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ヒーローズプレイスメント公式ノベル「アクアラインの魔女」 3/4
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ヒーローズプレイスメント公式ノベル「アクアラインの魔女」 3/4

2014-09-16 13:02
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    「うーん、今日は調子が出ないなあ……」
     数日後、いつものようにあくあは、復旧したアクアラインの上空を飛んでいた。
     普段なら、侵攻を企てる吸血鬼の一団くらい、すぐに見つけられる。しかし、今日は珍しいことに、夜半を過ぎても吸血鬼が出てくる気配はなかった。
    「んー、今日はハズレの日なのかな? でも、そのほうがいいかも」
     安堵する自分を感じて、あくあは少し違和感を覚える。普段なら、苛立ちを感じているところだろう。
     その原因は自身にある。彼女はそう感じていた。ほたるを心配させ、常に危なっかしく思われていて、まだ見習いでしかない、弱い自分。
    ――だからもっと、強くなりたい。誰が見ても安心できる強い魔女に。
     そんなことを考えていると、フウがおもむろに話しかけてきた。
    「海ほたるPA(パーキングエリア)の方に魔力を感じるにゃ」
    「えっ、そんなところに!」
     あくあはうろたえた。
     海ほたるPAは東京湾アクアラインの中間にある人工島で、千葉側の海上道路と神奈川側の海底トンネル「アクアトンネル」との接続点、神奈川と千葉の最前線に当たる場所だ。
     そんなところにまで吸血鬼が現れ、しかもそれに気づいてなかったとは、全くの不覚だった。
    「急いで向かわなくちゃ!」
     彼女は箒の方向を変え、全速力で海ほたるPAに向かう。すると、そこの一角から、海を見ているひとりの人影を捉えた。
    「罠かもしれないにゃ、気をつけるにゃ」
     フウの忠告にしたがって、あくあは周辺を魔力探知するが、特に罠というわけでもないようだ。ただ、その人影からは、非常に強い魔力を感じた。
    「強いよね……どう仕掛けようかな」
     そんなことをつぶやきながら接近したところで、人影はあくあの姿を見ると、こう話しかけてきた。
    「アクアラインの魔女見習いさん、今夜は少し趣向を変えて、お話なんかどうかしら」
    「吸血鬼が魔女と話をしたいなんて、おかしいよね……何かあったのかな」
     あくあは考えこむ。
     もし吸血鬼側に何かあったとしたなら、それがどういうものであれ、あくあに取って聞き捨てならないことだ。
     強大な吸血鬼と直接相見えるのは危険を伴うが、これでも戦闘にはそれなりの自信がある。
    「――まあ、聞くだけ聞いてみるかな」
     そう判断すると、あくあは海ほたるPAに舞い降りた。
     そこに佇んでいたのは、ほぼ裸体の上にファーの付いた真紅のコートをはおり、中折れしたとんがり帽子を被った、セクシーな吸血鬼だった。あくあは目のやり場に困る。
     彼女はあくあが目の前に降りてくるのにも動じず、むしろ興味の視線を向けてきた。
    「はじめまして、アクアラインの魔女見習い、川崎あくあです」
    「はじめましてあくあさん。わたしは千華かごめ。千葉の吸血貴種ですわ」
     挨拶を交わしたあと、あくあはいきなり本題に入った。
    「一体どんな話なんですか?」
    「そうねぇ……何から話そうかしら」
     かごめはもったいぶった態度を取って、しばらく考えたあと、こう切り出した。
    「まずは『吸血鬼と人間の共存』に付いてかしらねぇ?」
     あくあは意外な言葉に耳を疑った。あくあの固定観念からはるかに離れたことを、この吸血鬼は言ったのだ。
     それに構わず、かごめは言葉を継ぐ。
    「そう。わたしたちは知的種族として対等に、共存していく方法を模索しているの」
    「なぜですか?」
     あくあの問いに、かごめはどことなく憂いを帯びた口調で応えた。
    「今、吸血鬼は千葉の人間を搾取して貴族ごっこをやってる。だけど、そんなシステムは他のどこでも許されないわ。あくあさん、あなたがそれを許さないようにね」
    「当然です!」
     あくあは断言した。千葉のようなやり方では、人間は餌にされるだけだし、そこにまっとうな人の営みは存在しないからこそ、彼女はアクアラインを守っているのだから。


