• あの青をめくれば

    2018-08-29 08:112

    あの頃はテレビなんて無かった。
    と言う事は、ゲーム機なんて物も無くて、
    人間の子供が家の中に籠る理由と言えば、
    もっぱら本を読むか、玩具で遊ぶか位だった。

    でも、あの時の玩具なんて、
    そりゃあとても高い値段がするものだから、
    当時の子供達は皆、外で遊んでいた。

    雨の日はしょうがなくとも、
    晴れの日に子供が外に行かない理由なんてない。
    目的が無いにしろ、皆取り敢えず外に出る。
    最近の子供は、

    「外に行こう」

    なんて言っても、

    「外で何するの?」

    なんて言う。
    何をするのかなんて、外に行って決めるものだ。
    何かを決めてないと外に行かないなんて、
    最近の子供はどうしちまったんだ。

    今はその事についてあれこれ話す気がある訳でも無いので、
    取り敢えず「時代だから」という理由一つで片付けておく。

    昔の子供達は皆外に出て、
    そしてあちこち擦りむいたりしながら走っていた。
    中には、親子連れで散歩する子供もいた。
    そういう子供は大抵本当に小さくて、
    言葉を喋り始めてどれ位経ちましたか、と尋ねたくなるような風貌。

    あの日も随分と天気が良くて、
    私が『何の理由も無く』外を歩いていると、
    ある親子連れが草原の中に居るのが見えた。
    草原の岩に二人で腰かけている親子を見つけ、
    私はそこに挨拶をしにいった。
    面識があったのかというと、別にそうでもない。
    しかし、道端で出会ったのだから挨拶するのが当然の事。
    こんな事を言っても、最近の子供は不思議そうな顔をするから、不思議だ。
    勿論、皆が皆そうではないが。

    岩の上に座っている二人の横に私も立ってみると、
    子供の方はしきりに空の方を見ていた。
    子供はいつも何かを知りたがり、それはなんとも可愛い。
    その時も、空を指さしてこんな事を子供が言った。

    「ねぇお母さん、あの青をめくったら何があるの?」

    空の事を、青。
    その子供はまだ空という言葉を知らなかったみたいだ。
    その証拠に、横に居る母親が、

    「あそこにある青いのはね、空って言うのよ。」

    と子供に教えていた。
    しかし、子供が知りたいのはそんな事ではない。
    私がそう思った途端に、やはり子供も同じ事を考えていたのか、

    「あの空は、めくったらどうなってるの?」

    と、重ねて母親に疑問を投げかけた。
    空をめくったら、そこに何があるのか。

    「空はね、スカートと同じなのよ」

    私が、この母親は子供になんと答えるのだろうと思っていた時である。
    母親は、子供を自分の膝の上に抱き抱えると、そのようにまず教えた。

    「いい?マシュー。
     女の子のスカートはね、絶対にめくっちゃ駄目よ?
     男の子はね、女の子を大切にしなきゃいけないわ。
     スカートの中にはね、大切なものがあるの。
     だから乱暴に扱ったり、勝手にめくろうとしたら駄目。

     空も一緒なのよ?
     空の裏にはね、大切な物があるの。
     みんなその事を知っているわ。
     まだ誰も空をめくった事が無いのよ。
     だから、空の裏に何があるのかは、誰も知らないのよ。」

    子供は、いつも鋭い。

    「でも、誰もめくった事が無いのに、
     どうして大切なものがあるって判るの?」

    それを聞いて、私は内心ひやりとしました。
    この母親、なんと言ってこれを凌ぐのだろうか、と。
    すると、母親。

    「スカートの中が大切だって女の子が言えば、
     男の子はその事が判るでしょう。
     大昔に空が言ったのよ、
     この裏にはとても大切な物があるってね。」

    吹き出そうになった変な汗が、
    「やれやれ、取り越し苦労だった」と、身体の中に戻って行った。

    「あっ、何処へ行くのマシュー?」

    母親の膝から勢いよく飛び降りた息子は、
    大切なものを作りに行くと言って、
    近くの花が咲いている場所へ走って行きました。
    私達の視界からも、まだよく見える場所。
    きっと、花の束でも作りに行ったのだと、母親は安心したようでした。
    しかし同時に、それは私にとって絶好の機会。
    母親に私は尋ねました。

    「空は、何があると言ったのでしょうね?」
    「え?」
    「いえ、あの青い空をめくったら、
     一体どんな大切な物があるのだろうか、と。」
    「さぁ、案外私達にとっては、そんなに大切じゃないものなのかも。」

