• 似るのは夜の時間だけ

    2017-09-18 08:17

    「母さんに似てきたな。」
    「え?」
    「そっくりだ。」

    先週の日曜日、
    久しぶりに父と外に食べに行った帰りの車の中、
    ふと父がそう漏らした。

    その事を大学の友人と昼ごはんを食べながら話すと、

    「マキんちって、確かマキとお父さんだけだよね。」
    「うん。」
    「娘と父親だけか。」
    「なによ。」
    「…妻の面影をもつ娘に欲情して、
     あれよあれよ言う間に、世間様では声を大にして言えないような関係に」
    「ならない。
     ならないから。」

    話した友人が悪かった。
    最近の若者は本当に脳味噌がピンク色している輩が多い。

    「でも、良くある話じゃない、そういうの。」
    「どこでよくある話よ。
     そんなの作り話の中だけでしょ。
     あんた月に何冊官能小説読んでるのよ。」
    「さぁ。でもバイト代の多くはそれに消えるけどね!」

    大学生なんて、
    口から吐く言葉は馬鹿な話題ばかりだ。
    むしろ知的な事を喋ってる方が敬遠される。
    そうか、どうせこんなものか、私達って。
    そう思いながら、軽く笑ってその日の昼をその友人と過ごした。

    そう言えば、あの時父は「母さんに似てきたな」と言った。
    「死んだ母さんに似てきたな」とは言わなかった。
    それが、少しだけひっかかる。

    次の日曜日になって、
    私は父と二人で掘り炬燵に足を放り込みつつテレビを見ていた。
    掛け布団の無い掘りごたつ。温かくもならない。季節じゃない。

    「ねぇお父さん。」
    「ん。」
    「私ってお母さんに似てきた?」
    「ああ、そっくりになってきた。
     お前、本当に俺の血が入ってるのか?
     ほぼ100%母さんの血じゃないかと思うほどだよ。」
    「…母さんのどんな所が好きだったの?」
    「ええ?」

    と引きつった顔で父が笑う。

    「なんだよ、急に。」
    「いや、そういう話、聞いた事無かったからさ。
     母さんからも聞いた事無い。
     なにかなー、と思って。」
    「そんなこと急に言われてもだな。」
    「この泣きボクロとか?」

    私の左目の下には、一つ泣きボクロがある。
    母さんの左目の下にもあった。
    結構気に入っている。

    「ああ、それは母さんにもあったな。」
    「これにやられたの?」

    と私は自分の左目の下を指差した。

    「はっは、まさか、ホクロ一つでやられるか。」
    「じゃーなにー、お母さんの何処に惚れたの?」
    「はぁー?」
    「いいじゃなーい。」

    そこで、一旦私は黙り、そして父も黙り。
    テレビの中で草刈正雄がダンディーな声で喋ってた。

    「辛抱強くってさ。」
    「え?」
    「母さんが。辛抱強いんだよ。
     父さんは結構短気なところがあるからさ。
     それが一緒にいて、ありがたかった。
     それに母さん微妙に寝相が悪くてな。
     はだけた布団を直してやる度に、
     なんか愛おしく思ったりしてな。」

