日本と韓国で意思疎通が難しい原因
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日本と韓国で意思疎通が難しい原因

2018-01-10 23:03
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皆様、明けましておめでとうございます。
さて、本日はタイトルにもあるように日本と韓国では物事に対する考え方や認識が全く異なるため、一つの物事が双方で別の解釈になる件について書いていきます。


始めて来られた方はまずこちらを先に読む事をお勧めします。

ブロマガ『日韓問題(初心者向け)』を始めた理由


以前から書いているように、日本と韓国の間では価値観にかなりの違いがあるが、その為同じ行為に対して全く異なる印象を持つ場合があり、例えば日本の他者への配慮や謙遜は韓国人からは「卑屈な態度」に見える。


また韓国の「贈り物文化」が日本からは下品に見えたりと、日韓の文化的・社会的な常識の違いから双方に全く別の解釈をされている事例は非常に多い。


こうした認識の違いがあるにも関わらず、その事を認識しないまま強引に交流を行う人々が後を絶たないため、日韓は交流すればするほど軋轢が生じていく事となる。


※一部を除き、引用記事が日本語の場合には文中にリンク用アドレスとタイトルのみ表記、韓国語のものやリンク切れで参照不能な記事のみ文末にまとめて本文を引用します。
※本文中のリンクは引用の元記事、或いはインターネットアーカイブやウェブ魚拓(別サイト)へのリンクです。


1:韓国人には解らない日本


まずはこちらの記事から

【寄稿】無料でタオルを提供しない日本の公衆浴場
朝鮮日報 2017/12/31
https://web.archive.org/web/20180107002148/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/12/29/2017122900944.html

 日本の公衆浴場、いわゆる「銭湯」では多くの場合タオルが準備されていないため、入浴客は自分でタオルを持ってくるか、その場で購入しなければならない。そのため日本人は入浴を終えて出る時はタオルを固く絞って体を拭く。韓国人の目からすると、このような光景はどこか貧乏くさく見えるかもしれない。そのため日本の公衆浴場を初めて利用した韓国人の多くはこれをばかにして舌打ちをする。「タオル一つで何を丁寧にやっているのか」と考えるのだ。

 ただその一方で日本の公衆浴場は料金が300-500円と韓国よりも安い。日本における人件費の高さ、水道や電気料金のレベルを考えると、韓国のようにタオルを提供していると料金を安く維持することができないのだろう。

 また日本人はこのような費用以上に「公平性」を重視する。タオルを無料で無制限に使えるようにすれば、マナーのない利用客が得をし、環境を考えてタオルを無駄に使わない利用客が損をする。誰かが5枚のタオルを使い、他の誰かが1枚しか使わないのに同じ料金だとすれば、一方は不当な利益を得て一方はそれだけ損をすることになる。そのためタオルは各自が準備し、その代わり入浴料を安くする。それが日本人の持つ公平性という考え方だ。誰もが使っただけの費用を負担することが、全体にとって最も公平になるということだ。

 これは公衆浴場だけの話ではなく、飲食店などでも同じだ。日本の飲食店では無料で提供される料理などほとんどない。客は食べたいものがあればそれだけ料金を支払わねばならない。日本で韓国人がそのような経験をすれば「日本人は本当にけちでみみっちい」と感じるだろう。しかし私は日本人の日常生活に見られるこのような公平性への執着、あるいは徹底した態度はけちだからではなく、合理的な考え方が反映されたものと考える。

 一見すると韓国にはただでもらえるものが多いようだが、実はそれらは全て基本料金に含まれているケースが多い。言い換えると、さまざまな観点から公共の利益を考え、節制するマナーのある客の方が損をする構造になっているのだ。受益者負担という考え方あるいは原則が日常生活に適用されれば、それはけちではなく現状に合わせて浪費を防ぐ知恵になるのだ。

申尚穆(シン・サンモク)さん(日本式うどん屋「桐やま」代表、元外交官、『学校では教えてくれない日本史』著者)


