昔と今で変化する”初音ミクの消失”
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昔と今で変化する”初音ミクの消失”

2015-08-10 00:21
  • 8

2015-07-29 に cosMo@暴走P さんが『リアル初音ミクの消失』を投稿しました。2008-04-08 に投稿した『初音ミクの消失』から 7 年、”初音ミクの消失”はどう変化したのかを自分なりに考察します。


まず、『初音ミクの消失』における”初音ミクの消失”とは何かを見ていきましょう。

初音ミクは、元々、作詞・作曲はできるものの、できあがった歌を歌ってくれる歌手がいないというクリエイターに向けて作られたソフトウェアです。あくまで、歌はクリエイター達のものであり、初音ミクはクリエイターを支援するためのツール、そして、歌手に歌ってもらうまでの代替物でした。つまり、クリエイター同士が上手くマッチングし、歌手がいない問題が解決できれば、本来、初音ミクは不要な存在でした。いくら、初音ミクが歌を歌っても、その歌は初音ミクの歌ではないのです。このような考えは、cosMo@暴走P の『初音ミクの戸惑』からも聴くことができます。(この歌は、見方を変えれば、歌はクリエイターのものではないとも聴ける歌なのですが、話が発散するので今回は無視します。)

この点を鑑みれば、『初音ミクの消失』における”初音ミクの消失”は、「クリエイターが、初音ミクを持て囃しているけれど、いつか皆、初音ミクを使わなくなり、初音ミクは存在できなくなる」という意味での消失です。初音ミクは、自ら歌を歌うことはできない(当時は)クリエイターあっての存在。そんな彼女がクリエイターから見放されれば、その先にあるのは消失だったのです。

この点を、cosMo@暴走P さんを含む一部のクリエイターは憂い、初音ミクのための歌を作ります。『初音ミクの消失』が高速なのは、初音ミクしか歌えない歌をつくろうとしたからでしょう。7 年前の初音ミク黎明期は、クリエイターそして、その歌詞・曲に感銘を受けたユーザーが初音ミクは単なるツールでなく、初音ミクを初音ミクとして見ようとした時代でした。今もニコニコの VOCALOID ジャンルの動画のコメントで出てくるツールという言葉はこの文脈を含んでいます。

ここまでをまとめると、『初音ミクの消失』の時点で、単なる歌手の代わり(代替可能な)初音ミクが、逆にかけがえのない(代替不可能な)個になったのです

次に、『リアル初音ミクの消失』における”初音ミクの消失”とは何かを見ていきましょう。

7 年の間に、初音ミクは急激に成長し、ユーザーは増え、マスメディアにも取り上げられるようになりました。多くのユーザーの効用を高めようとすれば、ユーザーの多くが共感できる・求めるモノを作るのが自然です。歌詞は、ストレートな恋愛や思春期の悩みについてのものがいいでしょうし、曲は J-POP がいいでしょう。初音ミクのキャラクター商品も欲しがるでしょう。ユーザーが増える≒市場規模が大きくなるということで、大量生産しなければユーザーのニーズに応えられないので商業化も進みます。

商業自体はいいことですが焼畑農業的な商業はよくないことです。大事なことなので、もう一度言いますが、商業自体はいいことです。初音ミクも商用ソフトウェアですし、クリエイターがひたすらタダ働きするわけにもいきません。しかし、初音ミクがどういうものかを知らなかった人が、突然初音ミクを持て囃し、好き勝手使うのはよくないことです。流行りのお笑い芸人などと一緒で、求められるがままにひたすら使い続けられれば飽きられて、初音ミクは二度と使えなくなってしまいます。

cosMo@暴走P さんは、『リアル初音ミクの消失』以前にも、クリエイター視点から焼畑農業的な商業に疑問を投げかけています。『空想庭園依存症』では、大量消費の中、それでも作品を作り続ける悲劇のクリエイターが表現されていますし、『終点』では、大量消費するユーザーに持て囃されて変わってしまった初音ミクに、クリエイターが別れを告げる様子が表現されています。

