【 はじめから よむ (第1回へ) 】
これで二人目だ。
最も話しかけづらいと思っていた同年代の女の子と、明らかに怖くて普段なら絶対関わり合いになりたくないヤンキーを説得できたことで、僕の中に少しずつ、本当に少しずつだが、自信らしきものが芽吹いてきていた。しかも運良く僧侶、魔法使いとバランスよく勧誘できた。あと一人。あと一人でいいんだ。地獄のような勧誘に終わりが見えた。もしかしたらこれは、いけるんじゃないか?
ゆうしゃは「にのうでさわらせて」を おもいついた!
うん、なんか今変な呪文覚えた! でも気にしないことにする! あと一人! あと一人!
「あっ」
マカロンが声をあげた。その声に反応して、僕もマカロンの方を見る。
「イルーカさん」
マカロンが、酒場の入口の方を見ながら言う。
ふと見ると、そこには女性が立っていた。胸元が大きく開き、深いスリットが入った深紅のチャイナドレスを身にまとった黒髪の女性。スレンダーで、気が強そうだ。
「イルーカさんは凄腕の武闘家なんです」
マカロンが耳元で僕に話しかけてくる。うわっ。この距離。女の子にこんなに近くで話しかけられるの、たぶん初めて。っていうかキミ最初僕のこと臭い臭いって言ってたよね。あれなんだったの。よく近づけたねこんな距離まで。いいやもう深く追求するのはやめとこう。
そして、マカロンに続いて、今度はポマードが口を挟んできた。
「たしかにアイツはスゲエ。こないだも特訓だとか言って、酒がパンパンに詰まったタルを何個もパンチでぶち壊してたぜ」
それは特訓ではなくて営業妨害なのではないか。誰か止める奴はいなかったのか。
「まあ、ダメにした酒ダルは自分で買い取ってたけどな。それで破産したらしい」
なんで酒ダルでやったの。なんか瓦とかなかったの。大木の根元を殴るとかじゃダメだったの。特訓で酒ダルを殴り壊すって僕初めて聞きましたよ。大丈夫なんだろうか、このイルーカさんって人。
「勇者様、イルーカさん連れていきましょう。ものすごく強いですよ、頼りになります」
「ああ。オレも賛成だ。僧侶、魔法使いときて、武闘家がいたらバランスもいいしな」
マカロンとポマードが口々にそう言ってくる。ここここいつら。好き放題言うなよ。勧誘するのは僕なんだぞ。しかもこんな性格に問題ありそうな人。本当に大丈夫か。怖い。
「勇者様、お願いします」
「テメェを男と見込んで頼むぜ」
え、ホントに? 君たちホントに何もしない気なの? 勧誘、僕ひとりでするの? いやまあ確かに魔王討伐に行く仲間を探すんだから勇者が勧誘するのが一番いいに決まってるけど、君たち明らかに、ええと何、イルーカさんだっけ? あの人と顔見知りか、ヘタしたら友達ぐらいの感じじゃない。僕、初めて見たんだよあの人のこと。ちょっとぐらい僕の事あの人に紹介してくれたっていいじゃない。うわあツライ。王様からは「いってこい」と言われ、仲間からは「お願いします」と言われる。今はっきりわかった。勇者って中間管理職だったんですね。
「いけ! オレサマの教えた通りに!」
お前まだいたのか! 黙ってろゴブリン!
イルーカが あらわれた!
イルーカが はなしかけてきた!
「おしゃべりな おとこは きらいだ」
「よけいなこというと パンチするぞ」
余計なこと言うとパンチする? 本気か、パンチって酒ダルに一発で穴開けるパンチでしょ、やばいやばいやばいですって、そんなの食らったら僕、粉砕骨折しますって!
イルーカの じゅもん!
「おまえよわそうだな」
ゆうしゃに 5のダメージ!
ええ弱いですよ弱いですとも。勇者が例えてあげる。あなたが輝くダイヤモンドなら、勇者は道端で蹴られるただの小石。あなたが優雅な白鳥なら、勇者はゴミ箱を漁るカラス。そうですよ、そんなもんですよ。それでも僕は、がんばって、生きてるんです!
ゆうしゃの じゅもん!
「にのうでさわらせて」
「二の腕を触らせろだと? ほおお、いい度胸してんじゃねえか」
穏やかだったイルーカさんの表情が阿修羅の如く切り替わり、激しい怒気を感じさせながら拳をバキバキ鳴らして近づいてくる。うああパンチは、パンチはやめてください!
じゅもんが イルーカを おこらせた!
ゆうしゃは ふかく きずついた!
ゆうしゃに 15のダメージ!
ひいい、違うの? 覚えた呪文が次に出てくる相手に効果があるわけではないのね。そんなにうまい話ないですよね。と、そんな僕を見かねてマカロンとポマードが口を出してくる。
「勇者様! 女性に対して二の腕を触らせてなんて何考えてるんですか!」
「テメエ! 女心ってものをもう少し考えたらどうなんだ!」
ががが外野は黙っていてもらえませんかね! というか君たち手伝ってよ!
