です。
しかし、専門家から、そのような洞窟で大砲を撃ったら「発射ガスで周囲の人々は即死、洞窟は崩壊する」と指摘されております。
ソウルの映画館で李舜臣映画「鳴梁」を見た時、亀甲船が船首の大砲を撃った瞬間、乗組員は発射ガスで全員、後頭部を強く打たれて死んだ、と想起しました。
亀甲船レプリカ開発史で、韓国海軍が模型船を浮かべた瞬間、くるりとひっくり返ったという話があり、高校物理の偉大さを実感いたしました。
4ヶ月前
×
あけましておめでとうございます。

12年前に2chガイドライン板に投稿したコピペ改変が知らない内に他人のブログに転載されていたのを思い出しました。

http://tangerine.hateblo.jp/entry/20061102/bath

>>4
三景艦の"撃ってはいけない主砲"も顔負けですな。
4ヶ月前
×
>>3
鉄砲は朝鮮出兵前に対馬の宗氏が朝鮮に日本の軍備状況を横流しした形で伝わってる。
当時の朝鮮は弓がブームで、国民的スポーツ化してて、建国当初は朝鮮の騎兵の構成が
槍騎兵4:弓騎兵4:軽装騎兵2だったのが、戦役時には騎兵=弓騎兵の状態になるほど弓使いがおったことで
対馬からもらった鉄砲の実験で「連射おっそ!弓の方が強いやん」って判断して導入を見送った。

>最初、船に載せてそのあと城に載せた

大砲は朝鮮に火薬を使った初の実戦が大規模倭寇との海戦だったからやで。

船で使ってみたした⇒大勝利しました⇒ええやん陸地でも使ったろ
というちょっと特殊な経緯から
4ヶ月前
×
>まずね、そもそも戦国時代後期には日本は西洋との取引を開始していたから、いわゆる艦載砲を持っていたのよ。
>1574年の長島一向一揆討伐では織田軍が艦砲射撃を行っているし、秀吉も有名な1590年の小田原攻めで艦砲射撃をしているわね。

このレアケースを持ってくるのはあかんと思うよ。正直これが気に食わなくて見に来ました。

まず日本の海戦をリードしてたのが海賊衆だったことを無視してる。
大砲戦術の発展には国家レベルの支援か、国家レベルの大規模会戦が必須なんよ。
そもそも船での大砲使用目的は船体の完全破壊による無力化または沈没である故に、海賊衆の性格とは不釣合いだから常設装備とは言いがたい。さらに戦闘艦に一発で深刻なダメージを与えるほどの大型砲の生産には国家レベルの生産/補給体制が必須だから、財政的にも無理。せいぜい関船の船首に1問か、両脇に1問ずつが限界だったやで。

さらに言えば手持ち大筒では船体を貫通して木版越しいる相手を狙撃したり、船に穴を開けることは出来でも、
大砲のように船体を粉砕破壊したり、船の中で跳ね回ってひき肉にする効果は得られない。
手持ちの口径と牽引する口径の大筒と大砲を安易に同一視してる。
というか手持ち大筒はフランキ砲から派生した代物だけど、そのフランキ砲が対人用の小口径の艦載砲やで。
4ヶ月前
×
>>7
それなんですが、まず文禄の役の頃と慶長の役の頃では事情が違い、文禄の役で被害を受けた秀吉軍は慶長の役では艦船の重装備化を行っており、安宅船も大型の大筒を装備しています。
特に旗艦の日本丸は大型の大筒を3~4門、更に多数の大鉄砲を搭載していた事が書かれており、鳴梁海戦時点ではその主張が成り立ちません。

小口径の艦載砲=大鉄砲・抱え大筒

また、「船体が弱かった」といった主張も近年見直されてきており、当時の日本はフィリピンやタイ、カンボジアなどと活発に交易を行っており、当然外洋航行に耐える大型船を持っていた事になるため、商船がそうである以上軍船も相応のものであったのではと言われています。

