• 魔王様に新刊を ③

    2017-07-21 19:16

    前回のあらすじ:
    魔王様がベッドの下に隠していた写真はなんと、大臣の姉だった。
    何とも言えない感情が沸く大臣、姉と魔王様の交際を知る。
    果たして大臣は魔王様を無事家族に迎える事が出来るのか?
    詳しくは→こちら←から。

    最初から読む場合は→こちら←から。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    「城をこっそり抜け出すなんて何年振りだろ。
     いやー、やりかけの仕事も何もかも放り出して遠出。
     なんて気分の良い事だろうね。
     これで一人きりの気ままな旅だったら申し分ないんだけどなー」
    「勘弁して下サいよ魔王様、
     ソんな簡単にケムに巻かれたら俺の立つ瀬がないでしょ。」
    「いやー、ほんとほんと、
     ササミ、お前いつの間に私の影に潜り込んだの。」
    「城の外に出た瞬間でスよ。
     ソもそも俺の身体には自動魔法がかかってあって、
     魔王様が城の外に出たら強制的に影に飛び込むようになってるんですよ。」
    「えっ、そうなの。何してても?」
    「何シてても。」
    「トイレの最中でも?」
    「トイレの最中でも。」
    「デートの最中でも?」
    「デートの最中でも。」
    「セッ」
    「はいはい、ソこまでそこまで」
    「まじかー、お前には苦労かけるわ」
    「ホントでスよ。
     部下の苦労が分かった所で城に戻りまセん?」
    「いや、ちょっと待ち合わせしてるんだ」
    「だれと?」
    「人間」
    「嘘でしょソれ。」
    「流石私、嘘が吐けない身体だから。」
    「いや、本当戻りまシょ、
     いくら護衛で隠密の俺が付いてるからって、ホラ、大臣が。
     きっとあの人、今頃カンカンに怒ってまスよ。」
    「大丈夫、大臣を怒らせるのは私の得意技だから。」
    「あの人(大臣)の苦労が知れるわ。」

    「ついたー!人間の町、マスカラ!」
    「ついちゃったー、人間の町、マスカラ。
     言っときまスけどね、魔王様。」
    「わーかってるって。
     正体も明かさないし変な事もしないから。
     さーて!ネリ先生はどこかなー!」
    「(ヘマしたら俺が大臣に殺されるなコレ……)」
    「スーハー、ハスハス」
    「何してんスか?」
    「いや、今ね、私はネリ・モルトクと同じ町の空気を吸ってるんだよ!」
    「(キメェ………)」

    「道中で言いまシたけど、
     俺は余程の事が無い限り、魔王様の影の中からは出まセんからね。
     逆を言えば、四六時中影の中から魔王様の事見てまスから。」
    「はいはい、分かってるって。
     おっ、第一町民発見。
     すいませーん!」
    「(まるで緊張感が無い……)」

    「あのすいません、ネリ・モルトクって人知ってます?
     え?知らない?
     なんの人かって…いやー本書いてる人なんですけどね?
     あの魔剣ヴォルガーニスとか、
     難攻不落ガスタン砦攻略指南書とか!
     ………え?知らない?
     うっそだぁ、すっごく面白いのに!
     それでそれを書いたのがネリ・モルトクって言う人で、
     ……本当に知らないの?
     ああそう、ごめんね引き留めて」

    「あ、すいません、ネリ・モルトクって知ってます?
     いやいや、城の名前じゃなくて、人の名前。
     ええ、そうそう、なんかこのマスカラの町に住んでるって聞いて、
     え?知らない?聞いた事も無い?
     いや、本を書いてる人なんだけど、
     ……本を読まない?
     あ、そう……いや、ごめん、他の人に聞くよ」

    「あ、おばあちゃん、ネリ・モルトクって知ってる?
     ネリマじゃないよ、どこの地名だよそれ。
     あのね、ネリ・モルトク!本を書いてる!知らない!?
     ……いや、だからおばあちゃんあのね……。
     え、今日は卵がセールなの?
     ああそう、引き留めて悪かったね……。」

    「あのー……アンタ、本読んだ事ある?
     えっ、あるの?じゃあ魔剣ヴォルガーニスって…。
     えっ、知ってる!?
     じゃあ、あの、ネリ・モルトクって知ってる?
     えっ、本当!?
     あのね、このマスカラにネリ・モルトクが住んでるって聞いたんだけど…。
     ………そんな噂聞いた事も無い?
     えー……あっそう……。」

    「あの……ちょっとお尋ねしたいんですが…。
     この町にネリ・モルトクって人が住んでるかどうか知ってます…?
     あっ、役所?そこに行けば調べられる?
     あっ、あっち?あそこの角を曲がって二番目?
     どうも丁寧にありがとうございます」

    「すいませーん、ちょっと伺いたい事が…はい…。
     この町にネリ・モルトクって人が住んでるか知りたいんだけど…。
     え、私?いや私はこの町の人間じゃないけど…。
     どこから来たか?いやー、旅をしてて、
     別段どこからって訳でも、ええ、そうなんです。
     それで……え?そうそう、ネリ・モルトク。
     ……いない?綴り違いも無い?
     もう一回調べてみてくれませんか?
     ……やっぱりいない?二回確認しても?
     ネリ・モルトクですよ、ネリ・モルトク。
     ………そうですか、失礼しました………。
     え?今晩の宿屋?いや、お気になさらず………。」