マカロンの じゅもん!
「やればできる」
ゆうしゃは いやされた!
ゆうしゃは すこし げんきになった!
「勇者様、ファイトです!」
マカロンの呪文で、ふらふらだった体に活力がみなぎり、なんとか踏みとどまる。やればできる。そうだよね。さすが僧侶、君を勧誘してよかった。本当によかった。
ポマードの じゅもん!
「はやくやらないとブッとばす」
ゆうしゃは おそれ おののいた!
ゆうしゃに 10のダメージ!
ききき君は黙っててお願いだから! お願いだから足を引っ張らないで!
さっき「やればできる」で回復してもらった活力が右から左へそのまま流れていった形になりましたが、僕は元気です。
イルーカの じゅもん!
「おまえ はらたつカオしてるな」
ゆうしゃに 15のダメージ!
追伸。もう元気ありません。
イルーカの じゅもん!
「うでが ガリガリじゃないか」
ゆうしゃに 9のダメージ!
イルーカの じゅもん!
「あしも ヒョロヒョロだし めが しんでるし」
ゆうしゃに 13のダメージ!
イルーカの じゅもん!
「おまえ ゴボウににてるな」
ゆうしゃに16のダメージ!
あああもうダメ。マカロンが逐一「やればできる」を続けて唱えてくれていなかったらとっくに即死しているところです。外見にまつわる様々なことを叩き込まれて生きているのが不思議なくらい。今なら空も飛べるはず。僕の意識とかけまして、大失敗してボロクソに怒られたバイトと解きます。そのココロは? どちらもトビそうです。
「おい、オマエ! あのチャイナオンナの第一声を聞いてなかったのか!」
ヨコリンが口を出してくる。「チャイナオンナ」という呼称の語感が気にかかるが、そんな事気にしてたらたぶん僕また死ぬので華麗に受け流す事にする。
「相手が嫌がる言葉を言うな! それだけでいいんだ、カンタンなことだぜ!」
ヨコリンが、ボクサーのセコンドみたいに床をドンドン叩きながら声援を送ってくる。
イルーカの第一声は、たしか……
おしゃべりな男は嫌いだ。余計なことを言うとパンチするぞ。
嫌だ。パンチ怖い。パンチ怖い。パンチ怖い。パンチ怖い。
「おいガタガタ震えてるぜ! パンチを怖がるな!」
セコンドがパンチを怖がるなと言っている。なおさらボクサーみたいだ。言葉と言葉の殴り合いだ。
「オマエが今気にするのはパンチの方じゃない! その、もう少し前だぜ!」
もう少し前。もう少し前っていうと。
僕は唇を堅く結んだ。
「オイ違う前すぎるぜ! おしゃべりな男が嫌いだって言われたから無言でいる気か!」
違うのか、限界なんだよ、ヘタな事言えばパンチされて昇天しそうだし、仲間たちは言いたい放題言ってくるし、もういっぱいいっぱいなんだよ。倒れそうだ。
「余計なこと言うと! 余計なこと言うと、だぜ! シンプルに伝えろ、オマエの意志を!」
セコンドのアドバイスが、僕の心に、ようやく届いた。
シンプルに。そうか。迷った時こそシンプルに。シンプル、イズ、ベスト。
ゆうしゃの じゅもん!
「いっしょにきてくれ」
イルーカの こころにひびいた!
イルーカに 52のダメージ!
イルーカは たおれた!
「やりましたあ! 勇者様! お疲れさまです!」
マカロンがうれしそうに拍手しながら、ぴょこんと飛び跳ねた。
はあ……よかった。マカロン、君のおかげだよ。やればできる、唱えてくれてありがとう。
「テメエ、げっそりした顔してんじゃねえぞ。こちとら待ちくたびれたんだからな」
うん。君は帰ってくれないかな。ポマードこの野郎。
そして、倒れたイルーカが立ち上がり、こちらを見ながら言葉を紡ぐ。
「お前、勇者だな。……間違いない。まっすぐな、いい目をしてる」
いや、あなたさっき僕のこと見て「目が死んでるし」って言ってたじゃないですか。
「いつかお前が来る日のことを夢見て、日々、鍛錬を積んでいた」
あの酒ダル破壊事件のことですね。
「残念ながら、経済的な支援はまったくできないが……」
知ってます。破産したんですもんね。何やってんですかホントに。
「この力、魔王討伐に役立つのなら、いくらでも使ってくれ」
イルーカを せっとくした!
ゆうしゃは「おれがまもってやる」を おもいついた!
【 第10回を読む 】
・原作となるアプリはこちら(iPhone、Androidに対応しております)
http://syupro-dx.jp/apps/index.html?app=dobunezumi
コメント
コメントを書くさて次からは別れ話も入ってくるのかな
ポマードって三階にいたやつか
とうとう毒づいた
面白い