この記事なのですが、日本人ならばこの内容には違和感しか無いでしょう。
なぜかといえば、そもそも湯上りにタオルで体を拭くのは脱衣場を水浸しにして他者に不快な思いをさせないためであり、「タオル使用の平等のため」ではないですし、この記事の筆者の想定する公益性ともあまり関係が無いからです。


ではなぜ韓国人にはこの記事のように見えるかといえば、韓国では対等の概念が希薄であり、また易地思之の概念もあることから、「他者に配慮する」という行為が「卑屈」に見えるからです。


つまり、他者の迷惑にならないようにするという行為は、「自身が弱いために周囲の顔色を気にしないといけないから」という発想になるため、公衆浴場で脱衣場に上がる前に体を拭くという行為が何のためなのか理解できないわけです。


またこちらの記事では先日亡くなった星野仙一氏に関連し、中央日報が以下のような記事を掲載しています。

【取材日記】日本が星野氏を送る方法
中央日報 2018年01月08日
http://japanese.joins.com/article/257/237257.html

(一部抜粋)
星野氏は自らを「超二流」と呼んだという。一流ではなく、それでも二流ともいえない存在という意味だった。実際、星野氏はトップではなかった。選手または監督として日本シリーズ優勝を経験したのは66歳だった2013年の1回だけだ。日本メディアが星野氏に熱狂するのは強敵にも立ち向かっていく闘志のためだ。


日本人ならば、星野氏が自身を「二流」と自称したのは謙遜であり、また自己の評価は他者が決めるものであるという考え方が根底にあるからだと理解できるわけですが、韓国人にはこれが理解できません。


「自身は常に正しい」という大前提を元に思考するため、自身の評価を自身が行うのは比較的当たり前の行為です。
ですから、本人が「二流である」と主張すればそれを言葉通りに取るわけです。

2:日本人に解らない韓国


当たり前の事ですが、上記のような状態である以上日本人には理解できない韓国人の行為というものもあります。


以下の事例が典型的ですが、タイトルにもあるように季節や行事ごとの贈答品に現金そのものを送るという行為が韓国で広まっているという事が書かれています。

韓国で「贈答用現金」が大人気
朝鮮日報 018/01/04
https://web.archive.org/web/20180107140658/http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/01/04/2018010401281.html

(一部抜粋)
 これまでは、クリスマスや年末年始のプレゼントとして、衣類や靴、玩具などをよく贈っていた。最近では、品物を直接選ぶ代わりに、受け取る人が必要な品物を望みの場所で購入できるよう現金を贈るケースが増えている。現金封筒やボックスなど「現金プレゼント」に関する商品が人気を集めている。


日本の場合、直接現金を送る行為は基本的にタブーですし、何より「相手に選んでもらう」場合にはカタログとセットになった商品券等を利用するのが一般的です。


これは恐らく韓国の賄賂文化から来るものです。
徹底した序列社会である韓国では、贈答品というのは原則的に賄賂としての要素が強く、このため韓国人は賄賂に対して日本人ほどには拒否感がありません。


そのため日常的に賄賂が横行しすぎであったことが社会問題となり、一昨年になって金英蘭法という、「贈答品の金額に制限をかける」法律が施行されました。


保護者の83%と教師の85%は「付け届けの慣行がなくなった」 請託禁止法1年
東亜日報 September. 25, 2017



上記の記事では「付け届けの慣行がなくなったとしていますが、実際には「高額付け届けの慣行がなくなった」というだけです。
実際、以下の記事のように、金英蘭法に触れない額の付け届けはむしろ人気になっています。


大学街では「論文審査の茶菓セット」が依然飛ぶように売れる 東亜日報 June. 19, 2017


序列社会の韓国では、贈答品とはどこまでいっても「付け届け」や「賄賂」の意味合いがあり、序列の上位者に「よい印象を与えるための利益供与」が贈答品であるという認識が下地にあるため、「現金の直渡し」にも日本人ほど抵抗が無いわけです。