    「……ねぇササミ、
     私、実は何かの幻覚魔法とかにかかってるのかな…。」
    「はい?」
    「あの時読んだ本に実は封印式の魔法がかかってて…。
     それで今、私は幻覚の世界を漂ってるのかな……。」
    「魔族一の魔力を誇る魔王様が何言ってるんスか。
     あんたなんかに幻覚魔法かけれる人間がいたら、
     今頃とっくに魔族は滅んでまスよ。」
    「でも、ネリ・モルトクがこの町にいないって…」
    「いや、ソれ思ったんですけどね」
    「うん」
    「ネリ・モルトクってほら、ペンネームなんジゃないですか?」
    「……」
    「……」
    「なにそのペンネームって」
    「(ええええー??)」

    「いやほら、あの、
     あれ、あれ」
    「どれどれ」
    「こう、本に乗せる場合は、別の名前を名乗る、とか」
    「……なんでそんな面倒臭い事するの?」
    「いや、なんでって……」
    「自分の名前があるでしょ、なんで?」
    「……格好つけたいんジゃないですか?」
    「格好つけたいの?」
    「もシくは恥ずかしがり屋だから、別の名前名乗ってるとか」
    「ああ、そっかー」
    「(やっべ、違ってたらどうしよ。死ぬかな、俺)」
    「えーじゃあどうしよー、どうやって探そー」
    「いやー、もういいんジゃないんすか、帰りましょうよ。
     ほら、そろそろ日も暮れて来たし、
     夕ご飯が片付かないって大臣が怒っちゃう」
    「ネリ・モルトクせんせーーーーー!!!」
    「うわ、びっくりした」
    「……誰も反応しないな」
    「ちょっともー、変な事はしないって」
    「あ、そうだ良い事思いついた」
    「え?」
    「炎熱魔法で大きな火球三つくらい作ってさ、
     ネリ・モルトクが出てこないとこの町を焼き払うって言って回るの、
     どうかな?」
    「ちょちょちょちょちょちょちょちょ」

    「どうかな?じゃないでシょ!」
    「えーダメかな?結構確実な方法だと思うんだけど」
    「確実でスね、確実に魔族だって正体がばれますね。」
    「大丈夫だって、全部焼き払えば」
    「言っときまスけど今、和平協定中ですからね!?
     ソの和平協定を認可したのは誰なんですか!?」
    「私です」
    「どんな条件で認可シたか覚えてます!?」
    「ネリ・モルトク先生の新刊を貰う」
    「それだけじゃねーだろ!?
     あと人間側から領地を取るって条件だろ!?ああん!?
     その上こちらから和平破棄で町一つ消すとか、
     今後の戦争がドロ沼化する事必至だろぁ!?ああ!?」
    「いや、ごめん、冗談、冗談だから、ほんと」
    「………」
    「スイマセンした」

    「ほら、もう帰りまシょう。
     今からなら飛ばセばギリギリ間に合う」
    「あ、あのササミ……」
    「はい?」
    「御飯、ここで食べて行きたいんだけど……」
    「………」
    「あ、ごめ……そうだね、もう帰ろうね……」
    「……一緒に大臣に怒られて下サいよ」
    「えっ、あっ」
    「なるべく人が多くない所で食べまシょう」
    「……ありがと……!」
    「(今日のカルボナーラ楽しみだったのにな~~!!)」

    「……魔王様、あソこ、ほら、
     あソこの屋台みたいなの、いいんじゃないですか?」
    「あっ、うん……」
    「(俺に怒鳴られたのがまだ尾を引いてる……)」

    「こんばんわ……」
    「おっ、いらっしゃーい」
    「ここ、何食べれるの?」
    「お、あんた見ない顔だね、ここいらの人じゃないだろ」
    「ちょっと旅をしててね、ここ、座ってもいい?」
    「あー、わるい、そこは誰が座るか決まっててね。」
    「え?」
    「おっちゃんこんばんわー」
    「お、きたきた」
    「え?」
    「いや、このお客さんがお前の席に座ろうとしてたんでな。」
    「ははアタシの席だなんてそんな」
    「このお客さん、何を喰わしてくれるのか聞いてきたよ、
     ルーファ、教えてやれよ」
    「この店に来たら鶏と野菜の特性ソース煮込み!」
    「え?」
    「それを食べないとモグリだよ。
     ていうか、それしかメニュー無いんだけどね」
    「こらこら、それを言ったらお終いだろ」

    「はいおまちどー」
    「そう言えばアナタ名前は?」
    「あちっ え?」
    「あたしはルーファ。アナタは?」
    「えっ、名前?えー、えーと……
     ネリ・モルトク……」
    「え?」
    「に、よく似た名前で、ペリ・ラツォ・リブロード」
    「(魔王様、ラツォ・リブロードって…まんま魔族系の名前……)」
    「へー、珍しい名前」
    「あはは……店主、これ美味しいね」
    「……ねぇ、ペリさん。」
    「ん?」
    「ネリ・モルトクって誰の名前?」
    「あ?あ~……本を書く人の名前でさ、知らない?」
    「その人、どんな本を書くの?」
    「小説でいいのかな」
    「へー、どんな題名なの?」
    「最初に読んだのが難攻不落ガスタン砦攻略指南書ってやつでー」
    「ほかには?」
    「次に読んだのが魔剣ヴォルガーニスってやつでー」
    「ほかは?」
    「その次がね、夜の塒ってやつ!」
    「どれが一番面白かった?」