    なんだ、惚気が始まったぞ。
    私が望んだ事だけどさ。

    「とにかく、忍耐強いんだよな、母さんは。
     一つやると決めた物事は、時間がかかってもとにかくやりきる。
     それが一番魅力的だったかな。
     あとな、笑顔が優しいんだ。
     あと、ちょっと手先が不器用だったな。
     その点お父さんは結構器用な方だったから、
     そこの折り合いは上手くついてた。」
    「へぇー。」
    「マキ。」
    「ん?」
    「お前の顔は最近本当、母さんに似てきた。
     でも、性格は俺そっくりだな。」
    「そうなの?」
    「ああ、そうだ。
     お前ったら短気で我侭でこらえ性がなくて、
     そして結構手先が器用だ。
     まぁ、母さんに似てるところといえば、寝相が悪いくらいだな。
     覚えてるか?
     お前中学生の時にベッドで寝始めただろ。
     夜中にな、ドン!って音が二階のお前の部屋から鳴るんだよ。
     なんだなんだと思って母さんと二人で見に行ってみるとな、
     お前がものの見事にベッドから落ちてるんだよな。」
    「うそ!?」
    「ほんとう。
     しかもお前、目が覚めないでそのまま寝てるの。
     普通起きるだろ、ベッドから転がり落ちたらさ。」
    「嘘だ嘘だ、だってアタシ記憶無いよ?そんなの。」
    「だって、起きなかったんだもん、そりゃあ記憶に無いさ。
     しかもベッドに再び寝かせる時も起きないんだもんな。」
    「えー…うそー…。」
    「母さんはなー、寝てると、どんどん右にずれていくんだ。
     だから父さんが右にいてストッパーをしてたが、
     お前は左右関係なかったからな。
     壁もゴンゴン蹴ってたぞ。」
    「…あたしそんな所しか似てないの?」
    「大丈夫、お前の方が寝相は強力だ。
     まぁ、でもそうだな。
     顔は、母さんそっくりだが、
     性格は父さんそのまんまだな。寝相以外。」

    私の顔は、母さんそっくりらしい。
    でも、性格は父さんそっくりらしい。
    寝相は、遺伝子操作でもされたのか。

    「ねぇ、父さん。」
    「ん?」
    「…アタシ、女なのに短気で我侭でこらえ性がないって、
     結構最悪な部類に入らない?」
    「いや、どうだろうな。」
    「どうする?私が将来お嫁にいけなくなったらどうする?」

    心の中ではそんな事、微塵も思ってはいないのだが、
    父がどんな事を言うのだろうと思って聞いてみた。

    「母さんみたいな性格した男が現れるんじゃないか。
     そしたらほら、父さんと母さんの前例があるから、
     結婚するかも知れないぞ。うん。どうだ。」
    「…どうだって…。さぁ。」
    「人間、外見だけで結婚なんかするかい。
     年取ったら顔中皺だらけになるんだぞ。
     嫌になったら離婚でもするのか?
     また新しい綺麗な人と結婚というわけにもイカンだろ、当たり前の話だが。
     肝心なのは性格だ。」

    父さんは母さんの何が好きだったのか。
    きっと母さんという「人間」が好きだったんだろうな。
    だから、私がどれだけ母さんに似ようとも。


    「…私結婚できるかな?」
    「父さんが出来たんだ。大丈夫。人生何とかなるもんだ。」
    「何とかなるって、なんちゅう言い方だ。」

    私はきっと、
    父さんの娘のままだ。



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  • 魔王様に新刊を ⑳

    2017-09-15 21:032

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    勇者と言われる人間が魔王城に単身乗り込んで数日が経ち、
    城門は未だ修理が続いているものの、
    城内はいつもの空気を取り戻しつつあった。

    食堂は穏やかさを取り戻し、
    魔物たちが行き交う大廊下は賑やかさで明るくなったが、
    ある部屋だけが『勇ましさ』という雰囲気を増した。
    言わずもがな、本の製作現場である。

    魔王様とルーファが現場を離れた事で、
    ナスカレと他一名がその仕事に割り当てられた。
    勇者の侵入後に現場の状況を改めて確認し、
    再び製本統括役の魔女、アマンダの号令で作業が再開始する。
    それから二日間は扉の向こうまで物音が聞こえる日々だったが、
    ある日突然、部屋の中の物音は静かになった。

    ある者が不思議に思い部屋のドアをこっそり開けて中を見ると、
    それまで勇ましく働いていた魔女達が、
    一人残らず椅子に座って本に目を通している。
    そう、『製本作業』は二日をかけて無事に終了したのだ。

    後は『確認作業』のみ。

    それまで製本部隊だった魔女達は後発として確認部隊に合流し、
    今、部屋の中は文字の森に迷い込んだ者達に満ちている。
    誰もが一言もろくに喋らずひたすらに本を読むその光景に、
    密かに覗き込んだ者は息一つせずに扉を閉じたという。