    今度は私が「え?」と言う番でした。
    その私に母親がこう言うのです。

    「だって、本当に大切なものなら、
     一応手の届く場所にある筈ですもの。
     変な事を聞いても良いですか?」
    「なんでしょうか。」
    「貴方は、女性のスカートをめくった事がおありですか?」
    「なんと。」

    その問いかけにはびっくりしました。
    子供が離れた所にいるから言えた言葉でしょう。

    「恥ずかしながら、数人のスカートを。」
    「そうでしょう?」
    「と、言いますと?」
    「男にとって、いえ、人にとって女性のスカートの中は、
     とても大切で、尚且つ無くてはならない物でしょう。
     もし、あの空の裏に何かがあって、
     それが本当に私達にとって大切な物なら、
     私達の手がきっと、空に届く筈ですもの。」

    空に伸びた母親の手は、逞しく、それでいて、とても美しかった。

    「でもね、ほら。届かない。
     空にとっては大切なものでも、
     きっと、私達にはそんなに大切じゃないんだわ。」

    今、あの母親に同じ事を聞いたら、
    なんて答えるだろうか。
    あの青い空をめくったら、何があるのか、と。

    空も飛んだ。

    宇宙にも出て行った。

    時代が変わった。

    何もかもに手が届いて行く。

    御婦人、今なら何て言いますか。
    あの青い空の向こうに、一体何があるのか。
    御婦人、今なら、何て子供に教えますか。


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  • 600ワットの恋心

    2018-08-20 19:20

    「17日の夕方に何をしていた?」
    「彼女の家に行きました」
    「男女の間に恋愛感情を挟んだ交際の相手という事だな」
    「そうです」
    「彼女の家に入ったな?」
    「入りました」
    「彼女を殺したのはその家の中か?」
    「そうです」
    「どうやって殺した?」
    「最初は頭を殴って、倒れた所を首を、こう」
    「首を両手で絞めたのか」
    「そうです」
    「心臓を彼女の身体から取り出したのはその後か?」
    「ええ」
    「それからクーラーボックスの中に入れたのは何故だ?」
    「違います」
    「何がだ」
    「心臓を取り出した後にクーラーボックスに入れてはいません」
    「……でもお前の家のそれの中には心臓が入ってたぞ。
     それが彼女の心臓じゃないのか」
    「それは合ってます」
    「ん、じゃあこういう意味か。
     クーラーボックスに入れる前に何か別の手順を行ったという」
    「そうです」
    「なにをやった」
    「電子レンジでチンしました」
    「は?」
    「え?」
    「電子レンジでチン?」
    「そうです」
    「チンしたのか?」
    「正確に言うと彼女の家の電子レンジの中に入れて、
     強出力、600Wで15秒の設定でスタートボタンを押しました」
    「どうしてレンジで心臓をチンした?」
    「……湯煎(ゆせん)は面倒だったので」
    「ゆせん?」
    「温めたお湯にこう…説明するの面倒なのであとで調べて下さい」
    「思わず聞いたがゆせんは別にどうでもいい。
     俺が聞きたかったのはお前が、
     どうして彼女の身体から取り出した心臓をレンジでチンしたのかって事だ」
    「……温める以外にレンジの使い方は無いと思うのですが」
    「確かにな。
     じゃあ聞くがどうして心臓を温めようとした?」
    「心が冷めたらしくて」
    「ん?」
    「彼女がそう言いました。
     心が冷めたのでもう俺とは付き合えないと」
    「それで心臓を取り出してチンしたのか」
    「そうです」
    「彼女がそれで死んでもか」
    「その点については仕方がありません」
    「何が仕方ないんだ?ちょっと教えてくれ」
    「彼女がまた俺を好きになるなら仕方ありません」
    「死んだ人間は誰かを好きになるのか?」
    「ならないんですか?」
    「……少なくとも俺は知らない」
    「死んだ人の使っていた道具を整備したり、
     その人が住んでいた家を大切に管理したりしたら、
     死んだ誰それも喜ぶと言うでしょう。
     死んだ人が死後喜ぶなら誰かを好きにくらいなるでしょう。
     おまわりさんはそう考えないんですか?」
    「うーん、その、死んだ人が喜ぶってのは、
     現世を生きる人達の気休めみたいなところがあるからな」
    「嘘なんですか?」
    「いや、嘘というか、」
    「嘘なんですか?」
    「いや、今のは私の言い方が悪かった。
     嘘かどうかは知らない。
     厳密に言うと、死人が喜んだりするのかどうか、私は知らない」
    「俺は知ってます。
     死んだ人間も喜んだり悲しんだりします。」
    「それは誰から聞いた?」
    「俺の母です。」
    「お母さんはなんて仰られたんだ?」
    「俺が健康だと母は嬉しくて、
     不健康になると母は悲しがると死ぬ間際に俺に教えました。
     だからこれまで風邪を引いた事がありません。
     煙草も吸った事が無いし酒も飲みません。
     母の魂は死んだ後に俺の中に入っていつも俺を見てくれてます」
    「あー……」
    「母を悲しませたくないんで」
    「でも君は人を殺しただろう?
     それはお母さんを悲しませる事になると思わなかったか」
    「母は何があっても、
     世界中が敵になっても母だけは俺の味方だと死ぬ前に言いましたから。
     多少悲しむかも知れませんが大丈夫です」
    「んー……。
     ごめん、ちょっと私、煙草吸ってきてもいいかな?」
    「どうぞ」