    その時、
    隠密ササミが魔王の影の中で肩眉をあげた。

    「え~~決められないな~~どれもそれぞれ面白い場面があってー」
    「へー、大好きなんだね」
    「いやもう、これが凄いの!めっちゃくちゃ面白くってさ!
     もう読みふけっちゃって大臣に怒られるしさー」
    「だいじん?」
    「あー……そう呼ばれてる仕事仲間がいるの」
    「あれっ、お客さん、旅をしてるんじゃなかったっけ?」
    「そうそう、旅をしてるんだけど…それも仕事で。」
    「へぇ~、そういう人も世の中にはいるんだ」
    「ねー本当だよねー」
    「(オイオイ自分で言うなよ……聞いててヒヤヒヤスる)」

    「へー、本当にネリ・モルトクの本が好きなんだね」
    「いやもーその魔剣ヴォルガーニスの最後がさ!
     あたりが一面火の海になった真ん中で、
     死んじゃった修道女の身体に魔剣が憑依して立ち上がるシーンがたまんなくて」
    「うんうん」
    「ちょっとちょっとお二人さん、いつまで話し込むんだ。
     もう器の中もカラだろ。もう店じまいだよ」
    「あっ、そうか。ごめんね店主。
     はい、おかんじょー。いやー楽しかったなぁ。」
    「ねぇペリさん」
    「ペリでいいよ」
    「ねぇペリ、あと何日この町には滞在するの?」
    「いや、今日はもう帰らなきゃ……」
    「帰るって……どこかの宿屋にとまるの?」
    「あ、いや、言い間違えた、今日はもう町をでなきゃ。」
    「えっ、でももう夜よ」
    「今から外に出るのか?あぶねぇぞお客さんよ」
    「大丈夫大丈夫、私そういうの慣れてるから」
    「また、この町に来るの?」
    「いや、それはどうかな……ネリ・モルトクはこの町に居なさそうだし…。
     引っ越しから戻って無いのかな……」
    「えっ、なんで引っ越しの事知ってるの?」
    「え?」
    「――私、ネリ・モルトクがこの町にいるって聞いた事があるわ」
    「ほんと?」
    「それで最近引っ越したって事も聞いた」
    「そうなんだよねー」
    「でもそれ、この町の誰も知らない筈よ」
    「それは嘘だよ」
    「なんで?」
    「だってルーファは知ってるでしょ。」
    「        」
    「まぁ、噂は山も川も巡るってね。
     それにこんなにネリ・モルトク先生を愛してる私に!
     その噂が廻って来ない訳ない!」
    「そ、そう」
    「……でも引っ越したんじゃな…。
     今夜は楽しかったけど、もうここには来ないかな」
    「お客さん、この町にネリ・モルトクはいるよ」
    「え!?」
    「引っ越した先から戻って来たんだ。
     ルーファも知ってる。」
    「ほんと!?」
    「え、いや」
    「そういう『噂』を聞いた事があるって話だ。
     俺もルーファも。
     だから、ま、根気よく町の中を探せばネリに会えるかもな」
    「おおおおおおおお!」
    「また探しに来た時にはこの店に来てくれよお客さん、
     情報量だ、しっかり頼むぜ」
    「次来た時はお代わりするよ!三回くらい!
     ありがとう店主!やったー!また来るね!
     スーハーハスハス!
     私は今ネリ・モルトクと同じ空気を吸っている!
     イヤッフーィ!」

    「はは、夜だってのに元気な客だ、なぁルーファ。」
    「………」
    「……いらん世話を焼いたか?」
    「ううん、ありがとうおっちゃん。
     多分、あたしもこうしたかった。」
    「なら良かった」



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    良かったね魔王様!スーハーハスハス!

    ④へ続きます。

    (※)
    今回登場の隠密、ササミさんですが、
    登場人物が増えてきたせいで彼の喋る言葉は、
    「最初のサ行の文字がカタカナになる」という呪いをかけてます。
    あしからず。
  • 広告
  • 魔王様に新刊を ②

    2017-07-20 07:332

    前回のあらすじ:
    大臣がチーズケーキを焼こうとしたら、
    オーブンの中に得体の知れないダークマターが。
    詳しくは→こちら←から。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    「ちょっと、ちょっと魔王様」
    「え?なに」
    「さっきの、何ですかアレ…」
    「なにが」
    「新しい本を寄越せって……」
    「いや、だって欲しいんだもん、読みたいんだもん。
     私が誰か判ってる?魔王だよ?」
    「なんですかそれ」
    「魔王と言ったら無茶難題で世界を恐怖に叩き落すでしょ」
    「本一冊欲しがっただけでしょ、世界を恐怖にとか…。」
    「いーじゃん血を流さずに領地は増えたんだし。さーてと」
    「え、ちょっとどこへ」
    「魔剣シリーズ読み返してくる」

