初音ミクは誰のモノなのか
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初音ミクは誰のモノなのか

2015-10-29 23:41

    昔と今で変化する”初音ミクの消失”』では、cosMo@暴走P さんの投稿した『初音ミクの消失』と『リアル初音ミクの消失』の 7 年間で大きく消失の意味するところが変わったことを考察しました。

    おかげさまで、多くの方から反響頂きましたが、前の記事だけでは伝え漏らしているところがあるのではないかと感じ、今回改めて初音ミクについて考察したいと思いました。

    前回の記事で伝え漏らしたこと、それは「初音ミクは誰のモノなのか」ということです。

    改めて、初音ミクが何のために生まれたのかを考えてみましょう。初音ミクは、作詞・作曲はできるものの、できあがった歌を歌ってくれる歌手がいないというクリエイターに向けて作られたソフトウェアです。初音ミクは、歌手がいないために表現を世に出せないクリエイターを助けるサポーターであり、あくまでメインはクリエイターであるはずでした。

    しかしながら、初音ミクが、ユーザーの中で「かけがえのない個」として認識され始めると、初音ミクとクリエイターの関係は一変します。クリエイターはハンドル名を持っていたとしても、ボカロP名をつけられ、ユーザーの想像する「初音ミク」を守ることを優先しなければならない空気になり始めました。そう、初音ミクがサポーターでなく、メインになり始めたのです。クリエイターが前に出ようとすると逆に叩かれるという異例の事態は筆舌に尽くしがたいものがありました。

    『メルト』で有名な supercell の ryoさんから始まり、『ワールズエンド・ダンスホール』などで有名な wowaka さん、『マトリョシカ』などで有名なハチ(米津玄師)さん、カゲロウプロジェクトでお馴染みのじんさん、ミカグラ学園組曲でお馴染みの LastNote. さんらは、この流れの中から、それでもプロとして自身の作品を生み出した代表クリエイターだと思います。皆さん、ボカロP名よりも自らのハンドル名で活動されていた当たり、ボカロPでなく音楽家という意識が強かったのではないかと推察します。もともとプロだった halyosy さんも P 名を使っていませんし、cosMo@暴走P さんもまた cosMo というハンドル名が前についていますね。

    ryo さんの最後であろう初音ミクの曲『ODDS&ENDS』は、笑われ者だったクリエイターが初音ミクと手を取り合うことで、自己表現できるようになり、有名になれたけれど、今度は周りから「虎の威を借る狐だ」と揶揄されるという歌詞が印象的です。私の目から見て ryo さんは、まだスムーズに (ユーザーからの批判が少なく) プロになった印象がありましたが、そんな方でもこういった歌詞を書かれているということは、周囲から相当の圧力が合ったのだと思います。特にボカロをボーカルに据えたままで商業展開を行ったカゲロウプロジェクトやミカグラ学園組曲などは、常にファンとアンチのいがみ合いが発生しており、歌の好き嫌い関係なく見ていて辛い気持ちになります。どんな人でも好き嫌いはある、それでいいと思うのですが、中々そうはいかないようです。

    そして当時から依然として、cosMo@暴走P さんの『Sadistic.Music∞Factory』の歌詞のように、クリエイターは初音ミクに音楽を提供し続ける事を強いられていると私は考えています。だからこそ、クリエイターは、ボカロPではなく一音楽家として、ツールとして初音ミクや VOCALOID を利用し、この空気に対抗しようとする必要がでてきたのかなと考えています。cosMo@暴走P さんの『初音ミクの戸惑』の歌詞は「?その歌はだれのものなのか?」で始まりますが、この言葉は、歌い手の代替でしかない初音ミクを表現しているのみならず、初音ミクに歌い手を含むクリエイターが飲み込まれていることも表現しているように思えてなりません。

    「初音ミクは誰のモノなのか」、私は皆のモノだと思います。様々なクリエイターによって個を確立した初音ミクも素晴らしいと思いますし、クリエイターにツールとして使用される初音ミクも素晴らしいと思います。個として確立されたからこそ、初音ミクの他者性に裏切られることもあるでしょうし、ツールとして使っていても思い入れのある手放せない道具になることもあるでしょう。だからこそ、互いの価値観を認め合わなくては消耗しあうだけなのではないかと思います。90 年代は CD が 100 万枚売れて当たり前の時代でしたが、徐々に売れなくなっていきました。しかし今はダウンロード販売も含め、安定した状態に落ち着いてきています。これと同じように、初音ミクや VOCALOID も急激な流行の時期を過ぎ、成熟期に入ったのではないでしょうか (コンテンツにはよくあることです)。だからこそ、初音ミクや VOCALOID を守りたい人が互いの価値観を認め合い、可能な範囲で彼ら彼女らを支えていくのがいいのではないでしょうか。

    最後に、私は、どういう結末を迎えるにせよ、「、クリエイターが歌を創り、初音ミクが歌い、それを聞いている人がいる。」事実だけで素晴らしいことのように感じています。

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