• 続・花は枯れる事を知らず

    2017-11-13 10:202

    →前回←
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    昭和58年は生活に慣れずに終わった年でした。


    春に両側に山がそびえ立つ田舎に引っ越したのですが、
    夏を待たずにその田舎からは離れる事になり、
    その事を告げられたのは水牧の事を知らされた夜でした。

    「明日から福岡に行くから。」
    「ふくおか?」
    「そこに住むんだよ。」

    だからもう今日は早く寝ないとね。
    次は車で滋賀県にいくんだよ。
    そう言われた私が滋賀県の場所など知る訳もありません。
    まだアメリカから帰って来たばかりの子供の頭に都道府県の名前など一つも無し。

    子供の頃には言われるがまま親に付いて行くだけだったもので、
    どうしてその田舎に少々住んでいたのかも判らず、
    ほんの少しの期間で引っ越したのかも判らないまま私は車に乗り込みました。
    銀色のシビックで随分と油臭かったのを覚えています。

    ただつい最近親に聞いてみた所、
    アメリカから日本に来た親が働き始めるのに時間があったので、
    父親の実家に少しばかり世話になっていたらしいのでした。
    銀色のシビックも古くなったから持って行っても良いと祖父から貰ったものだそうで。

    それから引っ越したのは福岡の飯塚。
    そこでようやく学校にも通いだし、
    私はもう水牧という単語すら忘れかけていました。

    水牧の事を知らされたあの日、
    結局親に言われるがまま大人しく布団に入り、
    その夜にこっそり抜け出して水牧を見に行く事もかなわず、
    所詮は背丈も冷蔵庫未満の子供で御座いました。

    日本の学校は良い所でした。
    途中から入って来た私を優しく受け入れてくれて、
    「アメリカからやってきた」という記憶は薄らいでしまう程でした。

    そんな福岡の学校生活に優しく貰っている最中に、
    あの箱は送られてきたのです。

    結構大きな箱だったのを覚えています。
    学校から帰ってくるとテレビのある部屋の隅に、
    見慣れぬダンボール箱が突然一つ、お邪魔していらしたのです。
    ママ、これなぁに?と聞くも、

    「おじいちゃんの所からきたのよ。」

    と返すだけで、子供を満足させる言葉を言ってはくれません。
    そう、その時は私も子供だったもので、
    聞いてない箱なんぞ見てしまうと、開けたくて仕方が無くなるのです。
    もう思わず、開けて良い?なんて聞くのですが、母は、

    「それはダディが開けるのよ」

    とつれない返事を言うばかりで御座います。
    そして父が帰ってくると一も二も無く「箱開けて」とせがんだのが私です。
    中に何が入っているのか気になって仕方のない年頃なもので、
    御菓子かな、玩具かな、等とそわそわして待っていたのは御愛嬌。

    父が、

    「そうか、届いたか」

    とスーツを脱いでテレビのある部屋へ向かい、
    ガムテープをビリリと剥ぐと、私は何だ?と首をひねりました。
    ダンボール箱の中には緩衝材と共に横長の木箱が一つ入っていたのです。

    「わざわざダンボールに入れなくても良かったろうに」
    「そう言うのは気遣いよ」

    両親がそう話す中、私はただ見るばかり。箱の中に、箱。

    「ねぇ、これもこれも」

    とその木箱を開けるよう父に促すと、

    「これは、このまま」

    とだけ言って、
    その箱を押し入れに持って行ってしまったのです。
    しかも仕舞い込んだのは一番上ではありませんか。
    これでは子供の背丈でおいそれと届きません。

    「なにあれ」と重ねて聞いても、
    「我が家に伝わる大切なものだからな、触っちゃ駄目」ですって。

    父はまだ判っていなかったのです、
    子供は駄目と言われる程指数関数的に意欲が沸く事を。

    ある土曜の事でした。
    その頃土曜は朝だけ仕事があり『半ドン』なんて言われてました。
    ドンは何の『ドン』なのかは知りませんが父は仕事にでかけ、母は買い物に。
    昔話でしたら母が出先で大きな桃を拾ってきそうなものですが、
    絵本はとっくに卒業した私が、さぁ、家の中で一人だけです。

