• よみのさび ⑤

    2018-05-16 19:232

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    ―――――――――――――――――――――
    「コイルが家から連れていかれて、
     そしていよいよ私の番になりました。
     おふくろを、一人家に残すのです。

     赤紙が家に来た時、
     泣き疲れたのかおふくろの目に涙は見えませんでした。
     枯れたのか、尽きたのか、
     それとも慣れてしまったんでしょうかね、
     本当におかしな世の中でした。

     でもまぁ……私は生きて帰って来れて、
     その時のおふくろの喜びようったら、
     本当に飛びついて来たんですよ、
     あの時のおふくろの泣き方もまた凄いもので、
     本当の事を言うと、反対に私が戦争に行く時のおふくろの顔は覚えていません。
     なるべく見ない様にしてたんですよ、
     駅に見送りに来てくれたおふくろの顔なんて、
     もう、こうやってそっぽを向いたりなんかして。

     親不孝と思うかも知れませんが、
     最後は命を無事持ち帰りましたから、
     御破算ということで構わないでしょう。

     その、帰りの汽車の中での事です。

     今と比べて線路の旅はとても時間がかかるもので、
     隣に座る誰かと喋らないと退屈で死んでしまいます。
     おい、あんたは何処の基地から帰るんだいって、
     汽車の中のあちこちで皆が話したものです。

     私も丁度横に座った相手に話しかけました。
     すると、相手は航空整備士をしてた、と言いました。
     私達は暫く自分の苦労話を披露しあったんですが、
     相手が変な事を言い始めました。
     おい、なにか、壊れなかったか、って。

     私は何が?と聞き返しました。
     壊れたって、何がだ?と。

     鉄だと相手が言うんですね。
     鉄?と聞き返したら、お前の所は何もなかったかって、
     こう、腕組みして言うんです。

     彼が戦闘機を整備していた時にこんな事があったらしいんです。

     朝早く整備をしようと格納庫に行ってみると、
     ある一台の片翼がボキリと折れていたそうです。
     びっくりして調べて見ると溶接部分が酷く錆びていて、
     そのせいで翼がもげたらしいんですね。

     でもその戦闘機、別に古くないんです。
     改めて点検をして他の場所を調べても故障はなにも見当たらなくて、
     その部分だけが、酷く錆びていたとその整備士は言いました。

     しかもその戦闘機は前日に点検してもなんの故障も見つからなかったそうです。
     溶接部も特に異常もなく万全の状態であったと。

     一夜にして錆びたというんですよ。
     翼が折れる程。

     普通、金属が錆びるのは非常にゆっくりな現象です。
     新品の鉄棒が次の日にはもう錆びだらけなんて聞いた事が無いでしょう。

     その整備士から汽車の中で話を全て聞きました。
     どうやら、その折れた翼の部分には、
     ポケモンの身体が使われてたみたいなんです。

     『電蝕』を御存知ですか。
     ガルバニック腐食とも言われるんですがね。

     違う種類の金属が接触している場合、
     電位差の影響で片方の金属が負けちゃって錆びてしまうんですね。
     だから建築現場では金属部に対して違う種類のネジを使う事はありません。

     ですが戦争というのは本当に何も無くてですね、
     最後の方は違う種類の金属でも溶接に使ったり、
     ネジや部品にも使ったりしていたみたいで、

     そう、
     ポケモンの身体もね。

     エアームド、ハガネール、メタグロス。
     色んなポケモンが犠牲になった事でしょう。
     ポケモンから剥いだ金属を色んな部品に使ったそうです。

     最初は、錆の原因がポケモンの身体だとは断定できなかったようですが、
     その後の事件でかなり間違いのないものだと判明したそうです。

     神風特攻隊って、
     知ってますか。

     敵の船目掛けて体当たりを喰らわす隊と言われてますが、
     それは後付けで書き換えられたもの。

     途中で飛行不能になったんですな。戦闘機が。
     離陸して戦闘空域に突入した機々から連絡が入ったそうです、
     操縦不能、もしくは、不具合あり。

     特攻隊の成果というのは、
     酷いものだったらしいです。

     特攻に『成功』したと言われる回数はほんの数回で、
     特攻に向かった多くの戦闘機は『撃墜』がほとんど。

     ――しかし正確には撃墜はされてないんですよ。
     成功も、してません。

     戦闘中に突然、激しい電蝕が起きて操縦不能になっただけなんです。

     でも映像記録が残っているでしょう?