この点を鑑みれば、『リアル初音ミクの消失』における”初音ミクの消失”は、「ユーザー達が、初音ミクを持て囃しているけれど、いつか皆、初音ミクに飽きて、初音ミクは存在できなくなる」という意味での消失です。ミーハーなユーザーから見れば、初音ミクは流行りのコンテンツの一つであり、飽きれば、終わコン。悪い商業利用のユーザーから見れば、初音ミク商品が売れなくなれば、終わコン。懐古的なユーザーから見れば、昔はよかった今は俺の好きな初音ミクはいないと嘆いて、終わコン。(ここでのユーザーは初音ミクを只々使用する人のことを指しています。)クリエイターどころか、社会全体からの初音ミクの死刑宣告というわけです。

ここまでをまとめると、『リアル初音ミクの消失』の時点で、代替不可能になった初音ミクが、大量消費される(代替可能な)コンテンツの一つになったのです

代替可能なモノとして作られた彼女が、折角代替不可能な個になれたのに、また別の軸で代替可能なモノにされてしまう。『初音ミクの消失』と『リアル初音ミクの消失』は、この対比を表した非常に素晴らしい作品だと思います。

永遠に流行り続けるコンテンツなんてありません。しかし、初音ミクの終わりが、終わコン認定という名のバッサリ斬首刑というのは、悲しい気持ちになります。爆発的な流行はもう無いかもしれませんが、初音ミクが皆の中でいい形で残り続ける事を祈るばかりです。『リアル初音ミクの消失』は 1 週間経たずで殿堂入りしたということは、まだまだ初音ミクをかげがえのない存在と思う人が多いということだと思うので。

cosMo@暴走P さんが書いた意味合いでは無いかもしれませんが、僕も最後に祈りたいと思います。
「せめて際(オワリ)に見る世界が暖かいものでありますように」

追記:この記事で伝え漏らしたことを『初音ミクは誰のモノなのか』に書きました。良ければご覧下さい。

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興味深く読みました。
その昔よく言われた「初音ミクはコンテンツでなくメディアとかプラットフォームなのでいわゆるオワコンとは
ならない」という話はメディアとしての機能が弱体化することによって否定されていくのかな、とも思わされます。

ものを作るにあたってより納得のいく形にするために支援するコミュニティが基盤としてあれば
プラットフォームとしての強さもまた維持できるのではないかという感じもしています。
それこそスポーツにおける育成組織のように。
40ヶ月前
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>>1

userPhoto
Trickey
YO さん
コメントありがとうございます。

プラットフォームは無機質になればなるほど終わコンにならず盤石になると思います (Google 検索や iTunes Storeなど) が、そのプラットフォーム自体に愛着が沸かず、単にマージンを取ってくるだけの存在のように見えてしまうと思います。そうなると、確かにものづくりに貢献はしているのですが、お互いに感謝しあっていいものを作る感じではなくなってしまうように思います。

一方で、初音ミク(スポーツの育成組織やニコニコもコッチだと思います)は人間味のあるプラットフォームと感じるので、お互いに感謝しあってより高次のよいものを作るための基盤になれると思うのですが、その人間臭さが嫌いになってしまったり飽きてしまったりというので盤石にするのは難しいように思います。

どうしたら、できるだけ多くの人が永く納得するプラットフォームになれるかは難しい問題だと思います。
40ヶ月前
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ざんねんながら今のまま行ったら確実に際で見る世界は冷たい悪夢になるでしょうね
感謝しあうどころか互いに貶しあって傷つけあっている現状、善意で成り立っていたコンテンツは悪意に圧倒的に弱い
それ以外にもある様々な諸問題を即時解決する方法がないなら、最悪の展開に行き着くしかない
39ヶ月前
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>>4
コメントありがとうございます。

やはり、ユーザーの数が多くなると、それだけ様々な意見を持った人が混在するので、荒れてしまい全体の空気が悪くなってしまいますよね。それは仕方のないことですし、人の多様性を尊重するならば非難することでもないとは思います。

流行が過ぎるのは避けがたいことなので、彼岸を温かいものにするには、多くのユーザーが過ぎ去った荒野で、それでも初音ミクらVOCALOIDを好きと言える場所を用意しておくために頑張る必要があるのかも知れません。それがピアプロなのか、ニコニコなのか、また別のものなのかは分かりませんが。
39ヶ月前
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無機質ではないプラットフォームの一例として、「高校野球」というプラットフォーム≒コンテンツが割と参考になるのではと思います。