    喫煙室では日々起きる犯罪に慣れてしまった大人達が群れていた。
    交通事故、殺人、恫喝、よっぱらいの対処、その他諸々。
    こんな世界に慣れるものだろうかと思っていた世界も、十年棲めば日常に。
    久しぶりに頭のネジが飛んだ相手がきたもんだと憂鬱さが煙草を誘ったが、
    喫煙所で他の同僚と愚痴をこぼし合って煙を吐くと、
    まぁ、そんなに大したことじゃない、と刑事の心に諦めがついた。

    「おまたせ」
    「いえ、すいません俺の事で面倒かけて」
    「ん?いやいや、慣れてるから。
     ところで、どうして彼女を殺した?」
    「それは先程言ったとおり、心臓を取り出す為に」
    「いやいや、質問が悪かった、
     どうして心臓を抜き出してチンした?」
    「それは冷めた彼女の心を温める為です」
    「……以前も似たような事をした事があるか?」
    「いえ、今回が初めてです」
    「心臓は心そのものなのかな?
     私は専門じゃないんだけど、心臓はただの臓器じゃないの?
     どこかでそういうデータを見たの?」
    「心は心臓に宿るものじゃないんですか」
    「どうしてそう思う?」
    「おまわりさんは辛い思いをした事はありますか?」
    「(まさに今してると言ってやりたい)
     ああ、あるよ」
    「そういう時って、心がきゅーっと締め付けられませんか?」
    「私の場合は胃も痛くなるね」
    「辛い時だけじゃなくて、今度は怒った時、まるで心臓の部分から、
     肋骨の外側に向かって何かが押しのけて広がる様に感じませんか」
    「判るね」
    「嬉しい時はじわ~っと胸が暖かくなりませんか」
    「そうだね」
    「それなら心があるのはここでしょう、心臓」
    「うーん、でもこの世で今まで心臓に心があるって証明できた人は」
    「心が心臓に宿ってないって証明する方が難しくありませんか」
    「んー……」
    「あの、何を俺は質問されてるんですかね」

    そんなに変な質問はこの部屋の中に飛び交っていない。
    この彼女の心臓をレンチンした容疑者と、
    取り調べを行っている刑事の間の『世界』の認識に、
    究極的な齟齬が生じているだけである。
    ただ刑事はその事を判っていて、
    この容疑者はその事を判っていなかった。

    「質問を変えても良いかな?
     判りやすい質問をするよ」
    「はい」
    「どうしてその…彼女の……」
    「……」
    「……どうして彼女に自分の事をまた好きになって欲しいと思った?」
    「え?」
    「君はその彼女以外に恋愛経験は?」
    「ありません、彼女が初めて付き合った相手でした。
     それまで他の誰かを好きになった事はありましたけど、
     その相手達は俺の事を好きになってくれませんでしたから」
    「その、心臓を抜き取った彼女の事を特別に思っていたと」
    「恋愛ってそういうものじゃないんですか」
    「そうかもね。彼女は死ぬ前になんて言ってた?」
    「俺に対する気持ちが冷めたと」
    「それはなんでか言ってた?」
    「なんか……よく判らなくなったと」
    「何が?」
    「俺の事が好きかどうか……ちょっとこの話、あまりしたくないんですけど」
    「大切な事だからちゃんと聞かせてね。
     その、彼女の気持ちがまた自分に向くために、
     彼女の心臓を取り出してレンジでチンして温めた、
     そういう事で、いいね?」
    「はい、そうです。
     あの」
    「ん?」
    「彼女の心臓は今どうなってます?」
    「押収したクーラーボックスから出して、
     今はパックごと冷凍保存してるけど」
    「なにしてるんですか」
    「ん?」
    「ちゃんと温めといてくださいよ!
     温度は40度以上、それでパックして湯を張ったクーラーボックスに」
    「ちょっと、落ち着け」
    「それで三時間毎ぐらいにお湯替えて!
     それが出来なかったらまたチンし直してくださいよ!
     じゃないと彼女がまた俺の事を嫌いになるじゃないですか!」