     ポケモンを戦争に使う為、その身体の一部を剥ぎ殺した、
     全てはその事実を隠す為に、
     国が吐いた、嘘です。

     日本と交戦した他の国も戦闘機が空中分解する様を見ている筈ですが、
     それをあくまで『撃墜』と同じ事を言ってる所を察するに、
     結局は何処の国も、何らかの形で似たような事をやっていたようですな。

     あれから、七十年経ちました。

     もう、いいでしょう。」

    赤川さんがそこまで話し終える頃には私の喉はすっかり乾いていた。
    だが喉を潤そうともせずに、唾も飲み込まず、
    まるで椅子に座らされた人形の様に話に聞き入っていた。
    ただ、瞬きだけが許されていた。

    「あの、凄い話だと思うのですが」

    その言葉を言う為に喉をゴクリと一回動かすと、
    余程乾いていたのか喉の一帯が痛んだ。

    「赤川さんがポケモンと一緒に暮らさない理由と言うのは…。
     一緒に暮らしていたコイルに悪いと思っているからですか?
     それとも、連れていかれるコイルを助けられなかったという自責からですか…?」

    長く喋りつかれ赤川さんも喉が渇いたのであろう。
    手元の湯のみを一回口に付けると、
    ふう、と一つ息を吐かれた。

    「ポケモンが寄ってこんのですよ。」
    「寄ってこない?」
    「そうです。寄ってこないんです。」
    「それは赤川さんにですか?」
    「そうですね。
     私がこんな山の中に住んでいるのも周りに迷惑が掛からないようにする為です。
     ポケモンは人間には不可思議な現象を起こす事も度々あります。
     それはポケモンの意志、でしょうか、
     そう呼ぶに値するものが原動力なような気がしますが、
     戦時中に起こったポケモン由来の部品の急激な電蝕もその一つでしょう。

     じゃあなんでそんな事(電蝕)が起こったのか、という話になりますが、
     誰かはこう言うかも知れません。
     ポケモン達は人殺しなんてものに加担したくなかったから。
     しかし私はこう思うんです――。

     あ、お兄さん、ちなみに百人一首は御存知で?」
    「え?いや、やった事は無いんですけど」
    「そうですか。
     恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
     恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ」
    「え?」
    「百人一首の一つでそういう歌があるんです。
     恋に破れた女性の一首なんですがね、
     恨み過ぎて気力もなくなり、
     涙に濡れた袖を乾かす暇もなくボロボロになっていくのが惜しいのに、
     その悲恋のお陰で評判も落ちて行って、それも惜しい事だと」
    「はぁ、なるほど」
    「何人もの家族を戦争に送り出して、
     私の時にはすっかり泣くのも疲れてしまって…。
     それで最後には匿っていたコイルの事で周りから色々言われたらしいです。
     私が帰ってから少しは明るくなりましたが、それでも…。
     そしてその一種の読み手が相模(さがみ)と言うんですがね」
    「えっ」
    「ええ、おふくろがコイルに名付けた名前です。
     おふくろもその一首が意地らしく好きでつけたそうなんですが、
     私はね、こう思うんですよ。
     結局はこの女の人は、相手が恋しいんだな、と。
     まぁ男に女の心は判らないと言われそうですが、
     私はそんな気がしてましてね。
     
     戦争材料に使われたポケモンたちもね、
     相棒や飼い主の所にずっと帰りたかったんですよ。
     だから電蝕を起こしたんだと思います。
     そうする事で錆びた部分がボロリと取れるでしょ?
     それから長い時間をかけて辿り着いて、ほら」