したがって、実際に李舜臣が鳴梁で戦闘をした小・中型の船団なら装備は大鉄砲や抱え大筒程度でパープル さんの主張通りでしょうが、動画で解説しているのは現代の韓国側の主張である「秀吉軍の本隊と戦った」場合を想定しているため、前提が全く異なります。
4ヶ月前
×
>>9
ちょっと長文になりますがご了承ください。
------------------------------
>>7
それなんですが、まず文禄の役の頃と慶長の役の頃では事情が違い、文禄の役で被害を受けた秀吉軍は慶長の役では艦船の重装備化を行っており、安宅船も大型の大筒を装備しています。
特に旗艦の日本丸は大型の大筒を3~4門、更に多数の大鉄砲を搭載していた事が書かれており、鳴梁海戦時点ではその主張が成り立ちません。

小口径の艦載砲=大鉄砲・抱え大筒

また、「船体が弱かった」といった主張も近年見直されてきており、当時の日本はフィリピンやタイ、カンボジアなどと活発に交易を行っており、当然外洋航行に耐える大型船を持っていた事になるため、商船がそうである以上軍船も相応のものであったのではと言われています。

したがって、実際に李舜臣が鳴梁で戦闘をした小・中型の船団なら装備は大鉄砲や抱え大筒程度でパープル さんの主張通りでしょうが、動画で解説しているのは現代の韓国側の主張である「秀吉軍の本隊と戦った」場合を想定しているため、前提が全く異なります。
------------------------------

>>9
たしかに文禄と慶長では事情が大いに違います。一般の安宅船と同格の朝鮮の注力戦闘艦の板屋船と戦うには、今まで関船ではあまりにも不利だった点もあり、関船が大型していったり、
火力戦を想定して作られた大型船の安宅船、当時としては超大型戦艦の大安宅船ある日本丸が配備されていきました。
さらに大型大筒も配備したり、朝鮮から鹵獲した大砲を運用したともあります。
ですが、朝鮮の主力戦闘艦の板屋船の搭載大型火砲が1隻あたり最大24門だというのと比べると、船体破壊に対する火力に差があるのは否定しがたいかと思います。

ただ、私が大鉄砲や抱え大筒を船体破壊には適してない武器と称しましたが、それが海戦で効果がないということではなく、船体破壊には向いてないというだけで、

朝鮮水軍の死者の記録によると、明らかに鉄盾などで厳重に保護されている船を率いる将官の死亡/負傷が多く
その原因殆どが狙撃と記録されていることから、大筒や大鉄砲の効果であると推測されます。



東南アジアまでいった貿易船は朱印船という船で、軍船ではない上に
船体構造は伝統的な和船ではなく、中国のジャンク船と南蛮のガレオン船を混ぜ合わせた船なのでかなりの特殊ケースです。


船舶技術に関しては日本が船舶技術が停滞してた時期があったので発展に出遅れた部分もあります。
和船の歴史は鎌倉時代まで準構造船という、丸木船といかだ船を足した感じの弥生時代から使われてる原始的な船が主力を担っており、
当時の新羅海賊が使っていた構造船である新羅船に何度も悩まされていました。日本書紀でも波風に強い船だということで新羅から2隻輸入した記録があります。

その後、日本も構造船を作り運用したのが遣唐使が使ってた遣唐船です。
しかし、遣唐使が廃止されると大型構造船は少なくなり、再度準構造船に戻ってしまいます。
平安時代でもそれは変わらず、壇ノ浦の戦いの絵巻でもあるように大型構造船である唐船は1隻ですが、
それ以外の主力は全て小型準構造船です。(この唐船も三種の神器乗っける役目で戦闘用ではない)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%87%E3%83%8E%E6%B5%A6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

室町時代になって明に行く遣明使を載せるための構造船である遣明船を皮切りに和船の技術は急速に発展していきます。
そして急速に発展していった日本の構造船の技術を軍船として転用し始めたたのですが、
今までの海戦が中・小型の快速船で敵船で乗り込んで戦う方式を踏襲したことと、戦国初期にかけて日本の水軍をリードしたのが
海賊であったことから快速船としての技術が蓄積されていきます。

その後、戦国大名たちが台頭してくると自分たちの水軍衆を育成し始め、
より有利に戦うために、船のエンジンたる漕ぎ手を保護するための構造や、大型化に向かいます。
そうやって作られていったのが戦国期に使用される船が小早・関・安宅です。