    「いかん…やばい。
     読み返せば読み返す程、面白さが増してくる。
     とくにこの……大臣聞いてる?」
    「いいから仕事して下さいよ」
    「おっけーおっけー、今なら気力十分だからやれる!」
    「本当ですか?
     えーとじゃあコンガラ川の治水工事の件と、
     魔王城の東側の塔改修の件と、
     あと新魔法開発に裂く予算の件の書類なんですが」
    「……はぁ」
    「どうしました?」
    「この書類が全部ネリ・モルトクの新刊だったらなぁ…」
    「仕事して下さい」

    それから暫く。

    「……おい大臣」
    「はい、なんですか」
    「まだなの?」
    「まだなの?とは」
    「いや、ネリ・モルトクの新刊だよ。
     人間の特使が来てからもう二か月経つよ。
     どうなってんの?」
    「どうなってんのって……いや、出来てないから来てないだけでしょ」
    「なんで出来ないの!?」
    「いや、知りませんよ。
     私、本書きませんし」
    「あーもう、読みたい読みたい読みたい!
     ネリ・モルトク先生の新刊が読みたい!」
    「ちょ、やめて下さいよ人間を先生付けで呼ぶなんて!
     それに私と二人きりだからって赤ん坊みたいにゴロゴロしないで!」
    「読みたいー!大臣、なんとかしろ!殺すよ!」
    「私を恐怖に叩き落さず人間を恐怖に叩き落して下さいよ」
    「くぅ……読みたい……」
    「……判りました、人間の特使を呼びましょう」
    「え?」

    「魔王様直々のお呼び立て、恐悦至極に存じます。」
    「うむ、苦しゅうない」
    「ところで今回はどのような件で…。
     なにか、私共の事で不手際がありましたでしょうか……」
    「いや、不手際も何も、しんか――」
    「その件に尽きましては大臣である私からご説明を。」
    「おお、大臣殿。」
    「先日魔王様が求められたネリ・モルトクの新しい本とやらだが、
     何故まだこちらの手に届けられておらん。」
    「え……?」
    「ネリ・モルトクの新書だ。」
    「しょ、少々お待ちを……」

    ヒソヒソヒソ

    「お、恐れながら申し上げます。
     実はまだ完成に至っておらず、あと少しで発刊する段取りであると…」
    「なぜだ、おかしいではないか。
     二か月前の交渉の段階で既にネリ・モルトクが新作を書き始めて二か月が過ぎている。
     過去の事を調べるとネリ・モルトクは新作を書き始めて三か月もすれば本を完成させ、
     その後も続編は長くて三か月、最短だと一か月半という速さで刊行しているではないか」
    「(なんでそんな事まで知ってるの、この私の大臣……)」
    「(なんでそんな事まで知ってんだ、この魔族……)
     いえ、実はそれが……」

    「――引っ越し?」
    「はい、その通りです。」
    「引っ越し……ネリ・モルトクが、引っ越し?」
    「そうなのです、これは秘密事項なのですが、
     ネリ・モルトクが住んでいたのはマスカラという町で、
     ご存知の通り、その隣にカーベイラ平原が御座います」
    「(……そうなの?大臣)」
    「(もっと地理勉強して)」
    「(すいません)」
    「二か月前の和平交渉で御存知の通り、
     カーベイラの平原はそちらの所有する所になりました。
     平原とマスカラは、目と鼻の先で御座います。
     いかに和平を結んだとはいえ我らは争っていた間柄、
     それを心配したネリ・モルトクの親族が、
     ネリの身元を一時的に引き取ったらしいのです。」
    「ほほう、それで?」

    ひそひそひそ

    「えーと、それで引っ越しやらで時間を取られ、
     しかも馴染まない環境での執筆が思うように進まずにいたようで…」
    「神経が細いなぁ」
    「何分変わり者と言われていますので……」
    「もしかしたら今後もこのペースになるの?」
    「いやぁ、どうでしょうか……ちょっとそこまでは判りかねます」
    「よし、判った、カーベイラの平原の所有は、人間側に返す。」
    「!?ちょ、まお」
    「!? え、今なんとおおせに」
    「だからカーベイラの」
    「魔王様はこう仰せられる!
     カーベイラの草原、そのマスカラ側の三分の一の領土を返す代わりに、
     そちらの所有しているガスペ山からしか取れない、ルカルスト鉱石を納めよ!」
    「お、おう…そうしろ」
    「ルカルストで御座いますか…いかほどでしょうか……」
    「……一年分?」
    「いちねんぶん?」
    「300シュケルを納めよ!」
    「そんな!せめて150シュケルで御勘弁を」
    「ならば220シュケルだ!これ以上はまかりならん!」

    苦い顔をしつつも人間側は国元と相談しなければと言い、
    渋々帰って行った。

    「あーあ、新刊はまだ先かぁ……」
    「……ちょっと、魔王様。」
    「え、なに」
    「なにじゃありませんよ、なんですかさっきの……」
    「え?」
    「折角手に入れたカーベイラの平原…返すなんて馬鹿ですか!?」
    「いや、だってネリ先生が慣れない土地で書きにくいって言うから、
     それならやっぱり元の土地で書けるようにしなきゃと思って」
    「いや、本当やめて、ほんとやめて。
     そんな理由であんな広大な面積を容易くやり取りすんの本当やめて。
     それになんですか、あの一年分って、
     ルカルストは作物じゃないんですよ!」
    「あ~そう言われればそうだね、あの特使も変な顔してたな」
    「(魔王様……こんなにポンコツじゃなかったのに……)
     魔王様、明日から地理の勉強しましょう」
    「えー?地理苦手なんだよなー」
    「威厳を保つ為です!」