序列社会であり賄賂社会である韓国では「相手に物を贈る」という行為に対する認識そのものが日本人と異なっているという事でもあります。


ですから、以前安倍総理がトランプ大統領に送ったゴルフクラブも、韓国人から見たら「付け届け」にしかみえなかったという現象も発生しています。


※2018年1月11日22時10分追記
例えば日本でも現金を送る習慣として、結婚式や葬式、或いはお年玉などがありますが、これは相手に対して何らかの見返りを求めるためというよりも、共同体の中での共助という意味合いが強く、韓国の現金贈答文化とは意味合いが異なります。


3:「誰」が最も問題か


日本と韓国では、このように何気ない日常の小さな出来事ですらその認識にかなりの違いがあり、更に問題なのは双方にとってマイナスイメージになるような「違い」が多数ある事が特徴的です。


日本の常識と他国の常識が違う事は特段珍しい事ではないですが、こと韓国関連では単に違いだけでは済まされない事例が非常に多いという事です。


ですから当然、日本と韓国は普通に交流しようとしても本来は上手く行きません。
表面的に上手くいったように見えても、必ずどこかで軋轢が生まれます。


そしてその軋轢は容易に相互不信につながります。


例えば、韓国人の日本人への感想などを見ていると、「日本人には二面性がある」と指摘する韓国人をよく見かけます。


これなのですが、詳しく調べていくとその多くが最初に挙げた「配慮」や「謙遜」に関連している事がわかります。


彼らは日本人の配慮や謙遜を「弱いからだ」と判断し、自身のほうが序列が上なのだと認識するケースが多いのですが、日本人には当然その意識は無くお互い対等であると認識している場合が多いです。


そして、その認識のまま「対等の友人として」韓国人に「これはおかしいから直した方が良い」等と忠告すると、韓国人は「裏切られた」とか「いきなり劣等性の指摘をし始めた」と認識します。


その結果「日本人はいきなり態度が変わる、二面性がある」と認識し、相互不信に繋がるわけです。


だからこそ、本来は交流をしたいならば個人単位の自己責任によるもの以上はしない方が良いわけですし、韓国人の日本での組織的な就職斡旋なども本来はしない方が良いわけですが、日韓友好を訴える人達は違いそのものを否定し強引に交流事業を進めています。


こんな事をしても双方にとって不幸しかないわけですが、彼らは価値観の違いの指摘すら「悪」であると否定し異論を排除しようとします。
ある意味、こうした友好を強引に進めようとする人々こそ「日韓問題最大の原因」と言えるでしょう。




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他93件のコメントを表示
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>>98
あまり、横からとやかく言うのもどうかと思うけど、KDKS観察部さんは一度主さんの記事を主要なものだけでも過去から読んだ方がいいと思います。
時間が無いのであれば、動画でも。

「両者が社会の中において生存していくには互いの考えを尊重し、妥協しあうという文脈で協力していくほかない」というのはその通りなんだけど、韓国と日本の間では互いにそれが成立しない文化になっているというのが主さんの記事を読んで自分が感じた事なので。
日本の価値観と韓国の価値観のどちらが優れているとかいう話ではないです。
価値観の優劣を競うのは、例えば沙漠に住む生き物と極寒の地に住む生き物で、どちらが優れているか比較するくらい意味が無いです。どちらも、その環境に適応し生き延びるためにそうなった結果だからです。

沙漠の生き物を南極に連れて行った結果、すぐに死んでしまったとしても、その生き物が弱いわけじゃない。
逆に、南極の生き物を連れて行った結果、すぐに死んでしまったとしても、その生き物が弱いわけでもないです。

ここからは自分の勝手な推測なのですが、韓国が徹底した序列社会になっているのは、歴史的にずっと中国の属国だったからというのがあると思っています。
つまり、中国を初めとして上からどんな理不尽な要求でも徹底して従わないと生き延びる事が出来なかったわけです。
そして、そういう序列社会の中では激しい競争があるため、思いやりなどという真似をしていては、それもまた生き残りには非常に不利になります。
そういう地域では、日本人的な価値観では生き残る事が難しく、逆に人を押しのけ、足を引っ張ってでも自分の利を求める韓国人的な価値観こそ、生き残りに適した価値観になっているのだと考えられます。