    容疑者の言うとおりにする訳にはいかない。
    何故なら彼女の心臓は彼の物ではないからだ。
    刑事は極めて冷静にその事を容疑者に説明し、
    それを聞きながら顔を歪ませる容疑者は、
    まるで虐められている子供の様な表情を浮かべていた。

    容疑者は取調室から連れ出された。
    法廷ではどんな事を口走ってしまうのだろうか。
    それを考えるだけでも刑事の頭は痛くなる。

    「俺もう頭がおかしくなるかと思いましたよ」

    再び向かった喫煙所。
    取調室の横で刑事と容疑者のやりとりをずっと聞いていた若い刑事が、
    煙草をふかしながらそう呟いた。

    「袴田さん、よくあんなに冷静に話を聞けましたね」
    「んん?」
    「あの容疑者のはなしですよ」
    「ああ、ああいうのはたまに居るから。慣れ。」
    「慣れたくないですねぇ……」
    「お前今何歳だっけ?」
    「27です」
    「今のうちから慣れる努力した方が良いよ。」
    「そうですよね…そうしないとこっちが持たないですよね」
    「そういう事」

    一本目を吸い終えて二本目を口に刑事が咥えたもので、
    若い刑事は、じゃあ遠慮なく、と言った感じだ。
    二人で二本目をプカプカやってると、
    今度は刑事の方が口を開いた。

    「恐ろしい時代になってくるかもなぁ」
    「何ですか?」
    「いや、レンジでチンしたらヨリが戻る時代も来るかもなぁ、って」
    「はは、マジっすか?」
    「そうしたらどうする?お前」
    「いやー、俺はチンされたくないですねぇ」
    「俺もだよ……お父さん死んじゃったからチンしなきゃ!
     みたいに病室で言われてみろ、頼むから死なせたままにしてくれって、
     そう頼んじゃうよきっと」
    「ははは」
    「笑い事じゃねぇだろ」
    「いやー、でも将来的にはそんなの出来そうじゃないですか?
     流石にレンジでチンは無いでしょうけど、
     何かの機械で恋愛に冷めた心が戻るとか」
    「なぁ」
    「はい」
    「人に心はあると思うか?」
    「はい?」
    「色んな奴らを見てきたけどな。
     俺達の世話になる奴らってのは、
     普通の人間が越えない線を勢い余って超えた人間だと思ってる。
     まぁ、生まれつきそういう線の向こう側に居る奴もいるだろうが。
     そういう奴らは、『心』がそうなんだと思ってた。
     でもな、
     そうやって人間が作る何かでどうこうなるのが心だとしたらな、
     本当に心ってものがあるのかどうか……」

    二本目の煙草も御役御免。

    「まぁ、見えないもんをどういう言うのが仕事じゃないからな、
     そういうのはもっと頭の良い人たちに頑張って貰おう。
     はー、腰イタ」
    「心って、」
    「ん」
    「あると思いますよ。
     だって俺最近、なんか入りたての頃より無くなった気がしますもん」
    「無くなったって、心がか?」
    「ええ、どうすか?」
    「はは、そうかもなぁ。
     無くなったって判るから、もともとはあるのかもなぁ」
    「じゃ、もっと無くしにいきますか」
    「お前彼女いたっけ?」
    「ええ」
    「大切にしろよ。
     仕事は給料くれるけど、愛はくれねぇよ」
    「ははは」

    ちなみに電子レンジって電力はどれくらいなんだ?
    喫煙所を出る間際にそう刑事が尋ねた。
    確か600ワット位ですよ、と若い刑事が答える。

    「600ワットかぁ。
     そんな電球何個分かの出力で人の心が変えられるんじゃ世話ないぜ」


  • パッサスの手

    2018-08-17 20:01

    パッサスのおじちゃんは凄いんだ。
    パッサスのおじちゃんの手はね、
    人の心を読み取れるんだよ。
    僕も実際に読み取られた事があるんだ!