    そういった赤川さんは自分の服を捲った。
    カメラは充電がバッチリだったので依然回り続けている。
    しかしそれは撮るべきものだったのか。

    「うちのコイルもね、
     こうやってうちの家族の所に戻ってきました。
     兄貴とおふくろも、身体がこんな感じになってね。
     不思議と他のポケモンが寄りつかなかったもんです。」

    赤川さんの脇腹が鈍く輝いていた。
    人間の表面は柔らかい皮膚で出来ている筈だが、
    それは明らかに金属の輝きを放っていた。

    「ある日冷たい、と思って目が覚めると、
     こうやってあの子の欠片がくっ付いていました。
     おふくろにも、兄貴にも。
     おふくろには特にくっ付いていて、
     それを喜んでいるようでしたよ。
     私は逆にこれは罪滅ぼしだと思いました。
     あの時連れていかれるのを止める事が出来なかった私への。
     結局私も兄貴も結婚しませんでした。
     銭湯に行く事も水着を着る事もありませんでした。
     おふくろを葬式に出す時も、体の事は黙って貰うようにいうと、
     葬儀屋さんが「見た事がある」とだけ言って、
     そのまま焼いてもらいました。兄貴もそうです。
     あとは私だけなんですが……。」

    そうだった。
    山が静かだった。

    「金は用意できますので、
     お兄さんにお願いしたくて。
     赤の他人の今日あったばかり、図々しいのは重々承知ですが、
     どうか口止めだけ、この通り。」

    通常山には大小様々なポケモンが生息している。
    それがこの家に来るまで、影の一つも見えなかった。

    奇妙だとは思っていた。


    赤川さんのレポートは何の加工もせずにテレビ局に渡した。
    それが良い事だったのかは判らない。
    私は仕事をしただけだ。

    だがテレビ局は赤川さんの事をどう紹介するつもりなのだろうか。
    ポケモンと暮らさない人だと、当初の予定通りに言うつもりだろうか。

    赤川さんの鈍く光る脇腹と、
    それを受け入れている赤川さん。

    もうあれは『常に一緒に居る』と断じても良いのではないか。

    何処からどこまでが本当なのか、
    赤川さんが語ってくれた事の真偽は私には判りかねなかったが、
    ただ下りていく山の感触だけは覚えていた。

    柔らかい山道だった。
    固い道は踏みしめた足に反動が伝わってくるが、
    その道はまるで私をそのまま飲み込んでしまうような柔らかさだった。


    私の元へはまだ、
    赤川さんの訃報は届いていない。


    ―――――――――――――――――――――

    けんいちろうです。
    ここまでの読了有難う御座いました。
    短い後書きにしようと思います。

    まず最初に戦後六十年という設定でしたが、
    赤川さんの年齢設定と齟齬が生じる為七十年に途中変更しました。

    次にポケモンボールに関する情報ですが、
    1925年にタマムシ大学のニシノモリ教授が開発したそうです。
    びっくりしたのはこの1925年という設定です。
    読んだ瞬間にそんな数字が?とびっくりしました。

    驚きは更に続きます。
    教授が飼っていたオコリザルが衰弱して小さくなり、
    そこで初めて「衰弱時に縮小して狭い所に隠れる」本能が発見されたとあるんですね。

    そんなまさか。
    だってアニメでは戦国時代のような時にポケモンに乗って戦ったような事があるんでしょ?
    そんな事をやってて1925年なんぞに今更新発見という事に成る筈がないんです。
    考えられる事は過去にポケモンに乗ったりして戦ったりした事は嘘で、
    それは敵対する陣営にそういう嘘を流布する事で牽制したという可能性です。

    色々調べた所結構ポケモンの設定には矛盾する所が多いとあったのですが、
    この1925年に新発見があった、というのが一番悩みましたね。
    そもそもコイルがどうして現れたかという話にまで掘り下がるんですが、
    恐らく人間が電気を使い始めるまでコイルは集団で山に生息していたと考えられます。