また逆に、韓国人的な価値観では日本という地域では周囲の反発が強くなり、集団から孤立し生き残りには不向きな結果となると考えられます。村八分が何故生まれたのかまでは答えを持っていませんが、周囲との協調が無ければ、日本では生き残るのが難しいことになっていた結果ではないかと思われます。

この様に価値観の違いがある以上、互いを尊重と言っても「尊重」の意味すら異なります。
日本的価値観では、相手を対等な関係として認め合う事を尊重と考えます。
対して、韓国的価値観では序列が上の存在に従う事を尊重と考えているのかも知れません。
そして、韓国人的価値観では、ほぼ無条件に自分を日本人より(というより、韓国人以外を)上位の序列と考えます。理由はウリではないからです。

KDKS観察部さんは、日本人的価値観で尊重しあう事を考えられているようですが、残念ながらそれが成り立ちません。
韓国人と交流するということは、韓国人的価値観によって序列を下位に置かれ、徹底して要求を飲まされ続ける事になりかねません。
また、韓国人には妥協の文字はありません。そういう真似は生き残りに不利になる社会のため、あり得ないのです。
こういった背景から、韓国人には日本人と同じ価値観での尊重の精神がありません。そのため、日本人から見て一方的ないし不当な主張をし続けてきます。
少なくとも自分は、これを尊重とは思いませんし友好とも考えられません。
日本人的価値観で尊重しあう事が成立しない。それが、お互いに分かり合う事が難しい原因なのだと思われます。

あと「ネトウヨに見られる極端な主張」とありますが、まあ口汚く罵るのは自分もどうかと思いますが、差別感情というよりも、こういった背景を知ったり体験したりした結果の怒りとして「交流にはほとんど得られるものが無い。むしろマイナス」という結論に至った方達も多いと思うので、一方的にネトウヨといった侮蔑的な表現を使われるのもいかがなものかと思います。
3ヶ月前
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>>98
その件に関して、明日回答させていただきます
3ヶ月前
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>>99

ネトウヨ的云々・・・についてはもちろん主さんを侮蔑しているのではないですし、考えなしに感情論でしょうもないことを言っている人たちのことですね。もっと言うと「知性の欠けた」人間の形した猿のことですね。理屈無しで人を罵倒してほんと生きてて楽しそうだなぁって思っちゃうああいう人たちのことです。言葉がちょっと・・・と思ったのであれば申し訳ない。でもね、嫌いなんですあいつら(汗

次に、私の考えと主さんの考えは、おそらく比較的反対側からのアプローチをとるため、韓国的な価値観のように相手方の価値観を相手にする点については私の思考ではおそらくないしはほぼ出てきません。
その代りに、尊重や妥協の文脈で関係の密度を決定していくという方向を志向することとなるわけです。そしてこの考え方は、どのような相手に対しても一貫して適用可能な説明となっている点優れていると思うのです。
個別具体的事情によって決定していこうとする向きで考えると、考慮すべきことを考慮せず考慮に入れるべきでないことを考慮に入れるという他事考慮の危険が常に付きまとう危険があると感じるわけですね。

他、尊重というのは相手を受け入れるないしは相手の主張を飲むという意味では使ってません。一応相手の言いたいことは言わせてそれは相手が信じるところのものなのだろうとして扱うという文脈で使ってます。海外のスポーツ選手とくにF1選手がよく使うリスペクトとほぼ同じ意味合いで使っています。
そのため、相手の主張が過剰であり、妥協点が見つからず折り合えないのであれば縮小させてよく、最終的に関係を最低限のものにして良いという結論へつながっていきます。この点おっしゃられる「日本的な尊重」よりも冷たいと後ろ指さされるような批判がありそうなものとなっています。
ただ、この点友人関係のようなものと異なり妥協なり尊重なりが必要な関係であるなら、利害関係で調整するほかないと思うのですね。相手のことを無条件で受け入れられないのですから。

