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俺の棒銀と女王の穴熊〈6〉 Vol.28
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俺の棒銀と女王の穴熊〈6〉 Vol.28

2016-07-12 21:00
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         ☆

    「すごーい、プロと一緒に仕事してるんだー」
    「将来はやっぱ、将棋の仕事に就くの?」
    「い、いや、どうでしょうね」
    「そういやこの前さ、将棋系男子って特集が雑誌であって!」
    「あったあった。策士っぽいとか言われない?」
    「全然ないです……」
     明くる月曜日の昼休み、来是は学食で紗津姫と肩を並べていた。彼女は女子の友達数名と一緒だったので声をかけずにいたのだが、その友達のほうが来是を誘うという予想だにし得ない事態である。
     年上のお姉様方に囲まれてランチ。さすがに気後れしてしまうが、またとないチャンスだ。紗津姫が同学年の友達と語り合うところは、あまり見たことがない。これまで知らなかった彼女の姿が見られるかもしれない。
     もっともあちらは、そんな思惑など知る由もない。受験勉強のストレス発散には後輩男子をいじるのがいいと言われたあげく、ただ一方的に話題の種にされ、少々げんなりしてきた。しかし愛しの女性の前でシケた面はできない。これも男として成長するための試練なのだと、前向きに考えることにした。
    「もう半年以上になるのよね。あんたがアイドル宣言してから」
     上手い具合に話を転換してくれたのは新谷だった。昨年の学園祭で実行委員だった彼女は、ミスコンの司会として誰よりも近くで紗津姫のスピーチを聞いていた。
     あのときの光景を、もちろん来是は鮮明に思い出せる。録画した動画を見返したことも数知れない。
     神薙紗津姫こそが、唯一無二の将棋アイドル。そう信じて疑わない。伊達名人は彼女を、将棋アイドルの「第一号」としてプロデュースすると言っていた。しかし、紗津姫と同等の人材など、これから先現れるものだろうか。彼女と同じくらい魅力的で、将棋の楽しさ素晴らしさを伝えることのできる人など……。
    「で、大学行かないで将棋アイドルに専念するわけでしょ?」
    「ええ、そのつもりです」
    「受験しないって、超うらやましいんだけどー」
    「そっか! 夏休みは悠々自適じゃん!」
    「卒業したら、独立して生計を立てることも考えてます。うちも今から物入りになりますから」
    「あー、弟か妹が生まれるんだよね。大学の学費に回すより、そのほうがよっぽどいいよね」
    「予定日はいつなの?」
    「一応、来週で」
    「来週かあ。それならアマ女王を見事防衛して、すっきりした気持ちでご対面できそうですね」
     城崎未来を挑戦者に迎えるアマ女王防衛戦は、いよいよ今度の土曜日。もちろん勝負に絶対はないが、紗津姫に負ける要素が見当たらないのも事実。去年は気が気でなかったが、今年は余裕で朗報を待つことができそうだ。
    「防衛できるように、頑張ります。あとでトレーニング、付き合ってくれますか?」
    「もちろんです!」
    「きゃ、一対一で? ふたりっきりで?」
    「そ、そんなわけないじゃないですか。部活のときにってことですよ。ねえ先輩」
     紗津姫は穏やかに唇を曲げるだけだった。ふたりっきりなら、もっとよかったのに。そう思ってくれているに違いないと来是は思った。そう思うことがもう自惚れではないくらいに、彼女との距離は近づいているはずだ。
     そうして数時間後、部活をはじめるにあたり、紗津姫から挨拶があった。
    「まずは大会、お疲れさまでした。普段の練習とは違う、負けたらそこで終わりの真剣勝負、きっと得るものがあったと思います。かつてないほど好評ということで、LPSOの先生たちも喜んでいました」
    「紗津姫さんはゲストだったんでしょ? 何をしたの」
    「指導対局とか、ちょっとしたトークショーとか……。昔の女流棋界のことが話題になったりして、すごく面白かったですよ」
    「へえ、自分が出れそうな大会があったら、次は行こうかな?」
     山里が言った。来是は内心、ぜひそうしてくれと思った。
     先日の解説会以来、LPSOのことを応援したいという気持ちが高まっている。そのためにはまず、ファンが足を運んで支えることが大事だ。もちろん、それに見合うだけの魅力的なイベントを打ち出してくれるのが前提条件だが。
    「でも神薙先輩、どうやったら上手くなれるか、全然わかんないです……」
     ひとりの一年女子が、切なそうに口にした。
     それはおよそすべての将棋ファンが、抱えている悩みだろう。アマチュアトップクラスになれるほど上手くなりたいというわけではない。しかし、勝ちたい。初級者レベルを脱したい……。
    「上手くなる方法……ですか。毎晩詰将棋をするとか、ネット将棋で実戦を積むとかが基本かと思います。もちろん部活も頑張って」
    「ええと、そういうのはもちろんわかってるんですけど……すいません、上手に言えなくて。でもひたすら頑張るしかないって言われると、ちょっと辛いっていうか。辛くならない、上手くなる方法があれば……」
    「う、うーん、そうですね」
     紗津姫は答えに窮していた。当然だ。そんな質問、プロでも困ってしまうだろう。
     どんな競技もゲームも、頑張らずに上手くなれるわけはない。だから歯を食いしばって頑張れ。おそらくこれが一番適切な答えになってしまうのだが、彼女は別の、もっといい答えを懸命に探そうとしている。
     ……一朝一夕で出るわけのない答えだ。何か助け船を出したほうがいいだろうかと思ったそのとき。
    「紗津姫さんに聞いても無駄じゃない?」
     カッターナイフで切りつけるような鋭い言葉。部室内に緊張した空気が流れた。
    「依恋、何言ってんだよ」
    「だって紗津姫さんってさ、なかなか上達できなくて悩んだ時期とか、まるでないでしょ? 下手な人の気持ちなんかわかるわけないじゃない」
     高遠との会話が、否応なしに思い出された。
     ずば抜けた才能ゆえに、神薙紗津姫は将棋が上手くない人の気持ちをわからない。わかることができない……。
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