    それで夜な夜なダンスを踊るんです。ええ、コイルが。
    コイルとコイルが手と手を取り合い、
    それで空中でバネの形を形成し、
    そのバネの先と先とを繋ぐように更に手を取り合います。
    ぐるっと一繋ぎになった後は地軸に沿ってゆらゆら踊るんです。
    抗する事によってフレミングの法則で電流が発生します。
    こういう事でもしない限りコイルは生き延びれない筈なんです。
    コイルは電気をエネルギー源として、
    それが減少すれば元気がなくなって空を飛べなくなるとすらあります。
    生物全般に於いて移動手段とは死活問題につながる事柄です。
    ですので毎日なんらかの形で電気補給しなければならない事は必至、
    結果このバネダンスに繋がります。

    本編では赤川さんが若い頃に山に登り、
    コイル達の夜のダンスを見るなどの場面もあった筈ですが、
    戦争中の描写で頭がやられて頓挫しました。辛い。

    今回は鉄製ポケモンの皮膚を剥がして戦争の材料にするという、
    なんとも残酷でサイコパスな内容でしたが、
    どうしてこんなオハナシを書き始めたのか今となっては覚えていません。
    ただ、よく最後まで書ききる事が出来たなと、
    今は肩の力が全て抜けてこの後書きを書くばかりです。

    けんいちろうでした、読了有難う御座いました。
    次は明るくて馬鹿っぽい話を書きたいです。


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  • よみのさび ④

    2018-05-13 22:20

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    ―――――――――――――――――――――

    さて、では一息ついた事ですし続きを話しましょうか。
    おや、なんでしょう。

    なるほど、金属回収令でポケモンの徴集は無かったのではないか、と。
    要するに金属系のポケモンを兵器を作るために殺した事実は歴史的にないと、
    そうお兄さんは仰る訳ですね。
    この事は世間で論争になっていたりするんですか?

    余り聞かないですか。
    ふむ、まぁそうでしょうね。
    もう六十年も経ってそんな面倒な事を掘り返す物好きは少ないでしょう。

    ポケモンを兵器製造目的で徴集した事は無かったと、
    そう言っている理由は戦時国際法のせいですな。

    戦争をする時には幾つか取り決めがあるんですよ。
    まぁ面白い話です、殺し合いをするのにルールがあるなんて、
    馬鹿みたいな話だとは思いませんか。

    その馬鹿みたいなルールの一つに、
    ポケモンを軍事的に利用してはならない、というのがあります。
    生物倫理的に禁じているというのが現代での筋が通る理由でしょうが、
    これは過去に色々と問題があったらしいです。

    それはそれは古い時代の戦争で、
    飼いならした筈のポケモンが激しく暴れて、
    人間同士の戦争に投入したけど、それどころじゃなくなった事があるらしいです。
    一番古い記録だとなんでしたかね、ペルシア戦争だったかな。
    昔調べたんですが、いやぁ、すっかり忘れましたな、年は取りたくない。

    なので最初は効率を、
    その後に倫理に重きを置いてポケモンを戦争に使わないというルールが出来ました。
    まぁ、過去の歴史書なんかを読めば例外が何件か見られるようですが、
    それらが本当かどうかは分かりません。
    もう何百年も昔の事だったりするので、確かめようがないでしょう。

    話が逸れましたが、そういう訳で片岡さんちのエアームドが連れていかれる際も、
    これは純粋なポケモン徴集である、として連れていかれました。
    ポケモンにやる餌などを軽減する為に殺傷する、という名目です。

    じゃあなんでポケモンにも金属回収令が適用されていた事を、
    私が知っていたのか、という事なのですが、
    これも話始めるとまた長くなります。

    その前に…家の中に、私とおふくろとコイルだけが残った時の話を。

    あの頃は本当に奇妙な時代でした。
    テレビか何かで若者を戦争に送り出す様を見た事がありますか。
    もう皆が皆、戦争という名の流行り病にかかったみたいになってました。
    鬼畜米兵だの天皇陛下万歳だの、もうまるで呪い(まじない)の様で、
    国ぐるみで『戦争病』が流行ってたんですね、あの頃は。

    そんな病気の予防法が幾つかありましたが、
    その一つがポケモンを飼う事でした。

    人間同士ってのは支え合う事もしますが、
    一緒に悪い方にどんどん転がる事もあります。まるで雪玉の様です。
    一緒に頭がおかしくなって、一緒に変になっていく。
    そうなってしまうと誰もおかしいと言わないんですよ、おかしい事に。