以上取り急ぎ、言葉が足りないと思われる点の補足になります。

一応誤解の無いように明らかにしておこうと思うのですが、主さんの考えは私自身にはない面白い視点と思っており、勉強になるなぁと思っている次第で、勿論決して攻撃的な意図は一切ありません。
3ヶ月前
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>考えなしに感情論でしょうもないことを言っている人たちのことですね。
>嫌いなんですあいつら
めっちゃブーメランやんけ
3ヶ月前
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>>102
ネトウヨという言葉についてですが、主さんを指しているのではないことは理解しています。
主さんを攻撃しているとも、自分は思っていません。
他にも条件はあるかも知れませんが、おそらくKDKS観察部さんは「韓国に対して強く拒絶の感情を持ち」なおかつ「口汚く侮蔑する」人達のことをネトウヨとしているのだろうと、自分は判断しているので。
ただ、ネトウヨという言葉は基本侮蔑表現であり、しかも使う人の主観によって範囲がバラバラな非常に曖昧な言葉です。
意図しない伝わり方をする危険性もありますし、罵倒を嫌う人が罵倒表現を使うというのも、他の人から見て信用を失うでしょう。
自分なんかが言うのは差し出がましいとも思いますが、今後は使うのを控えた方がよろしいかと思います。
主さんのマスコミ問題を扱った記事もありますので、そちらも見られるといいかも知れません。

次に「尊重や妥協の文脈で関係の密度を決定していくという方向を志向する」という話ですが、これは自分も汎用性の高いアプローチ方法だとは思っています。
しかし、万能のアプローチ方法ではないと考えています。
そして、残念な事に韓国には全く通用しないアプローチ方法なのではないでしょうか。

かつて、韓国の人達と付き合う事に期待や希望を抱いた多くの人達が、そのようなアプローチで接してきたと思います。
そして、価値観の違いから互いに大きな摩擦や軋轢を生み出すことになってしまいました。
ひょっとしたら、KDKS観察部さんは「誰もが真の意味で尊重や妥協が出来ていなかったからそうなったんだ」と思われるかも知れません。
ですが、現状に至ってしまうくらいにこじれてしまった以上、そんな単純な理屈が原因だとは自分には思えません。
また、日本的な価値観で見てそういったアプローチが出来ていなかったようにも見えません。
逆に、価値観の違いを無視して「尊重や妥協の文脈で」というアプローチをしてしまったからこそ、こじれてしまったと見ています。

「一応相手の言いたいことは言わせて」というアプローチもくり返されてきたと思います。
慰安婦問題なんかでも、そうだったと自分は見ています。
しかし、慰安婦問題に限らず「相手の主張が過剰」であり「妥協点が見つからず折り合えない」「利害関係がマイナス」という結果が既に散々出ています。
繰り返しになりますが、それ故に今は「関係を最低限のものにして良いという結論」に達してしまった人が多く出てきたという状態なのです。

自分は、別に個人間での交友のケースまでは否定しません。
韓国人を広く見て傾向がこうだからと、個人の個性を無視して「韓国人だから~」「韓国人とは~」と決めつけるのは、なんか違うと思ってます。
そして、同時に個人間のケースの経験をそのまま拡張して「韓国人みんなこうなんだ」と韓国人の傾向を無視するのも違うと思っています。
この点、「ミクロな~」「比較的反対側から~」という言葉から、ひょっとして後者のような考え方をされているのかなと気になった次第です。

なので、KDKS観察部さんの主張は先人達の色々な失敗ケースの繰り返しにしか見えない上に、これまで得られた結果も無視しているように見えるため、つい色々と言いたくなってしまったわけです。
あと、ご興味があるのでしたら、是非とも主さんの過去記事や動画を見る事をお勧めします。
既に読まれているのかも知れませんが、一記事を見ただけでは、理解するのは難しいですし、疑問が湧いてもそちらで分かる問題って多いと思うので。

まあ、自分もKDKS観察部さんの主張をどれだけ理解しているかというと、多分しっかりとは理解できていないし、仮に説明して貰っても理解に時間かかると思うので、あまり偉そうな事は言えないよなあと思ってますが。
3ヶ月前
×
>>102
まずKDKS観察部さんの考え方の最大の問題点として、主張が非常に抽象的・形而上学的で実態を伴っていません。
その根拠として、私は問題点の統計情報と個別の事例における弊害の具体例を提示しましたが、KDKS観察部さんのその後の主張にはこの点が一切考慮されていません。