    「お留守番良い子にね」
    「うん!」

    母の足音がコンコンとコンクリートの階段を下りる音が確かに聞こえると同時に、
    ゴリゴリと椅子を引っ張ります、目的地は押入れの前。
    今ならあの箱の中を秘密裏に覗けます。
    ですが、椅子だけではまだまだ高さが足りません。
    そこで思いついたのがクーラーボックスです。
    滅多に使わない白い箱を椅子の上にドンと乗せ、椅子が更に高さを増します。
    そのまま乗ると怖いので横にもう一つ椅子を横づけ、
    即席階段の出来上がり。

    もう『我が家に伝わる大切な物』は手が届きます。
    木目のうねる箱を遂に手に取り、
    クーラーボックスから椅子、椅子から床にトントンと小さな体を跳ねさせ、
    もう『お楽しみ』は守ってくれる両親もおらず、
    私のやりたい放題、し放題。

    さて!
    とようやく子供としての本懐を遂げるために箱を開けると、
    そこにあったのはお菓子でも玩具でもありません。
    ツルンと表面が丸く光った長い骨が一本、あるだけ。

    私は子供の直感で「これは見てはいけない物を見た」と悟ったのですが、
    骨なんてなかなか見る機会も無く、
    毒を食らわば皿までの精神で箱の中の骨を手に取りました。

    その骨は本当に艶やかで丸みを帯びた光沢を持ち、
    まるで磨きたての鋼の様に綺麗でした。

    しかし、骨は骨。
    ボタン一つもなく、
    それを投げ合う友もおらず、
    『我が家に伝わる大切な物』は再び押入れの一番上へとしまわれたのでした。

    それからどれだけの年月が経った事でしょうか。
    小学校、中学校、高校から更には大学へと進学し、
    見上げていた冷蔵庫もすっかり背丈を追い越してしまうまでに。
    親元も離れて関西へと大学の関係で移り住んだ私は悠々自適に暮らしていたのですが、
    そこで入って来たのが親友の事故死の報でした。

    まだ二十歳になって一年も二年もしなかったのに、
    本当に人間というものは死ぬ時は突然死ぬのだ。
    その事を初めて思い知りながら棺の中の口に綿を詰めた親友の顔を撫で、
    その死を悼んだもので御座います。

    骨があり、肉がつき、
    ただ魂が入って無いだけの親友の身体が見えぬ所で勢いよく燃やされ、
    手に白い手袋をつけた男性が如何にも御愁傷様と言った顔で、

    「では骨を」

    と長い箸を手渡されたのです。

    親友が死んだだけでも悲しいのに、
    何故肉も焼き上げて骨だけになったその体を更によく見るような真似をさせるのか、
    私には未だ葬式における日本の文化が判りません。
    箸で掴むために注視する骨はなお一層悲しさを加速させるだけで、
    出来ればこんな風習、廃れるべきだと思う程に涙が溢れました。

    涙が邪魔をしたのか、
    箸の先が骨をなかなか掴んでくれません。
    手の甲で目蓋を日と付記してまた骨を拾おうとした時、
    不思議な事に、随分と昔の記憶が蘇ってきました。

    箱の中に、骨。

    手が一瞬止まり、
    箸で拾い上げた骨に顔を近づけまじまじと見つめました。
    これが、骨。親友の骨。火葬にした後の、骨。

    その時の私は余程じっと見ていたのか隣にいた小学校からの友人に、

    「そんなにじっくり見るべき物じゃない」

    と諭され「そうだね」と骨壺の中に骨をやり、
    その場を後にしました。

    その晩、
    幼稚園から大学に進学する間に社宅から一軒家に変わった実家に戻り、
    久しぶりに家族三人で食卓を囲み、
    死んだ親友の懐かしい話を沢山しました。

