• 何の映画が一番好き?みたいなトークで僕は強く「アイ・アム・サム」ということにした話

    2018-03-23 02:192
    よく友達と映画の話になると「今までで一番好きな映画って何?」みたいな話になるじゃないすか。前までそういうときちょっとかっこつけた映画を言ってたんですけど、30過ぎたくらいからもう開き直って「アイ・アム・サム」って言うようになりました。こんばんは、アイアムたろちんです。


    サントラもいいぞ

    アイアムサムは2001年に公開されたわりと凡庸な映画の1つで、7歳の知能しかない知的障害の父親がシングルファザーで娘を育てて、娘が7歳になっちゃったときに娘のほうが賢くてやべーってなる話です。ショーン・ペンが知的障害者の演技をモノホン級に上手くやったり幼女時代のダコタ・ファニングが天使すぎたことなどでプチ評価された映画です。「24時間テレビは感動ポルノ!」ってなる今の時代だったらもっとクソ扱いされてる映画だと思います。

    でもこの映画を、「24時間テレビとかキモッ!」って言ってトガってた15歳くらいの僕は母ちゃんと観に行ってショボショボに泣きました。千葉の僻地のユーカリが丘ってとこの映画館で観ました。「レイトショーだから安いやん」って2人で喜んで行ったらレイトすぎて終電なくなってタクシーで帰った記憶があります。母ちゃんごめんね。

    この映画の魅力がショーン・ペンの迫真障碍者っぷりとダコタ・ファニングの天才子役っぷりにあることは議論の余地がないのですが、キモになるのは「サム(ショーン・ペン)は知能はアレだけどビートルズのことは超好きなので超わかる」ということです。いわゆるサヴァン的な表現なんですが、この映画だとそこがメインではなくスパイス的に使われている。この辺が感動ポルノなのに泣いちゃう理由のひとつです。以下全ネタバレなのでアレしてください。

    サムはむちゃくちゃいいやつです。スタバの障碍者枠でバイトしてるんだけど注文に対して絶対「いいチョイスだね」って言ってくれる。すぐコーヒーこぼしてテンパったりするんだけどいいやつ。そんで経緯はちゃんと描かれないけどホームレスの女性とアレして子どもが産まれちゃう。母親は産んですぐ逃げちゃうんだけどサムは喜んで娘に「ルーシー・ダイアモンド」って名前を付ける。もちろん由来はビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」。ルーシーはサムにとってのダイヤモンドなんよ。(DVD見てると開始5分くらいのここでもう泣く)

    サムとルーシーは超仲のいい父娘として暮らします。それこそお互い子どもみたいにキャッキャしながら。ところが。ルーシーが7歳くらいになると学校の話とかで「パパ、これはどういうことなの?」みたいな好奇心旺盛な質問をするようになります。サムは知能的に限界なので「えっと……そんなことよりいつもの絵本を読もうよ」みたいになる。ルーシーは天使的にダイヤモンドなので「あっ……(察し)。絵本たのしいね」ってやってくれるんですがだんだんパパに不満をぶつけるようにもなっていきます。(ここでまた5回くらい泣きます)

    サムも7歳おじさんなりに色々考えます。近所に住んでる対人恐怖症のおばちゃんに「ルーシーには母親が必要だ」とか言って話し相手を頼んだりします。あと友人の知的障碍者グループで一緒に誕生日プレゼントを選んでみたりします。友人たちに「毎週何曜日は映画をみんなで見る日って何年も前から決まってるだろ」「サム約束を守れ」とか言われながら。(この辺で幸せそうなアビイロードのジャケ写のパロディが入ったりしてまた泣きます)

    こんな感じでうまいことやってきたんですが、サムはやっぱり7歳おじさんなのである日そういう施設から「お前は養育能力ないから施設で引き取るわ」というお役所的な通告をされてしまいます。そんで色々あってルーシーは別の里親に引き取られることになります。サムはバチボコにヘコむんですがどうにもできません。(ここでブログを書いている僕が1回泣きます)