ここまで書けばお察しと思いますが、和船が大型化/重武装化するにあたって、その技術のベースにあるのが快速船中心の技術であったことです。
船に用いた木材も比較的軽量の素材を使っており、さらに船底や側面を平張りという一つの板をキレイにつなげる方式で製作しています。
これは船の軽量化と量産性、さらに言えば操舵性に優れていますが、明らかに側面装甲が薄いです。矢やや鉄砲は防げますが、大鉄砲や手持ち大筒などの小口径砲でも抜けてしまいます。
さらに和船の欠点は船の作りを家に似た感じに作ってしまったことです。

和船が大型化するにあたって、船の支える支柱、いわば船梁ですが、南蛮や朝鮮船は細かく入れて側面全体の耐久度を上げましたが、
和船は家造りと似た感じに大黒柱を立てるように船梁を大型化してそれをクリアして大型にしています。(主に関船とか)
これは日本が良質の材木が豊富で、太い木をそのまま転用できたという環境的な側面もあります。
これがなぜ弱点になるかというと側面防護力に穴ができてしまうからです。(単純に言えば自転車のスポークが少なく太いやつなった感じです)

↓構造が分かりやすいので参考にどうぞ。
http://www.mizu.gr.jp/images/main/kikanshi/no54/02/img05.gif
元サイト
http://www.mizu.gr.jp/kikanshi/no54/02.html


そして、朝鮮船と朝鮮南西部という戦場の特質も影響しています。
朝鮮の船は朝鮮の海岸防衛にのみ特化されて設計されており、朝鮮南西部の暗礁が多く、水流が荒く、水深が低いという特性に合わせております。

朝鮮の主力戦闘艦の板屋船はまず材質が硬い赤松を使用しています。これは朝鮮で赤松しか取れなかった事情もあります。
そして赤松は材木の密度が均一ではない特性上、船を製作時に太い板を使わざるなかったことが、船の防護力をあげています。
伝統的な朝鮮船と同じく、暗礁の多く水深が浅い朝鮮の海岸部を進むために底が平たくタライのように海に浮かぶ形になっています。
接水面が深くないので速度には劣りますが、暗礁からは安全で、引潮などで水深が低くても座礁しない利点があります。

そして船の耐久度を決める船梁と側面ですが、竜骨が無いのは朝鮮船も一緒ですが、船梁を細かく均一に入れており、衝撃を分散できる形にしています。
側面はクランカー(鎧張り)方式で繋げており、これも耐久度を高める一因になっています。


鎧張りの和船も無くはないですが、基本的に和船は平張りです。
↓参考用 平張りと鎧張りの違い
http://www9.plala.or.jp/NUMBER12/town/yoroibari.jpg
元サイト
http://www9.plala.or.jp/NUMBER12/town/02.html




韓国人の方で板屋船の模型を作ってる画像があったので参考にどうぞ
模型製作者が船梁の部分を一枚板にしちゃってて再現度は低いですが。
http://blog.daum.net/cjs1192/12

本来の板屋船の船梁は↓の画像の右側です
http://yi-sunsin.gyeongnam.go.kr/img/03/03_02_img01.gif
(西洋の船と朝鮮船の比較した韓国の資料)

わかりやすく言うと側面の鎧張りの木材一つにつき船梁がついてる形です。
「耐久度」だけなら竜骨のある欧州の船と対等程度と見れます。。(それ以外は相手にもなりませんが)
なので、本来ラムアタックを想定されていない朝鮮船が和船をラムアッタクで破壊した記録があるのも双方の船の防護力にあまりのも差があったからです。





最後に大砲が導入された時期的なズレもあると思います。
日本に大砲が伝来したのは鉄砲が伝わった1543年から17年後の1560年の石火矢で

1380年から海戦で大砲が使用された朝鮮半島と200年もの乖離があります。
1420年頃には朝鮮で既に実戦配備された大型砲の数が2万門で、1425年だけでも大型砲の砲弾が1140発新たに鋳造されてます。
大砲戦術の発展/補給体制を成立させるまでの時間が日本は短すぎたことがあります。

特に水軍における大規模大砲運用は陸上よりさらに難しく

今まで培ってきた伝統的な船の建造法を変更せざる得ないという技術的難解さ、
船の構造と特性の変化による新たな戦術的難解さ、
大型砲を数百・数千も量産するという経済的難解さ