    でもポケモンは人間より少し冷静でね、
    こちらがポケモンの行動に少し「おや?」と思う事がある様に、
    ポケモンも人間の公道を「おや?」と思うみたいです。

    私が外で戦争病に当てられ浮ついて帰ってくると、
    いつもあのコイルが私をじっと見つめてきて、
    その視線がまるっきり冷たいんです。
    そこでこっちも冷静になって色々考えるんですね。
    あれ、ちょっと待て、考えてみるとおかしいぞって。

    戦争中なんて、色々おかしなものですが、
    皆おかしくなっちゃってるので誰もおかしいと言いません。

    でも家の中は家族だけでしょう?
    そこにポケモンが一匹いるだけで不思議と頭は冷えたものです。
    しかも、家の中に最後に残ったのはおふくろと私とコイルだけ。
    あ、最後ではないですね、
    最後に残ったのはおふくろだけでした。

    ああ。
    何話してるんでしたっけね。
    ごめんなさいね、年取るとあれもこれもと話したくなるもんで。
    あとでお兄さんが上手い事やってくれますか。
    ああそうですか。それじゃ、それじゃ。

    まぁ、
    屋根と壁ってのは凄いもんでね。
    そう、屋根と壁。家の。

    屋根と壁があると家が出来るでしょ。
    家ってのはお城なの。中を守れるんですね。

    外で戦争病がどんどん流行って行く間、
    僕とおふくろはなるべく家の中にいるようにしました。
    何が普通かなんて判らないんですが、
    家の中にいると、まだ『まとも』でいられる気がしてたんですよ。
    ポケモンを持っていた家はどこも結構そんな感じだったんじゃないかな。
    でもほら、『懐獣納め』が始まってしまって……。

    懐獣、ね。
    『ふところ』に『けもの』で、かいじゅう。
    戦時中はポケモンの和名でそう呼んでまして。
    おかげで沢山の家からポケモンが消えましたね。
    全部殺されたでしょうねぇ。
    動物園でも色々惨い事があったから…。

    毎日どこかの家からポケモンが連れ出される光景を見てね、私は怯えてましたよ。
    うちはコイルが居たけど飼ってるって言いふらしてなかったもんで、
    いつそれがバレてしまうのかと冷や冷やしてました。

    家の中に私とおふくろとコイルだけになると、
    おふくろがねぇ、コイルを、さがみを可愛がってねぇ。
    もう家の電気が急に落ちても怒鳴りもしなくなって。
    むしろ「よく電気食べてるわね」なんて言うように、ね。
    寂しかったんですねぇ…私もそうでしたから。

    それで、私が戦争に行く前の事です。
    ある日突然、警官さん達がやってきました。兵隊さんも混じってて。
    この家の中に、懐獣がいるだろう、って。

    そりゃもう、驚きましたよ。
    警官さん達が通報があったって言うんで、頭が真っ白になりました。
    コイルを何処かに隠そうとか思う間もなく、皆が家の中に入ってきて、
    その時、誰も靴を脱がないもんで更にびっくりしました。
    もう、頭の中がしっちゃかめっちゃかになって、
    それでおふくろの叫び声が聞こえたんです、なにするんですかって。

    コイルはあっというまに木箱の中に放り込まれました。
    後々になって考えると鉄の折とかじゃあ駄目だったんでしょう、
    ほら、コイルは電気を出すから。

    おふくろは随分と叫んでいましたが、私はずっと黙っていました。
    コイルは電気を吸う悪いポケモンだと皆は言ってましたから。
    だからコイルを飼っているという事は、世間様に反対している、
    要するに非国民みたいなもんです。