    そんな感じになってからもサムはルーシーにちょっとでも会おうと色々頑張るんですが、里親の母ちゃんから「そういうのやめてくれへん」とたしなめられて「せやな……」ってなります。でもルーシーがあまりに「パパ……」ってなるので会うことを許します。ほんで久しぶりに会います。その時のシーンがむっちゃ好きなのでそこだけ書きます。(この辺正確にどうだったかを確認しようとして今軽くDVD見たら5回泣きました)

    サムと久々に再会したルーシーはまずブチギレます。「なんで会いに来なかったの」「私のことはもう忘れちゃったんでしょ」と。でもそういう突発的なことに対処できないサムは事前に手紙を書いてきていました。そこで読み上げるのがルーシーのことをいつも考えていること、空の上にいるダイヤモンドのようなルーシーのこと、そして「P.S.アイラブユー あの歌のように君を愛しているよ」というビートルズの歌になぞらえた不器用な言葉でした。(ここで全人類が泣く)



    本編では他にも子供と不仲の仕事バリバリ系弁護士女性とのエピソードとかサムと陽気な仲間たち(実際に知的障害の人も出てる)の絶妙なやり取りとか見どころは多いんだけど、そうしたディテールの素晴らしさがこの映画を好きな理由なのであとは観ていただきたい。ビートルズのことしかわからない不器用なサムと、それを優しく包み込むように全編に流れる様々なアーティストによるビートルズカバーのBGMがこの映画にはあります。「感動ポルノなんかダセー!」と思ってる僕をP.S.アイラブユーのさりげなさでそっと溶かしてくれるところが好きすぎて僕はこの映画が人生で一番好きな映画だと言うようにしています。
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  • 藤井聡太くんが若すぎる将棋のレジェンドになる瞬間を生で見てきて思った「一握り以外の人生」について

    2018-02-18 01:2275
    どうも、観る将棋ファンです。今日は朝日杯将棋オープン戦という将棋の公開対局を見てきました。今日死ぬほどニュースになってた「藤井五段が羽生竜王を撃破!」「藤井五段が最年少棋戦優勝で六段に昇段!」「羽生金メダル!」っていうアレです。


    会場でも号外を配ってました

    朝日杯というのは将棋の公式対局でも極めて特殊な大会で、ベスト4の対局が観客入りの公開対局で行われます。「将棋を現地観戦する」っていう場合、普通は将棋会館とかタイトル戦やってる旅館とかに行っても対局者とは別の解説会場でプロの解説や対局してる部屋の映像なんかを見るんですが、朝日杯はガチで対局者と同じ部屋で同じ空気を吸いながら見れます。ガチ対局してる横で「この手は次にこういう狙いがありますね~」とかいう解説はできないので、当然ながらシーンとした部屋で見ることになります(別室に解説用の部屋もある)。

    僕みたいな棋力クソザコの観る将棋ファンにとっての面白さって解説するプロの「おおっ、なんだこの手は!」っていうリアクションや「これは次にこうやってこうなるから優勢ですね」っていう説明にあるので、プロの指し手だけ見てても基本的に「どっちが勝ってるのかわからん」ってなります。そんなの面白いの?って思うでしょう。僕も思ってました。ところがこれがめちゃくちゃ面白かったです。

    解説がないから指し手の意味を自力で考えるしかない。そんで「次こうやったらどうなんの?」とか考える。その手を対局者が指したりすると「うわ、俺つえー!」とかなるし、それに対して全然自分の思ってたのと違う指し手が返ってきたりすると「そんな返し考えもしなかった、負けました」ってなったりする。で、またそれを上回る指し手が出たりするのの連続でプロってやっぱすげーっていうのをなんか肌で感じられたのがすごかったです。プロなんだから当たり前なんだけど見てるだけで「早く解説してよー」って態度だと得られなかった経験なのでほんとよかった。自力で向き合って初めてわかる感覚というか、サッカーやったことあると「後ろ向きのボールめっちゃトラップするのハンパねー」みたいな意味がなんとなく理解できる感覚に近いと思う。