    後日。

    「失礼します魔王様、冒険家のナグルケルです。
     この度は僭越ながら魔王様にこの世界の地理を説かせて頂きます」
    「あー、大臣が呼んだんだね、よろしくー」
    「えーとでは、まず魔族と人間の領土分配図ですが」
    「あ、私一応魔族側のは全部頭に入ってるから。」
    「では復習もかねていきましょうか。」

    「――と、いう訳で最初に説明した魔族側の領土と隣接しているのがこれらで、
     北の方ではもうちょっと奥まった所にカンゲルという城下町が」
    「えっ、カンゲル?」
    「どうしました?」
    「ミカエルの国だ」
    「ミカエル?」
    「いや、最近読んだ本の登場人物でね、
     その人間の生まれた国の名前がカンゲルで、
     へー、実在する国だったんだ」
    「今はカンゲルは国ではなく、統一国の一部です。」
    「へぇー、面白い。」
    「もしやそれはガスタン砦の話ではないですか?」
    「えっ!?」
    「えっ?」
    「なっ、なになに、お前読んだ事あるの?ガスタン砦攻略指南書!」
    「ええ、旅の途中で読む機会がありました。
     あれ実は百年程前にあった伝承を元に書かれているのですよ。」
    「へーそうなんだ!あれ、面白かったでしょ!」
    「ええ、面白かったです。
     私、あの二巻の半ばでようやくトーマスが砦に侵入できる所が好きで」
    「あー!あれいいよねー!カタリナがさ、気付かないように窓の鍵を」

    「魔王様ー、そろそろ夕ご飯ですけど…って何話してるんですか?」
    「えっ、もうそんな時間か。
     ナグルケル、お前も同席しろ、食べながら話の続きをしよう。」
    「いえ、魔王様、名残惜しいですがそろそろ私も家に帰らないと」
    「えー!なんで!」
    「明日からまた旅立つので家に帰って支度をしないと。
     旅立ちは早朝と決めているのです。何卒御容赦を。」
    「えーいいじゃん一日くらい!
     もっと話しようよ、だってお前『魔剣』も読んだんでしょ?」
    「あれも最高に面白かったですね」
    「でしょ!?そうでしょ!?
     いやもうお前一か月くらいここにいろ、私と毎日語らえ!
     さもないと首を跳ね飛ばすぞ!」
    「いやぁ、ちょっとそれは……」
    「ちょっとちょっとちょっと魔王様ちょっと」
    「なんだ大臣うるさいなあ、なんだよ」

    「ナグルケルは人間側の情報を探る重要な冒険者でもあります。
     こいつの擬態能力は魔族の中でも群を抜いています、
     その事は魔王様も御存知でしょう。」
    「あー知ってる知ってる、何せ私が登用したんだからな。」
    「そうだったのですか……有難う御座います。おかげで楽しい旅が出来ています」
    「ですので、ナグルケルの旅は貴重な情報網、
     それを遮る事は断じてなりません。」
    「判ってる判ってる、言ってみただけだってー。
     ちょっと久しぶりにテンションあがっちゃってさー」
    「(ほんとかよこの魔王様…かなり本気の口ぶりだったぞ)」
    「ナグルケル」
    「はい?」
    「良い事を教えてやろう、もうすぐ、ネリ先生の新作がでるぞ。」
    「本当ですか?それは楽しみですね。」
    「ああ、また帰って来た時には語らおう、旅の道でしっかり読んでおけ」
    「はは、場所によってはなかなか入手が難しいので、
     頑張ってあちらこちらを巡る事にします。」
    「ん、そうなのか?」
    「?なにがでしょうか」
    「あ、いや、なんでもない。旅の無事を祈る。」
    「では魔王様、ごきげんよう」

    それから暫くして。

    「魔王様、御所望の品ですよ」
    「え?まさか」
    「ネリ・モルトクの新作『夜の塒(ねぐら)』です、どうぞ」
    「お……おおお」
    「めっちゃ手震えてる」
    「幻じゃないのか?」
    「私、幻術の類は使えませんけど」
    「おおー!ついにネリ先生の新刊がこの世に生まれたー!」
    「ところで今日の分の仕事は?」
    「まだ終わってない!」
    「もう、読み終わったらちゃんとして下さいよ」

    「ああ…なんという…これ…なんという」
    「あ、読み終わったんですか?早かったですね」
    「くっ……ああ…もう一冊読みたい…ネリ先生の本をもう一冊……」
    「ありますよ」
    「えっ」
    「人間からもう一冊渡されてますよ、ネリ・モルトクの本」
    「ほっ、本当か!?」
    「ええ」
    「ああ神よ!」
    「(こんな事で祈られて邪神も迷惑だな)はい、どうぞ」
    「わーやったー!……っておい、これ」
    「なんですか?」
    「さっきのと同じ『夜の塒』の一巻じゃん……」
    「はい、予備で渡されてたもう一冊です」
    「違う…そうじゃない……」
    「でも、もう一冊読みたいって」
    「私は続きが読みたいって意味で言ったの!
     なんで同じ本をもう一冊読まないといけないんだよ!」
    「いや、それほど好きなのかと」
    「もう、本当たまにお前……はぁ……早く続きが読みたい……」