    いや、なんていうんですかね、
    戦争病の人達がそう言って、指をさす対象につるし上げられやすい、
    そういう事ですな、非国民とはそういうものです。

    具体的にどうのこうのじゃないんです、
    戦争病にかかっている人から見て気にくわない、
    それが非国民だと、私にはそう聞こえてましたな。

    おふくろは随分叫びました……その日の晩飯は私が作って、
    本当に不味かったです、ええ、ちゃんと作ったんですがね、
    味がしませんでした。

    私はおふくろにこう言いました。
    コイルの事を思い出しても、さがみと呼ぶのはやめろと。
    ご近所さんにそんなのを聞かれたら、
    コイルに名前まで付けていたのかと指をさされて、
    本当に酷い目に遭いかねないから、もうやめろって言ったら、
    平手で頬を叩かれました。
    こっちです、左の頬を。

    あんまり痛くなかったですね。
    でもそれからおふくろがまぶた一杯に涙をためて、
    今度は声の一つも出してはいませんでした。
    ただ、おふくろの唇がぷるぷる、ぷるぷる震えてて、

    あの日の晩飯は本当に不味いものでした。



    ―――――――――――――――――――――
    続く
  • よみのさび ③

    2018-04-30 17:1921

    →前回←
    →最初から読む←
    ―――――――――――――――――――――

    コイルというのは賢いポケモンです。
    いざ名前をつけてやると、
    それに反応してちゃんと近づいてきます。

    『さがみ』と言う名前を付けたせいか、
    それから母はコイルの事を頻繁に呼ぶようになりました。
    コイルの方も呼ばれたら母の方へと飛んで行き、
    例えそれが用の無い呼ばれ方だったとしても機嫌を悪くする事はありませんでした。

    当時はポケモンをボールやぼんぐりの中に入れるという習慣が強くてなくて、
    うちのコイルも家の中では放し飼いの状態でした。
    モンスターボールが民間に流通したのは戦後の事です。

    戦前まではトレーナー同士がポケモンを戦わせる事も実は珍しい事でありました。
    それまでの日本には民間でポケモンを戦わせるだけの余裕が無かったのです。

    まぁ、もう今では歴史の勉強でポケモンの事も多少学ぶ時代ですし、
    そこらへんの事は本業の方々に任せましょう。
    とにかく、戦時中なぞは金も足りぬし物も足りない、
    ポケモンを戦わせるための施設なんてもってのほか、
    そんな物を作る位ならと物資が軍に徴集されていました。

    外で戦わせるにしても同じ事です。
    闘えばポケモンが傷つくでしょう。
    しかしポケモンセンターなんてものは無いのです。
    傷ついたポケモンは病院か自身で手当しなくてはなりません。
    国がまだ貧しいのに、ポケモンに治療物資は回せない、
    というのが当時の常識でした。

    まぁ、それから戦争が始ってしまいましたな。第二次世界大戦です。
    私を含めて兄弟全員、戦争に取られました。
    親父も行きました。
    帰って来たのは私と先程言った二番目の兄の裕二だけです。
    後は皆戦争で死にました。

    話が急すぎましたか。
    どうもすいません。

    そうですね、私が送られたのは高射砲兵でした。
    爆撃をしに来た敵の戦闘機を撃ち落とすために下からドンドンと撃つんです。
    しかし敵もそういう武器を知ってるので、
    撃っても届かない距離まで昇って飛ぶんですね。
    だからなかなか当たらなくて、
    私の基地に敵がやってきた時は、そりゃあもう大変なものでした。

    まず、警報が聞こえるんです。
    丁度その日は夜遅くにアメちゃんがやってきました。アメリカの事です。
    夜なので遠くからやってくる飛行機が肉眼では見えません。
    ただ警報だけが五月蠅く鳴って、
    警報が鳴れば持ち場に何があっても全速急行、と仕込まれているので、
    寝床から飛び起きて全員持ち場に着きました。
    それから警報がピタッとやむと、静かでした。本当に静かでした。
    その静かな時間が結構長いんです。
    これは夢を見ているのではないか、そう思ってしまう程の長さでした。
    でもね、やっぱり夢じゃないんですよ。
    聞こえてくるんですね、ごおお、ごおおと、
    敵の戦闘機が空からやってくる音ですよ。
    こちらも慌ててやたらめったら撃つんじゃないんですよ、
    砲兵長殿から、撃ち方始めっ、って、連絡が伝わるまでじっとしてるんです。
    敵が射程距離に入ったのか、いよいよ撃ち方始めの声が伝わってきました。
    もうあとは大人の運動会みたいなもんです。
    かけっこする時は、もうその事しか考えないでしょう。
    それと同じように弾込め係は弾込めの事しか考えず、
    打ち手は照準を合わせる事しか考えずに淡々と動きました。
    だからですかね、最終的に多くの仲間が逃げ遅れました。