    「魔王様、遂に五千冊の輸出準備整いました。」

    大臣のその声が聞こえたのは更に二週間が過ぎた日の夕方。

    「そうか、いや、昨日ぐらいには皆で、
     『明日終わるんじゃないか』って言ってたもんね。」
    「最近ははもう廊下に溢れ出すまで人数が集まってましたからね。」
    「部屋の中だけじゃ納まらずにね。
     いや、寧ろそんなに皆が集まって手伝ってくれて良かった。」

    ある夕食時にとある魔族が友に尋ねた。
    お前が今仕事で確認している本は、面白いのか、と。
    聞かれた方が「いや、なかなか面白い」、と答えたもので、
    その次の日、尋ねた魔族は仕事の合間に作業現場に覗きに行った。
    ちょっと、俺にも一冊読ませてくれ。
    そう言うものでアマンダが未確認の本を手渡す。
    「落丁とか誤字とかあったら知らせとくれよ。」
    判った、と手渡された魔族は、そのまま作業の一員となった。

    それから時間毎の鼠算の様に規模は増え始め、
    部屋の中だけでは空間が事足りず、
    集まった魔族が部屋から溢れ、
    廊下にびっしりと埋まる様に集まった。
    壁を背にするもの、床に座る者。
    その誰もが手に製本された新刊を持ち、
    一心不乱に読みふけり、無事に五千冊の輸出準備は完遂に至った。

    その一方、ルーファはどうしていたのかと言うと、
    二週間完全に、与えられた自分の部屋の中に籠っていた。

    『夜の塒』の次の本を書かなきゃ。
    ハッピーエンドで終わらせなきゃ。
    でも正直に言うと、そんな書き方、した事ない。

    ルーファは今まで物語の段取りをした事が無かった。
    これがああなって、そしたら次はそうなって。
    このイベントをこなしたらこの場面に転換して、
    そして最後はこのラストで締めくくる。
    そういう物語の予定を組んだ事が一度も無かった。

    ただ、言葉の向かうままに。

    まるで天啓や憑依の類であると言っても過言ではない。
    そうでなければ、ルーファは物語の中で登場人物達と一緒に生きていた。

    ルーファに言わせれば『生きているだけで物語になる』。
    朝日を浴びて目を覚まし、
    腹が鳴るのでパンを裂き、
    ドアを開ければ外に出られる。
    誰かとすれ違えば挨拶もするし、場合によっては足を止めるだろう。
    笑えば恋が生まれるやも、
    そっけなくすれば争いが生じるやも。
    雨が降るか、風が吹くか、
    怠けず生きればそこかしこに物語がある。

    それを本の中でするだけだ、
    登場人物と一緒にご飯を食べ、雨に打たれ、
    時には誰かの泣き顔を横で見つめる事になるだろう。
    夜の寝床で誰かに押し倒されたりもするだろうし、
    誰かに頬を平手で打たれ、痛みで涙を浮かべるかも知れない。
    ルーファにとって物語を作る事は生きる事と遜色無かった。

    ところがどっこい、
    今回はまるで演劇をやれ、と言われているようなものだ。

    与えられた台本に背かず、
    ここからここへ、こうやって、
    そして最後はハッピーエンドで締め括ろう。
    さぁ、ルーファ一座、宜しくお願いしますよと、こういう訳だ。

    しかしルーファに演劇の経験は無かった。
    ただ、生きてきただけだった。
    筋書きが判っている人生に何の面白みがあるの。
    そう思う節さえあった。