    「あれ、魔王様、何してるんですか?」
    「んー、いやちょっと既存魔法の研究をな…」
    「あら、珍しい。」
    「どういう事だよ」
    「いや、侮蔑的な意味ではなくてですね、
     いつも新魔法の研究に熱をあげているのに、
     既存の魔法を勉強なさるなんて珍しい事じゃないですか。」
    「ん、まぁ、ちょっとな。基礎研究も馬鹿にならん。」
    「確かに。
     あ、それにナグルケルの置いていった地図も壁に貼り付けて。」
    「今度会う時に復習で問題出されて答えられなかったら威厳無くなるから」
    「(ようやく前の調子に戻られたなぁ……)あとでお茶持ってきますね」
    「ありがと」

    それから数日後の事。

    「あれから魔王様、部屋の中に籠りっきりだな。
     研究熱心なのは良いけどたまには身体動かさないと。
     魔王様ー、お茶入りましたよー、少しは外に……って、あれ?」

    「魔王様?あれ?トイレか?」

    「ところで何の研究してるんだろ……。
     あ、これナグルケルの擬態魔法だ。
     余程あいつの事、気に入ったんだなぁ…。
     はは、壁にも貰った地図貼り付けてるし、
     まぁナグルケルも周りを惹き付ける所があるから、お?
     なんだここ、地図に印が付いてる………人間の町マスカラ………。
     ……擬態魔法にマスカラ……。
     ……。
     ……。
     ……えっ。
     魔王様、まおうさまー?
     うんこ?うんこですかー?
     ……。
     ……。
     えっ…ちょ…うそでしょ……。」


    『全館放送、全館放送ーーー!!!
     こちら大臣、城内くまなく探せ、魔王様がどこにいるか探せー!!
     一時間捜索しても見つからない場合は境界領全域に緊急配備、
     人間側への関所は今すぐ直ちに完全封鎖!!
     悪鬼羅刹であろうと一人も通すなーーー!!』





    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    おやおや~魔王様どこいったの~?

    →③へ続きます←


  • 魔王様に新刊を ①

    2017-07-19 07:292

    「魔王様、こちらが今回人間と闇取引したリストで御座います」
    「うむご苦労、大臣」
    「今回も取引は問題なく終了、また一月先に次回の取引を」
    「ん、いつも通りね、判った判った。……を?」
    「どうされました?」
    「なんだこれ」
    「どれですか?」
    「この……難攻不落ガスタン砦攻略指南書、四冊ってなんだ?」
    「ああ、それは本で御座います。」
    「本?」
    「人間が書いた本で御座いますね、
     なんの趣向かは分かりませんが、取引の品に混じってました」
    「へぇー」
    「興味がおありで?」
    「砦の攻略指南書とある。
     人間がどういう戦略傾向にあるのか勉強出来る」
    「なるほど、可及的速やかに用意致します」

    「おい大臣」
    「はい?魔王様」
    「この前のアレだけど」
    「あれ?」
    「あの砦の攻略指南書ってやつ」
    「ああ、どうでしたか、何かの勉強になりましたか」
    「あれ、なに」
    「は?」
    「お前、あれ読んだ?」
    「いいえ」
    「あれさ、」
    「はい」
    「人間の男が惚れた女を追っかける話なんだけど」
    「は?」
    「なんか街で見かけた女を追ったらガスタン砦の中に入っていって」
    「はぁ」
    「どうにかしてその中に忍び入ってもう一度女に会おうとする男の話でさ」
    「はぁ?」
    「砦の攻略の仕方じゃなくて、
     どうにかして砦の中に入ってその女に会おうとする話でさ」
    「なんだ、じゃあ全然人間攻略の参考にはならなかったんですね」
    「しかもこれ、四冊で完結じゃなかった」
    「そうですか」
    「いや、そうですかじゃなくて」
    「え?」
    「続きは?」
    「え?」
    「続きは?この四巻の続きが読みたいんだけど」
    「……いや、ちょっと判らないですね」
    「ちょっと調べて、急ぎで。」
    「いや、次の取引は一か月後なんですけど……」
    「………。」
    「……じゃあ現在何巻まで出てるか調べますね、取りあえず」
    「頼む」

    また、別の日の事。
    本日は魔族の上層部が行う月例会議。

    「魔王様のおなーりー」

    ワイワイガヤガヤ

    「それでは各自、定期報告を魔王様に。」
    「北の沼地、異常なしです」
    「よろしい」
    「エイカム村の周囲、依然として小競り合いの最中、
     いまも人間側が戦闘をしかけてきていて、暫く戦闘継続です」
    「よろしい」
    「最近、黒ツノ豚の頭数が思わしくありません」
    「食用バジリスクの出荷頭数を調整してバランスをとれ」
    「東の洞窟の件ですが――」