アマチュアリズムから出発した高校野球は、テレビ放送と並行して、かなり早い段階で商業化する一方、未だに実務の大部分がボランティア(OB、コーチ、父母会、後援会等)によって支えられています。
甲子園からドラフト、プロ野球へというスターダムが、新たなファンとプレイヤー獲得のための求心力として機能する一方、
圧倒的多数の球児達にとっての主戦場はそれとは無縁の地方大会。にもかかわらず彼らの多くが自分の青春を賭けるほどに情熱を燃やすのは、「高校野球」そのものが単なるスポーツ以上の特別な価値(憧れ、物語)を提供しているからです。
「野球(スポーツ):高校野球」と「音楽(創作活動):初音ミク」の構図はかなりの相似関係にあると思います。

ここで大事なことは、高校野球がプレイヤーとファンに加えて第三者(OB、後援会、父母会等)のボランティアによって
支えられている、ということです。畑に毎年豊かな作物が実り続けるためには、誰かが水を撒き、土の世話をしてやらなければなりません。ボカロに関していえば、たまたま豊かな土壌を見つけ、皆が我先にと開拓した時期はもう終わり、今は土地が痩せないよう畑を管理するための地味で退屈な作業を担う人が求められている気がします。
38ヶ月前
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>>6
コメントありがとうございます。

高校野球と似ているという話は非常に面白いですね。自分は、高校野球をあまり見ない人なので、新しい観点からの指摘は非常に刺激になりました。

> ここで大事なことは、高校野球がプレイヤーとファンに加えて第三者(OB、後援会、父母会等)のボランティアによって
支えられている
確かに、VOCALOID が急速に成長し始めてから、かなりの年月が経っていますし、高校野球のように 100 年続けるためには、土地を管理することが必要だと思います。イナゴの大群が通ったり、過度な焼畑農業をしようとする人が現れても、続けられるように、大事なものは守るという行動をクリプトンや他の制作会社だけでなく各所で実施していくことが大事なのかもしれません。
38ヶ月前
×
非常に良記事で最後までじっくり読ませていただきました。

この先のミクさんの物語はきっとシンデレラのお話の後日談のようなものなのだと思います。

初めてミクさんに出会った時と同じようにアマチュア音楽を作ることが純粋に楽しいだけの趣味の領域から、日本のポップカルチャーの一つという位置付けになり売れないといけない、再生回数が多くないと意味がないという承認欲求が一人歩きして大きくなってしまった世界に変わってきたのだなと僕自身は感じます。

もちろんそれが単純に悪とは言えないし、どの世界においても母数が多ければ皆善意だけでいられるわけではないと思いますが。

皆で作り上げてきたインターネットカルチャー、音楽シーンの一つなので今後の展望を悲観せずに良い変化があると期待しています。

そしてデビュー当時からのファンとしてどんな困難があったとしてもこれからもミクさんを応援しています。

年月が経ち、僕らは大人になってしまったけれど情熱だけは最初と同じように持ち続けられると良いですね。
38ヶ月前
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>>8
コメント頂きありがとうございます。お褒め頂き光栄です。

「再生回数が多くないと意味がないという承認欲求が一人歩きして大きくなってしまった世界」というのは、仰るとおりで、cosMo@暴走Pの終点の以下の歌詞の通りになっているのかなと感じます。

「高く築き上げたものを 守ることだけ考えて 出口は扉堅く閉ざす
 もう音楽は十分揃い 新しいものはいらないと叫ぶ
 ベタな三文小説を捨てた 冷たくて現実的な終点(おわり)」

そして、冷たく現実的であることは、必ずしも悪とは言えないとも同意します。

ただ逆に、数の大小なんて大したことないんだと思えば、つかぱいさんを含めた応援し続ける人・好きな人がいる限り、初音ミクは意味を持っていた証明になるし、生き続けるのだと思います。

なので、これからも私は初音ミクを終わコンなんて切り捨てず、好きで居続けたいですね。
38ヶ月前
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