あの頃のプロデューサーはまだ明日の地図さえ持たずに(私見ニコマス10周年を迎えて)
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あの頃のプロデューサーはまだ明日の地図さえ持たずに(私見ニコマス10周年を迎えて)

2017-01-11 02:26

    (※2016年春に、ある同人誌に寄稿したものに一部改稿を加えています)


    はじめに


    2015年、アイドルマスターは10週年を迎えた。

    その長い歴史を支えたのが、プロデューサー(※アイマスではファンのことをそう呼ぶ)達の熱意であることはもはや言わずもがな。

    しかし、石原元Dを始めとした作り手達の、限りない愛着と不屈の努力もまた、アイマスが長い月日を駆け抜ける上で、決して欠かすことの出来ないモノだったはずだ。

    彼らのしたことは正解ばかりではなかった。むしろ間違いの方が多かったのかも知れない。だとしても、アイマスに見切りをつけることなく粘り強く続けてきたことが、今の繁栄に繋がっているのだ。

    いえども、『間違いがあった』ということは、何かを失うこともあったということでもある。

    僕にとっては、ニコニコ動画におけるアイドルマスター、いわゆる『ニコマス』がその何か、なのかもしれない。

    『なのかもしれない』としたのは、今でもアイマスの二次創作動画がニコニコ動画上では一定数投稿され続けているからだ。ビーマイベイベー大人気だしね

    だが、あの頃のニコマスは、単にそうした二次創作の一環として作られた動画以上の何かだと、たとえそれが筆者の幼さゆえの思いあがりだとしても、そう思わせてくれるだけの何かを持っていたのだ。

    アイマスの栄光が輝かしく取り上げられる今だからこそ、失われたあの日、あの頃の『ニコマス』を振り返ろうではないか。



    ニコマスは神の国だった。


    始まりは2007年、何者かによって、Xbox360版アイドルマスター(以下、箱版)のプレイ動画が投下されたことがきっかけだった。

    当時は3Dシェーディングで萌えキャラを可愛く表現したことを売りとするゲームは『アイマス』ぐらいであり、その物珍しさが、ニコニコ動画という新興メディアをどう遊ぼうかと手で探っていたギーク層の目を惹きつけた。彼らはゲーム中のダンスパートを切り抜き、PV風に仕上げたMADを作るようになっていった。

    そして単なる既存映像の組み換えに飽きたらず、キャラクターの動作までもがフレーム単位で切り抜かれるようになる。当然ながらそれを実行するためのソフト・ハードを持つ人間は限られるし、当時の箱版にはダンスパートのみを再生する機能は無かったので、素材を揃えるためにはSLGパートをいちいち攻略する作業が不可欠だった。

    アイマスの個人別キャラソンCDも初登場したのも後押しし、ニコマスはみるみるうちに発達した。

    春閣下」「変態淑女千早」「フヒ歩」を始めとした二次創作特有の過剰なキャラ付けが続々と生まれ、架空戦記にifモノと、花開くように様々な二次創作が生まれた。
    また、今でこそとんでもない数に膨れ上がったアイマスのキャラクターも、当時はまだ少なく、雑誌のピンナップにいたモブキャラクターや、コミカライズのオリジナル悪役(※特に、『魔王エンジェル』が高い人気を呼んだ)にも目をつけるなどと、僅かな材料の中から、新しい何かを生み出そうと言う気概にあふれていた。

    そんなニコマスの世界は、まだ義務教育の真っ只中にあった僕にとってはまさしく『神の国』であり、高度な技術を用いてアイドルたちを切り取り、命を吹き込む術を持ったプロデューサーたちは『神』以外の何物でもなかった。


    綻びはあったが


    2009年になると、765プロを敵対視し、そこからヘッドハントした星井美希を擁する961プロ※ほか2名の新人に我那覇響と四条貴音! この二人は、ライバルとして登場したのだ。)と、提携企業の876プロが登場し、ライバルと後輩世代の出現に、界隈は大きく沸き立つこととなる。
    美希の移籍はゲームシステムという面で見ると事実上のNPC降格で、その点では褒められたものとはいえなかったが、話を膨らませられる二次創作的には美味しいという側面があったので、大事には至らなかった。
    そしてニコマスにおいても動画合作投稿イベントシネ☆MAD3rdが開幕し、ストーリー、PVが一体となった動画作品が、ニコマス外でも話題を巻き起こした。


    一方、動画投稿イベントで菊地真にレスリングシリーズの登場人物の挙動を真似させた動画が投稿され万単位の再生を叩きだすと、その作者に批難が殺到し炎上するという事態が起こるなど、特異な潔癖さを感じさせる現象も起こっていた。単なる悪ふざけが、キャラの人格を揺るがし傷つける一大事と捉えられてしまう程に、ニコマスは巨大化していたのだ。
    綻びはあった。だが、それを上回る楽しさがあったからやり過ごせたものだ。

    かくして訪れた2010年雪歩の声優交代という痛手(※当初雪歩の声優は『長谷優里奈』さんだった)こそ負ったものの、公式から発表された『アイドルマスター2(以下、2)』製作中との知らせに、さらに界隈は盛り上がり、数多くのPの『2』への期待と予想は高まるばかりだった。

    それは、高校入学で心身にゆとりを得た事を機に、アイマス公式の音楽、ゲームにも手を伸ばすようになっていた僕にしても同じで、ニコマスという神の国で、素晴らしい映像作品をつくり上げる神たちに敬意を表す日々が、いつまでも続くと思っていた。