    だが、今回ばかりはハッピーエンドしなきゃいけない、
    魔王様ともそう約束したんだ、
    絶対に、今回ばかりはハッピーエンドに。

    三巻までの内容を改めて自分で読み返し、
    三巻の最後からハッピーエンドまでの筋道を計画書の様に書き連ねてみる。

    うん、よし、これで良いだろう、多分。
    書きだした計画書もどきをパンと叩き、
    さぁいざ本番、と筆を取り、

    そして二週間ほどが過ぎた。

    「……ルーファ~?」
    「あ、ナスカレ……御飯ありがとう」
    「ちょっと~大丈夫~?
     日に日になんか~やつれてない~?」
    「肩が凝りやすくなってきたかも」
    「ちょっと~やっぱりさ~ご飯の時くらい~食堂きなって~」
    「いや、ちょっと今は集中的に書きたくて……」
    「そんなコト言って~。
     この前の勇者の事まだ気にしてんの~?
     別にルーファが攻めてきた訳じゃないでしょ~?
     ルーファなんてあたしでもやっつけられるし~」
    「いや、集中して書きたいだけだって、本当」
    「でも少しは外に出ないと体に毒でしょ~?
     体に毒が回ってるわたしが言うのもなんだけど~」
    「ふふっ、そうね」
    「それで~?どうなんですか~せんせ~、進み具合は~」
    「それがね……」
    「どうした~」
    「日に日に遅くなってる気がする……」
    「ちょっとちょっと~」
    「凄い……こんなに筆がはかどらない事、初めて……」
    「やばくな~い?」
    「やば~い」
    「まだ大丈夫そうだね~」
    「ナスカレがいるおかげ……。
     なんていうかもう、書けば書くほど、海の中に潜っていく感じがする。
     最初は青かったんだけど段々暗くなって、
     寒くなって、体も動きが鈍くなっていくの。しかも息苦しい。
     今、そんな感じなの。
     海は見た事すらないんだけど。
     私内陸育ちだから。」
    「わたしも見た事無いよ~。
     でもね~これだけは言える~。
     表現がやば~い」
    「くぅ……ナスカレ助けて……」
    「ちょっと無理かな~」
    「判ってる、言ってみただけ。
     私が書かなきゃいけないもんね、これは。」
    「……ね~、ルーファ~」
    「ん?」
    「この御飯持ってきたんだけどさ~。
     今からこのまま食堂行かない~?」
    「え?」
    「今日は食堂で食べようよ~」
    「ええ……でも……」
    「ね~ほら~」

    初めての事だ、こんなにナスカレが強引なのは。
    いつもおっとりゆったり、ルーファに何かを強いる事など無かった。
    そのナスカレがルーファに膳を持たせ、腰を押す。
    気が滅入って弱っていたのも相まってか、
    ルーファは弱弱しく笑いながら夜の食堂へと続く道をゆっくりと歩いた。

    「ほら~みんないるよ~」

    とナスカレが開けた大食堂の中は随分久しぶりに見る。
    何せ約二週間ぶりとなる。
    羽が生えたのだの、身体がやたらデカいのだの、
    相変わらず仮装の祭りでもやってるのかと思う光景だ。
    その中の三つ目の魔族がいち早くルーファの事に気付くと、
    顔を真正面にぐるりと向けてきた。

    「……ナスカレ」
    「だいじょうぶだって~。
     ほら~あそこ空いてる~、あそこいこ~」

    ナスカレに腰を推されて進み出すが早いか、
    一つの大声が大食堂の宙に跳ね上がった。

    「ネリせんせー!アンタの本読んだぜ!」

    三つ目の彼である。
    スプーンを持った右手を上に挙げてブンブンと振り回し、
    大きな声を出すではないか。
    ルーファは思わず吃驚して、盆の上の汁物が跳ねた。

    「あっ、ネリ先生じゃないか」
    「おうネリ先生」
    「ネリ先生だ」
    「ネリ先生」
    「ネリ先生」

    ネリ先生、ネリ先生と、まるで呆けた子供達の独り言か、
    さもなければ渡す宛ての無い伝言ゲームの様に大食堂中に言葉が伝播していく。

    「おーいネリ先生、新作書くの頑張ってくれー!
     応援してるぜー!」
    「ネリせんせー、本面白かったよー」
    「続きはまだかいネリ先生ー!」
    「今回の本は人間達にしっかり売ってくるからよー、まかせてくんなー!」
    「ネリセンセー、オモシロカッタヨー」
    「これ最後ハッピーエンドなんだろ?なぁネリ先生!」
    「久しぶりに食堂来たなネリ先生!」
    「こっちきな!ここで話を聞かせてくれネリ先生!」