    親友は四季を問わずよく我が家に遊びに来て、
    夏などは朝から来た親友を父が昼食に誘い、
    我が家名物の夏のそうめんを毎度ふるまっていました。
    それを、

    「こんな事もあったなぁ……」

    と懐かしそうに言う父も親友の死を惜しんでくれているようでした。

    随分としんみりしてしまった家族の食事の中、
    そして私がこう口を開いたのです。

    「初めて火葬にした人間の骨を見た。」
    「そうか?葬式は初めてじゃないだろ」
    「二年前の宮藤さんの旦那さんの葬式は火葬場まで行ってない」
    「ああ、そうか」
    「結構骨って燃えちゃうんやね。」
    「年寄なら尚更骨は残らないぞ。
     彼はまだ若かったからしっかり骨が残っていただろう。」
    「あれ、あるやん」
    「あれ?」
    「あれ。あの木箱の中に入っている骨。
     あれは誰の骨なん?」

    あれか。
    そう言った父は初めて私に、

    「あれはお爺ちゃんの骨だ。
     お父さんのお父さんだ。
     アメリカから帰って来た時に少しだけ一緒に住んだろう、覚えてるか?」

    あの田舎。
    あの両側が山に挟まれた、あの田舎、だいさんのいる田舎。

    「ああ、覚えとる。」
    「あれは形見分けでうちが貰ったんだ」
    「かなりでかいよね。大腿骨?」
    「そうだ、この足の所だな」
    「じいちゃんが死んだから貰ったの?」
    「そうだ」
    「一つ気になってた事があったの。
     あの骨、焼いてないよね?」

    火葬場で見た焼かれた親友の骨は珊瑚とまではいかないまでも、
    表面がゴツゴツとしたもので、
    子供の頃に見たあのツルンと丸いものではありませんでした。

    父は、

    「うーん、そうか」

    というと米粒がわずかに残る茶碗にお茶を入れて箸でサラサラ溶くと、

    「まぁ、もう話しても理解出来る歳かも知れん、お前も」

    と箸を茶碗の中でサラサラとかき回し続けるのでした。


    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    もう一つ続きます。
    電子書籍三作目、『されど我は泉の女神』発売中です。