    「――他に報告がある者は?」
    「あ、私からも。」
    「なんだ大臣」
    「難攻不落ガスタン砦の件ですが、」

    ガスタン砦?
    なんだそりゃ、難攻不落って。
    そんな砦あったか?
    ザワザワ ガヤガヤ

    「今現在六巻まで出ているようです」
    「そうか、よろしい」

    ろっかん?
    なんのことだ?
    お前判るか?
    いや、なんの暗号だろう。
    サワサワ ヤイヤイ

    「――おい大臣」
    「あ、魔王様、会議お疲れ様でした」
    「いいから、あの会議で本の報告しなくていいから」
    「そうですか?それは失礼しました」
    「で、その残りの二冊の事だが…」
    「次の取引で入手出来るように手は回してあります」
    「流石大臣!よろしく!」
    「恐れ入ります」

    魔王がそわそわして日々を過ごす。
    こんなにそわそわするのは久しぶりの事だ。

    「魔王様、こちらが今月の人間との取引のリストです。」
    「待ってました!
     えーとえーと……あっ!これこれ」
    「ちゃんと本の続きを仕入れております」
    「どこ、今どこにあるんだ?」
    「こちらに」
    「おっ!ご苦労、ではさっそく」
    「だめです」
    「えっ」
    「今溜まっている呪文合成、片付けたら渡します」
    「ちょっなっ、お前!私がどれだけこの日を楽しみにしてたか」
    「仕事、先に片付けて下さい。
     さもないとこの本、灰にしちゃいますよ」
    「ぐぬぬ」

    「おわったー!さー大臣、本をくれ!」
    「もう終わったんですか?」
    「終わったって、ホレ!」
    「凄く早いですね」
    「いーから読ませろ!」
    「どうぞ」
    「おっ、ご苦労ご苦労」
    「(ははぁ、これはいいネタが出来たぞ……)」

    「………くはぁ」
    「いかがでしたか魔王様」
    「いや、それが聞いてよ」
    「聞きましょう」
    「カタリナがさ、実はトーマスの生き別れの姉だったの」
    「ん?」
    「トーマスが主人公で、カタリナはトーマスが街で惚れた女ね。
     それで二人が血の繋がった間柄っていうのが五巻の最後の方で判るの」
    「へぇー、実の姉に恋してたんですか」
    「んで砦の中にミカエルって男がいて、そのカタリナを狙ってんの。
     で、カタリナの方もまんざらじゃなかったのね。」
    「ほう」
    「それでトーマスと色々あって三角関係になるんだけど、
     トーマスとカタリナが血が繋がってるじゃない。
     それでトーマスは身を引くんだけど、
     六巻の途中でミカエルが実は敵方のスパイだと判るのよ」
    「へぇ」
    「それでミカエルがカタリナに全てをうちあけて連れだそうとして、
     トーマスがそれを逃がしちゃうんだなぁ」
    「逃がしちゃうんですか」
    「いや、そこのトーマスの心の機微の描写が凄いのよ。
     姉とは言えど惚れた女、それを攫うようなミカエル、
     敵に姉を連れ去られるという見過ごせない状態と、
     惚れた女の胸中を察してしまう男心のせめぎ合い、
     かー、これは読まないと判らないよねー」
    「大変満足されたようでよろしゅう御座いました。
     ところで魔王様。」
    「ん、なに」
    「その本の作者なんですが」
    「おう」
    「他にも本を出してるみたいで」
    「なに?」
    「題名が『魔剣ヴォルガーニス』っていう」
    「なにそれ なにそれなにそれ」
    「読みたいですか?」
    「愚問である!」
    「(言いたいだけだな)じゃあ、これ」
    「なにこれ」
    「来月から実用される非常供給用魔力札です」
    「あー、なんか言ってたね、そういうの」
    「さしあたり全部で千個あります」
    「せんこ?」
    「これ、取りあえず来月までに魔王様の魔力を全部込めといてください」
    「……これ全部?」
    「それが終わらないと、魔剣ヴォルガーニス、持ってきませんから」
    「ちょ!おまえ!そういうの汚い!ほんっとうに汚い!」
    「はいじゃーよろしくおねがいしまーす」

    千枚の札を魔王に残して大臣が去ってしまった。
    いっその事力づくで奪おうかとも思ったが、
    それでは魔王の威厳が危うい。

    しぶしぶ一枚一枚魔力を込める魔王の所にまた大臣がやってきた。

    「魔王様」
    「………なんだよ大臣」
    「緊急報告なんですが」
    「どうぞ……」
    「アミルの山の間に洞窟作ったじゃないですか、昔。拠点用に」
    「ん?ああ…作ったね」
    「それが先日落盤したらしくて」
    「へぇ……被害状況は?」
    「それは現在調査中なのですが、
     例の勇者とやらがそれに巻き込まれて生き埋めになったとかで」
    「ゆうしゃ?」
    「ほら、例の。
     なんか古代の強化呪文に唯一適合した魔人みたいな人間が最近いるって」
    「あー思い出した思い出した。
     それが一緒に生き埋めになったの?」
    「との事です」
    「へー」
    「どうします?」
    「まだ息のある魔族を探知魔法で救出後、岩を放り込んで完全封鎖」
    「畏まりました。ところで魔力札、今何枚できました?」
    「669枚」
    「魔王様ガンバー」
    「お前人事だと思って……」