    誰も彼も、まさに一人残らず。
    食堂の皆が、それ即ち、この魔王城の全員が、
    ネリ先生、ネリ先生と口にする。
    こんな事が起きるとは思ってもみなかったルーファはただ立ち尽くすだけ。

    「つい今日の夕方ね~新刊の確認作業が終わったの~。
     あの五千冊のやつね~。
     それで最後は皆で本読んで~。
     最初はね~?メンバーだけでやってたんだけど~。
     覗きに来た子につられて~別の子もやってきて~。
     みんな俺も俺も~って~、読みたいって~。
     最後は凄かったんだよ~三巻目しかないのに~。
     みんな読みふけって~。
     ――ルーファ~?」
    「    みんな読んだの?」
    「そうだよ~」
    「       っ」
    「ルーファ~ご飯が塩味になっちゃうよ~」
    「     」

    物書きは孤独。
    孤独にならざるを得ない。

    バトンを誰かに渡す事も出来ないし、
    隣で歩く誰かもいない。
    馬車に乗せてくれる誰かもいないし、
    それこそ喧嘩をしてくれる誰かもいない。

    ただ一人での作業、途方もない孤独。
    ただ一人、物語を書き、
    ただ一人、ひたすらに文字を書く。

    誰かに代わってもらうなんて、出来ない。
    そんなのもう自分の物語じゃない。

    自分がこの物語を書かなければ、
    この物語はこの世に生まれる事が出来ない。

    自分がこの物語を生まなければ、
    この物語は誰にも読まれる事が出来ない。

    物語を書く事は子を産むようなものだ。

    だがつわりも無い。
    陣痛も無い。
    腹を内側から蹴られる事も無い。

    その代わりに、励ましてくれる夫もおらず、
    優しくしてくれる母もおらず、
    気持ちを察してくれる母親仲間もいない。

    ただ孤独だけが物を言わずに五感を覆う。

    けれど、ルーファ、見て。
    今目の前には貴女が生んだ子供を好きだと言ってくれる相手がいる。
    この大食堂全部を埋め尽くしている。
    三つ目やら、角が生えてるのやら、まっくろなのやら、
    色々と姿形は忙しいけど、
    それでも皆が貴女の書く物語を応援してくれている。

    こんなに嬉しい事、
    物書きとして無いよ。

    「ルーファ~」
    「   うん、大丈夫、ありがとナスカレ。
     食べよ、ご飯食べよっか。
     大丈夫、明日からあたしここで食べるから。
     ありがとうナスカレ。」
    「いいってことよ~」