    →詳しくはこちらから←

  • 広告
  • 花は枯れる事を知らず

    2017-11-09 12:242

    昭和58年は生活に慣れずに終わった年でした。

    私はその年の春に山が両側にそびえ立つ田舎に引っ越したのですが、

    それまでアメリカはアトランタに住んでいた私が日本の田舎に突然順応出来る筈も無く、

    その年は最後までどこに気持ちを落ちつけて良いのか判らないまま。

    年もまだ二桁に達していない子供だった私。

    随分と、下痢をしたのを覚えています。

    神経性のものでした。


    白人に囲まれての暮らしが一変、

    突然両親と同じ日本人ばかりが集まった場所と言うのは面白いもので、

    自分の両親で見慣れている筈の日本人が、

    まるで別の生き物の様に見えて慣れませんで。

    それに田舎というと、本当に『大和の人』といった顔つきの人が多く、

    それまで(日本人と比べて)鼻が高い白人の顔を見慣れた私は、

    彼らの顔にどうにもなれなかったのです。


    同い年の子供達は外で陽気に遊ぶ。

    私はその様をじっと遠巻きに見つめる。

    物珍しさからか数人の女の子が私に構いに来てくれたのですが、

    私は珍しがられている事がとても億劫で、

    そんな彼女達からのお誘いを断る日々。

    そんな私を見て御年配の方々は、


    「やっぱり、金髪で目の青い女の子の方が良いか?へっへっへ。」


    とからかって、

    私はそれを聞いて子供ながらに嫌悪感を抱いていました。


    何故か大人達は私をからかう時に下品な事を言う事が多かったのですが、

    一人だけ、上品な物腰で私に接して下さる大人がいました。

    彼は恐らくその時すでに齢70を超えていたでしょう、

    名前を大次郎さんと言いました。

    私は彼の事を「だいさん、だいさん」と呼び、

    大人達は時折からかいで彼の事を「いじろう」と呼んでいました。


    私が余りにも子供達と遊ばず、

    女の子にも何食わぬ顔をしているので、

    心配してくれたのか、それとも他の大人と同じように言ってみたかったのか、

    だいさんは私に、


    「日本人の女の子は好きじゃないか?」


    と。

    月、火、水曜日に大人から同じ文句でからかわれ、

    木、金、土も同じような日々が来たり、

    日曜日は家に籠って耳を塞ぎ、


    それでも、
    だいさんの横に居たらそんな言葉は聞かずに済むだろうと思っていたのに、


    「だいさんまでそんな事を言うの?

     もう、そんなんじゃないよ!」


    だいさんは、よく人の事を見ていました。

    私がだいさんに言われた言葉で気が悪くなったのも直ぐに判ったらしく、


    「おお、すまんすまん」


    と大きな手で私の頭を軽くぽんぽんと叩きました。


    「いやいや、人には好みというのがあるでな。

     ここの女の子達の顔は好きではないのかと思って聞いてしまった。」

    「好きでも嫌いでも無い。」

    「そうかそうか。

     そう言えば、水牧様の話は聞いた事があるか?」

    「みずまき?」

    「夜の12時を過ぎたら家の外に出てはいけない、

     というここの掟があるだろう。」


    右に、左にそれぞれ大きな山が一つずつ。

    道端も整備が整っておらず、

    あちらこちらに草や花が生えているのが住んでいた場所の景色の構え。

    てっきり、私は山から熊や狼が降りてきて夜は危ないので、

    外に出てはいけない、

    そういう道理の掟だと思っていた。


    「12時から朝まで出てはいけないのは、

     水牧様のお食事の時間だからだ。」

    「へー、なにそれ。」

    「御花をお食べになるんだよ。

     お前、ここに来て枯れた花を見た事があるか?」

    「あるよ?」

    「家の中に飾ってる花だろう、それは。」

    「うん。」

    「道の上に生えている花で、枯れた物を見た事は?」



    そんな事を急に言われても。

    どうだったか、見た事があった様な気もするが、

    そう改めて言われてみると、見た事が無かったような。

    出口がなかなか見つからない記憶探しにうんうん言っていると、

    だいさんがこう答えを言ってしまいました。


    「水牧様はな、花をお食べになるんだ。」

    「花を?蜜だけ吸うの?」

    「全部だ。」

    「お腹壊すよ!」

    「壊すかどうかは知らないが、それでもお食べになるんだ。」


    水牧様は花をお食べになる。

    枯れる前の花を食べるので、
    枯れた花と言うのはこの地域の道の上には転がらない。


    水牧様の話はそれだけではなく、

    夜の12を回って外に出てはいけないと言う真意は、


    「家の中で寝る方向が決まっているだろう。」

    「そうなの?」

    「上野さんの家と十二村さんの家は判るか?

     あの二軒が挟んだ道に向かって、皆頭を向けて寝ているんだ。

     お前も方向を調べたら、そうなってる。」

    「でもなんで?」

    「水牧様に足を掴まれてしまったら、

     牛と間違われて喰われてしまうんだ。」

    「花だけじゃ無くて牛も食べるの?」

    「そうだ。

     それで寝ている時に間違って足を掴まれてはいけないから、

     水牧様が通る道に向かって足は向け無いんだ。」


    上野さんの家と十二村さんの家に挟まれている道、

    あれが水牧様が御通りになる道だよ。

    毎夜毎夜あの道を通って、

    それであの道は水牧通りって呼ばれてるんだ。


    「昔に一度、水牧様を見てな。」

    「!