    だが程なくして、当時高校一年の世間知らずの糞ガキは、それが幻想でしかないことに気付かされる。


    ニコマス大神殿の崩壊


    2010年9月18日(女性アイドルのライバルなのに!?)男性アイドルユニットジュピターの参戦と、律子、亜美、伊織、あずさのNPC化。この日を境に、神の国は地獄へと変わった。
    あの出来事がどういう因果をもって大炎上にまで至ったか
    は、人によってかなり見解が分かれるところではあるが、とにかく界隈が荒れに荒れた、その事実に変わりはない。というわけで怒れるプロデューサーは2肯定派と否定派に分かれて口汚い言葉で罵り合う抗争を繰り広げ、そこに『はちま起稿(※当時はちまは『はちマス』というアイマス情報ブログを運営していたが、件の騒動を受け即更新停止、アンチに転じるという卑劣極まりない行動をとった)を始めとしたイナゴがたかる地獄絵図。争う気力のない多数派は沈黙するか立ち去るのみ。

    否定派の一部『2』取り上げられなかったアイドル(※前述した魔王エンジェルや876プロ)反公式のシンボルのように掲げたことも、対立をさらに深める事となった。
    僕は否定派だったが、自らの愛したアイドルたちが対立の道具として扱われ攻撃され、腫れ物のようにされていく界隈の状況には納得しがたいものがあった。

    期待を裏切られたという落胆は、自分の中の聖域が破壊され、自分たちの理想としていた者の醜さを見せつけられる苦しみへと変貌していった。
    そして僕は、アイマスを去った。ニコマスも見なくなった。そしてもがき逃げるように様々なジャンルの映画、漫画、音楽を漁り続けた。


    そして結局どうなった 


    あれから5年半、今の僕は……アイマスに夢中だそれもあの頃より。
    なんでかと聞かれれば……、それは他の『戻ってきた人たち』と同じように、アニメでちょっと関心が出て、ソシャゲで再燃したという調子である。

    ソシャゲではイベントへの課金で入賞を二度経験(※少ない方です)、上京を機にライブにも行くようになった。
    しかし、ニコニコ動画をアイマス目当てで見ることはなくなった。見るとしたら自分の好きな特撮や、例のアレ(※淫夢とかレスリングとかゼEROとかエア本とかいった『ニコニコ動画の鼻つまみ者共』の総称)に絡むものがほとんどで、アイマスに関して公式の生配信以外はマメにチェックすることはなくなった。これは先ほど挙げた『戻ってきた人たち』にしても同じようだ。

    そして、MMD※フリーCGアニメ編集ソフトMikuMikuDance。初音ミクのダンスPVを簡単に作れるという触れ込みで登場し、圧倒的な汎用性の高さで爆発的に普及した)の出現、前述した例のアレ界隈から始まったBB素材の大量投稿ブーム等により動画制作の敷居が一気に下がり、ニコマスのPが「神」と呼ばれることはほぼ無くなった。
    『底辺P』
    『ニコマス元老院』など、今のアイマスPの何割が覚えていることだろう?

    動画の影響力や意味合いが変わったので、響や真が淫夢ファミリーの挙動を真似したところで、それが波乱を巻き起こすこともなくなった。

    要するに、アイマスの中心はニコニコでは無くなった、ということだろう。それはアイマス自体の知名度が向上し、プロデューサーが最大限に楽しめる場所が拡大したということでもある。

    もがいていたのは公式の作り手達も同じだった。大いなる失望で失ったものを取り戻したいという気持ちがもたらした試行錯誤が、アイマスの通用する場所を広げたのである。

    2014年、かつて場違いなお荷物にされたジュピターが、新たな仲間を引き連れ再スタートを切った
    そして2016年には、長らく止まっていた876プロの物語が、346プロのアイドルたちとの出会いで再び動き出した

    彼らの諦めない気持ちは、確実に実を結んでいる。


    終わりに


    ここまで書いて気付いてしまったことがある。


    僕とアイマスの接近は、環境の変化がもたらしたもので、ここまで書くくらい未練を抱いていたように思えてきたニコマスはただ、その最初のきっかけに過ぎなかったということだ。今のアイマスのイケイケドンドンぶりを見ると、ニコマスがなくても何かのはずみでアイマスにハマり、今に至った可能性を、僕はもう否定出来ない。

    だが、僕は覚えていたいし、アイマスを愛するすべての人々の心に留めて欲しいのだ。まだ何も知らないまっさらな世界の中で、ニコマスが輝いていた日々を。そしてそれを失って気付けたもの、得たものがあって、こうして今生きているということを。
    アイマスとニコニコの出会いが、輝ける歴史の序章を刻んだことに、違いはないのだから。

    なーんてポエムが、これ書きながらガルパン劇場版のEDを聴いてたらこみ上げてきてしまったンだよね。
    要するに、アイマスもガルパンもいいぞ!

    “あの頃のぼくらはまだ 明日の地図さえ持たずに 新しい何かを探してたんだね 変わらない友情も 果たせなかった約束も その一つ一つが ほら ぼくらの「未来」作ってく”

    ―Choucho『Piece of youth』

    動画の話をしたんで、去年インフルに狂って作った自分唯一の投稿動画でさようなら。



    参考文献


    ・ニコマスとP
    ・アイマスの歴史を振り返ってみるブロマガ


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