    『ねぇねぇパッサスさん!僕が今何を食べたいのか当ててみて!』

    僕がお願いするとパッサスのおじちゃんの手が僕の胸に当てられた。

    『エート何々…ドラゴンの尻尾のスープ?』
    『凄いー!あたり!』
    『ドラゴンの尻尾のスープとかあるのかい?』

    だから凄かったんだ。

    『僕が今考えたの!』

    パッサスのおじちゃんの手は本当に凄かった。

    そんなある日の事だった。
    パッサスのおじちゃんが大勢の人の前に出る事になった。
    きっと何か凄い事をするんだ!
    僕はそう思ったからお母さんに行きたいと言ったんだ。
    でもお母さんはあまり良い顔をしなかった。

    「子供が見るもんじゃないわ。行ったら駄目よ。」
    「何で!だって、パッサスのおじちゃんがいるんでしょ?」
    「駄目よ。行ったら駄目。いい?」

    よくない。

    大人が「行ったら駄目」っていうお祭りとかは、
    たいてい凄く面白いんだ。
    でも夜遅くまでかかって帰りが遅くなるから見せないんだ。
    でもそれは本当に面白いからなんだと僕は知ってるもん。

    こっそりと家を抜け出した。
    抜け出す途中でお母さんに見つかって言われた。

    「どこにいくの!」

    こういう時の一番の言い訳。

    「ちょっとそこまで遊びに!」

    一番心配させない言葉さ。
    僕はパッサスのおじちゃんがいる広場へと行った。
    凄い人だかりだった。
    子供の僕には前が見えない!
    これは余程面白い事が起きるんだと僕は心臓がドキドキした。
    僕は小さな体を大人の足の間にめり込ませて前に進んだ。
    そして何とか目の前に誰もいない所まで来れた。
    二回くらい蹴られたけど、それがなんだい。
    子供は頑丈なんだ。

    「ねー、パッサスのおじちゃんどこー?」

    と隣のおばちゃんの服を引っ張ってみた。

    「なんだい、子供がこんな所に来たのかい?」
    「いいじゃんか!」

    つまみ出されるかも知れないと思って僕はそこから横にずれた。
    パッサスのおじちゃんがいつ出てくるのかはじっと待つ事にした。
    周りを見て見ると警官の人達が立っていた。
    その警官の人達の後ろに木で出来た舞台がある。
    そこには偉そうな服を着た人達が何人か座っていて、
    黒い布を被った人も何人か居た。

    パッサスのおじちゃんは現れた。

    「パッサス、前へ。」

    偉そうな人の一人がおじちゃんを呼んで、おじちゃんは舞台へ上がった。

    「それでは、第二回審議へと移る。
     罪人パッサス、今からお前は神の名によって裁かれる。」

    何かが始まるみたいだった。

    「ではパッサス、これを読め。」

    とパッサスのおじちゃんに紙が渡された。

    「朗読するんだ、パッサス!」

    偉そうな人が怒鳴り声を上げる。
    これは自分が期待していたものとは違うんじゃないかと僕は思い始めた。

    「…被告人パッサスは、二日前の三月27日、
     その妻コルイデを自らの手で絞め殺し庭に埋める。
     理由は自らの浮気と…それを知った妻との口げんか。
     その後、妻が行方不明になったと自ら言い出し…、
     …それを疑った妻の妹メイルをも撲殺…する。
     よってパッサスが殺したのは妻とその妹の…二人である。」
    「ではパッサス!」

    僕は瞬きをいつも以上にパチパチさせた。
    僕の耳には、確かに「絞め殺す」という言葉が聞こえた。

    「お前はその手により、相手の心のうちを喋るという。
     間違いないな!」
    「……その通りです。」
    「ではパッサス!
     最後の一文をもう一度読め!」
    「…よってパッサスが殺したのは妻とその妹の二人である。」
    「では自分の胸に手を当てよ!」

    パッサスのおじちゃんの手が、
    パッサスのおじちゃんの胸に当てられる。
    そうだ、あの手だよみんな。
    あの手に触られたら、誰でも自分の気持ちを言われちゃうんだ!

    「………『なんて残酷な事をさせるんだ』。」

    そうだよ、おじちゃんの手は

    「『私の手によって私の罪を認めさせるなど』」

    絶対に触れた人の思ってる事を知れるんだ。

    「『これでは私が妻とその妹を殺した事を
     
     認めざるを得ないじゃないか』…。」
    「……パッサス、その手を下ろせ。」
    「……。」
    「妹の方の死体はまだ見つかってないが、
     その罪を認めるか?」
    「………    はい、認めます。
     妻とその妹は、私が      殺しました。」

    それが例え、
    自身の気持ちであっても。

    パッサスのおじちゃんはその夕方、縛り首になった。
    僕の胸を触ってくれたその手は、
    ただ今となっては、ブランと地面に向いてぶら下がってるだけだった。

    パッサスのおじちゃんの手が最後に読み取ったのは、
    パッサスのおじちゃん自身の罪。

    夕暮れの風のせいで、
    パッサスのおじちゃんの体はくるくると回り続けていた。