     本当にいるの?」

    「いるとも。昔、まだやんちゃな頃に夜中に家を抜け出して、

     水牧様を見た事がある。

     いいか、ここの女の子達が気に入らないと言うのなら、

     一度水牧様を見てみると良い。

     水牧様はとても綺麗でたまげるぞ。


     でもな、」

    「?」

    「   いや、そうだな。

     水牧様は綺麗だ。

     とても綺麗だ。」


    だいさんは三回呟いた。


    水牧様は綺麗だ、とても綺麗だ、と。



    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    続きます。
    電子書籍三作目、『されど我は泉の女神』発売中です。

    →詳しくはこちらから←

  • 我が愛しい九九達

    2017-11-02 20:552

    けんいちろうです。
    本日は私の思う愛すべき九九達を格付けしてみませんか。
    みましょうね。

    では物は試しで度胸は満点、
    早速行ってみましょう。
    一位から行きます。


    【一位】七七四十九(しちしちしじゅうく)

    :問答無用の一位。
     けんいちろうの中のこの世で一番美しい九九。
     七が二つ並んでるだけで既に美しいにも関わらず、
     最後に九で閉めていると言う完全な布陣。
     更に七と七をかけた答えの一の位が九というのが、
     もうカッコ良すぎてやってられない。
     一生のうちに一万回は声に出したい九九、それが七七四十九。
     おいマスター、バーボンだ。きついのをくれ。この九九を祝おう。
     例えるなら封神演義に出てくる妲己。
     但し藤崎先生バージョン。


    【二位】六六三十六(ろくろくさんじゅうろく)

    :九九界きっての中二病筆頭。
     六が三つもあるとか完全に呪われてるでしょコレ。
     ステータスが闇属性に完全に振り切れていて、
     九九には色が無いのに漆黒の翼が生えているのが見える。
     しかし六と六をかけて答えが三十六という、
     初心者にも簡単に覚えられる親切設計も捨てがたい。
     言うなれば心優しい戦士が血筋の為に闇落ちしたみたいな。
     道端に捨てられている子猫を絶対に拾ってしまうであろう九九。


    【三位】九ハ七十二(くはしちじゅうに)

    :苦労人の九ハ七十二さん。
     なんか九ハの部分が人の名前みたいですね。美濃辺りに居そう。
     数字的に見てもフォークボールみたいな切れ味を持つ九九。
     打者の手前で急激に下がる魔の苦労人。
     RPGでパーティーを組んだ場合に高確率で壁役にされる。
     ガタイも良くて物静かな九ハ七十二さん、人気者です。
     ただダメージを喰らった時のリアクションがでかい。


    【四位】四九三十六(しくさんじゅうろく)

    :この九九からはそこはかとなく人妻のかほりが漂う。
     しかも夫に先立たれたばかりの後家。まだ黒着物すら脱いでない。
     まだ四歳になったばかりの娘を傍らに控えさせて涙をこらえる九九。
     六六といい、解が三十六の九九は呪われてるのだろうか。
     コロッケは油が跳ねるからと肉じゃがが得意料理。
     肉じゃがを作る度に美味いと言いながら食べてくれた旦那を思い出し、
     結局いつも目蓋から涙を零してしまう彼女を誰か幸せにしてくれ。


    【五位】五五二十五(ごごにじゅうご)

    :この九九はきっと変形、もしくは分離・合体が出来る。
     濁点がやたら多いよ!男の子が好きな響きを放ち悪を倒す九九。
     大地を揺らして毎回登場するせいか、
     隣の盆栽趣味の桑島さんから出動の為にいつも苦情が入る。
     それでもご近所の平和を守る為、
     良い子の学力を守る為に今日も出動、五五二十五。
     ちなみに、二乗系の九九は美しさが強い傾向にあると思う。


    【六位】一九九(いんくがく)