更に問題なのが、

>相手の主張が過剰であり、妥協点が見つからず折り合えないのであれば縮小させてよく、最終的に関係を最低限のものにして良いという結論へつながっていきます。

としていますが、これは要するに事故が発生する原因を特定しその原因を予防しようという主張に対して、「事故が起きたら対処すれば良い」「予防措置など要らない」と言っているようなもので、状況をより悪化させるだけです。

なぜなら、そもそも統計上韓国的的な価値観は日本人どころか「韓国在住の」外国人全般にすら良く思われていないことがはっきりと数字に表れているわけですから、常識的に考えて安易な接触は「問題が発生する可能性が高い」事が明白であり、それは容易に事前予測が可能だからです。

本来この点を踏まえて反論するのならば、「交流をするのならば双方の価値観の違いをお互いしっかり学習してからすれば可能」等となるはずですが、KDKS観察部さんの回答にはそれすらありません。

以上の点を踏まえて私の出した結論は、KDKS観察部さんは結論ありきで思考しており、最初から異論を聞く気も考慮する気も無いという事です。
そもそも、私の提示した情報は「どの方向からのアプローチ」であっても、本来は結論が変わりません。
変わるのは提示されたデータへの反証を行った場合と、「結論ありき」で最初から相手の主張を考慮する意思が無い場合のみです。

ちなみに、韓国的価値観は以下の記事で提示したように「義務教育」で形成されています。
ですので、この「日本人と相容れない価値観」を考慮しない交流など非現実的です。

韓国人が日本人から嫌われる根本的原因
http://ch.nicovideo.jp/ooguchib/blomaga/ar547023
3ヶ月前
×
>>102>>104
そもそも日本と韓国では協調や妥協の意味や概念そのものが違っているという事も重要ですね。

日本と韓国では「協調」と「妥協」の意味が全く違う
http://ch.nicovideo.jp/ooguchib/blomaga/ar702951
3ヶ月前
×
 興味深いやり取りでした。途中から自分が感じた事を「食への姿勢」で喩えると、大口さんはこれまで記事等で「これらを食べた事で中毒が多数確認されている、よって基本的に食べるべきではない(個人の自己責任での挑戦は否定しない)」と主張されている様に見受けられます。それに対してKDKS観察部さんは「皆も何だろうと一度は食べてみるべき」と主張している訳で、国家や集団での(強制的な)交流まで肯定してしまうと…個人的感想としては「毒を他人に勧める人」に見えますね。
 勿論KDKS観察部さんにとってそれは毒ではないという認識なのでしょうから、議論をしても結局平行線でしょうけれど。
3ヶ月前
×
自分は、山登りに例えてこんな具合かなと思ってます。
ある人が引っ越しました。
その引っ越し先には山がありました。ぱっと見、その人がこれまで登ってきた多くの山に似ています。
この山に遊びに行くと楽しそうだなあとその人は思いました。

でも、実はその山の中には危険生物がいっぱいで、難所もいっぱいで、事前知識も入念な知識も無ければ到底攻略できないようなところでした。
そして、これまでに標準装備で挑んだ人達が高確率で事故を起こしていました。

そんなところに、その人はこれまでの経験通り、標準装備で挑もうとしています。
だから、その山のことを知っている人は、その人を見つけたときに止めようとしました。
「そんな装備じゃ事故になる」「挑むにしても、もっとよくその山の事を知って万全の準備をしてから挑め」と。

漫画なんかだと、モブが「うるせぇっ!」とか言って止めようとする人を押しのけて先に進んで、姿が見えなくなった数コマ後に「ぐぇ~っ!」とかいう悲鳴を上げる展開ですね。
もしくは、主人公が後に続いたら道中でモブの死体を見つけたり。
2ヶ月前
×
数日間身内に不幸が起こりかけたため家を空けてました。

どんなやり取りだったかを思い出しつつ、またコメントをさせていただこうと思うのですが、何せ状況が悪いため帰ってこれないかもしれません。

ひとまず、ここまで説明いただいた件お礼をもうしあげます。
2ヶ月前
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