• 2017/03/29

    2017-03-29 22:21

    久しぶりに午前中に目を覚ました。
    陽射しが暖かいと感じたのは2ヶ月ぶりくらいか。
    普段動悸が気になっていたのは、陽を浴びないことと
    日中眠っていることで、自律神経がおかしくなっていたのかもしれない。
    何が変わったというわけではないが、少しの進歩が実感できた。

    ただ、何かをする意欲は未だ湧いてくることはない。
    働けなくなってから半年が過ぎようとしているためか焦りも消えない。
    周りはあと1年で就職。この間も(疎かにしている者も居るが)勉学に励み、交友関係等
    社会に必要なものを吸収していっている。
    焦りが生まれないはずがないのだ。
    それでも今は耐え、回復を待つしかない。

    鬱にかかったことのない人がこの記事を見たら、「要は甘え」と思われることだろう。
    これに関しては経験者にしかわからないし、強いて言うなら「経験者にすらわからない」
    と思う。
    同じ病名でも、年齢も性格も、生まれも育ちも違う。種類も、大うつ、非定型鬱、双極性障害など単一ではない。
    だから、鬱になったことがあるとしても
    「私は経験者だから分かってあげられる」とは思ってはいけない。
    そう語りかけられることで人間不信に陥る可能性も念頭に置いて、心の近くの地雷原に足を踏み入れないように接してくれることを
    少なくとも私は望んでいる。
    うつ病患者に限らず、病人は面倒くさいものなのである。
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  • 2017/03/26

    2017-03-26 17:08

    半年間に渡る充電も意味をなさず、一桁と二桁のパーセンテージを行ったり来たり。
    寝ている間が最も心休まる時間ではあるが、睡眠過多により現実と夢の区別がつかない。
    胡蝶の夢のように、どちらが現実でどちらが自分なのだろう。
    夜でさえも虚無感と自己嫌悪に苛まれるのに、どうして陽が昇っている時間を生きることができよう。
    人の営む時間。「人」の生きている時間。

    全身の感覚が、鋭く研いだサバイバルナイフさながらの切れ味をもって襲ってくる。
    目からは生きた情報社会の権化が。
    耳からは青春を謳歌する学生の楽しげな笑い声が。
    肌からは自分とは違う物質でできた人の感触が。
    もう人間ではなくなってしまったのか。

    本を読むと感情がなだれ込んできて微小な動悸と吐き気に見舞われる。
    まるで、感情という、器の中に入った球体が、裸で外界に晒さているようだ。
    誰にも触れさせたくないその球体に、手袋もつけず直に撫で回される。
    もはや自分でさえも居場所がわからなくなった、その球体に。
  • 2017/01/31

    2017-01-31 22:18

    実体のない羽はやがてその姿を失う。