    ところで今回の朝日杯の目玉は藤井くんと羽生さんが公式戦で初めて対局するという準決勝にありました。非公式戦では1勝1敗。新たな将棋界のスターが永世七冠かつ国民栄誉賞のレジェンドといよいよガチ試合で格付けをする、っていう歴史的な一局です。

    結果は皆さんご存知のとおり藤井くんが勝ちました。羽生さんは藤井くん対策として実績もあり今期の朝日杯でも何度か採用した裏芸「藤井システム」という戦法を使うかどうかもちょっと注目してたのですが(名前とかややこしいので詳細はこっちの文章で)、初の公式対局は現代将棋の最新型で正々堂々ぶつかって敗れた形です。羽生さんは横綱として戦い、負けた。この姿勢も立派だしそれ故に藤井くんのすごさが明確になったんじゃないかと思います。

    で、僕は実はこの対局は観戦しませんでした。もう一方の準決勝、広瀬八段VS久保王将のほうを生観戦してました。理由は広瀬先生に取材とかで実際にお会いしてお世話になっていたことがメインですが、あまりにも漫画的なサクセス階段をボルト級の人類最速で駆け上がる藤井くんを止める存在も出てこないと「この漫画全3巻くらいでやることなくなっちゃうぞ」という勝手な編集者的懸念もありました。「圧倒的成功」という歴史的瞬間も見たいけど、「若きスターのつまづき(とその後のリベンジ)」という物語も見たいという複雑な将棋ファン心理です。

    広瀬八段は棋士のトップ10的ポジションのA級棋士で、今回の朝日杯でも菅井王位、渡辺棋王、久保王将という現役タイトルホルダー3人を倒して決勝に勝ち上がった人です。そして何より「終盤力」に定評があります。将棋は詰む詰まないで決着がつくゲームという性質上「最後にミスをしたほうが負ける」ゲームです。瞬発力が求められる終盤はさすがの羽生さんでも年齢による陰りが指摘される部分でもあり、「数百人の観客を前に記録がかかった大舞台に臨むプレッシャーがかかるまだ中学生の藤井五段」という部分も考慮すれば、相当に大きな壁として立ちはだかるのではないかと思いました。

    結果は藤井くんの勝ちでした。小学生時代から将来を嘱望され、その期待に過剰すぎるほどことごとく応えてきた若きホープは、恐るべき冷静さで広瀬八段の勝負手をいなし、コンピューター的な最善手と人間的勝負術をハイブリッドにした指し手を選び続け、朝日新聞に納得の号外を出させました。最年少で全棋士参加棋戦優勝という記録を打ち立て、この日藤井新六段は名実ともに「将棋界のレジェンド」になったのだと思います。

    これについて、僕が最近心底感銘を受けた元奨励会員で作家の橋本長道さんのコラムの一節を引用したいです。
    彼は中学生棋士であるからすごいのではなく、指している将棋の内容がスーパースターのそれだからすごいのだ。
    (中略)
    ――スターは相手の得意形を避けない。スターは攻め将棋だ。スターはあきらめない。スターは最後に勝利する。
    本当にこの通りでしかないです。将棋界のスターを超えて国民的なスターとなった羽生さんが「名人」や「永世七冠」でなく多くの人に「羽生さん」と呼ばれるように、僕も敬意を込めて「藤井くん」と呼ばせてもらいます。藤井くん、ほんとにすごいです。化け物です。なるはやで「藤井聡太物語~宇宙リーグ編~」の新連載を開始してほしい。

    そしてその裏に横綱として藤井くんに負けた羽生さんや、藤井くん一番の得意戦法である「角換わり」を受けて立った広瀬八段が素晴らしかったことも特筆しておきたい。すごい対局はすごい対局者がいてこそ生まれるのが将棋です。そんな将棋が生まれる瞬間を、目の前で息遣いを感じながら見ることができた今日の朝日杯は、ただの一ファンとして本当に光栄でした。