    私ですか。
    私は不真面目だったんですねぇ。
    敵の飛行機から落ちてくる爆弾が他の仲間の所に落ちて、
    どぉん、がぁん、と音が鳴ると、途端に怖くなりました。
    私は弾込めで、チョコチョコと動いていたんですが、
    ちょっと余所見をすると連絡通路を沢山の仲間が慌ただしくあっちこっち走る姿が見えました。
    誰も彼もが怒鳴り声で会話しまして、
    誰かがしくじっても、もうそれを殴りつけるだけの余裕も上官には無かったようです。

    私は弾を込めをしていました。ひたすら弾込め、弾込め。
    それで次の弾倉を取りに行こうとした瞬間、
    偶然近くに落ちた爆弾の衝撃でコロンと転んでしまいました。

    私はその時、本当に悪い事をしましたよ。

    転んだ事はそんなに大した事では無かったんですが、大げさに転んだんですね。
    転がる先も、少しだけ遠くへ転がりました。
    そしてじっと暫く蹲ったんですね、こうして。
    まるで体の何処かがやられたぁ、そういうふうにしてたんです。

    怖かったんです。
    どかんどかん、と近くで音が鳴って、
    叫び声の一つも聞こえなかったんですが、
    それは寧ろ仲間達が声も上げずに即死している証拠だったんですね。
    私もその事が判って、砲の近くに戻るのが怖くなったんです。
    だって、そうでしょ。敵は攻撃してくる相手を攻撃するでしょ。
    高射砲を壊さない筈が、ないんですよ。
    だから私は転んだまましばらく立ち上がりませんでした。

    でも打ち手は弾が来ないでしょ。
    赤川ぁ、弾はどうしたっ、って、その人が私の先輩だったもので、
    打ち手の近藤先輩って人の怒鳴り声が聞こえたかと思うと、
    次の瞬間には辺り一面真っ赤になりました。
    敵の爆弾が私達の高射砲の付近に落ちたんです。

    紙一重でした。
    あと少し、近くに転がってたら。
    あと少し、起き上がるのが早かったら。
    私はもうここにいませんでした。

    すいません、ポケモンの話でしたね。
    え、このまま話し続けても良いと?
    そういう訳にはいきませんでしょう、お兄さんもお仕事で来てるでしょうに。

    そうですなぁ、
    赤紙は最初、親父の所に来ましたな。
    次は一番上の兄の幸司、
    それから二番目の裕二、
    三番目の匠司、
    四番目の正司、
    最後が私でしたもので、
    私は母の段々と暗くなる顔をずっと見続ける事になりました。

    親父や兄達を送り出す時は万歳万歳と必ず言いました、母も私も。
    それがその時代の常識だったのです。
    その頃になると、途端にポケモンたちは見かけなくなりました。
    ええ、野生のポケモンですね。
    山や茂みにはいると小さいのがころころ居たものですが、
    いや、これが本当に不思議なものでね……。

    もう、すっ、と姿が見えないんですよ、ポケモンの。

    ポケモンは賢いですよ。本当に賢い。
    1925年に発見されたらしんですが、
    ポケモンは衰弱すると体を小さくして身を隠す習性があるんですって。
    戦争が始まった日本各地で、それはもう神隠しに遭ったように野生ポケモンが姿を消しました。
    きっと感じ取ったんでしょうね、これから大変な事が起こると。

    しかし、まぁ人と暮らしているポケモンはそのままでした。
    戦争が始まっても一緒に、同じ家に住んでいました。
    だから随分と惨い事が起きましたなぁ。

    先程も言いましたが、コイルは嫌われていたポケモンでしたので、
    我が家にコイルがいる、というのは秘密にしていました。
    うちのコイルにもよく言い聞かせました、
    いいかい、人の目につく所には出てはいけないよ、下手をしたら殺されてしまうよって。