     かごめはうなづいた。まるであくあの答えを待っていたかのように。
    「理の当然よねぇ――このままだと、吸血鬼は延々と千葉に閉じこめられたまま。そこに未来なんてないわ。だから、わたしはシステム自体を改善しようとしているの」
    「改善?」
     あくあはその内容を聞きたいと思った。それ次第では、対応が変わる。このまま敵対か、それとも――そんな彼女の思惑をよそに、かごめは続ける。
    「そう。改善。今みたいな無秩序な吸血じゃなくて、吸血鬼専用の血液銀行を作って、必要な分だけの血液を、人間から適切な値段で買い取る。広く、浅く、公正に、血液を分けてもらい、それを公正に分配する。対等な立場から、互いに利益を得られるようにしたいと、わたしは思っているのよ」
    「――吸血鬼にも、そういう発想をする人がいるんですね」
     あくあはかごめの発想に感心していた。
     だが、彼女はくすりと笑う。
    「実はね、最初にこのプランを考えたのは人間なのよ。わたしはそれを実現するために、駒を動かしているだけ。わたしの進めてる、いくつかの楽しいゲームのひとつよ」
    「そうなんですか……」
     あくあは驚きを禁じ得ない。人間の意見を積極的に取り入れる吸血鬼など、見たことがなかったからだ。
     そして彼女は話を続ける。
    「わたしはそれほど立場が強くないから、この計画を表立って進めることはできないけれど、そのために力を蓄えているところよ」
     あくあは、かごめの語るプランに魅了されかけていた。
     もしそうなれば、どれだけいいだろう。アクアラインを守る必要もなくなるし、自分の日常はちょっと変わったものになるけど続いていく。このまま、昼の世界の住人として生きていける。――もう、ほたるを心配させることもなくなる。
     しかし、どこかで信用しきれない部分があった。吸血鬼に心を許せば、結局はすべてを失うことになるのではないかという恐怖が、あくあの心にはあった。
     そんなあくあの心境に、かごめは踏み込んでくる。
    「吸血鬼の言葉は信用できないって思ってるでしょ? わたしも信用してもらえるとは思ってないわよ。だけど、あなたとわたしは通じ合う点があると思うから」
    「どこが、ですか」
    「大切な何かを守りたい、平和な日常を守りたい、そういうこと」
     図星を指され、あくあはうろたえた。かごめはさらに言葉を紡ぐ。
    「誰にだって大切なものや守りたい日常はあるわよ。闘ってまでそれを守りたい人はごく一部だけど、あなたはそういうタイプに見えるわ。それはわたしも同じ。だから、話してみようと思ったの」
    「吸血鬼にも、守りたいものがある――」
     これまで、あくあはそんなことを考えたこともなかった。だから、一方的に敵として退治することにためらいを覚えなかった。
     しかし、かごめは、まるで人間のように「守りたいものがある」なんて言って見せ、しかもそのための具体的な行動をしている。人間を一方的に下に見るのではなくて、同じ目線で共存できるよう動いている。
    ――もしかしたら、吸血鬼を一方的に敵とみなすのは間違いなのかもしれない。
     そんな思いが浮かび、あくあは少し、これまでの行動に後ろめたさを覚えてしまった。
     だが、かごめはあくあの心を読んだかのように首を振る。
    「守りたいものがある、それは確かだわ。だけど、その内容と手段は様々。吸血鬼の内部も一枚岩じゃない。わたしがいるように、反対側のものもいるのよ」
    「それはたしかにそうですけど……」
     それでも今、あくあとかごめがそうしているように、分かり合える可能性があるんじゃないかと、あくあは考えてしまう。
     しかし、かごめは残酷な事実を伝える。
    「あなたを侮り、あなたの行動に苛立った君主は、この機会にアクアラインを突破して神奈川になだれ込むつもりよ」
     君主。千葉の吸血鬼を束ねる最高位の吸血鬼。それが大攻勢をかけようというのであれば、相当の数が集まることは確実だった。
    「そんな……!」
     自身の存在と行動が、そんな大きな危機をもたらす原因となっていたと知って、あくあは絶句した。
     その姿を見て、かごめは冷然と告げる。
    「守りたいものが自分の権力や支配欲なら、ヒトの類はどれだけでも残酷になれるわ。今の君主はその典型。わたしたちは反対しているのだけど、多分、かなりの戦力が集まるんじゃないかしら……ざっと1千人くらい」
     その言葉に、あくあはパニックに陥った。1千人の吸血鬼なんて、自分ひとりで相手できるわけがない!