    追い詰められた局面から一発逆転を狙った広瀬八段の攻防の「3七角」や、一見敵玉と無関係な場所に桂馬をタダ捨てする藤井くんの決め手「4四桂」などが僕の心に今も強く刺さっています。

    将棋って全ての情報が盤上に開示されててすごく運の要素が少ないゲームなので負けると本当に「俺ってバカだな、弱いな」って落ち込みます。プライドや生活や人生の全てを賭けてるプロだとその比じゃなくて、負けた悔しさで千駄ヶ谷からスーツと革靴で横浜まで走って帰った某森内先生などまでいると聞きます。そんな状態で会場に出てきて「(藤井くんに攻められて1人ぼっちになってしまった自玉が)まるで藤井くんを応援したい皆さんと僕のよう」と場を和ませてくれた広瀬八段や、藤井くんを称えつつ「もっと僕たちがもっと頑張らないといけませんね」と笑顔を見せてくれた解説の佐藤天彦名人(朝日杯で藤井くんに負けた)のことをもっと応援していきたいと思いました。

    プロ棋士は日本中の将棋の天才の中でも「一握り」の超天才しかなれないすごい職業です。羽生さんや藤井くんはその中で「一握り以上」の輝きを放つからスターなのかもしれない。1人1人はどこにいってもスーパースターになれるのに、その天才同士で戦いあってはっきりとした勝ちと負けを繰り返す。解説や指導や執筆や詰将棋など得意分野で個性を発揮する人もいますが、棋士である以上勝負を本義とすることからは逃れられないし、そこには常に明確な「勝ち」と「負け」が生まれます。

    僕はたぶんその両方のドラマに感動していて、それはやっぱり僕が「一握り以外」の人間だからで、今日の羽生さんや広瀬八段の負けなんかはそんな僕にも「意味のある、美しい負けもある」と教えてくれたような気がしていて、だから僕は将棋を観るのが好きなんです。
  • 嘘つきバービー「バビブベ以外人間」の謎歌詞を分析したい

    2018-02-13 02:1743
    嘘つきバービーっていう何年か前に解散しちゃった3ピースバンドがちょっと好きでした。結構変なバンドでゆらゆら帝国とかと比較されることが多かったバンドだと思うんだけど、そのバンドの「バビブベ以外人間」っていう曲が好きで、その歌詞がまたイカれてて好きだったんです。

    音楽でグッと好きになるとき、僕の場合はかなり歌詞が大事になる人間なので「俺はなんでこの歌詞が好きなんだろう」って当時からずっと考えてたんですけど、僕と同じようなどこかの誰かのために僕が分析したことを書き残しておきます。数年前に書こうと思ってなんかやめちゃったんですけど、今さらやっぱ書いておけばよかったって思ったので。ほぼ主観なのでノークレームノーリターンでお願いしたいですが、曲はかっこいいのでぜひ聴いてみてください。