    久しぶりの大食堂。
    しばらく、ネリ先生、と、呼ぶ声が途絶える事は無かった。



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    まだ続きます。

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  • 魔王様に新刊を ⑲

    2017-09-14 20:52

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    「魔王様」
    「ん、大臣」
    「勇者本人からも裏が取れました。
     彼は本当に和平の事を知らずに攻め込んできたとの事。」
    「そうか、良かった。」
    「それにしても結構暴れてくれましたね。」
    「いや、正面から来てくれて良かった。」
    「あと魔王様のいらっしゃった位置も」
    「ほんとほんと、偶然バルコニーに居たから即駆け付けられた。
     それにしても久しぶりにあんなに激しく身体動かしたなぁ」
    「相当手強い相手でしたよね。」
    「あの結界張るのに魔力札何枚使った?」
    「600枚くらいですね」
    「湯水の様にとはこの事か。
     あれ作るのに結構苦労したんだよ、知ってる?」
    「千枚作っておいた備えが功を奏しましたね。」
    「話聞いてる?」
    「聞いてます聞いてます。
     ですのでまた消費した分の補充を行いましょうね。」
    「んー?どういう事かなー?」
    「またまた、すっとぼけちゃって。
     そもそも今回はあの魔力札があったから良かったものの、
     あの決闘場さながらの結界を張ってなかったら今頃どうなってたか。
     被害甚大でしたよ。」
    「いやー、でもほら、まだ本の製作が残ってるし」
    「補充人員を充てます。取り敢えずナスカレと、もう一名」
    「ん?二名分?」
    「ルーファも担当から外します」
    「えっ、やっぱり頭の打ち所とか悪かったの?」
    「いえ、体は至極健康、知覚的にも問題はありません。
     しかし問題は精神の方ですね。
     彼女、初めて戦闘を見たらしいですよ、今回」
    「……そもそも、それなんだよな。
     私、ネリ先生に部屋の中にいるようにって言ったのに。
     なんだろ、物珍しさに誘われてきちゃったのかな?」
    「いや、多分違うと思いますよ。」
    「と言うと?」
    「魔王様が勇者を殺すのを止めたかったんじゃないですか。」
    「なにそれ?」
    「確か魔剣ヴォルガーニスにこんな下りがありましたよね。
     修道女が魔剣を触ろうとした時に、魔剣がそれを拒む場面。
     その理由は親しくなった修道女に人殺しの道具に触れて欲しくない、
     という、なんとも平和な理由でしたけど。」
    「ああ、なんだ大臣もちゃんと読んだんだね。」
    「親しくなった魔王様に人殺しをして欲しくなかったんでしょう」
    「……いやいや、そんな事を言っても私魔王だし。」
    「そうなんですよ。
     彼女はそれが判っていなかった。
     だから今まで知らなかった魔王様の魔王足りえる一面に、
     かなり激しい衝撃を受けたのでしょう。
     魔王様、あなたは少し魔王らしからぬ面で彼女に接し過ぎましたね。
     けれどどんな事が起きても貴方は魔王様。
     その事を、今一度ルーファに確認させる必要があるんじゃありませんか。
     今後ためにも。」

    魔王様は耳が痛い。
    ごもっとも、と言うほか無い。

    ルーファを攫いはしたが、
    それ以外では威厳のある場面を見せた事があるか、と自問した時、
    記憶の何処にも引っ掛かる場面が見当たらない。

    だがしかし我は魔王なり。

    「ネリ先生は今どこに?」
    「医務室にまだいる筈です。」
    「判った。」

    場所を聞くのは行くから。
    場所を聞いて行かないのは意味が無い。
    臆する事が無意味にする。
    魔王様の肚のうちに臆する事など無い。
    我は魔王なり。
    こんこん、と戸を二回叩いた。

    「ネリ先生、入るよ。」
    「あ、どうも……」
    「他は誰もいない?」
    「あ、さっきまで大臣さんが……」
    「うん、なるほど」

    椅子を引きずる魔王様。
    魔王様に引きずられる椅子。
    擦られる床、響く音が五月蠅いばかり。

    「どうして見に来たの」
    「いや、見に行った訳じゃあ」
    「じゃあどうしてあの場に来たの」
    「あの……」
    「……」
    「怒ってますよね……」
    「ちょっと怒ってる。正直に言うと。」
    「ごめんなさい」
    「どうして部屋にいなかったの」

    魔王様が怒ってる。
    きっと一番怒らせてはいけない相手を怒らせてしまったんだ。
    罪悪感が喉元に栓をしては謝る言葉の一つも出てこない。
    ルーファが俯いて黙りこくっていると魔王様の口からため息が漏れた。