そして、この全てを戦国の世/戦時期を行わなければならない途方もない時代背景。


日本が水軍の改革に使えた時間的/経済的余裕があまりも少ないんです。
たしかに現代韓国の民族主義者たちの主張はバカバカしいですが、
それが目的になってしまって、火砲や軍船の誤った情報を書くのはいかがかと思います所存です。
4ヶ月前
×
最後に誤字りましたw
ごめんなさい。
4ヶ月前
×
>>10
なるほど、私は慶長の役緒戦である巨済島海戦で朝鮮水軍が壊滅していたこと、以後朝鮮軍が明軍との合流後も一度として制海権を奪えていなかった事、露梁海戦で明・朝鮮連合軍が大苦戦し多くの将官を失った事などから、双方の装備に質的差は殆ど無いと想定していたわけですが、情報を読む限りそうでもなさそうですね。
戦術・戦略の違いが大きく影響したという事なのでしょう。
貴重な情報ありがとうございました。
4ヶ月前
×
あ、ちなみに動画内で亀甲船が十字砲火受けるだろって言ってましたが
そのまんま事実です。
亀甲船に突撃将を乗せて敵陣に突撃敵陣をかき乱すための当て馬要員で、
板屋船より圧倒的に船員の死亡率が高かったそうです。
4ヶ月前
×

>>12
巨済島海戦の勝利は朝鮮側の自滅要素が強いです。
1回の戦で全滅したのではなく、ちょいちょいこぼしてます。
朝鮮側の資料の内容だと

・当時釜山沖の水軍担当の元均。
文禄開始時、戦いもせず、主力艦の板屋船70隻を含む
自船団すべてを自沈させて逃亡。



・李舜臣を蹴落として指揮官になった元均

日本水軍3隻を急襲、捕らえた捕虜を丁重に持て成して帰す。
…帰した直後に再度襲撃。日本軍の死に物狂いの反撃に会い
李舜臣子飼いの武将が1名、狙撃で死亡。
さらに、主力艦の板屋船が一隻鹵獲される
(初の板屋船の鹵獲事例)


さらには休戦期間中に勝手に攻撃したので日本側が猛抗議。
李舜臣が建てた作戦本部に女達を連れ込んで毎日酒パーティ。

王様怒る。

王「戦えや」
元均「俺なら今すぐ釜山を奪還できまっせ!」
王「おう、なら兵増員するからやってこいや」
元均「うそん…」



王の圧力に負け169隻を率いて、釜山へ出陣

道中、安骨浦で日本の軍船2隻と遭遇
日本の軍船2隻を鹵獲するが
李舜臣子飼いの武将が1名、戦死。
さらに、板屋船が一隻鹵獲される

さらに道中
日本水軍10隻を撃破、その後逃亡する日本軍の輸送船団を追撃。
しかし、無理な追撃を続けた結果、漕手が疲れ果てて、
板屋船12隻が海流に流され戦線離脱。


使われ果てたので水を補給しに加徳島に上陸したもの
立花直次/筑紫広門の攻撃を受け
将兵400人を残して逃亡。
その人数分の板屋船もおまけ


日本水軍と激突。元均、敵前逃亡したため
板屋船20隻撃破


ほぼ戦いもせず戦力削られてますw

ほんで、巨済島海戦当日

敵陣近くて見張りも立てず停泊。奇襲を食らう。
生存者の証言によると当初奇襲してきた日本水軍はたった2隻
奇襲が成功したと確定してから日本の水軍の本隊が襲来。
元均は2隻相手に全軍退却命令を出す。
その時、50隻ほどの味方を取り残して逃亡。
50隻はそのまま壊滅


李舜臣が手塩にかけて育てた将兵たちが
上官の命令に忠実であったことがさらなる悲劇を招く。

元均、拠点の閑山島ではなく日本の支配下の春元面に退却を命令
そして、船を捨てて陸路で退却するよう命じる。
ほぼ全ての将兵がそれに従い陸路で退却を開始
日本軍に補足され掃討される。

一部元均に反発的だった将兵のみ船を使って帰還(12隻)

装備の差というより、現代の韓国に通じる何かを感じる
馬鹿さを感じる自滅ですw
4ヶ月前
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