    前提としてこの曲は「愛と性欲」について書いた歌だと思う。わけわからんPVもそう見るとちょっと読み解ける気がします。登場人物は「僕」「中学生」「ボボ子(バビブベ以外人間)」の3人。中学生と大人の境目にあるような愛と性欲のバランスを歌ってるように読みました。
    お願い事するたび アーメンの人から犬にされていく
    超能力とかそういう力ではなく セロテープ はる
    「犬」っていうのが動物的な性欲の象徴だと思う。「お願い事が終わった人=大人」はセックスとかを当たり前にするようになると。セロテープっていうのが難しいけど、「セロテープ=透明=裸」って感じでセックスアピールが直接的になることを言ってるのかなあと。ここあんま自信ない。
    朝育つわん まばたきすればてろてろとズボンの裾から
    流れる 熱っぽい大量の脳 すべる犬っぽい問題の脳
    ミーがあげるわん アメリカ人にもらったでかい方の風邪薬も
    効かん 色っぽくしたたる脳 ずれる美術 バビブベ以外人間
    朝育つのは朝勃ち。ズボンの裾から熱っぽくて犬っぽい問題の脳が流れるのはシンプルに「夢精」みたいなことでいいと思う。要するに中学生が性に目覚めて「なにこの感情、風邪薬も効かないんだけど~」って困惑してるってことかなと。
    何かに巻かれるタイプの人間じゃないのに
    足の先までがセロテープまみれ
    こんなロマンチックな状況で僕は ボボ子に会いたいよ
    さっきの「セロテープ=裸」理論でいくと、「俺、女の裸なんか興味なかったはずなのにそればっか考えちゃってどうしよう」って感じになる。自分の犬っぽい感情に戸惑って「ボボ子(バビブベ以外=人間)に会いたい」ってなってる。このへんは2番と対比になってます。
    脳は育つは メーカーさんが頷いただけの粘着力で
    右 犬っぽい半分の目 左 人っぽい半分の目だは
    左右の目がそのまんま性欲と愛の狭間で揺れる中学生。大人の階段を上ることを「メーカーさんが頷いただけの粘着力」ってシニカルに表現してるのがかっこいい(と僕は思ってる)。
    わり算のできない中学生たちが、さっきからちらちら視界に入る
    彼らはこのロマンチックな姿には何の興味もない、
    ただ手に持ったアイスを舐め続けるだけの人間。
    わり算っていうのは「割り切った関係」のことかなと。大人になりつつある中学生が周り見て「あいつらまだ女とか興味ないんだな」っていうのが気になってる。わり算って小学生で習うやつだし。深読みすると「アイスを舐める」もおにんにん舐め舐め的なことに読めるし、それを「人間」ってちゃんと言ってるのもいい。ここだけ句読点入ってるのも意味深。
    しかし僕も中学生と同じです
    全身テカテカの輝きをほどこす
    これじゃ駄目だ 犬にならなくちゃ ボボ子以外全部に会いたいよ
    ここで「僕」が出てくる(ということだと思う)。セックスに消極的な大人の「僕」がもっと「犬」にならなくちゃ駄目だと思うから「ボボ子以外=犬=性に積極的な女性」に会いたいよと言ってる。別に人間でいいじゃん、自信持ちなよ、って感じだけどそれは次につながる。
    僕はただ単純に愛が足りない 犬が欲しい
    僕はただ純粋に愛をセリフで吐き出したい人間
    愛が足りなくて寂しいから「犬」が欲しいんだけど、僕は「人間」だから言葉で伝える「愛」を持っていたいっていう悩みがあることがわかる。単純さと純粋さの狭間で揺れてる。この歌がそういう「僕」の葛藤を歌っているんだということがここで明かされて「なるほどー!」ってなる。
    簡単に僕の環境を変えれる人は出てきてね
    そんで、そんな複雑な心理を「簡単に変えれる人がいるなら出てきてね」って放り投げて終わる。ここですごい「わかるー!」ってなる。僕も簡単に僕の環境を変えれる人に出てきてほしくて「ゲイツに6億円もらいたい」とか言って生きてきたので。つまり出てこねえんだよそんなやつは!(ここで最初に戻ると一生この曲を楽しめます)

    この曲は最初に聴いたときにやたらガツンときて、なぜかあんま他の人の分析とか読まずに1人で悶々と考えてたんだけど、今ググってみたら「バビブベ以外人間」っていうのは嘘つきバービーの前身バンド名で、この歌を書いた岩下優介(Vo./Ba.)の元愛犬の名前が「バービー」だったらしい。バービーと一緒にバンドをやってきたけど愛犬が死んじゃったから「嘘つきバービー」に改名したってことなのかな(未確認です)。


    岩下さんはヘンテコだけど鋭いフレーズの歌詞をいろいろ書いてて、イロモノ視されることも多いけど言ってることはそこまでヘンテコじゃないはず、と思ってたのでこれを書きました。まあヘンテコ風に書いてる時点でヘンテコ人間じゃねえかというのはわかる。今は「ニガミ17才」というバンドをやってるみたいなのでそっちもいずれ聴いてみたいと思います。


    ねこがにゃんする歌「ねこ子」もよいです