    「無事で良かった。心配した。」
    「すいません……。」
    「ネリ先生、万が一この先同じような事があっても、
     絶対に今回みたいな事しちゃ駄目だよ。」
    「あの…あたし」
    「うん」
    「魔王様に人を殺して欲しくなくて……」
    「大丈夫、手加減した。」
    「それで、魔王様に止めてって、そう言いたかったんです。」
    「あの場で?」
    「はい……」
    「そっか……怒らないから、もっと話して?」
    「……昔読んだ本を身体が覚えていたのか……。
     決闘する男を婚約者の女性が止めに行くシーンがあるんですよ。
     階段を下りている最中、その事は全然頭に思い浮かばなかったんですけど、
     でもあたし、魔王様に言わなきゃって思って……。
     けど、声の一つも出ませんでした……。
     目を開いて見ているのが精一杯で、
     『やめて』なんて、かすれた声も出ませんでした……。」
    「ネリ先生。ごめん、私、魔王なんだ。」
    「……存じてます。」
    「欲しい物とか大体手に入るけどさ。
     すんごい魔力で結構色んな事も出来るけどさ。
     それでもやっぱり私には義務があるのよ。
     魔族の長だから皆を守る立場にあるし、
     家族である皆を殺そうって奴が来たらミンチにしなきゃいけない。
     他にも領地内の治水工事とか、
     農作物の改善法とか、
     なんか色んな頭が痛くなるような事てんこもりでさ、
     本当、なんでこんなに忙しいんだろとか思う事もあるけど、
     それはやっぱり私が魔王だからなんだよね。
     知ってる?私ってさ、実は偉いの。」
    「……ふふっ、知ってます。」
    「へへ。ふー……。
     ……この魔王城も過去に攻められた事は一度や二度じゃない。
     あの城門だってこれまでの歴史で何度ぶち破られた事か。
     そうなりゃもう斬った張ったの殺し合いするしかない。
     私だっていつまでも玉座にデンと座っている訳にはいかない。
     だって、私自分で言うのもなんだけどメチャ強いからね。
     ちゃんと見た?私の戦いっぷり。」
    「凄く怖かったです。」
    「え、ごめんね。」
    「いえ……。」
    「で、まぁ……んー……。
     私が魔王だってことを、ネリ先生にはちゃんと判って欲しい。
     私は魔族全部を率いる立場にあって、
     私は家族を守る為に先頭に立つ存在だって事を、
     理解して欲しい。
     お願いできるかな。」
    「……すいません、あたしが部屋から出なければ……」
    「あー違うちょっと待ってちょっと待って。
     そういう事言いたいんじゃないの。
     私のね、立場をね?ただ判って欲しいって、そういう事なの。
     別に責めてる訳じゃないの」
    「はい……。」
    「……ネリ先生。
     ネリ先生にね、お願いがある。」
    「……私に出来る事ならば」
    「私の仕事、一つ減らして。」
    「……えっと……?」
    「ネリ先生がね、本の続きを書いて、
     それが人間側にも普及して、
     それを切欠に色々魔族と人間の間で貿易して、
     それこそもうずっと和平状態になったら、
     私はもう城門をぶち破りに来る馬鹿を殺さなくて良くなるし、
     家族が人間に殺されるって心配もしなくて良くなるから。
     お願いネリ先生、力を貸して欲しい。
     色んな仕事に追われる私から、一つ仕事を減らしてくれませんか。」
    「   私なんかに出来ますかね」
    「できる。きっと出来る。
     さっき言ったみたいに慣れない事は出来ないものでしょ。
     戦闘の場に駆け付けて急に『やめて』って言えないだろうけど、
     それでも書く事ならずっとやってきたんじゃない、ネリ先生。
     その力をこの魔王に貸してやって。
     頼りにしてるんだ、ネリ先生の事。」
    「――勿体無い御言葉……。」
    「はは、そんな畏まった言い方しちゃって。」
    「魔王様」
    「ん?」
    「一つお願いが。」
    「なんでしょ。」
    「手、触っても良いですか。」

    魔王様に手は二本ある。
    そのうち片方をルーファに伸ばすと、
    ルーファは魔王様の掌に、自分の掌を合わせた。

    「もう、これからは言われた大事な事、絶対守りますから。」
    「うん、是非そうして。
     特に今回みたいな戦闘時にはね。」
    「はい、誓います。……あたし、本、頑張ります。」
    「頼む。」


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    まだ続きます。

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    また告知しますので宜しくお願い致します。