    「ああ、もう、どうしよう……!」
     あくあは、心が折れそうになるのをぐっとこらえる。自分はアクアラインの魔女、これまで一度も負けたことのないヴァンパイアハンターの一族の末裔。1千人の吸血鬼にだって勝ってみせると自己暗示をかける。
     これはただの精神論ではない。強い魔法を使うためにはそれだけ強いイメージが必要とされるためだ。無詠唱呪文に頼っていても、イメージがはっきりしていなければ実力は発揮できない。
     しかし、実力を出し切っても今回の敵には勝てないかもしれない――そんな不安があくあの胸にしこりのように残っていた。
     はっきり言って、怖い。それでも、闘わなければならない。
     そう。あの日常が破壊されてしまうのを防ぐために。自分を川崎あくあという人間として大切にしてくれる人々のために、自分は魔女として闘おうと思う。
     それが吸血鬼にとって守りたいものを壊してしまう行動だとしても、他人を支配し、搾取する権利を守りたいなんて身勝手なものなら、自分はそれを壊すことに躊躇しない。
     彼女はそう、覚悟を決めた。


     そしてあくあは今、アクアラインの上空から、迫り来る1千人の吸血鬼たちを見下ろしていた。
    ――自分はこいつらを、アクアラインの魔女として食い止めないといけない。
     ともすれば絶望的になりかける心を奮い立たせ、あくあはつぶやく。
    「それでも、やらなきゃいけないの」
     彼女の眼下では、吸血鬼たちが隊伍を組んで、神奈川に向かって歩んでいくのが見える。このまま海ほたるPAを超えて、アクアトンネルに侵入し、神奈川へと向かうつもりなのだろう。
     あくあは、そんな吸血鬼たちに、まずは挨拶代わりに火球を打ち込んだ。
    「ファイアボール、トリガー!」
     検索術式に自身の魔力をも上乗せして射出。これまでできたことがないほど大きな火球が生まれ、凝縮されたエネルギーを地表で炸裂させた。
     それだけで数十名の吸血鬼が火達磨になり、東京湾へと飛び込んでいく。
     狼狽する吸血鬼たちに向かい、あくあは大声で名乗りを上げた。
    「アクアラインの魔女見習い、川崎あくあ、見参! わたしがいる限り、あなた達を渡しはしません!」
     名乗りとともに、もう一発ファイアボールを打ち込む。その爆撃で、さらに二十名くらいが落ちていく。
     しかし、こんな大技は何度も使えない。吸血鬼たちもそれは承知のうえで、人海戦術で突破しようとしてくるから始末に悪い。彼女は持久戦の不利を覚えざるを得なかった。
     帽子の中から這い出してきたフウが、あくあに言う。
    「こんな数じゃ勝負にならないにゃ」
    「そうね……いっそトンネルの中で待ち受けるかな」
    開けたアクアラインと違って、アクアトンネルの中には逃げ場がない。それだけこちらが有利に闘えるということだが、突破されたらおしまいの背水の陣だ。
     だが、そこにこそ勝算があると、彼女はその時ひらめいた。
    「フウ、行くよ!」
     そう告げて、全速力で神奈川側のアクアトンネル入り口まで箒で移動する。
     入り口で一気にターンしてトンネルへと入り、中を疾走して、ちょうどトンネルの中間地点に当たる場所に着地すると、両足を床へと踏みしめた。
     あくあはそこに陣取り、箒を魔力焦点具にして、常なら行わない呪文詠唱を行い、周囲から魔力をかき集める。多大な集中力のいる作業だったが、今のあくあにならできた。
     そしてようやく大魔法発動の準備ができた頃、百名単位の吸血鬼たちが突っ込んできた。無数の喚声がトンネルの中に響き渡り、足音とともに不気味な戦場音楽を奏でる。
    「早く撃つにゃ。危ないにゃ」
    「フウ、まだダメ。もっと引きつけるよ」
     猛然と迫り来る吸血鬼の大群。先頭集団はもう、あくあから百メートルもない場所まで迫っている。吸血鬼の足なら数秒の距離。
     そこであくあは、ようやく魔法を発動した。
    「シャイニングブラスト……」
     その威力は本来大きくはない。強烈なサーチライト程度のものだ。人間が直視しても一時的に失明する程度。日光への弱点を持つ吸血鬼にすら、致命打とはなり得ない。
     しかし、あくあは無詠唱呪文の特性を利用した。登録されている魔法を完成状態で励起させ、コマンドワード「トリガー」で起動するシステム。
     ここであくあは、魔法起動を意図的に遅らせ、作り出した空白を利用して、完成した魔法にかき集めたほとんどの魔力をつぎ込み、叫んだ。
    「……トリガー!」
     結果、その威力は吸血鬼相手には絶大なものとなった。どこまでも伸びる、トンネルと同じ太さを持った光束が、吸血鬼たちを灼いていく。
     あくあのすぐ前まで迫っていた先頭集団は、みんな火達磨になって逃げ出し、後方にいた者達も戦意を失って退散していく。
     ほどなくスプリンクラーが作動し、彼女は水浸しになる。お気に入りの衣装がだいなしだ。しかし、吸血鬼の大群を一度に片付けられたことで、彼女は安堵していた。
     だが、その安堵を断ち切るかのように、声が響いた。
    「さっきのがあんたの必殺技? 効いてない、全然効いてない」
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