    魔王、無事に千枚完走。

    「流石魔王様です、千枚、確かに」
    「ちょっと死ぬかと思った……」
    「いやー当初の予定では二百枚だったんですけどね、
     魔族も死ぬ気でやれば出来るもんですね」
    「なんか言った?」
    「こちらが今月の人間との闇取引のリストです」
    「ん……お、これ?ねぇ、これの事?
     この魔剣ヴォルガーニス、三冊って!」
    「はい、こちらに」
    「よっしゃー!」

    「くぅ………」
    「魔王様どうしました?」
    「これも面白かった……」
    「それはそれは」
    「三巻で終わっちゃうんだけど」
    「あら、それは残念」
    「そう、三巻しかないのが残念なんだけど」
    「本当に残念、続きがあったらよかったのに」
    「そう、続きが……ん?なんか含みがないか、お前の言い方」
    「いえ、別に。
     どうぞ、感想の続きを」
    「いや、とんでもない鍛冶屋がいんの。
     過去に聖剣とか魔剣とか打った鍛冶屋でさ。」
    「ほう」
    「それで人生最高の剣を打つの。
     その名も魔剣ヴォルガーニス!これが凄くて、
     試し切りでぶっとい大木も水を斬るように一刀両断にすんのね!」
    「凄いですね」
    「でも欠点が一つあるの、その魔剣。
     実は自我があって、大木を斬ったあと、鞘から一向に出て来なくなるの。
     生き物を殺したくないって言うんだよね。」
    「そりゃまた、剣なのに。」
    「そう、剣なのに。
     切れ味はこの世のどの剣も及ばない位凄い魔剣なのに、
     生き物を斬りたくないって言っちゃうんだよねー」
    「ポンコツじゃないですか」
    「まぁまぁ。
     それで困った鍛冶屋が知り合いの修道院に行って、
     そこの修道女に剣を預けるのよ、
     ここなら抜かれる必要も無いだろうって。
     それで修道女も困惑するんだけど、飾っとくだけで良いからって言われて」
    「その話、まだ長いですか?」
    「なんだよ語らせろよー。
     いやそれでね、最初は部屋の中に飾ってるだけなんだけど、
     喋る剣に興味が出て、ちょっと鞘から抜いてみたりするのよね。
     それで少しづつ剣と修道女が喋るようになって、
     春には花壇の近くで一緒に花を愛でたりするんだけど、
     いやー、この後の展開がなー、くー」
    「あ、次の定期報告会での議題なんですけど」
    「話逸らすなよ」

    そんなある日、思わぬ相手がやってくる。

    「魔王様、人間側から特使が来ていますが」
    「特使?」
    「ほらあれじゃないですか、この前の落盤で勇者が死んだから……」
    「ははぁ……まぁ話を聞こうじゃないか。」

    「魔王様におかれましてはご機嫌うるわしゅう」
    「ん、で、何用で来た、人間達よ」
    「実は和平を求めてやって参りました」
    「和平?」
    「はい、もう我ら人間と魔族、争いを始めて何百年も経ちました。
     いい加減これ以上争いを続けるのは、お互いの発展を妨げるかと……」
    「そうかな、戦は思考を激しくする。
     これまでにない物を生み出し、技術も増えた。
     それはそちらも同じ事ではないか?
     聞く所によると、そちらの技術の結晶みたいな戦士がいるそうではないか。
     いや、まぁ何故か最近はその噂を聞かんが……。」
    「はは、所詮は噂、噂はいつかは消えるものですから…」
    「今、正直我ら魔族が劣勢とは思っていない。
     技術も育ち、勢いがあるとみている。
     そこでお前達が和平を求めると言うのなら、
     それなりの誠意というものが必要だろう。」
    「た、例えば……」
    「そうだな、カーベイラの平原、パスラ街道。
     この二つの支配権をそのままこっちに譲渡しろ。」
    「な、なんと」
    「力ずくで奪ってもいいのだがな。
     どうする、血を流して失うか、
     それとも和平を得る代わりに失うか。
     差し出すならば、そうだな、一年、いや、一年半は和平を約束しよう」
    「たった一年半…?」
    「不満か」
    「くっ……二年、いや、二年半、和平を」
    「長くても二年だな」
    「……判りました、では」
    「おっと、まて」
    「え?」
    「二年に延ばしてやるかわりに、もう一つ、条件を飲め」
    「こ、これ以上なにを……」
    「ネリ・モルトクに新しい本を書かせろ」
    「ちょ 魔王様っ!」
    「なんだよ大臣」
    「ネリ・モルトク?
     おい、誰だ、知ってるか……?」

    ヒソヒソヒソ

    「……ああ、物書きなのか。
     魔王様、我ら人間の物語書きの、ネリ・モルトクですね?」
    「そうだ、そいつに新しい本を書かせるんだ。
     それで、それを出来上がり次第、こちらに差し出せ。」

    ひそひそひそ

    「……なに、そうか。
     魔王様、その者であれば既に新しい物語を現在執筆中、
     もうすぐ出来上がってもおかしくないとの事です。」
    「なに!本当か!」
    「ゴホン……魔王様」
    「なんだ…大臣、そう睨むな。
     よし、取りあえず新しい本が出来次第よこせ、すぐだぞ!」



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    交渉材料は土地と本って、
    ええ~?魔王様ちょっとちょっと。

    →②へ続きます←