    :元気一杯、九九のやんちゃっ子。坊ちゃん刈り。
     自分のお名前言えるかなー?
     言えるよー!いんくがく!自分の名前大好きな九九。
     ちょっと舌っ足らずでたまに言い損ねる。でも自分で鼻はかめるよ。
     

    【七位】九四三十六(くしさんじゅうろく)

    :姉である四九三十六の作るカレーが食べたい。
     しかしある日を境にそれは叶わなくなった。
     原因は結婚である。
     姉が嫁いでしまったのだ。

     九四は四九と双子の姉妹だったがあまり似てなく、
     姉は料理が得意だったが彼女はそうでもなかった。

     すべからくそれは彼女の料理に対する熱が低いせいであったが、
     何より姉の作る料理が好きなので、
     それをわざわざ自分で作ろうとはしないまま時が過ぎただけだった。

     しかし人生は流転する。
     姉が結婚をしてしまうという悲劇が起こった。

     もう姉が同じ屋根の下で暮らす事は無い。
     姉の両手は夫の為に料理を作るだろうし、
     もう九四の住む家の台所に立つ事は滅多にないだろう。
     姉がカレーをこの家で作ってくれた日々は過ぎ去り、
     この家には姉が使っていた鍋が残っているだけ。

     姉、四九の作るカレーの事を昔に聞いた事がある。
     七味唐辛子と砂糖を少々、そして牛乳を加えるのだという。
     姉がいなくなった台所に立って言われた通りに作ってみたが、
     やはりと言うべきなのだろうか、
     舌が恋しがる姉の味は再現されなかった。

     しかしまだ幽かな光は残っていた。
     嫁いだ姉がしばしば家に帰ってくるのだ。
     その度にカレーを作ってとせがむ九四に、

     「そんなに美味しい?」

     と笑いながら姉、四九は鍋をおたまで回しながらカレーを作ってくれる。
     特に何を手伝う訳でも無い役立たずの妹九四だが、
     それでも鍋を回す姉の隣で開いてしまった隙間を埋めるが如く延々と話した。

     九四のそんな行為を知る友人の六八四十八は咎める。
     いい加減に姉離れしなさい。

     六八にも八六という兄が居るがその関係はタンパクで、
     割とあっさりとした兄弟関係を保っていた。

     そもそも九九達の殆どは双子である。
     単独で生まれてきた九九は計九人いるが、
     そのうちの四人は何かしらの兄弟がおり、
     純粋な一人っ子は五人しかいない。

     「どこの兄妹もアンタみたいにねばっこくない」

     ねばっこくない、とは酷い言い草だ。
     強力な洗剤でも落ちないような汚れの如き言われように、
     ふんと鼻先を曲げる九四に、六八は飽きれるばかりだった。

     そんな中、
     姉の夫が他界する。
     事故らしかった。

     葬儀で泣きぬれる姉を見るのを耐えがたかった九四が外に出ると、

     「やっぱり名前の語呂が悪い…。
      四九なんて、四苦八苦みたいじゃないか。」

     と心無い事を言う輩がおり、
     気が付くと九四の拳が輩の頬にめり込んでいた。

     「語呂が悪い九九なんて他にも幾らでもいる!
      四二八はどうなるんだ!
      何か悪い事が起こるたびに語呂のせいにするなんて、
      そんなのお前が他人を貶めたいと言う性格をしているだけだろう!」

     更に噛みつこうとする九四の腕が凄い力で引かれた。
     そのまま葬儀館の端にまで連れていかれ、
     軽く頭を叩かれてしまった。
     怒りに混乱が加わり見開いた目で相手を確認すると、
     それは親違いの兄である六六三十六だった。

     九四は正確には三人兄弟で、
     姉の四九に加え、この六六がその一人である。
     しかし親の離婚後、離れていった父親が連れて行ったのがこの六六で、
     九四達はその後に生まれた姉妹であった。
     だがお互いに干渉する事はほぼ無く、
     六六の顔もたまに写真が父から母に送られてくるのを見る程度だった。