    しかし世の中は本当にそうでした。
    戦争で色んなものが足りなくて、電気にしても例外ではありません。
    野生のコイルが電柱に張り付いていて、それを躊躇なく叩き殺した、
    なんて話もよく流れていました。

    それからいよいよ日本は物が無くなっていきました。
    物が無いから、色んな所から兵器の部品になるようなものを調達して、
    そうそう、御存知ですか?
    今、渋谷にあるハチ公は、二代目なんですよ。
    初代のハチ公像は戦時中に軍に徴集されて、溶かされてしまいました。
    家の中のナベもカマもタンスの角の金具も全て徴収を受け、
    神社の釣り鐘までも軍が取っていきました。金属回収令というやつです。

    近所に片岡というお屋敷に住んでいる偉いさんがいたんですが、
    そこではエアームドを飼っていました。
    まぁ、随分と立派に育ったエアームドで、
    あ、エアームドを御存知ですか、あの銀色のカッチカチの鳥の形をした……。
    あ、御存知でしたか、これは失礼。

    戦時中はエアームドを鎧鳥(よろいどり)と和名で呼んでいました。
    今もその名残は残っているでしょう、よろいどりポケモンと言いますからね。

    そのエアームドが、金属回収令の為に軍に徴集される事になり、
    軍が片岡さんの家に来た時は私も見に行きました。
    エアームドというと背丈は普通、大人の男位らしいですが、
    そのエアームドは本当に立派な身体つきをしていて、
    大人の男の背丈より、あたま三つほどの高さがありました。

    いよいよ軍がそのエアームドを持って行こうとした時、
    片岡の旦那様がきりっとした顔をしてこう言ったのを今でも覚えています。

    「お国の為に、頑張ってこい」

    頑張ってこいって、ねぇ――殺されるんですよ。
    身体の金属の部分を全部はぎ取られて、殺されるんですよ。
    それを頑張って来いといわなきゃならないなんて、
    本当にあれは酷い時代でした。
    片岡の坊ちゃんに至っては泣いてました。
    奥様も悲痛な顔をしていらして……。

    でも凄いのがそのエアームドでした。
    何度も言いますがポケモンてのは賢い生き物なので、
    人間達の雰囲気なんぞ直ぐに勘付くものなんです。

    ただならぬ軍の人間の様子や、
    今生の別れの末に命が絶たれるであろう事を嘆く片岡家の方々、
    もう、連れていかれてしまえば自分が死ぬだろうと判っていたでしょう。
    きっと全部判っていたんですよ、あのエアームドは本当に賢い子でした、
    「てんろう(天狼)」と名付けられていましてね、本当に立派なエアームドでした。

    それがね、本当に潔かった、凄かったんですよ。
    軍が用意したのはね、木で出来た檻でした。
    このエアームドにかかればすぐにぺしゃんこになるだろうって粗末なもので。
    その中にね、自分から入っていったんですよ。
    がちゃん、がちゃんと入って、その檻の中心でピシっと座りました。
    片岡の旦那様が腕組みして檻の中のエアームドを睨むように見つめ、
    檻の中のエアームドも一声も鳴かずにじっと旦那様を見つめて、
    武士と武士の別れの際ってのはこういうものかと思いましたね。

    そのエアームドは一声も鳴かずにトラックで連れていかれてしまいました。
    絵本とかだと、もうトラックが見えなくなった位で大きな鳴き声が一回だけ聞こえたりするでしょ。
    でも何も聞こえなかったんです。
    ただただ、微動だにせず、そのエアームドは連れていかれました――。

    すいません、ちょっとお茶を飲んでも宜しいでしょうか。

    失礼します。


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    ※天狼(てんろう):
     シリウスの事。
     おおいぬ座に属する星で、冬の大三角の一角を担う。
     地球から見える恒星では太陽を除いて全天で最も明るい輝きを誇る。


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