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  • 第6話:夏の終わり

    「あ、作りすぎちゃったや…」  鍋にこんもりと残った夕飯のおかずを見て、私は顔をしかめる。こんな時によみがえるのは、いつも嬉しそうにご飯を掻き込む彼の姿だった。美味い、美味いなんて言いながらいつもクールな彼が無邪気な子供のようになる瞬間だ。 「なんで、なの…」  また涙が溢れてくるのを止められなかった。二人分の食事を作って、彼の訪れを待つことがこの夏休みの定番だ。今でも、彼がふと来てくれるんじゃないかという淡い期待が拭い切れなくて、そしてそれに気づいてしまってただただ切ない気持ちになる。  彼が突然いなくなった。  だだっ広いリビング。彼がいない夏休みはつまらなかった。メイクをするのも、お気に入りの服に着替えるのも彼に見せたいから。全部全部、私の行動は彼に向いてしまっていた。  今日も連絡がないことを告げる携帯画面が恨めしい。 「どこに行っちゃったんだろう…」  会えないのなら、いっそのこと嫌いになってしまいたい。でも、やっぱりダメだ。嫌いなところをいくら探しても見つからない。考えないようにしよう。それなら、忘れよう。しかし、忘れようと思うたび...

    2018-09-03

    • 23 コメント
  • 第5話:異変

    「わりぃ、もうお腹いっぱいかも…」  箸を置きながら彼が言う。  仕事の関係で夜に家を空けがちな親に内緒で、私たちはほぼ毎日一緒に夜ご飯を食べていた。毎日私が献立を考えて、スーパーに食材を一緒に買いに行き、彼がゲームをしている間に作ってあげるのが日課だった。ちょっとした新婚生活だ。 「味、合わなかった? 苦手だった?」  私が申し訳なさそうに聞くと、彼は慌てて首を振る。 「すげー美味いよ。本当、料理上手だよな。でも最近、夏バテのせいか全然食欲がなくて…わりぃ…」 「そっか、じゃあ明日はしっかりスタミナがつきそうなご飯にするねっ」  私が言ったのを聞いたのか聞いていないのか、彼はどこか心ここにあらずといった表情のままテレビの前に寝転んでしまった。  最近、そんなことが増えた。毎日毎日一緒にいるから、マンネリなのかと不安にもなったが、それとはどうも違うのだ。明らかに彼の元気がない。 「ねぇ…」 「…どした?」  ワンテンポ遅れた返事と共に彼が振り返る。私の不安は頂点に達した。 「最近おかしいよ。何かあったの?」  はっとした...

    2018-08-23

    • 12 コメント
  • 第4話:海デート

    「おーい」  彼が部屋の外でドアをノックしているのを見て、私は飛び起きた。  時刻すでに午前6時。彼との集合時間である。 「わぁああ、ごめんなさい…!」 「ほらー、やっぱりお前寝坊するんじゃんかよー」  今日は二人で海に行く予定だ。少し不貞腐れた彼も可愛いけど、早起きが苦手な彼を無理矢理海に誘ったのは私である。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。  そんな私の脳裏に、昨夜の回想が蘇る。  午前三時に起きた私は、寝ぼすけな彼のためにサンドイッチを作っていた。慣れないながらもやっとのことで完成させた後、お弁当をしっかり包んで準備を済ませると少しだけベッドに横になった。横になった、筈だった…。 「ごめん…。でもはい、これ」  私は出かけるばかりに準備されたランチボックスを取り出す。 「え、なにこれ! なにこれなにこれ、許す!」  すごい勢いでランチボックスを開き、サンドイッチにかぶりつく彼。その嬉しそうな様子に私もほっこりする。 「急いで準備する、ちょっと待ってて!」  口の中を大きく膨らませながら、彼が頷く。オッケー、の合図...

    2018-08-13

    • 10 コメント
  • 第3話:夏祭り

    「どうしよう…」 私は鏡の前で溜息をついた。浴衣の帯がなかなかうまく結べない。慣れない手つきで帯を結んで開いてら悪戦苦闘すること既に10分。 「うーん…わ、できたー!」 何とも言えない清々しい達成感を感じていると、ドアの向こうで笑い声が聞こえた。彼だ。 「お前、ぶきっちょかよ」 そう言いつつ部屋に入ってきた瞬間、私を見て動きを止める。一瞬の間。 「えっ、何、めっちゃ似合うじゃん。惚れ直したんだけど」 さらっと言う彼の一言に思い切り照れる私。と、彼も一緒に赤面する。どうやら自分で言ったセリフに恥ずかしくなってしまったらしい。可愛い。   せかせかと部屋を出て向かおうとする彼を追いかける。 「わーい、行こ行こ!」 私の頭をポンポン、と撫でながら彼が頷く。今日は、約束の夏祭りの日だ。そして、私にとっては彼に思いを伝えることを決めた大切な日でもある。   夏祭りの会場は凄い人だかりだった。地方にこの規模のお祭りは珍しいので、あちこちから人が来ている。彼とはぐれてしまうのでないかと不安になるぐらいの人混みだ。 「はぐれるなよ」 ...

    2018-08-02

    • 7 コメント
  • 第2話:急接近

     あれから夏の日差しが強まっていくのと同じように、私と彼の仲も急速に深まっていた。 「今日、会いに行くから」  彼から突然電話がかかってくる。 「えっ、ほんとに? 今日のいつ?」  すっぴんにラフな格好でアイスを頬張っていた私は焦って聞き返す。彼の前では最大限可愛くいたいから、準備は入念にしておきたいところだ。 「え、今」  ピンポーン。玄関のチャイムが鳴る。相変わらずの彼の行動の速さに驚く私。全部全部が彼のペースだけど、それも何だか心地よいのだった。  今日は珍しく彼の提案で近所のゲームセンターに行くことになった。彼はアニメやゲームが好きで、私と意外にも趣味が合う。  早く早く、と急かす彼の横で急いで化粧を済ませた私は、うっかりマスカラを忘れてしまいテンションが下がる。 「なんか、今日元気なくない?」 「だって……急ぎすぎてマスカラ忘れたー」 と、ふいに彼が立ち止まる。じっ、と私の顔を見てこう言うのだった。 「いや、お前メイクしなくても可愛いから」  ぽんぽん。頭を撫でられて思わず赤面する私。彼といると、何事も...

    2018-07-27

    • 7 コメント
  • 第1話:出会い

    「今日から俺がお前の彼氏だから」 クールで、しかも何故だか上から目線で……でも、何だかめちゃくちゃ気になる。 コクリ、と頷きたい気持ちを抑えて、胸の高鳴りを隠して、私は言った。 「……それも、悪くないかも」 こんなんじゃ可愛くないなぁ、なんて思いながら。 こうしてこの夏、私は運命のヒトに出会ってしまった。 -----------------―――――――――― 絶賛干物女子満喫中。他人になんて到底見せられない、すっぴんに寝起き頭にジャージで、私は夏休みの一週間目を浪費していた。 ああつまらない。友達は気を遣うから疲れるし、彼氏なんてできそうもない。 とはいえ、まだまだ夏休みは長い。 「ふぅ……」 真っ白なカレンダーを見て、ため息をつく。去年の夏もこうだった。 今年の夏も、来年の夏も、こんな風に過ぎていくんだろう。 そういえば、もう昼だ。いつまでもこんな恰好をしてベッドでグダグダしているわけにはいかないと、自分を叱る。 「うーん……」 外は暑そうだ。アスファルトに反射した初夏の日差しがなおさら眩しい。深緑が一層青々と、この夏を謳歌し...

    2018-07-20

    • 23 コメント

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