     だが六六だ。
     目の前には久しぶりに見る生身の六六がいる。

     「耐えろ」

     六六はそれだけだった。
     ただそう言っただけで、掴んでいた九四の腕を離した。

     六六を睨んでいた九四の目からガラガラと涙が零れだした。
     その九四を両手で抱き込む事もせず、
     ただ六六と九四は壁の傍で二人、立ち尽くすだけであった。

     四九が家に戻って来て暫く経った頃、
     九四がカレーを久しぶりに食べたいとねだった。
     すると姉から意外な言葉が返って来た。
     九四、今日のカレーは貴女が作って。
     お姉ちゃん、九四のカレーが食べたい。

     砂糖に七味唐辛子、そして牛乳。
     かつて姉に教えて貰った隠し味を揃えて万端、
     姉が何度も使った鍋を手に、九四が台所に立つ。
     作るのはご注文があったカレー。

     出来上がったカレーはやはり姉の味とはどこか違う。
     何が違うのかは判らないが、九四の欲しい味ではない。
     
     やはり姉のカレーが食べたかった。

     そう思いながら口の中のカレーを虐めていると、

     「九四ちゃんのカレー美味しい」

     と姉が微笑みながら言うではないか。
     その頬の筋肉で狭まった瞳を見て、
     カレーの味以外の暖かなものが経口せずに腹の中に落ちていく。

     今日は、これでいいか、と思い、
     その日、「やっぱり姉さんのカレーの方が」と九四が口にする事は無かった。

     それから後日、
     葬式から連絡先を交換した九四は六六と会うようになっていた。
     話は専らお互いのこれまでの過去と、姉の事。
     
     そうそう、そう言えばね、と九四がつくったカレーの話をすると、
     六六は黙った。
     どうした、カレーは好きでは無かったか。
     いや、そんな筈は無い。
     この日本にあってカレーが嫌いと言う奴がいるだろうか。
     それを思わず口に出してしまいそうだった九四だったが、
     先に言葉を発したのは六六の方だった。

     「カレーを美味いと、
      もしかしたら、旦那がいつもそう言ってたのかもな。」

     どういう事だ、と思ってそのまま六六に尋ねてみるも、
     その言葉の解説は六六の口から出てこない。
     黙りこくった空気の中でふと、姉と一緒に食べたカレーを思い出すと、
     笑いを浮かべて「美味しい」と言ってくれた姉が思い浮かんだ。

     美味しいと言ってくれて、年甲斐もなく喜んでしまったあの夜。
     姉はカレーを作ってくれなかった。

     「……あぁ、」

     そうか。
     姉のカレーが好きだったのは、自分だけじゃなかったんだ。
     死んだ姉の夫もきっとカレーが好きで、
     何度も「今夜はカレーで」と言ったに違いない。

     それで姉のカレーを口にしたら「美味しい」と毎回言ったんだ。
     そうに決まってる、だって姉のカレーは世界一のカレーだ。
     美味いと思わず言ってしまう程の味をあのカレーは誇る。

     姉は、四九は、
     美味いとカレーをほお張る夫を、
     何度見て、
     何度嬉しいと思ったのだろうか。

     だがもう姉に美味いと言ってくれる夫は居ない。

     親違いの兄弟がいるのは、
     九と、十六と、二十四と、我々三十六。
     他の親違いの所もこんな感じに、
     実の兄弟姉妹に話せない事を、親違いの相手に話したりしているんだろうか。
     直系の相手より少しだけ離れた親違い。
     しかし、血の半分は同じの親違い。

     「そうか……」

     とだけ言って、
     九四はまた六六の前で静かに涙を流した。

     六六もまた、両手で九四を抱かずにただ立ち尽くしているだけだった。




    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    電子書籍三作目、『されど我は泉の女神』発売中です。

    →詳しくはこちらから←